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ガラス張りの通路から見下ろすメイドロボの製造過程は,まるでSF映画を見ているみたいだった。しかし子供達の興味はあまり引いていないようだ。子供達は「高いところにいる」ことに興奮しているようだ。やれやれ。 「だれもいねーや」 と男児の一人が声を上げた。メイドロボの製造工場は,人間の姿が見えなかった。 「そうなんだよ。ここは全部機械化してるんだ。とはいえ勿論,別の場所でちゃんと人間が管理してるよ。ここを回り終えたらそっちへいこうか」 工場側の担当の方が説明してくれた。今私は,小学校低学年の子供達を引き連れた社会科見学で,メイドロボの製造工場に来ている。 人がいない,と言っても,ベルトコンベアの上には,直立して両手を真横にピンと伸ばしたメイドロボが並べられて,色んな機械をくぐり抜けながら仕上げを行われている。かなり不気味で悪趣味な光景に思えるけど,工場の人たちは見慣れているのか,特になんとも思っていないようだ。 「よーし,じゃあ仕上げの過程を説明しようか。生体組成を終えた素体があそこから出てくるのが見えるかな?」 大きな機械の洞窟から伸びるベルトコンベア。その上に全裸の女性,いやメイドロボが気をつけの姿勢で直立している。コンベアの流れに沿って,次々と大きな機械から運び出されてくる。みんな顔が同じなせいで,まるで人間をコピーして大量生産しているかのようだ。ゾッとする。しかも全裸だし,子供に見せていいものだろうか……。子供達はケラケラ笑いながら見ていて,特に気にしている様子はない。若い子はメイドロボがいて当たり前の世界で育っているからだろうか,明確に線引きできているのかもしれない。 私は反対側の製造ラインを眺めた。細かいことなので工場の人は子供達に説明はしなかったが,あっちは「カスタムライン」と言って,一体一体違う顔と体型をしている。二つを見ていると,カスタムの方が心なしか安心できるというか,生理的嫌悪感が低いような気がする。不思議だな。同じ顔してる方がメイドロボと人間の区別が明確になるはずなのに。 直立不動の全裸メイドロボたちがコンベアに乗って流れた先。コンベアを囲うように設置された門形の機械。中に入った素体に液体が吹き付けられている。 「あれは服を体に癒着させるための……接着剤,えーと……糊だね,のり付け」 担当者は子供達の顔を見ながら,説明が通じるかどうか量っていた。小学校低学年の子供への説明って大変なんだよね。特に高学年の担任した後に低学年に回されたりすると大変だ。黒板に書く文字が小さくて文句言われたり,つい難しい言葉を説明に使っちゃってポカンとされたり。 機械と機械の合間の僅かなゾーン。癒着用の液体を全身に浴び,テカテカと光沢を放つ素体が見えた。ちょっと人間味が薄れたかな。すぐに次の機械に入っていき,姿が見えなくなる。 「あの機械でメイドロボ用の服を着せて,ゆちゃ……くっつけるんだ。絶対脱げないように」 長い機械を抜けて再び私達の目下に現れたのは,よく見慣れたメイドロボたちだった。黒と白のテカったメイド服を身に纏い,白い長手袋とニーハイソックス,シンプルな靴を装着し,頭の上にはホワイトブリムが乗っかっている。担当者はそれら衣装全てが体と一体化したかのように強力にくっついていて,関連工場で特別な処理をしない限り,もう脱がすことは不可能だと子供達に説明していた。ちなみに以前メイドロボのコスプレをして騒動を引き起こしたアホが何人か出たため,今はメイドロボの服は特殊な素材で作られ一目で分かるようになった。当然,人間に向けての一般販売もされていない。 「あそこで体の点検をするんだ。不良品はここで弾かれるんだよ」 いっぱしのメイドロボになったコンベア上の彼女たちは,大掛かりな機械の中に入った。出口は二つある。片方は続々とメイドロボが流れていくが,もう片方のコンベアは止まったままだ。不良品があればあそこから別のところへ運ばれるのだろう。