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今朝はいつもより静かな幕開けだった。歴の長いお人形さんたちも今日は人が少ないとわかっているとみえて、だらしなくグダグダと横になっている。天気予報は見せない方がいいだろうか。どうせこの子たち外に出ることないのに。 ここはある病気で一人暮らしが不可能となった人たちを預かり、その面倒を見てくれる人を探す施設。私は二年前からここに勤めていて、彼女たちとその「買い手」どもをマッチングさせている。女性のみが発症することが知られる、縮小病という奇病。その病気に罹った人は体が相似縮小していく。大抵は数センチ身長が縮む程度だけど、ちょくちょくすごく縮んでしまう人がいて、30センチだとか、酷い時は15センチ程度に縮む人もいる。勿論、就業はおろか日常生活も困難となる。引き取ってくれる家族や友人のいない女性は路頭に迷う。ウチはそういう女性たちを一時的に引き取って面倒を見ている。期限は一年間。居着かれると困るので期限を設けている。 「ちょっと、そこ私のお立ち台なんだけど」 「あっ、す、すみません……」 すーぐああなる。女だけの集団は面倒だ。9か月になるベテランちゃんが、目立つ台を新人から取り返している。ツリ目の美人で縮む前はさぞモテたのだろうが、ここではサッパリ「売れ」ることなく残り続けている。黒いセクシーなドレスを身にまとっているが、どうしても自意識を捨てきれないらしい。また買われないな、あの子は。 マッチングは書類だけで済ませることもあるが、多くは直接見て決める。この部屋にはU字型にテーブルが配してあり、その上に15センチ前後の小人たちが立ち並ぶ。見やすいように台とか、或いは演出用のジオラマが設置されているのだが、目立つところはカースト上位の女に独占されがちだ。施設を訪れた人たちはそれを見て、どの子がよさそうか品定めする。コミュニケーションは自由なので、人が来ると彼女たちは普段出さないような高い猫なで声でアピールを開始する。当初は普通だった人でも、しばらくこの「競り」に参加して現実を知れば大体ぶりっ子になる。元の大きさの時じゃ痛々しくて絶対切れないような可愛らしいフリフリの衣装を着て、幼児みたいなオーバーリアクションを取り出す。小さいことは七難隠す。小さいというだけで大体許される空気になる。プライドを捨てて媚びた者勝ちだ。 私の担当は15センチ前後の人たちが集う、「十分の一スケール」の部署。うっかりすると殺してしまいそうになるので注意が必要だ。そのため彼女たちは出歩ける範囲をかなり制限してある。90センチとか60センチとかは割と施設内を自由に歩けるんだけど、彼女たちには許されていない。四方をガラスで囲まれた真っ白な箱庭の中で、誰かが買いに来てくれるまで集団生活を送ってもらう。見ているだけで憐憫の情が湧いてくるぐらい可哀そうな生活ぶりだけど、まあしょうがない。15センチ人間用の生活インフラなんて難しいし。 しかし、それを解決する方法がある。ある玩具会社が開発した肌色のクリーム。本来はフィギュアに塗るもので、表面についた汚れを分解し、常に綺麗に維持してくれるという代物なのだが、これを縮んだ人間に塗っておくと、ウンチやおしっこ、汗や垢といった「汚れ」を全てクリーム内のナノマシンが分解してくれるのだ。勿論普通の人間では塗っても無理。あそこまで縮んだ彼女たちだからこそできる芸当。入所者は全員、このクリームを足先から頭のてっぺんまで、全身に塗ることが義務化されている。これによって、十分の一スケールのトイレや風呂を用意せず、楽に生活環境を整えられるというわけ。トイレの世話がいらない、というのは売り文句にもなる。見知らぬ女の介護なんて誰もしたくはないからね。その辺全部いらない、となれば引き取ってやってもいいかな、という人間もでてくる。唯一の欠点があるとすれば、全身がフィギュアみたいな容姿になってしまうことか。いや利点かな。売る側からすると。生々しさが消えてお手軽感が出てくるから。一本の毛も見えず、黒子も皺も染みもない、肌色一色の肌。樹脂のような質感を持ち、テカテカとした光沢もある。まるでお人形だ。彼女たちはこの施術によって、生きたお人形となって売りに出されるのだ。 