見せしめ人形 (Pixiv Fanbox)
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2022-11-08 11:00:47
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2023-05
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「わかった。じゃあ私が勝ったら廃部は取り消し、コスプレ部もナシね」
「いいよー。勝てたらね」
手芸部の次期部長として、私は朧さんに挑戦した。今年入学してきた朧さんは、地元で最も力ある有力者の家の娘。多くの人たちは彼女の家が関わる工場とそっからのアレコレで働いているから、誰も彼女の横暴に手出しできない。先生たちでさえもだ。手芸部を潰して代わりにコスプレ部を作る、自分はやらないけど可愛い子たちを勝手に入部させてやらせる……なんて無茶苦茶を言い出してもだ。
ターゲットとして手芸部が選ばれたのは……全くの不運だったと言わざるを得ない。この高校の家庭科室は日当たりがいいし、衣装制作も行っている部員がいたから、目をつけられてしまったのだ。しかし私は手芸部員として同じ高校の先輩として、彼女にガツンと言ってやる義務がある。そんなわけで彼女と言い争いになったのだけど、最終的に彼女が何か勝負して決着をつけよう、と言い出した。朧さんが勝てば手芸部はコスプレ部に、私が勝てば大人しく引っ込めると。正直、入学以来わがままし放題だった彼女がちゃんと約束を守るとも思えないけど……ようやく引き出した譲歩であることも違いない。私は「勝負」を受けることにした。
「えっと、それで……何で勝負するの?」
青葉さんが言った。朧さんは自信たっぷりに告げる。好きな内容でいい、と。自分は全てにおいて下々の庶民どもより優れているのだと言わんばかりの嫌な態度だった。
「いいの? 私が決めて」
「いいよー。何でも」
彼女はへらへら笑いを崩さず、私の提案を待った。ホントに嫌な奴。だけどう~ん、どうしよう。当然、私の得意分野で行きたいところだけど……。
「花咲さん」
青葉さんが耳打ちしてきた。彼女はスポーツはあまり得意じゃないらしいよ、と。
(それなら……)
「テニス。テニスでどう?」
「いいよー。楽しみね。じゃ、そうね……明々後日でどう?」
「いいわ」
クスクス笑いながら朧さんは家庭科室から立ち去った。テニスには自信ある。私は手芸部所属だけど、中学まではテニス部で大会にも出たことあるし、今もちょくちょく気分転換に練習混ぜてもらってるからブランクもない。いけるはず……だけど、彼女の自信ありげな態度が気にかかる。他の内容がよかったかな。でもテニス以外にパッと特技と呼べるものもないし……。彼女、ゲーム類は上手いって言うしね。
「朧さん、テニスやったことあるの?」
「なかったはずだけど」
「ホントぉ? なんか余裕ありそうだったけど」
「体育苦手だから大丈夫でしょ」
一年生によると、体育ではどちらかと言うと鈍くさい方らしい。なら安心……かな?
「ありがとね、花咲さん、私たち、親が工場勤めだから……」
「そうそう! かっこよかったぜ!」
落ち着くと部員たちは私を激励し、感謝の意を述べた。そうだよね、皆彼女の横暴には辟易してるんだ。立場上何も言えないだけで……。皆のためにも頑張らなくちゃ。
期待を一身に背負い、私は二日間、テニスの特訓を行った。マジの試合をやるのは中学以来だけど……。でも大丈夫、現役の同学年ともいい勝負できるんだもの。一つ下のわがままお嬢様になんか負けるわけない。負けるわけにはいかない。
三日後。テニスコートには人だかりができていた。私と朧さんが一騎打ちするとの噂はかなり広まったらしく、想像以上の生徒が見物に来ていた。私は女子更衣室のドアをほんのちょっとだけ開けて、その喧噪を眺めて震えた。うう……休日にすればよかったかな。ギャラリーなしを条件に……最悪。
「なあに? まさか今更、怖気づいたなんて言わないわよね?」
パリッとした新品テニスウェアに着替えた朧さんが得意気に言い捨てた。明らかにテニスなんかやったことなさそうなラケットの持ち方、姿勢、新品の服。しかし今の私なんかよりは遥かにまともなテニスプレーヤーであることには間違いない……。
「なんでこんな格好しないといけないの? ずるくない? せめてあなたも……」
「なあーによ、試合内容はそっちに決めさせてあげたんだから、これぐらいは当然よ。そ・れ・に、コスプレの良さも皆にわかってもらいたくて。私はしないけどね」
(くうぅ~っ!)
