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お尻から芽が出た。私の人生がおかしくなったのは小学四年、林間学校から帰ってしばらく経った時のことだった。座った時の異物感。お尻の右側に、何か硬いものが埋まっている。最初はそれが「芽」だとは思わなかった。おできか痔か……よくわからなかったけど、場所が場所、年齢が年齢だけに誰にも言い出せず、しばらくほっといていた。すぐに親に相談していれば何とかなったんだろうか。 それが発芽し、自分のお尻から可愛らしい緑色の双葉が生えた時は、流石に怖くて泣き叫んだ。両親に連れられて病院に行った私は、そこで世にも珍しい長い名前の植物に寄生されているのだと告げられた。真っ青になる両親の顔を見ると、早くお尻のコリコリのことを言わなかったせいで取り返しのつかない事態を招いたしまった自分のアホっぷりが申し訳なかった。あまり例がないということで、今後どうなるかはハッキリとはわからない。最初の病院の先生はそう説明した。その日のうちに大学病院へ回され、私はものものしい機械や偉そうな年配の医者グループに囲まれ、全身を詳しく検査された。もしかしたら私は死んでしまうのかと、怖くて泣いてしまったことを覚えている。寄生植物は既に私の下腹部全体に根を張っており、手術で除去することは難しいと、翌週告げられた。私も両親もビックリしてしまった。見た目にはまだお尻から双葉が一本生えているだけなのに。この何事もなさそうな皮膚の下で、この憎々しい寄生植物はもうそんなに私の体内を侵略し征服済みだというのだ。取り乱した私は双葉を引っ張って抜こうとし、両親に止められた。引っ張ると双葉の茎と同化し連続しているお尻の皮膚も引っ張られ、痛かった。自分が植物になっている、なっていくということが受け入れきれなくて、私はしばらく引きこもってしまった。 お尻からちょっと生えているだけならまだ周囲には隠し通せた。水泳さえ休めばよかった。でも時が経つにつれ寄生植物は私の体のあちらこちらから我が物顔で芽を出した。両足から根っこのような茶色の枝が生え始める。指の間や足の側面から最初は遠慮がちに、次第に無遠慮に。うまく靴下が履けないし、靴を履く際にも強引に折り曲げて仕舞いこまないといけないので、歩くことさえ苦痛だった。折り曲がった根は生意気にも私に痛みを押し付けてくる。顔や頭からも植物にしか見えない緑色の茎が生えだしたので、流石にもうこの「病気」のことを周囲に隠し通すことは不可能となった。友達は見舞いの言葉はいうものの、あからさまに私と遊んでくれなくなったし、男子たちは植物女ーとからかい、頭からジョウロで水をかけてきた。最悪だった。通学路の脇の地面に窪みなどあると、男子は決まって私をからかった。ここに植えていかないのか、と。私が一番傷ついたのはその手のからかいだった。私の足からは本当に根っこのようなものがいくつも生えている。地面に足を埋めてしまったら、もしかしたら本当に私は木のように地面に植わってしまうかもしれない。夢にもよくみる悪夢だった。病院の先生に尋ねても、明確な答えは返ってこないことが一層私を震えさせた。 中学に上がる頃には、私は遠目にもわかる化け物になっていた。髪の毛は半分以上が枝だか茎だかよくわからない茶色や緑色の細長い物体にとってかわられ、頭上には花さえ咲いた。両手も蔓が手のひらや甲に沿って数本生えていて、握手もほとんどの人は応えてくれない。なまじ寄生植物という概念を理解できる年齢になったせいで、皆「感染」を恐れて必要以上には私と接触しようとしなかった。あからさまに避けると先生や親に叱られるので、小学校のころのようないじめや弄りはなくなったけど、一線引いた最低限のお付き合いばかりで、私に友達と呼べる人はできなかった。接触感染はないと先生が説明してくれても、髪の毛が半分植物に置き換わって足から根っこが生えているのは見た目が最悪過ぎた。ホラー物の変異途中か何かにしか見えないし、実際そうなんだろうから、私は皆を恨む気にもなれなかった。 このころになると、もう私は足の根っこを隠していなかった。すでに病気がバレている現状、無理して靴を履く苦痛の方が嫌だったのだ。