本日最初のお客は、恰幅のいい男性だった。客は実際に彼女たちがいる部屋に入る前に、入所者のリストを見ることができる。私はいつものように、数人をピックアップしてお勧めした。元から大人しい性格だった子がこの人とは合うだろう。 部屋に入った彼を、お人形さんたちが歓待する。熱心に何度もジャンプする子、上目遣いで静かに媚びを売る子、可愛らしくアイドルみたいに振る舞う子、凛としてお澄ましする子、様々だ。まあ大抵は媚び売って可愛く腰を振れる子がいい。いい歳してフリフリの魔法少女衣装を着れる子が。顔面もクリームのおかげでアニメキャラみたいに修正されているため、派手な少女趣味の服でも似合う。……実際の歳はいかほどだったとしても。 買う側からしても合理的だ。引き取ってもらった先で「人間」として遇されるのは60センチまで、ギリギリ30センチが限界。15センチのあの子たちが本当の意味で人間扱いされることは、まずない。家事はおろか、一人で椅子に座ることすらできないんだもの。なら何故買うか。「ペット」としてだ。15センチの生きたフィギュアは可愛がるインテリアとしては優れている。であれば当然、可愛らしさが全てに優越する。美しさではなく。 目立つお立ち台をとったお局様も懸命にアピールしているが、あの男性にはあまり効果がなさそうだ。お高くとまった「美人」じゃダメなのよねーぇ。 彼はピンクのパジャマを着て後ろの方でアワアワしていた子が気に入ったらしく、部屋を出てから私に彼女の意思確認を頼んできた。一丁上がり。最初に勧めた子の一人だ。最初は感覚がつかめなかったけど、今は大体どの子が売れるかわかる。 今回の男性は裕福で地位もある人。よかったね。私はシンデレラちゃんを呼び出し、本人の意思確認を行った。さっきとは逆に、彼のプロフィールを彼女に提示して、引き取られていいかどうか決めてもらうのだ。 ちょっと悩んでいたようだけど、割と早く頷いてくれた。あとは書類にサインさせて連れてってもらうのみ。書類関係は他の所員がやるので、私は部屋に戻った。カースト下位の低身長が選ばれたことで、上位層は明らかに気分を害していた。最も、私から見れば小さなお人形さんたちの諍いは全部可愛く見えてしまうので、彼女らの不満を一切真剣に受け取ったことはない。うるさければちょいと脅かせばすぐ大人しくなる。十倍ある巨人の言葉に従わない人間はいない。 競りの場に出てくる子たちは大抵可愛らしい衣装を着ている。パジャマ姿だった子が選ばれたことも不満に拍車をかけたようだ。ま、彼女たちからすれば納得いかないかもしれない。衣装やアクセサリー類はレンタル制で、事前に申し込んでおかなければ着れないからね。ピンク魔法少女衣装などといった人気の衣装は一か月待ちだ。今日が「勝負」の子もいる。 そうこうしているうちに次が来た。やや顔面に難のある若い男性。私は売れ残り組をお勧めしたのち、彼を競りの会場に通した。先ほどとは違い、少しアピールが大人しくなる。が、まだまだ元気だ。特に自分があまり可愛くないという自覚のある子たちは、こういう男性が来るとそそくさと前列に移動する。自信ある子はもっといい人に引き取られたいと思っているので、邪魔しない。お局様は「興味なんてないですよ」みたいな態度をとっているが、チラチラ何度も男性の方を眺めている。おそらくこうなるだろうとわかっていたので、ツンデレということにしてさっき押しておいた。あの子はあと三か月で期限だし、早く捌けたい。 私のたくみな売り込みが功を奏し、お局様に引き取り申し込みが来た。当の本人は、彼のプロフィールと顔写真を交互に眺め、ウンウンと唸り続けた。自分は本来こんなレベルの男のペットになるような存在じゃない。というプライドがまだ残っているのだろう。 「でも、とても気に入ってもらえたようですよ。ツンツンっぷりがすごく可愛かった、って」 「す……少し、考えさせてください」 お局様はちょっと顔を赤らめてそう言った。無論、引き取りは申し込むのも受諾するのもその日限りではない。構いませんとも。 「うふっ、わかりました」 私がプロフィールを閉じようとすると、お局様がちょっと動いた。もうちょっと見ていたかった……そんな感じだ。手ごたえアリ。きっと承諾するだろう。おめでたい。 三人目は……おおう。脂ぎった中年男性、容姿も悪い。