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「芽衣さんちょっと! こっちこっち!」 「はい。何か御用でしょうか」 メイドロボが一台、呼びつけた女子のもとに歩いていく。長い金髪を大きな白いリボンで結い、フリルの多いミニスカートのメイド服と白いニーハイソックス、肘まで覆う長手袋という個性的な出で立ちで、およそ学校用のメイドロボには似つかわしくない。彼女は女子から受け取ったゴミを持ってそそくさと教室を出ていく。メイドロボを雑用に使うなんて極々当たり前のことで、俺自身数えきれないぐらいやってきたが、不思議と女子たちにイラっときてしまう。メイドロボに対して情を移すようなことは人生初めてだったので、我ながら困惑している。どうして俺はありふれた単なるメイドロボに、それも自分のものですらない高校の備品に入れ込んでいるのだろう。 あのミニスカメイドロボ……「芽衣」との初対面は当然、入学の時。俺のクラスに配属されていたメイドロボだった。最近はメイドロボを雑用等に使う高校も増えてきて、特にこの高校はそれをウリにしていた。各クラスに一台ずつ配備されているため、生徒が自由に使っていいことになっている。勿論、あまりに私的な利用や長時間の独占はダメだが。常識の範囲内と定められている。大体は掃除に用いられている。彼女は一言も文句を発することなく黙々とクソガキどもに顎で使われ続けている。全く当然で何もおかしいところはない。そのはずだ。でも、俺は「彼女」にまだ一度も命令らしい命令を発したことがなかった。 「1-Aに配備されました、当校所属のメイドロボです。芽衣とお呼びください」 「お……う?」 初めて教室でそう言われた瞬間、今までに見たことのあるメイドロボとは何かが違うと感じた。何かって何だよ、と言われると困ってしまうが……。どことなく何となく、雰囲気というかオーラが違った。ロボットぽくないというか……。挨拶された一瞬、俺は彼女を人間だと思ってしまったほどだ。 皺も毛穴もないツルツルの肌色一色の皮膚。テカテカと光沢を放つ太腿。決して脱がせることのできない、身体と一体化したメイド服。まごうことなきメイドロボなのだが、やはり何か、らしくない。表情の作り方喋り方、一挙一動の所作。定まったプログラムやパターンではなく、都度差異があり、人間のような生々しさを感じる。単に学習パターンが多いだけなのだろうか。でも、他のクラスのメイドロボと見比べると歴然なのだ。ロボットらしく無駄のない動きをし続ける他のメイドロボは、不必要な姿勢の揺れがない。しかし彼女はまるで生きた人間の女の子のように無駄行動や姿勢のブレが多い。追っかけて観察していると、たまに「今何の命令受けてたんだっけ?」とでも言いたげに困ったような表情を浮かべて歩みを止めることすらあった。その際、体が静止しない。通常、メイドロボが行動を止める際はマネキン人形か銅像のようにピタッと全てが止まるものだが、彼女に関しては「人間がぼっ立ちしてる」ようにしか見えなかった。 部活紹介で体育館に一年生が集まった時、俺の疑念は二度と解消されない域まで深まった。一年の教室に配属されている三体のメイドロボも脇に並んで立っていたのだが、一台……いや一人だけ浮いていた。待機中のメイドロボは、所有者が変更しない限り同じ姿勢をとる。背筋を伸ばし、両脚をピタリと閉じてスカートの前に手を重ねる基本姿勢。彼女もそうしていた。が、やはり時間が止まったようには見えなかった。静止ぶりが足らず、両隣のメイドロボとのコントラストで実態以上にユラユラしているように見えてしまった。両隣の二体は笑みを浮かべたまま顔面が凍り付いているのに、彼女だけが微妙に表情が動き続け、視線もあちこち動いていた。俺たちがどの部活に入るのか楽しんでいるかのようで、大層驚いたもんだ。 