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亡くなったおじさんが管理していたらしい山小屋。長いこと開閉されていなかったと見えて、鍵を開けても中々扉が開かなかった。錆びついてる。 中に入ると、やはり錆と土の匂いをため込んだ空気がモワッと俺を襲った。照明の電気はつかない。昼でよかった。扉から差し込む光がプレハブ小屋の中を照らしてくれる。中にあるのはどこかから入り込み繁殖している雑草とそれに伴う土、錆びた金属製の棚、パイプ椅子、机。奥に錆びた金庫もある。貴重品とかは何もなさそうだ。処分と撤去、金も手間もかかりそうだな。そう思って肩を落とした時、錆びた棚の中に不自然な存在を見つけた。 (……フィギュア?) スマホの照明を向けてよく見ると、棚に三体の人形が飾られていた。いや、飾るというよりは置いてあるというか。風化を始めているボロボロの服を身に纏いながらモデル立ちしている。意外だった。おじさんがこんなもの買っていたなんて。いや……なんか不自然だな。あの人こういうの興味ないというか、存在すら知らないタイプの人じゃなかったか? 誰かが山に捨てていったのをここに置いといたのだろうか。空っぽの棚にこの三体だけ収められているところを見ると、おそらくそうだろう。大事なもの、自分の趣味なら自宅に置いてたはずだ。 近づいてみると、見たことのないタイプの、なんか……奇妙な人形であることがすぐわかった。俺はフィギュアとかドールとか買ったことなくて詳しくないけど、それでも……そのどちらでもない変な人形だとわかる。最初はいわゆる美少女フィギュアだと思った。汚れてはいるが肌色一色の樹脂みたいな質感の身体がボロボロの服から覗いているからだ。顔も今時のアニメみたいなデフォルメで描かれているし……。しかし、その瞳には吸い込まれるような迫力があった。これは絵じゃない。塗装じゃない。もっと細かく、細緻に作りこまれている。本当に「目」だった。身体の樹脂とは独立しているようだ。てことは、ドールってやつなのか? それも違う。関節がない。関節というのはドールとかアクションフィギュアとかの、手足を動かしてポーズをつけるための機構のことだ。それがない。肘や膝、腰に首。一本の線も入っていない。途切れることなくずっと肌が繋がっている。だとすれば、最初からこのポーズで作られた固定型のフィギュアのはず。だが……。 (関節が……ある) 手に取って軽く手足を曲げてみると、ちゃんと曲げることができた。中に関節が入っている。こんな人形あるのか? 肌が……皮膚が破綻することなく伸び縮みして追従しているぞ。 指も本物の人間と同じだけの関節が埋め込まれているらしく、細かく動かすことができた。すげえ。……かなりすごい人形なんじゃないのか? なんで山に捨てられてた? 俺は段々怖くなってきた。触っていると、次第にまるで人間の死体を弄んでいるかのような錯覚をおぼえたからだ。人間……そう、人間だ。この人形は人間を再現しきっている。樹脂みたいな見た目と手触りなのに、皮膚のように動く肌。不思議な迫力の宿る、塗装じゃない瞳。髪の毛は……フィギュアだな。一塊のパーツになって……ない!? 触れてみると驚くべきことに、サラリと毛先が別れて指が髪の中を通った。見た目は一つの樹脂の塊に違いないのに、実際触ってみると生きた人間の毛のように動作している。目の情報と指の情報のありえない不一致。不気味すぎて、俺は人形を棚に戻した。一体何だこれは? 頭がおかしくなりそうだ。 小屋から出る時、視線を感じた。背後に……誰かが、いる。チラッと振り返っても、誰もいない。あるとすれば、三体の謎の人形……いや、まさか。 廃墟みたいな風情の小屋の中で、不自然な生気と魅力を放ち続ける謎の人形たち。俺はそそくさとその場を後にした。あとで人形について調べてみても、あの人形たちと同じシリーズやブランドと思えるようなものは発見できず、俺は困ってしまった。ゴミは処分するとしてあの人形は? どうする? 捨て……ちゃダメ、だよな? 出所不明だけど、高価で貴重なものである可能性は低くない。そもそも、おじさんの持ち物だったのかも……。 これからあの小屋は解体しないといけない。この山も売るんだ。税金取られるだけだし。答えを出さないといけなかった。 俺は三体の人形だけ取っておくことに決めた。ネットで情報を求めようかと思ったが、何だか怖かった。