人形ランク (Pixiv Fanbox)
Published:
2019-08-02 11:02:46
Edited:
2019-12-26 12:32:49
Imported:
2023-05
Content
「花咲クルミです。よろしくお願いします」
私が頭を下げると、正座した巨人がクスクスと笑った。
「もー、そんな固くなんなくていいのにー。やー、でも可愛いー」
落葉さんは前かがみになって、冷蔵庫ほどもある大きな顔を私に近づけた。肌の汚れ、目ヤニ、全てが鮮明にくっきりと見えてしまう。気持ち悪くていやだな。逆に向こうからは、私の細かい箇所は全く見えないんだろうな。そうじゃなけりゃ、四捨五入でアラサーになる女を捕まえて「可愛いー」もないもんだ。
体が縮む不思議な病気、縮小病に罹った私は、身長十七センチにまで縮んでしまった。当然、こんな体で一人暮らしは無理だ。しかし、小さくなってもウンチはするし、洗わなければ不潔にもなる。ちょっと加減を間違えれば殺人犯になってしまうような、厄介な要介護の女を引き取ってくれる人は中々現れず、古い友人である落葉さんに引き取ってもらうことになった。最後にあったのは成人式の同窓会だったか……。そこまで親しかったわけでもないのに、私を引き取ってくれたことには感謝している。でも、昔からミーハーというか、あんまり考えないタイプの子だったから、今回も何となく、良い人ぶりたくて手を挙げたんじゃないかという気がしてならない。いやでも穿ち過ぎかな。うん。
「じゃあ、すぐに作業しなくちゃね~」
「あ、はい……」
「もー、敬語なんて使わなくていいのにー」
んなこと言ったって、十倍の背丈がある巨人相手に強く出るのは無理だよ……。
落葉さんは白い瓶を私の横に置き、一旦席を外した。瓶には「フィギュアクリーム」と書かれたラベルが貼ってある。とある会社から発売されたフィギュア用のクリームだ。私がここに引き取られる条件として、全身にこれを塗って生活することになっていた。
(う……ホントに塗るんだ……)
本来の用途はフィギュアの艶出し、修復、洗浄らしい。これを塗れば発色がよくなり、色落ちも自動で補正、手垢や埃などの汚れも分解してくれるという優れものだ。折れたパーツも、これを塗って一晩待てば元通りくっついてくれるとか。フィギュアに塗る物だから当然、手で触れても大丈夫な設計になっていたらしいけど、最近はとんでもない使い道が開拓されつつある。私みたいに日常生活が営めないほど縮んだ人にこれを塗っておくと、お風呂やトイレにいかなくてよくなるらしいのだ。汚れを分解する働きが、体の汗や垢、果てはおしっこやウンチも処理してくれるらしい。勿論、普通の人間の場合、そんな効果は望めない。十七センチという小さな体だから、クリームのナノマシンだけで間に合うのだ。
「お待たせー」
落葉さんが湯を張った洗面器を持って戻ってきた。私の前にデーンと置き、瓶の蓋を開け、フィギュアクリームをお湯に投入し始めた。クリームは肌色の粘土みたいで、部屋の照明を受けて光沢を放っている。落葉さんがかき混ぜれば、お湯はあっという間に粘り気のある肌色の液体に様変わり。不気味だった。まるで人間を液体に溶かし込んだみたい。
「さ、早く早く。冷めちゃうから」
「あ、うん」
小さなケースを踏み台に、私は洗面器の中に飛び込んだ。クリームの溶けた湯は見た目通り、ネチョネチョとして気持ち悪い。
「浸かって浸かって。頭までぐっと!」
「……」
言われるがままに、私は膝を折り、腰をつけ、前かがみになった。クリームはまるで意志を持っているかのように、私の体にまとわりついてくる。自動で形状を検出するんだっけ。私はこのクリームにフィギュアだと判定されちゃったのか……。
「ほら息吸って! ぐーっと!」
「わ、わかったから」
落葉さんは屈んでジッと私を見下ろしている。目がキラキラしてる。何でそんなに楽しそうなんだろう。はぁ……。これ以上彼女のブツブツ肌をアップで見たくないのと、早く終わらせてしまいたいのとで、私は意を決した。背中を曲げて、目をつぶり、顔をクリームの海に浸けた。そのまま、頭全体が沈むまでさらに屈み……。大きな指が私の髪先に触れた。落葉さんが浮いている髪も浸かるように手を貸してくれたらしい。それはわかるけど、私は生きた心地がしなかった。何故って、彼女が少し力を入れれば、私の小さな小さな細い首は、あっさりと折れてしまうだろうからだ。背骨も、腰だってそうだ。怖くて動けない。落葉さんはきっと何にも考えていないんだろう……。
幸い、息が苦しくなる前に指が離れたので、ゆっくりと起き上がれた。
全身が重い。粘土のような肌色のクリームが、髪先からつま先まで、私の全身を覆い隠している。しかもなんか、もぞもぞと蠢いているので、こそばゆいし鳥肌が立つ。
(うっ……落葉さん、これ、どれくらい……)
と尋ねようとしたけど、声が出なかった。当然だ。顔も粘土で覆われているんだから。重くて口も開けない。
「目見える? こっちこっち」
(見えるわけないでしょ……)
しばらく待っていると、落葉さんの動く気配がした。私は身構えて待った。大きな指が私の脇を捕らえ、そっと洗面器から取り出した。クリーム越しなので、かなり感覚が鈍い。というかない。体にかかっている力の関係で、宙に浮いていること、脇を持たれていることがかろうじてわかるだけ。さっきまでと違い、潰されるんじゃないかという恐怖は、不思議と感じなかった。クリームに全身覆われているからだと思う。パーソナルスペースが広がった感じ。
私は静かに平らな場所に置かれた。
「へーき? 息できる?」
(うっ……うん)
体表面で蠢くクリームの気持ち悪さに身悶えしつつ、私は頷いた。首は動かせないので、体全体を上下させて。
「よかった! じゃー私お片付けするから、いい子で待っててね~。クルミちゃん」
(ちゃ……ちゃん!?)
