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私は同期の二人と一緒に開業することになった。退魔師として修行を積んでいる間、塾の中で最も成績が良かった三人が春香、里奈、そして私だ。ビッグ3などと呼ばれて称えられていたけど、私は三人で一纏めに褒められる度、内心悔しかった。上位二人と私の間には、かなりの実力差があったからだ。春香と里奈は天才というやつで、私がどんなに勉強しても、術の練習をしても、それを毎度軽々と越えていった。とうとう、卒業するまで私は二人に一度も勝てなかった。私だって決して劣等生ではない。例年なら主席は間違いなく私だった。歴代の首席たちの殆どが、在学時の実力は私と同じぐらいだったのだ。だから私は悔しかった。かといって二人を憎んでいるわけでもない。いつも三人で仲良く……少なくとも表面上は接していた。いや、あの二人は本当に心から私のことを友達だと思っている。でも、私はいつも笑顔の裏に、抑えきれない劣等感と嫉妬心を張り巡らさずにはいられなかった。 だから、卒業後一緒にやろうと二人に誘われた時、私は断ろうかと考えた。ずっと一緒にいたら潰れてしまいそうだと思って。でも逃げたくなかった。それに、一度でいいから二人に勝ちたかった。二人の技術ももっと間近で学びたかったし、私は悩んだ末についていくことに決めたのだ。ちょっとした希望はあった。座学では負けても、実際に退魔師として働く事になれば、現場では案外私の方が上手くやれたりするかも……なんて想像をした。 しかし現実というのは残酷なもので、現場でも春香と里奈の方が遥かに仕事が上手かった。いや、私も下手ってわけではないはずだけど、二人がサッサと片付けちゃって出番なかったり、複雑で霊力の要る術式に私だけてこずったり、散々だった。さりとて二人は全く気にしておらず、塾のころと変わらず優しい。それがますます辛かった。 最も、全部が全部足を引っ張っていたわけではない。地域にもよるが、退魔師というのは毎日仕事が入るような職業でもないので、副業をするのが常だ。私たちは喫茶店をやっていた。都会の洒落たお店ではなく、古い木造建築の家を借りて始めた、小さな田舎の喫茶店だ。お客は大体近所のおじさんおばさんだったりする。そしてコーヒーや紅茶を淹れる技術は、抜群に私が上手かった。 「銀子ちゃーん、紅茶二つ~!」 「聞こえてるから」 春香と里奈は信じられないぐらい不器用で、自然に喫茶店の仕事はほとんど私が一人で回すようになった。いつもは複雑な術だってほとんど練習なしに使いこなすくせに。二人は大体お客と駄弁っている。別にそれはいい。無理にコーヒー淹れさせても大惨事になるだけだし。でも惨めだった。私は退魔師として二人に並びたかった。追い越したかった。なんでこんな、喫茶店の仕事なんかに才能を……。私だって毎日修行して腕を磨いてる。だけど二人より上手くなるのはコーヒー淹れる技術ばかり……。 お店は落ち着いた雰囲気でみんなリラックスしているのに、マスター(といつしか呼ばれるようになってしまった)の私は、心休まる時がなかった。 そんなある日のこと、立派なドールハウスが私達の家に持ち込まれた。何でも、呪いがかかっているから祓ってほしいとのこと。里奈と春香が二つ返事で引き受け、奥の退魔師としての仕事部屋に運び込まれた。洋風の館でえらく古臭いが、しっかりとした造りで威厳があり、特に壊れた個所もなければ汚れもない。表面上は普通のドールハウスみたいに振舞っているが、一皮むけば恐ろしい怨念が渦巻いているのを感じる。これは厄介そうだ。私は三人でやろうと言ったが、二人は 「いーからいーから、大丈夫」 「銀子ちゃんは表でお店やってて」 と笑顔で私を突き返した。 「……そう? まあいいけど。何かあったら呼んでね」 私は大人しく引き下がった。でも死ぬほど悔しかった。私はお荷物なの? いや、あの二人はただ単に「普段は銀子ばっかり(喫茶店で)働かせてて悪いから、こんな時ぐらいは自分たちが」みたいに考えているに違いない。 (……私だって、退魔師なのに……) うっかりすると涙ぐんでしまいそう。私は必死にこらえながら、閑散とした喫茶店のカウンターに一人立ちすくんだ。 三十分ぐらいたったころ。私は二人の気配が消えていることに気がついた。妖気も感じないし、音もしない。私の見立てでは、あれは呪いではなく妖怪の類だ。あの二人ならもうとっくに除霊できてもよさそうなものだけど。 心配になって奥に戻ると、そこには誰もいなかった。部屋の中央にドールハウスが鎮座し、禍々しいオーラを発している。霊感を研ぎ澄ますと、ハウス内から二人の気配を感じ取れた。 「あれ? まさかやられちゃったの?」 「銀子ちゃーん、助けて~」 虫の羽音より小さな声が聞こえる。私は驚いた。二人が負けるのは初めて見る。ちょっと留飲が下がってしまった自分が嫌だった。 「何があったの?」 ドールハウスの引力に囚われないギリギリの距離から、私は呼びかけた。外からでは除霊できそうになかったから、中からやろうとしたら、そのまま出られなくなり「消化」されかかっているらしい。 「だから三人でやろうって言ったのよ」 「ふぇ~ん……」 私の顔がだらしなく緩んでいた。いけない。