髪はボサボサで、顔も……。眼鏡は新調すべきだと思う。 「お、おおお勧めの子ととか、いますですっか?」 「そうですね、こちらの……」 お局様以外の売れ残りを紹介し、私は会場に通した。波が引くように机上の前線が下がっていく。甲高いアニメ声で迎える者もいない。話しかけられた子は引きつりながら最低限の受け答えをしている。こういう人が来るとずっと気を張って見張っていないといけないから大変。私としては引き取られた後のことは関係ないから、売れるなら売れるで問題ないんだけど……。まあ、拒否されるから時間の無駄であることが多い。でもこういうのに限って居座るのよねえ……。 彼は三人に引き取りを申し込んだ。私は該当者三名を呼び出すと、会場や箱庭から笑い声が上がった。プリプリ怒りながら三人が専用の連絡通路を渡って事務所の机にやってくる。私がプロフィールを見せるより先にお断りされた。私は一応決まりだから、と言って気のない声で彼のプロフィールを紹介し、そのまま閉じた。三人は不満を隠そうともしない不機嫌な顔で会場へ戻っていく。時間の無駄だ、と言わんばかりの背中。私もそう思うよ。 窓を覗くと、雨がやんでいた。午後からは人が増えるかもしれない。 昼には二人組の若い女性がやってきた。あー、またか……。キモイ中年男性もアレだけど、若い女性の物見遊山もお人形さんたちが荒れる。いやキモイ中年男性の方がマシだろう。それぐらい皆精神をやられる。 「きゃ~、かわいい~」「持って帰りたぁ~い」 まるでペットショップの子猫をウィンドウショッピングするかのようなノリで、かつて自分たちと同じ人間だった女性たちを消費していく。人形たちは憤懣やるかたないといった感じで、苛々して睨みつける者、真っ赤になって俯く者、静かに震える者、色々だった。箱庭にサッサと引き返す者も。悔しくて仕方ないのだろう。こういう客が来ると、改めて自分たちがどういう存在に身を落としてしまったのか、現実を突きつけられてしまう。勝負用の可愛い服が、一転して恥辱と嘲笑の呪われた装備となってしまう。自分たちも本当は「そっち」だったのに、という不満、いい歳して子供みたいな服をして媚びる自分を嫌でも客観視させられ、忘れていた恥を呼び起こされている。女性二人が、心の底から完全に別種の動物、可愛らしい小動物を見て癒やされているオーラを満開にしているのも人形たちを怒らせる要因だろう。同じ人間、それも同世代だろうに、目の前の小人たちが自分たちの仲間だなんて一ミリも思っていない。「あんたらもいつこっち側になってもおかしくないのよ」と叫びたい子もいるかもしれない。でもこういう子に限って縮小病罹らないし、罹っても面倒見てくれる人がいるからこういう施設には来ないのよねえ。 一番震えていたのは最近入ってきた若い子だった。実はあの子、一度この施設に来たことがある。勿論、客として、だ……。新人で服のレンタルがとれなかったので、ペラペラの白ワンピのまま後列に埋もれている。両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。あーあ。 若い女性二人は写真をたくさん撮ったのち、満足して帰っていった。引き取りの申し込みはない。家に帰ってからじっくり考えて申し込んでくるかというと……ないだろうね。 沈痛な空気に包まれた会場は、次に訪れた中年女性に冷たい反応を見せてしまった。私はそのことを代わって謝った。いつもは元気なんですけどねえ、と。彼女は子供の遊び相手を探しに来ていた。私は元気な子、スポーツの経験がある子を紹介したが、人形たちの反応は鈍い。家族持ちは人気がない。ペット、ともすれば玩具として扱われることがほぼほぼ確定だからだろう。幸せな他人の家庭を15センチの体で死ぬまで見上げさせられ続けるのは苦痛かもしれない。やはり独身男性が最大人気だ。アホだなあ、と私は思う。その体で恋人だの結婚だのなんて、絶対無理なのに。冷静に考えれば独身男性より信頼できる家庭の持ち主に引き取られた方がいいだろうと思うけど……。それでも一縷の望みを捨てきれないか。男の愛情を一身に全て受けたいと。この仕事に就いてから知ったことだけど、縮んだ女性は男への嫌悪感が意外と和らぐ傾向にある。ナチュラルに人間扱いされなくなるところまで身を落とすと、誰でも王子様に見えるのかもしれない。 