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「土田さん、なんか縮んでない?」 「え?」 クラスメイトに言われた一言。やっぱりだ。きっとショックを受けなければならない場面のはずなのに、不思議とホッとしていた。最近、服のサイズが合わない。ふとした時に見慣れた机が、棚が、ちょっと高く感じたりする。私の体が小さくなっているかもしれない。何となくそうなんじゃないかとは感じていたけど、確定させるのが怖くてずっと身長を測ったりすることは避けていた。それが今日ついに、外部からの指摘を受けたことで逃げられなくなってしまった。なのに、私は不思議と落ち着いている。保健室で身長が少し縮んでいることが確認されてしまっても、悩む日々が終わりを告げたこと、惨めな今の暮らしに言い訳ができるようになるという情けない安心が私の胸を支配していた。 病院に行くと、もうしばらく様子を見ないと断言はできないが、縮小病の恐れはある、と告げられた。入院は当然、断った。というか断られた。うちは貧乏だ。そして私の親は私のことなどどうでもいいし、むしろ鬱陶しく思っているくらいだ。だから呼び出されたお母さんはとても不満げで、即座に入院を断った。私もそれは別にいい。入ったって治るわけでもないんだから。 人の体が縮む奇病が発生して十年近く。発症は今のところ女性だけで、原因は不明。治療法もなし。ただ縮むのが止まるのを待つだけだ。多くは数センチ縮むだけらしいけど、最悪の場合は十分の一以下まで縮小されて、原形をとどめない血と肉の混ぜ物になって死ぬらしい。それはまあ相当のレアケースらしいけど……どうでもよかった。むしろそこまでいってくれれば惨めな人生が私の責任じゃなく終わってくれるのだから、むしろありがたいかもしれない。 一週間、保健室で身長を測られた。そして縮んでいることは間違いのない事実に変わる。クラスメイトは軽い見舞いの言葉をかけるだけで、特に世界は何も変わらない。親身になってくれる友達がいないことも、お母さんがクソな男と遊んでいることも。変わるのは私の惨めさだけだった。日に日にブカブカになっていく制服。学年、いや世代が違うんじゃないかというくらいの体格差。一層ボサボサになっていく髪。かけられなくなる眼鏡。最悪。周りの人たちは皆玩具やかわいい服を買ってもらったことがあって、愛してくれる親がいるのに、縮んでいくのはどちらも与えられなかった私だけだ。不公平な気がするけど、誰かが消えなければならないのなら私みたいな奴が消えた方が世界は嬉しいのかもしれない。不公平ではあるけど、合理的な当選なのかもしれない。 130センチを下回ると、スキンシップが増えた。頭を撫でられたり、持ち上げられたり……。すっかり年下、というか小動物みたいな扱いになっていく。私は抵抗もせず静かに全て受け入れた。流石に制服を何とかしろとからかいながら注意される。もうブカブカとかいう次元ではない。先生が古い制服を強引にリサイズしたものをくれたので、しばらくそれを着た。でもこれもいつかはブカブカに、そして……「布」になってしまう。縮むのが止まらなければ。 身長二桁近くになると、学校に行くのも辛い。当然ながら送り迎えなんてない。巨人の世界へ変わりつつある、伸びた道路。自転車にももう乗れない。早起きして中学校へ向かう日々。通行人の視線が刺さる。みすぼらしい服装で目立つのは慣れていたけど、これは今までとは異なる恥ずかしさがあった。でも私のせいじゃなくて病気のせいだから。私は悪くない。だから平気……。長距離歩くのがダイレクトに辛い。 私は三年生。高校はどうするのか。先生に訊かれる。元々行けるかどうか怪しかったけど、流石にもう無理だ。先生は縮小病の生徒を受け入れている高校もあると紹介してくれたけど、私自身がもう限界だった。