まるで幼児をあやすかのような口調。腹が立つ。学生時代は……いや、今も多分、頭空っぽなタイプのくせに。そんな落葉さんに格下扱いされることが、内心不満じゃないと言ったらウソになる。縮小病に罹る前までは、どちらかというとエリートコースだったのに。それが今や落葉さんのペット。そして全身粘土漬け。あぁ……。何で私なんだろ。落葉さんみたいな人だったら、縮んでも楽しく暮らせたんじゃないの。本当に世の中は理不尽だ。
徐々にクリームが私の肌になじみ始めた。粘度の塊みたいだった私の姿が、徐々に人型に戻っていく。私の体のラインに合うよう、クリームが自動的に最適化を始めた。ぼこぼこした表面が徐々に滑らかに。うっすら目を開けると、視界に肌色のフィルターがかかっていた。が、次第に鮮明に見えるようになっていく。すごい。どんな仕掛けなんだろう。
両手は既にほとんどフィットしていて、成型が終わっているようだった。文字通りフィギュアみたいな、ツルツルした肌色一色の肌だった。産毛も染みもない、血管も見えない、作り物みたいな皮膚。爪もデフォルメされていて、指ごとの違いが全くない、統一され均一な作りになってしまっている。足元を確認しようと視線を下げると、胸が少し大きくなっていることに気がついた。触ってみると、わずかに弾力があるものの、硬く無機質な手触りだった。本当にフィギュアみたい。凹凸のない滑らかな曲面は、照明を反射してテカテカと光沢を放っている。恥ずかしくって、少し顔が紅潮した。アニメキャラの胸みたい……。
「どんな感じぃ~? あ、できてるー。やっだ超かわいいー!」
落葉さんが部屋に戻ってくると、すぐハイテンションになり、スマホで私の写真を撮りだした。
「ちょ、ちょっとやめて! 裸なんだよ私!」
「いいじゃなーい。ちょーきれー」
私は左腕で胸を、右手で股間を隠しながら吠えた。
「やめてっ! ほんとに!」
冗談じゃない。私は今全裸なのに。全身クリームに覆われているから、厳密には私の裸ではないかもしれないけど、事実上そうであることには変わりない。
「ほらー。こんなに可愛いんだからー、撮らなきゃ損じゃーん」
彼女は今しがた撮影した画像をスマホで表示し、私の前に立てた。まるで鏡。そこには、私をデフォルメした感じのフィギュアが映っていた。
「……えっ」
私は絶句してしまった。そういう肌になった、ってことは手足見てわかっていたけど……。顔が。全身の印象が。想像以上にフィギュアそのものだったので驚いてしまった。綺麗で均質な色。樹脂のような質感。顔もデフォルメされた感じになっていて、余り気持ち悪くない。そして髪。何故か膝まで伸びているし、風もないのに扇のように広がっている。髪の毛一本一本には分かれていなくって、一つのパーツみたいに融合している。でも手で触ってみると、一本一本がサラリとわかれた。ていうか、こんなに髪長くなかったのに。ひょっとして、体にフィットする過程で余分になったクリームが全部髪にまわったのだろうか。
一塊になったボリューミーな髪、デフォルメされた顔。本当にフィギュアみたいだった。「縮んだ人間」には見えない。まして、時間が止まった写真の中の私は、フィギュアを撮影したものにしか見えない。これが私だなんて……。
「ねっ、きれーでしょ? いいなーっ」
じゃあ代わってよ。と言いたい。これじゃあ恥ずかしくて外出とかできないなあ……。予定もないけど……。落ち着いてくると、さらにおかしな点に気づいた。乳首がない。私の胸は凹凸のない滑らかな曲面になっている。
(なっなんで……)
ひょっとして、乳首を覆うために胸が大きくなったの? 埋まっちゃったのか……。これじゃ本当に人形だ。
落葉さんが改めて鏡を用意してくれた。すると今度は、股間も変化していることがわかった。何もない。人形みたいに平坦で滑らかだ。全部埋まってる……。触ってみても、硬い樹脂みたいな手触りしかない。だ、だ、大丈夫なのこれ? おしっことか、ウンチが出せなくて詰まったり……。あっ、分解するんだっけ。でも本当に平気かな……。心配。
「乾いたー? じゃあ、いきましょー」
落葉さんが私を掴んで持ち上げた。
「ひゃあっ!?」
体感数十メートルも急上昇したので、頭がクラクラする。宙ぶらりんの足元が恐ろしい。彼女が手を離したら私は……。私は出来るだけ下を見ないよう努めた。
「じゃーん!」
私が運ばれた先は、落葉さん自慢の人形部屋だった。ガラス棚には三段にわたって、私と同スケールのフィギュアが並べられている。どれも可愛い女の子ばかりで、可愛い衣装を身にまとい、ポージングを決めている。私は、なんだか裸でいることが急に恥ずかしくなった。あの子たちは服を着てるのに、なんで私だけ……。
そして、部屋の隅に置かれた大きなドールハウス。落葉さん曰く、人形たちはあそこで着替えたり充電したりしているのだとか。
「着替える……って、あれフィギュアじゃないの?」
ドールハウスの庭に下ろされた私は、早速質問した。着せ替え人形やドールと違って、フィギュアっていうのはポーズ固定、服装固定なんだとばかり思ってた。
「ふふーん、あれはねー、違うの。カタメホビーのスーパーフィギュアなの!」
話によると、フィギュアクリームと同じ会社から出ている、AI搭載の自立稼働フィギュアらしい。でも動いてないけど……。本人曰く、騒がしくなるからルールで止めているとのこと。それ意味なくない? さぞや高いだろうに、無駄遣いしてるね……。
ドールハウスは十分の一サイズ。つまり、私とピッタリ。これは嬉しいサプライズだった。てっきり、前の親戚みたいに水槽かなんかに放り込まれるのかと思っていた。今日からここに住めるんだ。洋風の二階建てで庭付き。すっごい贅沢。落葉さん信じてよかった!