外に出る時はもっぱらサンダルで、根っこはもう自由にさせていた。そしてこの根は本当に根っこらしい。バケツに水を貯めて両足を浸けてみるとよくわかる。心地よい安心感が足先から頭まで広がり、水分が補充されていく。乾いていた喉が潤う。何も飲んでいないのに。このことを発見した時は、自分がすっかり植物化しつつあることを痛感させられ、慄いたものだ。でももう諦めというか投げやりになりつつあった私は、泣き叫ぶようなことはせず、あーそうなんだ、やっぱりーと自嘲しつつ現実を受け入れた。 春先には頭からピンクの花が咲く。その時だけ私は人気者になった。一年近くたち流石に「感染」はないらしいと皆がようやくわかってきてくれたことと相まって、ちょっと嬉しかった。 「きれーい、撮っていいー?」 「いいよー」 皆を引き付けているのが「私」ではなく寄生植物の方であることが納得できなかったけど、仕方がない。私はぎこちない笑顔で皆のスマホに収まった。綺麗な花の土台として。 少し周りと打ち解けて迎えた中二の夏。今なら出てもいいんじゃないかと思った私は、数年ぶりに水泳の授業に出てみた。指定のスクール水着だとお腹とお尻の双葉が痛いので、一人ビキニタイプでの出席。この時ばかりは男子の視線が集まり、大変居心地が悪く恥ずかしかった。でも実はちょっぴり嬉しくもあった。男子たちは寄生植物ではなく私の方を見てくれた、くれている。人間としての私を。 しかし、授業のあと急激に気分が悪くなった私はフラフラになり、保健室行きとなった。足の根っこがプールの水を……塩素を吸収したのが不味かったようだ。水道水とそう変わらないはずなんだけど……私じゃなくて寄生植物が直に吸ったのが悪かったんだろうか。水泳の授業はそれっきりで、二度と参加できなかった。ベッドの上でグロッキーになりながら、私は塩素でこの植物を殺せばいいんじゃないかと浅知恵を持ったが、病院の先生が提案しないということはきっとダメなんだろう。「私」にもこうしてダメージが来ているし。私とこの寄生植物はもう一心同体、一蓮托生なのだ。ズルいなあ。勝手に寄生しておいて命だけ連帯保証なんて……。 中三になると、ほっぺたにもピンクの花が咲いた。これ以上見た目の化け物化が進行してほしくない私としては受け入れがたいものだったけど、クラスでは好評で、また写真を撮られるシーズンとなった。このころには下半身がえげつないことになっており、私はスカートを諦めずっとズボンで通していた。私の両脚は蔓でビッシリ。きっとこれを見せたら流石にクラスの皆も悲鳴……は上げなくても、静まり返ってしまうんだろうな。 高校は園芸部のあるところに進むことにした。植物好きな人ならひょっとしたら友達になってくれるかもしれないという勝手な淡い期待を寄せてのことだった。友達作りさえ寄生植物に頼ろうとしている自分が心底惨めだったけど、人並みに青春を送ってみたいという気持ちは強かった。頭上の花が枯れるとまた皆私とは必要以上に接してくれなくなる。花が枯れても一緒にいてくれる人に会いたかった。 しかし高校デビューは想像以上にきつかった。私を見た瞬間誰もがギョッとして固まり、そそくさと距離をとる。怪物みたいな扱いだ。小学校以来の知り合いも多く、病気の進行と共にあった中学メンバーとは異なり、高校の人たちはいきなり文字通りの植物人間状態で出会うのだから仕方ない。教職員でさえ慣れるまではちょっと顔が固いし、瞬きもせずに私を見つめ、緊張が伝わってくる有様だった。 中学では割と人気だったピンクの花も効果はなく、むしろ不気味さの演出に一役買ってしまっているようだった。誰も話しかけてこないし、私から話しかけても引きつった笑みを浮かべて最低限の返事しかしてくれなかった。うぅ……もっと同じ中学の子が多い高校にすべきだったかな。でもきっとどこ行ったって最初は同じだよ。もうしょうがないんだから。そう自分に言い聞かせつつ、懸命に部活動シーズンを待った。待望の五月、私は即刻園芸部の扉を叩いた。出迎えてくれた上級生は衝撃を受けて固まる人と興味深そうな眼差しを向けてくる人とで半々ぐらい。私の噂は四月のうちに学校中に知れ渡っていたようで、説明はいらなかった。興味深そうだった半分は、その日のうちに私にいろいろ質問してきた。