Home Artists Posts Import Register

Content

「ほー、よくここまで仕込んだな」 「可愛いですねー」 テーブルの上で足首程度の壁を飛び越える小さな人影に、私たちは感心しきりだった。小人型のホムンクルスをこんな風に運用できるとは驚きだ。 色とりどりの髪をたなびかせる四匹のホムンクルスたちは、テーブルの上に置かれた小さな小さな障害物を超えるたびに、顔を上に向けて締まりのない笑顔を浮かべてヘラヘラ笑っていた。観客がいればここで拍手の時間なのだろう。 「ええ……苦労したんですよ、本当に」 旅の錬金術師はそう言ってホロリと涙を浮かべた。彼女がテーブルの脇に木箱をくっつけ、口笛を吹くと、ホムンクルスたちがたどたどしい足取りで木箱の中に戻りだす。 「おお……」 マホが改めて感嘆の声を上げた。興味深そうに小人たちの帰宅を見守っている。魔術師であるがゆえに、この凄さが私たちよりよくわかるのだろう。 錬金術師が木箱を閉めて鍵をかけると、マホが彼女の持つホムンクルスの技術について知りたがった。残念ながら企業秘密ということで教えてはもらえなかったが。 ホムンクルスというのは錬金術で作る人造生命。特に彼女が見せてくれたような、15センチ程度の小人型の場合、知能を与えることはほとんど不可能というのが一般的だ。虫程度の知能しか持たないため、なーんにも使うことはできない。ウロウロしているのを眺めて楽しむことすら、普通はできない。首や手足をグニョングニョンさせながらその場に転がるだけだからだ。しかし、今彼女が披露してくれた小人たちは桁外れだった。ちゃんと二足歩行し、首もすわり、それどころか「お客さんの前で芸をする」ことができるのだから。とはいえ勿論、ほんの1センチ程度の小さな台座をピョンと飛び越える程度が精一杯で、人間の芸事とは比べるべくもない。しかしこれは大変な進歩と言える。 「いや、いいものを見させてもらった。驚きだ」 私は錬金術師に礼を言った。未知のダンジョンを前に、皆いい気分転換になったことだろう。 翌朝、私たちは錬金術師と別れ、ダンジョンに向かった。あれくらいの新発見や稼ぎに出会えるといいが。 「でもあの人、一人で旅するなんて中々ですね~」 「そうだな。正直、少し心配になったが」 昨日偶然出会って一緒に野営した錬金術師。彼女は一人旅だと言っていたし、事実他に人の気配もなかった。ああして小人ホムンクルスのサーカスを見せて路銀を稼ぎながら旅をしているそうだが、あまり荒事に長けているようには見えなかった。 「今は私たちの心配しないか?」 「ははっ、それもそうだ」 私たち三人も経験を積んだ冒険者ではあるが、全員女性。油断は禁物だ。ましてやこれから向かう先は発見されて間もない新しいダンジョン。中にどんなモンスターや罠が潜んでいるが、皆目見当もつかないのだから。 「案外普通ですね」 よくある罠を解除した時、マホが言った。新しいダンジョンは意外にも従来のダンジョンと変わらず、ありふれた罠に見知ったモンスターの姿しか見なかった。 「まあ、こんなものかもしれんな。たまたまこのダンジョンが見つかっていなかっただけか」 「すーぐ油断する」 もっと下の階層だと何か未知の発見もあるかもしれないが……。今日の所は一旦帰還してもいいかもしれない。 「見てください、宝箱ですよ!」 この階層最後の部屋の扉を開けると、これ見よがしに中央に設置された宝箱が鎮座していた。モンスターの気配はない。罠もないようだ。 ユーミが宝箱を弓で射ると、乾いた硬い音と共に矢が弾かれた。ミミックでもない。本物の、普通の宝箱だ。 「なんか、拍子抜けだな」 「まあ、赤字ではないからいいんじゃない?」 マホが解錠した宝箱を開けると、中には薬瓶が一個置かれていた。 「これは……?」 「ポーション……でしょうか?」 もっとよく見ようと三人で箱を覗き込んだその時。まばゆい閃光が走り、私たちは瞬時に目をつむった。 「!?」 