お金ないし。あってもあの親からは出てこない。自転車すら乗れないのにどうしてそんな遠くの高校に通えるの? これ以上縮んだら朝の電車なんて物理的に不可能だよ。潰れちゃう。 先生は最後まで説得しようとしてくれたけど、結局、受験シーズンになっても私はそのシーズンをパスしてしまった。願書は出さない。私は中卒フィニッシュ。しかもこんな小さい体で……。春からどうしよう。出来れば家から出たいんだけど、働こうにもこれじゃあ……。何か資格や特技があるかと言うと何もない。これからずっとあの母親の下で要介護生活かと思うと気が狂いそう。やっぱり高校に……いや問題はそこじゃない。 もう半年切ってるし、無理に登校しないでもいいと言われたので、私は家に引きこもった。お母さんは家に男を呼びづらくなったので大層機嫌が悪い。以前にもまして無力化され抵抗できなくなった私は隅っこで震えていることしかできなかった。流石に30センチまで縮むとはお母さんも思っていなかったらしく、若いのに要介護化した不良債権の処理に頭を悩ませていた。私の許可もとらず説明もなく、過去の男たちにあたり私の引き取り手を探していることに気づいた私は、いても経ってもいられなくなり、学校へ向かった。使い古した布を適当に縫い合わせただけの、ワンピースとも呼べないワンピースを一枚だけ羽織って。スマホも持てないので置いてきた。はぁ……しっかしまあ、下着もなしで表を歩く日が来るなんて。でももうどうでもよかった。私の裸体に価値なんてきっとない。全然手入れできてなくて汚いし、30センチの小人じゃ相手にもならない。 しかし、身長30センチで歩いて学校行こうなんていうのは無謀過ぎた。歩けど歩けど、たどり着く気がしない。ちょっとぶつけられるだけでも、あっけなく死ぬかもしれない。なんせ周りは皆巨人で、ここは巨人の世界なのだから。 見慣れたはずの近所がまるで違って見えた。最後に外出した時はまだ70センチあったっけ。あの時はまだギリギリ「人間」だった。けど、今はもうお世辞にもここは私の世界だとはまるで感じられない。異世界に迷い込んでしまったみたいだ。私はいよいよ、世界そのものから締め出されつつあるらしい。 (ああ……なにやってんだろ私) 別に今日すぐに変な男がやってきて連れ去られるってわけでもないのに……。もう体力は限界で、家に帰ることもできそうにない。アスファルトに座り込むと、お尻が痛い。道ってこんなにデコボコだったんだ。もっと綺麗に作ってくれればよかったのに。 大きな靴と影が私の前に立ちふさがり、景色を奪った。見慣れた灰色のズボン。男子の制服。巨人はかがんで私の顔を確認した。 「土田?」 「あ……うん」 私の返答は小さすぎて聞こえなかったのか、彼はもう一度尋ねてきた。私は頷いて答える。庭瀬くんだった。二年まで同じクラスだったっけ。 「え、何してんの? 大丈夫?」 「ちょっと……休ませて」 反射的に口から言葉が出た。身体の力が抜け、私はその場に倒れ込む。伸びきったボサボサの髪で目が隠れる。庭瀬くんは慌てて私をそっと持ち上げ、両手に寝かせたままゆっくり慎重に歩き出した。ああよかった、これでどっか安全なところに行ける。そして、咄嗟にお母さんみたいに振る舞い、男を利用した自分に嫌悪感が湧く。死にそうってわけでもなかったのに、なんで私はそんな風に見える演技をしちゃったんだろう? なんで学校や私の家を指定せず、行先を庭瀬くんに委ねたんだろう? ああ嫌だ。無意識に可哀相な私を演出して彼をコントロールしてしまったことが信じられない。しかもあわよくば巻き込もうと……このまま連れ去ってくれないかと私は心の奥底で期待してしまっている。もう嫌。お母さんみたいな女にだけはなりたくなかったのに。 けれど、体は起き上がらない。