持ち帰って改めて感じるが、妙な迫力というか存在感がすごい。まるで生きている人間のようだ。30センチもない人形なのに。 服はボロボロでどうしようもないので、流石に捨てた。裸の人形三体は、水で洗って汚れを落とした。驚くほど綺麗になって、ちょっと背徳感すらあった。乳首も股間のアレもない人形の全裸に、俺は何故か居心地の悪さを感じてしまう。裸のままタオルの上に横にしておくと落ち着かないので、上から掛け布団のようにもう一枚タオルをかけた。はぁ……何やってんだか。タオルにくるまれたピンク髪、金髪、茶髪の三人娘は、ジッと天井を見つめたまま動かない。人に見られたくない光景だ。早いとこ処分先か保管方法を考えないと。……おじさんもこんな気持ちで小屋に置いといたのだろうか。不思議な生気を放つ三人娘は、捨てるとか売るとかいう選択肢を静かに潰してくる。人間にやってはならない行動は、この人形にもやってはならないような、変な気にさせてくるのだ、これもひとえにこの人形たちが恐ろしく精緻な出来だからだろう……。パッと見は美少女フィギュアなのに、存在感は生きた人間そのものというのもおかしな話だが。 小屋の金庫には数枚の書類が入っているだけだった。業者代払えよおじさん。要らんものばっか残しやがって。片付ける方の身にもなれ。ともあれこれでようやく小屋の解体ができる。 人形三人娘のことは、すっかり忘れていた。視界に入れたくないので箱に入れて物入の中にしまっておいたのだ。思い出したのは同僚の女性が飲み会でドールの写真を見せてきた時だった。可愛らしいロリータ衣装に身を包んだドールの写真は、あの三人娘とまるで違っていた。作り物丸出しで、生気のかけらもない。当たり前と言えば当たり前のことなのだが、何故か胸がチクリと痛んだ。全裸のまま暗闇に閉じ込められている三人の姿が頭に浮かんだ。 その日の夜、俺は久々に人形たちを取り出し、テーブルに並べた。不思議な迫力は失われておらず、俺をジッと見つめている。あの作り物のお人形が可愛い服を着て大切にされているのに、この子たちが全裸で物入に放置されているのは平等じゃないような気がした。 酔った勢いも手伝い、俺は人生で初めて人形用の服を注文した。翌朝いたく後悔したが。 数日後、人形用の服が届いた。買ってしまったものは仕方がないので、着せてみた。現実ではまず見ないようなヒラヒラのドレスも、フィギュアのように綺麗な肌とデフォルメされた顔にはよく合った。可愛くなったじゃん、と思ったが……。物足りない。服がダメだ。負けている。中の人形に服のクオリティが追い付いてない。そう思った。当然だが、人間用の服とは布の質も縫製の出来も比べるべくもない。安物だからかもしれないが、作り物の服は「本物の身体」と調和せず、かえってみすぼらしさを際立たせるほどだった。 (う……う~ん) もっといいやつを探してみるか。いや、馬鹿か俺は。何でそこまでする必要がある。ドール趣味なんてないのに。こんな人形、元通り奥に仕舞っておけばいいんだ……。 だが、微笑んだまま微動だにしないその表情は、何故だか嬉しそうに見えた。 例のドール趣味の同僚に、俺は思い切って相談してみた。写真を見せるとすごい勢いで食いつかれた。どこのドールか、幾らで買ったのか、どんな仕組みなのか……。隠す理由もないので、山小屋で見つけたことを話し、ついでによければ譲るとも申し出た。が、こんな高価(?)なものいただけないということで、貸すということで話はまとまった。 休日に三人娘をもって彼女の家を訪れる。部屋の半分が年齢と釣り合わない少女趣味な空間となっていて、大人の財力で飾り立てられた本気の人形遊びがそこにあった。同僚はだいぶ恥ずかしがりながらも饒舌に、どこがどうでそこがあれなのか解説してくれたが、サッパリ耳に入ってこなかった。 三人娘を見せるとまた感動タイムだった。まるでフィギュアとドールの融合、というか人間を縮めたみたいだと彼女は目をキラキラさせながら語った。やはりこんなタイプの人形は知らないらしい。ガチ勢でも知らないとなると、やはり出所を突き止めるのは難しそうだな。 同僚の手でちゃんとした生地としっかりとした縫製の服に着替えた三人娘は、見違えた。アニメの世界から住人が抜けて出てきたようだった。生気を宿した立体的な瞳、染み一つない肌、滑らかで一塊にも見える髪。水色のドレスと白いエプロンを着せられた金髪の子は、さながら不思議の国のアリスだった。