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第三章 目が覚めると七時だった。顔を洗ってトイレにいってから部屋に戻り,しばらくベッドの上でボーッとして過ごした。昨日はサユちゃんが遊びにきたから洗濯しかできなかったんだよね。今日は掃除しないと……あ,思い出した。今日はお試しでメイドやめるって言ったんだっけ……。でも掃除はしてあげないと。 クローゼットの中を確かめると,私は少し困ってしまった。幼少期のころから続けてきたメイドごっこ。そのせいで,私服は全部「よそいき」なんだよね。家の中ではメイド服が常だったから。大掃除で汚れてもいい私服って,メイド服以外にないかも……。ジャージでいっか。中学の。 先月に片付けた中学のジャージを引っ張り出し,パジャマを脱いだ。その後ジャージに手を伸ばした瞬間,異変が起こった。 (ん? あれ?) 突然,手の動きが止まった。立ちくらみか何かだろうと思ったが,視界はクリアで,意識も明瞭だ。私は腕に力を入れ,ジャージを掴もうとした。だけど私の腕は私の指令を無視して,勝手に引っ込んだ。 (え? あれぇ!?) 疲れているのかな。ベッドに座り込むと,次の瞬間,突然勢いよく私の体は立ち上がった。しかもそのままひとりでに動き出し,クローゼットへ向かって歩き出したのだ。 (ちょっと! 何これ!? 嘘でしょ!? どうなってるの?) 私は抵抗した。自分の体を自分の元に取り返そうともがいた。その全てが徒労に終わり,私の体はクローゼットから日曜日用のメイド服を取り出し,そっちに着替え始めたのだ。毎週,私がやっていたように。 (待って! 今日は違うの! メイドじゃ……?) 私の体は私の困惑を一顧だにせず,カチューシャを手に取り,頭にセットした。為す術なくいつものメイド姿にされたところで,私の体は元に戻った。つまり,私の意思で動かせるようになったのだ。 (何!?……何なの今の?) 鏡台で確認した。いつも日曜日に来ていたメイド服で間違いない。完璧に着こなしている。いや問題はそこじゃない。今,私の体は私の制御下を離れていた。間違いなく。私じゃない,誰かの意思で動かされていた。そんな馬鹿な。 メイド服を脱ごうと手をかけると,指先がプルプル震えるだけで,脱ぐことができなかった。さっきのあの感覚と同じ。私の体が,私の言うことを聞かない……!? (やばっ,もうこんな時間!?) 時計を見るともう八時を回っていた。リョウくん起こさなきゃ。掃除も始めないと……。 改めて自分の格好を見下ろした。別に恥ずかしがることなんてない,いつもの姿だけど。昨日,「明日はメイド服を着ない」って言っちゃった手前,これで押しかけるのは気が引ける。 深呼吸して自分を落ち着かせてから,再度脱ごうと試みた。でも両手が言うことをきかなくなってしまう。脱ごうとすると,両手が私のものじゃなくなる。脱ぐのを諦めると私の元に戻ってくる。それの繰り返しだった。 最終的に根負けして,私はメイド姿で咲村家に向かった。何が何だかわからないけど,仕方が無い。 「おはようございます,ご主人様」 「おはよ」 リョウくんは既に起きてリビングでテレビを見ていた。振り返って私の姿を見ると,ニヤニヤしながら言った。 「あれ~? 今日メイド服着ないって言ってなかったっけ?」 「あー……えっと……」 私は困った。体が勝手に動いてメイド服を着てしまった,なんて信じてくれないだろうし……。私自身,まだ信じられていない。有り得ないことだし。でも現にこうなっちゃったし。どう受け止めればいいんだろう。 「そういえばそうでしたねー,忘れてました,あはは」 とりあえず私はそう言って誤魔化した。まあ今日はもうしょうがない。明日から明日から。朝食をとった後,私は洗濯と掃除を始めた。体は私の脳が出す指示に従った。当たり前だ。これが普通なんだ。じゃあ,今朝のアレは一体何だったの? 寝起きでボケてた? (八年の習慣……が出ちゃったの,かなぁ……?) 部屋の掃除にトイレにお風呂。全てを終えた午後三時前。私とリョウくんの二人でおやつタイムに入った。テレビでは昔のバラエティの再放送をやっていた。「スカート捲ってパンツ見せてと頼んだときにやってくれる女性は百人中○人!答えはCMの後!」という読み上げの直後,テレビショッピングが始まった。今なら一発アウトの番組だと思うけど,昔は平気でこういうのやってたのかなー。昔の人ってすごいよね。その時,リョウくんがこっちに顔を向けた。 「芽依姉ちゃん」 「はい?」 「スカート捲ってパンツ見せて」 ただの冗談,ネタ,突っ込み待ち。言われた瞬間に理解した。中学一年生の他愛ない冗談……。だとわかったはずだった。なのに,私の口が勝手に動き,ひとりでに言葉を発した。 「かしこまりました,ご主人様……っ!?」 