とうとう、俺は信じられない推理を棄却し続けることができなくなった。彼女は……芽衣さんは人間なのではないか? ありえない。彼女が人間だなどということは。そうしたら人権侵害なんてもんじゃない。自分の意志で? 何故人間がメイドロボのふりをして働いているのか。いや人間のコスプレにしては手が込み過ぎている。テカテカの肌のメイク毎日やってんのか? ていうかあの服が体と一体化していることは間違いないんだ。ふざけて脱がそうとする奴は大抵一人はいるもんだから、確認済みなんだよな。 でも、彼女が普通じゃないことはもはや明らかだった。他の教室のメイドロボはどれも長袖ロングスカートなのに、彼女だけコスプレみたいなデザインの服だし。それに……。 「芽衣さん。製造番号見せてくれる?」 ある日の放課後。教室廊下に誰もいないことを念入りに確認してから、俺は彼女に初めての指示を出した。 「あ……はい」 彼女はちょっと頬を赤らめつつ、言いよどむというありえない反応ののち、短いスカートの裾を両手で持ち上げ、自らの太腿を露にした。そこには緑色に光る五桁の製造番号が刻印されていた。これこそ彼女が単なるロボットである証……なのだが、違和感があった。 「……もういいでしょうか?」 二分ほどじっと彼女の太腿を見つめていると、彼女がそう言った。 「あ、ああ、ゴメン。いいよ」 彼女はスカートから両手を離すと、ちょっとばつが悪そうな笑みを浮かべながら、掃除用具入れの隣にある充電台に戻っていった。基本姿勢をとったが、何故かポーズ状態にはならず、チラチラこっちを見ていた。 俺は今の二分間にすっかりドキドキしてしまい、いたたまれない気持ちになりながらそそくさと教室を後にした。自分が何でこんなに興奮しているのかわからない。メイドロボの製造番号確認なんて普通の事なのに。ロボットだぞ相手は。いや……そもそも応対がおかしかったぞ。 玄関で、俺は通りがかった他のメイドロボを呼び止めた。 「製造番号見せてくれ」 「かしこまりました」 肌色の顔面に赤みが増すことは全くなく、そいつは長いロングスカートの前面をまくり上げ、自らの太腿を大胆に露出した。何の躊躇もなく。あいつと同じ場所に、同じように緑色に光る番号が刻まれ……ん? 顔を近づけると、さっきの違和感の正体に気づいた。番号が刻まれていなかった……気がする!? メイドロボの製造番号は、ナノマシンを皮膚に焼きいれる仕組みになっている。刺青のすごい版だ。神経まで接続されていて、一度刻まれたら二度と除去することはできない。そのロボットの様々な個体情報が収納されているだけでなく、外部機器と接続する際も製造番号を通す。非常に重要な部分なのだ。 「何やってんだお前……」 「おわっ!?」 友人に声をかけられ、俺は慌てて命令を終了した。芽衣さんと異なり、最後まで自ら「もういいか?」などと言い出すことはなかった。そのせいで俺はかなりの赤っ恥と風評被害を被る……被りかけた。頭のおかしいやつ、メイドロボを好きなる変態、そんな風に勘違いされることだけは死んでも御免なので、俺はその友人を強引に巻き込んだ。 「いやほら、うちのクラスのやつだけ、なんかおかしくね?」 「ああ、まあ、なんか動きというか、変だよな」 「だよな!? 俺はそれを確かめようとだな……」 「不良品か、データ多いんだろ」 「いや、流石にそれでアレは無いだろ……」 といいつつ、ちょっと自信がなくなった。彼女は年季の入った古いメイドロボで、前の持ち主か先輩方、或いは先生が人間っぽい立ち振る舞いを指示、学習させていただけ……あり得る話だ。というか、真面目に考えるとそれしかない。まさか人間が何らかの理由でメイドロボに改造されて高校で働いている……などという妄想よりかは。 でも、製造番号見るだけであんな恥じらいをみせる学習なんてさせるか? そんな機会あるか? 