「なんっ……」 そして次の瞬間、全身の力が抜け落ちて、私たちの意識は途切れた。 「ん……」 目が覚めると、背中全体から冷たい石の感触が伝わってきた。暗い。そして、天井が低い。起き上がれない。私は……一体……。確か宝箱を開けた瞬間に何かが光って……。罠だったのか。とりあえず怪我はしていないようだが……。 (ひっ) ぶるっと全身が震え、毛が逆立つ。寒い。軽い。全身が直に空気の冷気に晒されている。私は自分が全ての装備を外され……いや、下着すらつけていない全裸状態であることに気づいた。 (なっ……!?) 一体、何がどうしたというのだ。宝箱の罠は一体!? と……とにかくこの狭い空洞を抜け出さなければ。それに皆はどこに……。無事なのか? 顔を横に向けた。光が見える。出口だ。私は必死に這いながら光の方に近づいた。背中が痛い。ゴツゴツした石の地面と擦れる。あとちょっと……。 「み……みんな、大丈夫か?」 ユーミの声が聞こえた。生きてるのか? 無事なのか? ここは一体どこ……。 顔を出した瞬間、眩くて目を閉じた。目が慣れてくると、遥か遠くにぼんやりとダンジョンの天井らしき光景が広がった。高い……。こんな広い部屋がダンジョン内に? 穴から全身抜け出て、ようやく二本の足で立ち上がることができた。背中がボロボロだ。そして寒い。何しろ下着すらつけていないのだから当然。そしてそれは私だけではなかった。目の前に、胸と股間を腕で隠しながら立っている、全裸のユーミの姿があった。 「……お前もか」 「ああ……。後ろ、見てみなよ」 「?」 後ろを振り返った瞬間、信じられない光景がそこにあった。私が狭い穴だと思っていたものはそうじゃなかった。巨大で鈍い光を放つ、金属の塊が置かれていた。それは人の胴体をかたどった形をしていて、私が出てきたのはその袖口だった。 「こ……れは」 この鎧には見覚えがある。間違いない。数歩下がって周りの様子を見ると、何が起こったのかを雄弁に物語るものがそこかしこに散らばっている。巨人でも扱えないような大きな大きな剣が入った鞘。鎧。ヘルメット……。ユーミの方を見ると、その後ろに彼女の弓と服……だったものが見える。デカい。信じられないほどに巨大な布の服が脱ぎ捨てられている。 「う……嘘だろ、そんな……こんな罠、聞いたことな……」 近くで気配がした。小さな池くらいある紫色の布が少し盛り上がっている。困惑して私たちを呼ぶマホの声が響く。彼女のローブだったものから彼女を引っ張り出すと、裸のマホが姿を現した。ともすれば子供と見まがうようなメリハリのない体。幼さも残すその顔に、恐怖と衝撃を浮かべながら彼女は座り込んだ。ショックだろう。私も冒険者としてそこそこ長いが、こんな事態は初めてだ。聞いたこともない。 「どうやら私たちは……その」 「縮んでしまった……らしい」 「う……嘘ですうぅぅ!?」 マホの叫び声が、貴族の邸宅のように広がった宝箱ルームにこだました。 ようやく三人共に落ち着いたころ、状況もつかめてきた。宝箱の中にあった瓶は空っぽになっており、おそらく開けた人間を小さくしてしまう罠だったこと。そして、魔術師のマホでさえ、こんな呪いは聞いたことがないということ……。つまり 「一生このままかもしれません……」 マホがうずくまったまま申し訳なさそうに項垂れた。くっ……。周囲の武具や荷物と自らを比較すると、今の私たちは推定17センチ程度……。もし本当に元に戻れないんだったら、一体これからどうして生きていけばいいのか。いやそれ以前に、生きてここから帰れるのか……。もはやモンスターはおろか普通の小動物にも歯が立たないちっぽけな存在となってしまった今の私たちに、ダンジョン奥地から無事に抜け出す術があるのか。 「とにかく……ダンジョンから抜けましょう。助けを待つのは無駄だと思いますし……」 このダンジョンに今入っているパーティーは私たちだけ。次にいつだれが来るかわからないし、この部屋に来る保証もない。そして、私たちを助けてくれるかもわからない……。