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離れのある家に上がるのは初めてだった。体型の合わないダボダボの子供服を被っているだけの自分が酷く場違いに思えた。 「初めまして、藤原芽衣です」 「いらっしゃい、よく来たねえ」 「あら~、ホントそっくり。可愛いわねえ」 まるで幼い孫でも迎えるかのような対応に、私は少し恥ずかしかった。大学生なんですけど……。仕方がないか。この身長じゃ。 子供部屋へ案内された私は、ドアの前で待機していた小さなメイドロボと対面した。話に聞いていた通り、私によく似ている。顔もスタイルもそっくりだ。偶然ってあるもんだなあ。何よりそっくりなのは、その身長。通常のメイドロボより一回り小さい「ミニメイド」である彼女は、私と目線の高さが同じだった。私目線だと久々に巨人族じゃない普通の人に会えたような気がしてしまうけど、それが90センチのメイドロボットとはねえ……。 ご両親と共に部屋に入ると、いかにも大人しそうな男の子が椅子の上で丸まっていた。紹介を受けた私が挨拶すると、向こうもおずおずとお辞儀した。 (う~ん、ちょっと手ごわそう……) ご両親が部屋を去り、二人きりになった私は、出来るだけ愛想よく努めながら、軽い雑談から入った。まずは打ち解けないと。彼が椅子から床に足を下ろして目の前に立つと、ちょっと本能的に気圧された。大きい。そりゃそうだ。そして自分が小学生にも見下ろされるサイズになってしまった事実を改めて突きつけられ、気持ちが沈んだ。 女性だけが罹ると言われる奇病、縮小病。私の体はそれによって90センチ程度まで縮んでしまった。日常生活は台座無しでは送れないし、相対的にかなり体力が落ちて買い物も大変だし、当然ピッタリ合う服もないので、子供服を「被っている」始末。一挙に生きるのが難しくなってしまった。就活も不安しかない。まともな所にまともに入るのは難しいだろうな……。 そんな中、奇跡的に見つかったアルバイトがこれ。目の前でどもりながらノートを並べているこの子。その家庭教師を頼まれたのだ。理由にして決め手はただ一点。 「失礼します」 お茶を持って入室してきた可愛らしい小さなメイドロボ。この子と私が似ているからだ。小さい時から俊樹くんのお付きとして働いていたこの身長90センチのメイドロボは、彼が心を開く数少ない相手だという。彼女と身長も顔も似ている私なら、家庭教師が上手く務まるのではないか……とご両親が考えたらしい。 俊樹くんは学校でいじめに遭ったらしく、不登校。ご両親は色々な所に相談して人も呼んだが、中々上手くいかない。そして私が呼ばれることになったのだ。全てのバイトを縮んだせいで首になった私としては、是が非でも続けたい仕事。だから私は頑張った。勉強は正直どうでもよくて、まずはこの子の心を開くこと……と思って、親身になって話しかけ、話を聞き……あまりしてくれなかったけど。好きなものの話を交わし……。およそ半月ほどかけて、ようやく言うことを聞いてくれるようになった。ほぼ毎日通った甲斐があった。 「失礼します」 部屋に入ってきたこのメイドロボと顔が似ていることは正直関係なかった気もするけど……。ただ、私が彼よりうんと小さく、手足も人形のように細いことは、彼の警戒心を解くのに役立ったかもしれない。 ようやく勉強がスタートし、たまに向こうから大学の話を聞いてきたりするようになると、私は嬉しかった。彼がまた学校に行く気になれるよう、楽しい話を聞かせてあげたつもりだったけど、場合によっては逆効果だったようで、私はカウンセリングの難しさを実感した。 それでも三か月ほどすると、彼もフリースクールに行き始めてくれた。