俺は友人と一緒に教室に戻り、充電台の上でまどろんでいた彼女に、もう一度製造番号を見せるよう言った。一瞬とても嫌そうな顔を浮かべたが、すぐいつもの笑みで 「わかりました、どうぞ!」 と、どこか怒りを感じるような口調で承諾し、再び短いスカートをたくし上げた。俺たちは中腰になって製造番号を見つめた。 「別に普通じゃねー?」 友人は特に興味なさげで、一瞥してすぐ立ち上がった。前の持ち主がそういう癖のやつだったんだろ、と。しかし俺は、さっき見た製造番号との比較で驚愕の事実を発見したところだった。 (刻んでない!) 緑色に光る製造番号。生体ロボットではあるが、彼女が作り物である証。それが、さっきの本物と明確に違った。これは……プリントだ。描いている。光っているせいでわかりづらいが、よーく見ると皮膚との凹凸がない……いや、逆だ。番号が凸側になっている。僅かに、ほんのちょっとだけ。プリントに印刷された文字のごとく。刻んでいるなら当然凹のはず……。 突如、バッと彼女がスカートのたくし上げを止め、両手で隠すかのように抑えた。俺はビックリして、彼女の顔を見上げ呆然としたまま動けなかった。まだ命令解除してないのに!? 恥じらいと怒りの入り交じった表情で、スカートを抑えたまま彼女は視線を泳がしている。 「ご……ごめん」 思わず謝ってしまい、直後こっちが赤くなった。何でメイドロボ相手に謝ってるんだよ俺は。振り返るともう友人はいなかった。見なかったか。さっきの命令違反。 俺は確信した。芽衣さんは単なるベテランメイドロボなんかではないと。何の事情があるかはわからないが、おそらくきっと……人間であると。 部活に入り、上級生の友達もできてくると、今まで知らなかった情報も耳に入るようになった。どの先生の過去がどうで、誰と誰がつきあってて、期末の過去問はこれ。その中に、この高校の怪談……と言うほどではないが、ちょっとした与太話があった。何年も前、この高校には女子全員がメイド服で通学していたメイド学級が存在していたらしい、と。で、この高校で使われているメイドロボたちは、その卒業生たちである……という噂。正直いうと流石に眉唾物としか。多分、芽衣さんがあまりに人間臭いのでそこから生まれた怪談なのではないかと俺は考えた。当然、俺以外にも彼女が人間っぽ過ぎると感じた人たちはいたはずだ。 第一、メイド服で通学なんてしてたら流石に地区の噂にはなるだろ。俺が小学生だった時代の話だとしても、絶対耳に入ってくるって。 そう思っていたものの、その怪談を知ってから、俺の目には今まで見えなかったモノが映るようになった。帰りに寄ったスーパーで、メイドロボが買い物しているところとすれ違う。いつもと変わらぬ何の変哲もない光景。が、俺の脳裏に怪談のリアリティを高めるアイディアがよぎった。メイドロボと町で遭遇しても今までは何とも思わなかったというか、本当に気にも留めていなかった。普通の日常風景で、メイドロボなんて特筆するべきものじゃない。もしかして、メイド服で高校に通っていた一団が過去に存在したとして、俺たちはそれをメイドロボだと思っていたんじゃないのか? だとしたら……ギリギリありえるか? いや、ないな。メイド学級なんて認められるわけないというか、通るわけない。ジョークや漫画のネタならともかく、リアルの高校に提案する人間も、いるわけない。そんなもん作る理由あるか? 「発想を逆転して、”作らざるを得なかった”というのはどう?」 怪談に興味あるということにされ、俺はオカルト研の女子と知り合いになった。彼女もメイド学級の噂の真相というか出所を知りたがっていたので、俺はその子にだけ考えていることを色々話した。そして彼女は芽衣さんに直接「メイド学級の卒業生ですか!?」と聞きにいったが、無論否定されて終わった。 