手足が勝手に動き出し,ソファから立ち上がったと思うと,両手がスカートの裾を掴んだ。誓って,私がそうしたわけじゃない。今朝と同じ。体が勝手に,ひとりでに,私の意思を無視して動く。必死で止めようとしたけど,私の筋肉は神経の指令をはねのけ,謎の力によって操られるがまま,スカートを大胆にたくし上げ,パンツを全面的にリョウくんに向かって露出させた。 (ダメーッ! ストップ! 駄目だって! 何してんの私ーっ!?) 私は全力で指先からスカートを離そうと頑張った。それでも駄目だ。言うことをきかない。体がうごかない。指が摘まんだスカートを離さないどころか,足も動かせない。その場に突っ立ったまま,私はリョウくんに向けてスカートを捲り,パンツを見せつける姿勢のまま一切動けなかった。 (あ,あ,あ,あ) 自分の顔が真っ赤になっているのが嫌というほど伝わってくる。今すぐこの場から逃げ出したい。でもできなかった。 (体が……ダメ……!) リョウくんは呆気にとられた間抜けな表情で私のパンツを数秒間凝視した後,見る間に顔が熟れたトマトのように赤くなり,叫んだ。 「うわわわわ!? なっ,何本気にしてんだ馬鹿!? やめろって!」 「はっ,はいっ!」 私は慌ててスカートを戻した。その場に崩れ落ち,床に座り込んだ。 (あ……動ける) 体の制御が戻っている。多分,リョウくんが「やめろ」って言った時に。 「ふ,ふつー冗談だってわかるだろ! 本気に……いや本気にしたからって見せんなよ!」 「すっ……すみません,あ,いや,でも,これは……えっと……」 リョウくんは真っ赤っかでソファの端から転げ落ちそうな体勢で,顔を私から背けながら叫んでいた。私も負けず劣らず赤くなっているはずだ。恥ずかしすぎてリョウくんを直視できなかった。なんで……なんで私言われるがままにスカート捲ったの? 冗談だってわかってたのに。あああどうしよう。なんて言い訳したら……。「体が勝手に動いたんです」って!? そんなの信じてくれるわけないっていうか,私変態じゃん。最悪……。あ,しかもパンツダサいやつだった気がする。うげぇ。 「あっ……そっ,そうでした! そういえば宿題残ってるんでした! 失礼しますっ!」 いたたまれなくなった私は,逃げるように咲村家から逃げ出した。もうヤダ。消えたい。なんでこんなことに……。 その日の晩,晩御飯を食べにリョウくんが我が家にやってきた。気まずくてギクシャクしている私達を見て,お父さんとお母さんから「何かあったのか?」と尋ねられたけど,到底真実を言えるわけもない。 「な,何も……なかったですよね!?」 「あっ,うん,そう,なかった!」 互いに頬を紅潮させながら,こんなやりとりしかできなかった。 月曜の朝。私はヴィクトリアンメイド服を手に取ったものの,なんだか着る気になれなかった。クローゼットに戻そうとすると,再び体が勝手に私を操って着替え始め,着付けが終わるとひとりでにリョウくんの寝室まで歩かされた。 目覚まし時計をかけずに寝たらしいリョウくんを見下ろしながら,私は途方に暮れた。 (……とにかくメイドを続けろってこと?) ゴールデンウィーク直前のこの週,私は朝と晩,強制的にメイド服を着用させられた。そして分かったことがある。私が自分で進んでメイド服を着る場合は何も不思議なことは起こらないが,メイド服着用に逆らおうとすると,謎の力が私の体を操り,強制的にメイド姿にされてしまうのだ。理由はまったくわからない。催眠術か何か? それとも,八年続けたことによる刷り込み? (いや,ないない) そういう,私の深層心理的なやつでは有り得ない。だって,水曜日の晩,ついに私は,体中から血が噴き出すんじゃないかと思うほどの勢いで抵抗を試みたからだ。全身の筋肉にあらん限りの力を込めて,私の体の行動を止めようと抗った。事前から入念な心構えをしていたおかげか,三分ほどは体を停止させることができた。それに対し体の方も必死に動こうともがき,その拮抗で全身がプルプルと痙攣した。三分後に私の体力が切れ,全身から力が抜けてしまった。その瞬間に,体が自動的に動いてメイド服を着始めたのだ。私は肩で息をしながら,ゼエゼエ言っているにも関わらず。本来ならしばらくは動けないほどの疲労だったのは間違いないのに。それでも私の体は勝手に動き続けた。これはもう,外部の力だと考えるほかない。呪いかなんかの。でもなんで? 呪いだとしたら「リョウくんのメイドであり続けるようにする呪い」ということになるだろうけど,どこの誰が何の目的でそんなものを? まさかリョウくん……なわけはない。そんな超常的な力なんて持ってるわけない。持っていたとしても私に呪いなんてかける子じゃないし。……じゃあやっぱり,私の深層心理的なやつに端を発しているのだろうか? (あー,ダメ。