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流石の三人も根負けしたのか呆れたのかは知らないが、あれ以後科学部にちょっかいをかけに来ることはなくなった。石田さんの話によると、特に目立ったいじめもなくなったらしい。唯一の救いだと言っていい。ここまでやって無意味だったなら、私本当に馬鹿みたいだし。 石田さんも日に日に明るくなってきて、初めは距離感のあった科学部員たちとも少しずつ打ち解け始めていくのを間近で見るのが私のたった一つの楽しみだった。こんな格好にまでなった甲斐があったというものだ。 気がつけば、私が科学部の備品になってから一ヶ月が経とうとしていた。 (もう、そんなになっちゃうのか……) 色々あったなぁ……。ありすぎたなぁ……。これからどうしよう。こっそり夜の間に衣装を脱ごうと色々試してみたものの、結果は惨敗だった。体に直接プリントされた服にファスナーはないし、肌に張り付いて隙間ができないし、厚くて弾力がありハサミで切れない。私一人が頑張って紙やすりをかけても、すぐに修復されてしまう。ネットによると、ナノ繊維が手についた場合は「水で洗えば落ちる」らしいが、私には役に立たない情報だ。フィギュア並みに縮んだ人間が全身にフィギュア用の素材を塗りつけたうえでこの繊維を全身に蒸着させたケースなんて、メーカーの人たちは想像もしたことないだろう。 一応、深夜に水で洗ってはみたけど……。服は普通に水を弾いた。一旦フィギュアに蒸着しちゃったら、そりゃそうだよね……。いや私フィギュアじゃないんだけどな……。 (ん……ていうか私、いつまでここでフィギュアのフリし続けないといけないの?) 私がバレない間はいじめを止める……だったっけ。思い返してみると……。期間に関して特に条件を設けなかったような……。 (ん? まさか、私ずっとここにいないといけないの? ええ……?) 石田さんに相談してみた。もうあの三人は全然こないし、私は帰ってもいいんじゃないか、と。石田さんもあの三人が既に私に興味なくなっていそうだということには同意したが、私が科学部室から消えたという情報を知れば、急に思い出して「じゃあうちらの勝ちぃー!」と言い出すんじゃないかと心配した。うん。その光景はありありと想像できる。そしていじめが再開されることを彼女は恐れていた。 (うーん……) でも、じゃあ私はいつまでここにいればいいんだろう。まさかみんな卒業するまで? そんなアホな……。でもまあ、こんな格好じゃ外出歩けないし、知り合いにも恥ずかしくて会えないし……。特に用事もないから、慌てる必要もないけど……。 結局結論はでなかった。そして辞め時がわからないまま、私はズルズルとフィギュア生活を続ける羽目になった。 三月のある日。石田さんが来なかった。いや部活には姿を見せていたけど、終わった後に戻ってこなかった。いつもはみんなが帰った後、こっそり引き返して私に会いに来るんだけど……。最近はポーズライトを使っていないので、彼女が来なくても動けるようになるから、支障はないけど。あれからも学習機能はどんどん精度を増して、今や私は完全にポーズ状態を再現できるようになっている。人が来ると、即刻カチコチに固まってしまう。とうとう、髪の毛も揺れなくなるほど全身が硬化するようになった。プルプルと震えることもできない。そして、最後に人に見られた場所に戻り、元のポーズをとる機能も完璧に仕上がってしまった。僅かな差異もなく、台座に戻り、私は飛び切りの笑顔で可愛らしくあざといポージングをしてしまう。魔法少女になったせいで、以前にもまして幼い印象を与えるようになったのか、幼児みたいな、媚びたポーズばっかりとらされる。この拷問みたいな羞恥プレイにはまだ慣れない。割り切れない……。 (石田さん、どうしたんだろう) まあ、考えてもしょうがない。何か急用があったのかもしれないし。 翌日の夜。石田さんが理由を明かした。昨日は部員に誘われて遊びに行ったのだ、と。意外……。石田さんが友達と。いや失礼だ。喜んでいいよね。いじめがなくなって、遂に部員と一緒に遊びにいけるような交友を築けたのだから。 「つ、次から断るから……。こっち来ますから……」 「えっ? い、いいよいいよ。遊んでいいよ」 「で、でも先生……」 「私のことはいいから。平気だから」 石田さんにしてみれば、ここまでやってくれた私に対し、恩を仇で返すような感覚があるのかな。確かに「ここまでしてあげたのに、私を見捨てる気か」って感情もゼロじゃない……けど。でもだからといって、彼女を縛るようなことはしたくないし、元教師としてすべきじゃないと思う。 私は彼女を諭した。友達と遊んだりする時は来なくてもいいよ、と。結構食い下がられてしまったものの、最終的には納得してくれたらしい。彼女は何度も頭を下げながら部室を後にした。 その日から、彼女は毎日定例報告に来ることはなくなり、2,3日に一回ぐらいの頻度になった。ちょっと寂しいような気もする。 時は過ぎ、いつの間にか三学期も終わろうとしていた。そんなに長い間、ここでフィギュアになっていただなんて信じられない。一生分の恥をかき終えたんじゃないの。 (ま、でも……辞め時だよね) この春休みで家に帰ろう。そういえばもう一か月以上帰ってないや……。流石に年度またげば、あの三人ももう綺麗に私との勝負のことなど忘れているだろう。全然姿見せないし。 