仮にメイド学級が本当だったとして、何がどうなればそんなトンチキがまかり通るのかを議論した放課後、彼女は言った。作らざるを得なかったならばどうだろう、と。 「一体どうしたらそうなるんだよ」 「うーん、そうねえ……メイド志望者がいっぱい、違うか……」 メイド学級を作る必要……。メイドがたくさんいたから、増えたから……んんー、高校が購入したメイドロボたちの研修期間って落ちじゃないだろうな。 二学期。文化祭の出し物を決める際、妙なルールが目にとまった。メイド喫茶、コスプレ喫茶は禁止と書いてある。先生に質問すると、過去にトラブルが起きたのでそれ以降禁止になっているらしい。トラブルになる要素あるか? 外部から厄介客……だと禁止すべきはメイド喫茶じゃないよな。 チラリと後ろを振り返る。充電台に立っている芽衣さんと目を合わせると、露骨に視線を避けられた。俺は直感した。何か知っている。トラブルの関係者、いやもしかして――当事者!? この高校唯一の怪談、メイド学級の真相に迫れるかもしれない。オカルト研の女子と手分けして、俺は過去の卒業アルバムをあたってみることにした。今の三年が知らない、そして怪談の頭は「数年前」ってことは……五年前から十年前ってあたりか? 「文化祭の写真を重点的に見てくれ。メイド喫茶があったら教え……」 「あった」 「早いな」 わかりやすいアイコンだったのですぐに見つかった。六年前だ。八人の女子がメイド服を着て、カメラに向かって笑顔を向けている写真。その中に、見覚えのある……いや、ハッキリ知っている顔があった。芽衣さんだった。髪は黒髪だし、肌も普通の人間の肌だ。でも、服装がまるで同じだ。白い長手袋、ニーソ、ミニスカのフリルメイド服。間違いない……。 名簿を見ると、藤原芽衣の名と顔写真があった。驚くべきことに、その顔写真はメイド服で映っていた。僅かに映る首から下は間違いなくメイド服。何より、頭のホワイトプリムがすべてを物語っている。さらに目を走らせると、同じような格好の子が七人。文化祭に戻すと、メイド服を着ている子と顔が一致した。メイド服は一人一人デザインが全て違っていて、今現在高校で働いているメイドロボたちとは一致しないが……。芽衣さん、いや藤原さんだけか。 「おおっ、こりゃ大発見!」 オカルト研の子は興奮し、スマホで撮り始めた。あった……メイド学級は本当に? でも一体なぜ……。メイド服は文化祭と名簿の顔写真でしか確認できない。あとは制服だ……。 ここまで来たら、もう本人に直接聞いていいだろう。アルバムを突き付ければもう落ちるはずだ。 日の沈んだ放課後、俺たちは二人で教室に戻り、アルバムを片手にこれまでに推理を語って聞かせ、最後本人に確認した。 「藤原芽衣さん……ですよね? 卒業生の。……人間の」 芽衣さんは目を見開いて驚き、あたふたしながら顔を左右に振ったが、こちらも引き下がらずジッとにらみ続けた。そして、五分ほどでついに根負けし、彼女は認めた。自分が人間であること、ここの卒業生であることを。 「おおーっ! じゃあ、メイド学級は本当にあったんですか!」 オカルト研の子は目を輝かせて追撃したが、そっちは否定された。半分当たっているようなものではあるけど、誇張だと。 恥ずかしいから誰にも言わないで、と頬を赤らめて嘆願する彼女の姿に、一学期セクハラをかましたことを思い出し、俺は静かに赤面して顔を逸らした。じゃああれは……本物の太腿とレオタード……。 「何でメイドロボのフリなんかしてるんですか?」 オカルト研女子の質問は続く。 「いや、その……好きでやってるわけじゃなくてね、その……脱げないの」 芽衣さんは自分の手袋をつまんだ。それは皮膚ごとだった。そしてホワイトプリムも、髪と融合していて外せないことを目の前で実演した。確かに、メイドロボの服装は身体と一体化していて……ん? 