無視されるか捕まって売り飛ばされるかも……。 脳裏に、この間見た小人ホムンクルスたちがよぎった。今の私たちはあれらとちょうど同じぐらいか……。何だかゾッとした。 「でもどうやって? こんな体じゃ絶対無理だ。死ぬぞ。装備だって何も……」 ユーミがマホに反論する。そう。今の私たちには装備も武器も使えない。一たび敵に目をつけられれば、逃げ切ることもできないだろう。薄い希望に身を委ね、ここで座して死を待つばかりか……。 「実はですね、さっき床に落ちてたんですよ。アレが」 マホが指さした先に、一本の大きな銀色の羽根が転がっていた。あれは確か……。 「使い切りの脱出アイテムです。最後に休んだところへ飛ばしてくれる……はずです」 ああ、そうだ。大きすぎてピンとこなかった。結構なレアアイテムだったはずだが、どうしてこんなところに? 私たちは持っていなかったはずだが。 「わかりませんけど、脱出できるんだからもうそこはいいじゃないですか。早く行きましょう。いつモンスターが来るかもわかりません」 うむ……。まあ、最初からこの部屋に落ちていたのを見落としていたのか宝箱から出てきたのかはわからないが、使えればいい。確かにそうだが。 私たち三人は羽根の周りに集まった。私含め皆、名残惜しそうに自分たちの装備を振り返る。持ってはいけない……。今の私たちには運搬不可能だ。置いていくしかない。愛着ある長年の相棒を、手に入れた宝を、高価な武具も……。私たちはこれからこの身一つ、しかも20センチにも満たないほどに小さくなった体のまま、全裸でどこかに放り出される……。そこから先も無事に生き延びることは正直かなり難しいと思う。が、ダンジョンの奥地で震えているよりかは……。 「いいですか? 起動しますよ?」 「ああ」 「おう」 こうして仲良く手を繋いだ私たち裸の小人三人は、マホの詠唱と共にダンジョン内から姿を消した。 昨日の野営跡にテレポートした私たちは、無事ダンジョン外に出られたことの安堵と共に、目に飛び込んでくる巨大な草木たちに、改めて自分たちが小さくなっていることを痛感させられ、絶望した。ひょっとしたら一生このまま……ネズミにも劣るような体のままなのかと思うと。 「ど……どうします?」 「とにかく……誰か人を探さないと」 「近くの村を目指そう。……たどり着けるかわからないけど」 なんてことない砂粒ですら岩になってしまうこの小さな体で、果たして人里まで持つだろうか。ましてや、水も食料もなく、下着すらない裸のままで。不安は尽きないが行くしかない。体力が尽きれば全てお終いなのだから。 歩き出したその瞬間。 「あれ?」 どこかで聞き覚えのある大きな声。遠くに大きな……怪獣みたいな巨人の人影が見えた。背中に大荷物を背負った若い女性。 少し距離があったものの、彼女はしっかりと小さな私たちをその視線に捉え、ゆっくり近づいてきた。大きな足が一歩進むごとに大きな振動が私たちを襲う。本能的、動物的な恐怖に屈した私たちは、押し黙ったまま身動きが取れなかった。彼女が屈んでその顔を近づけると、ハッと気づいた。それはついこの間みた顔。あの……小人ホムンクルスの錬金術師! 「それはそれは……災難でしたね」 私たちの話を聞き終えた錬金術師は、どこか沈んだ声でそう言った。すぐ人に出会えたこと、会えた人がまともな人だった幸運を私たちは神に感謝し、心から安堵していた。しかし、どうにも彼女は浮かない顔だった。 「どうかしましたか?」 「ああ……えっと、まあ……。それがですね……」 今度は彼女が自らに起きた災難を語る番だった。道中でモンスターに襲われた彼女は、育てたホムンクルス四匹のうち三匹を殺されてしまったのだという。それは外に出して芸の稽古をしている最中の出来事だったらしい。彼女が木製の箱を開けると、中には水色の髪を持った小人しか入っていなかった。残り三匹は影も形もない。 「災難でしたね」 と言いながらも、私はその水色の髪を持つホムンクルスの姿にショックを受けていた。「人間」に見えたのだ。