私はラケットを握りしめて声にならない声で慟哭した。数段重ねのフリフリスカートは厚みがあって動きにくい。縛ることも許されず垂れ下がる長いピンクのウィッグ……。こんな格好で試合? あんなに人が……皆が見てる前で……?
試合直前、朧さんは突然勝負に新ルールを付け加えた。この試合、私は彼女の指定した衣装を着なければならない、断るなら試合はなしで手芸部解体と言い出して。その衣装とは、日曜朝にやっている幼児向けの魔法少女アニメのコスプレだった。しかもやたらと出来のいい。当初、私はビックリして固辞したが、着ないなら試合しないと言い張る彼女に負けて、とうとうこの死ぬほど恥ずかしい衣装に袖を通す羽目になった。仕方ない……仕方がない……手芸部の皆のためにも……。でもスマホで見る自分の姿は想像以上に痛々しく恥ずかしかった。高二にもなってこんな格好を……。しかもよりにもよってピンク。白とピンクを基調としたドレスに、肘まで覆う白い長手袋、ピンクのロングウィッグ、現実ではお目にかかれないようなビックサイズのリボンが頭に腰に、胸元に。い、嫌だぁ。絶対面白がって写真とか撮られまくるよ。最悪……。見られるだけでも恥ずかしいのに……。
「なぁに、棄権? 私はそれでもいいけど」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる朧さんの顔を見ると、怒りが湧いてくる。何でもかんでも自分の思い通りになると思わないでよ……。あんたなんか絶対に……。
意を決し、私は更衣室を出た。決戦のテニスコートへ。
コートに集まっていた皆は私の姿を見るとあっけに取られ、静まり返った。痛々しい沈黙と困惑の視線が私を突き刺す。
「えっ、何あれ~」「あれで試合すんの?」「えマジ? 花咲さんコスプレとか……」「あれ? それ嫌で試合するんじゃなかった?」
一部盛り上がる男子たちの邪な視線、嘲り笑う内心が漏れ出す一部女子陣の視線が私の体を硬くした。顔は真っ赤に染まり、顔を上げられない。ダメ……試合、なのに……。
「ど、どしたのそれ……?」
駆け寄ってきた手芸部部員たちに事情を説明し、ようやく私は少し気が軽くなった。私の趣味だとか思われるのだけは嫌だ……。
コートに立って試合を始めるまでの短い時間のうちに、観衆の間にも事情があっという間に渡ったらしく、同情や応援の比率が高まった。ああよかった。よかったんだけど……今度は逆に
「結構似合ってるよなあ」「可愛いー」などという野次の方が私の羞恥心に突き刺さるようになり、私の手足はガチガチだった。朧さんのヘナヘナサーブを通してしまうほどに。
「15-0!」
「花咲さんしっかり! 大丈夫! 似合ってる! 可愛いよー!」
「やめて!」
私は顔面もピンク色に染めながら応援のつもりで放たれた攻撃に抗議した。
「30-30!」
(平常心平常心平常心!)
何とか気持ちを宥めて、私は試合に集中した。体を動かしていると気持ちもそっちに向いてきて、流石に恥ずかしくて動けないってことはなくなってきた。でも、次第に全身に妙な違和感を感じるようになってきた。なんか動きにくい……。こんな格好してたら当たり前と言えばそうかもしれないけど、それだけじゃない。なんか肌全体がヒリヒリして、しばらくするとムズムズして、そして今は……なんかヌルっとして気持ち悪い。まるで服が溶けているかのように感じる。え、まさかそういう仕様……のはずは、流石にない、よね……?
合間合間に私は服を触って感触を確かめた。別にエッチな漫画みたいにドロドロ溶けて消えたりはしていない。変わらずしっかり縫製され……ん? この服どこで縫ってるんだろ? なんかおかしい気がする。そもそも材質も謎だ。布……じゃない。なんか全体的に厚みと弾力があって、まるでゴムみたいにも思える。でも感触は布だし……こんな布あるの? 一応手芸部だから詳しいほうだと思うんだけど、なんかわからない。高級品……なのかな?
1セットとった時、朧さんが叫んだ。
「いやー、やっぱ体を動かすのっていいわよねー!」
何それ、嫌み?動きが硬いぞって?
「汗かいてきちゃったー!」
何のアピールよ。……もしかしてこの衣装は高級品だから汚したってケチつけて弁償させるとかそういう魂胆? 着せる方が悪くない?
