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「おかえりなさいませ、ご主人様ー」 家に帰ると、藤原さんが明るい声で出迎えた。一緒に暮らし……いや購入してからもうすぐ一年近くになるだろうか。彼女が人間だなんて露知らず、普通の中古メイドロボを買ったつもりだった。だが、驚くべきことにその中身は人間だったのだ。なんとも不幸な成り行きで、彼女は生きたままメイドロボに改造されてしまったらしい。 「ご飯」 「かしこまりましたぁ」 しかもその「中の人」が学生時代の同級生だったというのだから、確信した時はいたく驚いたものだ。人生というのはわからない。 ネクタイと俺の脱いだスーツを受け取り、いそいそと奥へ駆けていく彼女。すぐ夕食だ。ソファに腰を下ろして、ぼーっと彼女の配膳を眺めていると、すっかりお馴染みになった日常の風景に改めて疑問を持つ。彼女を元の人間に戻してやるべきではないだろうか。同い年ということは、二十半ばを過ぎている。にも関らず彼女はフリフリのミニスカメイド服をいついかなる時も着用し続けている。だいぶ恥ずかしいだろうに。特に外出時は。まあ体と一体化していて脱がすことはできないから仕方ないんだが。ちなみに俺の趣味であんな服を選んだのではない。安いセール品の中から一番使用感のない綺麗なやつを選んだら藤原さんだったのだ。 俺がご飯を食べている間、彼女はリビングの壁にピタリ張り付くように直立し、目の前を眺め続けている。微動だにしないその待機状態はまるでマネキンのようだ。一昔前の人にこの光景を見せても、彼女が生きているとは思うまい。指一本一ミリも動くことなく、彫刻のように静止し続けている。彼女を一人突っ立たせておいて自分一人だけ飯を食べるのは気が引けるが、仕方ない。メイドロボとはそういうもんだ。彼女はもう充電で生きているのだから。 「下げてくれ」 「かしこまりました」 不動の像となっていた彼女が何事もなかったかのように動き出す。俺は部屋に戻ってスマホを充電台に置き、パソコンの電源を入れた。ここからは一人の時間だ。階下で彼女が忙しなく働いている音と気配だけが家に響く。 藤原さんが家にきた当初のことを思い出す。最初は単なるメイドロボだと思っていたので、ぶっきらぼうに接していた。淡々と家事を命令し、こき使っていた。お礼も労いの言葉もかけたことがなかった。秋に出る新型までのつなぎでしかなかったし。 どうも様子がおかしい、ということには割と早く気がついた。メイドロボ自体は以前から使っていたから、彼女の態度というか、話す内容等が普通のメイドロボと異なっていることだけはわかった。必要以上にお喋りだったり、何か言いたそうに俺を見つめたまま下がらなかったり、そして……何故か「過去の話」ができた。最初は中古だから挙動がおかしいのか、前の所有者のデータを消去するのを忘れていたのかと思った。思おうとした、というのが正しいか。明らかにそうじゃないと心の奥底では察していたからだ。今思えば。 流石に彼女自身からベラベラ語りだすことはなかったが、俺が降る話題によっては、過去の体験を交えてくることがあった。卵焼きに砂糖を入れるなと言うと、「かしこまりました。……でも私の家では入れてたんですけど」と。運動会の事故のニュースを見た際、俺がぽろっと「昔はあんなことなかったよなあ」とこぼすと、「そうでしょうか? ご主人様も騎馬戦でやらかしましたよね?」と何故か俺の過去を知っているような受け答えをする。正直言って不気味だった。どうしてメイドロボが俺の小学生時代のことを知っている? それともただバリエーション豊かな返答をするよう過去の所有者に調教されていて、そのデータが残っていただけなのか? 「卒業アルバム他の片づけを終了しました」 「……? ああ」 実家の片付けに彼女を手伝わせた際には、多くの品目のうち一品でしかなかった卒業アルバムを何故か筆頭に掲げてきた。そして、機械的な笑顔しかないと思っていたはずのメイドロボの表情に、本物の感情がこもっているように見えた。何かを期待する瞳、言いたいことがあるけどこれ以上言えないという何か引っかかったような空気。 卒業アルバムを引っ張り出し、俺は過去の同級生を眺めた。藤原さんの顔写真に目が留まる。