今の私たちと同じサイズ、等身を持つその姿は、私目線ではとても「小人」と称せるものじゃない。彼女こそが普通の人間であり、錬金術師は大巨人にしか映らない。大した知能も持たない小さなホムンクルスの方に本能がシンパシーを感じてしまったことが悔しくて、惨めでもあった。 その後、彼女が近くの街まで連れて行ってくれることになった。ありがたい話ではあるが……私たちはあろうことか、ホムンクルス用の木箱に仕舞われることとなったのだ。いや持ち運ぶにはそうするしかないのはわかるが……。 「こ、これじゃあホムンクルスの仲間みたいだな」 ユーミの言う通り。木箱の中に入って蓋を閉じられた私たちは、水色の小人と同じ世界の住人になってしまった。嫌だなあ……。本当にコイツの仲間になってしまったみたいだ。 ホムンクルスはニコニコと笑いながら、その体を私たちにベタベタこすり合わせてきた。 「や、やめろ……」 どうやら仲間だと思われたらしい。屈辱……。自分の本当の仲間が死んだことすら恐らく理解できていないような知能の小人に、同レベルの存在だと認定されるなんて。 「まあ……しばらくの我慢ですよ」 「しばらく……か」 結局、これから私たちはどうするのか? どうすればいいのか? 一旦安全を確保すると、新たな難問が立ちふさがる。小さくなる呪い……。誰も聞いたことのない魔法を解除する術があるだろうか? 一生このままだとして、どこでどんな風に暮らせばいい? 所詮は冒険者、信頼してこの身を預けていい相手なんて……正直、いない。 「そういうことなら、しばらく私と一緒に旅しませんか?」 翌日の野営時、錬金術師が提案した。今の私たちは彼女のホムンクルスと同サイズ。道具がそのまま転用できると。それは……ありがたい話ではあるが、当然……。 「その代わり、街に着いたらうちの子と一緒に芸をしてくれませんか? 一匹だとあんまりウケなくって……」 代償も求められる。うう……つまり、小人のホムンクルスを演じろと。人前で。低知能の。虫ぐらいの……。し、しかも見世物になるだなんて。それなりに実績もある剣士として、プライドが許さない。が……断って放り出されても困る。受けるしかなかった。最低でも街まで運んでもらう分は働くのが道義……だろうか。 「それで……芸ってどういう」 「ああ大丈夫大丈夫。この前見せた通りですよ、ちょっと歩いたりするだけなんで!」 街に着いた。テーブルの上に放たれた私たちを、好奇の視線が見下ろしている。巨人の群れ……。子供も多い。ピンク色のレオタードと長手袋を着用した、まさに見世物みたいな格好になった私を、和やかに巨人たちが見つめている。とてもじゃないが、反抗の意志など湧かなかった。無数のドラゴンに遭遇したような気分だった。 黄色いレオタードと手袋のマホ、同じく緑のユーミ。くうう……こんな場末のショーみたいな格好で、しかも……。 「はいはい皆さんお待たせしました。ちっちゃな人型ホムンクルスのサーカスで~す!」 ホムンクルス扱いされるだなんて……。 ぱちぱちと拍手がまばらに鳴る中を、水色の子がスッと歩き出した。それに観客がどよめく。私も真似して前に出た。歓声が上がった。 「すげー!」「歩いた!」「おお……ここまで出来るのか」 こんな辱めを受けたことはないってほど恥ずかしかった。ただ歩いただけでこの賞賛。悔しかった。自分が本来、虫程度の知能しか持たない存在だと、誰もが心から信じているがゆえの歓声。 (私はっ……剣士、だぞ……モンスターだって、倒せるんだ……) しかし声を上げることはできない。ホムンクルスじゃないことがバレてしまう。一層恥ずかしい思いをして、見世物になってしまうことだろう。 マホとユーミも同じ思いのようだった。顔を真っ赤にして、プルプル震えている。しかし、今は必死に笑顔を保つしかない。このくだらないショーが終わるまで……。 私の前に、足首程度の台が置かれた。そういえば……。ホムンクルスがこれをジャンプして飛び越えるのを見た覚えがある。