修了式の日、私はフィギュアたちと一緒に並びながら、石田さんを待った。 (う~ん、来ないな……) 自力じゃ部室を出られない……というか、学習機能で戻らされちゃうから、石田さんに運んでもらわないといけない。 しかし、待てども待てども、彼女は部室に来なかった。他の部員も。 (あ……ひょっとして、部活終わってる……から?) 私のこと忘れてるのかな? 最近は段々話す頻度も減ってきてたけど、まさかそんな……。最後の日だから、みんなでどこか遊びに行ったのだろうか……。 日が暮れても、彼女は来なかった。 (ちょ、ちょっと……帰れないじゃない!) 私は部室から飛び出した。しかし、人の気配を察知した瞬間、例によって部室にUターンさせられてしまう。そして台座で可愛くポーズ。そして数分動けない……。 (どうしよう。石田さんに連絡を……あっ) 大変なミスに気がついた。私には、彼女と能動的にコンタクトをとる手段がないことに。部室のパソコンには連絡先がないし、スマホなんかあるわけないし、人に見られると固まってしまうし、それ以前にここへ戻されるし……。 (う、うそっ……そんな) やっちゃった。これまではずっとあの子の方から夜、訪ねてきてくれていたから不都合なかったけど……。連絡手段を用意しておくべきだった。或いは、春休みになるから回収に来てくれって、事前に言っとけばよかった……。ここしばらく、ずーっとただ玩具にされて飾られるだけのフィギュア生活を送っていたせいか、受け身になり過ぎていた。 (ま、待ってよ。このままじゃ私、春休みの間ずっと……) 最後の賭けとして、私は深夜に抜け出し家を目指した。道中一切誰にも見つからなければ、理論上は可能。 しかし、所詮は机上の空論だった。近くに誰かいるってだけで、スタート地点に戻されてしまうのだから。どこかで必ずひっかかり、私は学校の部室めがけて一直線に羽ばたいた。 (と、止まって! いいのよ、もう! バレちゃったって!) 体が言うことをきかない。声を出して助けを呼ぼうか。いやでも、そうしたらこの恥ずかしい姿を見られることに……。蝶の羽と魔法少女のコスプレ、ピンクのポニテにぺったんこの靴で市街地を飛び回るアラサー無職……。ひぃ。嫌だ。でも背に腹は代えられない。私は叫んだ。 (だっ誰かー! 助けてくださーい! 私を止めてくださーい!) しかし、口がパクパク開閉するだけで、実際に大声を出すことはできなかった。 (そんなっ……!) 恥を忍んで打った最後の一手もあえなく潰れ、私は窓もない科学部室の棚の中で、フィギュアたちと混ざって自身を可愛らしく飾り立てることしかできなかった。 信じられない話だ。春休みの間ずっと、部室に軟禁されるだなんて……。一番みっともないのは、主犯が自分だということ……。私の体は独りでに私をフィギュアの立場に押しとどめてしまう。誰も私を操っていない。操っているのは自分の体に刻まれた学習結果。私の独り相撲なのだ。 (うううっ……) パソコンで助けを求めようか。でも誰が信じるだろう。話題になったらあの三人に思い出させてしまうし……。そしたらいじめが再開される。こっそりと終わらせないといけないのに。 いくら抵抗しても無駄なので、遂に私は諦めざるを得なかった。「脱出」は無理だ。仮に誰かがふいに部室を訪れたって、私はその瞬間に時間を止められ、微動だにできなくなってしまうんだから。この棚の一角を笑顔で彩ることしか許されてはいない。 (あー……。最悪……) まさかこんなことになるなんて。この学習機能、なんとかならないのかな。でもなかったらバレちゃってたか……。もう少し融通がきけばいいのに。 長い春休みが終わり、授業が始まり、ようやく部活が始まった。久々に見る石田さんは、気のせいかシュッと垢抜けて見えた。 彼女は部員たちと軽い挨拶をする間に、私に向かって軽く会釈した。 (……え? ちょ、それだけ?) あなたのせいで、私はずっとここに……。いやもうこの話はよそう。彼女一人のせいじゃないし。今更責めてもしょうがない。 話がしたかったけど、私は相変わらずぶりっ子ポーズで静止していることしかできない。もういい加減バラしちゃってもいいんじゃないかって思う。でも、人がいると完全なフィギュアになってしまう今の私には、バラす自由さえ残っていない。 (石田さん。石田さん。今日は残ってくれるよね?) 視界に入るたび、心の中で訴えた。流石に初日だし、終わった後戻ってきてくれると思うけど……。まさか、休みの間に私を忘れたなんてことないよね? (……ああ、いけない。すっかり人を信じられなくなっちゃってる……) 二週間近く人と接しなかったせいか、私はフィギュアたちに妙な親近感を覚えるようになった。だって、普通の人たちと違って、私と同じサイズだし、同じような質感の体持ってるし、同じ機能があって、それで……。 (いやっ! 何考えてんのよ、私は人間なんだからっ) フィギュアが仲間だなんて、冗談じゃない。自分じゃ動くことも話すこともできないくせに。 (まあ……私も今はそうなんだけどね……) その日は早いうちに彼女が訪ねてきてくれた。私は春休みの間ずっと、ここに閉じ込められたことを報告した。言った後で、ちょっと刺々しかったかもしれないと反省した。 「うぇぇっ、ご、ごめんなさい~。気づかなくって……」 「あ……あぁ、うん……次から気をつけてね……」 モヤモヤする。私はあなたのために、一生脱げないコスプレを着せられてまでフィギュアになってあげたのに。