一体も検査に落ちるものはなく,最後の工程に進んだ。 ベルトコンベアの終着点。コンベアから静止した台の上に着くと,即座にメイドロボットたちが自ら歩き出し,斜めに傾く大きな円形の台に背中を預けていく。スペースがなくなると,台が90度傾き,メイドロボたちは逆さまになったが,ピタリと張り付き,ずり落ちることはなかった。全員が大きく股を広げ,太股が露わに。 そこへロボットアームが伸びてきて,太股にピタリと先端をつけた。次の瞬間,太股を刺し,入れ墨を刻みつけ始めた。私は思わず「ヒッ」と声を出してしまった。痛そう……。 彼女たちの太股に,緑色に光り輝く製造番号が刻印されてゆく。人間とメイドロボを区別する,最も大きな違いだ。あれは確か…… 「ナノマシンを皮膚の深いところに植え付けて,上から……えっと,つまりね,あの番号は絶対消せないんだ」 担当者が子供達の表情を見て,簡潔にまとめた。あれは服と違って,関連の工場へ運び込んでも消すことはできない。太股の製造番号を構成しているナノマシンの中には,メイドロボの重要な情報やプログラムがギッシリつまっているのだ。持ち主,製造年月日,売った店,学習した家事,etc……。 台が元通りになると,番号を打たれたメイドロボたちが歩き出し,綺麗な列を作って,細い道を行進した。私達も通路を歩いて後を追う。すぐに最後のパッケージングを見られる場所についた。 「あそこで箱に入れて,そうしたら後はお店に運ぶだけ。その後はみんなの家庭に……」 担当者は宣伝しながら,次々と箱に詰められてゆくメイドロボたちを指して説明した。人間がすっぽり入れる,大きな縦長の箱がいくつも並べられ,メイドロボたちは各自その前に立ち,クルッと反転し,後ろへ倒れる。彼女たちは自ら箱の中に入っていく。その後に作業用のメイドロボたちがパッケージングして,遂に商品が完成した。 「メイドロボがメイドロボ作ってるー!」 子供達が笑った。いや,作ってはない。箱に入れる作業をしているだけ。しかし,なんとも醜悪な光景に思えてならなかった。自分たちの仲間を箱詰めしてトラックに運び込むなんて。子供達は男子も女子も一切気にかけていないようだけど,私のコレは古い感性なのかなあ。 私の組は見学を終えた。だが点呼を取ると,子供が四人ほどいなくなっていた。伊藤くんを筆頭にした,悪戯好きのグループだ。私は慌てて後続の二組担任に連絡したが,上の通路にはいないようだ。とすると,もしかして下の製造現場に紛れ込んだのかも……。私は工場の人たちと手分けして,工場内を探し回った。製造現場は上の通路から丸見えだから,いたら二組の先生や子供達が見つけてくれるはずだけど……。 あ,上から見えないところ!? 裸の女性……素体が出てくる機械。その脇を通りかかった時。今,中から子供の声が聞こえたような……。私は扉が少し開いているのに気がついた。そっと開けて中を覗くと,いた。伊藤くん以下四名のいたずらっ子たちが。ベルトコンベアーの上に立ち並ぶ裸の女性達を見てはしゃいでいる。このませガキども……! 「こらー! 出てきなさい!」 「うわっ,やべっ」 蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げたので,私は中に踏み入って捕まえようと思った。だが,機械の中に入った途端,体に異変が生じた。 「えっ,あ,なに……?」 体が痺れて,段々力が入らなくなっていく。振り上げた右腕ががくんと垂れ下がり,気がつけば口もうまく動かせず,私は喋ることもできなくなっていた。 (体が……痺れて……) 手足が私の意思を離れ,徐々に気をつけの姿勢をとらされていく。コンベア上のメイドロボたちと同じ姿勢に。私は担当者の説明を思い出した。ここの素体は位置がズレたり,落ちたりしないように,外部からの電気信号で体を制御してるって……。 (まっ,まさか,私も!? 嘘でしょ!?) 私は人間なのにっ! いや,人間だから!? 