まさか自分がホムンクルス側としてそれを再現させられることになるだなんて、夢にも思わなかった。 ひょいっと軽く飛び越えてみせると、一際観客たちがどよめいた。拍手が鳴り響く。死にたくなるような褒め殺し。こんな、これだけのことで拍手を受けるなんて、全く人を馬鹿にしているとしか思えないが……観客は皆、心から私に感心しているのが表情からハッキリわかる。それがますます辛かった。 「すごい!」「えらい!」「ジャンプできるんだ~」 (や……やめ……) せめて剣舞でも披露しての喝采ならばここまで恥ずかしい思いをすることはなかったはずだが……。マホも「こっちおいでー」に答えて歩いただけで拍手を受け、顔が真っ赤だった。ユーミも。そんな中、青い子だけがはちきれんばかりの笑顔で浮かべて楽しそうに芸を披露していたのが少し羨ましく、同時に悔しさも感じた。ま、まるで私たちがホムンクルス以下みたいじゃないか。あんまり……上手くやらないで……くれ。 余りにいたたまれないこの空間。永遠かと思うほどに長く感じた。もうちょっと……すごいことしてもいいだろう? ダメか? 振り返って錬金術師を見ると、意図を察したのか彼女はにこやかに笑ったまま、首を横に振った。だ、ダメか……。小人ホムンクルスがあまりに賢い動きを見せてはインチキだとバレる。しかし……うう。 褒め殺しという恥辱に耐えながら、私は「とても賢いホムンクルス」を演じ続けた。どれほど賢いかというと、「呼ばれた方へ歩く」「小さな段差をジャンプする」「両手を高く上げる」ことができる……ほどに。 ショーが終わり、木箱の中に戻された私たちは、大きく息を吐いた。くそ……最悪の屈辱だった。小さなひそひそ声で、私たちは感想を言い合った。ものすごく恥ずかしかった、悔しい、やはりそんなところ。何より、小人のホムンクルス扱いされ、誰もがそれを疑ってくれなかったことが地味にショックだった。誰も気づかないのか……。いや気づかれても困るんだが、それでも。そして、青い子がニコニコしながら今日も私たちに頬っぺたを擦り付けてくる。うう……勘弁してほしい。 「いや、よかったよー。ありがとねー」 挨拶と片付けを終えた後、錬金術師が私たちにそう言った。そして、ダメだしも。 「ちょーっと表情が豊か過ぎたかなー。笑顔笑顔! 笑顔だけ! なんか頭良く見えちゃうから注意してね!」 そ、そんなこと言われたって……。無理だ。ていうか私たちはホムンクルスじゃない。人間なんだから、感情があって当然だ。いつもアホみたいな笑顔だけでいるなんて、とても……。しかも、こんな惨めな姿で見世物にされて……。はぁ。 こうして私たちの最初の公演は、表面上はつつがなく、心情的には散々な結果に終わった。 その街には魔術に精通している者がおらず、私たちを元に戻す有益な情報は得られそうになかった。仕方なく、私たちは錬金術師と一緒に次の村へ行くことに決まった。知り合いもいない街に小人のまま放り出されても碌なことになるはずがない。 「ふふっ、ありがとー。またよろしくねー」 錬金術師はとても嬉しそうだった。いつか自分の作ったホムンクルスと会話するのが夢だったと語るその顔に、内心思わず突っ込まずにはいられなかった。私たちは人間で、貴方の作ったホムンクルスじゃない……と。 その後もいくつかの村や街を巡ったが、やはり元に戻る手がかりは得られないまま、私たちは段々ホムンクルスとしての演技ばかりを上達させる日々を過ごした。カラフルなレオタードと手袋のステージ衣装を着て、締まりのない、いかにも知能の低そうな笑顔を浮かべるのが日に日に上手くなっていく。赤ちゃんでもできるようなことをやるだけで喝采を受ける。気がつくとちょっと嬉しく感じるようになってきている自分が心底嫌だった。このままでいいんだろうか。ひょっとして一生、小人ホムンクルスの仲間として生きる羽目になるなんてことは……流石に御免被りたいが……。 そんな中、最大のピンチ兼チャンスが訪れた。ライバルの冒険者パーティーが滞在中の街で、私たちはホムンクルスショーを披露する手筈になったのだ。