限界を迎えた哀れで同情すべき女として彼の手の上に横たわったまま、私は何も言うことができなかった。 図らずも庭瀬くんは私を家に……彼の家に運び込んだ。柔らかいタオルに座り、暖かいお茶を飲むと、申し訳なさが強くこみ上げてきた。下着なしで男の子の家に上がり込んで、しかも……ほとんど自分から誘導したような形で。何をやってるんだ私は。しかし心配そうに事情を尋ねてきた彼の大きな瞳を見ると、再び私は自分がどれほど不憫で救いの手を差し伸べられるべき存在であるかを懇々と語りだし、喋りながら鳥肌が立った。何? 何言ってんの私? ただ二年同じクラスだったってだけの友達……というか知り合いの男子に、なんでこんな……アピールしてんの? 媚びてるよね。いつもより声が高いよ。わざわざ同情を引くような言い回しを使ってる。まだ変な人に邪な目的で引き取られるなんて決まったわけでもないのに、気づけば私はさもそんな風に話していた。誇張してる、まるで庭瀬くんに引き取ってもらおうとしているかのような言動。自覚はあるのに、何故だか止められなかった。身体と喉が自然に動き続ける。お母さんが男にしている態度と同じだった。私は生まれてこの方彼氏なんてできたことないし、浮いた話なんて予兆さえなかった。なのになんでこんな風に、私は息を吸って吐くように女をやっているんだろう? 自分にドン引き、そして猛烈な自己嫌悪が沸き上がる。アピールを真に受けた庭瀬くんの真剣な眼差しが私の胸を打つ。私は目を合わせられなかった。ごめん、ちょっと言い過ぎたかも……という言葉はそれでも口から出てこない。僅かな理性が何と言おうと、私の本能が彼からある答えを引き出そうとしていることは間違いなかった。 その日、私は彼の家に泊めてもらえることになった。断らず受け入れた自分にまた吐き気がするし、そうして頭の中でいい子ぶりながら実際には一番嫌いだったタイプのムーブをし続ける自分に慣れることができた。 おばさんにお風呂に入れてもらう時、下着をつけていなかったことがバレると流石に体裁が悪かった。でも仕方ないじゃん、小人用の下着なんかないんだから。 だけど、何故か着替えはあった。庭瀬くんはドール趣味……といっても知人に処分代わりでもらった一体だけだけど、あるそうなのだ。生まれてから一度も着たことないような可愛らしいフリルのついた寝間着だった。とっても小さかったころ、貧乏の概念がわからなかったころ、可愛い服や靴下が欲しくて泣いたことがある。結局買ってもらえることはなかった。もう中学生……それも卒業間近なのに、しかも私みたいな人間がこんな可愛い服着ていいんだろうか。汚さない? 汚してもいいと彼は言う。捨てる予定だった服だからと。絶対に嘘だった。彼の部屋を一目見ただけでも、ドール用の服は明らかに数が少ない。貴重な一着を私に恵んでくれたのだ。救われるべき哀れな同級生に。私の媚びは成功を収めたのだ。 タオルのベッドに横たわりながら、罪悪感と自分の獣性への嫌悪に押しつぶされそうだった。私は直感的に彼が獲物だと、落とせるとわかってやったのだろうか? あの時通りかかったのが女子だったなら、或いは保健の先生だったなら……普通に学校行って相談して家帰って、だったんじゃないかという気がする。そしてこの服……。庭瀬くんがこういう趣味も持っていたなんて私は全く知らなかった。ていうか話したこともあんまりないし。だけど、もしかしたら私は、私の中に流れるお母さんの血は、目ざとい狩人のように、何となく見抜いたのではないだろうか? と疑問に思う。こいつは都合のいい存在だ、良いもの持ってきてくれる……と。 吐きそう。最低だ私。 その後は学校と家と、何とか相談所をグルグル回った挙句、私の本能が望んだとおりの結果になった。卒業後……というかそれより早く、私は庭瀬家のお世話になることになったのだ。