確かメイドロボたちは生体組織を多分に使った,生物ベースのロボットだって言ってた記憶が……。 「せんせー?」 (きゃっ,なに!?) マネキン人形のように動かなくなった私の周りに,子供達が集まりだした。 (た,助けて! そうだ,誰か工場の人を呼ん……) その時,誰かが私のズボンを引きずり下ろした。 (きゃあ!? 何すんのよ! やめなさい!) 私が動けなくなったことを察した悪戯小僧たちは,ニヤニヤしながら私の服を脱がし始めた。私は一切抵抗することもできず,ただなされるがままだった。 (こ,こら! 後でひどいわよ!) あっという間に全裸にされた私を,伊藤くんたちが至近距離からジロジロと見つめてきた。私は恥ずかしくて顔が火照りそうだった。見るんじゃない! 君らには早すぎ……。 「よーいしょっ!」 (うわわっ,何!?) 今度は四人が私を抱きかかえ,運び始めたのだ。まるでマネキン人形の運搬だ。外に出してくれるの? それはいいけど,裸は嫌よ! 服を着せて! 天井しか見えなかったが,すぐに出口と反対方向に運ばれていることに気づく。私は嫌な予感がした。 (あ,あんたたち,まさか……) 予感は的中。伊藤くん達はベルトコンベアーの上に私を乗せようとしていた。 (ちょっと! やめなさい! 悪戯じゃすまないわよ!) 子供が一人乗っかると,ブーッと音が鳴り,コンベアが停止した。そういえば,この子達はなんで動けるんだろう……。子供だから? 男の子だから? 「こらー!」 「やべっ,逃げろ!」 工場の人が中に入ってきたが,子供達はその脇を通り抜けて逃げ去った。 「あーもー。これだからガキは嫌なんだ」 足音が近づいてくる。ああやだ。裸見られちゃう……。だが,工場の人は私を直立させたかと思うと,素体たちの間に並ばせたのだ。 (ちょ,ちょっと!?) この人は,私をメイドロボの素体だと勘違いしている。何で!? 裸だから!? 裸で気をつけしてるから!? 服……私の服は……。もしかして伊藤くん達が持っていったのか。 ピッと音が鳴り,再びベルトコンベアが動き出した。 (嘘でしょ!? 冗談ですよね!?) 私は助けを求めることも,降りることもできず,その流れに乗って機械の外へ向けて運ばれた。この先は確か……。 機械から出ると,私の裸体は開けた空間に晒された。上の方に,ガラス張りの通路が見える。中の人影……あれは三組だ。 (あっ,み,見ないで! ……じゃなくって,助けて!) 冗談じゃない。メイドロボに混じって,全裸でベルトコンベアーに乗って流されるなんて,こんな醜態を子供達や同僚の先生,工場の男達に見られるなんて。もう恥ずかしくて生きていけないよ……。 (そ,それより,誰かいないの? 気づいてよ!) 上空の通路に担当者がいた。上からメイドロボの顔って見えたっけ……。思い出せない。そんなの注意してなかった。 やがて大きな機械の中に到着すると,手足が勝手に動き,大の字をとらされた。私の前にいる素体たちも同様に。 (な,なんで私がメイドロボと同じ格好をさせられないといけないの!) 何とか動こうともがいたが,プルプルと震わせるのが精一杯で,とてもコンベアから降りることはできそうになかった。 前方を見ると,無数のノズルから液体が噴出されている。前を行く素体たちは,そのシャワーの中を通過していく。すぐに私もその一員となった。 (きゃっ,冷たっ!) 粘性のある透明な液体が全身を余すところなく包み込んでゆく。何なの,これ。体に悪影響とかは……。 機械から出ると,照明が私の先に立ち並ぶメイドロボたちを妖しく照らし出した。テカテカ光ってる……。きっと私も……。その時,担当者の説明を思い出した。これは確か……メイド服をくっつける糊!? すぐに次の機械が視界に入った。先に入った素体たちが,次々とメイド服を着せられていく。そして,あれらはもう脱げない……? (ちょ,ちょっと待って! ストップ! 止めて!) 心の中で叫んだが,コンベアはすぐに着せ替え機械に私を運び入れた。電気信号で体を操られ,驚くほどスムーズに服を着せられてゆく。