震えた。嫌だ。見せたくない。見られたくない。こんな……こんな最悪に惨めな、落ちぶれた姿を。冒険者をやめてサーカスに入っただけならまだマシだが、今の私たちは小人のホムンクルスとして、赤ちゃん以下の芸を得意気に披露させられるのだから。これを笑顔で知り合いに、しかも張り合っていたライバルに向けて笑顔で演じるだなんて……無理だ。絶対、無理! ていうかバレる! 小さくなっているとはいえ、流石に顔を見たらバレてしまう! 「い、今更そんなこと言われても……そうだ!」 錬金術師に相談すると、彼女は髪を染めて印象を変えようと提案した。縮んでいるし、多分バレないと。 (そ、そんな……) 何とか公演を中止してもらえないかと縋ったが、稼ぎ時だからダメだとにべもなく断られた。代わりに、私は鮮やかなピンク色に髪を染められた。マホは黄色に、ユーミは緑色に。それぞれの衣装の色に合わせて。さ、最悪だ……ますます恥ずかしい姿に。でも鏡を見ると、なるほど大分印象は変わった。バレない……か? 向こうも、流石に自分たちのライバルが小人ホムンクルスに混じって低レベルなお遊戯をして暮らす羽目になっているだなんて、夢にも思うまい。 「でも……いいんですか?」 金髪になったマホがいう。ライバルとはいえ知り合い、魔法の知識もある。事情を打ち明ける相談相手としては過去一の相手。それは……言われてみれば。でも……。 心底私たちを見下し勝ち誇るあいつらの顔が浮かぶ。嫌だ……あいつらは。あいつらに巨大な借りを作った挙句生殺与奪を預ける……それはプライドが許さない。負けたくない。あいつらの下には下りたくない。 「ねえ、いいものあるんだけど」 葛藤している中、錬金術師が薄緑色の煙を封じた瓶を持って現れた。人を笑わせる効能があるガスなのだという。これを嗅いでおけば、おそらく公演中は表情を崩さずに済む。バレる確率はもっと下がるだろう、と……。 「どうする?」 「ん……まあ、別に使ってもいいけど……」 知り合いの前で必死に笑顔を保ち続けるのは確かに一苦労だろう。向こうには魔術師もいるし、表情の動きが豊過ぎると人間だとバレるかもしれない。私たちは承諾した。 「じゃ、いくよ」 瓶を開け、薄い緑色のガスが私たちを襲った。若草の匂いだ。くすぐったい。すぐ表情筋がヒクヒクと痙攣を始めたと思うと、勝手に筋肉が動き出した。 「んんっ」「むっ」「あひぇっ」 私たちの顔面は見る間に口角を上げ、にっこりとした笑顔を作り上げた。そしてそれは、崩そうとしても崩せなかった。 「……ぷぷっ」 何もないのに笑い続けるお互いの姿に、思わず可笑しくて本物の笑みもこぼれる。 「大丈夫そうだね。じゃ、いこっか」 ショーの幕が上がった。木箱から四人仲良くテーブルに降り立つと、それだけで歓声が沸いた。顔を上げると、よく知ったライバルたちの顔が。私たちを遥かな高みから見下ろしている。心がざわつく。だ……大丈夫? バレない? もしもバレたら……恥なんてもんじゃない。 私はニコニコの笑顔で固定された顔で、かつてのライバルたちを見上げた。強制され続ける笑顔、縮んだ体、馬鹿を演じなければならない立場……どれをとっても私のプライドを打ち砕くのに十分な屈辱が何重にも揃ったこの状況。笑いガスを嗅がされていなければ、絶対に演技を続けられなかっただろう。 内心の屈辱も絶望も恐怖も決して表に出ることなく、私の表情筋は頑として笑顔を崩さなかった。いつも通り手前に向かって歩き、低い台を飛び越え、呼びかけに応じ、小さな小さなボールを投げ合う。たったそれだけのおままごとに、歓声が沸き、可愛いすごいと賞賛の声が飛ぶ。顔見知りの前でこんなショーをやらされるなんてたまったものじゃない。まして髪をピンクに染めて、同じピンクのレオタード姿を晒すなんて。一刻でも早く終われと願いながら、私は満面の笑みで幼稚なお遊戯を続けた。 