「花咲さんどう? 汗かいてる?」
「おかげ様でね!」
当たり前じゃない。残暑厳しい中、重く厚いコスプレ衣装をつけてテニスをしてる私は、彼女の言う通り結構な汗をかいていた。確かにこの衣装は汚しちゃったかもしれない、でもだからって……。
「その服ねー!」
2ゲーム目。私がサーブを放とうとした瞬間。
「人の汗で繊維が溶けちゃってー! 肌と融合するのー!」
「……えっ!?」
私のラケットは空を切り、ボールはその場に落下した。
(あ……え?)
私は呆然としながら、自分の腕や腰をさすった。確かに、さっきからずっと変な感触があった。肌が……正確にはこの衣装と肌が触れている部分が……ちょっと粘性のある液体を薄く塗り広めたみたいな違和感……が……。それって……。
「花咲さん! 平気! 嘘だって!」「そーだよ! 惑わされないで!」
部員たちの応援が飛ぶ。でも私の顔は1ゲーム目とは対照的に、次第に青くなっていった。皆は私の平常心を乱すためのくだらない冗談だと思っている。でも、私にはわかる。彼女の……朧さんの叫んだことは本当だと、次第にドレスが体にまとわりついてくるような感覚が確かにある。私の肌が、憎たらしい朧さんの笑顔が、真実だと告げている。これ以上汗をかくととんでもないことになるって……。
次のサーブもスカり、私は青ざめながら体を硬くした。しみ込むってどういうこと……? まさかまさか、この服がその……脱げなくなるってこと? いやだってそんなまさか……あるはずない。いやでも確かにドレスが……手袋がすごくジットリと腕に張り付いてきてる……。
「あれー? どうしたのー? 調子悪いの? いいわよ中止でも! でも試合放棄なら私の勝ちね!」
(うっ……)
朧さんは、思ったよりは動ける。私は身体を動かさないと勝てない。汗をかかないと……。でもでもそしたら、この服が……。魔法少女衣装を脱げなくなり、永遠にコスプレイヤーとして生きる羽目になった自分を想像すると、どうしても手足にセーブがかかってしまう。彼女のうち帰した玉を追いきれず、私は得点を許した。
「どうしたの? ホントに調子悪いの?」
青葉さんが心配している。服が溶けて肌と融合するなんて与太話を信じている人間は誰もいない。私だけが、この服を着ている私だけに効く揺さぶり……。ひ、卑怯すぎる。こんな試合無効……に出来れば朧さんに試合なんて申し込む必要なかった。あの常軌を逸したわがまま女に。
ゲームを落とした私は、体調を案じる部員たちに囲まれた。皆不安そうだ。ああ……私が負けたら、試合中止したら手芸部は……そうだ。私は皆のために……それに、世の中なんでも思い通りになると考えてる朧さんの目を覚まさせてやるためにも、勝たないといけない。そうだよ。衣装の繊維が溶けたからなんだっていうの。そんなのお風呂で洗うなりなんなりすれば問題ないって。まさか一生脱げなくなるなんてこと、あるはずない。盤外戦術に惑わされちゃダメだ。試合に集中! 動ければ勝てるんだから!
「ううん……大丈夫。心配かけてごめんね。でも大丈夫だから!」
「15-40!」
(あっ、あっ、あっ、ダメ、ダメ、この服、この服服ふくぅ!)
3-3で迎えた7ゲーム目。私はもう自分のことで頭がいっぱいだった。人知れず私の体がもはや取り返しのつかない事態に陥っていることが、全身の皮膚からハッキリ伝わってくる。見た目には変わらないこの衣装。しかしその裏側では、とんでもないことになっていた。彼女の言う通り溶けた繊維が私の肌にしみ込み、ドレスも手袋も、一部の隙間もなく私の皮膚に張り付いている。体を激しく動かしているからこそ余計にそれがハッキリクッキリ、嫌と言うほど伝わってくる。体を捻ると、手足を動かすと、ドレスも手袋もピタリと沿うように張り付いたまま追随する。皺が、空間ができない。皮膚と一体化しかけているんだ。
もう試合のことも、手芸部のことも頭から飛んでいき、自分の進退のことしか考えられなかった。これどうなるの? まさか一生このままなんてこと……ないよね? 流石にね? でもこれ洗って何とかなるのかな? 張り付くっていうかもう、浸透してきてるのがわかっちゃう……。まさか本当に? あの女なら、朧さんならやりかねない……。
「げ……ゲームセット! ウォンバイ……朧さん、4-3」