庭といっても、もちろん作り物だから、地面は土っぽく塗装された樹脂、木もプラスチックに過ぎないけど、それでも嬉しかった。玄関から門までをつなぐ通路の両脇には、メイド服の石像が二つ並んでいた。当然、石像じゃなくてグレー塗装の人形だろう。手が込んでる。すごい。
「ここの生活は中の子たちに聞いてね。服も好きなの着ていいから~」
「おっ……落葉さん……!」
「なぁに?」
「ありがとう……」
「いーのいーの、友達でしょー!」
私は感激しながら、洋館の扉を叩き、その中に入っていった。
内装は綺麗だったが、中は結構狭く、流石に豪邸というわけにはいかない。まあドールハウスだし、仕方ないか。
「あなた、新入りね」
「えっ?」
右の部屋から廊下に現れた人形は、まるで人間のように流暢な喋りを披露した。すごい。
「こっちよ」
「あっ、はい」
思わず敬語で返事しちゃった。黒いゴスロリ衣装を着たこの子は、ツリ目で近寄りがたい印象を受ける。でも可愛い。子供の頃、人形とお話できたらなぁなんて思ってたけど、今はもうそんな時代なんだ。
広間には、部屋を取り囲むようにして円形の台座が設置されていた。多くは空座だけど、三人くらいが台座の上に突っ立っている。動かない。フィギュアだ。
「充電はここでするわ。さ、乗って」
「あっ、いや、私は人形じゃなくって……」
「いいから乗りなさい」
彼女は私の腕を掴んで、強引に近くの台座に立たせた。
「痛い、痛いって!」
私はAIフィギュアじゃないの。そう言おうとした瞬間、体が気をつけの姿勢をとった。
(あっ、な、何!?)
声が出ない。手足も棒のよう。ピクリともしない。私はパニックになった。一体何? どうしたの? 私どうなるの? なんなの?
「はい。インストール終了」
ゴスロリの子がそう告げた瞬間、体が動くようになった。私はすぐに台座から降りて抗議した。
「ちょっと! 今のは何? 私に何したの? インストールって……」
「騒がしい子ね。いいから服を着なさい。みっともないわよ」
「……っ」
私は自分が全裸であることを思い出した。この子はゴシックロリータの衣装、台座に乗っているフィギュアたちもアニメみたいな可愛い服を着ている。裸なのは私だけだ。急に顔が熱くなり、私は反射的に胸と股間を隠した。そこにはもう何もないのに。
「隣の部屋に制服があるから着てきなさい」
「はい、ルナ様……えっ!?」
ゴスロリの人形……ルナに言われた瞬間、私の口が自動的に答えた。私の意志じゃない。私はそんなこと言おうともしなかったのに。
「これはっ……」
今度は体が独りでに動き出し、隣の部屋に向かった。足が、手が勝手に動く。やだ。止まらない。言うこと聞かないよ。どうなってるの?
隣の部屋は衣裳部屋だった。私の体は迷うことなく、奥のメイド服を手に取り、下着もなしに着始めた。
(ちょっと! こ、こら! やめて! ストップ!)
しかし、私の体はどうしてもメイド服の着用を止めてくれない。他にもっといろいろあるのにっ……。よりにもよって、フリルとリボンの多い、アニメみたいなやつを……。
真っ白なニーハイソックス、肘まで覆う白手袋、メイドカチューシャを装着し、髪を頭より大きなリボンで結わい、ようやく体の支配権が戻った。
「なっ……なにこれ!?」
ちょうど鏡があったので急いで自分の姿を確認すると、アニメキャラのフィギュアみたいになった自分がいた。メイドだ。メイドキャラだ。縮んだ人間としての面影はどこにもない。私は真っ赤になって、すぐ脱ごうとしたが、何故か手が止まる。脱ごうとすると動かせなくなる。脱ぐのを止めると動かせる。
「ちょっと! 何? 何なのこれ!」
「着替え終わったみたいね」
頭のリボンをつまみながらうーうー唸っていると、ルナが衣裳部屋に入ってきた。
「ルナ様。これは一体……様?」
私は、何故かルナに様づけしてることに気づいた。口が勝手に……。あっ、わかった!
「さ、さっきのインストールって……!」
「ええ、ここでの生活ルールをインストールしておいたわ。あなたはEランクからスタートよ」
「Eランク? ……ってなんですか?」
様づけだけじゃない。敬語も強要されちゃってる。なんで? 私は人間なのに、なんでフィギュアのプログラムが入っちゃうの? わけがわかんないよ。一旦出よう。落葉さんに……。
「待機」
「はい」
私は両足をピタリと閉じて、スカートの前に手を重ね、そのまま動けなくなってしまった。声も出ない。どんなに力をいれても、ブルブルと震えるのが精一杯。まるで鎧に囚われているみたい。いや、体が鎧になっちゃった感じ……。鎧……。く、クリーム? ひょっとして、フィギュアクリームが私を縛っているの!? そうだ、そうに違いない。それ以外考えられない。こんなクリーム塗るんじゃなかった。早く落葉さんに落としてもらおう。
でも、私は衣裳部屋の中でメイドフィギュアと化したまま動けない。大人しくルナの説明を聞く羽目になった。
ここには二十五体のAIフィギュアがあって、ランク付けされ序列化されている。AランクからEランクまで。上のランクのフィギュアの命令は絶対で、下は逆らってはいけない。最底辺のEランクは、棚に並ぶことも許されず、このドールハウスの中で、掃除や衣装の手入れといった雑用をこなすのが仕事。条件を満たしていれば、二週間に一度、昇級試験を受けられる。ノルマをこなさければ、逆にランクが下がることもある。
「わかった? 26号」
「はい」
(はいじゃないわよ! 何で私がそんな訳わかんないおままごとに付き合わされなきゃならないわけ!? ていうか26号って何?)
「棚に並んでマスターに見てもらえるのはDランクから。名前が許されるのはBランク以上よ。精々頑張ることね」
「ふ、ふざけないでください! 私は人間です! フィギュアじゃないんです!」
私は叫んだが、メイド服に身を包んで固まったままじゃ説得力が出ない。何とかしなくちゃ……。
「あら……不思議ね。インストールしたのに従わないなんて」
「あ、あたりまえですっ、私は……」
「言い忘れていたけど、Eランクがノルマをこなせなかった時はね」
「へっ?」
Eランクって一番下じゃないの? Fがあるの?