その日最大の賑わいを見せたのは、若い大学生、それもイケメンがやってきた時だった。明らかに女二人組と同じく冷やかしなのだが、彼女たちには関係ない。打って変わった歓声で出迎えられ、我先にとテーブルの最前列に、お立ち台に、ジオラマの中心に殺到し、あざとく媚びた言動で高いアニメ声が飛び交う。 「かわいいね」 と彼が一言いうだけで、視線の先にいた小人たち皆が真っ赤に染まる。ピンクの魔法少女衣装を着た子は全身全霊で飛び跳ね、話し、眩しい笑顔で応対している。普通サイズなら絶対素面でできないようなあざといポージングや所作がそこかしこで飛び交う。私は内心笑っていた。彼は「ご希望はありますか?」の問いに「うーん……かわいい子!」と答えたので、私が思うかわいい子を紹介はしておいた。見つけて話しかけてもいる。彼女も満更でもない。が、やはり冷やかしだ。責任感のかけらもない言葉がポンポンと。 案の定、彼は引き取りの申し込みはしなかった。家に帰ってジックリ考えてみますと言うけど、まーないだろう。 会場では皆が呼ばれるのを今か今かと待ちわびている。会話した子たちは皆焦って服装チェックしたり髪を整えようとしたりしている。遅いって。 そして即日申し込みがなかったことを告げると、落胆ムードが一斉に広がった。「でも、あとで来るかも」などと顔をピンクにして呟く子もいる。うーん、来ないと思うよ残念だけど。 その後も十人ほど訪ねてきたが、特筆すべき客はいなかった。天気が悪かったからか、今日はやはり少なかった。そして先週来たお客から申し込みが来たので、該当者を呼び出す。魔法少女アニメが好きな男性。まあイケメンとは言えないが、妥協できぬ顔ではない。収入面は安定していて問題ない。彼が訪ねてきた日に魔法少女衣装を着ていた子に白羽の矢が立った。 彼女は悩んでいた。「自分」ではなく「魔法少女プリガー」が選ばれた……そう受け取ったようだ。この人に引き取られたらずっとプリガーごっこして生きていかないといけないのではないか。それが悩みポイントのようだった。まあきっと押し付けられるだろうけど、期限切れで施設追い出されるよりはよくない? 野垂れ死には防げるよ。 しかしまだ4か月で時間があるのも事実。個人的には決めてもいい相手だと思うけど、この子ならもうちょっと上も目指せるだろうか? 彼女は答えを出せないまま、ずっとプロフィール画面とにらめっこしていた。 私はその間に次の客の応対に出た。時間的に今日は最後かも。独身の中年男性。少し子供っぽい甘いフェイス。好きな人は好きだろう。会場は中々の歓待ぶりだった。さっきのプリガーマニアご指名の子は壁越しの歓声を聞き、良物件が来たことに気づいたらしく、急いで会場に戻ってきた。ありゃさっきの引き取りはお断りかな。今後もっといい話が来るとも限らないのに……。 「競り」が終わると、会場から箱庭に一斉にゾロゾロお人形さんたちが引き上げていく。レンタルしていた衣装やアクセサリー類を指定の場所に返却し、簡素なワンピースやパジャマに着替えていく。あとは就寝時間までレクリエーションか運動か、或いは部屋でゴロゴロするか、各自自由に過ごすようになる。 小さな可愛い衣装の詰まった箱を洗濯係に手渡しながら、私は最後の引き取り連絡を行った。残り三件。うち二件が成立。晴れてこの施設を旅立ってゆくことが決まった。よかったねえ。いや、引き取られ先でどういう扱いされるかはわからんけども。 そして、出ていく人もいれば入る人も。近々退院する予定の縮小病患者が後見人なしとのことで、相談が来ていた。二十代の女性。17センチ。元の身長は174センチだって。来歴は……あらまあ、意識高そうなお仕事だこと。もう大体予想ができる。半年後には新たなお局様になるかもしれないなぁ……。大変だよぉ、ここは。 一年の期限を過ぎても引き取り手が現れなかった可哀そうな子のことを思い出しながら、私はもうすぐ入所することになるであろう新人さんの前途がマシになるよう祈った。冴えない相手でも媚びて生きられるようになった方が楽だよ。身動きすらできないカチンコチンのフィギュアとしてネットで売られるよりは、さ。

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