これ以上汗をかきたくない。かくわけにいかない――。中盤からすっかり動けなくなってしまった私は、あっさりと敗北した。私の、負け……。でっでもこれでもう汗は……ダメ、焦りと不安から生じる汗と動悸が止まらない……。申し訳なくて皆の顔を見る勇気も出ず、私は俯いたまま更衣室へ走った。
(うそっ……ヤダ、そんな……)
更衣室で私はすぐに手袋を脱ごうとした。が、ダメだった。真っ白な手袋はすっかり私の皮膚に内側が溶け込んだのか、いくら引っ張っても外せない。それどころか、皮膚から一ミリ浮き上がることすらない。手袋を引っ張ると私の皮膚が引っ張られる。隙間ができない。ピタリ張り付いて……いや融合してしまっている。ドレスもだ。脱げるのはブーツとピンク色のスパッツだけ。
(あ……あ……あ)
お、お願い。脱げて。お願いだから。奮闘していると朧さんが入ってきた。
「いやーいい勝負だったわねー! さっさと3ゲーム取られた時は負けるかと思っちゃったー!」
彼女はこれ見よがしに高級そうなタオルで自分の汗を拭いた。私は涙目で問いただした。この服はどうしたら脱げるのか、と……。
「脱げないわよー。言ったでしょ? 試合中だからよく聞こえなかったかしら?」
「……そうじゃなくて! どうやったら脱げるのか訊いてるの!」
「わかんない子ねー、だから脱げないんだってば」
「だから……」
私の声は震えていた。相当のインチキ試合だったとはいえ得意だったテニスで一年下の素人に負けたこと自体もショックだし、こっぱずかしいコスプレ衣装が体と一体化してしまって、ひょっとしたら一生ピンク魔法少女のコスプレをしたまま生きていかなくちゃいけないかもしれないということへの絶望。
「ま、詳しいことはルナに訊いてちょうだい。夜にあんたの家行かせるから」
「……」
私は静かに鼻水をすすった。うう……ごめん皆。負けちゃった……。しかも、夜までこんな格好で……つまりコスプレしたまま家まで帰れってことよね……最悪。
腰についたアホみたいに大きなリボンと、膨らんだスカートのおかげで、上から何か羽織っても隠しきれるものじゃない。私はウィッグとブーツだけ彼女に返し、心底惨めな気持ちで更衣室を後にした。
ふざけた格好で校舎に戻った私は、試合を見なかった無関係無関心の生徒たちからも嘲笑や好奇の的となり、いい笑い者となった。唯一助かったのは、家庭科室で負けたことを謝った時、誰も責めなかったことぐらい。まあ、私の無様な惨状を見ればそんな気も失せるかもしれない……。
「うわっ、ほんとだ脱げねえ」「マニキュアとってこようか」「お湯で洗えばいいんじゃない?」
本当に一体化してしまっていることを皆に散々皮膚を引っ張られて確認してもらえた後、色々試してみたけど結局脱ぐことはできず、私はコスプレしたまま帰宅せざるを得なかった。近所の人たちにも見られるし、親にも絶句されるし、ホントもう人生最悪の日としか言いようがなかった。
しかも、夜に訪ねてきた朧さんの付き人は、しばらくその服を着たまま過ごすよう告げた。私は驚き抗議したけど、親の立場を人質に取られ、結局折れるしかなかった。それどころか、髪の毛に変なゲル状の物質を練り込まれて、私の髪は腰まで伸び広がる、鮮やかなピンクのロングに変えられてしまったのだ。新たな髪の質感はまるで樹脂みたいなところもあり、ともすれば私は生きたフィギュアのようだった。
翌日、私はルナさんからもらったブーツを履いて登校した。するしかなかった。お風呂でどれだけ洗っても、湯船に浸かっても、皮膚と同化したコスプレ衣装が脱げることはなく、私は朧さんが満足するまでこの格好で暮らさなければならなくなったのだ。
「ちょっと、何アレ?」「うわ~」
道行く人たちの視線と笑い声が突き刺さる。スマホで写真も撮られてしまう。私は真っ赤になって俯きながら歩き、心の中で必死に言い訳し続けながら登校した。やりたくてこんな格好してないし、私はコスプレイヤーなんかじゃないもん……。
高校につけば一安心かというと当然そんなわけもなく、私は散々にからかわれ、見物され、見世物になった。他のクラスや学年から何十人と見に来るし、笑われるし、馬鹿にされるし、死にたくなるほど恥ずかしかった。先生も着替えろとか、なんて格好してんだとか一切言わない。朧さんから連絡がいっているのだろう。誰も私に注意しない。まるでこの格好が私のデフォルトなのだと言わんばかりの態度に、私の自尊心はジッとしているだけでもゴリゴリ削られていった。