小学校から高校まで一緒だった……というと何だか親しい間柄のように聞こえるが、そうではない。文字通りたまたま同学年で高校まで学校が同じだったというだけ。何回か同じクラスになったこともあったはずだが、あまり話すこともなかった。そんな程度の相手だった。声も覚えていない。しかし顔は、この顔は……。アルバムを片手にリビングに戻ると、藤原さんがいた。似てる。顔の作りも雰囲気も。いや、偶然だろう。確か藤原さんは貧乏な家だったはずだし、メイドロボの顔面モデルのバイトか何かやったのかも……。いやそんなバイトあるか知らねえけど。とにかく人間がメイドロボをやっているなんてありえない。考えられない……。 だが、その後もメイドロボにしては不自然な応答と態度が続いたため、とうとう俺は踏み出した。彼女に「藤原芽衣って人、知ってる?」と尋ねると、彼女の顔が……ぱぁっと輝いた、ように見えた。とても可愛くて、不覚にも一瞬ドキリとした。メイドロボだぞ相手は……。 「はい。ご主人様の同級生です」 俺の心臓はさっきとは違う理由でドクンと跳ねた。 「なんで知ってる?」 「私が……ぁ……知っているからです」 「いやだから、なんで? 前の所有者?」 「以前の所有者に関するデータは全て消去されております」 「ああそうだったっけ。で? なんで知ってるの?」 「私が……」 彼女の体は不自然に揺れた。その瞬間だけ、彼女はまるで人間のように見えた。メイドロボのコスプレをしている人間に。 「……知っているからです」 ピシッと無駄のない所作に戻り、彼女はメイドロボに戻った。だが、どことなく悲し気な笑顔はこれまでのどんなメイドロボでも見たことのないリアルな感情表現だった。こんなの見たことない。中古なのに、旧型なのに。 俺はその後も質問を変え、ドンドン踏み込んだ。知りたかった。そして心を落ち着かせたかった。このままでは買い替えなんてできやしない。一生モヤモヤした思いを抱えて生きていくことになるだろう。まずは俺が覚えている彼女の情報について。だがそれは個人情報保護の観点から云々でダメだった。ならば……彼女自身について喋らせよう。メイドロボ自身の過去を。固目中学校に通ったことはあるか? 答えはなんとイエス。二年時のクラスは? etc……。 俺は確信した。彼女は工場産のメイドロボなんかではない。人間……藤原さんだと。 興信所と探偵に頼み、俺は藤原芽衣の足跡を調べた。興信所によると高校卒業後で足取りは途切れており、なんと現在行方不明のようだ。探偵の方は優秀で、その後まで調べてきてくれた。親の借金返済にカタとして、ヤクザ染みた連中にどこかへ売られてしまったらしい。総合すると、つまり彼女はメイドロボに改造されて売られたということか。なんて悲惨な運命だろう。まさか俺がのほほんと大学生活を送っている間に、そんなことになっている同級生がいたなんて想像すらできなかった。いやできなくて当然だが。 真実を知ったことを彼女に言うべきか黙っているべきか……。少々悩んだが、あまりにも可哀相だと感じ、俺は正体を知ったことを本人に告げた。そして「おい」とか「お前」とか呼んでいたのを改め、藤原さんと呼ぶようになった。……まあ人がいる時はロボ呼びするけど。すると彼女は泣いて喜んだ。いや涙はでなかったが、人間のままだったら泣いていただろうという表情だった。その時は良いことができたなと純粋に俺も嬉しくなったものだ。 正体が知られたことが内部で何かのトリガーになったのか、以前までとだいぶ彼女の様子が変わった。自発的に何か話しかけてくることがたまにある。そして話題を膨らますことも。所作も機械的なメイドロボっぽいものばかりではなくなり、人間らしい動きを垣間見せるようにもなった。まあ、「藤原芽衣か?」の問いには相変わらず「いいえ、私はメイドロボ6489号です」と答えるのだが……。それでも悲し気に答えることはなくなり、フフッと笑いながら答えるようになった。俺たちの間だけで通じるジョークみたいな雰囲気で。 相手が人間だとわかった以上、俺も家電扱いすることはできなくなった。労いの言葉はかけるし、スキンシップもする。とはいえメイドロボであることは変わらないから、用のない時は充電台でマネキンになってもらうし、家事はちゃんとやってもらうほかないのだが……。 