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(や……やっぱ止めときゃよかったかなあ……) 姿見に映る滑稽な自分の姿の前に、私はこの仕事を受けたことを後悔しつつあった。この歳でこんな格好を……それもこれから仕事の制服として着なければならないなんて。 白とピンクを基調とした魔法少女のコスプレ衣装。それは私の身体にピッタリと密着していて、体をねじっても皺がほとんどできない。雇い主の会社で作った新素材らしいけど……ガチでコスプレやってる感がすごくて恥ずかしい。花びらみたいなデザインのスカートは、パニエもないのに重力に逆らい横にピンと広がっている。安っぽい布の衣装とは異なり、厚みのある新素材はゴムに近い弾力があり、形が崩れない。両腕を覆う長いピンクの手袋と両脚を白く染め上げるタイツも、同じ素材によるものだ。その証拠に、どれもが部屋の光を照り返してテカテカとした光沢を放っている。ううぅ……やだなあ。そして現実じゃお目にかからないような大きさの白いリボンで結われたバカでかいピンクのポニーテール。その尾は腰まで伸びている。こりゃウィッグというよりもはやヘルメットと言った方が近いかもしれない。軽量で首に負担がないのが救いか。 「入っていいですかー?」 ドアを叩く音がして、私はビクッと全身が震えた。あー、マジかぁ……これからこの格好で……お仕事か……。 しかし引き受けてしまったものはしょうがない。私は観念して朧家のお手伝いさんを招き入れた。 「失礼します……ふふっ」 入ってきたお手伝いさんは私を見るなり笑い声をこぼし、ニヤニヤしながら近づいてきた。 「よくお似合いですよー」 「ど……どうも」 これが子供相手のショーとかコスプレイベントとかだったら仕事だと堂々としていられただろう。しかし……私がこの服で今から始める仕事は……ボディーガードなのだ。 「……というわけで、この花咲さんがこれから月夜ちゃんを守ってくれるからね」 私の警護対象者は、私たちを見るなり目を輝かせて走ってきた。 「プリガー! プリガーだー!」 「う……うん、よろしくね」 彼女は以前、幼稚園からの帰りに暴漢に襲われたことですっかり外出に怯えて引きこもってしまったという。地元の有力者である朧家は腕利きのボディーガードを用意したそうだけど、彼女は懐いてくれなかった。そして彼女はある人物を指名した。自分を守ってくれる唯一の頼れる存在。それは……日曜にやっている女の子向けアニメの主人公たち、プリティーガーディアン……。 というわけで、プリガーのコスプレをして警護してくれるボディーガードが募集された。その話が私の所に降りてきた時は恥ずくて無理とも思ったものの、相場を大きく超える報酬に釣られて引き受けてしまった。衣装は全部先方が用意するということだったけれど、思ったよりずいぶんと手が込んでいて正直早くも後悔しつつある。まだ薄いペラペラの方が子供と遊んでるんですよ感出てよかったかも……。光沢のある厚い衣装は樹脂と布の中間みたいな質感で、かなり人目を惹く。 「よろしくねー、月夜ちゃん」 私の隣に立つのは、同じく今回の仕事を引き受けたもう一人の人物、青葉さんだった。彼女も私の水色版みたいなコスプレをして、ウェーブのかかった広く長い水色の髪……っぽい被り物をヒラヒラと宙にたなびかせている。 「ねっねっ、プリガーのポーズして」 「えっ、えーと」 月夜ちゃんのリクエストに、青葉さんはノリノリで応えた。変身の決め言葉を叫んで華麗にポージング。月夜ちゃんから喝采が飛ぶ。引き締まった肢体に皺なく張り付いた衣装が映え、その姿は中々に決まっていた。 「おー……」 「ピンクも―」 「わ、私も!?」 月夜ちゃんだけでなく、青葉さんも目を輝かせてこっちを見ている。仕方がない……やるしかない。うん。子供とごっこ遊びしてるだけ。そう思おう……周りは大人も多いしバリバリに力の入ったコスプレしちゃっているけど……。 「プ……プリガー、メタモルフォーゼっ……!」 青葉さんほど気前よくは叫べなかったが、私はそう言ってその場で一回転してから変身完了時の決めポーズをとってみせた。両足を軽くクロスさせながら背筋を伸ばし、顔の横に両手を添えてハートマークを作る。 「希望の力と未来の光!夢幻の守護者・プリティーピンク!」 