失礼にならないかと遠慮しつつも、好奇心を抑えられない……といった感じ。 「それ、実際そんな感じなの? 感覚とかある?」 「触覚なら……痛みは皮膚とかの方から」 「根っこって実際に根っこ? つまりその……足から水飲めたりする?」 「あ、はい、一応」 「その髪すごいね虫は? 虫はわく?」 「コラ」 私が気分を害すると思ったのだろう、彼は女子の先輩に頭を本で殴られてしまった。 「ごめんねこいつら、植物好きで……まさかウチに来るとは皆思ってなかったからさ」 「いっいえ大丈夫です、お気になさらず……」 ガチ勢の部員は既に私の病気の原因になっている寄生植物について、ネットで出てくる程度の知識は持っていた。入学時の騒動はここまで届いていたらしい。どうやら私の見立ては間違っていなかったみたい。私はすぐに正式に入部し、小学校以降初めての居場所を得られた。 あまり私に関わりたくなさそうな部員もいるにはいるけど、大半は好意的だった。同じ学年の子たちもだ。それどころか今までにないほど病気について、寄生植物について色々訊かれた。皆熱心だった。しかし皆が仲良くなりたがっているのは私じゃなくて寄生植物の方なのかと思うと、心が痛む夜もあった。でも腫物扱いだった今までよりは、これぐらいフランクな方がずっといい。私は私で園芸のことを勉強しつつ、先輩方が私の髪代わりの枝と枝の間を観察しようと引っ張ることや、私の足を掴んで根っこの生え際、皮膚との境目を探そうとすることを引きつった笑顔で受け入れる日々を過ごした。 そんな人たちなので、私を植えてみたいと言い出すまで時間はかからなかった。 「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」 「いやっ……その、それは……ちょっと、流石……に」 小さいころ見た悪夢が脳裏をよぎる。地面から足が抜けなくなり、完全な植物に……木に変異してしまう自分。断りたかった。しかし日頃お世話になっているし、やっとできた居場所を壊したくない思いから、私はちょっとだけという条件でそれを受けてしまった。 校舎内の花壇はまずいので、裏山の野菜を育てているスペースが選ばれた。肥料を含む黒ずんだ土。そこに深く大きな穴が用意され、私はそこに両足をつけて立った。先輩方が私の足に次々土を被せ、私の両足は畑に埋まった。 「どう? どんな感じ?」 「どう、って言われても……土の感触と重みしか」 それから数分間、私は両足を土に埋めたまま案山子みたいに突っ立っていた。アホみたい……何やってるんだろ私。 しかし、足先は確かな温かみを感じつつあった。心地いい。心が安らぐ、というのはこのことを言うに違いない。全身に生を感じる。小学校の時、寄生されるよりずっと前、友達と一日中遊んでから遊び疲れて昼寝した時にも似たエネルギーに満ちた充実感だった。 次第に意識が薄れていく中、ハッと覚醒した。やばい! 「あっあの、もういいですか!?」 そう言いながら私はもう足を勢いよく上げて土から引っこ抜いた。心臓がバクバク言ってる。何かわかんないけどヤバかった気がする。先輩方はいきなりの豹変にちょっと面食らいつつ、協力に感謝して後片付けを始めた。 「どうしたの? なんかあった? どんな変化?」 「い、いや~その……特に何も。なんか土気持ち悪くって……」 嘘だった。人生で一番心地よい時間だった。私はまた土に足を埋めたいという誘惑に抗いながら、さっきまで私が植わっていた穴が消えるのを眺めた。あのまま眠っていたらどうなってたんだろう。その場に倒れるだろうからきっと病院か保健室……いや。もし倒れなかったら? 木のようにその場に突っ立ったまま……。全身がゾクッと震える。 その日、夕飯があまり入らなかった。不思議とお腹がすいてなかった。心配する両親に本当のことは言えなかった。多分土から栄養を吸収したからだ、なんて。 お風呂でジッと自分の足から伸びる根っこを観察すると、少し伸びているような気がした。根毛も増えているような。僅か数分の出来事だったのに。気のせいかな。元々伸びつつあったのかもしれない……。鏡で自分の全身を見ると、改めてその異様な姿に寒心する。側面や指の間から根っこが伸びる両足。ビッシリと蔓で覆われた両脚。