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「へー、かわいいですねー」 机上でピョンピョン跳ねるチアガールのお人形に、私も皆も暖かい視線を送った。 「お仕事、頑張ってくださいねっ!」 両手に握ったポンポンを掲げ、可愛らしいアニメ声で喋る生きたフィギュア。チアドールというらしい。モチベ向上という理由で今日から全員のデスクに一体ずつ配られた。 華っていうのはこういうのを言うのだろうか。何となく部署の雰囲気が明るく、和やかになった。ほんのちょっとしたことにも 「すごーい!」「えらいです!」 などと可愛い上目遣いで褒めてくれるのはかなりこそばゆかったものの、数日もすると慣れてきた。30センチの美少女フィギュアに褒められたり応援されたりなんて普通恥ずかしくって耐えられなくなりそうだけど、私一人じゃなく全員のデスクに立っているのがよかった。赤信号も皆で渡れば怖くない。そういうもんだと割り切って受け入れることができた。 鬱陶しくなれば喋る頻度を下げることも、そもそも動作を停止させることもできるしね。 彼女たちが立っている白い台座。そこに簡単な操作パネルがあり、停止させたり「応援度」を調節したりする機能もついている。同時に充電台にもなっていて、基本放置のままでも彼女たちは動き続ける。面倒をみる必要はないので、仕事の邪魔になることもない。 名前をつけて可愛がる人もいて、チアドール導入は概ね好意的に受け入れられる結果になった。まあ、特に部署の成果が上がったというわけでもないけど。 「じゃあね」 上がる際、私は自分のチアドールに声をかけた。彼女に名前をつけたりはしなかったものの、何となく人格を持つ存在のように接するようになってきている。見た目はアニメのフィギュアでも、人の姿をして喋るのだから自然といえば自然だろう。 「はいっ! 明日も頑張ってください!」 チアドールは笑顔でそう答え、両手をフリフリして私を見送ってくれた。そういえば誰もいない時ってこの子たちどうしてるんだろう。まあどうでもいいか。電源を落としてから帰る人もいるけど、それだと見送りや出社時の歓迎をしてくれないので、しない人の方が多い。 私もいつの間にかあの子に絆されてるなあ、と内心苦笑しながら、私は会社を後にした。例え人形といえども頑張りを認め褒めてくれる存在がいるというのは良いものだ。 そうして仕事のストレスが幾分か緩和されてやる気が満ち始めた矢先。スーツの裾から手が出ない。何だかサイズがおかしい。ぶかぶかだ。最初は気のせいだろうと自分に言い聞かせて無視した。痩せたかなんかだと。しかし仕立て直してもまたサイズが合わなくなっていく。袖から指しか出ないし、パンツはずり落ちる。今までは普通に届いた高さに手が届かない。とうとう同僚からも「なんか背低くなってない?」ととどめの一撃をもらい、泣く泣く私は病院に向かった。案の定、恐れていた事態は現実として確定した。縮小病。女性だけが罹ると言われる、体が縮む奇病。有効な治療法も止める手立てもない。ただ縮小が止まるのを待つだけだった。 大抵の人はほんのちょっとで済むらしいけど、私は重症だった。見る見るうちに身長は一メートルを割り、子供より小さくなってしまった。入院中見舞いに来てくれた人たちがちっちゃくて可愛いなどと言うたび、腹が立ってしょうがなかった。もうまともに流行りの服も着れないし日常生活にも支障でるのに。 何の治療もできないのに、ただただ入院費用だけを取られ続け、おまけに体はますます縮んでいく。あまりにも理不尽な運命に私は荒れたが、どうしようもなかった。最終的に下げ止まった時には、何と私の身長は30センチにまで縮んでしまっていたのだ。まるでお人形。一人でベッドに戻ることすら困難。もう二度と、私はまともに人並みの暮らしを自力で過ごすことはできない体になってしまったのだ。怪我や病気でわかりやすく体がダメになったわけではなく、身体自体はいたって健康な分、余計に受け入れることができなかった。なんで? どうして私がこんな目に? なんで……いつの間に巨人の世界に放り込まれてしまったの? 周りの人たちが全員巨人に見える。同じ人間……同族の存在だとは思えなかった。囲まれて見下ろされると恐怖で身がすくむ。本能的に、自分を脅かす存在だと認識してしまう。自分が人間ではなくなってしまったようで、自らの恐怖心が恐ろしかった。 退院後、久しぶりの自宅は自宅とも思えなかった。