青葉さんがパチパチと拍手し、月夜ちゃんも真似して手を叩いた。うう……死にたい。周りの大人たちも愉快なショーでも見るかのように私を見て笑っている。予習してきてよかったか悪かったか……。ま、まあでもこれでこの子は間違いなく心を開いてくれたからいい……のかな。プリガーじゃなく花咲クルミとして信頼してもらえれば、普通の格好でもきっと大丈夫になるはず……。 月夜ちゃんが昼寝を始めたところで、ようやく青葉さんと落ち着いて話し合える機会が得られた。顔は会わせていたけど、お互いこの姿では初だ。 「どうですか、この仕事」 「私は結構楽しいですよー、コスプレ好きなんで」 青葉さんは腕を回したり腰を捻ったりして、体に張り付きながら追従する不思議な衣装の感触を確かめていた。それは私に見せつけるようでもあった。彼女はこんなすごい衣装は初めてだと賞賛し、どれだけアニメの再現が出来ているかをオタクっぽく語った。詳しいなあ。道理で変身の真似事も出来るし、ポージングもうまかったわけだ。私はこの仕事決まってから付け焼刃で予習してきただけだ。 「花咲さんもすっごく似合ってるじゃないですかー、恥ずかしがることないですよ」 「いやあ、青葉さんの方こそ……」 青葉さんとも打ち解け合いながら、私は明日からの業務のことを考えると憂鬱になった。これがお家の中だけでのことなら、こんなに気負う必要もなかったんだけど……。ボディーガードってのはつまり、外敵から警護対象を守る存在だ。外敵が来るということは即ち……外出。私たちは明日から……月夜ちゃんが外出するたびに、この格好でついていき、常に周囲にいなければならないのだ……。 「いってらっしゃいませ、お嬢様」 お手伝いさんに見送られ、いよいよ月夜ちゃんが登園する。それに付き従う二人のコスプレイヤー。嫌だぁ。家から出たくない……。一歩アプローチに進み出ると、日の光が私たちのプリガーコスチュームを照らし、樹脂みたいな質感とゴムのようなテカリを浮かび上がらせる。せ、せめてコートとか……。しかし月夜ちゃんはあくまでプリガーに守られていたいらしく、それは許されなかった。しかし……まさか魔法少女のコスプレで外出する羽目になるなんて。幼児の月夜ちゃんでもプリガーの服着ていないのに。それが私たちの異常性というか、ガチ感を強調しているように思われて居心地が悪い。流石に青葉さんも一枚も羽織らずこの格好で外出させられるのは恥ずかしいらしく、顔をほのかに赤らめている。 私たちの逡巡をよそに、月夜ちゃんは実に楽しそうにとてとて細長い車に向かって歩く。私と青葉さんはそんな彼女を前後から守りながら、高そうな車に同乗した。車が発進する。魔法少女アニメの衣装に身を包み、上に何も羽織らないまま……。 移動中、何だか人の視線にいつもより敏感だった。別に私がボディーガードで周囲を警戒しているからとかではない。このイカれた姿が外から見えていないか、見えていたらどう映っているのか、そればかりが気になって仕方がなかった。外からでも光沢のあるクソ長ピンクポニテと水色の超ロングは目立つかな。大丈夫かな。ううう……ホントやだ。 しかし車の中に守られている間はずいぶんマシだ。幼稚園に到着すれば私は……この格好のまま車を降りて、他の人たちの前に立たなければならないのだから。 園内は……いや園外もざわついていた。そりゃそうだ。テカリのある樹脂みたいな魔法少女衣装にピッチリと体を覆われた成人女性が二人も現れたら。幼稚園側には事前に伝えてあったものの、やはり実際目にすると平常心ではいられないらしい。ちょっと引く様子を見せる人も、子供たちが喜びますよと歓迎する人も、様々だった。出来れば無言スルーしてほしかった……いやそれはそれで辛いかな。特に保護者たちが目を真ん丸にしているのがきつかった。ご……ごめんなさい。決してふざけているわけでは……ないんです。 大人とは対照的に園内の子供たちはプリガーの出現に沸き立ち、ワッと集まってきた。 「プリガーだー」「ほんものー?」「すごーい」 青葉さんは自然とプリガーを演じながら子供相手ににこやかに応対できたが、私は無理だった。真っ赤になりながら青葉さんに合わせて相槌うつのが精一杯。キツイ……精神的に。 幼稚園にいる間も警護タイムなので、私たちはそのまま幼稚園にお邪魔した。