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(あー、まただ……) ステージで歌いだしてから体感数分で、私はこれが夢だと気づいた。二年前からよくみる夢。私はアイドルだった。でもこんなのは夢に決まってる。私なんかがアイドルなれるはずもないし、アイドルなら小学校の体育館でライブしたりしない。……ソーラン節も踊らない。 小学校の運動会でやったソーラン節を踊りながら、私は今流行りのアイドルソングを歌っていた。本当に自分が「歌って」いるのかはよくわからないけど、歌っているということにはなっているみたい。夢ってこういうとこあるよね……。 ヒラヒラの可愛い衣装を着つつ、小学校の体育館の舞台でソーラン節を踊るアイドル……私はそんなカオスな状況にぼんやりとした意識で身を任せていた。夢だと気づいても止められない。進行は自動的に進むことがほとんど……。 「みんなーありがとー!」 踊り切って挨拶すると観客が湧いた。観客たちは顔の印象がぼんやりしていて、よくわからない。でも多くの人が私のライブを見に来ているという状況だけはしっかり打ち立てられていて、私はいつもそれで納得させられている。 ようやく体が自由になったので、目の前に鏡を出現させた。どこかで見たような衣装。友達が見せてくれたショート動画かな……? 現実のアイドルの衣装だ。わかんないけど。それを私が着ている。モブとはいえ大勢の前で。恥ずかしい。もしもリアルで私なんかがこんな格好してアイドルごっこなんかやってみせたら、地獄の空気になるだろうな。 そんなことを薄い意識で考えながら、気がつくと近所の本屋でサイン会を開いていた。いつライブからサイン会になったんだろう。いいか。 中学のころの歴史資料集にサインを書きながら、私は列に並ぶ私のファンたちと握手し、軽く声をかけていく。シュールな光景だ。このサイン会はあまり見たくない夢だった。まだこの夢を見るようになる前、小学校時代に考えた自分のサインを何回も書かされるからだ。黒歴史が雄叫びを上げている。現実だともう忘れてて書けないはずなのに。脳って本当はいつまでも覚えてるんだろうか。 ファンたちの顔と声は相変わらずよくわからない。目の前に立ち会話しているのにわからないというのも変だけど、本当によくわからない。ぼんやりしていて認識できない。まあ夢だし……。 けど最近、不思議なファンがちょくちょく姿を見せるようになった。今日は出るだろうか……出た! 私の前に、同い年ぐらいの男子が立っていた。顔がくっきり見える。知らない灰色のブレザーを着ていて、身長はやや高め。くせっ毛のあるクシャクシャした茶髪を手でかきながら、ちょっと気まずそうに視線を泳がせている。 「……いつも応援ありがとう」 サイン入りの資料集を渡すと、彼ははにかみながら受け取り、軽く会釈してからそそくさと列を離れていった。いたたまれなくて私も消えたくなってくる。同い年の男子の前でアイドルごっことか恥ずすぎる。あの子が出るといつもそう。私のファンたちの中で、何故か彼だけが存在をハッキリクッキリ確率させているのだ。いつからか覚えてないけど、私がアイドルの夢を見る際、ちょくちょく登場するようになった。ある時はライブの観客の中に。ある時は握手会に。何故かレッスン中にだまーって部屋の隅にいたり。……さっきのライブにもいたのかな。 (……んああ) 目が覚めた。自室のベッド。朝。アイドルの夢……だったな。また。 起きてしばらくすると夢の記憶は曖昧になっていくけど、アイドルの夢は何度も見るので大まかには覚えていられる。多分二年前、中二のころから見始めた。最初は単なる普通の夢だと思ってたけど、何故だか繰り返し見るからずっと頭の片隅に残ってしまう。気になる。何で同じ夢こんなに何度も見るんだろう。それもあんなカオスな。 アイドルになりたいなんて私は思ったことない。……少なくとも真剣には。そりゃあまあ、そういう妄想を全くしたことがないと言えば嘘になるけど、それはアレだ、好きな芸能人と結ばれる妄想とかと同類のやつであって、本当にアイドルを夢見たことはない。……深層心理では私はアイドルに憧れてるんだろうか? いやまさか。でもじゃあなんで? 何度も夢? ……うーん。 そして、もう一つ私を悩ませているものがある。この夢に出てくる謎の男子。私のファン(?)という設定というか立ち位置でたまに出現する。こっちは高校入ってからだから……まだ二か月くらいか。でもアイドルの夢の中で唯一認識できて、明晰夢でもコントロールできない謎の存在なので、すごく気になっている。