忘れる普通!? それから、連絡手段が欲しいとも。それはパソコンにメアドを入れることで解決した。 石田さんが帰ってから、私は自分の馬鹿さ加減に失望した。 (っていやいや! まだ続けるのコレ!?) なんで私ったら、いつの間にか続ける前提で話しちゃってたんだろう。あの三人だって、絶対もう忘れてるに決まってるのに。あーでも、また学校始まっちゃったから、いきなりフィギュアが消えたら問題かな……。だから春休みのうちに消えたかったのにぃ。 それからしばらくの間、石田さんが定例報告に来てくれなかったため、話ができなかった。部活には来ているから、毎日顔は合わせる。でも、以前よりずっと、二人の距離が離れているような気がする。 (そうだ。メールで……) メールでもう辞めたい、と相談してみたものの、返事はやっぱり同じだった。三人が忘れていたことを棚に上げ、突然自分たちの勝ちしちゃうだろう、と。せっかくいじめが無くなって、友達もできたのに、それを壊されるのは嫌だ、と……。正直、考えすぎじゃないかなぁと思う。石田さんだって部員と仲良くなったんだから、口裏あわせれば大丈夫だよね? でも元教師としての立場上、私はあんまり強くいえなかった。この体じゃメール打つのも結構大変だし……。 メール相談するようになってから、石田さんは定例報告に来なくなった。つまり、部活が終わればそれっきりで、後から部室に戻ってきてくれることがなくなった。メールで話しているからそれでいいと考えているのかな。私としては、ずっと固まっているの結構辛いし、人と話がしたいんだけど……。とはいえ受験の年に、わざわざ話し相手になってと子供を呼び出すのも気がひける。 部活の間、石田さんは部員たちと仲睦まじく話しているのに、私は棚の中に鎮座し、黙って見ていることしかできない。私だって話したいのに。もうみんなの性格、趣味、交友関係、全部把握してるんだから。私だって毎日科学部にいて、みんなと一緒にいるのにさ。理不尽な仲間外れに思えてしょうがない。 そんな私を見かねて、石田さんが科学部に新しいフィギュアを持ち込んだ。なんでも、スーパーフィギュアとかいう、AI付きの動くフィギュアらしい。 部員たちは大いに興奮し、騒めいた。机の周りは部員たちに囲まれて、棚からは全く見えてこない。メールでは私の話し相手になってくれるって言っていたけど、AIなんて話し相手になるのかなあ。 「初めまして。ルナと申しますわ」 鈴の音のような可愛らしい声が響いた。喋った……。本当に。話し方は流暢で、抑揚にも違和感がない。まるで人間が話しているみたい。部員たちの質問にもハキハキと答え、受け答えも質問としっかり噛み合っている。すごい。正直、想像以上だった。見たいなあ。みんなどいてくれないかなぁ。 しばらくすると、ようやく視線が通った。真っ黒なゴシック調のドレスに身を包んだ金髪のお嬢様。そんな印象。まごうことなき美少女だった。 (す、すごい……綺麗……) 私なんかとは勝負にも……って、人形なんだから綺麗に作られてるのは当然でしょ。 ルナはただ話せるだけじゃなく、まるで生きた人間のように違和感のない、滑らかな動作を見せつけていた。歩くし、相手と目線合わせるし、表情もあるのか。 「すっげー」「もうこれ生きてるだろ」「生きたフィギュア最っ高~」 部員たちも当然、ルナを称賛する。……けど、その褒め方おかしくない? 私だって生きてるのに。っていうか、ルナは所詮ただの機械で、本当に生きているフィギュアは私なのに! 「とうとう、フィギュアが動く時代になったかー」 しまいには顧問の先生までやってきて、全員がルナに注目した。私や、他のフィギュアのことなんて、もう誰一人見ていない。 (……わ、私だって動けるんだからね! ホントは!) って、なんで私は人形相手に張り合ってるの。落ち着かなきゃ……。 しかし、ルナの一挙一動がみんなを感動させるたびに、私はイライラした。だって、ズルいじゃない。人形のルナはみんなの前で動いてよくて、どうして人間の私は動いちゃいけないわけ!? (んっ……んんっ……!) 久々に、私は全身に力を込めて動こうとあがいた。無論、全ては徒労に終わった。ホントはルナみたいに動けるのにっ……。お話だってできるのにっ……! (ねえ……ねえ! みんな! ちょっとー!) 私の叫び声は、誰一人として聞き届ける人がいなかった。 部がお開きになってから数分後。ようやく自由になれた私は、ぶりっ子ポーズを解いた。 「はぁ……」 思わずため息をつく。ルナは机の中央で、椅子に座って揺れている。私はそうっと棚から飛び、ルナの隣に降りた。 「えっと……その、こんばんは……」 恐る恐る声をかけてみた。ルナがゆっくりとこっちに振り向く。うわ、近くで見るとホントに綺麗……。睫毛長い……。美人だ……。髪の毛は私と構造が違い、一本一本独立していて、まるで本物みたいだった。一塊の樹脂みたいに表現されている私とは違う。 「こんばんは。あなたがクルミちゃんね?」 「えっ!? うん……。花咲クルミ、だけど……」 どういう風に接すればよいのか戸惑う。敬語……はおかしいか。私人間だし、先輩だし……。って先輩って、なんの先輩よ! 「香ちゃんから話は聞いているから。大丈夫よ」 「石田さんから?」 「ええ。微力ながら、私も協力してあげる」 「協力?」 「人間だって、絶対バレちゃいけないんでしょう?」 