同僚が定期的に風を通してくれていたので、別に汚れているわけではない。ただただ大きい。全てが。広く長い廊下、私には到底届かない位置にあるドアノブ、引き出し、照明のスイッチ……。よく似た異世界に飛ばされたかのような奇妙な違和感に満ちた空間に変貌を遂げていた。 (私……これから、どうし……て……) ここにある全てが、もはや私を想定したものではない。病院で支給された簡素な白いワンピース一着を除いて。 当然、こんな体じゃまともに働けないので仕事は首……かと思いきや、同僚の青葉さんが取り持ってくれたおかげで、復帰できることになった。でも一人で出歩けないどころかマウスもキーボードも満足に使えないのに何すりゃいいんだろう……。 そんな私に与えられた新たな仕事。それは新入社員のメンターだった。 課長曰く、今年は新入社員の離職率を抑えようという目標が設定されたらしく、「ウチの部署から第一号は絶対出すわけにいかない」らしい。 この体じゃ話し相手くらいにしかなれなさそうだけど……いいのかな。いいか。働かせてもらえるっていうんだから、なんでも。 「花咲さん可愛いー」「チアドールみたーい」「ちっちゃーい」 「あはは。……よろしくお願いします」 復帰初日は案の定、見世物状態だった。かつて同じ種族だったはずの同僚たちが巨人となって私を取り囲む。見知った顔が巨大化して私を見下ろしてくるのは、覚悟していてもやはりショックだった。ああ……ホントに縮んじゃったんだ、私。もう……普通じゃないんだ。 「ファイトです!」 隣で可愛いフィギュアが明るい声で励まし、踊りだす。覚悟というか予想していなかったショックもあった。コレだ。彼女……私のチアドール。自分のサイズが彼女らチアドールとほぼ同じになってしまっていたことに、私は出社して初めて気づいた。チアドールのことなんて頭から消え失せていた。人間よりも人形に近くなっていることがまずショックだったし、単なるお人形である彼女たちの方が私より遥かに綺麗な顔と肌で、元気そうで、そしてちゃんとした作りの服を着ていることに動揺した。なんで……人間である私にはまともな下着もないのに、彼女たちはピッタリの下着は勿論、可愛らしいアクセサリーやチア衣装まで身に着けているのか。おかしいよ。 そして、心底可愛い姿と笑顔で愛想を振りまく彼女の姿に、私は劣等感を刺激された。自分がチアドールなんかにそんな気持ちを抱くこと自体にビックリ。でも、今や私と同じ目線を持つ人型の存在は人間ではなく彼女の方だ……。染みも皺もない肌色一色の艶々した肌、デフォルメされたアニメ顔、抜群のプロポーションを持つ彼女。私は……もはやまともに美容なんか考えられない生活で荒れた肌と、ほぼノーメイクのみっともない顔でここにいるのに……。 「大畑です、よろしくー」 ちょっと太った若い新卒の男性が、ズシンと椅子に座りながら挨拶した。軽く自己紹介を交わした後、 「よろしくねーっ!」 私のものだったチアドールが元気よく挨拶した。彼はそっちには私にした時よりもにこやかな笑顔で挨拶を返す。私はムッとして彼に最初の注意を与えた。全く……何で先輩社員より人形に愛想よくするわけ? 最近の若い子はホントにもう……。 大畑くんとは割とすぐに仲良くなった。学校の友達みたいな砕けた態度なのが気にかかるが、他の人たちにはちゃんと接しているので取り立てて注意はしなかった。内心腹は立つけど、この子が辞めないようにするのが仕事だし……。それに、自分の六倍ほどある巨人に対し、本気の注意をする勇気が中々湧いてこなかった。本能的な格の判定は向こうも同じらしく、指で撫でてきたり(セクハラ……)、親戚の子供相手みたいな態度で接してきたり、何だか私の方が「相手してもらってる」ような空気で、プライドが傷ついた。はぁ……なんで新入社員の子に子供扱いされなきゃならないんだろ。小さいってだけで……。でも自分がちゃんと人間サイズだったころ、チアドールに対して対等に接したことなんかなかったな。いや私人間だけど。 かつては私の、今は大畑くんのものになっているチアドールは、落ち込む私とは対照的にいつも元気溌剌、クネクネ可愛く動きながら大畑くんを励まし褒めて、可愛がられていた。私より無遠慮にグリグリ撫でられたりつつかれたりしているのを眺めていると、一応私には配慮してくれているのだとわかる。わかるけど……私は彼女に嫉妬していることをいつまでも無視し続けることができなかった。あんな風に遠慮なく可愛がられたことはない。