何か普通の夢の登場人物と違うんだよね……。自我がありそうというかなんというか……。ゲームのnpcとpcみたいな? 問題は、私は彼に会ったことがないという点。勿論リアルでだ。知り合いに彼はいない。芸能人とかでもない。リアルで見たことも会ったこともない。なのになぜか、いやに明瞭な解像度で私の夢に現れる。彼は誰なんだろう。夢の中でだけ会える男の子。そう書くと漫画みたいだ。私が今まで見た漫画かアニメのキャラクターなんだろうか? 三日後、また夢の中でアイドルだった。今度は中学の運動場で、やけに広いスピーチ台の上で、私はフォークダンスを踊っていた。……一人で。アイドルソングを歌いながら。何でこんなことになるのかというと、多分私が覚えている踊りが体育でやったやつしかないから、そこから引き出されてくるんだろうと思う。こんなのアイドルじゃないよねえ……。 運動場のスピーカーから歌を流し(私が歌っているんじゃ? なんで?)、空気相手にフォークダンスの動きをし続けるシュールな状況の中、観客の中に目を惹く一点があった。……いた! あの子が! あの男子が! クシャ髪の男の子! 顔がだんだん紅潮していく。こんなみっともないステージ見せたくないよぉ~。何とかならないの!? 格好だけは何故かいつも可愛い衣装着ちゃってるのもハズさを倍増させる。もっと可愛い子ならともかく私がアニメみたいなデカリボンつけたってしょうがないんだよ。こんなフリフリの衣装も! 場所は中学だからミスマッチだし! 曲のラスト、私は観客席に向かって投げキッスしてしまった。死にたい。一切やりたくなかったというか発想すらなかった動作が勝手に出ていく。本当に死にたい。しかもあの男子がいる回で。身体が自由になったので私はスピーチ台から飛び降りた。いつの間にか観客はいなくなり、例の男子一人だった。目があった。心臓がドキッとする。何だろう。本当に不思議。夢には実在非実在問わずいろんな人登場するし会話もするけど、彼は……彼だけは一線を画している気がする。具体的にどこがどうと問われれば困るけど、なんか……やっぱり自我がありそうというか、なんか存在のランクが違う気がするんだよう。 近づいて話しかけてみるべきか迷っている間に、夢は終了した。 (……あう) 天井をぼーっと眺めながら、私は夢の反省会を開いた。結局、また世にもみっともないステージ見せただけだったなあ……。いや夢なんてそんなもんだし、どうでもいい……いいはず。 (でも、あんなのアイドルのライブじゃないよね……) 寝転びながら考えた。もうちょい体裁のいいライブだったら……いや、夢のコントロールなんて無理だし、どうしようもないか。またあの夢を見るとも限らない。これで終わり……かもしれないし。 ある日、友達とカラオケに行った時のこと。廊下で私は他校の男子高校生とすれ違った。二人組で、灰色のブレザーを着ている。 (んっ?) 思わず二度見した。あの制服、どこかで見たような……どこだっけ! 思い出せない! 席に戻ってもさっきの制服がどうしても頭を離れない。なんでこんなに気になってるんだろう。 「次いれなよー」 「ああ、うん」 曲の中に、夢でよく歌うアイドルソングを見つけた。何気なしに、私はそれをいれた。そして実際に歌っている最中、夢の記憶が蘇った。 (……あっ! あ! ああー!) 思い出した! あの服! 彼が! 夢に出てくるあの男子が! 着ていた! ような! ……気がする……? カラオケを出る際、私はわざとダラダラ動いた。時間を引き延ばせば、またさっきの二人とすれ違えるかも……。いやなんか気持ち悪いな私。 が、運よく建物を出た時、私はさっきの二人を道に見つけた。男子四人女子六人。グループで着ていたらしい。あの子は……いない。違うな。あの特徴的なくせっ毛は見当たらない……。なんで探してるんだ私は。自分の脳内の存在(多分)を。 「ねえ、あの制服……」 それでも気になってしまう。私はあの制服がどこの高校か友達に尋ねた。 「おっ、北高だね~」 「北高……」 「えっ、何々、イケメンいた?」 「いやっ、そうじゃなくて……」 あの制服は北高らしい。そっか……。でも何で知らない制服が夢にあんなハッキリ出てきたんだろう。いや受験の時見たかな? 同じ市なら人生の中でも何度も北高生とすれ違いはしたかな……。でもそれぐらいに認識で夢に出る!? 脳って何でも覚えてるの!? 翌日の放課後、私は自分が怖くなるような行動に出ていた。気づいたら北高まで行って校門前に張っていた。 (……何をやってんの私?) 実在するかもわからない相手……いや多分いない相手を? 