ご両親からも感謝され、私も自分事のように嬉しかった。そんな時に事件が起きた。彼のお気に入りミニメイド・リリーちゃんを壊してしまったのだ。私がこけて、たまたま前にいた彼女に全体重を乗せて倒れ込み、彼女は首を廊下の手すりの角に強打し、あらぬ方向に曲がってしまった。グキッと。 「だだ大丈夫!? 芽衣ちゃん、怪我はない!?」 「あああぁ……」 ご両親が私の心配をしてくれる最中、私はパニックだった。人間なら絶対に死んでいる方向にぐにゃっと首が曲がったリリー。顔と体サイズが似ているせいで、それはまるで私の死体にも見えてすこぶる不気味な光景だった。どうしよう。ミニ……廉価版とはいえ、メイドロボって高いんじゃ……弁償なんて無理。俊樹くんの幼馴染なのに。嫌われる。やっと……仲良くなったし、学校にも行く気になってくれたとこ……なのに。 しかし私に怪我がないとわかると、ご両親はホッと一息ついて、リリーについては騒がなかった。 「あ、あの……す、すみません。これ……壊しちゃって」 「ああ、ああ。気にしなくていいよ。ガレージ持ってけば直るから。それより芽衣ちゃんに怪我がなくてよかったよ」 ガレージ? なんで? こういうのって、メーカーとか工場とか持ってくんじゃないの? 落ち着いてから話を聞くと、この家にはメイドロボを修理する機械があるらしく、この程度ならそこで即日修復できるとか。私は驚いた。金持ちってすごい……なあ。 「俊樹が小さいころはよく壊しちゃってたもんさ。なあ?」 「ええほんと。玩具でしたね」 そ、それはそれでなんか怖いなあ……。まあ男の子だししょうがないのか。 そして父親がリリーをひょいっと軽く担ぎ上げた。ええっ、そんな軽いの? ……そういえば生体ロボットなんだっけ。小人と変わりないのか。……つまり、私と。 興味が出たのと責任も感じていた私は、一緒にガレージまでついていった。そこには普通の車一台と高そうな車一台に、大きなよくわからない機械が設置してあった。いかつく黒い長方形の台。その上にドームみたいな半円の蓋がのっかっている。 父親が電源を入れると、機械全体がうなりだした。ドームが開き、中にうねうねした気持ち悪い液体が詰まったプールが姿を現した。これは修復用ナノマシンのプールであり、ここにミニメイドを浸けておけば、自動的に修復してくれるのだとか。 彼がリリーを中にいれた。メイド服着せたままでいいのかなと一瞬思ってしまったけど、メイドロボの服は脱げないんだった。自分と目線が同じだから、うっかり人間みたいに思っちゃった。 ボタンを押された機械は、ゆっくりとドームを閉じた。あとは待つだけ、か。便利~。 俊樹くんが帰ってきたので、私たちはガレージを後にした。壊してしまったことは秘密にしておいて、私は何事もなかったかのように彼と接した。ここで彼にショックを与えたくない。せっかく復帰しかけているのに。 「ねえ先生。リリー知らない? 帰ってから見てないような」 「えっ、あっ、えーと……」 勉強中、突然そう言われた私は見るからに怪しい反応を示してしまった。 「ああそうだ。ガレージ……に、で掃除してたと思うよ。ちょっと呼んでこようか」 そろそろ修復が終わっているんじゃないかと思った私は、そう言って子供部屋からそそくさと退散した。うー、私が壊したのは知られたくないなぁ~。 ガレージに行くと、あとほんの一分で終わるところだった。ホッとした私は、黒光りするドームの屋根が開くのをジッと待った。 ピピピピピっと音が鳴り、ドームが開いていく。桃色のヌメヌメしたゲル状の液体の沼から、リリーが糸を引きながら立ち上が……らない。沈んだままだ。 「あのー」 動かない。首は直ってる。電源入ってないんだろうか。メイドロボの電源ってどこ? ちょっと気が進まなかったけど、私は液体の中に手を突っ込み、彼女を起こそうとした。