女の子全員が私たちにすり寄り、まるで身動きがとれない。警護になんないよ。 「きのーからね、月夜のお家にきてくれたの!」 月夜ちゃんはプリガー二人が自分のために来てくれたことを得意気に語る。そして多くの子供たちと一緒に私たちはプリガーごっこを強制された。もうボディーガードというより保育士だよ。 青葉さんと一緒に二人変身もやらされるし、それを幼稚園の先生たちに撮られるしでもう最悪。これからしばらくこれが続くのかと思うと気が滅入る。 帰りになると、朝より多くの保護者たちに見られることになった。既に噂が広まったらしく、不愉快そうに眉をひそめヒソヒソ話するグループ、子供みたいに顔を輝かせて撮影許可を求めてくる親、ちょっと気まずそうに会釈する親子、様々だった。 「はぁ……」 車に乗った時は、もう本当に疲れてしまった。これほど疲れた依頼はないかもしれない。明日からずっとコレかあ……。子供と遊ぶのはまだいいけど、子供たちの前で全力にしか見えないプリガーコスプレ状態でいるのは中々にしんどい。近くには先生もいるし、送迎の際には保護者の視線もある……。案の定、SNS検索したら写真上げられてるし。恥ずかし……。 怒涛の初日が終わり、私たちは朧家で肌にピシッと張り付くコスチュームを頑張って脱ぎながら、お互いに励まし合い、労った。青葉さんとは大分仲良くなれそうだ……。一緒に恥をかくというのはいたく仲間意識を育てるらしい。アニメのプリガーコンビがそうであるように、私たちも急速にお互いを相棒のように感じるようになっていた。 一週間もするとギョッとしたり遠巻きにしたり、異常者を見る反応は少なくなって、自然に見られることが増えてきた。助かるっちゃ助かるけど、まるでこの姿でいることが私たちのナチュラルであるかのように思われているのは心外だ。私たちの羞恥心は未だに慣れないのに。慣れても困るけど。 しかしそれは勝手知ったる幼稚園への送迎に限っての話。月夜ちゃんが外出する際には私たちも帯同する。当然、事情を知らない通行人は凄い目で私たちを見てくる。写真も動画も撮られるし、耳までピンクに染めない日は珍しい生活だった。何か一枚でも上から着たいけれど……。月夜ちゃんはどうも「プリガーが自分に付き従っている」ことを見せびらかしたいのか、断固拒否された。 そんな滅茶苦茶な羞恥プレイに興じること三か月。月夜ちゃんは別のアニメにハマりだし、急速にプリガーへの興味を失っていった。私たちもようやく普通の服で警護することが許され、安心した。いや正直言うと憤りも感じるけど……。私たちがかいてきた末代までの恥は一体なんだったのか。こんなアッサリ好きなものを乗り換えるなら最初から……いやいいけどさ。 そんな彼女がハマったアニメは、ドールフェアリーという女の子向けアニメ。人形に擬態する妖精たちが人間に見られないようにこっそりと子供たちを助けたり、妖精同士でハチャメチャな日常を送ったりする内容で、月夜ちゃんと一緒に私たちも見ていた。そんな中、雇い主である朧家の方々から新しい提案が出された。今度はなんと、ドールフェアリーに扮してくれないかという内容だった。 「ま……またですか」 一緒にアニメ見てるからどんなのかは知っている。けど主要キャラ皆レオタードなんだよね。あれで外でるのは流石にちょっと……まあ室内だけなら。 「いえいえ、今回はコスプレじゃなくてですね、本当にドールフェアリーになってやってほしいんです」 「どういうことですか?」 朧さんはとんでもない説明を続けた。私たちを実際に小さく縮めて、ドールフェアリーとして月夜ちゃんの誕生日プレゼントにしてやりたいのだと。最初は冗談かと思ったけど、どうやら本気らしかった。 「いや、それは流石に……」 「大丈夫ですよ。安全は保障します。何なら私が先にテストしてみせても」 朧家が関係している会社の一つに、食べ物を「圧縮」して長期保存する技術があるらしいけど、それは人間にも使えるのだという。生きたまま安全に小さくすることが可能で、元に戻すのも簡単だとか。それでも子供の玩具になるのは怖いなあ。圧縮中は比較的丈夫になるとか何とかその後も彼は説き続けたが、どうしても私は納得できなかった。そもそも小さくなったら警護なんてできないじゃない。 「お二人が縮んでいる間は別のボディーガードを雇いますよ」 じゃあ私たちはお払い箱? 