いや別にして欲しい……わけじゃないけど、私より人形の方が大事にされているような雰囲気が悔しかった。でもしょうがない。だってあんなに可愛いんだもん。ノーメイクの小人おばさんより生きた美少女フィギュアの方がいいに決まってる。笑顔は可愛いし、チア衣装で派手に動くし。 そして、メンターとしてもチアドール一体あればそれでいいんじゃないか、彼女の方が大畑くんを癒やしているんじゃないかと、落ち込むようになった。私いらなくない? まあ、元々無理に作ってもらったような仕事ではあるけどさ……。 ある日、大畑くんはトイレから戻ってきた私に言った。 「大変そうですねー」 「もう、ホンっと大変」 それが切欠となり、堰を切ったように私は暮らしの苦労話愚痴話を始めてしまった。止まらない。これじゃ私が大畑くんに……メンターやってもらっているみたいだ。でも堪えきれなかった。日ごろ普通の生活を送るだけでどれだけ苦労しているか、いや普通の生活を送れていないかを、誰かに知ってほしかった。理解してもらいたかった。社内介護役になっている青葉さんへの負担も馬鹿にならない。そんな彼女には絶対言えないような愚痴を、私は大畑くんにまくしたてた。 「あはは……」 若干引き気味の笑顔に、私は胸が痛んだ。あーあ……なにやってるんだろ私。もう辞めちゃおうっかな……。ひどい自己嫌悪に陥り、私こそメンターが必要じゃんと内心苦笑した。 翌日。大畑くんが、私の生活を楽にできるかもしれない方法を教えてくれた。私のために調べてくれたんだろうか。それはフィギュアクリームというものを全身に塗れば、トイレやお風呂が不要になるらしいという噂。そんなことある? 青葉さんに相談すると、もっと詳しく調べてくれた。元々はフィギュアの修復とか汚れの防止に使う商品で、それをフィギュアに塗っておくと壊れた箇所を再生してくれたり、艶々にしたり、手垢や油などの汚れを分解してくれたりするらしい。私レベルまで縮んだ人間だと、排泄や汗の汚れを分解しきってしまえるんだとか。実際、塗って生活してる人もいるみたい。私と同じぐらい縮んだ人の動画があったけど、それは人間とは思えなかった。チアドールじゃないの? 樹脂みたいな肌と、デフォルメの効いたアニメチックな顔はどう見ても人間のものじゃない。 「えーでも楽しそう。試してみません?」 日頃から負担をかけてる青葉さんに言われたら断るわけにはいかない。 「そうですね、試すだけなら……」 私はこのクリームを体に塗ってみることに決めた。 お湯に溶かした肌色のクリームは、まるで人間を溶かしたかのようで少し気持ち悪かった。青葉さんに持ち上げてもらい、中に浸かると滑らかでかつ粘り気のあるクリームが、まるでまとわりつくかのように私の足に張り付きだした。フィギュアの色や形状を検知して修復する機能があるんだっけ。「修復」された自分の姿を想像して少しゾッとした。人間だから大丈夫だろうけど。 底に足がついたのでゆっくりと座る。クリームの湯に浸かった箇所から飲み込まれてゆく。まるで意志を持っているかのように、私の肌にピッタリ沿うようにしみ込んでくる不思議な感覚。息を吸い込み、顔も中に沈めた。さっきより敏感に、まるでパックでもしているみたいに私の顔面を覆いつくしていく。ただお湯に浸かっているのとはハッキリ違う。これは……このクリームは、私の身体を包み込もうとしている。 やがて髪まで全てがクリームの中に沈み、私が顔を上げると、全身がテカテカした肌色のクリームに覆われた滑稽な物体になっていた。 青葉さんが私を洗面器から取り出し、タオルの上に置いた。 「しばらくしたらちゃんとなるらしいですよ」 その言葉通り、クリームは私の身体の形状を正確に把握し、薄いコーティングのような状態に変わっていく。数分もすると余計なクリームはタオルの上にボトボト落ちていき、最後には私の肌をクリームで塗りつぶしたかのような、樹脂製のフィギュア人間がそこにいた。鏡に映る姿は、塗装前のフィギュアみたいだった。足先から髪の先まで全身肌色一色。さらに数分すると、徐々に髪が黒く変色していく。元の色……じゃない。まるでフィギュアの塗装みたいな艶のある黒色。質感は樹脂みたい。しかも、一本一本髪の毛がわかれていない。まるで彫刻のように一塊となった「髪型パーツ」のような形状になっている。でも、指で触ってみるとサラリと毛が別れる。不思議だった。どうなってるんだろう? 顔も段々のっぺらぼうじゃなくなってきた。が、そこにあったのは元の私の顔じゃない。アニメみたいにデフォルメされた、可愛い顔だった。 