親友がピンチなのに、それを嬉しがるだなんて……。でも、でも、テンションが上がってしょうがない。心が弾んじゃう。私が初めて、二人を……上回ったわけではないけど、助ける側に回れるなんて……! その後、私が外から、二人が中から術を発動させて、何とかドールハウスの妖怪を退治することに成功した。妖気を失ったドールハウスは黒煙を吐き出し、それが晴れると、そこにあるのはプラスチック製の古いドールハウスだった。屋根を外すと、小さな二人が転がっている。 「ぷぷっ……」 私は思わず吹き出してしまった。二人ともプラスチック製の安っぽい人形みたいな見た目になっていたのだから。緊張が切れたのと、あの二人がこんな酷い目に遭ったという事実が相まって、私はしばらく笑うのを止められなかった。 「もー! そんな笑うことないでしょ!」 「いや……ごめんごめん」 「あー、疲れたー。結構ヤバかったねー」 「銀子ちゃんのおかげだねー。ありがと!」 「別に……三人いたからでしょ」 私は顔のニヤつきを抑えられず、どうにもくすぐったかった。やっと役に立て……いやこれまでも役には立ってた! やっと二人と同じところに立てたような気がして、死ぬほど嬉しかった。そしてそれを二人に知られるのが照れくさく、私は平常を装って誤魔化した。 それからしばらく経った日。二人に「面白い術見せたげる」と呼び出された私は、春香に術をかけられることになった。彼女が展開したのは見たことない陣だった。 「えー、これなに?」 「いーからいーから」 全身にヌメッとした感覚が走った。すると、段々私の目線が下がり始めた。いやそれだけじゃない。大きくなっている。二人も、部屋も、周りのものすべてが相似形に巨大化していく。私は、自分が縮んでいるのだと悟った。 「ちょっとー、これ何……」 一歩前に出ようとした時、脚が軋むような音を上げた。動かない。段々両脚が硬くなっていく。両手を見ると何が起こっているのかわかった。私の手の中で、皴や体毛が徐々に薄くなって、半透明になっていく。消えちゃう……。それだけでなく、皮膚の色が人工的で均質な肌色に変化していく。手が足同様硬度を増すのに合わせて、指先が勝手に真っ直ぐのびた。指の感覚を少しだけ開けた状態で固定され、石にヒビが入るかのような乾いた音を発していく。その音が鳴るたびに、指から関節が消えて、簡潔な構造に変わっていく。手全体が安っぽいプラスチックに変わってしまった時、ようやく術の目指すところがわかった。これ、こないだ二人が人形になってた時と同じだ。両手から視線を外し、顔を上げると、もう私は二人の腰より背が低くなっていた。 「……っ」 もう声もでない。私はギシギシとうなりを上げながら、自分がプラスチック製の人形になっていくのを待つしかなかった。両腕が体の側面に回り、斜め下へピンと伸びる。まるで着せ替え人形みたいな姿勢。腰も首も動かせなくなり、私は正面を見据えて何もできなくなってしまった。 二人の靴下しか見えなくなったころ、ようやく視界の動きが止まった。 (ちょっとー! 変な術かけないでよ!) 私が霊波で抗議すると、春香が私を掴んで持ち上げた。 「やったー! 大成功ー!」 突如、一瞬の間に数メートルも上昇したせいで、頭がぐわんぐわんとなって、肝が冷えた。危ないでしょ! 落ちたらどうするの! これじゃ受け身もとれないのに! 春香が私を机の上に置くと、私達だけあんな目に遭うのは不公平だから、これで公平だね! という感じのことを楽しそうに言った。 (馬鹿じゃないの!? そんなの平等にしなくってもいいでしょ!) 「ダメダメー、銀子ちゃんもお着替えしなくちゃー」 (げっ……) この前、二人を元に戻す際、テンションの上がっていた私は二人を可愛がり、写真を撮ったりポーズをとらせたりしてしまったのだが……。どうやら根に持っていたらしい。 里奈が私の写真を撮り、スマホに表示して見せつけてきた。私の顔を極端にデフォルメした感じの目や口が「プリント」された顔……。艶々と光沢のある肌は間違いなくプラスチック。私はこの前の二人のように、安っぽい着せ替え人形になっていた。しかし信じられないのはこの二人の天才だ。あの妖怪の術を見様見真似で再現しちゃうなんて……。 それから私の撮影会が始まった。着せ替え人形用のヒラヒラの衣装を着せられ、ポーズもつけられ、色んな角度から撮影された。 「きゃー、かわいいー」 (やめてよ、恥ずかしい!) 人形用の衣装は肌触り最悪でゴワゴワしているし、自分が安っぽい人形になっている屈辱も耐えがたいし、この二人に玩具にされていることが悔しいしで、私は最悪の時間を過ごす羽目になった。元に戻してもらえるまで、なんと三時間。その後も写真を見せて弄られるし、まったく最低だ。 しかしやられっぱなしで終わる私じゃない。私はこっそり、あの人形化の術を練習した。二人にできて私にできない術があるというのがどうしても我慢できない。私だって例年なら主席になれたはずの女。できる。絶対できる。 しかし、数日でモノにした二人には敵わず、トンボを置物にするのに一ヶ月かかってしまった。悔しい。なんで二人はこんな難しい術がすぐに真似できたんだろう。聞けば教えてくれただろうか。でも聞くのは嫌だ。あの二人にこれ以上屈したくない。プライドがある。 休日。