子供の遊び相手? 「ああそうだ、その間の報酬ですが……」 朧さんがビックリするような金額を提示したことで私の心は揺れてしまった。そして隣の青葉さんが受けてしまったことで、なし崩し的に私もとうとう首を縦に振らされる羽目に。ああ……受けちゃった。どうなっちゃうんだろう私たち。 ある日、私たちは妙な研究施設に連れていかれた。幅十メートル近くある巨大な機械の前に立ち、説明を受ける。機械はまるで巨大な電子レンジのようにも見えた。前面の蓋が開かれ、中にある空間が露になる。壁と天井には一面ビッシリとよくわからない円形の機器が張り付けられている。職員が中にキャベツをいれて蓋を閉じ、他の職員に指示を飛ばす。機械がウーンと唸り、「圧縮」が始まった。待つこと数分。再び蓋が開くとその空間には何もなくなっているように見えた。職員が床に落ちている小さな物を拾い上げ、真っ白な机の上にコトンと置く。それは……圧縮されて縮んだキャベツだった。信じられない。これがさっきのキャベツ? まるでキーホルダーみただ。硬いプラスチック製の玩具にしか見えない。 職員がもう一度機械の中にキャベツだったものを入れ、「解凍」処理を行った。蓋が開くと、元通りの新鮮な青いキャベツの姿があった。 「食べられますよ?」 職員は得意気にキャベツの葉をむしった。私も触って確かめた。うぅ~ん、確かにキャベツだ……。普通の。新鮮な。さっきまで一センチほどのプラスチックの玩具だったのに。 で、でも……キャベツと人間は違うよね。本当に大丈夫なの? その後女性職員一人を実際に圧縮するデモンストレーションが行われた。機械の中から可愛らしい小人が姿を現し、手を振る。あれ? 人間だと動けるんだ……いや動けなくなったら困るから、それでいいんだけど。説明によると、圧縮率は変えられるらしい。だから動ける程度にも調整できるのだと。 しかし小人になった職員はとても人間には思えなかった。それはサイズが十八センチしかないからではない。圧縮されたキャベツがプラスチックに思えたように、彼女も樹脂でできたフィギュアに見えてしまう。染みも皺もなく、毛の一本も生えていない肌色一色の肌。一塊に見える髪の毛。デフォルメされた顔。フィギュアが生きて動いているかのよう……あぁ、だからこそドールフェアリーに相応しいのかもしれない。朧さんもこの実験を見て思いついたのかな。 そして職員が解凍され元通り人間に戻ると、いよいよ逃げ場がなくなった。やるしかない……元から引き受けてしまってはいたのだけど……。 服を脱ぐよう指示され、私と青葉さんはその場で全裸にさせられた。男性の職員もいるのに……嫌だなあ。その後、女性職員の手により、胸と股間に肌色のクリームのような、粘土のようなものをたっぷり塗りたくられる。これは何かというと、ガードなのだと。下着替わりってこと? ではなく、子供の玩具に乳首や性器があるのはよくないということらしかった。圧縮時に消失させるためか……何か本当に人じゃなくなってしまうみたいで怖い。 そしてとうとう、私たちは機械の中に入れられた。蓋が閉じられ、真っ暗な空間が赤い光で浮かび上がる。 「頑張ろうね」 「はい……」 青葉さんがと励まし合った瞬間、ウーンという音が鳴りだした。そして、狭かった空間がちょっとずつ広がっていく。いや……私たちが縮んでいるのだ。感覚は特に何も感じなかった。ただ静かに青葉さんとの距離が離れていき、天井も蓋も遠ざかっていく。座り込んだまま一歩も動いていないのに。まったく奇妙で恐ろしい数分間だった。 蓋が開くと、巨人たちが私たちを出迎える。頭ではわかっていたとはいえ、その迫力に体がたじろいでしまう。私たちの十倍ある巨人の世界に、私たちは放り込まれてしまったのだ。本能が怖がるのをやめてくれない。机の上に運ばれた私たちは、四方八方から自分たちを覗き込む大きな顔に心臓をバクバクさせながら、鏡に映る新たな自分とご対面した。 さっきの職員さんと同じだ。生きたフィギュア。そうとしか形容できない。ツルツルの樹脂みたいな質感の肌には血管が見えない。産毛の一本もなく、染みも黒子もない。妙なクリームを塗った状態で圧縮されたせいか、胸には乳首がない。本当に着せ替え人形の胸みたい。そして股間。何もない、平坦な曲面。マネキンみたいだった。