髪の四分の三以上が茎や枝のようなものに置き換わっている頭。人間の肌が見えるのは顔と胴体、両腕の上半分ぐらい。それもポツッポツッと双葉が点在している。いつかは残りも植物に覆われて、私は完全にホラー物の怪物みたいになってしまうんだろうか。その時私の意識はあるんだろうか。ていうか動けるんだろうか。「かつて人間だった植物」になっちゃうのかな。私の「人生」はあとどれぐらい残されているんだろう。顔が覆われてしまったら、もう人付き合いは無理だろうな……。 寄生植物にばかり気を取られていて、人間としての私を一番見失っていたのは私だったかもしれない。それを感じたのは身体測定の時。居場所ができて余裕が生まれてきたからだろうか、私はやっと自分がチンチクリンであることに気づいた。クラスメイト皆大人だ。大きい。私は……花を除くと身長140のままだ。体型も幼い。植物のせいでわからなかったというか、意識が全然向いてなかった。私は過去の測定結果を引っ張り出し、自分が小四以来ほとんど成長していないという重大な事実に気づかされた。 (う……嘘でしょ、これって……そんな) みんなが女子高生に成長している中、私は小学生と変わらない幼い体型に低身長。胸もぺったんこ。なんで誰も言ってくれなかったんだろう。頭に生えてる植物の方が重大だったからかな。きっとそうだ。もともと身長が伸びない体質だったのか、それとも……寄生植物に栄養全部取られてるんだろうか。きっとそうだ。そうに違いない。泥棒。最低。或いは全身に張り巡らされた寄生植物のせいで物理的に抑え込まれているんだろうか。どちらにせよコイツのせいに違いない。お父さんもお母さんも小さくないもん。 自分がチンチクリンであるということを自覚すると、一層惨めになった。これじゃあまともな男が寄り付かない……いやそれ以前か。恋愛なんてできる体じゃない。園芸部よりもっと……大学で植物の研究してる人とかならワンチャン……そういう話でもないか。なんにせよ友達作りも恋愛も、私から色々なものを奪いつくしたこの寄生植物の力に頼らざるを得ない現実が悔しかった。 高二。地獄はここからだった。この世に病気は寄生植物だけではないという当たり前の事実を、私はすっかり忘れていた。袖から手が出ない。服のサイズが合わなくなっている。成長につれて服が小さくなっていくならまだしも、大きくなるなんて前代未聞だ。病院の定期健診で原因は判明した。縮小病らしい。女性だけが罹患することが知られる奇病で、原因不明で治療法もない。私の頭は真っ白になった。え? なんで? 私もう病気なのに? もう寄生されているのに何で? 奇病と奇病のダブルパンチ。数学ではマイナスとマイナスをかけるとプラスになるけど、現実ではマイナスが加速していくだけのようだった。唯一の救い……と言うべきかどうか、は寄生植物も一緒に相似縮小してくれているらしいということ。人間部分だけ縮んで植物がそのままなら当然、私はズタズタになって死ぬ。だからこれは喜ぶべきこと……だと思うんだけど、本当にこの寄生植物が私と一体化しているんだということを思い知らされるようで、釈然としなかった。 どこまで体が縮むかは人によるらしい。数センチ程度の人もいれば、十分の一まで縮んでしまう人も。そうなれば当然、日常生活は望めない。私は最悪一歩手前だった。半年ほどかけてゆっくりと、私は身長三十センチ程度まで小さくなってしまった。ただでさえ小学生体型のチンチクリンだったのが、今やお人形サイズ。絶望だった。せっかく友達もできたのに。居場所ができたのに。なんで私ばかりに不幸が集中するんだろう。縮むのは他の人でも良くなかった? しかしいくら天を呪ったところで、縮んだ体が戻るわけでもない。私はお人形みたいに小さな、かつ植物に半分乗っ取られた体で復学することを余儀なくされた。自力通学は無理なので、お父さんに車で送ってもらうのだけれど、それがまた心苦しかった。 世界が大きい。半年前までは普通だった世界が、今や巨人の世界だった。階段はほとんど壁だし、廊下の長さは運動場並だし、椅子は棚だ。堪えても涙が出てしまう。私の体だけじゃなく、世界までもが私を拒み始めたなんて。 ただ、私の杞憂は初日だけだった。