私は寝ている二人に人形化の術をかけてみた。上手くいったらお慰み……。 出だしは上々。二人は音もなく縮んでいく。段々小さくなって、やがては定規ぐらいのサイズまで……あれ。ならない? 妖怪にやられた時の二人も、先月の私も、15センチぐらいまで小さくなったのに。春香も里奈も、30センチ程度で縮小が止まってしまった。屈んでよく観察すると、他にも大きな違いがあった。今の二人は、安っぽいプラスチック製の着せ替え人形じゃあない。美少女フィギュアだった。画像修正ソフトを通したかのような、理想的で綺麗な均質な肌。樹脂のようだけど、肉感もある。髪の毛は植え付けた糸じゃない。これもフィギュアのような一つの塊になっている。が、ちょっと触れてみるとサラリとわかれた。一見、成型されたカチカチのパーツのようなのに、実際には普通の髪のように扱える。そして寝顔。適当なプリントではない。イイ感じにデフォルメされた二人の顔は、まるで漫画かアニメのキャラクターのようだった。肌の皴や汚れが一切合切取り除かれて、美しい肌色で統一されたことによって、かなり幼く……若返って見えた。中学生ぐらいに見えてしまう。 失敗だ。私が発動した人形化の術は中途半端に終わってしまったのだ。私は悔しくて悔しくて、涙が出そうだった。やっぱりこの二人には敵わないの……。二人が数日でマスターできた術が、私には一ヶ月かかっても修められないなんて……。 声を殺し、ひっそりと泣いていると、二人が起きた。まるでアニメのキャラクターが現実に飛びだしてきたかのようだ。里奈と春香はお互いを見て、大声を上げた。 「えー! 何これ何これ!」 「あー……私の術……」 ああ……。みっともない。私は恥ずかしくて二人の方を向けなかった。 「これ人形化の術!?」 「う……うん。失敗しちゃ」 「すごいじゃん! さっすが銀子ちゃんだよ!」 「えっ!?」 「ほらもー、里奈すっごい綺麗!」 「え~、春香の方が可愛いでしょ」 里奈と春香はお互いの顔や体を触りながらはしゃいだ。私はしばらく、なんで二人が喜んでいるのか、私を褒めたのかわからなかった。馬鹿にしている……わけではなさそう……? 理由が分かったのは、二人が振り向き、笑顔を見せた時だった。可愛い。綺麗だった。半端な人形化が、二人を惨めな安っぽい人形ではなく、高級感溢れる美少女フィギュアに仕上げたからだ。生きているかのような肉感を感じさせる(生きてるけど)、最高の出来栄えのフィギュアだった。それが実際に生きて動いて喋っているのだから、中々のモノだった。やや童顔気味だった春香はデフォルメのおかげで滅茶苦茶可愛くなっているし、美人顔だった里奈もまるで彫刻のように綺麗だった。二人とも大分見た目がよくなっている。 「どうやったの、これ?」 「それは……」 やめて。そんなキラキラした目で聞かないで……。失敗したの。ただそれだけ……なのに……。二人は術の失敗なんてほとんどしたこともないからだろうか。全く気付いていないみたい。 「秘密……よ」 「えーっ」 最初は皮肉られているのか、馬鹿にしているのかとしか思えなかったし、失敗した自分の至らなさが恥ずかしくて、二人の言葉を素直に受け取れなかった。でも可愛らしいフィギュアになった二人の称賛を受けていると、次第に私の心も和らいだ。ま、まあ……結果的にはよかった……かもしれない。別にあの妖怪と同じ結果を出さないといけないってわけでもないし……。いやでも二人にはできたのに、私は……。いや。いや、むしろ二人は天才過ぎて「失敗」しちゃったんじゃない? だって、こっちの方がいいよね? ずーっと可愛らしいし、動けてるし。そう、二人が私を人形化した時、私は動けなかった。そうだ、そうだよ。考えてみたら、人間と人形の良いとこどり出来た私の方が色々……使い道があるんじゃない? 心が軽くなった私は、この前のお返しとして撮影会に臨みたかったが、問題が発生して、それは叶わなかった。家にある着せ替え人形用の服では、サイズが合わない。30センチで止まっちゃったから、想定の2倍。着られるわけがない。それに、二人の前に服をかざしてみると、どうもしっくりこなかった。二人は樹脂製のフィギュアみたいな状態になっているから、着せ替え人形の服じゃミスマッチだ。フィギュアならやっぱ樹脂製の服……もとい、パーツでないと……。でもそんなのバラじゃ売ってないよね。二人の体型にピッタリじゃないといけないし……。 (って、何真剣に考えてんのよ! どうでもいいでしょそんなこと!) 仕方なく、着の身着のまま、パジャマ姿だけ撮ってお開きとなった。裸は流石に拒否られた。うーん、消化不良感が残る。 後日写真を見返すと、うっかり顔が綻んだ。だって、パジャマ姿の美少女フィギュアになった二人があまりにも可愛くて綺麗だったからだ。写真の中の二人は動かない。こうなると本当に、ただのフィギュアの写真にしか見えない。これが元気に喋って動き回るだなんて、絶対に誰も想像もできないだろう。 (もっと可愛い衣装を用意できたら……もっと……) 「何これ?」 「フィギュア用の3Dプリンタ。特殊な繊維を吹き付けて、ジャストフィットの衣装を作れるんだって」 「えー、銀子ちゃん、まさか……」 「そうっ! この前は着せ替えできなかったから、これでね」 「えー、やだー。