相変わらず裸のままだけど、もはや私たちの身体に隠すべき箇所は存在しなかった。 顔もアニメチックにデフォルメされている。私たちをアニメ化したらこんな感じだろうと思わされる。髪はフィギュアや彫刻のように一塊に見える。しかし触れてみるとサラリと別れた。気持悪いなあ。見た目と触った時の挙動が一致しないのって。 こうして見事な生き人形と化した私たちに、ピンク色のレオタードと肘まで覆う長手袋が与えられた。ドールフェアリーの衣装。正直大分恥ずかしい。魔法少女の方がよかったかも。そしてようやく裸でなくなると、今度は髪を染められた。鮮やかなピンク色に。そしてさっき胸と股間に塗った粘土を髪に捏ねられ、長いポニーテールに形成される。青葉さんは私の水色版で、髪型はウェーブのかかった超ロング。以前のコスプレと同じだ。 仕上げに、背中に大きな羽根がくっつけられた。淡いピンク色がかった透明な羽根。何と脳波で動かせるらしい。慣れるまでちょっと時間がかかったけど、まるで手足のようにスイスイとはためかせることができた。まあ、それだけなんだけど……。飛べたりはしない。 「うーん、きっと月夜も喜ぶぞ」 彼女に内緒でひっそり朧家に戻った私たちを、朧さんは歓待した。自分の娘に「生きたお人形」という他にないプレゼントを与えてやれることにいたくご満悦の様子だった。なんかモノ扱いされてるみたいでいやだなあ。まあ……しばらくの辛抱か。あの子が飽きるまでの。 誕生日前日。箱に梱包される直前。お手伝いさんが一人寄ってきて、私たちにある「提案」を行った。曰く、このままだと結局ドールフェアリーのコスプレをしているだけだから、それじゃつまらない。本当にドールフェアリーとして振る舞ってあげた方があの子も喜ぶだろう……と。 「どういうことですか?」 このままお人形として遊んであげるだけでいいんじゃないの? ごっこ遊びも普通にすると思うけど……。 「ほら……ドールフェアリーって人前だと動いちゃダメじゃない?」 ああ……そういえばそんな設定でしたっけね。生きていることは人間には絶対内緒、っていう。 「だからね……」 彼女は続けた。その設定に則って、月夜ちゃんの前では動かないように努めて、見ていないところで動いているのを匂わせるのが本物らしくていいんじゃないか、と。 「えー……でもそんなの無理ですよ。それに普通に……」 動いてお話できる方が子供にとっては絶対素直に嬉しいだろうと言いかけたところに、プシューっと変な煙を噴射された。 「んっ」「きゃっ」 むせながら叫んだ。 「何を……」「いきなり……」 しかし、それ以上言葉は続かなかった。急速に意識が朦朧としてきて、体が重くなってきたのだ。 (これ……は)(何です……か……) 私たちの意識がそこでプツリと途切れた。 「誕生日おめでとう~!」 暗い空間の外から様々な祝いの言葉が聞こえてくる。人も多いようだ。さすがお金持ち。 (……って、アレ?) ここどこ? 私たちはどうして……。徐々に記憶が鮮明になってきた。確かプレゼントとして梱包される直前にお手伝いさんが……。 「起きた?」 青葉さんが小声で囁きかけてきた。私より早く起きていたらしい。 「ここは……?」 「箱だよ。私たちもうプレゼントになって、これから開けられるとこ」 「あ、ああ、そう……」 それは事前にそういう取り決めだったからいい。気になるのはお手伝いさんが私たちに何をしたのか。梱包される前に変な煙を嗅がされて、それで確か眠っちゃったような。 「そ、それなんだけど、あのね……」 青葉さんが言いかけた時、大きく世界が揺れた。ガタガタと前後左右に激しく揺れ、とても話し合っていられる雰囲気ではなくなった。 「わ、わ」「わ、笑って笑ってほら」 開封されるらしい。ドールフェアリーとして笑顔でお出迎えしてあげたいところだけど、中々難しい。怖いよ。 箱の蓋が開けられ、薄暗い状態になれた私たちの目に眩しい光が差し込んだ。 「んっ……」 月夜ちゃんの大きな顔が空を占めた瞬間。信じられないことが起きた。 (っ……!?) 身体が動かない。全身が瞬時に硬直して、ピクリとも動けない。 巨大な手が私を掴み上げ、箱から取り出した。私は身構えることすらできないまま、宙にその身を預けることとなり、地につかない両足が不安を掻き立てる。 (ちょ、ちょっと……丁寧に扱って) しかし、声が出せない。