Home Artists Posts Import Register

Content

店長就任の挨拶を終えると、気のない反応が返ってきた。スマホを弄りながら「よろしくー」とだけ呟く女、黙ってペコリと頭を下げて、即座に背中を見せて立ち去る子。最初の挨拶が終わっただけなのにもう雑談が始まっている。信じられない。どうして私がこんなところで、こんなアホどもの相手をしなくちゃいけないわけ?

原因は出世競争に敗れた……いや正確には妬みで飛ばされたから、だ。同期の落葉さんは以前から事あるごとに私の邪魔をしてきた。根も葉もない噂を流すわ、ミスを押し付けるわ、一人だけ大事な連絡からハブるわ……。特に私から気を悪くするようなことをした記憶はないんだけど。そんな彼女も年上に取り入る才能はピカイチで、結果を出していた私よりもほとんど飛び級で昇進することになった。部長とデキていたという噂もあったけど、真相は知らない。特に興味はなかったから。しかしそんな態度が良くなかったのだろう。落葉さんの狡い手回しによって、私は本社から取り除かれることとなった。それも地方転勤などと生易しい裁きではなく、系列の末端、業績不振のコンセプトカフェ店長にされてしまったのだ。私は驚いた。一体どうしてそんなことができたのかわからない。業種も違うし、そもそも同じグループ企業ともすら言えないような末端の末端の店に。

落葉さんは、私の手腕なら立て直せるでしょー、大丈夫大丈夫などと笑いながら私の肩を叩いた。その笑みには勝者の余裕と敗者への嘲笑が込められていた。理不尽過ぎる人事に抗議したが、聞き入れられず、私は今日、こうして地方のみすぼらしいカフェにとうとう着任する羽目になってしまった。

業績不振のコンカフェ……正直、想像以上だった。そもそも私はあまりオタク趣味と縁がなかったので、この店自体が理解しきれない。資料によると「魔王を倒した魔法少女たちがやっているカフェ」という設定のもと、店員たちはそのロールに基づいて接客するのがコンセプトのようだ。よくわからないけど、こんなのに需要があるんだろうか。

私はひとまず皆の働きぶりを遠くから観察した。せめてもの勉強に、と東京にいる間にメイドカフェやらコンカフェやらを数店回ってみたのだが、明らかに次元が違う。勿論、悪い意味でだ。きちっと設定どおりに接客していた東京の店とは異なり、ダラダラでグダグダなのが素人目にもハッキリわかる。まず第一声がバラバラ。キャラによって違うとか、そういうバラけではない。ある子は魚屋のような「いらっしゃいませぇ」そして次の子は「おかえりなさいませご主人様」……そりゃメイドカフェじゃないの。

ただヒラヒラの魔法少女衣装を着ただけのカフェ店員だ。誰も魔法少女の演技なんてやってない。それどころか常連っぽい中年男性と「設定忘れてるよ~」「あははー、もーいーじゃん、めんどいし」などとやり取りしている。

(はぁ……)

私は大きくため息をつきながら事務室に引っ込んだ。やばい。この店は。落葉さんはこのまま店を潰した責任を私に押し付け、完全に首にしてしまいたいのだろう……。過去の資料を確認すると、業績不振というかいつ撤退になってもおかしくなさそうな酷い数字が並んでいた。本社で見た資料より酷い。前任者はインチキに触れないラインで上辺を取り繕うことにかけては人一倍だったようだ。

私のキャリアはここで終わりなのだろうか。こんな理不尽な、地方の最初から終わってるくだらないカフェで……。もう辞めてやろうか。でも、それは彼女に屈したことになる。落葉さんのあの心底見下した笑み、勝利を確信した態度を思い出す。嫌だ。あいつに一泡吹かせてやりたい。せめて一矢報いてからにしたい。それには結果を出さなければ……。でもどうやって?

愚痴を言っても始まらない。私は店の良かった探しを始めた。まず、店自体はいいところにあるし、良いところを借りている。内装は立派……だったであろうことを伺わせる。清掃をしっかりやればそれだけで見れるものになるだろう。魔法少女っぽいパステルカラーの可愛らしい装飾は悪くない。多分。なんだかくすんで見えるのは、接客が滅茶苦茶だからだ。店員たちにやる気がない。コンカフェなのに、誰もコンセプトを守っていない。肝心の衣装もペラペラだし……。店内の装飾は良いだけに、余計衣装が安っぽく見える。改善点一つ。

それから昼食にまかないを作ってもらい、メニューの味を確かめた。う、う~ん、まあ、こんなもん……かな? まあ味を求める店ではないだろう……。キッチンの子は言葉少なで、頻繁に欠伸している。ホールを覗くと、二、三人の常連がずっと居座って特定の店員とお喋りしているのが見て取れた。注文をする気配はない。飲食なら書き入れ時だろうに……。くそ。もしも毎日ああなら新規の人が寄り付きにくい空気かもしれない……。


最初の一週間で概ね店の内情を理解した私は、早速改善に取り掛かった。まず店の内装を綺麗にする。それから衣装を新しくしたかったが、こっちは難しかった。私にはコスプレ衣装の知識がない。いい衣装を作るにはどこへ頼めばいいのかわからなかったからだ。あとで何とかしよう。他に今出来ることは……接客態度の改善だ。