意外にもクラスの皆フレンドリー……というか、縮む前よりずっと好意的に変心していたのだ。私は面食らってしまった。 「大丈夫? 手伝うよ」「可愛い~」「トイレとか大丈夫? 私運んであげるね~」「ねえねえ、頭の葉っぱ触っていい?」 前までは不気味がって近寄らなかった女子までもが私の味方だった。あまりにも可哀相すぎて同情してくれたのかと思ったけど、なんかそういう空気でもなかった。通学路に出る子猫を愛でるような接し方だった。 その日一日かけて、私は段々理解した。ベッドみたいな机の上で足を伸ばしながら座っていると、今や自分が小人であるということを本当の意味で理解し始めた。清少納言も言っていたように、小さいことは可愛い。等身大の同級生が半分植物ならばモンスターだが、三十センチの小人が半分植物ならば、それはファンシーな妖精さんなのだ。髪代わりの茎も、ほっぺに咲く花も、裸足から伸びる小さな小さな根っこも、今や全てがチャームポイントに転換していた。意外や意外にも、小さくなったことで私の環境はよい方へ激変した。物理的な面倒は大体誰かがやってくれるし、もう勉強もとやかく言われないし、皆からは子猫みたいに可愛がられるしで、私は高校生活がとても楽しくなった。 園芸部でも私は歓迎され、距離をとっていた部員も好意的になり、私は園芸部のマスコットになった。園芸事態に携わることはもうほとんどできなくなってしまったけど、いるだけで私は評価された。相変わらず植物として私に興味津々な層も、虫眼鏡を用意して私の体を観察しようとしては女子陣に止められた。 同学年の男子、肥塚くんは特に私の面倒を見てくれた。同じ園芸部で以前から私の寄生植物に興味があり、よく話もしていた。彼が頭から生える双葉をつまんでくれると嬉しくなってしまう。……要するに、私は彼が好きだった。でも彼が「私」を好きなのかはわからない。私の趣味とか全然訊かないし、大体は寄生植物絡みの話だ。彼が好きなのはそっちなのかと思うと、私はこれまでとはまるで違う意味で自身の寄生植物を恨んだ。 そんなわけだから、彼から引き取りの申し出があった時、私は拒まなかった。卒業したら私と一緒に暮らしたいというのだ。告白もすっ飛ばしてプロポーズかと、私は真っ赤になってしまった。まあ当然そんなわけはなく、植物オタクである彼は世にも珍しい物件である私……寄生植物を含んだ私という存在が欲しかっただけだろう。縮む前に彼のお宅に部員たちと行ったことあるけど、いろんな植物を自宅でも育てている筋金入りだった。 でも、私はそういうところまで察した上でなお、彼のモノになりたいと思ってしまった。ていうか実際、私はこの体で大学進学する気はなかったし、かといって就職も不可能なので、これを断れば卒業後は引きこもりになって腐っていくしかないのだ。……もしくはどこぞの研究機関で実験台になるか。お医者さん経由でそういう誘いも実はある。 両親も娘が観葉植物コレクションになることはどうにも受け入れ難かったようだけど、同時にこれが恐らくラストチャンスであろうことも理解してくれていた。植物に寄生された上三十センチまで縮んだ人間の面倒を見てくれる人など、二度と現れるかわからない。それにこれを拒めば引きこもりしかないのだから。 二人は最後まで私に後悔しないか心配そうに尋ねた。私は大丈夫と繰り返し答えた。まあダメだったら帰してもらえばいいだけなんだから、そんな気にしないでいいよと。 卒業後、宣言通り私は肥塚くんの進学先にお邪魔した。大学進学した彼は一人暮らし。二人でラブラブ……と私はいきたかったところだけど、彼はまだそんな風には私を見てくれていないようだった。彼は自分のコレクションの中から数点、管理が容易な珍しい植物をいくつか持ってきていて、棚にプランターが並んでいた。私は彼のお気に入りコレクションとして彼ら(?)同様、選ばれた……のかな。 「よろしくね、肥塚くん」 「こちらこそ、植木さん」 彼との共同生活は、まあ楽しかった。私が小さいせいで恋人っぽくは全然なくて、ペットみたいな愛でられ方ではあったけど、彼は私をとても大事に扱ってくれた。彼が大学に行っている間は自由時間で好きなことできるし、いい暮らしではあった。でも人間の恋人になれないフラストレーションはちょっとずつ降り積もる。