最初に両手を真横に伸ばしたと思うと,そこにカポッと長い白手袋をはめられ,パイプ型の機械が私の腕を覆い,ギュッと圧縮された。一瞬で手袋は私の体と皺なくくっつき,皮膚のように一体化してしまった。 (そんな!) すぐに両手を真上に伸ばされ,右と左,側面から伸びてきた二本の機械が,左右に割れた白いレオタードを体に装着した。機械が体の中心線に沿って光を浴びせると,レオタードは元々一つの素材から作られたものであるかのように,ピタリと接合した。その光で四方八方から照らされ,白いレオタードは私の胴体を覆う新たな皮膚となった。私の乳首,へそ,股間は完全に封印されてしまったのだ。 (やめてっ,お願いっ,脱がして! 止めてよ!) 両腕は真っ直ぐ,高く掲げたままで,上から下ろされたメイド服は引っかかることなく着せられた。これもギュッと締め付けられ,体に隙間無く張り付いてしまった。フリルやリボンの多い,コスプレ感の強いタイプの衣装。それもミニスカ。 (これがもう脱げないって……嘘でしょ!?) ヤバい,ヤバい。あっという間に事態は最悪の展開を見せている。あいつら……悪戯じゃ済まされない。取り返しのつかないことに……。 次に,両足を真横に広げて,私は尻をついた。激痛が股関節を襲った。 (いたーっ!! やめてえええーっ!) 私はそんなに体が柔らかい方ではない。それがいきなり真横に強制的に両脚を広げられたのだ。痛いなんてものではなかった。股関節周りがボキボキに骨折するのではないかと思うほどの激烈な痛みだった。その間に,白ニーソ,リボンのついた靴を履かされ,これも圧縮,癒着してしまった。最後にようやく直立させられたが,股関節の痛みは引かない。悲鳴を上げてのたうちまわりたかったが,それすら許されなかった。真顔で気をつけしたままベルトコンベアの上で我慢することしかできない。最後に,頭の上にホワイトブリムを強く押しつけられ,癒着された。この髪飾りも,きっともう取ることはできない……。機械を抜けだし,再び工場全体が見える開けた場所に出た。前のメイドロボたちは,もう裸の素体じゃない。メイド服と一体化したメイドロボそのものだ。私もその中の一体になってしまったのかと思うと,気が狂いそうだった。 (助けてーっ! いやーっ, メイドロボになんてなりたくないーっ! 悪ガキの悪戯一つで人生お終いなんて嫌よーっ!!) だが,続けて襲いかかる目の前の機械からは,横に出口が伸びていた。思い出した。不良品を弾くんだ! (良かった。助かった……) そりゃそうだ。まさかこのままメイドロボとして出荷されるなんてこと,あるわけない。私は安堵した。スキャンする機械の中をメイドロボたちが通過していく。みんなオッケーだ。次は私の番……。 ブーッとブザーが鳴り,私だけ細い支流に移された。静止していた横のベルトコンベアーが動き出し,メイドロボの列から一人離れて,私は別の部屋へ運ばれた。 (良かった……助かった……) 「お,今ちょうど出ちゃったね。不良品が出るとね,ああやって一旦別のところへ送るんだ」 「それでどうするのー?」 「簡単な不良……ええと,間違いなら直して,そうじゃなかったら潰すんだ。まあケースバイケース……えっとつまりだね,モノによるんだよ」 「ふーん」 「さて,みんなあれを見て。不良品じゃなかったら,最後に番号を……」 ベルトコンベアーは,私を薄暗い実験室みたいな部屋に連れてきて,床に下ろした。体の痺れがなくなり,私はようやく自由に動けるようになった。二人の女性が近づいてきたので,声をかけた。 「あの,私……」 白衣を纏った女性二人の顔はそっくり同じだった。双子……いや,これは……。 二人は真顔のまま,私を押さえつけ,力ずくで四つん這いにさせた。 「あの,ちょっと,私人間なんですよ! 手違いでラインに」 声を大にして抗議したが,通じない。大きなホースを口に突っ込まれ,謎の液体を体内に注ぎ込まれた。 「んんんん! んんんっ!!」 死ぬ,死んじゃう。溺れる。離して,変なもの飲ませないでよ。