大きなリボンを揺らしながら廊下を歩き、体育の授業にもコスプレのまま参加し、私は長い長いピンクの髪を揺らした。繊維が溶けるのは肌と接触する内部側だけだから、もう汗をかいても大丈夫、服全体が溶けたりするようなことはないと昨日ルナさんが言っていたけど、なんの慰めにもならない。魔法少女のコスプレをバッチリ決めたまま日常生活を送らされ続けるってことだもん。全部溶けて流れてしまえばよかったのに……。
何より申し訳なかったのは手芸部を潰してしまったこと……。皆は私のせいじゃないし、別に手芸はどこでも出来ると慰めてくれたものの、日に日に元・手芸部の繋がりは薄れていった。だって、派手なピンク魔法少女のコスプレを日ごろからしている女と放課後一緒に過ごしたいなんて人間はいないからだ。
だが、私が校内で孤立したわけではなかった。むしろ段々人は寄ってくるようになった。
「この服何でできてるの?」「わ~、すっごい出来~!」「可愛いー、私もコスプレ部入ろうかなー」
朧さんがどうして私にこんな辱めを与えたのか。ただ自分に歯向かったものを惨めな姿でつるし上げ、見せしめにするためだけじゃなかった。ペラペラの安っぽいコスプレ衣装とは次元が異なる、厚みのあるしっかりとしたコスプレ衣装は良い意味でも皆の興味を惹きだしたのだ。私は、自分が生きる広告塔にさせられていることを悟り、ますます気分が落ち込んだ。朧さんに負けた私は、自分自身が彼女の威勢を支える見せしめであると同時に、彼女のコスプレ部を宣伝する生きたマネキンに変えられてしまったのだ。私を見てコスプレ部に入ったなんて人もかなり現れ、私の尊厳はボロボロだった。手芸部を潰してしまったどころか、代わって仇が立てたコスプレ部の宣材として私の存在を利用されてしまうなんて……。悔しくて悔しくて、不登校になることも考えた。でもそうすれば朧さんに完全に屈してしまったことになる。私は意地で登校し続けた。フリフリ魔法少女のコスプレイヤーのまま。
しかしいつまでこの格好で生きていかなくちゃいけないんだろう……。まさか卒業するまでずっと? この格好で遊びに出たり、大学受験に行くところを想像するとお腹がグルグルおかしくなる。そして、家庭科室を乗っ取ったコスプレ部が、私をダシに増やした部員たちで盛り上がっているところを覗いてしまった時、自分の中で何かが切れた。許せない。そこは手芸部の場所だったのに。
「あれ、花咲さんだ」
「どうしたの? いいよ~入っても。入部希望?」
「んなわけないでしょ!」
私は家庭科室に押し入り、朧さんの取り巻きたちの嘲笑に耐えながら本人に吠えた。いつまで私にこんな酷い格好を強いているつもりなのか。
「ひどぅい。私は花咲さんに似合うと思って作ってあげたのに~」
「もう十分でしょう! いいから脱がしなさい!」
「でもー、私に何のメリットがあるの? めんどくさーい」
「……っ。あんたいい加減にしなさいよ! 何でもかんでも好き放題やって! この前も……」
私はこのしばらくの間に彼女が押し通したわがままを並べ立てた。最終的に彼女は折れた。自分と勝負して勝ったら脱がしてあげる……と。
「……わかった」
本当は納得なんてできない。理不尽だけど、初めて手に入れた、脱げるかもしれないこのチャンス。受けるしかなかった。年末年始もその先も、魔法少女のコスプレを派手に決めたまま過ごすなんてまっぴらだ。
「でも、負けたら罰ゲームね」
「……な、なに?」
罰ゲームって何するつもり? これ以上酷い目に遭わされるわけ? ……でも、私にはちょっと想像がつかなかった。もっと恥ずかしいコスプレ衣装に変えさせられるとか? 一瞬躊躇したけど、それなら結局脱げるってことだし、もし露出の激しいエッチな服とかだと普通に上着で隠せるし、まあいいか……。ボリュームのあるフリフリ衣装だから現状困ってるんだもん。コスプレ関係なく何か罰を受けるにしろ、とにかくその時さえ我慢できれば……。せっかくの脱ぐ機会を逃す理由にはならない気がした。
「……いいわ。それで勝負内容は」
あ、でもよかったのかな。肌と融合するコスプレ衣装なんていう頭のおかしい見せしめをやってくる女だ、想像もつかないような罰ゲームを用意してくるかも。……何で負けた時のことばっか考えてるの。気持ちで負けてる。勝てばいいじゃない!