わっかんない……) ただ一つわかるのは,私はもうリョウくんのメイドをやめられないってことだけ。たとえ本気でやめたくなっても,もうやめられないんだ。 木曜日は変わり種の日。今は和風メイド服を着るのがおきまり。二年前までは女給,去年は割烹着だったっけ。あ,「和」ってテーマは一貫している気がする。変わり種の日じゃなくて和の日かな。今は謎の呪いが発動中(?)だから強制的に着ることになる。別にメイド服を着ること自体は嫌でもない。当たり前の日常だったし。よくわからない力で強制されてしまうのは不安で怖い。 加えて,この一週間でさらに判明したことがある。メイド服強制問題よりも,こっちの方が深刻で大問題。 晩御飯の後片付けを終えた私がテーブルに戻ると,ソファから指示が飛んだ。 「リモコーン」 リョウくんは今,私に「テレビのリモコンを持ってきて欲しい」と言ったわけだけど,私はそれに反発してみた。リモコンぐらい自分でとりなさい。 「はい」 口が勝手に動き,声を出した。了承の返事だ。続いて体が勝手に動き,テーブルの上のリモコンを手に取り,ソファまで運んだ。 「どうぞ」 「ん」 リョウくんがリモコンを受け取ると,体が自由になった。ここまでの動作は,私の意思で行われたものじゃない。日曜にスカートをたくし上げた時と同じだ。リョウくんに何か指示や命令を受けると,強制的にそれに従わされてしまう。私の意思に関わらず。ただ,体を操られるのは命令に逆らおうとした時の話だ。自ら従った時はそのまま,私の意思で体が動いてくれる。まとめると,私はリョウくんの命令に絶対服従させられている。リョウくんがパンツ見せろと言えば,私はパンツを見せてしまうし,リモコン取ってこいと言えば取ってくる。自分でも何が何だかわからない。一体,私に何が起きてるの!? リョウくんは気がついているんだろうか。私が操り人形になっちゃっていることに。今のところ,特に調子に乗って命令を乱発してくることもなければ,気を遣ってくることもない。いつも通り。つまり,私の異変には気がついていない。……まあ,逆らいたくなるような「命令」なんて,日曜のスカートたくし上げのみだけど。大抵はアレ持ってきてーとか,明日はアレ作ってーみたいな程度だ。以前からそんな感じだったし,私も普通に従っていた。だから,端から見ている限りでは,私の行動に変化はないと思う。でも,たとえ結果が同じだとしても,選択肢がなくなるのは嫌だ。体を勝手に動かされて,強制的に服従させられるなんて。恐怖と屈辱で胸が張り裂けそう。理由もメカニズムも見当がつかない。呪いだか魔法だか,そんな超常的な力が働いているとしか思えない。どうすれば元に戻るんだろう。こんなこと,誰にも相談できないし。常識的に考えれば,心療内科とかメンタルクリニックとかに行くべきなんだろうけど,そうすると「七歳のころから隣の男の子のメイドやってます!」ってところから説明する羽目になる。恥ずかしすぎて死ねる。噂が漏れたら社会的にもヤバい。それに,「体が勝手に動くんです」って訴えても,多分信じてもらえない。私が好きでそういうプレイをしている,って解釈されるのがオチだ。 (あーもー,ホントどうしよう……) できれば,リョウくんに気づかれないうちに解決したい。だって,リョウくんからしてみれば,年上の女子を自分の好き放題にできる,ってことになるんだもんね。それって,つまり,その……。 「ねえねえ,内容は? どんな?」 「……アニメ系の,ロリっぽいの」 「うきゃー!」 昼休み。私たちのグループは,田中さんの弟がエロ画像を「新しいフォルダー」にいっぱい保存してたという話で盛り上がっていた。 「まー,男子中学生なんて頭の中エロいことばっかだからね」 「全盛期よ全盛期」 ドキッとした。リョウくんも,中学生……になったんだよね。でも,あのリョウくんがそんなことで頭をいっぱいにしているなんて,想像できないけど。先月までランドセル背負ってたあのリョウくんが。 私は,今リョウくんの命令をなんでもきく体質になってしまっている。もしリョウくんがそれを知ったら,何か命令をしてくるだろうか。それが,エッチなこと……だったら……? 頭の中でリョウくんと私が二人っきりでいるところを想像した。リョウくんが私に「エッチなことをしろ」と命令してくる。私は心の中で抵抗しつつも,それを表明することすら敵わず,体は勝手にエッチなことを実行させて……。 「藤原さん? 聞いてる?」 「えっ,あっ,うん」 「大丈夫? 顔赤いよ?」 やば……妄想にトリップしてた。それも……エッチなやつに……。それもリョウくん相手で!? 「へ,平気平気! ごめん,大丈夫!」 私は俯いた。周囲の目線が突き刺さる。自分の顔が真っ赤になっているのを肌で感じる。 「熱あるんじゃない?」 「ホントに平気……大丈夫」 何考えてんの私。これじゃ私が男子中学生だ。 