「えっ……」 思わず声が出た。そして、それに合わせて鏡の中のフィギュアの顔も動いた。てことはやっぱり、夢でもなんでもない。このフィギュアは……アニメの女の子は……「私」!? 「おおーっ、すごい、可愛くなりましたねー」 青葉さんは楽しそうに私の樹脂みたいな髪を撫でた。クリームで完全に覆われたはずの髪に、ちゃんと感覚がある。鈍くもない。ホント変なの……。 変化はそこで止まった。それ以上はなかった。つまり……失われた私の乳首と股間のモノは、戻ってくることがなかった。すっかりクリームに覆いつくされ、埋められた私の股間はマネキンかCGモデルのようにツルツルで、何もない平坦な曲面が広がるだけだった。こ、これ……トイレとかどうするの? 本当に行かなくても大丈夫なの? 結論から言うと、大丈夫だった。あれから何時間経っても尿意も便意も催さず、感覚すらなかった。クリームのナノマシンによる分解速度が本当に間に合っているらしい。驚くと同時にちょっと怖くもある。それだけ私がありえないくらい小さくなっているってことでもあるし……。 お風呂に入らないのは感覚的に気持ち悪かったし、それで出社するのは勇気が要った。でも、嫌な臭い一つしないし、かゆくもならない。私の身体は、作り物のお人形のように綺麗なままだった。そう、まるでチアドールのように。 「どうしたのそれ?」「可愛くなりましたねー」「チアドールじゃん!」 出社すると、また見世物になった。そりゃそうだ。いきなりフィギュアみたいな見た目に変身してたら、そりゃあね。 異常な若作りしてるみたいでいたたまれない恥ずかしさがあったものの、私は内心嬉しくも感じた。自分で言うのもなんだけど、今の自分は……可愛い。生きた人間の女性としての可愛さではなくもはやお人形としての可愛さではあるけれど、今の私なら隣で足上げてパンツ見せてるチアドールにも……負けてない、気がする。 「いやー、綺麗になりましたねー」 そう言って大畑くんが指で頭を撫でてくれた瞬間、私はチアドールに向かってちょっと笑みを浮かべてしまった。もう負けない。負けてない。大畑くんはお世辞じゃなく本当に私を……あなたと同じぐらい可愛いと思ってくれたはず。 「頑張れー、ファイトーっ」 まあ、彼女は何もわからないままポンポン振り回して応援の言葉を発するだけだけど。 美少女フィギュアみたいな見た目。もう私はすっぴんの病人じゃない。そうなると欲が出る。ずっと抑えつけられていた欲求。お洒落したい。ちゃんとした服が着たい。なまじ見た目が同じになったぶん、余計に私はチアドールを意識するようになった。白いラインが入ったピンクのチア衣装と、サイズの合った下着。可愛らしい衣装で踊る彼女と、適当な作りの白ワンピ一枚の私。同じ土俵に上がってしまったことで、尚更自分が惨めに思えるようになってきた。なんで人形が可愛い服着て人間の私は着られないわけ? しかしこればっかりは……自分で何とかするしかないのかな。特別に作ってもらうのってお金かかるよね。今は給料安いし、うーん……。 私の変身が注意を引かなくなったころ、チアドールが壊れた。意外とすぐ壊れる……いや二年なら持った方なのかな。かつては私を励まし、今は同じ目線をもって同じ机上に立っていた「同僚」の動かなくなった姿に哀れみと感謝を覚えながら、私は大畑くんが彼女を持っていくのを見送った。 その後戻ってきた大畑くんが、私の前に見覚えのあるピンク色のチア衣装と黄色いポンポン、純白の下着、ピンク色の靴を置いた。それは全て、人形サイズの……今の私にピッタリ合いそうなものだった。これはもしかして……。 大畑くんは、捨てる時にあのチアドールから衣装類を脱がせてきたのだと言った。なんか勿体ないし、サイズ合ってそうだから私に着てみたら……と。 「え……ええ~?」 無茶言わないでよ、そんなの着れるわけないでしょ……という空気を醸しつつ、私は内心ドキドキしていた。社内でこんな格好……それもこの歳で着るなんて正気じゃないけど、でも……あのチアドールの可愛い姿を思い出してしまう。そして、鏡に映った私の姿を。産毛もなく血管も見えない、美少女フィギュア化した今の私ならこの格好しても許される……かも? それにこれはそう、私の意志で着るんじゃなくて、大畑くんが着ろって言ってるから着てあげる……だけ。 あくまでちょっとした余興でありおふざけ。そういう体裁のもと、私は……人形のおさがりに袖を通した。あの子のおさがりというのはちょっと気に入らないけど、まあ……。 