息ができず,本当に溺死するかと思った時,ようやくホースが外され,空気を吸えた。 「いい加減にして下さい!」 そう言うつもりだった。だけど,何故か体が動かせなかった。まさか,また電気信号。いや,痺れた感じはしないし……。 困惑していると,ひとりでに体が立ち上がった。 (え,ちょっと,何なの!? いつになったら助けてもらえるの?) 抵抗しようとしたが,体の支配権はもはや私にないらしく,何者かによって勝手に体を操られ,円柱状の透明なケースに潜り込まされた。 「ナノマシン規定量クリア」 冷たい女性の声が反響した。私は理解した。不良品の修理をやっているんだ! さっきの液体は,メイドロボを動かすナノマシンだったに違いない。とんでもないものを飲まされてしまった。 (あんたたち,馬鹿!? 違うんだってば! 元に戻して!) ケースが閉じられ,桃色の液体が中に注ぎ込まれた。私はナノマシンから体を奪い返そうと試みたが,どうにもならなかった。指一本動かせやしない。ケース内は桃色の液体で一杯になり,口の中にも入ってきた。苦しい。また溺れる……。 幸い,液体はすぐに排出され,蓋が開くと,体が動かせることに気づき,私は急いで中から出た。 「アンチエイジング処理クリア」 「私はにんげ……」 「OS起動」 「……っ」 二の句が継げなくなってしまい,私はその場で気をつけした。動けない。そんな……。私は本当にメイドロボに改造されてしまったの? 嘘でしょ,こんなの有り得ない……。 「ラインに戻って下さい」 「はい」 私はスカートの裾をつまんで軽く持ち上げながら礼をした。完全にメイドロボそのものの動作。私がそれをやらされたことに怒りと屈辱がこみ上げてきた。足が勝手に歩き出し,私は自分をこの部屋に運んできたベルトコンベアーに自ら乗っかった。 ガコンという大きな音がすると,逆走が始まった。戻っていく……。あの製造ラインに戻されてちゃう。 (違うっ,やめて! 私は人間なの! 工場見学の引率で……) いくら体に力を込めても,声を出そうとしてもダメだった。物理的には,もう私は完全にメイドロボにされてしまったのだ。 再び検品機械に合流すると,本流が一次停止した。私は自分の足で,メイドロボをスキャンするゲートをくぐった。 (落ちて! お願い!) 無情にも,結果は合格。私はベルトコンベアーの中央に立ち,気をつけの姿勢で動けなくなった。再びコンベアが動き出す。 (そんなっ!) また周囲を見渡せるようになったので,必死に通路の子供たちに心の中で訴えかけた。気づいて,助けて,先生だよ,人間なの……。しかし全ては徒労に終わった。抗うこともできぬまま,円形の台に背中を預け,グルンと天地が反転した。覚えてる……。製造番号を打つんだ。ついさっきまで上から眺めていた製造ラインに,今自分がメイドロボとして乗っていることが信じられなかった。信じたくなかった。 (んっ……動いて……お願いっ) 太股に何かが当たる感触。嫌だ。やめて,それだけはダメ。後戻りできなくなっちゃう。この服は脱げる。でも,製造番号は絶対に無理だって,担当者はそう説明していた。これを刻まれたら,私は……。 鋭い刺突の痛みが太股を襲った。細く冷たい金属の針が私の皮膚を切り裂き,その奥深くへと突き刺さっていく。 (んぎゃああっ!) 始まってしまった。そんな……。何かの間違いでしょ,夢だよ,こんなの有り得ない,あっちゃだめ……。 焼き付くような痛みが走り出した。まるで焼き印でもされているかのように,ジュウジュウ音がする。太股が切り裂かれ,皮膚の奥底に二度と取れないナノマシンが植え付けられていく。 (いやーっ!! 私は人間よーっ!! 機械を止めてーっ!!) 五分ほどで地獄の入れ墨は終わった。太股のジンジンくる熱い痛みに耐えながら,再び天地が逆転し,私は円形の台から離れ,二本の足で床に立った。一瞬見えた。私の太股で緑色に光る「4380」の数字。私はメイドロボ4380号になってしまった。この製造番号は人間とメイドロボを見分ける最も大きな差異。