金曜日はミニスカ金髪ツインテの日。これも暗黙の了解。アンリトン・ルール。白ニーソ,肘まで覆う長い白手袋,ミニスカのメイド服。そして極めつきの金髪ツインテールのウィッグ。これを一式全て身につけるのが金曜の夜のお楽し……ルール。今日もワンセット全て着用している。自分でちゃんと着用すれば,体を操られることはない。どっちにしろ同じってことだけどね。 今日は帰りが遅くなる,とスマホにリョウくんからメッセージが届いた。私はソファに転がった。ウィッグだけでもとれないかな。外そうとすると,手が止まった。動かせない。 (やっぱダメか) 手を引っ込めようとすると,自由になった。はぁ。……打ち明けるべきだろうか。リョウくんに。何も知らないリョウくんが冗談で変な命令を出して,取り返しのつかないことになったら……? その可能性を考慮すると,やっぱり言っといた方がいいよね。何も知らないままだったら,私が変な命令を実行しちゃっても,私が好きでやったんだと思うだろうし。そういえば,日曜のたくし上げ事件もアレ,リョウくんの中では私が冗談を本気にして自分の意思でパンツ見せた,ってことになってるんだよねぇ……。それ以外解釈のしようがないだろうし……。うわ,やだぁー。私が変態みたいじゃん……。あれ以来,お互いあの事件については一言も触れないようにしているから,実際リョウくんの中でどう処理されているのかはわからないけど。知りたいけど怖いな。 でも,打ち明けて,それでもって信じてもらえたとして。リョウくんはこれまで通り接してくれるだろうか。何でも言うことをきくと知って,態度が豹変して,エッチなこととか,酷いこととか……。いや,ないない。リョウくんは優しくていい子だもん。そんなことしないよ。じゃあなんでこの一週間,黙っていたの? 信じていないの? 八年も一緒だった,家族同然の幼馴染みなのに。自分が嫌いになりそう。リョウくんを信じてあげられないなんて。でも,リョウくんの出方によっては,私は一生奴隷ってことも。いや,リョウくんはそんな酷いことしないよね。原因がわかっても,リョウくんは解決を手伝ってくれるだろうか。向こうからしたら,このまま操り人形でいた方が都合がいいもんね。いやでも,手伝ってくれるでしょ。きっと親身になって相談に乗ってくれるはず。一緒に原因究明と事態解決を手伝ってくれるはず。そういう子だもん。 (やっぱり,言った方が……いいよね?) でも,リョウくん一人だけに打ち明けるってのも,やっぱり怖い。リョウくんが「俺の命令内容を他言するな」と言えばそれっきり助けを求めることもできなくなる。って,あーもー! なんでこんなマイナス思考になっちゃうのかな!? もっと信じてあげようよ私! 親……に言うのもちょっとなあ。信じてくれるかわからない。リョウくんと二人で実演してみせても「そういうプレイ」と受け止められる可能性が大な気がする。なにせ八年もメイドごっこを続けた娘が,少々過激な命令に従っていても,それほど不自然なことだとは思えないだろうな。本当に理解してくれそうな第三者……。もし,仮に,百歩譲ってリョウくんが独裁者になっても,事情を知る第三者が近くにいれば,暴走はしないはず。誰かいるかな。最大のハードルはこのメイドごっこのことを打ち明けないといけない,ということ。極力知られたくない。んん……どうしよう。私とリョウくんの共通の知人で,メイドごっこにドン引きせず,私の話を信じてくれそうな第三者……。 その時,スマホが唸った。リョウくんからだ。これからサユちゃんと一緒に帰るから,というメッセージ。私は五里霧中の迷宮から抜け出せたかのような,晴れやかな気分になった。 (そうだ!そうだよ!サユちゃんがいるじゃん!) 第四章 「どうせ遼太が何かしたんでしょ。謝っといた方がいいよ」 最近,芽依姉ちゃんの様子がおかしい。おっかなびっくりって言うか,腫れ物にでも触るような態度で俺に接してくる。放課後,俺は部活に出る前に,サユに相談していた。 「なんでだよ。俺は別に何も……あ,いや……」 日曜のあれが脳裏に蘇った。俺が冗談でパンツ見せろと言ったら,芽依姉ちゃんが本当に見せてきたやつ。……俺が悪いのか,あれ? 本気にする方がおかしいっつーか,たとえ本気にしても普通やらねーだろ。でも,芽依姉ちゃんが露出に目覚めて内心ウキウキでやった……とも思えないんだよな。あの時,芽依姉ちゃんは泣き出しそうな顔で,指先がプルプル震えていたのをハッキリと見た。やりたくないのに仕方なくやらされてる……みたいな雰囲気だった。だったら,やっぱ俺が悪いのか? いや,メイドごっこの選定遵守しすぎっつーか,本物のメイドでも従わんだろ,と思うが。 「なーんだ,やっぱり心当たりがあるんじゃん。早く謝っときなよ」 口ごもった俺を見て,サユは勝ち誇ったかのような表情を浮かべた。むかつく。 