が、小学生より小さな私の体では、手が届かない。装置の淵に立って身を乗り出さないとダメだ。 「ほらリリーちゃん、起き……」 肌にまとわりつくようなヌメヌメした桃色の液体に手を突っ込んで、底に沈む彼女に触れようと身を乗り出した瞬間。不意にリリーが立ち上がった。伸ばした私の手は空をかき、全身が重心バランスを崩し、私は……沼の中に頭からダイブしてしまった。 「っ!?」 装置から出るリリーとちょうど入れ替わるような形で、私は全身を液体の中に突っ込んでしまった。粘度が高く波すら立たない桃色の液体は、私の全身に絡みつくように張り付いてきた。しばらくはパニックだった。溺れる人ってこんな感じなんだろうか。とても浅いはずなのに、まるで無限の底なし沼かのようにもがいてしまう。そして体を動かすたびに、粘性のあるナノマシンの液体は私の着ている服を捉え、ビリビリ引き裂く。 (ひぇっ!?) 立ち上がれなかった原因はそれだった。私を飲み込まんとするがごとく、意志を持っているかのように肌に吸い付いてくるゲル状のプールは、ブカブカの子供服をいともたやすく引きちぎり、跡形もなく粉砕した。下着までも。 体勢を立て直し、顔を液体から出すと、髪の毛から桃色の糸が垂れた。き、気持ち悪……。これ大丈夫? 体に悪影響とか……。いやそれよりだ。どうしよう。服が……なくなっちゃった。いつの間にかリリーが消えたプールに、私は全裸で取り残された。どどどどうしよう。プールから出たら裸だ。それはちょっと、流石にちょっと。 逡巡の間に、機械がうなりだした。ドームが閉じていく。 (へ?) 何が起こっているのかわからなかった。メイドロボ修理用のプールに落っこちて、それが閉じるのを内側から眺めているなんて状況が人生で一度も想像したことのない場面過ぎた。誰かがボタン押した? ていうか……出ないと。 立ち上がろうとした瞬間、やはり全裸であることが私を押しとどめた。人さまの家のガレージで全裸のまま、桃色の液体を肌にベタベタくっつけ糸を垂らしたまま徘徊するのは嫌だった。その数秒の迷いが命取りだった。ドームが出られないところまで閉じ、光が消えていく。 (やば) 出ないといけない。そう決心した時は遅く、ドームは閉じられ、辺りは真っ暗になった。 (えっ……あっ、やば、どうしよ) 続けて水面が上がってきた。どうやら閉じている間は完全にこの桃色の液体で満たされる仕様らしい。てことは……。死ぬ。息ができなくて。 「だっ出して! 誰か!」 今更深刻さに気付いた私は天井を叩いて叫んだ。が、ガレージには誰もいないらしく、あっという間に口元までドロドロしたナノマシンの沼が上がってきた。 「……リリー」 近くにいるはずの彼女に呼びかけようとしたが、液体が口から入り私は沈黙させられた。溺れる。待って。やだ。こんなところで……死にたく……ない……。 薄れゆく意識の中、私は俊樹くんがどんな風に思うだろうと案じた。ごめん……また引きこもりにさせちゃうか……も……。 目が覚めた時、私はバスタオルにくるまれて寝室に寝かされていた。ご両親の安堵した顔に、私はどうやら助かったらしいと悟った。よ、よかった……。色々と。でも裸見られちゃった……か。事故だし緊急時だししょうがないとはいえ、ちょっとショック……。 なんて思ったのは、後から思えば随分と贅沢な感性だった。ご両親は心底申し訳なさそうな沈んだ顔で、私を風呂場に案内した。お風呂の中の縦長に鏡の前でタオルを母親にとられた私は、信じられないものを目撃した。 (リリー?) そこに映っていたのはリリーだった。私によく似た顔。違いは肌の綺麗さ。メイドロボはみんな色々な処理やコーティングによって、皺も染みもない肌色一色の美しい肌を保持している。