「3日間。お庭の刑よ」
「かしこまりました、ルナ様……えっ、お庭? 何?」
私は勝手にお辞儀して、謎の刑を了承してしまった。うう、駄目だ。体が……。でも、外に出たら落葉さんに会える。助けてもらおう。
ドールハウスの外に出ると、落葉さんはいなかった。
「落葉さ……」
「静かになさい」
「……っ」
私は簡単に沈黙させられた。な、なんで私が人形なんかの命令をきかなくっちゃいけないのよ。逃げることも助けを求めることもできず、玄関先でプルプル震えていると、道の両脇に立っていた石像に変化があった。次第に色がつき、少しずつ塗装済みのフィギュアに変わっていったのだ。
(えっ、飾りじゃなかったの!?)
私は驚いた。あれもスーパーフィギュアだったなんて。どうしてわざわざあんな風にしちゃうんだろう。勿体ない使い方だ。……って、今はそれどころじゃない。
色彩を取り戻したメイドフィギュアは、灰色の四角い台座から降りて、ドールハウスの中に入っていった。私は黙ってそれを眺めていることしかできない。嫌な予感がする。というか、もう大体の予想がつく。
「来なさい」
私は言われるがままに、灰色の台座の上にのぼった。ま、まさか……。冗談でしょ? やめて! 私は人間なのよ! 新入りのフィギュアじゃないんだってば!
両脚をピタリと閉じ、背筋を伸ばし、両手を重ね、ニッコリと微笑まされた。表情ですら、私の思い通りにならない。いくら抵抗しても無駄だった。
(あ……ああ……ぁ)
視線すら真っ直ぐ前に固定され、自分に何が起こっているのかは見られない。けれど、おおよそ想像通りのことが起こっているに違いない。私は全身灰色に染まり、ドールハウスの庭先を飾る石像になってしまったのだ。プルプルと震えることすらできず、時間を止められたかのように、私の体は0.1ミリも動かせない。目の前に同じ姿勢で立つ灰色のメイドフィギュア……。彼女と同じになってしまったのだろう。
(ちょっと……そんな!)
「この台座は充電もできるから。終わるまで戻ってこなくていいわよ」
ルナの声だけが聞こえる。悔しい。なんで私、フィギュアに石にされなきゃいけないわけ!?
「調子どーお?」
この声。落葉さんだ。落葉さんが戻ってきた。
(た、助けて! 私、ルナって人形にフィギュアだと勘違いされて、それで、石にされちゃったの!)
って、自分でも支離滅裂すぎてわけがわからない。でも本当なんだからしょうがない。
「あ、ルナ~。クルミちゃん、どう?」
「ええ。すっかりここのルールに慣れてくれたみたい」
「そう。よかったー。みんなで面倒みてあげてね~」
「ええ」
動くことも喋ることもできない私は、会話に加われなかった。恐ろしい会話が目の前で繰り広げられている。このルナって子、本気!? 私をこのままにしとくつもりなの!?
(落葉さん! 落葉さん! 私! ここ!)
落葉さんも落葉さんだ。まさか、私がドールハウスの飾りになってしまうことを自分で引き受けたとでも思っているの!?
落葉さんは私に何も言わず、部屋から出ていってしまった。そんな。助けてくれないの!?
「じゃあね」
ルナもドールハウスに戻ってしまい、辺りは静かになった。一人ぼっち、庭先の石像として放置された私は、あんまりにも惨めで悔しくて苦しくて、頭が破裂しそうだった。
(ちょっと! 本当に私このままなの? 死んじゃうって! 助けてよ! 私は人形じゃないのーっ!)
いくら脳内で叫んでも、落葉さんが助けに来てくれることはなかった。あんまりだ。酷いよ。こんな扱いするなら、どうして私を引き取ったの……。
落葉さんはちょくちょくこの部屋に来たものの、上位ランクらしいフィギュアたちと交流するばかりで、私のことなど一瞥もしない。どうして!?
夜になった時、ようやく悟った。落葉さんは、ドールハウスの庭に飾ってあるメイドが「私」だと気がついていないんだ! 全身灰色一色の上、服装とポージングが同じだから……。
(そ、そんな……私どうなっちゃうの……)
落葉家の初日は、想像すらしなかった状態で終えることになった。
ルナの言葉通り、私は丸3日、石像として動くことも喋ることもできないままだった。幸い、「充電」が私にも有効だったらしく、餓死は免れた。しかしショックだった。私、充電できちゃうんだ……。自分がロボットにでもなってしまったかのように感じられ、心の中で涙した。
「きょ、今日からお世話になる、に、26号……です。よろしく……お、お願いします」
長く苦しいお勤めを終え、ようやく復帰した私は、ドールハウスの中で「先輩方」に挨拶した。人形たちの下につくなんて死ぬほど悔しいし恥ずかしいけど、また石像にされるのが怖くって、ルナの言いつけ通りに振舞わざるを得なかった。ドールハウスの中にいれば、ひょっと落葉さんが覗いて助け舟を出してくれるかもしれないし……。とにかく、お庭の刑は本当にもう嫌だ。発狂しそうだったもん。
他のEランクフィギュアたちと一緒に、私はドールハウスの清掃、服の手入れに日々の時間を費やされた。
(こんなことしてる場合じゃないのに……)
インストールされた落葉家の掟を、なんとかアンインストールしなくちゃ……。でも唯一のデバイスらしい台座は、使い方がわからないし、聞いても「乗ればいいのよ」しか答えてくれないし、解決の目途が立たなかった。それにEランクはマスター……落葉さんの視界に入ってはいけないらしく、ドールハウスの外に出ようとすると、体が止まってしまうのだ。
(も、も~っ)
一体どうすればいいの。落葉さんが気がついてくれるまで、ずっとここでフィギュア共の奴隷でいなくちゃいけないの?
落葉さんが仕事に出かけると、棚から戻ってきたフィギュアたちが衣装部屋で着替え、ポージングの研究を始める。私は思い切って訊いてみた。
「あのっ……おち、マスターと話がしたいんですけど……」
「あはは、私もよ。だからね、こうやって可愛くなれるように……」
先輩フィギュアは、青いチアガールの衣装で、両手に黄色いポンポンを持っている。健康的なポニーテールは綺麗。もう十分可愛いと思うけど……。ってそうじゃない!