下着はかつてないほど今の私にフィットした。気持ちいい肌触りと履き心地。人間様を差し置いて人形がこんないいもの履いてたなんて間違ってる。でもその間違いは……今日、ようやく正された。 さらにピンク色のミニスカチア衣装を着て両手にポンポンを持つと、私はいい歳して社内でチアガールのコスプレをしている痛い女に変身完了してしまった。でも……。 「おお、ピッタリですね~」 大畑くんは私を褒めた。可愛いと。やがて他の人たちも集まってきて、私は再び針の筵だったが、どこか得意気な自分がいたことは隠せない。久しぶりに着る病衣じゃない服。それがたとえまっピンクのミニスカチア衣装だったとしても、ちゃんとした作りの服ってだけで私はテンションが上がった。それに、元の顔と肌でこんな格好してたら大惨事だったけど、今の私ならチアドールにも引けを取らない……はずだし。 チアガールのコスプレはそれっきりの一発ネタで、流石に会社で続ける気なんて全くなかったけれど、上司命令……いや命令ってほどではないけど、勧めで続けるよう言われてしまった。壊れたチアドールの代わりをわざわざ買うのもなんだから、大畑くんの分は花咲さんが代役したらどうか、と笑いながら。 (え……えええっ!?) いや、それは……さすがにちょっと……恥ずか死ぬ。んだけど……。しかし周囲は乗り気だった。「おお、いいんじゃないですか」「似合う~」「よかったね」なにもよくない。 しかし、実際に社内でピンクのチア衣装を着たまま巨人たちに囲まれた私には、いろんな意味で反論できる勇気が出なかった。そのまま流れで消極的賛成ということなり、私は……チアドール代役を……社内でチアガールのコスプレをして過ごすことを……新しい仕事にされてしまったのだった。 (う……うそぉ~) しかし今更引き返せない。うぅ……調子に乗るんじゃなかった。生き恥だ……。 まあ、チア衣装は着てても普段通りにしてればいいし。そう思ったのも束の間、翌朝に大畑くんに挨拶すると、 「あれ? もっとチアドールっぽく言ってくださいよ」 とニヤニヤしながら返された。 「……はぁ?」 そ、そんなことするわけないでしょ。ふざけないでよ。 「でも花咲さん、今日から僕のチアドールなんですよね? それがお仕事なんですよねー?」 「……っ」 指で頭をクリクリしながら彼は私をからかった。反論したかったけど、この格好のせいで言葉に説得力を持たせられない。何しろ社内でピンクのミニスカチア衣装でいることは事実……。これで「チアドールごっこなんかしません」と強がってみせてもあまりに説得力がない。それに私をジッと睨みつける巨人の顔も、私を委縮させ従えてくる強い力を発していた。 (う……ぅ~) 観念して私は、チアドールの真似っこを決行した。 「おはよう……っ」 ポンポンを掲げて、赤くなりながら語尾を上げてそう言った。 「ん~? すみません、聞こえませんでした、もう一回」 「……おはようっ! 今日も頑張ってねっ!」 やけくそ気味に両手を掲げ、真っ赤になりながら私は叫んだ。ぐうぅ……やだあ。恥ずかしすぎて死ねる……消えてしまいたい。 その後も事あるごとに大畑くんは私に対し、チアドールっぽく褒めたり応援したりするよう言って私をからかった。一度屈してしまった手前突っぱねることができず、私は羞恥心に悶えながら、か細い声で応えた。 「ふぁ……ふぁいとーっ」 「ん~?」 「ファイトですーっ!」 他の同僚もからかってくるし動画撮ろうとしてくるし、本当に最悪だった。末代までの恥。末代だけど。なんで会社でこんなことを……こんな服着るんじゃなかったよ……。 私は恥を忍んで、毎日頭の悪そうな喋り方での応援やねぎらいを大畑くんに送り続けた。しかし要求は日に日にエスカレートし、ちゃんとチアドールっぽく動きもつけるよう注意された。 「それって……どういう……」 「ほら、あれ」 隣のデスクのチアドール。目いっぱい足を上げて、満面の笑みで踊りながら応援している。あれを……私にしろっていうの? 社内で? ぶりっ子みたいな喋りで応援セリフ言うだけで限界なのに、あんなの無理……下着見えちゃうし……。しかし大畑くんのキラキラした大きな瞳と、チアドールの格好している今の自分の姿に推し負け、私は応じてしまった。 「ふ……ふれー、ふれー、オ・オ・ハ・タ……」 両手に握ったポンポンを掲げ、脚を……上げて白い下着を見せつけながら、真っ赤になって俯きながら。 「やればできるじゃないですか!」 