「いや、もう別にそれは……でも、うん……」 石田さん、まだ私に続けてほしいのかな……。でも、一体いつまで? 「そうだクルミちゃん。あなた飛べるのよね」 「うん……?」 その後私は、ルナを抱きかかえて部室の中を飛び回る羽目になった。ルナは子供みたいに喜んだ。まるで姪っ子あやしてるみたい。しかしこのAIはすごい。いつの間にか私、人間相手みたいに接してる。 ルナの会話能力は私の想像をずっと超えていた。話していると、彼女が人形だってことを忘れてしまうぐらい。それどころか、私は実は彼女は縮小病で縮んだ人間なんじゃないかと疑ってしまうほどだった。 冗談交じりにそう告げると、 「うふっ、見てみる?」 とルナは服を脱ぎ始めた。へーっ、一人で脱げるんだ……。 その肌は透き通るように白く、美しかった。繊細できめ細やかな肌。一色で塗装された樹脂製の私とは質感がまるで違う。っていやいやいや! 私樹脂製じゃないし! 乳首と股間のアレコレがないことを除けば、ルナは私よりはるかに人間らしかった。いいなあ。私だって、クリームがなければ……。いや、比較にならない汚さだったな……。小さくなってからスキンケアなんてできていなかったし。 ルナの肌は、人間と人形のいいとこどりだ。私にはそう見えた。 「クルミちゃんは……あっ、いけない。クルミちゃんはそのお洋服が脱げないんでしたわね」 「……っ」 私は真っ赤になった。思えば、その事を他人から面と向かって指摘されたのは初めてだ。腐りかけていた社会性と羞恥心が蘇り、私は恥ずかしくてルナと顔を合わせられなかった。いい年して魔法少女のコスプレして髪をピンクに染めてる私と比べりゃ、ルナのドレスの方が遥かに常識的だ。 「うふふ。私、好きよ。クルミちゃんのお格好。とぉっても可愛らしいわ。お人形さんみたい……」 「に、人形はあなたの方でしょうが……」 その日、私たちは二人並んで寝た。ルナは寝たというより充電だけど。ベッド型の充電器の上に転がっていればいいらしい。 「それじゃ、お休みなさい。明日からもよろしくね。クルミちゃん」 「うん。よろしくね……」 私が部屋の明かりを消し、タオルの上に寝っ転がった時。また胸がモヤモヤした。……ルナは専用のベッドで寝られるのに、私はタオル? 人間なのに? ルナは人形なのに。どうして私の方が扱い酷いんだろう……。おかしいよ。 私の羽は就寝の妨げにならないよう、工夫が施されている。元々縮小病患者用のものだし。 (そうだ。私には羽があるじゃない) ルナは飛べないが、私は飛べる。私はいつだって、好きなところへいけるんだ……。 でも、羽って普通の人間にはないし……。それがルナとの差別化ポイントでいいのかな。……っていうか、学習機能のせいで実際には自由じゃないし……。 言語化できない苛立ちも多かったけど、トータルではプラスが上回った。話し相手がいるっていうことが、こんなにも孤独を癒してくれるなんて。何より嬉しいのは、同じスケールだってこと。ルナは恐ろしい巨人じゃない。見上げなくても視線が合う。それはきっと素晴らしいことだと思う。 次の日の日中は、ルナのおかげで楽しいひと時になった。ずっと死んだ目でネットサーフィンしていた今までとは異なり、彼女と他愛のないお喋りをしたり、遊んであげたりして、時間が経つのが早かった。彼女を持って飛ぶのは結構きついんだけど、ルナの美人顔で甘えられると、ついつい言うことを聞いてあげちゃう。 着せ替えをした時は、ますます彼女の造形の完成度を思い知らされた。服が負けている。テカテカした樹脂製の「パーツ」は、ルナには不釣り合いだった。 誰かが置き忘れていった鏡の前に並んで立つと、私は劣等感を刺激された。彼女と並ぶと、私はいかにもな安っぽい、作り物の存在にしか見えなかったのだ。ピンク色の巨大なポニテ、大きなリボン、デフォルメされたデッカい瞳……。ルナもデフォルメはされているけど、私や美少女フィギュアほどじゃない。もっと本物の人間に近い。顔の肌だって、ルナは染みや血管、毛穴がないだけで、後は極めて人間っぽく作りこまれている。私はツルッツルで光沢もある始末。勝負にならなかった。 二人のどちらかが人形で、どちらかが縮んだ人間ですと問われれば、百人中百人が間違えてしまうに違いない。 (むう……なんでルナの方が人間っぽいのよ……) 六限が終わると、ルナが言った。 「あらクルミちゃん。そろそろですわね」 「あっ……そう、だね……」 鍵穴から音がした瞬間、私の体がビクッと震え、即座に棚へ飛びのいた。台座の上に立ち、笑顔でぶりっ子ポーズをとらされ、ドアが開いた瞬間、樹脂の塊に成り下がってしまった。 「ルナちゃん元気ー?」 石田さんの声……。 「ええ。ありがとう」 「ルナ元気ぃー?」 次々と入ってくる部員たちは、開口一番ルナに話しかけていく。まるで人間みたいな扱いだ。 私は棚の中で、他のフィギュアたちと並んで立っていることしかできない。誰も私に話しかけてこない……。 (な……なんで、ルナちゃんは動いていいのに、私は動いちゃダメなのよ!) 動いていい人形、みんなから人格を認められた人形であるルナ。彼女に救われたところも多いけど、彼女の存在のせいで、私の立場が一層惨めに感じられて仕方なかった。 ルナと目が合うと、朗らかにウィンクされた。まるで「誰にも言わないから大丈夫よ。安心して」とでも言いたげだ。 (……いいのよもう! 話しちゃってもっ!) どんなに筋肉に号令をかけても、うんともすんとも言わない。