「可愛く……って?」
「あれ? 説明きかなかった? マスターとお話するには、まずBランクにならなくちゃ」
そういえば、そんなことも言っていたような……。
「Bランクになったら、自由になれるんですか?」
「自由に動きたいならAランクを目指さなくっちゃ。大丈夫。26号ちゃん、可愛いじゃない。きっとなれるわ」
「えっ、あ、ありがとうございます……」
なんかくすぐったい。人形に可愛いって褒められるなんて。っていや、AIのお世辞なんか真に受けてどうするのよ!
どうやら落葉さんはドールハウスの中には不干渉らしく、待てども待てども、屋根が外れて巨大な顔が現れることはなかった。どうすれば……。そんなある日、Dランクのフィギュアが一体降りてくることになり、「同僚」から昇級試験に誘われた。
「26号も出るでしょ?」
「え? えっと……」
昇級……。そっか。ランクが上がったら……えーと、棚に出るんだっけ。私はガラス棚に飾られていたフィギュアたちを思い出した。あれだよね。でも、動けないんじゃなぁ。あ、でも……落葉さんに会える? 見てもらえる? そうしたら、ひょっとして、助けてもらえる……かも?
(そうだ、そうだよ、ランク上げればいいんだ)
でも、抵抗もあった。フィギュアたちの勝手なルールを認めて、受け入れちゃうってことは、私も彼女たちと同列の存在であるのを認めてしまうのと同じなんじゃないか。私はフィギュアじゃないんだから。でも……よく考えたら、今の状態でも従わされちゃってるし……。いやいや、無理やり強制されるのと、自発的に参加するのじゃ違うよ。あーでも、このままじゃ永遠にメイドフィギュアのままかもしれないし……。
「じゃあ……出るだけ、出てみよう……かな」
二階の試験会場へ足を運ぶと、Eランクが勢ぞろいしていた。あ、みんな受けるんだ。
「早くしなさい」
「は、はい」
試験官らしいバニーガールフィギュアに叱られ、私はメイドたちの列に並んだ。やだなあ。なんで私がフィギュアからテストされなくっちゃいけないのよ……。
「では、23号。始めてください」
「はーいっ!」
幼児体型のメイドフィギュアが高い声で返事し、進み出た。ていうか、試験内容ってなんなんだろう。今訊いたら怒られるかな……。
23号は私の視界を横切り、部屋の端に消えた。目で追おうとしても、視線が固定されていて動かせない。私は固められていることに今気づいた。
(うっ、ちょ、ちょっと……断りもなく……っ)
いっつもこうだ。ドールハウスの中では、Eランクのメイドフィギュアは対等に扱ってもらえない。やっぱり、上に行った方がいい。つまらない意地を張ってる場合じゃない。落葉さんに会えさえすれば、きっと……。
23号は黄色い帽子に水色のスモック……幼稚園児のコスプレで戻ってきた。
(ええっ……)
正直、引く。幼児体型のフィギュアとはいえ、多分それなりの年齢設定のはずなのに……。でも似合っていて可愛い……かも。自分が着ているところを想像すると死にたくなるけど。
「ポーズ!」
バニーガールが叫ぶと、23号は両手の人差し指をほっぺにあてて、ニッコリと微笑み固まった。数秒後、解凍されて動き出し、また視界を横切って消えた。
「次。22号」
「はい」
試験を終えた23号が、再びメイド服に身を包んで列に加わった。私は試験内容を大体察した。可愛さ勝負なんだ……。
お洒落なブラウスで参戦した22号を見ながら、私は焦った。え、あれ私もやるの? 可愛い服着て、あざといポージングを……やるの? この真剣な空気の中で?
「26号」
「……はい……」
あっという間に私の番。どどどどうしよう。とりあえず、衣装を見て……。体が自動的にクローゼットの前に足を運び、そこでようやく自由になれた。種類は結構豊富だけど、案の定コスプレ系統ばっかり。どうしよう。この年では結構恥ずかしいものばっかりだ。
「早く」
試験官のバニーに急かされ、焦った。流石に園児服とかアイドル衣装とかはちょっと……うーでも、可愛くないといけないんだよね、多分。六人の中で一番。私は割と友好的に接してくれたチア先輩のことを思い出した。
(も、もうこれで……)
別に落ちたって死ぬわけじゃないし……。私は白とピンクのツートンカラーで構成されたチアガール衣装に着替え始めた。
(あっ……ていうか、脱いでる。脱げてる! メイド服が!)
この二週間、どうしても脱ぐことができなかったメイド服が、こんなにあっさり……。わかってはいたことだけど、私の体は骨の髄までプログラムに支配されているらしい。全てはルールの思うがまま。
(くーっ、勝ってやる! こんなとこ、絶対逃げ出してやるんだから!)
中央に戻った私は、ポージングするよう言われた。ぽ、ポーズ……。考えてなかった。どうしよう。えーと、えーと……。チア……チアだから……。
私はおずおずと左足を上げて片足立ちし、両手を掲げた。
(こっ……これで……)
体が固まり、筋肉の筋一つ動かせなくなった。片足立ちなのに、バランスも崩れない。数秒後、解放された。
(ふう……ど、どうなったのかな)
「26号!」
「はいっ!」
私の体が再びプログラムのものになり、チアガール衣装を脱いで全裸になった。
(あ、あ、あ)
女性型しかいないとはいえ、割と真剣な空気が張り詰めている場で裸になるのはクるものがあった。私は若干涙目になりながらメイド服に袖を通し、列に戻った。
「23号。合格です」
「やったーっ!」
(えっ……)
「最下位は26号。もっと精進するように」
(なっ……)
さ、最下位!? 私が!? 一番可愛くなかったってこと!?
ショックだった。フィギュアなんかに負けるなんて。私は人間なのにっ。い、いやでも、フィギュアって基本可愛く作られてるんだからしょうがないか……。ってあれ、私勝ち目なくない!?