まるでCGモデルのような均質な肌。髪と眉毛をのぞき、一本の体毛も生えていない。産毛はおろか、毛穴すらない人形のような肌。胸には乳首が存在せず、まるで子供向けの着せ替え人形。股間はマネキンのように平坦でツルッツル。何もない。あるべきアレが、ない。 (?) でも、なんでリリーが? 鏡の前に立っているのは私……なの……に……。その時、ありえない現実が怒涛のように私を襲った。それは信じられないことで、ありえないことで、あってはならないことで……。 「え、あ、あ」 私が涙目になると、鏡に映るミニメイドも涙目になった。 「うそーっ!?」 私の絶叫がこだまし、真のショックに私は気を失った。倒れる私を受け止める、本物のリリーの柔らかい腕の感触を感じながら。 その後、改めて経緯を説明された。私が助け出された時には既に「修復」が進んでいた。人間なのにメイドロボとして修復されるだなんて信じられないけれど、どうも私が小さくなっていたのが良くなかったらしい……。大人の体型で身長90センチの人間が存在するなんて、メーカー側は想定しなかっただろうな。縮小病が流行る前だし。 ミニメイド判定されて修復されてしまった私の体からは、乳首や股間の穴全てが消失してしまったらしい。風呂場で見た地獄のような光景は、残念ながら夢にはなってくれなかった。じゃあトイレとかどうすんの、死んじゃうじゃん……と思ったものの、行かなくてもよさげっぽい。中身までかなり作り替えられてしまったみたいだった。ナノマシン飲んだのが良くなかったかな。いやこの状況だとかえってファインプレーだったのかな……。出すところないのにウンチ出てきたらどうなるのか、想像するとゾッとする。 そして肌。メイドロボのツルツルテカテカした肌そのままだ。産毛すらなくなった綺麗すぎる肌。全身脱毛ヤッターなんて喜べる状況でもない。一目で普通の人間じゃないとわかってしまうほどに、私の皮膚は均質に塗りつぶされている。このまま大学に行けば、皆私をどんな目で見るだろう。ああ、いたたまれない。 それからはお互い謝罪の応酬で、地獄みたいな空気だった。これからどうしよう。これ……きっともう治らないであろうことは流石に察せる。病院行ったってどうしようもないよね。 俊樹くんにはまだこの事故のことは伏せているらしい。ショックを与えたくないからと。ちょっとホッとした。フリースクールで友達できたって報告してきた翌日にこれじゃあ、ね。ああでもどうしよう。このままあの子と顔を合わせないまま家庭教師辞めます、だと俊樹くんが私に嫌われたと思ってしまうかも。でもこの顔じゃ何があったかモロバレだ。自分の家でこんな事故を起こしたと知れば、またショックを受けて引きこもっちゃうかも……。彼には何の責任も関係もないけれど。表ざたにもしたくない……。ニュースにでもなれば二度とあの子は学校に行けないだろう。 憔悴するご両親の顔を見ていると胸が痛む。うう……私が勝手に起こした事故なのに。どう……すればいいのかな、私は。出来るだけ皆が幸せになる方法……ダメージの少ない着地は……。 「うわっ! ……ど、どうしたの……先生?」 「あ~えっと、これ……。ミニメイド……になりたいな、って思って!」 私は頬を紅潮させながら、目を見開き驚く俊樹くんに答えた。私の小さな脳みそで出せる答えはこれしかなかった。自分で望んでやったことにする。……俊樹くんの前では。 (ああ……ドン引きしてる) 頭おかしい人を見る目だ。そりゃそうだよね。私は目を上下左右に泳がせながら、必死に言い訳した。 「ええっとほら……リリー! リリー! こっち来て!」 やってきたリリーの肩を掴み、叫んだ。 「服! メイド服! 可愛いから着てみたいなって!」 