私も確認したことがある。まさか,それを自分に打たれる日がくるなんて夢にも思わなかった。じわっと涙が溢れてきた。お終いだ。これで私は物理的にも,法律的にもメイドロボになってしまったのだから。 私の体は他のメイドロボたちと一緒に,細い道を通って,最終エリアへ進んだ。人一人入れる大きな箱。新品のメイドロボとしてパッケージングされる。工場から出荷されたら本当の本当に終わりだ。 他のメイドロボたちとそっくり同じ歩き方で,私は自分を詰める箱に向かって歩いた。歩みを止めることも,遅らせることもできない。私の体はもう私の体ではなくなっている。 (だめ,止まって,売られるなんて……) 箱に入ってしまえば,見知らぬ土地で見知らぬ男にメイドロボとして買われる運命が待っている。絶対に嫌だ。助けて,誰か……。願い空しく私は箱の前に立ち,クルッと反転した。 上のガラス張り通路には,子供達と同僚の先生の姿が見えた。四組。あれが最後の見学組。あらん限りの力で助けを求めようとしたが,プルプル震えることすらできず,頑として体は私の指示を拒んだ。 (み,みんな! 私よ! 私! 気がついて! 伊藤くん達の悪戯で,間違われて……) 私は四組の中に,伊藤くん達が混じっていることに気がついた。いつの間に……。いや,これはチャンスだ。 (伊藤くん! こっち! 私! 本当に取り返しがつかなくなっちゃうよ! それでもいいの!? 悪戯じゃ済まないよ! ねえ!) 伊藤くん達はブスッとした顔で友達と会話している。こっちを見ていない……。 (ねえ,顔を見て! 誰か気がつかないの!?) 心の中でどれだけ叫んでも,何も変わらなかった。私が上から見ていたときに,メイドロボの顔を注視しただろうか。していなかった……。 体が二歩後退し,箱の中に入ってしまった。 (あっ……そんな) 箱が閉じられる。パッケージングされる。商品に……新品のメイドロボになっちゃう……。誰か,お願い,誰でもいいから。子供の悪戯でメイドロボにされちゃうだなんて,嫌よ! こんな人生の終わり方,お断りよ! 助けて! 私は人間よ! メイドロボじゃないの……。 「あとはトラックに入れるだけ。で,そしたらお店に並んで,みんなの家庭に届くってわけ」 「ふーん」 「こら。しっかり聞きなさい。あんなに迷惑かけたんだから」 「はーい……ちぇっ」 「あの,黄土先生,ちょっと……」 「見つかりました?」 「いいえ,まだ……変ですねえ,どこいっちゃったんでしょう,藤原先生」 久々の連休に,私は家電量販店に足を運んだ。この前社会科見学で子供達を連れてメイドロボ製造工場に行ったとき,私も欲しくなってしまったのだ。最近安くなったっていうし,一体なら何とかなるでしょ。 メイドロボコーナーへ行くと,色んな顔と体型をしたメイドロボたちが,両脚を閉じ,両手をスカートの前で重ねる基本姿勢で静止していた。最近はカスタムといって,ランダムに作られた顔と体型のメイドロボが多く出回っている。特注せずとも,自分だけのメイドロボを安く手に入れられるようになったのだ。 前面が透明な箱に収められ,身動き一つせず笑顔で前を見つめるメイドロボたちは,さながら子供の着せ替え人形のようでもあった。そのうちの一つに,私は驚いて足を止めた。カスタムメイドロボの中の一体が,この前行方不明になった藤原先生そっくりだったのだ。 (そういえば,メイドロボ製造工場でいなくなったんだよね……) もしかして,何かの手違いでメイドロボになっちゃった,とか……ないか。そんなことあるわけない。太股に製造番号もあるし,正真正銘のメイドロボだ。顔をランダム生成した際,偶然そっくりになってしまったのだろう。以前それで抗議している女性がニュースになっていた。 しかし,行方不明になった同僚そっくりのメイドロボというのはやはり気味悪く感じてしまう。私はその場を離れ,別のメイドロボを品定めした。せっかくだから可愛いのがいいかな。小動物的な子。うし,もうちょっと探してみようか。