「これにて昇級試験は終了です。仕事に戻りなさい」
私たちはスカートの裾をつまみ上げ一礼し、ぞろぞろと部屋から退出した。
廊下で落ち込んでいる私に、バニーが声をかけてくれた。
「残念でしたね。でも落ち込むことはありません。フィギュアは誰でも可愛くなることができます」
(いや、私フィギュアじゃないし……)
と言いたかったけど、私はグッとこらえて、敗因を訊いてみた。
「……何がいけなかったんでしょうか……?」
「ポージングが小さいですね。もっと手足を伸ばさなければ。あと表情。あんな怯えた顔ではマスターが気分を害します。笑顔が基本です」
「えーっ……!?」
手足は目いっぱい伸ばしたつもりだったんだけど……。まだ足りないの? ていうか表情も対象なんだ!? もっと早く知りたかった……。
先輩達が全員棚に並んでいる休日は、ドールハウスも静かだ。私はその隙に、衣裳部屋でポージングを練習してみた。なるほどバニー試験官が言った通りだった。自分ではポーズをとっているつもりでも、実際は全然動きがついてない。やり過ぎってぐらいに腰を捻り、手足を伸ばし、大胆に攻めていかないと、「普通のポーズ」にもならないのだということを今知った。普通って言っても、人形たちのポージングだから、アニメキャラやアイドルみたいに媚び媚びのあざとい感じだけど……。リアルの人間なら普通絶対やらないようなものばかり。でも、ここを出て落葉さんに助けてもらうためには、これをこなさなきゃいけない。
(恥ずかしい……けど、やるしか……ない)
上位ランクがいる間は衣裳部屋を使えないし、Eランクには着替える権利もないからあまり練習はできなかったものの、2週間後の試験に備えて、私は鏡の前でポージングの研究をした。「キャハッ」とか聞こえてきそうなあざといポーズを鏡の前で試した時は軽く死にたくなってしまった。でも他のフィギュアたちはこのレベルのポージングを当たり前のようにこなしているんだよね……。恥じらいとか……あるわけないか。というか、そのために生まれた存在だしな……。人間の私には不利な勝負だ。いやっ、作り物のフィギュアなんかに負けてどうするの。人間の意地を見せつけるのよ!
「26号」
「はい」
前回の試験から、クローゼットの中身が少し変わっている。チア衣装がない。何にしよう……。恥じらい……恥も外聞もかなぐり捨てるの、全力で媚びるの。Dランクにさえ上がれば、落葉さんが見つけてくれるんだから……。これだけ。これが最後っ!
私が選んだのは……ブレザー。制服だ。この年になって高校生の制服を着ることになるとは……。でもあとはなんか、派手なドレスとかで、今一つ私に合わない感じだし、仕方ない。部屋の中央に立ち、ポージング……は、えーと……アレで!
私は両手で軽い握り拳を作り、胸元に添え、やや上目遣いで微笑んだ。瞬間的に体が固まり、私はあざとい高校生のコスプレ姿で固定されてしまった。
(うっ……)
やばい。恥ずかしい。年甲斐もなくこんな……。くうぅ……っ。今すぐこの場から煙のように消え去りたいが、手足は石化したみたいにカチンコチンで、どうにもならない。
僅か数秒が長く感じた。解放されると即、私はメイド服に着替えた。
(あー、恥ずかしかった……)
いや、でも、冷静に考えてみたらこのリボンとフリル満載のミニスカメイドの方が遥かに……。慣れって恐ろしい。果たして私はこのメイド服を脱ぐことができるだろうか。それともまだ……。
「26号。合格」
「えっ……!? うそ……」
私は両手で顔を覆った。やった……。やった! やったーっ!
バニーさんから、Dランクの心得を伝授された。マスターが家にいる間は、棚の台座の上で固まっていること。そして、「可愛さポイント」は常に計測されていて、2週間の合計が一定値を下回ると、またEランクに落とされるということ。
(じゃあ、できる限り、棚で可愛くしてないといけないんだ……)
思ったより大変そう。自由になれると思ったのに、案外メイドより不自由かも……。常に昇級試験を受け続けてるようなもんじゃん。
早速、その日から私は棚に出ることになった。ドールハウスの裏口。その扉はガラス棚と直結していた。ガラス棚内部には階段もあり、フィギュアたちが行き来できるようになっている。気がつかなかったなあ。ドールハウスの裏だから、外からは見えないのか。
Dランクは一番下の段。私は誰もたっていない空の台座に近づいた。
「ポーズをセーブしなさい」
「え、えっと……」
とりあえず、さっきの試験でとったポーズを再現してみた。すると、体がそのまま固まってしまった。
「今後も精進するように」
バニーさんはそう言って去っていった。声が出ないので返事もできない。しばらくすると、体が自由になった。
「えっと……」
私は同じ棚に並んでいるフィギュアたちが、私を見ているのに気づいた。挨拶した方がいいのかな。
「きょ、今日からDランクになりました、はな……26号です。よろしくお願いします」
あれ? 私、本名名乗れなくなってる? 名前はBランクから、だっけ。めんどくさ……。
挨拶が終わると、突然体に電流が走った。
(んんっ!?)
体が勝手に台座の上に戻り、さっき「セーブ」したポージングに戻された。手足、表情、全てそのままに。そして髪の毛一本揺れることもなくなった。
部屋に落葉さんが入ってきたのだ。この部屋に彼女が入るたび、自動的にセーブした格好で固められるらしい。これじゃあ、こっちから話しかけられないよ。
一番下の段なので、落葉さんは足元しか見えない。向こうからは見えてるはずだけど……。足が近づいてくる。巨大な足が……。目の前で止まった。
(ここ! ここよ! 私! 花咲!)
しかし何も反応がない。話し声が聞こえる。遥か頭上からだ。どうも、AランクだかBランクだかのフィギュアたちとお喋りしているらしい。
(ちょ、ちょっとー! こっち! こっち見て! フィギュア変わってるのよ! わからない!?)
落葉さんは、最後まで私に反応することなく部屋を出ていった。体が自由になったものの、私はその場に茫然と立ち尽くした。
「そんな……どうして……」
「ま、Dランクじゃこんなもんよ」
隣のフィギュアが呟いた。確かに。棚の一番下の端っこ。そこのフィギュアが入れ替わったからと言って、落葉さんにとっては大した変化ではないのかもしれない。
(いや、でも……普通、新しいフィギュアが並んだら、ちょっと見てみたりとか……しないの?)