そうじゃないんだってことを説明するために,俺は日曜の事件のことを話した。するとサユは開いた口がふさがらない,というような顔でしばらく沈黙した。 「……ええ。芽依ねえ,ヤバくない? そうだそうだと思ってたけど,ドMだよね」 「おい,やめろ」 「んー,最大限好意的に解釈すると,めっちゃ可愛いパンツ買ってその日たまたま穿いてたから見せたくなった,とか?」 「好意的解釈とは」 あのパンツ,特段可愛くもない,色気もない,クソダサパンツだったような気がするけど。サユの説が正しかったら,芽依姉ちゃんはフェチとセンスがダブルでヤバい。 「お帰りなさいませー,ご主人様」 家に帰ると,芽依姉ちゃんが水色のメイド服で出迎えてくれた。水曜に着るこれは,不思議の国のアリスっぽくもある。金髪のウィッグ,水曜にもつければきっと似合うのに。いや,俺の口からそんなことは口が裂けても言えないけどな。それより今日はちょっと,確かめてみたいことがある。芽依姉ちゃんは本当にドMに目覚めたのか!? 少し無茶な命令を出して,それに従ったら……それ以外解釈しようがないよな!? でも,そのせいで芽依姉ちゃんに嫌われたらメッチャ傷つく。断られた時に即,冗談だと言えるギリギリのラインを攻めるしかない。 まずは軽く,ジャブからいってみよう。ちょうど晩御飯の準備ができたところだ。 「いただきます」 今だ。 「芽依姉ちゃん,『待て』」 「かしこまりました,ご主人様……?」 芽依姉ちゃんは両手を合わせたまま動かなくなった。俺はそのまま放置して,恐る恐る先に味噌汁に口をつけた。芽依姉ちゃんは姿勢を変えずにプルプル震えながら,困惑していた。 ご飯と肉じゃがを数口食べたくらいで,芽依姉ちゃんの目つきが恨めしそうな怖くて鋭い眼光を飛ばすようになってきたので,俺は慌てて「も,もういいよ」と言った。やべ。「ジャブ」じゃなかったも。 「……いただきます」 不服そうな小声で言い直しながら,芽依姉ちゃんも晩御飯を食べ始めた。 「あの,今のは」 「ああ,ごめん。冗談,冗談」 「もー。やめてくださいよ。怒りますよ」 律儀に守る必要なくね? 何? 俺の命令は絶対なの? 晩御飯の後片付けが終わるのを待ちながら,俺はソファで思案した。さっき,芽依姉ちゃんは俺の「待て」を真面目に受け取ってた。嫌そうな表情浮かべていたにも関わらず。嫌なら本当に待たなくてもよくね? いやでも,これくらいならノリでつきあう範囲か……? 洗い物を終えた芽依姉ちゃんが,俺の隣に腰を下ろした。ジャブの次はなんだっけ。フック? 「芽依姉ちゃん,語尾に『ニャン』ってつけて話してみて」 「わっ,わかりましたニャンッ!?」 芽依姉ちゃんは赤面して両手で口を覆った。さっきからノリよすぎじゃね。この状態でもっと喋らせてみたい。いつまで続けてくれるのか。 俺は宿題を一緒にやろう,と提案した。テーブルに数学の宿題を広げ,わざと芽依姉ちゃんに質問した。 「芽依姉ちゃん,ここわかんないんだけど」 「ここは,例題通りに……こうするニャン」 芽依姉ちゃんはバツが悪そうにまた赤面し,俺から顔を背けた。面白い。もうちょい。 「ここは?」 「こうして……こう……ニャン」 「これで合ってる?」 「違うニャン,ここマイナスニャン」 「おっとそうだった,いけねいけね」 「あの,ご主人様。さっきからわざとわかんないフリして,私に喋らせていますニャン?」 「ごめん」 「もう!これメッチャ恥ずかしいんですニャン!いい加減にしてくださいニャン!」 顔を真っ赤にしてニャンニャンいいながら怒られても,まったく説得力がなかった。というかさ,普通にやめればいいのに。なんで律儀に遂行してんだよ。しかし,黒髪の水色メイド服に「ニャン」は今一合っていない気がする。明日のミニスカ金髪でやればよかった。 俺が風呂から上がっても,芽依姉ちゃんはしばらく帰らなかった。いつもなら帰るタイミングなのに。何か言いたげに俺の周りをウロウロしていた。 「どしたの?」 「えっとニャン……これいつまで続ければいいニャン……?」 俺は驚いた。何言ってんの芽依姉ちゃん!? 「いやいや,いつまで続けてんだよ,もういいって」 「かしこまりました,ご主人様。あ,戻った」 芽依姉ちゃんはいつもの話し方に戻るとすぐに,「お休みなさいませ,ご主人様」と言って出ていった。俺が「もういいやめろ」っていうのをずっと待ってたのか!? 普通にやめりゃいいじゃん。これもう何回も言ったな。俺に一度命令されたことはやめたくてもやめられない,ってこと? 何でだ? やっぱり,芽依姉ちゃんはおかしい。本当にどうしちゃったんだ。俺の命令に絶対服従する呪いにでもかかってんの? 「えー! 何それ! 超見たかったー!」 サユは目を輝かせて俺の報告を喜んだ。楽しんでるなコイツ。 「ねえねえ,ゴールデンウィークあたしも行っていい? いいでしょー?」 