夢でここの制服着てたからってだけで……やばい女じゃん。説明しようがない。誰か待ってる? 呼んでこようか? とか言われても返す言葉がない。 少し離れたところから、私はチラチラ校門を出ていく北高生たちを眺めていた。……いないなあ。ていうか授業終わってから時間経ってるし、もう帰ってるか。あるいは部活か……。でも他校の生徒がグラウンドに出てる男子を食い入るように眺めていたらだいぶヤバいな。見つけるの無理か……。 ……ていうかこれ全部実在したらの話じゃん。実在するかもわからないのに私は一体何を……。大体会ってどうするわけ? 百歩譲っていたとする。相手は私の事を知らない。私が夢に見てるだけなんだから。 帰ろうとしたその時。 「あっ」 記憶を刺激する声が耳を通り抜けた。振り返ると、クシャクシャの茶髪をしたやや背の高い男の子が、動きを止めて私をジッと見つめていた。その顔には驚きの感情が刻み込まれたまま止まっている。 その驚愕は私にも伝染した。私は幽霊でも見たかのような顔で、同じように時間を止められた。 「……」 お互い無言の気まずい時間が流れた。えっ、えっ、何、これ……この状況は。 先に動いたのは彼の方だった。校門から離れて近づいてくる。が、途中で歩みを止めて、横を向いた。声をかけていいものかどうか心底悩んでいる風だ。 「あっ……の」 私のターンだった。私からも近づき、そして……何て声をかければいいのかわからない。いやだって初対面……だよね? 私が夢に見ているだけで……ていうかなんで今まで会ったことない人を夢見てたの? 忘れていただけでどこかで会ったことあるんだろうか? そんな忘れる? いや……私が夢に見ていたのと寸分違わない顔。数年前会ったとかだったらもっと幼い顔で夢に出たはず……。 向こうも逡巡しているらしく、何度も私の顔を見ては目を逸らしたり、わざとらしくスマホを眺めたりを繰り返している。あの態度……私を知ってるようにしか見えない。だってそうじゃない? だって私はナンパされるような顔でもないし。……それとも校門前の不審者を怖がってるだけとか……。 正直気まずすぎて帰りたい。でも帰ったらきっと、後悔する。ここまで来たら全部ハッキリさせてスッキリしてしまいたい。実在するとわかってしまった今、逃げ出したらずっと悶々とする羽目になる。声を……かけなきゃ。私から。だって、夢に見ていたのは私なんだから。 「あっ、あの……」 勇気を出して私は踏み込んだ。彼の前に立ち、夢の中でずっと訊きたかったことを現実で、遂に尋ねた。 「……どこかで、会ったことあります、か……?」 (ナンパか!) 自分に突っ込みながら、私は指先を全力でモゾモゾさせながら彼の返答を待った。顔が赤くなり、直視できない。 「あ、えと……はい……」 彼は目を右往左往させながら、必死に絞り出すような返答をした。はい、ってことは……やっぱり、やっぱりぃ……? あるんだ! どっかで! それはもしかして、夢の中で? とは……流石に、聞けない、か……。完全にやばい女になる。 「……ソーラン節」 彼がボソッと一言呟いた瞬間、私はむせた。 「……うっ! ゲホッ、ゴホ……」 「あっ……だ、大丈夫ですか……?」 「い、いえ……はい」 もう嫌だ、耐えられない。私は耳まで赤くなった顔を俯け、急ぎ足で立ち去ろうとした。 「あっ、待って!」 彼の呼び止めに足が応じた。また振り返ると、彼がスマホを私に向けていた。 「れ、連絡先、いいかな……?」 「あ、はい」 きっと、人生で一番奇妙な交換だったと思う。私たちは互いの名前も聞かず、目的も何もないまま連絡先だけ交換し、そのまま解散した。……もう何が何だか。見るしかない。あの夢を。 頭が彼でいっぱいだったからだろうか、その夜私は無事に彼の……いやいや、アイドルの夢を見ることができた。観客の中に彼を見つけ、私は幼稚園のお遊戯会でやったクソださダンスを披露しながら彼にファンサを送るという史上最悪の羞恥プレイを強制された。 (ああああ! もうやだああ!) 心の中で絶叫しつつ、私は身体が自由になるのを待ち続けた。 一曲終えるとすぐに舞台から飛び降り、私は彼に向かってダッシュした。彼も向かってきた。 「「……あのっ!」」 同時に大声を出し、また気まずい空気が流れる。それから彼が喋った。 「これ、あの、今日、会いました、よね? ……現実で」 頭をバットで殴られたような衝撃。やっぱり、そうだったんだ! 私の直感は間違っていなかった。彼はnpcじゃなかった。肉入り! 彼本人! 理由はわからないけど、ずっと私の夢の中にいたんだ! 「い、いつから……ですか?」 