今の私は、ルナと比べれば間違いなく安っぽい魔法少女フィギュアでしかなかった。 (あぁん、もうっ!) それからの日々、自由な時間は、ずっとルナとお喋りするか、遊び相手を務めて過ごした。それはそれで悪くはなかった。けど、部活が始まって只のフィギュアにされてしまうたびに、以前より大きな無力感と屈辱に悩まされることになった。 (今からでも……私もスーパーフィギュアってことにして……動いてもいいんじゃないの?) ルナと談笑する石田さんを見ると、心が痛んだ。 (もーっ! 私とも話してよ……!) そういえば、最近石田さんと話してないな……。全然部活終了後に訪ねてこないし。ルナがいるからいいと思ってるのかな。 (そういえば、しばらくメールも出してないや……) ルナと石田さんは、その日部活が終わるまで、一度も私に目を向けなかった。 久々に石田さんにメールを出そうと思った私は、文面で悩んだ。正直言って、特に用件はない。 (……最近どう? とかでいいかしら……) だが、キーボードを踏もうとした瞬間、ルナに止められた。 「駄目よクルミちゃん。そんなことしたら」 「えっ、なんで? いいじゃない別に。石田さんだよ?」 「誰かがこのパソコンのメールの送信履歴を見たら、クルミちゃんが生きているってわかっちゃうのよ」 「いーわよ、バレても。ていうか、今まで見つかってなかったんだからどうせ見つかんないわよ」 「もう……聞き分けのない子ね」 カチンと来る。何様なの? 人形のくせに。 「あのねルナ、私は……」 「ねっ、お願い。メールはしないで」 「別に……うん。しないわ……って、あれ?」 何、今の? 口が勝手に……。私がしゃべっている間に、まるで誰かが割り込んだような……。 「そう。よかった」 ルナは満足そうに微笑み、椅子に座った。何だったんだろう、今の……。まあいいや。メールを……あれ? 不思議なことが起こった。いつもは飛びながら上下し、足でキーボードを踏むんだけど……。押せない。足を軽く乗っけるだけで、そこから下に踏み込めない。 (なんで……あれ……?) いつものように足に力を入れても、ダメだった。羽で体ごと押そうとしても、言うことを聞かなかった。 (え、え、なんで? 羽の故障?) 手で押そうとしても、何故かそっと触れることしかできない。文字が打てない。 (一体、どうしちゃったの……?) 「ね、ねえルナ! 私、なんか変なの!」 「あら? それは大変ね。ちょっとこっちに来てくれるかしら」 私はふわりと舞い上がり、パソコンを超えて机に降りた。……羽、いつも通り、ね……。 「大丈夫よ。どこもおかしくないわ」 「でも……。さっきメールを打とうとしたら……」 「メールは駄目っていったじゃない」 「いや、だからね」 私は嫌な予感がした。 「ル、ルナ……。ひょっとして、私に何かしたの?」 「? 何もしていないけれど……。クルミちゃん、疲れてるんじゃない?」 「そうかな……」 「ね、それより高い高いして。お願い」 「もう、しょうがないわね……」 私は彼女を抱きかかえて、部室を飛び回った。やれやれ……。 ルナが寝た後、こっそりメールを打とうとしたが、やっぱり駄目だった。メールを打とうとすると、その瞬間だけ、体が言うことをきかなくなってしまう。 (どういうこと……?) ひょっとして、学習機能が何か悪さを? でも、メール打つの邪魔されたのなんて、今回が初めてだし……。うーん、わかんない。何でだろう。 謎の現象は、それからちょっとずつ発生するようになった。棚のフィギュアたちを机に並べて、ルナがおままごとを始めようとした時だった。 「お願い。お人形になって」 「はあ? この子たちでやれば……うん、わかったわ……えっ」 私は笑顔でいつものぶりっ子ポーズをとって、そのまま固まってしまった。 (えっ、えっ、ちょっと、どうして!?) 勿論、私はパニックになった。これは間違いなく、いつものポーズ状態だ。部室には誰もいない。ルナ以外は。なのにどうして、私は固まって……。ルナが私も交えて人形遊びを始めた時、一つの仮説が浮かんだ。 (これは、きっと、やっぱり学習機能……。私が学習したのはひょっとして……「ルナのお願いをきく事」!?) そうだ。間違いない。思い返してみれば、体が変な挙動を示すようになったのは、全部ルナに「お願い」された時だった。 (嘘でしょ! 人形の言うことをきかないといけないなんて、絶対嫌よ!) 私は全力でルナのお願いに抗おうとしたものの、一旦ポーズ状態になった体は石のように固く、微動だにしない。私は凍り付いた笑顔で正義の魔法少女役を務めあげねばならなかった。 「ね、ねえルナちゃん、お願い! 石田さんとメールしてもいいでしょ?」 「だーめ」 「うー……」 一転して立場が逆転してしまった。私はルナに頼んで、メール解禁を何度も申し込んだものの、にべもなく断られてしまった。 (うう……ルナのお願いって、いつまで有効なの?) 私はルナに、自分がお願いをきくことを学習されつつあることを教えなかった。教えたら絶対、嬉々として乱用するだろう。そんな気がする。いや、言わなくても気づいているの? それとも気づいていないのかしら。ルナの美しい微笑みの真意は、私には読み取れなかった。 石田さんに相談しようにも、私は人がいると一ミリも動けないし、メールが出せないんじゃ連絡をとる方法がない。八方塞がりだった。とにかく、石田さんから訪ねてきてくれる日を待つしかない。 