自分でも何言ってるかよくわからないまま、私は「自分でやりました」ということだけゴリ押し、その場を乗り切った。そして誤魔化すかのようにすぐ勉強に移った。俊樹くんは半信半疑で「本気?」とか「ちょっと気持ち悪い」とか呟く。そりゃそうだ。マネキン人形が話しかけてきて勉強教えてきたら、まあ平常心じゃいられないよね……。でも私の肌はもうマネキンだから、慣れてもらうよりほかはない。幸い、「二度と戻せないのでは」という発想は彼にはないようだった。手の込んだメイクか何かと思っているのだろう。うん、それでいいよ。俊樹くんは。 最大の問題は私の私生活だったけれど、こっちはフードを深くかぶったり包帯巻いたりして誤魔化した。顔にちょっと火傷したとか、デキモノができたとか何とか言いながら、残り一年半の大学生活を何とかかんとか、出来るだけ肌も顔も正面から見せずに乗り切ることにした。 ただ、就活が……ダメだった。流石にメイドロボ化した姿でまともに就職活動をすることはできず、私は内定ゼロで卒業を待つ身となり果てた。 すると責任を感じたのか、黒田家から私は卒業後住み込み家政婦にならないかと誘われた。とりあえず身の振り先が決まるまで。もう割と付き合いも長いし、事情を知る人が身近にいれば心強い。というか結局、それ以外行く当てもないので、私はその誘いをありがたく受けた。 黒田家に引っ越してきたその当日、私は俊樹くんからプレゼントを贈られた。何だろうと思ってひも解くと、中から姿を現したのは……どことなく樹脂みたいな質感を持ったメイド服一式だった。 「?」 ふざけているのかと思い俊樹くんを見た。が、ちょっと照れながら「前にメイド服着たいって言ってたから……」などど述懐している。本気らしい。ていうか自分がそんなこと言ってたの忘れてた。ほんの一時の適当な言い訳を、俊樹くんは覚えていたのだ。そして……本気にしちゃったらしい。 「あ……ありがとう」 口をヒクヒクさせながら答えて、私はご両親の方を見た。目を逸らされた。うう……逃げられない。ま、まあ、一日、今日だけ、一回着て見せれば満足するかな。 私はメイド服を持って、リリーの待機所となっている部屋に入った。今日からここが私の部屋にもなる。リリーの着ている服と、このメイド服は質感が全く同じだった。本当にミニメイドの服用意してきたの? もう……。 袖を通すと、二つの意外な驚きが私を待っていた。まずは……かなり恥ずかしいデザインなこと。ミニスカ。それも腰にアニメみたいなデカい白リボンがくっついたデザイン。目の前のリリーは常識的な丈の、落ち着いた長袖のメイド服を着ているのに。私のは袖がない。代わりに、肘まで覆うほど長い白手袋が用意されていた。純白のタイツも。うう……これも着なきゃダメかな。 着てみると、手袋はぴちっと私の袖に張り付いた。私の両脚を染め上げる、真っ白なタイツも、まるで新しい皮膚のように隙間なく私の肌に這うように張り付いてくる。でも動きを阻害することもなく、スムーズに変形する。二つ目の驚きは、数年ぶりに「服を着れた」こと。ミニスカメイド用の服は私にピッタリすぎるほどピッタリで、体型の合わないだぶだぶ子供服とは着心地が段違いだった。着ている。服を。ちゃんと。ちょっと涙が出ちゃいそうだった。 最後に残った大きな白リボンで髪をポニテに結わい、私は黒田家の前にメイド姿を披露した。 「わあ可愛い。とっても似合ってるわ」 「おお。ピッタリだな」 私は真っ赤になりながらご両親の言葉責めを受けた。うう……大学を卒業する歳になってこんなコスプレじみたミニスカメイド姿で人前に立つなんて。それも……子供、教え子の前で。 「どうどう、先生?」 その教え子はキラキラした瞳で私に感想を尋ねた。