「うーん……。今芽依姉ちゃんおかしくなってるから,あんまり人に会いたくないんじゃね?」 「いやいや。もしかしたら,メイドとして次のステージに上がったのかも」 「なんのステージだよ」 二人で話しているところに,友田が近づいてきた。 「さーきーむらっ! おいおい,俺も混ぜてくれよ~」 「えっと」 「あ,コイツ,同クラの友田」 「友田で~っす!よろしく~」 こいつとは中学に入ってからの付き合いだから,まだ一月に満たない程度。正直,ウザいと感じるところも多い。 「あたし明庭。一組だよ。よろしくねー。遼太とはいつからなの?」 「えーなに,下の名前呼びー?ちっくしょー,この野郎ー」 「ただの幼馴染みだっつの。叩くなアホ」 友田の乱入で芽依姉ちゃんに関する話はできなくなった。そこで次の日,金曜の放課後に,再び俺達は二人で話し合った。 「あたしもー我慢できないよー。今日行くからねー」 「おい,待てって。今日は部活が……」 「じゃ,終わるまで待ってるね。終わったら連絡して。図書室にいるから」 「あっ,おい!」 サユは俺の返事を聞かずに小走りで去った。まったく。仕方ない。とりあえず,俺は「今日は帰りが遅くなる」とだけ芽依姉ちゃんに連絡して,部活に向かった。 練習を終えて部室棟から出ると,校門にサユの姿が見えた。図書室って言ってなかったか。女子は言うことコロコロ変わるよな。 「お疲れー。大変だったね」 「いつからそこで?」 「ついさっき。窓から運動場見ててー,あーそろそろ終わるなって時に」 ずっと俺が走ってるの見てたのか。なんかこそばゆいな。俺の基礎連なんか見たって面白くないだろうに。なんか申し訳ないような気持ちになってきた。いや,コイツが勝手に待ってたんだろ。なんで俺が。 「早く帰ろ! ね!」 サユは俺の手を引っ張って歩き出した。お前は「帰る」訳じゃないだろ。まあ,家は向かいだけどな。 「ちゃんと連絡したのか?」 「したよー。パパもママもオーケーって」 「芽依姉ちゃんにだよ」 「おっと,いけねー,忘れてましたぁ」 ったく,ずっと待ってたくせに肝心なことを。俺はすぐ芽依姉ちゃんにメッセージを送った。これからサユと一緒に帰るからよろしくっと……。既読つくの早。 「こんばんはー!」 「いらっしゃいませ,お嬢様」 「ただいま」 「お帰りなさいませ,ご主人様」 芽依姉ちゃんは金曜日の制服,ミニスカメイド服に金髪ツインテールのウィッグを装着していた。アニメのキャラクターのコスプレっぽさがある。特定のモデルとかはいないが。 テーブルにはもう晩御飯が配膳されていた。連絡してから温め始めてくれたのかな。ちょうどいいタイミングだったみたいだ。 「いただきまーす」 平日にこの三人で食卓を囲むのは久しぶりな気がする。いつ以来だっけ。まあ,おかげで俺のお代わり分がなくなっちまったが。 「ねえねえ,あたし芽依ねえに聞きたいことあるんだけど」 「あ,私も小百合お嬢様にご相談したいことが……」 「え,なになに?ききたーい!」 芽依姉ちゃんはチラチラ俺の方を見た。俺に聞かれたくないらしい。なんでだよ,ったく。 「えっと……まずは食後に二人で……」 今度はサユが俺を見てニンマリ笑い,芽依姉ちゃんの提案を呑んだ。俺には相談できないの? ……まあ女子同士でしか話せないこともあるだろうけど。年下に相談するもんか,そういうの? 俺は一階のリビングで待った。二階から喧噪が聞こえてくる。何の相談だろう。最近,俺に冷た……くはないけど,少し距離置かれてる気がする。変な命令出したのが嫌だった? なら無視してくれればよかったのに。腑に落ちない。 モヤモヤした思いを抱えながら寝転んでいると,二人が下りてきた。俺が口を開くより先に,サユが心底楽しそうな口調で俺に報告してきた。 「芽依ねえ,遼太の言うことなんでも聞く体質になったんだってー!」 「ちょ,やっぱ待って……」 芽依姉ちゃんは赤面しながらサユの後ろでモジモジしていた。格好も相まって,年上の尊厳はこれっぽっちも感じられない。 ていうか,今なんて言った? 「俺の言うことをなんでもきく?」なんだそれ。二人で俺を担いで遊んでるだけだろ。いや待て。日曜のスカートのやつ……。これなら説明がつくな。水曜の待てと語尾も。火曜と木曜のアレも……。いや,もしかして一週間かけて仕込んだネタって可能性も。それが大か? うん,そうに違いない。だとしたら芽依姉ちゃん,メッチャ頑張ったな。うし。ここは乗ってやるか。 「うえー,マジでー? なんとなくだけど,そんな気してたわー」 芽依姉ちゃんはますます顔を赤くして,小刻みに体が震えていた。恥ずいならやるなよ……。 「ねえねえ,あたしも見たい!何か命令してみて!」 「えっ,うーんと,じゃあ……四つん這いになって」 「はいっ!?」 芽依姉ちゃんがビクッと震えて,次の瞬間,犬みたいに四つん這いになった。 