縮小病さえなければ、寄生植物は健在でも今頃……。 新生活にも慣れてきたころ、彼が新しい植物を植えるべく、プランターを用意した時。誰かが訪ねてきて彼が玄関に向かった際、私はおふざけでその上に立ち、軽く両足を土に埋めた。単なる悪戯というか出来心だった。しかし彼が中々玄関から戻ってこない。長話。 (もう~、早くしてよ) と思いつつ、私の意識は心地よい温かみの中に消え去ろうとしていた。全身がとっても気持ちいい。以前地面に足を植えた時と同じ……。私は彼が戻るまで意識を保つことができず、いつしか眠りに落ちてしまった。 目が覚めた時、もう夜だった。 「あ、起きた? ごめん、あんまり心地よさそうだったから」 「あ……うん?」 私は自分が案山子みたいに突っ立っていること、そして両足からとても暖かい安心感が全身に広がっていることに気づいた。 「あっ」 私の足がプランターに植わったままだった。彼の植え替え作業を何時間も邪魔してしまったことに気づき、すぐ出ようと足を上げた。上げるつもりだった。 (……?) 足が上がらない。少ししか持ち上がらない。ていうか……足が動かない? 「ん? あ、あれ……待って」 右足だけじゃない。左足もだ。私は何度も足を土から引き抜こうとしたが、足どころか脚も、膝がほとんど曲がらない。本当に案山子のように、その場に突っ立っていることしかできなかった。 私の異変に彼は気づかないらしく、お風呂に行ってしまった。私は何度も懸命に両足に脳から指示を出したが、まるで言うことをきかない。段々心臓の鼓動が早まる。や、やばい。小学生のころ見た悪夢が、ひょっとしたら現実になろうとしているかもしれない。いや私の被害妄想であってほしいけど。 しかし、どれだけ懸命に力を込めても、私はプランターから脱せなかった。浅い穴に両足を入れて、軽く土を被せただけなのに。どうしてこんな……んんっ。 彼がようやくお風呂から上がってきた時、私は自力じゃ出られないから引っこ抜いてほしいとお願いした。しかし時すでに遅く、引っこ抜いても私の両足はピタリ閉じられたままくっついていて、動かせなかった。 「あっあっあっ、どうしよう」 涙目になる私に対し、彼は冷静……というか研究者の目をしていた。そしてあろうことか改めてプランターに私を植えなおしたのだ。今度は足首よりも深く埋めて。 「ちょっ……何すんの!?」 「いや、……興味深いなって」 「待って待って待って、早く抜いてよ、木になっちゃう、ほんとに植物になっちゃうって!」 「それってどこ情報? 病院の先生が誰かそう言ってたの?」 「いや……それは」 土に植えられると植物化が進む。私はこれまでずっとそう思ってきた。何でかと言われると……そんな気がするから、以上の答えがない。小学生のころから見ていた悪夢。確かにそうと決まったわけじゃないんだけど……でも足が固まっちゃってるし! 彼は私の訴えをよそに、面白いからもうちょっと試してみよう、と言い張り、私を植えたままにした。じょ、冗談じゃない。本当に完全に植物になっちゃったら一体どう責任を……責任はとるのか。嬉々として私の面倒を一生見てくれるんだろうな、この人は。いやでも困る。そんなのは困るって。 しかし両脚が閉じたまま動けない私にはなす術がない。そして再び両足から多幸感が溢れてくると、無意識に抗議の声も小さくなってしまった。ずっとこうしていたい、植わっていたいという強烈な欲求が心に溢れてくる。 (あーでも確かに……こうしていればずっと、お腹もすかないし気分もよくて……いやダメ、それは……罠、のような……でも) 全部私の被害妄想だったら? 彼の言う通り、植物化が進むという話は確かに私の想像に過ぎない。でも……なんか本能的にそんな気がする……の。 しかしこれまでより深くしっかり植えられたせいだろうか、全身に幸福感が巡る。それは両足からきている。温かい土の感触が私の懸念不安を強制的に洗い流してしまう。気がつけば私は一切の文句を言えなくなっていた。やっぱ抜いてと言おうと思っても、喉から声が出ていかない。 沈黙をもって私も納得したと思ったのか、或いは、表情がとても気持ちよさそうだったからか、彼は満足げに微笑み、カメラで私の状態を念入りに記録し始めた。 (あうぅ……待ってぇ。抜いてよぉ。もう自分じゃ……いろんな意味で、どうしようも……ない……から……ぁ) 寝る時間になっても、私はプランターに植わったままだった。もう何時間も突っ立っているはずなのに、全然苦しくなかった。それどころか、これでこそ普通、自然だとしか思えなくなり始めていた。どうして私は昨日まで横になって寝ていたんだろう? 暗くなるとすぐに私の意識は朦朧とし始め、これまでにないような心地よい眠りにつくことができてしまった。 翌日。彼はいなかった。大学へ行ったらしい。ずいぶんグッスリと寝ていたみたい……。朝食もとっていないのにまるでお腹が減っていない。そのことがまるで当然のように感じられてしまい、そもそもどうして私は昨日まで口からご飯を食べていたのかの方が不思議に思えてならなかった。 (……いやっ、当然じゃない! 私人間なんだもん!) しかしプランターに植えられて、他の植物コレクションと同じ棚に並べられてしまっている今、人間を主張するのはかなり滑稽なことのように思われた。なんで私は昨日まで自分を人間だと……あっあっ、ダメダメ! 違う! 私は! 人間! 身動きできない自由時間。ネットもドラマも見られない。本も読めない。この場から動けない。そして硬化範囲が昨日の夜より広がっている気がした。お尻が……腰が動かない。まるでゴーゴンに石化されてしまったかのようだった。これじゃあ自力脱出は不可能だ。 (早くー、早く帰ってきてよぉー) 心の中で肥塚くんに必死に願うしかなかった。わずか一晩でこれなら、二十四時間経ったらどうなっちゃうんだろう。 彼が帰ってきた時、既に夜の六時を回っていた。朝食も昼食も抜き。なのに平気だった。彼もそのことを興味深そうに聞いていた。そして私にはこっちの生活の方があっているみたいだから、もうしばらく植物ライフを試してみようと彼は告げた。本来ならば声を張り上げて抗議するが絶望するかが相応しい……少なくとも人間ならばそうするのが自然な気がする。が、もう私は静かに 「ん……」 とだけ答えて肯定してしまった。もう両腕も動かない。身体から少し離して斜め下に伸ばしたっきり、人形のような姿勢で私はほとんど固まっていた。鏡が見たいと思った。私の皮膚の肌色は肌色だろうか、茶色に、樹皮に変わっていたりはしないだろうか。しかし彼が何も言わないということは、見た目には変わりないんだろう……きっと。多分。 その日から、私はずっとプランターに植わったまま過ごすことになった。心地よくて安心感があり、気分も穏やかだった。首も動かせずじっと前を見つめるだけの日々なのに。何にもできないのに。自分が正気を保っているのかよくわからない。心まで寄生植物のものになってしまったんだろうか? 人間生活に戻りたいかと問われれば多分イエスのはずなのに、もう積極的にそんな行動に出る気がまるでしない。彼が水をかけてくれる時、植物としての心地よさと人間としての嬉しさがないまぜになって私はとってもキュンキュンしちゃう。他の植物が愛でられていると嫉妬する。植物として嫉妬しているのか人間として嫉妬しているのかよくわからない。でも植物は嫉妬しないからきっと私は人間なんだろう……多分。 時間の流れも曖昧になり、私は外界の刺激に咄嗟に反応することも少なくなった。彼が友人を家に招き、その友人が私を見て「うわっ、何これ、マンドラゴラ!?」と叫んでも、羞恥心と屈辱感が湧き出るのは一、二時間後のことだった。 ある日、ぼんやりとした意識の中で、彼が言った。 「大きくなってきたから、植え替えるね」 (……何? 大きく……何?) 全身が持ち上がり、土から……いや足回りの土はそのままに、プランターから私は引っこ抜かれた。 (何? 何するの、抜かないで、戻してよ……) 少しするとまた私の両足はしっかりと土の中に戻された。一体何をやってるんだろう、この人……。でもまた両足から温かくなってきたしいいかもう……。 またあくる日、私は引っこ抜かれた。早く戻してと思っていると、彼は中々私を土に戻そうとしなかった。つぶさに私の体をコンコンと叩いては揉み、水をかける。 (ちょっとやめて、意地悪しないで、枯れちゃうよ……) 待てども待てども、新たな土の感触は得られない。