半年もそんな生活が続くと、彼女はすっかり俺の奥さん気取りでいることが節々から伝わってきた。まあしょうがないか……。俺はそれどころではないのだが。次なる問題、大問題。俺は彼女を人間に戻すために尽力すべきだろうか? ハッキリいうと、現時点で俺の答えはノーだ。彼女を改造したのは反社連中なのだから、しかるべき機関に連絡を入れ事実を公然にするということは、そういうやつらと戦うということ……。俺は今ある生活をぶっ壊し、会社や家族友人に迷惑をかけてまでそんなことをする勇気はなかった。というといかにも正義のない冷血漢のように聞こえるかもしれないが、実際仕方がないだろう。藤原さんが俺の初恋の人だとか、学生時代の恋人だったとかなら一念発起できたかもしれない。しかし残念ながらそういう関係でもなかったんだよな。奥さん気取りの彼女を見ていると心が痛む。彼女は俺が人間に戻してくれると思っているだろうか? それとも体や法的な扱いはメイドロボのままで、今の暮らしをするだけでも満足だろうか? 聞く勇気はない。 というか、俺は何も知らず買っただけで、彼女が人権人生を奪われたことに何の責任もないし。俺は悪くない。 しかしこのままってわけにもいかないよなあ。俺は結婚がしたい。彼女とではなく。まだ特定の意中の相手がいるわけではないが、将来的に。藤原さんはその時大いなる足枷になる。元人間のメイドロボ……つまり自分以外の女性と同棲しているところに結婚してくれる女がいるだろうか? というか、俺が女を連れてきたら、藤原さんはさぞかしショックを受けることだろう。最近特にベタベタしてくるし。しかし藤原さんで我慢というわけにはいかない。何故って、彼女とはセックスできないからだ。メイドロボは胴体を覆うレオタードが体と癒着していて、それは絶対剥がせない。ずらすことすらできない。ぴちっと肌に張り付き、一体化しているのだ。だから彼女を事実上の妻として暮らしていくことは残念ながら難しい……。 仮に誰かと婚約結婚できたとして、藤原さんの正体を明かすべきだろうか? 絶対いい気はしないよなあ。別れるか、藤原さんを追い出しにかかるだろう。かなり器の広い女性を探さなければならないだろうが、それはそれとして藤原さんが不憫である。 かといって藤原さんを売ったりすることもできない。そんな悪人にはなれない。知ってしまった以上、それだけは絶対できない。うーん……俺はどうしたらいいんだろう。彼女を人間に戻して彼女と結婚するか? しかし、あそこまで改造されてしまったらもう完全に元には戻せない。メイドロボについて調べたが、太腿にある製造番号だけは絶対消せないらしいからなあ。彼女を人間に戻しても、彼女の太腿には永久に消えない数字がしっかりと刻み付けられたまま生きていかなければならないようだ。マネキンやフィギュアのように光沢を放つテカテカの肌も、元通りになるかは怪しい。 退くことも進むこともできないデッドロック状態。そんな生活がずっと続いている。俺の心配など何も知らず、藤原さんは今日も元気に家事をこなし、軽いお礼やスキンシップから俺の愛情を感じ取っているようだ。日に日に顔も明るくなってきている気がする。マージで奥さんか彼女気取りだ。 「どうかなさいましたか、ご主人様?」 ソファで悩んでいる俺を見て、彼女が近寄ってきた。普通のメイドロボならない挙動……。元・人間をウリにした闇メイドロボは、ある程度中の人の感情表現を許すのだろうか。まあそうしないと改造した意味ないもんな……。 「いや……仕事で。疲れ」 彼女の淹れたコーヒーを飲みながら、俺は静かに今後の事に思いを巡らせた。うーん、どうしよう……。知らなかった方がよかったかもしれない。でもそしたら一生モヤモヤしたままだったかあ……。あー、どうしよう。 反社と戦えるような、そして信頼できる人に彼女を預けるか? でもそんな知り合いいないしなあ……。 俺の気苦労も知らず、充電台で静かに佇むミニスカメイド姿の藤原さんを眺めながら、俺はコーヒーを飲み干した。

Comments

Anonymous

まさかの続編! 別視点から見た藤原さんのうきうきした様子と、緊張をはらんだ主人公の葛藤のギャップがたまりません。

opq

感想ありがとうございます。続編ではないのですが、完了後のイメージで書きました。