「よく出来てるなあ」「すごいねえ」 ライバルパーティーから私たちに向けてその言葉が飛んだ瞬間、バレなかったことの安堵と共に、二度と彼らと並び立てない存在になってしまったことを痛感させられ、酷く胸が痛んだ。しかし私の表情が私の心情を反映することはない。私は笑顔で彼らを見上げた。鮮やかなピンク色に染めた髪が効いたのか、とうとう彼らが私たちの正体を見破ることはなかった。 閉幕後、木箱の中で私たちは向かい合った。 「んっ」「むー」「んーん」 言葉を話せない幼児のような声をひりだしながら、ニコニコ笑い合う私たち。表情筋がほとんど動かせないので、上手く喋れない。それでも、長年パーティーを組んできた仲だけあって、お互い何を考えているのか何となく通じ合った。 (やっぱり……相談した方がいいんじゃないでしょうか) どことなく影のあるマホの笑顔が、そう言っていた。正直、私もそう思い始めていた。くだらないプライドは捨てるべきじゃないか。一生、小人のままホムンクルスに混じってお遊戯するなんて絶対に嫌だ。元に戻りたい。人間に。冒険者に……。かつての知り合いに会ったことで、改めて強くそう感じた。またあっちに……小人ショーを見下ろす側に、いきたい。 三人共に頷く。話は決まった。 宿。木箱から出された私たちは、錬金術師を見上げて、彼らに事情を明かして相談したいともちかけた。……もちかけたかった。 「んーっ」「むーっ」 (ちょ、ちょっと……まだ終わらないの!?) 喋れない。ニコニコしながら彼女を見上げることしかできなかった。笑いガスの効果が切れない。長すぎる。 「あはは、今日はお疲れ~。可愛かったよ~、よくできました~」 錬金術師は人差し指で私たちの頭を順番に撫でた。言いたいことがあるの、ねえ、このガスいつまで続くのっ!? 「んっ、むー」 私は人差し指で自分の顔を指さした。まだガスの効果が続いていること、話したいことがあるがそのせいで話せない……とジェスチャーしたつもりだったのだが、彼女は嬉しそうに微笑んでもう一回私の頭を撫でるだけだった。可愛らしい振る舞いとして受け止められてしまったようだ。 (違うっ、違うんだ、そうじゃなくって……) 三人とも思い思いのジェスチャーでアピールしたが、全く通じなかった。満面の笑みでクネクネする小人、それもカラフルに染めた髪も相まって、愛らしい小人が愛情表現を返しているみたいに見えてしまうらしい。列に混じっている青い子も同じようにヘラヘラ笑いながら可愛くピョンピョンしているのもよくない。これじゃあ全く同類に見えてしまう。 「んんー」 どうしようもなく、私たちは笑顔で彼女を見上げ続けながら、可愛らしいジェスチャーで私たちの所有者を喜ばせることしかできなかった。 二日後、この街を出る時が来ても、まだ笑顔は崩せなかった。 「んー!」 「はいはい、これからまた旅に出ますからねー、皆いい子にしてるんですよー」 「んーっ、んー!」 巨大な手はあっさりと私たちを木箱に押し込め、そのまま蓋をしてしまった。ああ……これでもう、ライバルパーティーに相談することは不可能になってしまった。そんな。 木箱の中で、私たちはお互い見つめ合った。ずっと笑顔のままではあるが、落胆の雰囲気は隠せない。青い子が私たちの頭を撫でる。低知能の、本物のホムンクルスに格下扱いされているようで苛立たしい。しかしどうすることも、私たちにはできなかった。箱全体が宙に浮いたかと思うと、すぐ梱包されていく。宿を出る……。街を。良い相談相手がいるこの街を……。 大きな鞄の中に仕舞われたこの木箱には、もう外の騒音があまり聞こえなくなった。私たちを背負って歩く錬金術師の振動だけが伝わってくる。 「むー……」 私たち三人は、青い子と同じ楽しそうな笑顔を張り付けたまま、静かにムードを暗くしていった。 とはいえ別に希望が潰えたというわけじゃない、大きな街に着いたり経験ある魔術師に出会えたりしたらその時相談すればいい。そう思っていたものの、現実はその希望を踏みにじり続けた。 「んーっ、んんっ!」 信じられないことに、笑顔が永久に固定されてしまい、他の表情をすることができなくなってしまったのだ。