今度は銀子ちゃんの番でしょ」 「里奈と春香はプラスチックにしかできないじゃない」 「それは……」 私は初めて二人に対して上に立てた。胸がすく。私はできるが二人にはできないことがある。生まれて初めてのことだった。実際は私の術が未熟だからなんだけど……。それはおいといて。 「この前二人ともすっごい可愛かったじゃない? だからまた見たいなって」 私は徹底的な褒め殺しで、強引に二人を説得した。ふふっ、お楽しみの時間ね。 人形化の術をかけると、以前のように、二人は30センチ程度のフィギュアに変化した。まずは裸になってもらう。大分渋ったが、とにかく可愛い、綺麗だと褒めまくり、承諾させた。 全裸になった二人はやっぱり綺麗だった。乳首と股間のアレコレは影も形もなく、まさしくフィギュアそのもの。気が変わる前にプリンタの中に入れ、スイッチを入れた。 たちまち容器の中が虹色の煙で満たされ、二人の姿は見えなくなった。四方八方からナノマシンを含んだ粒子が噴射され、二人の体に蒸着しているはず。上手くいくかな。 十分ほどするとブザーが鳴った。完了だ。蓋を開けて取り出すと、それは見事な魔法少女フィギュアとなった二人が姿を現した。春香はフリッフリのピンクの衣装。勿論髪もピンクに染めた。里奈は黄色の対になる衣装。髪は金髪にしてあげた。 二人は互いの変わり果てた姿を見て、キャーッと歓声を上げた。悲鳴のようでもあるし、歓喜のようでもあった。両方だろう。いい年してこんな格好をするのは恥ずかしいだろうけど、間違いなく可愛い。なんせ、美少女フィギュアになっているんだから。生の人間がこの格好をしても所詮コスプレ止まりで違和感アリアリだが、美しいフィギュアとなっている今の二人なら、全くもって違和感がない。完璧な着こなし。流石私……。 「えー、ちょっとこれ、恥ずかしいよー」 「そんなことないわ。とっても可愛いわよ」 「そ……そうかな?」 鏡を置いて、二人に自分の姿を見せてやった。頬っぺたを赤く染めてモジモジしている姿も愛らしい。元の姿だったらちょっとアレかもだけど。しかし二人とも満更でもなさそうだ。ぷぷっ、いい年してなんて格好してるの二人とも。まあ私が着せたんだけど。 私は征服感の高揚を抑えきれなかった。里奈と春香を……あの二人を、私が玩具にしているという事実。恥ずかしい衣装を着て、私より小さな存在になって、私を見上げている。あの二人が。ふふふっ……。なんだかゾクゾクしちゃう。 ナノ繊維のいいところは、硬くないという点。フィギュアの服パーツなんて、普通カッチカチの樹脂製で動かせないけど、これは繊維だから二人の体に合わせてスムーズに伸び縮みするのだ。しかも、ぱっと見の質感は樹脂という。フィギュア化した二人にピッタリの衣装というわけだ。 「それじゃ撮るわよー」 私がスマホを構えると、流石に二人は真っ赤になって俯いた。 「大丈夫。とっても可愛いわ。ほら、上向いて」 私は二人にあれやこれやとポージングを指示した。当初は恥ずかしがって渋ったものの、褒めながら何枚も撮っていると段々慣れたか吹っ切れたのか、次第にノリノリになっていった。普通ならまずできないようなぶりっ子ポーズも、モデルみたいなポーズも。最初は固かった表情も段々自然な笑顔に。 次はチアガールで……と思った時、緊急の仕事が入った。魍魎がでたらしい。 「里奈ー。春香ー。魍魎がでたらしいから、行くわよー」 「いってらっしゃーい」 「何言ってんの。二人も一緒よ」 「え?」 私は二人を自分のコートのポケットに突っ込み、足早に家を出た。夜の街は静まり返り、人通りもない。 「ちょ、ちょっと! なんで!? 行くなら元に戻してよ!」 「恥ずかしいよ~」 そりゃあそうだろう。だからこそ連れ出し甲斐がある。家の中でコスプレ大会してるだけじゃ足りない。私はもっと二人を辱めてみたかった。まあ私もフィギュア持って歩いてる女ということになるけど……。 墓地のはずれにつくと、魍魎がうろついていた。早速私が退治しようとしたら、ポケットから二人が飛び出した。 「あっ、ちょっと!」 あれよあれよという間に、二人が無事やっつけてしまった。フィギュアになっていても霊力は据え置きなの? 私の時は……。いや、人形化が半端だからかな……。どっちにしろ、活躍の場を奪われた上、いつものように格の違いまで見せつけられた私は、さきほどまでの興奮が一気に冷めてしまった。 「おっわりー!」 「春香ちゃん、なんかその格好だと……。ふふっ、ホントに魔法少女みたいだったよ」 「え~? ちょっとやめてよ~。里奈こそじゃん~」 また二人がイチャイチャし始めた。人の気も知らないで……。これじゃ私、ただの車じゃないの。「役に立てない二人の前で私が退治する」つもりでいた私は自分が惨めで仕方なかった。あほらし……。 「おお。いつもながら見事な腕で」 住職さんが近づいてきた。私は気の抜けた声で返事した。 「いえ、まだまだ若輩者です……」 ていうか、やっつけたの私じゃないし……。地面に視線を落とすと、二人が気をつけの姿勢で固まっていた。緊張した面持ちだ。どうしたんだろう。 「おや、それは……?」 住職さんが二体のフィギュアに気づいた。里奈と春香が一瞬震えた。……あーそっか! そういうこと! 「はいっ、私のフィギュアです」 私は二人を掴み上げ、住職さんの前にグイっと突き出した。 (ちょっとー!) (やめてよー!) 流石に、他人に今の格好を見られるのは恥ずかしいか。そうでしょうそうでしょう。存分に恥じらいなさい。 「おお、そうでしたか。最近の人形はよく出来ていますね」 二人はとにかくフィギュアのフリをすることに決めたらしく、気をつけのまま動こうとしない。弄り倒してやる。 私は住職さんと世間話をしながら、二人の手足を曲げ、つつき、軽くくすぐり、存分に二人を玩具にすることができた。必死に耐える二人の声にならない悲鳴が愉快で愉快でたまらなかった。 家に帰ってから散々文句を言われたが、私はへっちゃらだった。可愛らしい30センチのお人形の言うことだもの。猫みたいなものだ。よく撮れていた写真を見せながら宥め、その日はなんとか許してもらえることになった。 二人を元に戻し、床についても、私の脳内はフィギュアになった二人の姿が浮かんだまま消えなかった。いつもいつも、そして今もずーっと私の先をいっていたあの二人が、まるで私のペットみたいになっていたあの時間が忘れられない。あの二人を私が見下ろせていた、制御下におけていたという事実。その日はなんだか興奮して寝付けなかった。 数日後、私は喫茶店でダラーっとしている二人を叱った。いっつも私ばっかり喫茶店の仕事をやってて、二人は何にもしていない、と。自覚はあったらしく、二人は「ごめんー」と謝り、今日は私たちが淹れよっか? と提案してきたが、蹴った。どうせ不味い。 「その代わりにぃ……」 「えー! ほんとにこれで接客するのー!?」 春香が顔を真っ赤にして叫んだ。再びフィギュアになってもらって二人に、私はナノ繊維でメイド服を蒸着させた。勿論、シックなやつではない。リボンとフリル満載のミニスカートのやつだ。春香はピンク髪のポニーテール、里奈は金髪のツインテールに整えた。 「えー! いいじゃない。とっても似合ってるー! 可愛いって!」 私は二人をフロアに連れ出した。ちょうど今常連のおじさんおばさんが来ている。30センチのメイドフィギュアになった二人は、たちまちのうちに大人気になった。テーブルの上に立つ二人を見ようと、お客さんが入れ替わり立ち代わり。 「あら~可愛いじゃないの~」「んー、可愛い!」「綺麗ー!」 二人を貶すような客はただの一人もいない。そうでしょうとも。最初は真っ赤になって静かに俯いていた二人も、来る人すべてに可愛い可愛いと褒められてくると、次第に満更でもなさそうに顔をニヤつかせるようになった。 「そっ……そんなことないですよ~っ!」 私は指さして笑いたい衝動と戦いながら、一人静かにコーヒーを淹れた。お客さんたちは誰一人として、対等な人間として二人を扱っていない。よくて幼児相手みたいな接し方、大体は子犬か子猫みたいな体で接している。写真もバチバチ撮っている。ふふふっ、上手くいきそうね。 次の日から、喫茶店のお客さんが増えた。田舎だから何かあるとすぐ集まってくる。フィギュア化した里奈と春香をみたいと誰もが言うので、私は「お客さんが言うから仕方なく」二人をまた人形化した。こんどはウェイトレスの服を着せて。二人も表面上は渋っていたが、どう見てもノリノリだった。昨日のお姫様体験がよっぽど楽しかったらしい。むっつりめ。ふふふ。 四日すると、私はいちいち術を解いたりかけたりするのが面倒だからと、フィギュア化を解かないことにした。里奈と春香はぶーぶー文句をたれたが、全く言葉に力がなかった。不特定多数に蝶よ花よと甘やかされるのが大変気に入ってきたらしい。そりゃそうだ。あれだけ褒められればねえ。それに、客観的に見て可愛いのは間違いない事実なのだ。 そうして一週間、二週間と子猫扱いされていると、段々二人の態度に変化が生じてきた。甘えん坊のぶりっ子になってきたのだ。声も段々高くなってきた。人間っていうのは環境が変われば合わせて変わるものなのねえ。私は二人が幼児化していくのを観察するのが楽しくてしょうがなかった。人間のままだったら痛々しくって許されないような行為も、可愛らしいフィギュアであればだれもが許してしまう。そうして人は堕落していくのだ。 「銀子ちゃーん、運んでー」 「はいはい」 30センチのままだと、移動に私の手を借りなければいけないこともある。あの二人が私を必要としている。私がいなければ日常生活も送れない。それが私を興奮させる。里奈も春香も、段々私の子供……いやペットのようになっていく。それがたまらなくおかしくって、嬉しかった。 毎日チアガールやバニー、ナース、ブレザーと服を変えた。お客さんも喜ぶし、可愛い服を着て毎日よしよしされる生活を送れて二人も嬉しい。そして二人より「上」の存在になれた私も満足。これこそウィンウィンってやつでしょ。 フィギュアになっても二人の霊力が衰えないのもナイスだった。フィギュアのままでも退魔師としての仕事は十二分にこなしてくれる。まるで私の使い魔のよう。そして、退魔師として出動する際、私は必ず二人に魔法少女の衣装を着せた。二人は「やだ~」などと言うのだが、内心ノリノリなのは明らかで、最近は悪霊退治する際に決めポーズや決め台詞も言い始めるようになった。二人の目を覚まさせないよう、私はとにかくツッコんだり茶化したりするのを控えた。そう。