何だか善意を食い物にして付け入ったように感じてしまって後ろめたい。そうならないように動くことは決してせず、流れに身を任せ続けた自分に諦めにも似た感情を持つ。所詮私はあの母親の子なのだなあと。せめてもの抵抗と矜持として、庭瀬くんには一途でいようと心に誓った。もっといい条件の引き取り先が現れたらするっとそっちへ抜けていく、なんてことはしないように……あれでも、抜けられるなら抜けた方が庭瀬家に迷惑はかからないのかな? う~ん……。 庭瀬家では私用の服や家具が用意されていて、私はかなり戸惑った。こんなに色々買ってもらったことは人生で初めての経験で、どう反応すればいいのかわからなかった。ありがとー、で全部受け取るの図々しすぎないだろうか。いいの? 服もとっても可愛らしいものばかりで、私はドギマギしながら袖を通した。小さいころに憧れたようなキラキラ衣装そのものだ。フリフリのアリス衣装、ドレス、アイドルっぽい服……。気合を入れ過ぎたのか、逆に普通の服がない。本来ならもう高校生になるのに、こんな服着てていいんだろうか。クラス一の美人や、あざとさのない自然な愛嬌のある子ならともかく……私みたいなのが……。と心の中では謎の言い訳を並べているものの、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべてしまうのは止められない。ほんとは嬉しい。こんな服着てみたかった。 とはいえ何もかも都合よくお膳立てされているわけではない。庭瀬家入居にあたり、条件が一つ。それはフィギュアクリームという肌色のクリームを全身に塗ることだった。下着の数をそろえることや下の世話をするのは流石に、という理由で、私は人間の容姿と生態を封印されることになったのだ。フィギュアクリームとは、本来フィギュアの艶出しや汚れの防止に使うらしいクリームで、それを塗ると配合されたナノマシンが垢や油を分解してくれるのだそう。大事なフィギュアにベタベタ触ってもオーケーというわけ。これを縮んだ人間に塗ると、体を清潔に保てるらしい。股間に厚く塗ると、なんとトイレにも行かなくてよくなるのだそうだ。勿論、普通の人間に塗ってもそんな効果は得られない。30センチにまで縮んだ結果、クリームによる汚れの分解機能が間に合うという偶然が生んだ作用。 洗面器に張ったお湯の中に溶かされたクリームは、まるで人間をそのまま溶かしたかのようで不気味だった。中に浸かると、まるで私を飲み込むかのように、粘着性のあるお湯が全身に張り付いてくる感触があった。私の肢体に沿って這うようにコーティングされていく。フィギュアの折れた箇所を修復する効果もあるって言っていたっけ。私の体をフィギュアとみなし、その形状に沿って自動的にまとわりついてくるのかな。 顔や髪までクリームにベッタリ浸けてから、乾かすこと三十分。鏡を見ると、そこには驚きの光景が映っていた。フィギュアだった。映っているのは、フィギュア。これが私だなんて、生きた人間だなんて信じられない。樹脂のような質感を持った肌色一色の皮膚。私のみすぼらしい手足はどこにもない。一本の産毛もなく、血管も見えない。全ては薄いが頑固なクリームの下に封じられ、私にはフィギュアの容姿が与えられたのだ。顔もアニメっぽくデフォルメされていて違和感がない。これが私の顔? 美化しすぎだと思う……。髪も彫刻やフィギュアのように、一塊のパーツに形状をつけて髪を表現している……ように見えるけど、触ってみると指が通る。不思議。 胸は少し大きくなった。どうやら乳首を埋めようとした副作用らしい。私の胸はテカテカと光沢を放つ肌色の膨らみでしかなく、乳首がなくなっている。クリームが自然な胸の形を保ちつつ乳首を埋めた結果、一回り大きくなったのだ。そして股間。宣言されていた通り、追加で厚くクリームを塗られた結果、何もなくなってしまった。