「んーそうねえ。……じゃ、コスプレで勝負しましょ。前回はあなたの得意分野だったんだもん、当然よね」
「……へっ!?」
「すげー」「可愛い~」「衣装すごいな~」「俺も入部しよっかな」「女目当てじゃねーか」
廊下で急遽始まったコスプレ勝負。見に来た人が、どっちがいいコスプレしてるか見比べて投票するというふざけた内容。がかった人たちの得票は、朧さんの代理であるコスプレ部員たちに集まっていく。私にはほとんど点が入らない。それもそのはず、私は何のポーズもとれないし、皆見飽きているからだ。私は自分のしているコスプレのアニメなんて死ぬほど悔しくて見れなかったから、どんなポーズをとればいいのかもわからない。頑張って可愛いポーズをとろうとはしているものの、恥じらいが勝ってやりきれない。人前で可愛いポーズ決めるなんてやったことないし……。せいぜい気心知れた友達の前でふざけてやるぐらい……。知らない人も多い中、マジにやるなんて無理……。真っ赤になってぎこちなく手足を伸ばしても、ギャラリーからは失笑がもれるばかりだった。
逆にコスプレ部の方は日頃から遊んでるだけあり、しっかりとそれらしいポーズを決めたり、なんかアニメのセリフらしいことを言っては盛り上がっている。しかも部外には初披露の可愛いコスプレともなれば尚更だ。私の魔法少女姿は、周囲にしてみればもはや日常の、ありふれた普通の格好と化していたのだから、そのまま「コスプレです」と言ってもまるでウケる道理がない……。脱げないから衣装を変えることも不可能。中盤を過ぎると、私は涙目で俯くことしかできなくなってしまった。結果、あっさりと完敗。私にだけ脱げない衣装を着せておいてこんな勝負内容なんて理不尽すぎる。でも前はテニスだったし……いやそれもインチキが……。
「私の勝ちね」
あなたは見てただけじゃない……。そう思っても、もう言い返す気力が残っていなかった。正直自分の姿にも慣れてきてたところあったけど、改めて惨めな格好であることを再確認させられる地獄の時間だった。
「明日、ウチにいらっしゃい。ルナを迎えによこすわ」
「……」
罰ゲーム……だっけ。この勝負自体が罰ゲームだったような気もするけど。……でもあいつの家に行くってことは、衆目で恥をかかされるような内容じゃないのかも? ……いや、なんか嫌な予感がする……。逃げたい。でも向こうから連行にくるんじゃダメか……。どうせ学校でも会うんだし。
翌日。朝ごはんを食べてすぐ、ルナさんが家にやってきて、私は朧家のご立派な車に乗せられた。休日潰れちゃう……最悪。こんな朝早くから来るってことは、かなり手間のかかった、時間のかかる罰ゲームなんだろうか……。もうやだぁ。なんで私ばっかりこんな目に……悪いのは全部朧さんなのに。
この町の「城」である工場に連れてこられた私は、死ぬほど恥ずかしい視線に晒されながら、ルナさんについて廊下を歩いた。……学外の人たちにこんな姿を見られるなんて。「お嬢様のコスプレ友達」みたいに思われてるのかと想像すると、腸が煮えくり返りそうだった。
実験室と銘打たれた部屋に通された私は、そこでルナさんにこれから受ける処置の説明を受けた。体の検査や手入れを行ったあと、私を「圧縮」すると。
「あっしゅ……くって、どういう……?」
「うーんそうですね、要するに縮めるってことです」
「!?」
彼女の説明はこうだった。貴重な動植物の生きた標本を作ったり、鮮度を保ったまま食物を保存したりするための生体圧縮技術をこの工場で開発しているらしく、私をその器具に入れて「圧縮」する、というのが朧さんの定めた罰ゲームなのだと。
「い、いや! 死にたくない!」
「大丈夫です。死にません。鮮度を保ったまま長期保存することが可能です」
「せ、鮮度……」
冗談じゃない。明らかに人間に向けて使っていいやつじゃないでしょ。お嬢様のくだらない思いつきでそんなアホな死に方したくない。抵抗したけど、私は工場の人たちに無理やり連行され、綺麗に洗浄されたあと、ピンク色のスパッツと、いつものブーツを履かされ、大きな白い機械の中に入れられた。扉が閉じると、外の声は聞こえなくなった。つもり、私の抗議も叫びももう届かない。私はまるで檻の中に囚われた猿だった。
「出して! ねえお願い! やめてー!」
やがて全身にピリピリした熱い痺れが走り、全身麻酔をかけられたかのように、私の意識はフッと途切れた。
(う……ここは……)
目が覚めると、私は柔らかい布団? の上に転がっていた。頭がガンガンする。瞼が重い。人の話し声が聞こえてくる……。
「かーわいい。お人形みたい」
聞きなれた憎らしい声……。うっすらと目を開くと、巨大な人影が私を見下ろしていた。朧さん……?