理由は次の日わかった。どのフィギュアも昨日とは違う服装やポージングで固まったからだ。この棚は、毎日全員が変化しているのだ。だから、「中のフィギュア」が変わろうが落葉さんにはよくわからないのだ!
(こ、これじゃあ……何のために棚に出てきたのか……)
あんなに恥ずかしい思いをしたのに。いや、現在進行形だ。今も私は、ガラス棚の中でぶりっ子高校生を演じ続けている。セーブ内容を昨日から更新していないからだ。ガラスに反射して、自分の姿が見える分、一層羞恥に悶えることになる。
(うー……。もっと地味目に、普通に……)
でも、それじゃあ落葉さんに気がついてもらえないかも。そうだ、もっと派手な格好したら目を引くかも……。
翌日、私はアイドル衣装で登壇した。装飾過多でギラギラなやつ。手足も目いっぱい動きをつけて、派手なポージングに。それでも、落葉さんはあんまり私に注意してくれなかった。
(何でよー! こっち見て! こっち! 私を見て!)
落葉さんが仕事にいっている間、上位ランクのフィギュアたちに会うと理由がわかった。すっごい可愛い。ただ服を着ただけじゃない。瞳や髪の色もカラフルで、服も体にフィットしているし、通り一遍のコスプレ衣装じゃなく、個性的な服ばかり。恐らくは何かのアニメキャラだ。その上、ABランクは会話もできるのだ。私はというと、黒髪で、ややサイズの合わない服……。全然、勝負になってない。そして体は動かず、声も出せず、黙って部屋を飾り付けるだけ。ただでさえ、棚の一番下というハンデがあるのに、これじゃあ……。
同じDランクのフィギュアたちも、毎日可愛く着飾っている。これは大変な世界だった。毎日全力可愛くしないと、ついていくことさえできない。案の定、私はすぐにDランクが落とされ、メイドに逆戻りした。可愛さポイントが足りなかったのだ。毎日台座で計測されているらしい。ううう……またやり直しだなんて。しかも、また2週間も待たなくちゃいけない。
(一つだけ地味で垢抜けてないフィギュアがあったら、かえって興味をひいたりしないかな)
なんて考えていた私が馬鹿だった。一番下の「入れ替わり枠」なんか注目するわけなかった。まずはDランクのレギュラーにならなくちゃ。
次の昇級試験で無事Dランクに返り咲いた私は、毎日極力可愛くなるよう努めた。恥を忍んで媚びまくり、現実の人間では絶対やらないようなあざといポージングをとりまくり、コスプレにも精を出した。しかし、髪色が黒のままなので、キャラ物にはなかなか手が出せず、個性が出せなかった。落葉さんにも気がついてもらえない。
「ヘアカラー? Cランクにいけば変えられるわ」
「そ、そうなんだ……」
落葉さんに助けてもらうためには、まずコンタクトをとる必要がある。けど喋れないし棚とドールハウスから出られないのでできない。向こうから気づいてもらう必要がある。そのためには、可愛くして注意を惹く。そのためには、もっと上を目指さないといけない。……うーん、なんかドンドンズレてきてるような……。でもやるしかない。今止めたらドールハウスから出られないメイドに戻っちゃう。そうしたら、気づいてもらえる可能性はゼロだ。私はこのガラス棚の中で、フィギュアたちのルールに則り、存在感を出すしかない。
(うううっ……こーなったら、とことんまでやってやるっ!)
一ヶ月ほどかかってしまったものの、私は何とかCランクに上がることができた。これで一つ上の棚に飾られることになる。落葉さん、私に気づくかな……。
「あれ? 花咲さん? あー花咲さんだー。あはは、いつからいたの~?」
(や……やった!)
落葉さんはようやく私を見つけた。よかった……。これでフィギュアの世界から脱出できる……。
「うんうん、可愛いんじゃない?」
(す、好きで可愛くしてるわけじゃないからね! 早くここから出して!)
「楽しんでるみたいでよかった~」
(へっ?)
落葉さんはそれっきり、上のフィギュアたちを構いだした。わ……私は!? ちょっと、ねえ! ねえってば!
その日の夜、私は絶望した。彼女に見つけてもらえば、助けてもらえると思っていたのに。どうして……。どうしてなの?
翌日、鏡に映る自分が答えを教えてくれた。こんな全力で可愛くコスプレしてたんじゃ、本人が乗り気だとしか思わないのは当然のことのように思えた。
(でっ……でも、可愛くしてないと、棚にはいられないし……)
落葉さんは私が強要されていることを知らないのだ。だから、きっと私が自発的にフィギュアの仲間入りをしたと思ったに違いない。ど、どうすればこの誤解を解けるんだろう。私が動けるのは落葉さんが部屋にいない時だけ。彼女がいたら動けないし話せない。
(なんでこんな仕様にしちゃったのー! 反対にして反対にー!)
落葉さんは相変わらず、ABランクの相手ばっかりだし……。いいなあ、お喋りできて。私も声が出せれば、すぐに助けてもらえるのに……。
(そっ……そうだ。もっと上に上がればいいんだ!)
私はBランクを目指すことに決めた。Bランクのフィギュアになれば、落葉さんと話せるようになる。そうすれば、フィギュアの国から脱出できる。毎日可愛い格好で固まる拷問だって必要もなくなる。
しかし、Bランクの壁は厚く、私はCランクを脱することができなかった。理由は簡単。私が人間だから……。当たり前だけど、生粋のフィギュアたちはみんな顔が可愛い。アニメや漫画の世界から飛び出してきたような美少女揃いだ。それに対して私は人間上がり。妙にリアルな顔つきのせいで、可愛さ勝負には限界がある。Cランク維持でいっぱいいっぱい。
Cランク以上が使える二階の部屋。ヘアカラーや瞳の色の変更を行う器具がある。けど、そんなものはみんな使っているし、同じ条件じゃフィギュアたちには敵わない。どうしよう……。鏡に映る私の顔。少しデフォルメされてはいるけど、これじゃやっぱり……。あれ。少しとはいえ、何でデフォルメされているの。あっ、クリーム塗ったからね。フィギュアクリーム……。
(もしかして、もっと塗ったら、もっとデフォルメされたり……?)