大畑くんは嬉しそうにそういうと、私から視線を外しパソコンに向き合った。うう……なんでこんなことさせるの……まるで玩具だ。弄ばれてる……。 「まっ、今はこんなもんかな」 振り向いた大畑くんがそういうと、私はピキっときた。も、もう絶対にいやっ、これ以上はやらない! 本家に比べれば小ぶりで照れの抜けない縮こまった動きでぶりっ子っぽく大畑くんを励ます仕事。永久に慣れることも照れがなくなることもないまま、そんな恥ずかしい日々を送っていた中、青葉さんが別の部署に異動することになった。 「今までありがとう……本当に」 フィギュアクリームを塗るまでは毎日トイレまで運んでくれていた青葉さん。家と会社の行き来も彼女にやってもらっていた。本当にお世話になった。感謝してもしきれない。私は青葉さんに重ねてお礼を言った。そして青葉さんが部署から去った日の夜。事件は起こった。 「じゃ、お疲れ様でーす」 「じゃあねーっ」 ポンポンを振って大畑くんをぶりっ子っぽく見送った後、私はボーっと皆が社内から消えていくのを眺めていた。そしてとうとう最後の一人が帰っていった時、ふと気づいた。あれ? 私は……。 (あっ、そうだ、青葉さんもういないんだ!) 今までは彼女に送り迎えしてもらっていたから、すっかり受け身で待っているのが癖になっていたみたい。ど、どうしよう……。まさかこの体で帰れないし。危険すぎる。いやタクシー呼べば……待って。 私は自分の短すぎるスカートを見下ろした。この格好は……は、恥ずかしすぎる、こんな格好で外に出たくない。 部屋の電気が落ちた。暗く静まり返った社内に取り残された私は慌てた。どどどうしよう。まさかこのまま社内で一夜を過ごすほかないの? うう……こんなことになるなんて。青葉さんに任せっきりだったから何も考えてなかった。どうしよう。 とにかく誰かに連絡を……。パソコンの電源どこだっけ。薄暗い中でウロウロしていると、懐かしいものに足が触れた。小物の中に溶け込んでいたそれは、チアドール用の白い台座。そういえばこんなものもあったなあ。壊れてから使ってなかった。 電源がちょうどその上にあったのに気づき、私は何の気なしにヒョイッと台座に上ってしまった。その瞬間、全身にビリっとした痺れが走り、体が動かなくなった。 (……っ!?) クルリと反転して筐体から机上の方に向き直り、両脚を閉じて背筋を伸ばす。これは私の意志じゃなく、体が独りでに動いてこうなった。 (なっ……なに!? どうなってるの!?) もうパニックだった。突然体が動かなくなり、気をつけの姿勢で固まってしまったのだから。しかも今、私の意志とは関係なく体が動いた。気のせいじゃない……。私じゃない何かの意志で、私の身体が。こ……こんなのありえない。 (んんーっ) 必死に動こうとしたものの、体は全く動かない。姿勢を維持したまま僅かに揺れるのが精一杯。 (ちょっとどうなって……何なのぉ!?) 時間ばかりが過ぎていく。助けてくれる人は誰もいない。焦燥感ばかりが募る。一体なに? 病気……いや、この台座が……原因? でもどうして……。これはチアドール用の、AIドール用の台座だ。た……確かに今の私はチアドールの真似事してる。けどだからといって、人間であるはずの私にこの台座がこんな力を発揮することなんて考えられない。 (誰かぁ……助けてぇ) 声も出ない。次第に真っ暗になっていく社内で一人、私は謎の力でマネキンのように突っ立ったまま全ての自由を奪われ、静かに夜明けを待っているしかなかった。 「おはようございます」「おはよう」「返事きた?」 目を覚ますと、話し声が聞こえてくる。眩しい……。どうやらいつの間にか寝ていたみたい。えっと私は……そ、そうだ、昨日は確か……台座にのぼったら金縛りにあって……それで……! (誰かっ! 助けてください! 体が動かないんです!) ダメだ。まだ金縛りは解けてない。ううう……。誰も私がカチンコチンに固まっていることに気づかない。薄情な……。 「おはようございまーす」 (き、来た!) この声は大畑くん。良かった。これで助かる。彼が席に座ろうとしたその時。突然体が動いて台座から飛び降りた。 (!?) これは私の意志じゃなかった。身体が勝手に動いて降りた。しかも、それはまだ続いている。私の顔は入社この方したこともないような満面の笑顔を浮かべ、手はポンポンを強く握り、脚はジャンプして口は叫んだ。 「今日もがんばれーっ! ファ・イ・ト!」 (……はあっ!?) 