その間にも、学習はどんどん進んだ。私はルナのお願いをきかないで済むよう頑張ったけど、体が勝手に動いて、ルナの指示を実現しようとしてしまう。一瞬で終わる処理でなければ、体に力を込めることで動きを阻害することはできた。しかしすぐに息切れし、体力の尽きたはずの私の体が意気揚々とお願いを実現してしまう。すると成功体験がまた一つ積み重なって、学習の度合いがアップする。次からは抵抗にもっと力が必要になる。絶対に勝てない負のループ。 (ど、どうしよう……この際、言っちゃおうか。あなたのお願いをきくことを学習しちゃっているから、止めてって……) でも、それが藪蛇に終わったらどうしよう。その瞬間、私はルナの奴隷に成り下がってしまう。何でも言うことをきいてしまうんだから……。 今のところは「お願い」っていっても、遊びにつきあうぐらいで済んでいる。だったら、黙っている方がいいのかな……。でも、いつかきっとルナも察する日が来るよね……。いやもう実は気づいているのかも。知らないふりをしているだけで……。でもAIにそんな挙動ができるの? メールの禁止さえ除けば、そこまで変なお願いはされていない……。やっぱり、石田さんを待つべきだろうか。でも数えたら、もう一ヶ月も話していない。ひょっとして、もう来てくれなかったりして…… 向こうからすれば、毎日部活で私と「会ってる」もんね……。私が動けないだけで……。 ある日、雑談の中でルナが言った。 「ねえクルミちゃん。私ね、クルミちゃんのこととっても可愛いと思っているのよ」 「はあ……そりゃどうも……」 「あらあら……。それよそれ。せっかくそんな可愛らしい姿をしているのだから、もっと可愛らしく振舞えないのかしら」 「え? 可愛らしくって、言われても……」 話を続けると、ルナのいう可愛い振舞いというのは、アニメキャラのような振舞いのことらしいとわかった。部員たちと色々見ている間にハマったのかな。AIにハマるってあるの? 「いやいや。あれはね、お芝居だから。現実でやったら痛……」 「お願い」 (あっ、ダメッ! そのワードは!) 「うんっ、わかったわ、ルナちゃん!」 突然私は立ち上がり、両手で握りこぶしを作って、胸の前でグッと構えた。そしていつもよりかなり高い声がでた。 (ちょっ……今のは……) 「あはっ、いい感じよ、クルミちゃん」 「えへへっ、ありがと!」 (な、なにが「えへへ」よ!) えへへなんてリアルで言う人初めて見た。それが自分だという事実が恥ずかしいし、何よりも今、体が勝手に大袈裟なリアクションをとったこと、口が勝手に受け答えしたことに衝撃を受けた。 「待ってルナちゃん。今のはねっ、違うのっ!」 私はピョンピョン跳ねながら訴えた。 (ちょ、ちょっとやめてよ! いちいちオーバーよ!) もっと普通の口調で言ったつもりだったのに、実際に口から出た言葉は語尾を上げる媚びた抑揚で、まるで幼児みたいだった。 (な、何よいい年して……こんな……) 「やっぱりクルミちゃん、可愛いわ。よしよししてあげる」 (あ、あぁ、体が……勝手に……) 私の腰は独りでに曲がり、ルナに頭を差し出してしまった。ルナの手が私の頭をなでる。 (ちょ、ちょっと……人形になでなでされるなんて……) 止めてと言おうと思ったが、口から出たのは真逆の言葉だった。 「えへへっ……」 ま、また……。恥ずかしい。穴があったら入りたい。しかも表情まで勝手に動き、ニヤけた笑顔を作らされた。まるで本心からルナのよしよしを喜んでいるかのようだ。 「うふふっ、これからはずっとそうしていた方がいいわよ、クルミちゃん」 「うんっ!」 (い、嫌よ! 死んでもヤダ! 元に戻して!) しかし、私の抗議はルナに届くことはなく、この日を境に、私の自由は失われてしまった。 部室から出さえしなければ、日中の私の体は私のものだった。しかし、ルナに可愛く振舞うよう「お願い」された私は、一挙一動を適宜修正されるようになってしまったのだ。 まずは声。日に日に高くなっていき、気づけばアニメみたいなキンキン声になってしまった。元のボイスで喋ろうと努めても、勝手にアニメ声にされてしまう。喋り方も同様に、アニメっぽく……つまり、めちゃめちゃに媚びた幼児っぽい話し方に変わっていった。私はあくまで大人として、人間として普通に喋ろうとしても、口から出る際に全て修正されてしまう。たまりかねてルナに怒った時、 「もうっ、クルミ、プンプンだからねっ!」 ……と叫んでしまった時は、耳まで真っ赤になって、死にたくなってしまった。マジの怒りだと受け取ってもらえなかったし。そりゃそうだ。ていうか、プンプンて……。リアルでそんなこという女、初めてよ……。私が……。 そして、いつの間にか一人称も変えられてしまった。「私」と発音しているはずなのに「クルミ」にオート変換されてしまう。アラサーになって一人称が下の名前だなんて、痛すぎる……。これじゃ人前に出られない。いや出たら固まっちゃうから話す機会ないけど……。どんな顔して石田さんと話せばいいのよ……。ドン引きされないかしら……。 立ち振る舞いも常に「可愛く」なるよう矯正された。アニメ並みにオーバーなリアクションに媚びた動き。喜ぶ時なんて「わーい! やったー!」などとアニメ声で叫びながら、私は万歳して飛び回るのだ。 (やめてよー! 子供じゃないんだからー!) ルナと話す時も、両手で握りこぶしを作って顎にあて、上目遣いで話しかけてしまったり、両手を後ろで重ね、腰を振りながら「ルナちゃんっ、今日は何をして遊ぶのっ!?」