私は言葉に詰まりながら、 「ああ……うん、久々にまともな服着れて嬉しいかな、ありがとう」 と目を右往左往させながら答えた。半分は本音だった。自分に合う服を着れたこと、また出会えたことは思ったよりかなり嬉しかった。人間社会に戻れたような気がして。……実際には遠ざかっている気がするけど。 その日だけで済ますつもりだったミニスカメイド。風呂上りにパジャマに着替えた瞬間、私はまたメイド服を着たいと思ってしまった。体型にあったまともな服を手に入れ経験してしまった今、ブカブカの子供服は耐えられそうになかった。こっちよりもメイド服の方が常識的でまともな格好なんじゃないか。そう思ってしまったのだ。 鏡を見ると、その思いはますます強まった。テカテカした人形のような肌には、だぼっとした布よりも、同じように光沢と硬そうな雰囲気を持つメイド服の方が似合う。リリーと並ぶと、ますますそっちの方が「自然」に見えた。 何より、手袋とタイツの着心地がいい。肌にシッカリと吸着するその肌触りは、とても暖かくスベスベしていて、最高だった。縮む前でもこんないい触り心地は体感したことない。私はメイド服の魔力に飲まれ、自ら着るようになった。勿論、人前でミニスカメイドのまま日常を過ごすなんてとんでもなく恥ずかしいことだけど、どうしようもなかった。これ以外に「服」はないんだもん。次第に黒田家の面々も私がメイド姿でいることに慣れ、あまり気にしなくなっていった。 しかし流石に人前に出ることはキツイ。買い物は免除してもらっていた。ミニスカメイドのままスーパー行くとかどんな羞恥プレイよ。 が、思いがけない事態が起きた。俊樹くんが友達を家に招いてきたのだ。突然だったので、私はリリーと一緒に玄関で出迎えてしまった。……樹脂みたいな肌の顔を持つ、ミニスカメイドのまま。 「ただいま」 「!?」 私は固まった。あ、ヤバい。どうしよう。絶対ヤバいやつだと思われた。変態じゃん。どどどうしよう。私の存在にドン引きされて俊樹くんが友達なくしたら……。 「これミニメイド?」 「そう」 「すげーな」 「!?」 友達は一切表情を歪めることなく、むしろ感心していた。昼間からメイド服着てる変な女を見る目じゃない。一体……どういう……? 「お茶」 「はい」 リリーがお茶を用意しにいそいそと歩き出す。二階に上がっていく二人の会話が聞こえた。 「あーあ、二台持ちかよー」 「えっ? いや一台……ああ、そう。二台なんだ」 ようやく私も状況を把握した。私は……リリーと同じ。ミニメイドだと……メイドロボだと思われたのだ! すごい衝撃だった。まさかそんなことに……いや、そうか。そうなるんだ……。そりゃ、そうだよ……。自分が人間だなんてことは当然自明のことであり、黒田家の面々もそこに疑問を持ったことなどなかった。だから私は気づかなかった。今、客観的に見て自分がどういう格好と立場であるか。 屈辱と恥辱がダブルで私を襲う。ま、まさかメイドロボだと思われるなんて……。脱いでやる。いや、でも……これ以外ないし……。 仕方がないので、誰かが家に来た時は、私はリリーの真似をするようになった。ミニメイドを演じるのだ。メイドコスプレの変態お姉さんが家にいるということになるよりかはその方が遥かにマシ……なはずなので。 そんなことをしていると、次第に俊樹くんも私を弄りだした。誰もお客がいない時でも、たびたび私をわざとミニメイド扱いしたり、「ダメダメ、そんなんじゃメイドロボぽくないよー」などとニヤニヤしながらダメだししてくるようになった。 「すいませんねえ……俊樹・さ・ま」 私も皮肉交じりにそう言って反撃する。段々そういう風に私たちの関係性や立ち位置は変化しつつあった。最初は単なるおふざけ冗談であったものでも、続けていくとなんだかお互い慣れてしまって、当たり前の日常と化していく。