口が動かない。手も足も、カチコチに筋肉が強張ってどうにもならなかった。ほんのわずかにピクっと震えるのが限界。 (一体……一体どうなって……) テーブルの上に他の玩具たちと並べて置かれ、続けて青葉さんも横に置かれた。彼女も私同様一歩も動かず、うんともすんとも言わない。まるで本物の人形のように。 「わーい! ありがとーパパ―!」 月夜ちゃんはドールフェアリーのお人形にご満悦だ。ただ惜しむらくは、本当ならここで私たちが挨拶してあげるはずだったんだけど、さっきから身体が固まって動けないこと。これじゃあ単なる普通のお人形だよ。私たちを縮めた意味がない。 長い誕生パーティーが終わるまでの間、私たちは結局指一本動かすことも出来ないままテーブルの上で玩具たちと並んでいることしかできなかった。何が起きたのかわからない。圧縮されても体は動くはず。圧縮率を間違えたのだろうか。でも最初は動けたし……。 目の前をお手伝いさんが通りかかった。屈んで私たちに顔を近づけ、囁く。 「うふふ、よくできてるわ。頑張ってね」 (……な、何を……) そうだ。私たちが動けなくなったのは梱包の直前、この人が変なガスをふっかけてからだ。私たちに一体何をしたの!? しかしその質問が口をついて出ることはなく、睨みつけることすら叶わず、彼女は私たちの視界から消えていった。 寝るまでの間、私たちは月夜ちゃんによってたっぷり遊ばれた。ドールフェアリーのおままごと。身動きもとれず声も出ないせいで、彼女が私たちを完全に単なるお人形だと思っているのがハッキリわかる。こんな……こんなはずじゃなかったのに。わ、私たち……まさかこのまま二度と動けないんじゃ……。 ようやく呪縛が解けたのは彼女が寝静まってからだった。硬く強張っていた全身の筋肉が解され、身体は自由を取り戻した。 「ん……」 ゆっくりと手足を伸ばし、曲げ、両手でグッパした。動く……普通に。まるで石像のように硬かったさっきまでが嘘みたい。 「ねえ、私たち一体……」 「しっ、静かに……起きちゃう」 青葉さんは月夜ちゃんが眠るベッドの方を指さし、ヒソヒソ話をするような小声で、事の真相を私に話してくれた。お手伝いさんが私たちにふっかけたのは、小動物訓練用の意識を弱くする薬だったらしい。 「ええっ……そ、それどういう……」 そして、その間に私たちにあるルールをしっかりと言って聞かせた……いわば催眠にかけたのだ。そのルールは……「私たちはドールフェアリーである」「生きていることを決して人間に知られてはならない」という、アニメそのままのルール。 「嘘でしょ。じゃ……じゃあ日中に体が動かなかったのは」 「生きてるのがバレちゃいけないから……と思う」 「そ……そんな!」 滅茶苦茶だ。確かにアニメではそういう話だったけど、だからといって私たちにまでそれを強要するなんて。……ていうか私たちそれを嫌がっているのに強制されるの!? そんなに強い催眠というか暗示なの!? 「こんなの契約違反よ……朧さんに連絡しよう」 お手伝いさんの勝手な思いつきで体を拘束されるだなんてまっぴらだ。ていうか人前では一切動けなくなるなんて不便すぎるしもしもの時困る。私たちは部屋を出よう……としたけど、二十センチにも満たない体ではドアの取っ手に手が届かない。届いても回せないかも。お手手ツルツルだし。羽根はただの飾りで飛べないし……。 仕方なく玩具のタブレットにメッセージを書き残そうと起動し、メモ画面を開いたその時。急に手が動かなくなってしまった。 「……あ、あれ……?」 「どうしたの? 書いていいよ?」 「手が……」 また固まった? いや違う。固まってはいない……。ただ……手が。私の意志に反応しないというか……違う。メッセージを書こうとした瞬間、ふいに頭がぼうっとして、その意志が神経から消されてしまうようだった。 「どいて」 青葉さんと交代しても、彼女も同じだった。実際何か書こうとした瞬間、一瞬だけ目の焦点がぼやけ、そのまま何も書こうとしなくなる。 「……あ、あれ……本当だ。手が……」 別に固まったわけではないので、自由に動けはする。青葉さんは立ち上がり、両手を握っては開き、肩から腕を回した。ちゃんと動く。でも……何故かメッセージを書こうとしたその瞬間だけ、手がそのようには動かせなくなってしまう。 