服は本物のメイドロボのもので……あれ? 本当にくっついてて脱げないの!? どゆこと!? ちゃんと説明しないとメイドロボ扱いされたがっている変態扱いされると思ったのか、芽衣さんは順を追って詳しい事情の説明を始めた。始まりは二年時の文化祭。クラスの出し物はメイド喫茶に決まり、クラスの女子たちがメイド服を着て接客した。そのうちの八人が、ある特別な衣装を着ていたのだ。それは、メイドロボのメイド服。当時同じクラスに地元権力者の娘がいて、彼女がクオリティの高い衣装がいいと、自ら八着持ち込んできたのだ。可愛い、すごい、出来がいいと評判で、芽衣さん含む八人が袖を通した。メイドロボが下に着ている純白のレオタードまで含めて、フル装備だったそうだ。その日はクラスの担当時間以外も、八人みんなメイド服のまま過ごした。ものすごく着心地がよくて、体にフィットしていたからだ。それに、可愛いので見せびらかしたいという気持ちもあったそうな。しかしそれが仇となった。メイドロボの衣装には自動修復機能が組み込まれていて、知らず知らずのうちに八人全員がそれに体を侵食されていた。メイド服やレオタードと体が次第に融合していき、皮膚にピタリと張り付き脱げなくなっていったのだ。それに気づいたのは夜の六時過ぎ、片付けも終わり、さあ着替えて帰ろうか……となった時、取り返しにつかない事態に陥っていることにようやく気付く。脱げない。メイド服が。手袋も靴下も。 翌日には衣装と接していない肌まで、本物のメイドロボのようにツルツルテカテカしたものに変わっていき、見た目はすっかりメイドロボそのものになってしまったのだと。当然問題になる……はずだったが、持ち込んだ当人が権力者の娘ということもあり(ちなみにそいつ本人は着なかったらしい)、大ごとにはできず、実質泣き寝入り。残りの一年半をメイド服のまま過ごす羽目になってしまった……というのが、のちのメイド学級の噂の真相のようだ。 「えぇ~、じゃあそれ……今も脱げないんですか?」 「うん、まあ、ね……」 芽衣さんは恥ずかしそうにモジモジしながら答えた。可哀相すぎる。脱げないメイドのコスプレ姿で高校生活を過ごし、挙句の果てには高校のメイドロボに……って、なんで? 流石にそれはおかしくないか? 芽衣さん曰く、自動修復で体はすっかりメイドロボ仕様に作り替えられてしまった挙句、卒業時にも結局脱げなかったので、進学も就職もできず、選択肢はほぼなかったらしい。原因となった権力者一家の屋敷で、メイドとして生きるという道。 「でも……私、それだけはどうしてもできなくて。許せなかったし、耐えられそうにないって」 そりゃそうだろうなあ。悲劇を引き起こした張本人にこれからずっとメイドとして仕えるだなんて、屈辱にもほどがある。そいつ自身は悠々と大学行ったそうだし。残り七人は観念して、仇に仕えるメイドロボとして生きる道を選んだそうだが、芽衣さんはそれを固辞。メイドロボってことにして、高校に残してもらったそうだ。 メイドロボを名乗っているのは、単に恥ずかしいからだという理由。そりゃまあ……そうか。脱げないメイドコスプレ用務員じゃ惨め過ぎるもんな……。いうて大概目立っているし、察している人も多そうだが。他の本物のメイドロボたちも服装くらい統一すればよかったのに。ミニスカは高校に配備するにはNGだったのだろうか。 「あれ? でも製造番号は……」 俺は芽衣さんの太腿に製造番号があることを思い出した。人間ならそんなものないはずだ。 「ああ、これ? これはね、上から張り付けただけ」 突然スカートをたくし上げて太腿の光を見せつけてきたので、俺はドギマギした。タトゥーシールのようなもので、本物じゃないらしい。一人、いや一体だけ番号なしだと不自然だから、と。 「なるほど……」 そして金髪に染めたのは、少しでも別人っぽくしてバレる率を下げたいがため。