マネキンのようにツルツルだ。もう私の股間には前後どこにも穴がない。私は全年齢の裸体に生まれ変わったのだ。何だか人間じゃなくなったみたいで悲しくなりもしたけど、これでもう服を汚さず気楽に着れるというのが嬉しい。 改めて可愛らしい服たちを着てみると、最初とはまるで印象が違った。似合ってる。……ように見える。みすぼらしい勘違い女がフリフリの衣装を着ているのではない。可愛い美少女フィギュアが相応のフリフリ衣装を着ているように感じる。これだったらまあ、痛くない……かも? いいのかな? 私がこんな服着てもいいのかな? そうして私は庭瀬家の新たなペットとなった。特に何かやるでもなく、ただ可愛がられるだけの日々はペットと呼ぶしかない。私自身ビックリするぐらい素直に順応し、頭を差し出して撫でてもらおうとしてしまうし、次第に声も高くなっていくし、見せびらかすように可愛い服を好んで着るようになっていくしで、自分の変化……というか本性に驚いてしまう。人間は役割を与えられるとそれっぽくなるといつか先生が言っていたような気がするけど、その通りだと思う。私は庭瀬家のペットであり、庭瀬くんのお人形となったのだ。 庭瀬くんの部屋。棚の上にあるスペースが私の定位置。そこにはライバルであるアリスちゃんも鎮座している。庭瀬くんのドールだ。彼女が着せかえられたり撮影されたり、愛おしそうな扱われ方をされているのをすぐ目の前で見せつけられると、どうしても嫉妬してしまう。アリスちゃんなんて動かないし喋れもしないのに。そして人形相手にバチバチ嫉妬している自分に心底呆れかえる。撮影は私もよくされるけど、着せ替えはしてくれない。……い、いや着せかえて欲しいわけじゃないけど! 何となく対抗というか当てつけというか、私は「彼女」の横で同じような姿勢で座り込む時間が長くなった。自分でもアホらしいと思うけど、自分が床に降りてウロウロしている間、部屋の一番目立つ、高い位置にアリスが一人デンと構えているのを下から見上げると、ライバル心を掻き立てられてしまう。そうこうしている間に、本当にアホな状況になってしまった。体が勝手にアリスちゃんの真似をするようになったのだ。 (あ、あれ? 待って、今日は配信が……) 好きなドラマの最新話を見ようと床に降りてリビングへ向かおうとした私はくるっと反転し、気づけばまた元通り棚に戻っていた。最初は混乱というか、カップとスマホを取り違える系の現象だと思ってまた床に降りた。しかしまた戻される。何度も繰り返すと、流石に一時的な脳のバグで片付けられる現象じゃないことを察した。 (な、なに、どうなってんの? 体が勝手に……?) 身体が私の意志に反して動き出し、また棚の上に戻ってしまう。そして隣のアリスちゃんのように、両脚を伸ばし、まっすぐ前を見て座り込む。気づけばそうなってしまう。何が何だかわからない。こんなことありえる? しばらく時間を置いてから床に降りても、ある時体の支配権が切り替わり、私は手足のコントロールを奪われてしまった。棚に戻り、人形の姿勢をとる。アリスちゃんの横で。彼女と同じ姿勢を。 (な……なんなの一体) 私は横のアリスを眺めた。まさかこの子のせいじゃ……あるまい。単なるお人形だし。原因は私に……病気? 縮小病? いや、体が独りでに動くなんて聞いてない。わかんない。疲れてるのかなぁ……。 原因が判明したのは一週間ほど経ってから。庭瀬くんに髪型を変えてもらい、鏡の前で自分の新しい髪型を確認しながら雑談にふけっていた時。固まってるように見える髪が弄れるなんて、フィギュアクリームってすごいねーと私が言うと、そこから発展してクリームの隠された……というか、関係ないから説明されていなかったであろう機能について明かしてくれた。