「もしかして、これは……」 この不可思議な事態を説明できる説は一つしかなかった。お手伝いさんが私たちにかけた催眠……「生きていることを決して人間に知られてはならない」が適用されているのかもしれない。あまりに大雑把な内容なせいで、かなり広く適用されてしまった説。だとしたら……。 「わ、私たち……誰にも相談できないってこと……?」 圧縮されていなかったら嫌な汗が流れ出ていたに違いない。ゾクッとする恐怖だった。ただ催眠をかけられたことを相談できないってだけじゃない。私たちは……ひょっとしたらあらゆる手段において……人間とコミュニケーションをとることそのものを禁じられてしまったのかもしれない。 「う、うそー……」 絶望的な空気が、夜の子供部屋を静かに押し包んでいった。 朝。事態が事態のために早く目が覚めた。勝手に変な催眠をかけられた件を誰かに訴えるべくドアの前で待機していたものの、最初に入ってきたのは例のお手伝いさん。しかも彼女がドアを開けると同時に私たちはカチンコチンに固まり、単なるお人形と化してしまった。うめき声すら出せない。 「えらいえらい」 彼女は私たちにそう声をかけると月夜ちゃんを起こしに向かう。 (ふざけないでよ! あんたのせいで大変なことになってるんだからね!) 怒鳴りたかったが、それすらできない。怒りの眼差しを向ける権利さえないなんて、酷すぎる。 「お嬢様ー。朝ですよー」 私たちは一言も発することもないまま、朧家の朝を静かに聞いていることしか許されなかった。 月夜ちゃんが幼稚園に向かった後は自由となったが、果たしてどうすればいいのか……。大声を出せばだれか聞きつけてくれるかな? 「……あのー……」 大きく声を出して助けを呼ぼうとしてみたものの、消え入りそうな小さい声しか出せない。ど、どうして……。やはり予想通り、最悪のパターンになっているらしい。私たちは、誰か人間とコミュニケーションをとろうとすること自体ができなくなっているのだ。 「そ、そんな……」 「こうなったら、もうお勤め終わるのを待つしかないですね……」 青葉さんは肩を落としながらそう言った。確かに……。月夜ちゃんがドールフェアリーに飽きて元に戻してもらえるまで我慢するしかないか。 そうして、私たちの人形生活が始まった。月夜ちゃんはアニメのドールフェアリーを見る際、よく私たちと一緒に見た。ままごとやごっこ遊びにも頻繁に運用された。完全に人形扱いで、屈辱と無力感に苛まれる日々。しかも新任のボディーガードは私たちのことを知らないらしく、完全にお人形扱いしてくるのだからたまらない。私たちに目もくれない。彼女が月夜ちゃんと仲良さそうに私たちを使って遊ぶたびに、悔しさと嫉妬のような気持ちが湧いて出る。 そんな中私たちにできる唯一の意志表示というか、ただの人形でないことを示す手段が、違う場所違うポーズで固まってみせることだった。片付けたはずのおもちゃ箱から出てテーブルの上にいたり、全く違う可愛らしいポージングをとってみたり。月夜ちゃんは本物のドールフェアリーかもしれないと興奮するものの、お付きのボディーガードが大人としてあしらうので、それ以上先に進まない。 「ホントだよ。朝はあっちに置いてたの。動いてるんだよ」 「うふふ、よかったねー」 (本当よ! 私たちは生きてるのっ、人形じゃないの!) しかし子供の言うことなど誰も真剣には扱わない。新任ボディーガードは、きっとお手伝いさんあたりがそういう演出をしているぐらいに受け止めているに違いない。そして事情を知らないお手伝いさんや家政婦は逆にボディーガードがやっていると思っているっぽい。私たちのささやかな反逆は、誰にも気づいてもらえることなく時だけが過ぎていった。これじゃあ、まるで本物のドールフェアリーだ。生きていることを誰にも知られず、人のいないところで遊んで生きる……そんな存在に私たちはなってしまっていた。 私たちがドールフェアリーと化してしまってから三か月。これ以上酷いことなんて起きるわけないと思っていたものの、あった。例の催眠をかけたお手伝いさんが辞めてしまったのだ。私たちが意志表示できなくなっていることを知る唯一の人間が……。しかも私たちに何も言わずに、いつの間にか辞めていることを他のお手伝いたちの会話から知る始末。 (ちょっと嘘でしょ……) (引継ぎ……は絶対してないでしょうね……) 棚の上で直立しながら、私たちはここにいない人物を恨んだ。自分が何をしたかわかってるの……。このままじゃ私たち、ひょっとしたら本当に取り返しのつかないことになるかもしれないのに。だってもう、私たち三か月以上誰とも会話どころか、人間としてコミュニケーションできてない。扱われてない。私たちが人間だってことを知ってるはずの人ですら、もしかしたら……忘れてしまっている可能性が……あるかもしれないのに……。 その恐怖は日に日に増していく。なにしろずーっと完全な人形として扱われるだけの日々を過ごし、自由な時間はあれど誰とも意思疎通できないのだから。絶望的なのは、この催眠をかけられている事実を知るのは辞めたお手伝いさん一人だけってこと。常識に則れば、もしも「もう人形辞めたいです」と思っているなら自主的に言ってくると考えるだろう。しかしそれをいつまで経っても言ってこないどころかドールフェアリーごっこを完璧に遂行し続けているとなれば……この生活を気に入っていると勘違いされている可能性すらあるのだ! 「ねえ青葉さん……もしかして私たち、一生このまま本当にドールフェアリーだったりしないよね?」 「そ、それは流石に……どこかで戻してくれると……思うけど……」 もうお互い確信が持てない。朧さんたちは私たちが人間だったことを覚えているのか、覚えていたとして……元に戻してくれるのか。もしも「あの二人は人形になっているのが気に入っているらしい」などと勘違いされていたら……本当にやばいことに。 半年たち、ドールフェアリーのアニメが終わった。未だに私たちは生きている素振りを誰にも悟らせぬままの日々を強要されていた。誰かが近くにいれば物言わぬ本物のお人形となり、自由な時間も誰かにメッセージを残すこともできない。大声を出すことも。ただ、毎回頑張って場所を変えてポーズも変えて、生きていることをアピールするのが唯一の意志表示だった。ただ……それが意志だとは誰にも思ってもらえていない。 月夜ちゃんはアイドルアニメにハマり、ドールフェアリーには興味をあまり示さなくなった。ゲームで遊ぶ彼女をおもちゃ箱から眺めている時間が増え、恐れていた事態が現実になりつつあることを察して私たちは絶望しつつあった。もうドールフェアリーブームは去ったのに、元に戻してもらえない……ってことは、私たちのことをすっかり忘れているってこと。朧さんたちに呪詛を吐きたいところだが、それも仕方ないのかもしれない。半年以上一切のコミュニケーションをしていないのだから。覚えていたとしても、何も言ってこないということは今の暮らしを気に入り元に戻りたくないのだと思われている可能性も低くない……。誤解を解き人間に戻るためには誰かに接触して私たちの考えを伝えなければならないのだが、それは……すっかり禁止されてしまっている。 (とにかく……とにかく目立つの、頑張ろうね……青葉さん) (うんっ……このまま一生人形だなんて……絶対嫌だもん) 一縷の望みをかけて、私たちは毎日自己アピールに励んだ。僅かな自由時間の間に目立つ場所へ移動し、派手で可愛らしいポージングをとっておく。勿論月夜ちゃんか誰かが部屋に戻ってきた瞬間に全身を固められ、身動きはとれなくなってしまう。でも……。 「あっ、また動いてる」 「遊んでほしいのかもねー」 ボディーガードがニコニコと呟く。 「もー……やめてよ。月夜、もう卒業したんだもーん」 どうせボディーガードさんが動かしておいたのだろうと言わんばかり。 (……違うよ) 月夜ちゃんはゲーム機を起動して、画面内のマイ・アイドルの着せ替えに夢中になった。私たちはそれをテーブルから静かに眺めていることしかできない。 (お願い、思い出して……アニメのドールフェアリーを) (生きてるの……でも、人に知られたら……いけないの……だから) 私たち二人のドールフェアリーは、いつまでも静かにルールを守り続けた。いつか誰かにバレてしまう日が来ることを願いながら……。

Comments

浮生萌えでなら

包装される前に意識を失い、目が覚めるとすでに箱の中に入っていて、仲間にプレゼントの身元を注意されるなんて、可憐で可愛くてワクワクする(機械翻訳)

opq

コメントありがとうございます。こういう流れもいいですよね。