何、いまの!? こんな……全力でチアドールの真似事を……真似……じゃない、コレは……! 「ぷっ」 大畑くんはちょっと笑った後、おはようと挨拶した。私は全てを理解した。まずいことになってる……みたい……。 (大畑くん、今のは違うの! 私の意志じゃなくって……体がっ!) 声が出ない。私はニコニコと笑いながら、わざとらしく体を揺らしながら上目遣いで彼を見上げたまま、体の自由は取り戻せない。まるで本物のチアドールみたいな媚び媚びの芝居がかった所作を続けさせられている。間違いない。あの台座……私にチアドールのAIか何か、インストールしたに違いない! 「頑張れ頑張れオ・オ・ハ・タ!」(たっ助けて! 私、今チアドールの動きを勝手にさせられ……ああもうっ!) 昨日までの私なら絶対しないというかできないような、全力の踊り。下着がモロ見えになることなどお構いなしに手足を全力で伸ばし、チアの動きをしながら大畑くんを応援している。……それもすごいぶりっ子ぽい喋りに、キンキンのアニメ声で。 (やめてーっ、誤解されるーっ!) 「ぷぷっ、今日気合入ってるねえ」 「はーいっ!」 元気よく私は笑顔で答えた。あああやっぱり! 「私」だと勘違いされてるう! ち、違う違うの! これは……「私」じゃないのっ! しかし体の自由を奪われ、チアドールAIに支配された私の身体は、困惑や羞恥などおくびにも出さない可愛らしい笑顔で、チアドールそのものの声援を送ることしかできなかった。 「偉いぞ偉いぞオ・オ・ハ・タ!」(やっやめてぇ!) これじゃ私がノリノリだと思われるーっ、お願いだからやめてぇーっ、ていうか……気づきなさいよーっ! 笑顔で腰をフリフリしながら私は彼に怒りの呪詛を送った。しかし彼が気づかないのも仕方がない。私自身、自分に人形用のAIがインストールされただなんて信じきれないんだから……。 (どうして……私は人間なのにっ!) ぶりっ子仕草で彼を褒め称える拷問を受けながら、私は必死に考えた。こんな馬鹿げたことを一体何が誰が可能にしたのか。ありえる可能性はたった一つ……。この全身に塗りこめられたフィギュアクリームだけだ。これには確かナノマシンが入っていて、それが様々な機能を実現していたはず。もしかするとそのナノマシンに……チアドールのAIが!? (ダメっ、負けちゃ……こんな……クリーム……) 身体に塗っただけのものに、ここまで体を好き勝手されるだなんて信じられない。けど……現実にそうなっているのだから、どうしようもない。 私は必死に自分で己の手足を動かそうと努めたけれど、クリームの力に全く抵抗することができず、全力でチアドールを演じ続けることしかできなかった。 「お疲れ様でーす」 夜。皆が帰っていく。結局大畑くん始め誰一人として、私が私でなくなっていることに気づかなかった。やばい。このままじゃ、本当に私チアドールになっちゃう。チアドールとして以外の振る舞いが一切許されないので、助けを求めることができない。 「お休みなさーいっ、明日も頑張ってー!」(待ってぇ! 私を置いてかないで!) 両手でポンポンを掲げ、片足を上げながら笑顔で大畑くんを見送った。身体がそれしか許さない。次々人が帰っていくが、誰も私のことを気に留めない。私が昨日帰らなかったことすら、未だに誰も気づいていない。 (ど……どうして) 答えは明白だった。私のお世話は青葉さんが全部やってくれていたからだ。青葉さんに任せっきりだったから、部内の誰もこういう時私に注意することがなかったからだ。 (あ……青葉さぁん、助けてぇ……) 独りでに台座に登り、気をつけ姿勢をとって硬直しながら、私は心の中で助けを求めた。しかし、真っ暗になった社内にそのSOSを受け止めてくれる人はいなかった。 それからというもの、私は私の身体の幽閉されたまま、一切外に出ることができないまま、ノリノリでチアドールを演じるコスプレ女として恥辱の日々を過ごした。一瞬たりとも体を明け渡してくれる機会がないまま。人知れずチアドールにされてしまった屈辱もさることながら、大畑くん始め全員が恐らく、私が自分の意志でこうしていると誤解しているであろうことが何より悔しかった。違う違うっ、私はそんな痛いコスプレ女じゃないですっ、体が勝手に動くんですーっ! 「頑張れ頑張れーっ」 腰をフリフリ、ポンポンを躍らせ、短いスカートの中を全開にする日々。逃げ出すことも目を背けることもできない。チアドールとしての返答しかしなくなったからか、大畑くんも次第に私に中身のある会話を振ることを止め、完全にお人形扱いされるようになってしまった。 