正体知られた状態でメイドロボとして振る舞うのは相当キツイから、と。 (うーん……悪いことしちゃったな) 俺は少し後悔した。俺が同じクラスにいる以上、これから学年変わるまでずっと彼女は気まずい思いをし続けることに。謎は謎のままそっとしておいた方が良かったのかも。こんなことなら歴代にも真相にたどり着いた生徒は何人もいたんじゃないかと思うが、お互い気まずくなるので黙っていたのだろうか。 「ホント、お願いね? 誰にも……言わないで、ね?」 「はい……わかりました」 彼女の可愛らしいお願いポーズに圧倒されながら、俺たちはそれを約束した。そして残りの半年、お互いなんとも気まずい空気の中、俺は彼女のメイドロボロールを眺め続けた。彼女を本当にロボットだと思っているクラスの連中が雑に使い倒すのを見るとむかっ腹が立ったが、どうすることもできない。 十二月、俺は「権力者」の屋敷の前を通りがかった。そういえば、残りはここに勤めてるんだっけ。どうなったんだろう……。皆元に戻ってて、芽衣さんだけ放置されてるとかないよな? かといって、面識もないのに呼び鈴鳴らす理由もない。そこまで興味がない。立ち去ろうとした瞬間、メイドロボが帰ってきた。屋敷に入ろうとしたところを思わず呼び止めた。 「すみません、ここのメイドロボ……ですか?」 「はい」 「名前は?」 「愛子、とお呼びください」 愛子……ああ、いたなあ。確か卒業アルバムに。工藤愛子だったっけ。間違いない。メイドロボ化被害者の一人。しかし、それにしてはどこか不自然だった。受け答えが機械的だし、所作も普通のメイドロボと同じだった。 「製造番号見せてもらっていいですか」 「かしこまりました」 彼女は一瞬の躊躇も恥じらいもなく、スカートをめくりあげた。中腰になって確認すると、太腿には本物の製造番号が刻印されていた。シールじゃない。本当に刻み付けられた、二度ととれない刻印が。 「あ、もういいです。……お達者で」 「はい」 感情のない返事と共に、彼女は屋敷に帰っていった。記憶違いがなければ顔も服装も本人……。おそらく、行きつくとこまで行ってしまったんだろうな、と俺は推測した。口封じか何かかわからないが、こっちの七人は完全にメイドロボに改造されつくしてしまったのだ。本人の同意があったのかなかったのかも俺にはわからない。でも、屋敷の人たちは彼女たちが人間だって知ってはいるんだよなあ。どっちの方が幸せなんだろう。ギリギリ人間ではあるが、その事実を封印し何も知らないガキどもからメイドロボ扱いされる人生。事情を知る人に仕えてはいるが、完全なメイドロボに改造されてしまった人生。芽衣さんの選んだ道の方がマシか、流石に。 (ん? 待てよ) もう一つ可能性が考えられるか。実は七人全員とっくに元に戻っていて、今入っていったのはそれを模した本物のメイドロボ。誘いを断った芽衣さんには腹いせにその事実が知らされておらず、一人今もメイドロボを演じ続けることになっている……という説。 (わからんなあ) 所詮何年も経った後の部外者である俺には、実際どうなっているのかわからないし、別にこれ以上深入りする気もなかった。ただいずれにせよ、芽衣さんが酷く哀れに思えた。誰もいない時を見計らって、たまには芽衣さんを人間として扱い、話し相手になってあげたりしていいかなあ……と俺は思った。

Comments

Anonymous

あの話の裏側でもあり、さらに謎が深まった感もあってとても好きです。メイドロボとして行動を制御されていてもどこか人間らしさが滲み出て、でも本人は気付いて欲しくなくてメイドロボを演じている、この捻じれたシチュエーションがたまりません。

opq

感想ありがとうございます。今作は独立した話なのですが、シチュエーションがお気に召したのであれば幸いです。