おあつらえ向きに、クリームが置いてある。たまに他のフィギュアたちが損傷や劣化を修復するために使っている。
(や、やってみる?)
いやいや。落ち着け私。顔に目いっぱい塗りたくって、その結果のっぺらぼうみたいになったらどうするつもり。取返しがつかないわよ。クリームの落とし方わからないんだから……。
(ちょっとずつなら……?)
私は次第にクリームの瓶に吸い寄せられていった。ちょっとずつ試せば大丈夫なはず。それに……それに、もしも上手くいったら……。私も、他のフィギュアたちみたいに、とっても可愛くなれるんでしょ。これまで自重してたようなとーっても可愛い服なんかも……。いやいや、何考えてんの私。最近なんか変よ。でも……。
(ちょっとだけ。ちょっとだけなら)
目論見は大当たり。私の顔は少しずつ美少女フィギュアに近づき、一週間後には、他のフィギュアたちと遜色ない可愛い顔になったのだ。
(す……すっごーい! えへへ……)
ホントすごい。くたびれたアラサーの顔とはとても思えない。アニメみたいな美少女……少女って年でもないけど……でも見た目的にはそう。これなら、フィギュアたちと対等に戦えるはず!
思い切って髪の毛もピンクに染めて、今までは流石に着られなかった服を着た。ピンクの魔法少女。今の私なら着こなせる。
可愛くステッキを構えたポーズをセーブして、私は待った。落葉さんが来るのを。
「あれ? きゃー、可愛いーっ」
(えっ……えへへっ、やったっ!)
すごい。落葉さんが褒めたよ。可愛いって。だよね。私、すっごい可愛いよね! ……コホン、これならBランク、夢じゃない!
後日、魔法少女で見事昇級試験をクリアした私はBランクに昇格した。上から二番目に可愛いフィギュアとなったのだ。
(まあ……当然よね。ここまで頑張ったんだもん!)
「昇格おめでとう、26号」
「名前を決めなきゃね~」
あ、そうだった。Bランクは名前がつくんだっけ。やっと26号っていう無機質な呼び名から解放されるんだ。可愛くないよね26号。今の私には似合わないよ。
「私決めていい?」
ルナが試験会場に入ってきた。いや、私の名前元々決まってるから。
(花咲クルミだよ)
そう言おうとしたのに、「26号……」と呟くことしかできなかった。もー、なんでー!
「桃子。桃子ちゃん」
「あ、いいねー」「けってーい」
(え? ちょっと、違うってば! 勝手に決めないで! 私は)
「桃子ですっ! ……あ、あれ?」
「改めてよろしくねー、桃子ちゃん」
「え、あれ、ふぇ……」
私は本名の花咲クルミを名乗ろうとしたが、どうしてもその単語が口に出せなかった。
「ちょっとルナ。勝手に……」
ルナは悪戯っぽく笑って、部屋から出ていった。うー。あいつはAランクだから、まだ私より上なんだよね……。
何はともあれ、落葉さんと話す権利を得たんだ。長かった。長かったなあ……。もう半年近くになる。やっとフィギュアやらなくってもよくなるんだ。……あ、でもたまには可愛くコスプレしてもいいかな? ……なーんて。
上から二番目の棚。目線は落葉さんの胸元。目立つ位置だ。私はお気に入りの魔法少女コスで固まり、落葉さんを待った。
来た。こっち来る。私だ。私を見てる!
「あらっ、あらー。きゃー」
落葉さんは私を見てだらしなくニヤけた。そうでしょそうでしょ。ここまで可愛くなるのに苦労したんだから……。
「君新しい子でしょ? 名前は?」
「桃子だよ、も・も・こ!」
(え? って、違う! 私だよ! 私! 花咲!)
花咲だと名乗ろうとしたのに、やっぱりその単語が出せない。あーもう。いいや。名前なんか出せなくたって、私が私だって伝える方法はいくらでもある。
(落葉さん! 私だよ私! 半年前に引き取ってもらった、縮小病の……)
あ、あれ? 変だな。喋れない。声が出せない。Cランクの時と同じで、固まったままだ。どうして……?
「いつウチにきたの~?」
「えへっ、開封は半年前だよっ!」
(か、開封!? 何言ってんの私!?)
「そっかー。うん。今後ともよろしくねー、桃子ちゃん」
落葉さんは私の頭を撫でた。ちょちょちょっと。ひょっとして、私が私だって全く気付いてないの!? 前は気づいたのに!
(落葉さん! 私! 私だってば!)
駄目だ。やっぱり喋れない。Bランクは話せるんじゃなかったの?
ていうか、どうして気づいてくれないの。確かに、桃子って違う名前名乗ったけどさ、だからって……。
落葉さんがAランクと話し出すと、ガラスに映った魔法少女フィギュアが見て取れた。うん可愛い。よくここまで……って、あっ……。ひょっとして、この顔……。そうだ、そうだよ! クリームで顔変えたんだ!
(待って落葉さん! 私はフィギュアじゃないの! 完全に美少女フィギュアな顔してるけど、違うの! ここまで来るのに必要で……)
弁明しようにも、声が出ない。
「じゃあまたあとでね。桃子ちゃんも」
「うんっ」
あ、声が出た! 今だ!
(私よ! 花咲! 人間よ! クリームで顔を……顔を……)
声が出せない。どうして……?
その後、幾度かの交流を得て、ようやく理解した。Bランクは受け答えしかできないんだ! こっちから話題を振れないんだ!
(そっそんな……。せっかくここまで来たのに……)
しかも、顔を完全に美少女フィギュアに整形しちゃった挙句、桃子とかいう違う名前を名乗らされたせいで、どうも正真正銘のフィギュアだと勘違いされたっぽい。まずいよ。どうしよう。
買った覚えのないフィギュアだって、わからないものかな。いや、ここのフィギュアたちは好き勝手に見た目変えるんだから、わかるわけないや。
(こっ……こうなったら、見てなさいよー! Aランクになってやる! 昇りつめてやるんだから! もーっと可愛くなって、落葉さんの一番可愛いフィギュアになってやるんだからーっ!)