このままずーっと、二人は私のフィギュアでいればいい。 とはいえ、永遠にこのままってわけにもいかないだろう。今は私と、顔見知りのお客さんしかいないから、二人は自分を客観視できずにいられた。でも何かの用事でひょいっと外部の人が訪ねて来たりすれば、一気に夢から冷めるかもしれない。私はそれを防ぎたかった。それに二人の力なら、その気になれば自力で人形化を解く事も容易に可能なはずだからだ。悔しいけど。 しかし、人形化が解けないよう術を重ね掛けするような小細工に走れば、すぐに気づかれてしまう。やっぱり、二人の方が霊力は上なのだ。どうして二人を縛り付けたものか……。 人間は環境で変わる。周囲の扱いで変わる。それなら……。 「じゃーん! 見てこれ!」 「きゃーっ、すごーい!」 私は誕生日にかこつけて、二人にそれぞれドールハウスをプレゼントした。30センチになった二人に合わせた縮尺で作らせた「自室」だ。中は一部屋だけだけど、かなりデカいし場所をとる。結構なお値段もした。でも妥協はしない。 「入っていい?」 「勿論よ」 「キャー、素敵ー!」 中に入った二人は歓声を上げて喜んだ。キンキンのアニメ声で、塾時代のあの二人からは想像もできない。そしてドールハウスの内装も。淡いピンク色の壁紙で作った「女児部屋」である。家具も置物も全てパステルカラーで統一し、柄も星や水玉、子供向けのアニメなどばかり。もちろん、実際の生活設備も整えた。二人の体調に合わせたふかふかのベッド、専用サイズの机と椅子。 「銀子ちゃん、ありがとー!」 「いいのよ。普段からずっとお世話になってるしね……」 私は笑いをこらえるのに必死だった。あなたたちを堕落させたままでいさせるための部屋だとも知らずに。 仕事のない時はずっとこの「女児部屋」で暮らすよう仕向けることで、二人の精神に「自分は『こういう部屋に住む存在』だ」という意識をひっそりと刷り込むのだ。人間、そういうもの。そして部屋の中のクローゼットにはビビッドな色合いの女児服をナノ繊維で取り揃えた。普段着から子供っぽく仕立て上げることで、いつまでも子供っぽくいるよう仕向ける作戦だ。 一週間も経つと、どうやら効き目が表れてきた。お客さんの前でなくとも、私がいなくても、二人は常にぶりっ子っぽい、芝居がかった幼児的言動で過ごすようになってきた。人間、あーはなりたくないものね……。塾の同期たちが今の二人を見たらどう思うかしら。ぜひ見てみたいけど、二人が冷静になっちゃうからそれは避けたい。 私のしかけた罠はまだある。ドールハウスにはテレビを設置した。女児向けアニメしか見られないテレビが。スマホも自力じゃ操作できない二人だ。暇は絶対にこのテレビでつぶすはず。 当然、すぐに「もっとレパートリー増やして」という声が出たが、私はそれをのらりくらりとかわし続けた。また今度、次また違う奴を入れる、しばらく我慢して……。 ある妖怪を退治した際、私は新しい術のヒントを得た。一人でこっそり練習し、間違いなくモノにできたことを確かめた後、私は二人に新たな術をかけた。瞳の形を変える術。二人はフィギュア化された際、アニメみたいな大きなキラキラの目になっちゃっているんだけど、それをさらに恥ずかしいモノに変えてやるのだ。 まず春香。ピンクのハートにしてやった。アニメや漫画でたまにみる表現。これから春香はずっと目がハートなのだ。くくっ、私だったら恥ずかしくて絶対人前になんて出られないよ。しかし春香はご満悦で、私に礼まで言う始末。 続けて里奈。星だ。キラッキラに輝く、大きな星型の瞳。よく似合ってる。二人ともますます可愛くなった。 「すっごーい! 里奈の目、キラッキラー!」 「春香のハートもチョー可愛いー!」 とても二十歳過ぎとは思えない二人。もう二人とも、半年以上ダダ甘に甘やかされる生活を送り続けてきたせいで、すっかり麻痺してしまっている。元の人間でこんな目をしてアニメ声でぶりっ子してたら、とっても見られたもんじゃないだろう。 でも今の二人は許される。「美少女フィギュア」だからだ。 開業から月日が経ち、お金もたまったし、退魔師としての実績も積めた。私たちはもっと大きな町に移ろうかと話し合った。その際問題になるのは二人の扱いだ。すっかりフィギュアでいるのが板についてきた二人だけど、見知らぬ街で動く美少女フィギュアが喫茶店にいたら話題になり過ぎる。ここは小さな田舎町だからよかったけど……。それに、彼女らがいい年した人間だと知れば、例え見た目が可愛くっても「痛い女」扱いする人も出てくるはず。そしたら二人が正気になっちゃう。せっかくここまで育てたんだからそれは避けたい。でも大きな町に移ってステップアップもしたい。どうしたものだろうか。 ヒントはアニメからもたらされた。二人が一番ハマっているのは、人形が主役の女の子向けのアニメ。履歴から判明した。魔法が使える人形がこっそりと陰ながら持ち主の女の子を助ける、という話らしい。動けることが人間にバレてはいけないのだとか……。 これを二人に実践させることはできないか。つまり、喫茶店ではジッと動かずにいてもらい、正真正銘ただのフィギュアになっていてもらうのだ。しかしいくらなんでも、急にそんな提案をしたって受け入れられるはずはない。金縛りの術をかけたってすぐ解かれる。私より二人の方が上手いし。