「高校入ってから……なんで、二か月半ぐらい……?」 うあああー、やっぱりいー! いやちょっと待って。じゃあ私は……あの醜態の数々を本当に、リアルの人間に……見せて……見られて……。 茹でたタコみたいに顔が真っ赤に染まる。慌てた彼が 「あ、いや、大丈夫ですよ。なんか自動っていうか、そうなるんですよね!? 俺も割とそういう夢見ます!」 とフォローを入れる。そしてとどめに 「あ、それに、割とその、嫌いじゃないというか……はぁ」 と続け、私の胸は杭で貫かれた。 翌朝、目が覚めた私はすぐ連絡を入れた。夢の中で私を見ましたか? と。……ヤバい女だな本当に。文面が! 返答はイエス。体育館でアイドルとして踊る私を見た、と。会話もした、と。本当に! ええーっ、信じられない。夢が夢じゃなかった! いや夢だけど! それから、何度かメッセのやり取りをして、リアルにも何度か会い、徐々に互いの事情を理解し始めた。お互い、元々面識はなし。でも彼は高校に入ってから「謎のアイドルの夢」を見るようになった。それは私。ずっと気になっていたらしい。見知らぬ体育館や運動場であまりにもカオスなライブを行う見たことのないアイドルが。死にたい。 私は全力で弁解した。自分でやりたくてソーラン節しながらアイドルソング歌っているわけじゃない、と。勝手にああなること、夢だと気づけないまま終わるパターンもあること。 しかし、何故お互いの夢が繋がるようになったのかは皆目わからなかった。魔法か何か? 現実的じゃないなあ。それとも気づいてないだけで人間の夢って案外繋がっていたりするんだろうか? しかしこれで夢で会う謎の男子の正体が、向こうは謎のアイドルがわかってスッキリ……とはいかない。だって夢は見続けてるし、恥をかき続けるのは私なんだもん。何とかしなくちゃいけない。何とかかんとか。男子の前でアイドルごっこってだけでも死を選びたくなるレベルなのに、これ以上醜態を晒したくない。 私は黙ってこっそり、ライブの練習を始めた。一人でカラオケに行っては、アイドルの動画を見ながら動きをまねた。正直、これだけでもとんでもなく恥ずい。もしも誰かに見られたら……「死」だ。だって高校生にもなってアイドルの物まねごっことかもう本当にやばいし。誰かに見られていないかどうかマジでびくつく。……店員さんには見られてるのかな。うへえ。 そして、リアルでダンス練習したからといって夢に反映されるとは限らないのも問題だった。ただ黒歴史をアップデートしているだけなのでは? 何度も我に返っては汗が滝のように流れ落ちる日々だった。 でも彼と短いやり取りをしたり、街のどこかで不意に会ったりするたびに、やっぱりやらなくちゃという気持ちが湧いてくる。嫌だよもう、幼稚園のちょうちょダンスを高校生の身体で、しかもアイドル自称しながらやらされるのは! 知り合いの目の前で! そしてある日の夢で、遂にその時がやってきた。意識が明瞭になった時、私は自分がアイドルのダンスをしていることに気づいた。ソーラン節でもフォークダンスでもお遊戯会でもない。いやお遊戯会ではあるけど。本物に比べたら拙すぎる出来には違いない。それでも、ちゃんとアイドルの真似になっていた。ずっとカラオケや自宅で練習してきたあの動きだった。 (あっ……!? あっ、すごいすごい出来てる出来てる! 私アイドル!) この夢を見始めてから初めて、私は本心からの笑顔でライブを行えた。恥ずかしいのには変わりないけど。 一曲終わると、いつの間にか握手会に移行していた。数人のモブと握手したのち、夢の世界でただ一人自我を持つ、私の「ファン」が現れた。 「今日のライブ良かったよ! なんかちゃんとアイドルっぽかった! ……ひょっとして練習してた?」 「べ……別に? たまたま今日の夢はらしくなったってだけでしょ?」 握手しながら私は強がった。言えないよ! 必死に完コピ練習してたなんて! それも夢のために、あなたのためだけに! 目が覚めると、既にメッセージが来ていた。こっそり練習していたことは流石にバレバレなのか、からかうような文面だった。 「あーもう!」 寝起きでこんなん耐えられない! でも、続けてきた賞賛のメッセに、私はちょっと嬉しくなった。 (アイドルも、いいかも。夢の中だけなら。あの人の前だけなら) ……その後、夢で私が着ていた衣装を用意してきた彼の前で、現実に踊って見せることになるのは、また別のお話。

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21ke13

Hope can see new doll tf comic!