Comments

いちだ

癒着シーン、楽しませていただきました。 メイドロボ開発秘話のころより脱げなさがアップしてるようでいい感じです。 胴体はレオタードだったんですね。セーラームーンの変身シーンを思い出しました。

Anonymous

執筆お疲れ様でした! 機械による流れ作業による端的かつ容赦のない製造(改造)行程は読んでいて非常にドキドキしました。 俯瞰から製造の説明、感想があった後に、今度は主観で製造行程に乗せられ、より鮮明な描写になる流れやインナー?がレオタードで「白いレオタードが(中略)完全に封印されてしまったのだ」所の描写が一括生産のモノ扱いかつフェチズムに溢れていて秀逸の一言です。 感情のまま長々と失礼いたしました。今回も素晴らしい作品をありがとうございました。

opq

楽しめて頂けたようで何よりです。ロボットに下着を着せるのは不自然かと思ってレオタードにしました。

opq

コメントありがとうございます。こうして感想を頂けると本当に最高の励みになります。

いちだ

すばらしい話でした。これで癒着後に少しだけ自由になったときに、必死に脱ごうとするシーンとかがあったらもっと嬉しかったです。 しかしこの会社、事故防止のために監視カメラとか使ってないんでしょうなねえ。

いちだ

開発秘話の時は、脱げって命令されて自分で脱いでたけど、このレオタードだとそれは無理ですよね。そのへんは大量生産されるようになって変ったってことなんでしょうか。 それとも、開発秘話の主人公も実はレオタードだけは脱げずにそのままなのか・・・想像するとドキドキします。

いちだ

って、今読みなおしたら開発秘話のほうではパンツって書いてましたね。

opq

開発秘話の方は初期型なので,今回のとは仕様が異なっています。そのために製造番号を一桁増やしました。

Gator

こんな強制変換物でロボット工場はいつも読者をドキドキさせますけど、あまり扱わないテーマなので残念です。 永遠に消えないシリアルナンバーが刻まれる場面は本当に最高です。 人とロボットを区分する唯一な媒介が、自分に刻まれる時の高揚感は、何も代えられません。 読み終えてから後続編がないというのがとても悲しかったです。 どうして今になってこんな文を見つけたのかわかりませんね。 本当にありがとうございます(Translted)

opq

感想ありがとうございます。製造番号を刻まれるのはいいですよね。