「フレーッ、フレーッ、オ・オ・ハ・タ!」(す、少しはおかしいと思いなさいっ!) こんな惨めな拷問生活がいつまで続くのだろう……ま、まさか一生じゃないよね……。先の見えない不安に押しつぶされそうになっていたころ、部署の統廃合が行われることを耳にした。 (た……助かる、かも……?) 一応、私は人間だ。社員だ。流石に誰かがおかしいと気づいてくれるかも。しかしその淡い期待はあっさり打ち砕かれた。異動と整理が社内を吹き荒れる中、チアドールは一旦全て回収という運びになり、私は他のチアドールたちと一緒にダンボール箱に仕舞いこまれてしまったのだ。 (ちょっとー! やめなさい! 私は人間よ! 花咲クルミ! 社員なの! チアドールなんかじゃないわ!) しかし回収を行ったのが別の部署の全く知らない人であったせいで、私はあっさりと「停止」させられてしまい、身動きを禁じられてしまった。そのままひょいとすぐ箱に仕舞われ、それっきりだった。抗議の声を上げることも、逃げる素振りを見せることすら許されなかった。石像のように固まった身体のまま、私はダンボール箱の中で静かに泣いた。他のチアドールたちと無造作に混ぜられているこの現状、ひょっとしたら最悪の事態を招くかもしれない……。 不幸な予感に限って当たるもの。私がダンボール箱から取り出されて置かれた机は、全く知らない部署……。そこに座っている人も全く知らない人だった。 「これ俺のじゃないんだけどなあ」 「全部同じだよ」 「やれやれ。やり直しかー」 やり直しが何を意味するのかわからなかったが、私は必死に叫んだ。 (助けてください! 私チアドールじゃないんです! 間違って混ざっちゃったんです!) 新たな台座に連携され、ようやく停止を解かれたものの、やはり体はAIによって独りでに動き出し、笑顔で挨拶させられた。 「今日も一日ファーイト!」 「ああ。俺は土田だよ。よろしく、イチゴちゃん」 「はーいっ!」(い、イチゴ!? 私はクルミ、花咲クルミよっ!) 新たな私の所有者は、私をイチゴと名付け、以後そう呼んだ。ああっ、まずい。正真正銘、本物のチアドールだと思われている証拠だし、ますます分かりづらくなっちゃう……! それどころか翌日、彼はフィギュア用の塗料を持ってきて、私に改造を加えた。私の髪をアニメみたいに鮮やかなピンク色に染めてしまったのだ。長い間切っていなかったので腰まで伸びた長さと相まって、完全にアニメキャラみたいな出で立ちにされてしまった。 (やめてっ、勝手に人の髪を染めないでっ、しかもピンクだなんて……) 最後に、現実ではまず見ないサイズの大きな白いリボンでポニーテールに結われ、私は生まれ変わってしまった。髪を染めてポニテにされただけなのに、全く別人……別人形に見えた。ピンクという色が良くなかった。完全にアニメの存在になってしまった。髪から靴まで全身ピンク。この歳で……。 「ファイトーファイトー、ツ・チ・ダっ」 そしてこれまで同様、私は笑顔で踊りだす。ピンク色の長いポニーテールを右に左に揺らしながら。 「サンキューイチゴちゃん。これからよろしくっ」 「はーいっ!」(違うーっ! 私は花咲よ! 人間なの! 元に戻してーっ!) こんな色にされちゃったんじゃ、例え青葉さんや大畑くんが私を見ても絶対私だとわかってくれない。それはつまり……私は永遠に単なるチアドールとして生きていかなければならない、ということ……。胸の奥がギュッとなった。信じられない。まさかこんなアホな破滅が……馬鹿な運命が……あっていいの!? 私、これから一生……全身ピンクのチアの格好で、ぶりっ子人形として生きていかなくちゃいけないの!? 「頑張れ頑張れツ・チ・ダっ」(いや……嫌だ。誰か……誰か助けて! お願い……だれかーっ!) 「あれ? 青葉さん残業ですか?」 「はいもう、大変ですよ。……あら、この子可愛いですねー」 「でしょう。俺がちょっとカスタムしたんです」 「今回も名前つけたんですか?」 「イチゴちゃんって呼んでます」 「同じじゃないですか」 「どーせ全部同じですよ」 「そりゃそうですけど、ねえ」 「それよりどうです? 今晩一緒に……」 「ファイトーファイトー、ツ・チ・ダっ」 「あはは、応援してくれてますよ」 「……空気読めないなあ」 「まあ、人形ですから」 「ったく。それで今晩……」

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