「うぉっ!? マジで!?」 流石にビビる。 「ねえねえ,立てる?」 サユもしゃがみ込んで,芽依姉ちゃんに問いかけた。芽依姉ちゃんは首をブンブン横に振って叫んだ。 「無理ですーっ,動けませーんっ!」 とても演技とは思えない,迫真の声だった。これが冗談なら……冗談に見えない。だけど,俺の命令に絶対服従って,嘘だろ。常識的に考えて,そんなのあり得ねー。 「ワンって言ってみて」 「ワン!」 芽依姉ちゃんは耳まで真っ赤になって,四つん這いのまま俯いてしまった。 「だからーっ,本当なんですーっ! 体が! 勝手に! 言うこときいちゃうんです! 逆らえないんですってばーっ!」 芽依姉ちゃんは泣きながら訴えた。俺も罪悪感が生じて,すぐ立つように言った。芽依姉ちゃんはようやく二本足に戻ったが,すぐヘナヘナと崩れ落ち,床に女の子座りした。 「ひっぐ……」 「ご,ごごごめん!調子乗りすぎた!」 俺も必死に謝った。……実際まだ信じ切れないけど。 「ええ……えっと……遼太と芽依ねえがあたしをからかってるんだよね……?」 気まずい雰囲気の中,サユがおずおずとそう言った。 「え? お前らが俺をからかおうとしたんじゃ……」 「だから……本当なんです……ぐすん」 本当に,俺の命令を何でも聞く体質になったっていうのか? いやいや,友田が好きなエロいゲームじゃないんだから,そんなことあるわけない。でも,目の前でうずくまる芽依姉ちゃんは到底,嘘をついているようには見えなかった。信じてやりたい。信じてあげなくちゃ,という気にさせられる。でも理性が有り得ないことだとしつこく主張してくる。確かめる言い手段はないものか。 「じゃあさ,遼太,何か芽依ねえには不可能な命令出してみてよ」 サユの提案はいいアイディアだった。普通なら芽依ねえには不可能な命令を出して,それを実行できたら,本人の意思ではなく,体が勝手にやっているということに信憑性がでる。なるほど。 「それいいな。えーっと,じゃあ……」 芽依姉ちゃんには不可能なこと,ってなんだ。何がある? 大学受験の問題を解け,とか。そんな問題集手元にないぞ。ネットで調べてみようか? スマホで検索した時,アンチエイジングの広告が目に入った。何故か俺は,それを採用してしまった。 「じゃあ……若返れ!」 「はあ,あんた馬鹿?」 うん,そうだな。サユの言うとおり。物理的に不可能な命令を出してどうすんだ,俺。 「かしこまりました,ご主人様……え? あれ,えっ……」 信じられないことが起きた。目の前でドンドン芽依姉ちゃんが縮み始めたのだ。メイド服は次第にぶかぶかになり,頭がウィッグの中に沈んで見えなくなっていく。十数秒のち,ウィッグが床に落ちると,メイド服の中に,五,六歳ぐらいの女の子がくるまっていた。芽依姉ちゃんの姿はない。いや,これが……芽依姉ちゃん!? 「わっ,わっ,わーーーーっ!」 「うっそー!?」 「や,やだやだやだ! 何これ!? 元に戻してーっ!」 俺達は大パニックに陥り,その喧噪は三十分にわたって続いた。 俺の命令で元に戻った芽依姉ちゃんをベッドに寝かして,俺とサユは椅子に座った。まさか本当に,芽依姉ちゃんが俺の言うことを何でも聞くようになっちまってるなんて。しかも,物理法則すら無視して。一体,どうしてこんなことになったんだ? 原因は? 「いつからなの?」 「先週の日曜から……なんですけど,もしかしたらもっと前からかもしれません」 謎の力は,俺の命令に逆らおうとした時,メイド服を着ようとしなかった時に発生するらしい。メイド服はここ数年ずっと自発的に着ていたし,俺の命令に反発したことも多分ないから,気がつかなかっただけで,もしかしたらもっと以前からこの状態だったのかもしれない。という話だった。うーん。ただ俺の感じた限りだと,やっぱ日曜のスカートからな気がする。それより前にはこんなおかしなことはなかった,と思う。 「でも,解決するのは簡単だね。遼太が『いちいち命令きくな』って命令すればいいんだもん」 おっ,それだよそれ。サユはこういう時頭が回る。芽依姉ちゃんも「その手があったか!」と言いたげにハッとしている。俺は椅子から立ち上がって叫んだ。 「命令。俺に命令に従わなくてもいい!」 「申し訳ございません,ご主人様。そのご命令は承れかねます」 「えっ!?」 「は!?」 「???……あ,今のはね,また……口が勝手に……」 芽依姉ちゃんはまたパニックに陥り,あたふたし始めた。 「万歳して」 「かしこまりました,ご主人様」 芽依姉ちゃんは両手を高く掲げ,万歳した。やっぱダメだったみたいだ。 「おろして」 「はい」 「なんで?何でも言うこと聞くんじゃなかったの!?」 今度はサユが当惑していた。俺もだ。狐につままれたような気分だ。 とにかく,話をまとめよう。