慎重に一歩ずつ誘導していこう。 私はまず、ナノ繊維でそのアニメのコスプレ衣装を用意して二人に着せてみた。案の定、二人は大喜び。もう恥ずかしがる素振りも見せなくなってきた。次にやるのはごっこ遊び。まずはメイド服を着せた時、各々の部屋を掃除させる。チアの時はおだてて踊ってもらう。そして魔法少女の時、決めポーズや必殺技を再現してもらう。こうして二人に「着ている服に合わせて遊ぶ」という規範を少しずつ育むのだ。 満を持して「魔法人形」の回。私が部屋に入ったら動きを止めるという遊びをやらせてみた。すんなりと二人が受け入れ、この遊びは実行に移された。まあ。今の段階ではただの「だるまさんが転んだ」だし。私が部屋に入るとピタリと動きを止める二人が可笑しくて、私は大いに楽しい時間を過ごすことができた。二人が私の支配下にあるということが鮮明に浮かび上がる遊びだった。 大きな町に移り、いよいよ開業という時。私は二人に「魔法人形」の格好をさせた。そして二人を透明なケースの中にしまった状態で、カウンターに飾り付けた。知らず知らずのうちに訓練されていたとも知らない二人は、何の疑問も抱かず魔法人形ごっこを始めた。すなわち、お客さんがいる間は動かないという遊びを。 喫茶店はそこそこ盛況だった。退魔師関係の人も幾人か挨拶に訪れてくれたが、その間も里奈と春香はパントマイムを続行していた。流石に知り合いの人が来ると内心恥ずかしがっていたが、だからこそバレないようフィギュアのフリをより強固に演じてくれた。そりゃー、ハートの瞳にフリフリ衣装でフィギュアのフリしてる姿なんて、知り合いに見られたくないよね。見られてるけど。私は二人を紹介せず、あくまでフィギュアだと偽った。二人が正気にもどらないか心配だったが、幸い普通のお客さんに二人はなかなか好評で、みんなが可愛い、よく出来てる、としきりに褒めそやしてくれた。おかげで二人の承認欲求が満たされたのか、何とか二人に「フィギュア止める」と言わせずに済んだ。 しかし課題が残った。ずっと同じポーズを一日中取り続けるというのはキツかったらしく、午後になると足がプルプル震え、よく視線も泳ぐようになったし、大分辛そうだった。 「お疲れー」 閉店後、二人はケースの中でドッと崩れ落ち、口々に愚痴をもらした。キツかったー、もうやりたくない、と。私は焦った。明日から二人が動き出したら騒ぎになっちゃう。気持ち悪いとハッキリ態度に出すお客も出るだろう。そしたら二人がフィギュアを止めてしまうかも。そしたら、私はまた二人の背中を追いかけるしかない日々に逆戻りだ。 「ふふっ。そうね。魔法人形ごっこは難しすぎるものね。ん~、春香と里奈にもできるお仕事って、何があったかしら……?」 私は煽ってみた。二人は幼児みたいに跳ねながら怒ったが、全く怖くなかった。むしろ愛おしいとさえ感じるほどだ。だって瞳がハートに星なんだもの。 二人はドールハウスにこもってしまった。やれやれ。どうしましょ。明日は理由つけて表に出さないようにしようかな……。 翌日。昨日の煽りが見事にハマった。驚くべきことに、二人は自らに金縛りの術をかけたのだ。条件付きの金縛りである。私以外の人が近くにいたらカチンコチンに固まる、という術。それを昨日のうちに開発して、自分にそれをかけたのだ。 ケースの中で両手を重ねて固まる魔法人形のフィギュア。ピクリとも動かない。視線さえバッチリ固定されていて、ハートと星型の瞳は美しく輝き続けた。 (ふっふーん、どう?) 「すごいわぁ。さっすが里奈と春香ね。私なんかじゃ勝負にもならないわ」 (えへへっ) 私は最高のひと時を過ごすことができた。なにせ、二人が自ら完璧な人形になってくれたのだから。しかし二人は自爆したとも痴態を晒しているとも思っていない。人前で微動だにできなくなったこの状態を、むしろ誇りに思ってさえいる。 (ほんと……可愛くなってくれちゃって) これはぜひ続けさせたい。でも二人がやっているのは、あくまでアニメの魔法人形ごっこ。他の衣装に変えたらやめちゃうか。といってずっと同じ服でも満足しないだろう。となれば……。 私は同じアニメに出てくる違う衣装に着せ替えることに決めた。作中で登場した別のコスチューム……アイドル衣装とか水着とかコックの制服とか。これなら二人の欲求を満たしつつ、かつ「魔法人形」でいさせることができる。案の定、二人は私が何も言わずとも金縛りを解かなかった。毎日ありえない瞳で可愛らしく固まっている。お客は誰一人として二人を人間だとは思っていない。ただ、非常にハイクオリティなフィギュアとしての称賛を送り続ける。そしてそれが二人の承認欲求を満たす。このサイクルがある限り、二人は「人間」に戻りたいとは思わないだろう。普通、二十半ばの人間なら決して得られないような可愛さと美しさ、そして嵐のように浴びせられる誉め言葉。この堕落の海から二人は決して逃れることはできないだろう。 二週間もすると、流石に作中の衣装はやりつくしてしまったが、問題はなかった。メイド服やチア、他のアニメの衣装を着せても、今や二人は当たり前のように人前では固まり続ける。自らにかけた金縛りの術を解こうという気配はまるでしない。すっかりフィギュアとしてケースの中にいることを当然だと受け入れてしまっている。