と訊いてしまったり。全力で魔法少女ごっこをやらされた時は本当にキツかった。キンキンのアニメ声で、名乗りを上げながら決めポーズを再現したり、恥ずかしい名前の必殺技をポーズ付きでやらされたり……。しかもこの格好。傍から見れば、フルコスプレで魔法少女ごっこを全力で、ノリノリで楽しんでいるようにしか見えないはずだ。 (違うのー! 体が勝手に動いちゃうのー!) 誰に対する言い訳かわからない叫びを、私は毎回のように心中で張り上げた。 最大の失敗は、耐えかねた私が全部ぶちまけてしまおうとした時。部室のパソコンのネットを使って。メール以外なら制限されていない。寝ていた筈のルナが急に起き上がり、まるで娘の粗相を叱るかのような雰囲気で 「こらっクルミちゃん。そんなことしちゃダメでしょ。あなたは誰にも自分が人間だってバラしちゃだめなのよ。ね? お・願・い」 最後の付け足すような「お願い」を聞いた瞬間、全てが閉ざされた。 (嫌っ、そんな! ダメッ、お願い、それだけはやめて!) 「うんっ、わかった! クルミ、ぜえーったい、秘密にするね!」 (いやーっ!) 史上最悪のお願いだった。私はもう、どんな手段を用いても、自分が人間だと明かすことができなくなってしまったのだ。例え動くことができても、だ。 もし、私をルナの魔手から救い出してくれる希望があるとすれば石田さんだけど……。元々ルナと仲良しな上、私が動けない間に「私とクルミちゃんはとっても上手くやっているわ」と吹き込まれているらしく、私がルナの人形にされていることなど気がつきもしない。 たまーに部室を訪れて、私と話す機会があっても、「可愛らしい振舞い」を身につけた私は、本気の文句を伝えることができなかった。 「もうっ。ルナちゃんたら、クルミにお願いばっかりするのっ」 幼児みたいな話し方にアニメ声、そしてリスみたいにぷうっと頬を膨らませてこんなこと言われても、絶対に真剣な話だとは受け取ってもらえない。 「あーん、もう先生ったらかっわいいー」 石田さんまでも私を小さな幼児みたいに扱い始めてしまい、私は絶望するほかなかった。 (わ、私が本気でこんな幼児退行するって思ってるの? 思い出してよ! 私はあなたの先生で、アラサーなのよ! 人間なの!) しかし、鏡に映る自分の姿を見ると、その主張にどれほど説得力が欠けているかを思い知らされることになる。大きな羽、ピンクのポニーテール、魔法少女のコスプレ、デフォルメされた顔。そして26センチという身長。 これであんな風に甘えられてしまった日には、もう……。対等な人間、それも大人だなんてどうしても思えないに決まってる。頭ではわかっていても、本能的に愛すべき小動物に分類されてしまうんだろう……。 私がルナの玩具になって一年。夏休みも、クリスマスも、私は科学部の部室でルナの奴隷……いや、妹人形として過ごした。私は事あるごとに猫なで声でルナに甘え、ルナの遊びにつきあい、部活中は物言わぬフィギュアとなる。そんな地獄みたいな日々が続いた。 石田さんたちが卒業する日も、私は部室で固まっていた。ルナと科学部員たちが三年生の卒業を祝う中、私はいつものように棚の肥やしになっていた。 (石田さん……石田さん……) 私は一体どうなるんだろう。石田さんも、あの三人も卒業してしまう今、もう、ほんっとーに、ここでフィギュアになっている理由なんてない。 みんなが部室から出ていく。私を置いて……。ああ、待って石田さん。私を置いていかないで……。私、本当に駄目なのよ。ルナのせいで、自分じゃどうしようもなくなってしまったの……! 石田さんがルナを手に取り、肩に乗っけた。どうも、科学部の壮行会に、一緒に連れて行くらしい。 「まあ……私もよろしいの?」 「勿論。ルナも科学部の仲間だもんね!」 部員たちが同意した。日夜みんなと話し合い、交友を深めていたルナは、これ以上なく明確に人格を認められている。なのに、なのに私は……。 「よーっし、行くかー」 視界から人影が消えた。遠のいていく。ドアの向こうへ、部室の外に、みんなが出て行ってしまう……。 (待って! 私! 私も連れてって!) 願い空しく、ドアが閉まり、鍵がかけられた。喧噪が遠ざかっていく。そして、何も聞こえなくなった。 (あっ……あぁ……。そんな……) 数分後、私は体の硬化を解かれた。フラフラと机に降り、ルナのベッドの上に仰向けになって寝転んだ。 (私……どうなるんだろう) 石田さん……。まさか、私のこと、忘れたわけじゃないよね? ルナだって……。ルナが私について何か言ってくれるはず。そうすれば流石に、後で回収に来てくれるはず……。 (そうだよね? 石田さん) もし……もしこのまま置いていかれたら。私は誰にも自分が人間だと伝えることができない。ルナによって全て禁止されてしまった。石田さんにメールを出すことも。人がいると固まって動けない。部室の外に出ても、すぐにここに戻される。「自由」な間も、媚びた言動を強制されるから、仮に誰かが部室内を隠し撮りしても、スーパーフィギュアだと思われるか、フィギュアとして生きることを満喫していると解釈されるに違いない……。 (あ……) 涙がこぼれた。戻って……。戻ってきて石田さん。あなたが壮行会に出られるのだって、私が頑張ったからなんだよ……。 誰もいない部室の中央で、私は彼女が戻ってくるのを待ち続けた。