「わ……私……」
「あっ、起きたみたい」
次第にぼやけていた視界の輪郭が定まっていく。朧さんの……顔が……デカくない!?
「えっ、あっ、これ、は……」
私は困惑した。大きい。皆の顔が大きい。距離が近いからとかじゃなく、これは本当に……。そして、後ろに広がる景色もまた、まるで運動場のように広いことに気づく。世界が大きい。ひょっとして……まさか。
ふと目線を下げると、私が布団だと思っていたものは、巨大なタオルだったことに気づく。そのタオルが敷いてあるのは……机だ。教室より広い机。人間並みに大きな器具がたくさん置かれている。
巨大な手が現れ、大きな指が私の頭のリボンを撫でた。
「あ……あぁ……」
意識を失う前の記憶が蘇ってきた。たしか私を「圧縮」するって……つまり……。
(わっ私……本当に小さくされちゃったのー!?)
たっぷりと朧さんに弄り倒され、屈辱的な写真や動画をたっぷり撮られたのち、私は家に帰された。大きい……。自分の家とは思えない。どこかよその、巨人が住む遠い星の風景のように思えてならない。でもサイズ以外は間違いなく私の家だった。巨人と化した両親も……。
どうやら私の体は、今や30センチ足らずまで縮められてしまったらしい。しかも鏡を見ると、そこには信じられない存在が映っていた。フィギュアだ。一瞬、私は鏡に映るソレが自分だと認識できず、驚いた。フィギュアが動いている。
圧縮。ルナさんはそう言っていた。その意味がようやくわかってきた。情報量を削ぎ落された私の全身は、まるでアニメや漫画のキャラクターのようにデフォルメされ、簡素なディティールに再構成されていたのだ。どこを見ても等しく同じ質感と色合いの、均質な肌。まるでフィギュアの肌のようだ。スパッツやブーツも、まとめて圧縮されてしまったせいか、今や完全に私の体と融合し、一体化を果たしている。可愛らしいフリフリの魔法少女衣装、ピンク色の髪、それらはどれも現実の布や髪には見えない。均質な色で塗られたフィギュアやプラモのそれだ。もしくはアニメ塗りされたアニメの世界の住人のようにも見えてしまう……。
私はもはや人間ですらなく、生きたフィギュアに変換されてしまったのだった。
(そ……そんな~っ!)
そんな状況でも私は登校を強要された。親の送迎で高校に行くと、やはり私は全方向から熱烈な歓迎を受ける羽目となった。可愛い、やば、可哀そう、悲惨、可愛い……。
(うう……)
一人で椅子に座ることすらできなくなった惨めな自分。こんな屈辱が他にあるだろうか。机上にチョコンと座らされ、質問攻め、撮影攻めを受け続ける。先生が来た時一応事情を説明して助けを求めたものの、朧家案件ということで無視されてしまった。
自分が哀れなお人形になっても滞りなく授業は進み、皆の日常は過ぎていく。まるで私なんて最初からいてもいなくてもどうでもいい存在であったかのような疎外感、巨人の世界におけるたった一人の「人間」になってしまった孤独と恐怖で、私は子供みたいに泣いてしまった。すると皆が慰めてくれるんだけど、どうも様子がおかしかった。友達……人間に対する態度ではないように感じる。……上手く言葉にできないけれど。
その違和感が自分の中で説明できるようになったのは半月ほど経ってからだった。生きたフィギュアと化しての日常は、これまでと全然違っていた。反逆者の見せしめとして、同情や恐怖を誘う反応は見られない。単なる痛いコスプレ女だったこれまでとは異なり、クラスメイトも道行く他学年の人たちも、誰もが優しく、柔らかい態度と視線を投げかけてくる。不思議だった。よりアンタッチャブルな存在に堕ちてしまったはずなのに。その理由はずばり、私が小さくなったからだ。いい具合に、フィギュアみたいにデフォルメされて、生々しさも消えてしまったからだ。要するに、私はクラスのペット、マスコット枠に移行してしまったらしい。女子は可愛い可愛いと言って抱き上げたり、撫でてきたり、一緒に自撮りしようとしてきたり、子猫か赤ちゃんみたいな扱いをされることが多くなり、そして今やそれ以外の扱いはなくなった。同学年の対等な人間として接してくる者はいない。
(う~っ)
嘲笑よりはマシ……なのかと思いたいけど、私が何を言っても何をやっても「可愛い~」で済まされてしまうのは、私という人間をまったく見ていないかのようで不気味でもある。人に飼われている猫ってこんな気分だったりするのかな……。