私は内心笑いが止まらない。 (ふふっ……そうよ、それでいいの。あなたたちは人形なのよ。この私のね……) ある日、お客さんの一人から耳よりな情報をいただいた。最近はAIを搭載して動くフィギュアが販売されているらしい。それはしらなかった。 二人に内緒でこっそり買ってみると、予想外に良い出来だった。細かい設定もできるし、言うこともきくし……。それに、見た目は二人にそっくりだ。質感、サイズ、何もかも。二人を一緒に並べたら、同社の同じ製品のように見えるだろう。これは使える。最後の仕上げに。 私はその子にリリーと名付け、可愛がることにした。二人の前で、これ見よがしに。 「マスター。なでなでしてくださーい」 「いいわよ。んーリリーちゃん、よしよし、いい子ね」 里奈と春香は一週間もしないうちに、以前より私に甘えてくるようになった。 「銀子ちゃーん、わたしもなでなでー」 「はいはい。リリーちゃんのあとでね」 「むー」 二十半ばとは思えない話し方だが、美少女フィギュアだから違和感がない。リリーに嫉妬しているのかしら。可愛いとこあるわね。いいのよそれで。そのためのリリーなんだもの。 「もー、リリーちゃんばっかり……」 私はリリーも喫茶店に飾ることにした。勿論ケースの中にだ。接客はさせない。二人と同様、固まっていてもらう。正真正銘のフィギュアが動いて話し、二人は駄目なんて状況は流石に納得しないだろう。二人は自らの金縛りを解いてしまうに違いない。リリーも動かないようにすることで、より強固に「人形は人前で動かない」という新常識を二人に刷り込んでいくのだ。 (なんでリリーちゃんがセンターなのー) 「おっ、マスター、新しい子入れたの? 可愛いねぇ」 「ふふっ、どうも」 (えーっ、私の方が可愛いのにーっ) 春香と里奈はリリーが褒められると対抗心を露わにした。リリーの投入は想像以上の成果をあげ、二人は以前に増して「可愛くなること」に貪欲になってくれた。リリーよりも褒められたい、可愛がってもらいたいという強い欲求がメラメラと燃え上がっている。 私が一番ゾクゾクしたのは、春香と里奈が照れくさそうに「ま……マスター」と私を呼んでくれたこと。リリーの真似をすればもっと私に可愛がってもらえると思ったのか。私はすぐにそれにこたえ、存分に頭を撫でで、可愛い可愛いと褒めちぎった。二人は段々私を「マスター」と呼ぶようになり、次第に敬語も使うようになった。あの二人が私に敬語! 塾時代、ずっと私の上にいたあの二人が。こんな日が来るだなんて夢にも思わなかった。 さらに私は折を見てAIフィギュアを増やした。二体追加し、計三体。春香と里奈を含めれば五体。喫茶店のカウンターに設置した透明なショーケースには、いつも五体のフィギュアが飛び切り可愛らしい姿で飾られている。ここまでくれば、もう里奈も春香も自分たちをおかしいとは思わないだろう。だって「仲間」がいっぱいいるんだもの。 それに、これでAIフィギュアの方が多数派になったのも大きい。二人は徐々に自意識も染められてきているようだ。二人はしばしば自分たちを「お人形さん」だと自称するようになり、AIフィギュアたちと一緒に遊ぶようになった。もうどこの誰が見ても、この五体のフィギュアの中に人間、それも成人がいるだなんて夢にも思わないだろう。私の理想郷が完成したのだ。ずっと私の前を走ってきた二人。一度も成績で、実践で敵わなかったあの二人。それが今や私の手の中。幼稚で甘えん坊で、可愛くなるのが大好きな人形になったのだ。私は今、毎日が楽しくってたまらない。どんなに辛いことがあっても、この二人を見れば忘れられる。私の可愛いお人形さんを。 「それじゃ今日もよろしくね」 「はいっ、マスター!」 ショーケースの中に二人と三体を入れて鍵をかける。開店してお客さんが来ると、ケースの中はさっきまでの喧噪が嘘だったかのように静まりかえった。フリッフリの衣装に飛び切りの笑顔、ハートや星型の瞳でお客さんを出迎える五体のフィギュアたち。うちの自慢の看板娘たちだ。 「いつもの。……おっ、今日のハルカちゃん、すげーいいね。可愛い」 「ありがとうございます。……きっと本人も喜んでいますよ。ふふふっ」

Comments

いちだ

楽しませていただきました。語り手が支配する側になるって、新鮮ですね。

opq

コメントありがとうございます。いつも同じだとどうかなと思ったので、今回は逆にしてみました。

Anonymous

作品全体の雰囲気が良い良作でした。 発想が良かったと思います。

sengen

今回は主人公が変化させる側でしたが、人形化させられる描写もあり、どちらも楽しめました。術の失敗が逆に人間と人形の良いとこ取りになったというのも面白いです。 普段は引け目を感じてる分、人に頼りにされたり役立った時に嬉しく感じるのは結構共感します。でも二人は友人と思っているのに嫉妬の捌け口にされてしまったのは悲しかったですね。仲間を自分の人形に貶めるまでに銀子も堕ちてしまいバッドエンドのようでもあり、どちらも喜んでいるのである意味ハッピーエンドのようでもあります。

opq

感想ありがとうございます。褒めて頂けると嬉しくなりますね。

opq

いつもありがとうございます。今作も楽しんで頂けたようでなによりです。