芽依姉ちゃんは俺の言うことに絶対服従するメイドになった。原因不明。俺の命令でもこの状態そのものは取り消せない。ってことか。 「わけわかんない。呪い? 魔法? 超能力?」 まったくだ。若返れって命令が有効だったのは今でも信じられないぐらいのインパクトだった。「元に戻れ」が有効だったのも。こうなると,八年続けたせいで深層心理に染みついた,てなわけでもなさそうだ。しっかし,芽依姉ちゃんがこんな事態に陥っていたのに,すぐそばにいながら俺って奴は。 「うーん……とりあえず,気づかなくてゴメン。でも,もっと早く言ってくれればよかったのに」 俺の中で小さな怒りが湧いた。なんで一週間も秘密にしてたんだよ。俺達家族みたいなものなのに。俺を信用してなかったってこと? もしかして,何か酷い命令を出して奴隷扱いするとでも? 芽依姉ちゃんは俺をそんなヤツだって思ってたのか? 「黙っていたの,怒ってますか?」 芽依姉ちゃんは敏感に俺の気持ちを察したらしい。姉弟同然の付き合いだもんな。尚更,納得できない。 「命令。黙っていた理由を教えて」 「信じてもらえるかわからなかったことと,エッチな命令をされるかもしれないと思ったからですああああ!? ストップ! 今のなし!」 「んなっ……!?」 俺と芽依姉ちゃん,両方同時に赤くなって固まった。空気がヤバい。なんだよ芽依姉ちゃん。俺をそんな変態だと……ていうか,そうか。そういう使い方が……ってダメだダメだ,何考えてんだ俺は!? 人としてアウトだろ,そんなことしちゃ!? ていうか,芽依姉ちゃんはそれこそ姉みたいなもんなのに,そんな……エッチなこととか……できるわけ……ねえし……? 「まーまーまーまー,仕方がないよー,これはもう。ていうか,私のせいかもー。遼太を変態扱いして弄ってたし」 サユが俺達の間に割って入ってきた。サユも微かに紅潮している。 「考えてみたらさ,芽依ねえ的には,自分の生き死にを委ねるってことと同義なわけだし,言えなかったとしても,イコール信頼してないってことにはならないんじゃないかなー……って」 あ,そうか。有り得ないことだけど,もしも,万が一,俺が芽依姉ちゃん「死ね」なんて言ったら……。サユは聡いな。俺が同じ状況になったら,中々言い出せなかったかもしれない。というか,逆に考えたら,そういう生死に関わる状況下にも関わらず,一週間で打ち明けてくれたんだよな。それは俺とサユを信じてるからだ。 「えっと,うん,わかった。とりあえずわかった。うん」 「わ,分かって下さってありがとうございます。ご主人様」 俺達はとりあえずそれで仲直りということにした。「エッチな命令」に関しては……お互い聞かなかったことにしておこう。うん。 土曜日。ゴールデンウィーク初日。だけど俺はサッカー部の練習がある。いつものように,芽依姉ちゃんが起こしてくれた。 「おはようございます,ご主人様」 「……おはよう」 一階のリビングに下りると,弁当も用意してくれていた。頼んでなかったのに。 「……ありがとう」 昨日のことを思い出す。何事もなかったかのように,芽依姉ちゃんはいつも通りだ。まあ,よく考えてみれば,何も変わらないのか。これまでだって,ずっとこうしてメイド服着て面倒みてくれていたんだし,結果的には何も変わってはいない。ただ,やめられなくなったってだけ。俺の命令に絶対服従……ってのも,命令なんてほとんどしたことないし,これからも多分ない。それでも言動には気をつけないといけねーな。芽依姉ちゃんにうっかり変なことさせないように。 「どういたしまして」 芽依姉ちゃんはふふっと笑った。 「いってきまーす」 「いってらっしゃいませ,ご主人様」 俺は芽依姉ちゃんの作ってくれた弁当を持って,家を出た。芽依姉ちゃんは楽しげに送り出してくれた。昨日は何だか大変な事件が発生したかのように感じたけど,案外そうでもないのか? 冷静に考えてみたら,これまでのメイドごっこがこれまで通り続きますよ,ってだけか。俺が変な命令さえしなければ。解決策はまあ,おいおい探していきゃいいよな。説破詰まってるわけでもなし。 おし,とりあえず部活頑張るか。早起きして弁当作ってくれた芽依姉ちゃんのためにも。

Comments

sengen

遼太郎がもしその気になれば、芽依に対してどんな命令でも強制させられるし、どんな不思議な変化も起こせてしまう事態に慌ててる様子がいいですね。信頼してる幼馴染だけど不安になって相談できないところも楽しかったです。ついエッチなこともお互いに意識してしまって恥ずかしがってどぎまぎしてるのが凄く可愛いです。遼太郎が意図して酷いことを決してしない絶対的な安心感と、芽依の体を好き放題できてしまう恐ろしさが両立しているのがとても上手いと思いました。2人の間にアツい信頼があるけど、常に潜在的な不安を抱えてる状況ってなんかいいですね。