フィギュアクリームのナノマシンには学習機能があり、何度も繰り返した行動を覚えて再現してくれるようになるんだとか……。私は聞いた瞬間全てが氷解し、クリームの下で嫌な汗がダラダラ流れた……かもしれない。 ちなみにその機能はAI搭載のフィギュアだけらしいから私は気にしないでいい、関係ないと言われたものの……。どう考えても、この一週間の謎の現象の原因はそれだった。それ以外考えられない。 「ん? どうしたの?」 表情に出ていたのか、ちょっと心配されちゃった。私は慌てて誤魔化した。そして後悔した。言った方がよかった? でも言いたくない。だってそしたら……アリスちゃんに、人形に嫉妬してたってことから明かさないといけなくなっちゃう。そんなの言えない、絶対に。 意志の力でクリームの学習に抵抗を試みたものの、抗うこともできなかった。クリームの力で人形のポジションに縛り付けられてしまう。どれだけ手足に力を込めようとしても、強く願っても、クリームが手足を操りだせば私の脳からの指令は間もなく粉砕されてしまう。あえなくアリスちゃんに隣に戻され、その場にペタンと座り込み、仲良くお人形と化す。そうしてクリームに成功体験を積ませると、ますます学習が強くなる悪循環。 (うう~っ) せっかくの自由時間なのにい。棚から降りられないなんてぇ。嘆いたが、どうにもならない。庭瀬くんに相談すれば何とかなるだろうけど、それは私の惨めなプライドが許さなかった。 そんなこんなで、誰にも知られないうちに、私は勝手にアホなピンチに陥り、そして陥落した。アリスちゃんの隣に座る、フリフリのお人形でいなければならなくなったのだ。 (私は人形じゃないのに~) アリスちゃんに対する唯一の利点である、生きて動くという私の特色を制限されてしまったようで、気が気じゃなかった。もし完全に人形にされるようなことがあったらどうしよう。流石にそれはないか……な。棚の上では自由に動けるんだし。 床に降りられなくなった私は、仕方ないのでお洒落して鏡の前でポーズをとったりして時間を潰すようになった。もう……ホントに人形みたいになっちゃった。 庭瀬家の住人は誰も私の異変に気づかない。いや、むしろありがたいかもしれない。私が床に降りなくなれば、うっかり踏みつぶす恐れもなくなるわけだから……。 日中、アリスちゃんと並んで静かに座っていると、昔の……人間だったころを思い出す。可愛い服は着られなかったけど自由に歩けたあの頃と、可愛い服着放題だけど棚から降りられない今の自分。どっちが幸せなんだろう。あの頃に戻りたいか、お母さんのところに帰りたいかと言われると絶対ノーなんだけど、好きなドラマも自分の一存じゃ見られなくなってしまった今の状態も文句なしとはお世辞にも言えない……。 (いや、でも、これは……私のせい、だし……) そもそも私がアリスちゃんの真似をする当てつけをしなければアリスちゃんのお友達になってしまうこともなかったんだから。いやでも事前に学習機能のこと説明してくれてれば……でも自分に、人間に適用されるだなんて思わないじゃん……。 答えの出ない問いかけを反芻しながら、私は主人の帰りを待った。最近はアリスちゃんだけじゃなく、私も着せ替えてくれるようになってきた。私はそれを笑顔で受け入れてしまう。が、もしもそれも将来クリームが学習するようなことがあったら……私は自分で着替えることすらできなくってしまうのだろうか? ホントにお人形になっちゃうな。横目で隣のアリスをチラリと眺める。静かに、そして着実に彼女の仲間になろうとしている自分に呆れかえりながらも、私は積極的に状況を打開しようとはしなかった。今日も、そしてこれからも。

Comments

Anonymous

第二部はあるのだろうか?

opq

コメントありがとうございます。需要があるようでしたら書くかもしれません。