シートの上に横たえられたままだ。何でこんな酷いことするんだろう。肥塚くん、私の事嫌いになっちゃったのかな……ひょっとして処分するつもり? 何時間も経過すると、次第に恥ずかしくなってきた。そういえば服を着ていない。丸出しだ……胸も股間も。いつからだっけ? 服着てないの……。最初は着てたよねえ? さらに時間が経過すると、目に映っているのが天井だとわかった。私……は、確か……ええと……。ぼんやりとしていた自意識が次第に明瞭になり、時間の流れと意識の流れが一致し始めた。ビクッと全身が震える。寒い……かもしれない。ゆっくりと首を動かして横を見ると、誰かが心配そうにジッと私を見つめているのが目に映った。 「こえ……づか、くん?」 「あっ!」 彼が急に大きな声を出したので、私はビックリした。そして、何だか今が、状況がよくわからないと、ありのまま今思っていることを告げた。 「ああ良かった。本当に良かった。もうちょっとたったらもっとわかるよ」 「? ……そう」 よくわかんない。ところで私はいつプランターに戻され……いや、なんでプランター? 私は人間……だからプランター……あれ? 「大丈夫? ゆっくりでいいよ」 もっと時間が経過すると、本当によくわかってきた。私はプランターから引き抜かれて一日以上経過しているようだ。その間意識が不連続で、一晩経っていることにも気づかなかった。彼の助けを借りながら、私はゆっくりと起き上がった。あたた……。全身カチンコチンだ。いつぶりだろう、体を動かすの……。 全裸だった私に彼は上着を被せて、自分が誰だかわかるかと尋ねた。なにそれ。私は花子、植木花子に決まってるでしょ。 「うん、うん、君は人間だよね?」 「そりゃぁ……そうでしょ?」 何を言ってるんだろう。この人。そして私は、彼が少し……というか、だいぶ大人びて見えることに気づいた。肥塚くんこんなだっけ? 周囲もなんかちょっと変わっているような。模様替え……でもない。そういうのじゃない、何かが……。私はプランターが多く載った棚をぼーっと眺めた。ああそうだ、私はあそこに……なんで? なんで私プランターにいたの? 人間なのに? 少しずつ、ゆっくりと記憶が蘇ってきた。私は確か、そう……おふざけでプランターに乗ったら彼が便乗して抜けなくなって……何でそんなことになったのかというと、私は……ああそうだ、植物に寄生されてたんだ、私。んで確か……そう、体も縮んだんだ。だから私は……あれ? 私は自分がプランターを見下ろしていることに気づいた。違和感の正体が次第にハッキリしてきたけど、それは何だか信じられないようなことだった。振り返ると、肥塚くんの顔があった。目線が同じだ。なんていうか……等身大だ。 私は自分の体を見下ろした。蔓で覆われた両脚。ところどころから生える双葉。いや……そこはどうでもよくて、体が……サイズが 「も……どってる!? 大きくなってるーっ!?」 ようやく状況を把握できた私は、あまりのショックに大声を張り上げ叫んでしまった。 いつ振りかのお茶を飲みながら、私は肥塚くんの俄かには信じがたい説明をずっと聞いていた。植物化していた私は、日に日に成長……つまり大きく育っていたらしい。そのことに気づいた肥塚くんは、元のサイズに戻るまで私を植え続けてみる挑戦をしたのだとか。全然気づかなかった。私、なんかずっと夢見心地というか……心も植物になっていたっぽいから、なんかあんまり覚えてないや……。 証拠にと、彼は日々撮影した私の観察レポートを見せてくれた。そして私は、ある日を境に自分が全裸のままで服を着せてもらえてないことに気づき、三年ぶりの羞恥心を炸裂させて、真っ赤になってうずくまった。 「あ、いや、ごめん、なんかもう面倒になったからさ、意識もないっぽくて生返事だったし!」 「バカ! もう! やだ! でもありがとう!」 私の頭上に花が咲いた。ピンク色の綺麗な花が。「人間」に戻った私の顔も、それに負けないぐらいにピンク色だった。

Comments

Anonymous

本当に面白い、最後の部分は全く思いませんでした! 今思い出してcommentを書くwww

opq

コメントありがとうございます。面白く読んでいただけたなら嬉しいですね。