そんな扱いを受けているせいで、自然に私の立ち振る舞いも変わりつつあった。自分でも気づかないうちに、なんだかあざとい言動をするようになっているのだ。
「ほらクルミちゃーん、おいでー」
「はーいっ」
教室移動の際、女子の誰かが私を抱っこして運んでくれるのだけど、いつの間にか高い声で語尾を上げて返事したり、酷い時には両手で軽い握りこぶしを作ってポーズしたりしていることに気づいた時は寒気がした。な……なにやってんの私は。気持ち悪い……。
でも、誰も私をぶりっ子として陰口をたたく女子はいないし、男子も気にしていないようだった。それどころか、何だかますますそういう言動をすることを求められているような空気も感じる。
(だ……ダメダメダメ。普通にしなきゃ、普通に)
でも両手を大きく振ってピョンピョンしてアピールすることは止められない。小さくなっているからかなりオーバーリアクションしないと届かないのだ。しかし、こういう振る舞いがますます幼さを強調する結果に繋がっているらしく、どんどん私は子猫の振る舞いを身につけ始めた。こんなぶりっ子ありえない、したくない……と頭では思っていても、自然とそうなっちゃう。そうすると皆可愛い可愛いと言って可愛がってくれるので、どうにも止めることができない。
「もーっ、みんなやめてよぉっ」
「あはは、照れてる、可愛いー」
自分で言ってて顔が赤くなるけど、どうしても……うう……ダメなのに……。なんかこうなっちゃう……。
人間は与えられた立場に順応するとどこかで聞いたことがあるけど、本当かもしれない……。家にいる時、鏡で自分を見て戒めようと思っても、思うような効果は得られなかった。鏡に映っているのは、可愛らしい魔法少女フィギュアだからだ。圧縮によるデフォルメさえなければ、私目線では変わらず「痛いコスプレをした自分」だったはずだから、ここまで酷いぶりっ子堕ちはしなかったはず。でもアニメみたいな顔に均質で一点の曇りもない肌のおかげで、客観的に見ても……まあ……可愛い、と、思う……。思っちゃう……。ピンクのフリフリな魔法少女衣装だって、これなら……似合ってる……よね……いや……。
(ダメダメダメーっ、こんなの受け入れちゃダメーっ)
そう頭では否定しても、翌日学校に行けばやっぱり子猫ムーブ幼児ムーブをやってしまう。もうっ、皆が悪いんだよ、子猫扱いで甘やかすからぁっ!
唯一理性を取り戻す時は朧さんと遭遇した時ぐらい。私がクラスであざとく振る舞い可愛がられているところを目撃されると、サーっと血の気が引く。彼女のニコニコ笑顔を見ると、心臓が止まりそうになる。
(み、見られた……)
どうしよう。「あら楽しんでるじゃない」などと誤解……誤解かな? いや誤解……されたら、元に戻してもらえないかもしれない。それに、朧さんの数々の蛮行をすっかり受け入れてしまったなんて思われるのも腹立つ。
「どーしたの、クルミちゃん」
「ううん、なんでもないっ」
でもそんな思いも、彼女が立ち去り友達の胸に抱かれ、優しく撫でられているとあっという間に消え去ってしまう。
いいんじゃないの? 可愛いフィギュアでも。……いや、ダメだって。そんなのおかしいもん……。でももうちょっとぐらいはこのままでもいいかな……。
かつての手芸部仲間だった青葉さんは、あまり私を可愛がってくれない。私はそれが不満だったけど、家で冷静になると気持ちも理由も痛いほどわかる。かつてあれほど懸命に朧さんに立ち向かった私が、見る影もないほど落ちぶれたように見えているに違いない。誇りも覇気も、反抗心もすっかり失い、幼児退行したようにしか見えない今の私が……。
(で、でもだってしょうがないじゃん。もう私、何にもできないんだもんっ)
もしかしたら、ここまで見据えての圧縮罰だったのかもしれない。朧さんは私を……自分に歯向かったものがすっかりとろけて自分の意志も持たないペットに堕とすことで、他の反逆者たちに対する強力な見せしめとしたのかも……。
そこまで考えがおよんでなお、私はオーバーリアクションをとってアニメ声で喋り、幼児みたいな受け答えをすることを止められなかった。だって今の私なら……可愛い、もん……。今の私はクラスの可愛いお人形なんだからっ……。