フリルとリボンを積載した魔法少女衣装をまとったピンク髪の子も、最初からこのデザインで作られた魔法少女フィギュアですと言われれば誰も疑わないだろう。同僚は樹脂製に見える髪をポニーテールに結えたことに感動していた。ステッキを五本の指でしっかりと握らせられたことにも。ここまで完璧な内蔵型の関節、一体どうやったんだろう。肘や膝だけじゃなく、細かいところまで本物の人間と全く同じ数の関節が埋め込まれているなんて信じられない。そして茶髪の子は制服を着せられた。現実に近い服を着ると、まるで本当に生きているみたいだった。話しかければ答えてくれそうだ。 「いやーすごいね! これ……すごい!」 同僚は同じ言葉しか発しなくなり、一人で写真を撮りまくっていた。やっぱり俺より彼女が持っていた方が人形も幸せなんじゃないかと思ったが、人形の本物のぶりを知った彼女はますます無償譲渡を拒むようになった。ただ、おずおずと震えながらも、しばらくこのまま貸しておいてほしい、とは申し出た。結局欲しいんじゃないか。まあ、いいけど。なし崩し的に彼女の物になっても、俺としては何も困らない。むしろありがたいくらいだ。 それ以降は、よく同僚から人形たちの「近況」を聞かされるようになり、交流が増えた。人形以外の雑談もするようになったし、可愛く仕立てられた三人娘の写真も送られるようになった。気づけば食事にもいくようになり、そしていつの間にかお互い家に往来する仲になった。人形が結んだ縁だった。 しばらくしてようやく山の売却がまとまりかけた時、過去あの山で行方不明になった女性が存在することを知った。十年近く前、大学生の女三人。遭難するような山じゃないはずなんだがな。迷ったら登れと言うが、あの山は適当に降りても絶対大丈夫な山だ。実質丘だと言ってもいい。万が一運悪くグルグルしているうちに死んだとして、死体も見つからないのはおかしい。多分誘拐か何かだろう。昔のことだし俺には関係ない。 しかし、頭の中で何かが結びつきそうだった。三人という情報だけがぼんやりと俺の頭に残り続け、俺はスッキリするためやむを得ずもっと詳細を調べた。そして消えた大学生三人の顔写真を見つけた時、俺は驚いた。どこかで見たことのある顔だった。いやこの人たちを見たことはない。人はない。ないが……人形なら。 ラインに溜まっている可愛い人形たちの写真と見比べると、予感は当たっていた。無論、デフォルメされているのでそっくりそのままとはいかないが……似てる。漫画家が描く似顔絵ぐらいには。当人たちの特徴や雰囲気がよく再現されている。この三人をアニメ調に描いたら大体こんなデザインになるだろうという想像そのままだ。 ――あの人形は、行方不明になった女子大生なんじゃないか? 恐ろしい、そして狂った想像だった。人間が人形になるなどありえない。生きた人間が26センチのフィギュアになるだなんて。死体を加工したって不可能だ。これは単なる偶然で、俺が早まって関係ない事柄を結び付けているに過ぎない。それが当然だろう。しかし……。結局あの人形の出所がわからないのも事実。それに、あの内臓型の関節はどうだ。作り物の人形であれが可能なのか。滑らかに伸縮する皮膚。小さな足の指の中にもしっかりと内蔵されている関節。何よりも……生きているかのような不気味な迫力。 でも……あり得ないな。人間が人形に変わるなんてことは。魔法でもなければ絶対に。 同僚の家では、相変わらず三人娘は大事にされていて、可愛いコスチュームを身に着け、媚び媚びのポーズをとらされて飾られている。片足立ちでも不思議と勝手にバランスをとってくれるんだよ、まるで生きてるみたいだと同僚は無邪気に笑った。行方不明の女子大生の件を話そうかと迷ったが、やめた。悪戯に不安を煽るだけだ。もしも仮に俺の妄想が当たっていたとして、結局何も変わらない。警察に届け出たって絶対相手にされないし、元に戻す方法があるわけでもない。結局、元が人間だろうが本物の人形だろうが、今人形であるならば人形として扱うしかないのだ。 (そうだろ?) 俺は三人の瞳をジッと見ながら頭の中で問いかけた。人形は答えない。その瞳に生気は宿しているが、表情もポーズも一切変えることなく、その場で可愛く飾り立てられているだけだった。

Comments

浮生萌えでなら

人形温泉の続きか、いつのまにか何年も経っています

opq

コメントありがとうございます。直接の続編ではありませんが、イメージはしました。