ご両親は敬語抜きに私に家事を言いつけたりするようになってきたし、私自身リリーの真似が板についてきて、何だか自然にメイドロボっぽく振る舞ってしまう。 お客が着た時などは、ナチュラルにメイドロボ扱いだ。 「へー、名前なんていうの?」 「黒い方がリリー、白いのがメイ」 「ほーん」 私は内心やりきれない思いを抱えながら頭を下げた。長袖でスカート丈も長いリリーを黒と称するなら、ミニスカで手足を白く染めている私は間違いなく「白い方」だ。でもモヤモヤするなあ。なんで私は必死にメイドロボを演じているんだろう。 そして、買い物にも行かされるようになった。最初は死ぬほど恥ずかしかったけど、道行く人は誰一人「メイド服で出歩いているヤバい女がいる」などとは思わないようだった。このツルツルお肌と樹脂っぽいメイド服の合わせ技、そして何より90センチの低身長で、私は人間には見えないらしかった。ミニスカメイドでスーパーに行っても、誰も眉一つ動かさない。単なるミニメイドだと思っているのだ。それが私には安心であり不快だった。恥をかかなくて済む反面、誰にも気づいてもらえないことが悔しかった。 おまけに、私とリリーは瓜二つ。段々「双子の姉妹」扱いされるようになっていった。後から黒田家に来た私が……妹だ。 「あれ、デザイン同じで二台?」 「そう、こっちが妹。メイちゃん」 「へー」 「……っ」 なんで私が妹? メイドロボの! と憤りつつも、私はスカートの前で両手を重ねたまま、ペコリと頭を下げた。ううっ、悔しい。順応している自分が惨めだ。別に誰にも強制されていないのに。恥をかかないようにかかないようにとしていたら、なんかいつの間にか……私はすっかりミニメイド・メイちゃんになってしまった。メイドロボっぽい所作もすっかり板についちゃってる。このままずっと……こうなのかなあ。メイドロボの妹機として、ミニスカメイド・メイちゃんとして生きていくしか……うう、嫌だ、でもなんか今更どうしようもない。他に行くところもないし、いきなり人間扱いしてくださいとか言い出しても私が頭おかしくなった感じにしかならないし。そう、黒田家は別に私を酷く扱ったりしているわけでも、私にメイドロボムーブの強制をしているわけでも決してないのだから……。 「わぁーあ、すごいお宅ですね」 私は俊樹くんの部屋の前でリリーと一列に並び、客人を待っていた。隣のリリーと同じように両脚を揃えて背筋をピンと伸ばし、直立して。誰に言われるでもなく、自然に、自発的に。やがて目の前に、ご両親と共に、スラッとしたスタイルに垢抜けた容姿の女子大生が姿を現した。 「ミニメイド399号、リリーです」 「……芽衣です」 そう言って頭を下げる。 「あ、どーも」 女子大生はそれだけ言って、部屋の中に入っていった。中学受験のための新たな家庭教師は、私に何の敬意も注意も払わなかった。同じ人間だと思っていないのは明らかだった。 「失礼します」 私がお茶を持って入ると、俊樹くんと女子大生が難しそうな勉強をしていた。 「そこ置いといて」 ぶっきらぼうな指示に、私は従った。テーブルにお茶を置き、私は……部屋を出ていかなかった。部屋の隅に直立し、スカートの前で両手を重ねた、メイドロボの基本姿勢のまま二人を眺めた。誰も私を気にしない。それが心底悔しかった。なんで……なんで私は、俊樹くんの家庭教師だったはずなのに……メイド服を着てメイドロボごっこやってるんだろう? 人前で。 釈然としない思いを抱えながら、私は部屋の隅で置物となりながら、静かに次の指示を待ち続けた。

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