そのせいで意味ある言葉を発することも難しく、たまに年配の魔術師が観客にいても、私たちは錬金術師に相談することができなかった。 「むーんっ!」(お願いです! あの人に私たちのこと、相談してください! 打ち明けてくださいっ!) しかし彼女は嬉しそうに私たちを撫でたり、褒めたりするだけで、まともに取り合ってくれることはなかった。私たちがずっと笑顔のまま言葉を話さなくなったことに、なんの疑問も抱いていないらしい。 (何でよっ、そんなにありえないでしょ!) と当初は憤っていたものの、お互い顔を突き合わせてしまうと、感覚的にわからされてしまう。締まりのない笑みを浮かべた、楽し気な小人がそこにいる。今の私も同じ表情を浮かべているのだと思うと、胸の奥がギュッと握りしめられるような気分だった。髪を染めたのは失敗だった。ピンクだ緑だとカラフルな髪をたなびかせた小人。しかも、髪と同じ色のレオタードに長手袋という、人間の普段着ではありえない姿。それがこんな笑顔で自分を見上げてくるのだ。「可愛い」という感情しか湧かないのも当然かもしれない。笑顔のままどんなに手足を動かしてジェスチャーを試みても、それは小人の可愛らしい戯れにしか映らないのだろう。長く小人ホムンクルスを飼って相手してきた彼女だからこそ、余計にそっちに引きずられるのかもしれない。 ゆく先々で、ショーはお披露目される。サボっても反抗しても現状何も変わらないし良いこともない。しかし低知能のホムンクルスとして扱われ、見られ、完全に見下されているが故の賞賛を浴びる日々は、そうそう開き直れるものでもなかった。 「じゃーん! 新しい友達ができたよ! みんな仲良くしてあげてね!」 ある日、錬金術師が錬成した新たなホムンクルスが仲間に加わった。青い子同様、低知能。今まで私たちは芸のお稽古を免除されていたのだが、新入りの黒髪に教えてあげて欲しいと私たちも稽古に駆り出されることになった。これが切欠となって、あれよあれよという間に私たちの地位が低下し、正真正銘の小人ホムンクルスと化してしまった。どういうことかというと……。 「えら~い! よくできましたね~!」 ただ歩いただけで、錬金術師が私たちにも拍手を送る。人間だと知っているはずの彼女でさえ、青い子や黒い子と同じように扱うようになってしまったのだ。彼女の目から見れば、同じサイズで同じ格好をして同じようにいつもニコニコ笑っているのだから仕方ないのかもしれない。でも私は納得できない。なんで私が……あなたまで私たちを馬鹿にするのっ!? 新入りが黒髪なのも気に入らないポイントの一つだった。常識的な、普通の髪色が、人間である私たちじゃなく単なるホムンクルスである彼女に与えられていることが嫌だった。ピンクの私の方が人間より遠いなんて、まるで自分がホムンクルスより下みたいに思えてしまう。 小さなホムンクルスたちに混ざってチンケで幼稚なお遊戯会に駆り出され、おバカなホムンクルスとして人間たちの見世物になる。いつまでこんな生活が続くんだろう。もしかしたら一生……? 嫌だ。私は人間なんだ。こんなの……いや。 (助けて……誰か) 「おー、小型の人型ホムンクルスでここまでできるんだ」 「むー」 「しかも声を出すとは驚きだな」 「んんっ」 「でしょー? 苦労したんですよーとっても」 「可愛いですねー」 「むっ」 「でしょでしょー? もーホントどの子も可愛くってぇ」 「もう少し知能があれば諜報にも使えそうだな……。どうやって作っているのだね?」 「それは~、企業秘密です」 「ふふっ、だろうな」 「んんーっ!」 「はいはい、いい子いい子。んもう、甘えんぼなんだから……」

Comments

Gator

ホムンクルスという設定がよくありますが、世界観とよく合っていいですね。 これからもたくさん会えると思うので楽しみです。

opq

コメントありがとうございます。そのうちまたホムンクルスものも書くかもしれません。