Comments

Anonymous

フィギュアと一緒に並べられたり、AIフィギュアは人間に壮行会に連れ出せてもらえるのに自分はフィギュアとして部屋において置かれるあたり、めっちゃ興奮しました!

Anonymous

先生がかわいそうです。彼女が家に帰るといいです。TAT

opq

感想ありがとうございます。モノと並列になるのはいいですよね。最後のシーンも気に入って頂けて嬉しいです。

opq

コメントありがとうございます。この後石田さんが回収に帰ってきたかもしれません。

Anonymous

今回の作品はとても素晴らしいです、今まで以上に進みました。すごいですね!

sengen

先生が体や人生を犠牲にしてまで石田さんを救ったのに、教え子にバカにされたりスーパーフィギュアの下位にされたり石田さんにも見捨てられちゃうのは可哀想でしたね。 いつもは人間だと気づいてもらうために奮闘しますが、今回はバレないようにフィギュアを演じているのでだんだんフィギュアになっていく変化に戸惑いながらも助けられる場面もあって新たな見方だなと思いました。 誰もいないときには妖精として動けたりする分、部室内に飾られる小さなフィギュアであることを余計に認識させられるのもとてもいいですね。完全に動けないよりもむしろ元の体とのギャップや体の制約に悩まされる様子が色々と末永く見れるので面白いと思います。

opq

いつも熱心にありがとうございます。今作も楽しめていただけたようで何よりです。

Gator

信じていた生徒にまで裏切られたが、こともあろうに嫉妬されて押し出された相手がフィギュア! このような興味深い状況の進行と立体的に変わっていく主人公の感情のおかげで、読めば読むほど夢中になってしまいました。 次の編を早く読みたい気持ちと残っている小説が減っていくという悲しい気持ちが交差しています。ㅠㅅㅠ (Translated)

opq

感想ありがとうございます。書いた甲斐があります。