だが、これはなかなか上手くいかなかった。本社時代の後輩部下たちとはまるで勝手が……世界が違ったからだ。屈強な男性とかならいざ知らず、見知って間もないギリギリ二十代女性の私では、なかなか十代の子たちに言うことを聞かせることは難しかった。ならばと信頼関係を築こうにも、会話を成立させることが困難だった。彼女らは小学生でも読めるような漢字が読めず、常識と呼べるような教養もまるでない。どんなに分かりやすく書いても、守らせるべき設定を理解させることができない。正直言って、こんな人間がこの世にいたのかと私は衝撃を受けた。

キッチンの子だけはギリギリ意思疎通が可能な頭脳の持ち主……つまり月と太陽は別個の存在だと知っている女の子だったが、元来物静かな性格らしく、ホール組の手綱を握る役には立たなかった。

本社には、いや私の子供時代にもいなかったような馬鹿の群れの中で、私は順調に傾いていく店の数字と戦うことを余儀なくされた。苛々が蓄積し、自分の性格が悪くなっていくのが自分でもわかってしまう。十代の子たちに怒鳴り散らしてしまう自分に嫌気が差す。いやでも向こうが悪いんだし。本当いい加減にして欲しい……。

態度の悪い子を首にしても、新しく入ってきた子はすぐに周囲に染まってしまう。誰も真面目に魔法少女なんか演じてないのに、一人だけロールプレイするのは恥ずかしいし何だか滑った空気になってしまう。あっという間に元のグダグダカフェに逆戻り。店の評判は順調に悪化し、ますます客足が遠のく。

私の肌は荒れ、胃は軋み、瞳は生気を失いつつあった。どうすればいいんだろう。同期はおろか、後輩だって本社で支店でまともな仕事をやって順調にキャリアアップしているのに、いつまでもこんな店で消耗しているわけにはいかない。くそ……。いっそもう潰してしまった方が早い。でもそうすれば私が店を潰したということにされ、本社復帰の道は二度と望めない……。落葉さんの勝ち誇った顔が目に浮かぶ。想像するだけでむかっ腹が立つ。

荒療治だ。それしかない。何年もこんな所に幽閉されてなるものか。

私は全員を入れ替えることに決めた。ホールのバイトを全員首にして、新しい子を迎え入れる。これで悪い流れを断ち切るのだ。勿論、漢字が読める子だけにする。九九もできないアホンダラの子守はもうたくさん。

ちょうどいいタイミングで新衣装も完成し、私は魔法少女カフェの再出発を何とか軌道に乗せることができた。可愛い服に新バイトたちはテンションが高まり、意外とノリノリで「プリティーガーディアン」とやらを名乗ってくれた。声優志望だのブイチューバー志望だのと言っている子を優先して採用したのも効いたかな。……前の子たちも今の衣装ならやってくれただろうか? と少し心が痛んだ。いや……無理かな。もうそういう空気じゃなかったんだ。

中年常連客も丁寧にお引き取りいただいて、魔法少女カフェはようやくちょこちょこと来客が増えだした。ちゃんとした布を使ったフリフリの可愛い衣装、魔法少女を名乗ってポーズをとってくれる子、綺麗になった店内。これでようやく、東京で体験したカフェたちと同じ業種を名乗れるだろう。それでも今まで積もった悪評がリセットされるわけではなく、客足の減少にストップがかかった程度。だが新しいレビューは概ね好感触だ。……このまま地道にコツコツやるしかないのだろうか。それじゃあ私が本社に戻れる日はいつになることやら……。

業績は徐々に改善されていった。早くに再出発の費用は回収できそうだ。しかし……「立て直しましたぁ!」と大手を振って本社に凱旋するには足りない。落葉さんですら妨害しきれず認めざるを得ない結果を、すぐに出したい。SNSで同期の現状を見るたび、焦りが生じて仕方がない。順調にキャリアアップし、成果を上げて、出世街道でしかるべきポストをもらっている。そんな中私はなに? コンカフェのバイトを入れ替えました? んでレビューの星を0.5増やしました? ダメだ泣きそう。地方で遊ぶところもないし。


打開のアイディアを得るため、私は東京に出た。コンカフェやらメイドカフェやらを巡り、視察を行った。しかし今やウチと大きな違いがあるようにも思えない。多少金をかけたりしているだけで、どこも似たり寄ったりだ。差異があるとすれば店員が可愛い綺麗な子ぞろいなこと、ブランドに知名度……だがそれは全て、東京という立地によるものだ。んー、どうしようもない感じ……。

そんな中、東京の知人に紹介されたあるメイドカフェが新鮮な驚きを提供してくれた。店員全員がロボットだったのだ。一切の恥じや照れのない、にこやかな笑顔と美しい発声に私は(おお……)と感心してしまった。動きも可愛らしくスムーズで、人間のメイドよりよっぽど癒やされるかもしれない……。ミニスカートの店員の太腿から覗く、緑色に光る製造番号だけが、彼女らが人間ではなくロボットであることを示す唯一の証。だがそれ以外の容姿は不気味さを感じさせない、清潔で麗しく美化された人間そのものだった。一本の産毛もなく、染みも汚れもないテカテカの肌、ほんのりと樹脂のような質感を併せ持つ、やや厚みのあるメイド服。普通の人間とはまた違った雰囲気がある。客も多く、賑わっているようだ。なるほど、普通の人間よりお客も気楽かもしれない……。何しろロボットの彼女たちは、どんなお客が来ても変わらぬ笑顔で丁寧に接してくれるし、裏で客の悪口を言うこともありえないからだ。何より清潔だ。「安心感」それがこのロボットメイドカフェの売りなのだ。

初期投資はかかるし整備は必要だが、人件費がかからないのも大きい……。いつしか私はすっかり彼女たちの虜となり、気づけばどうしてウチもロボット化しようか、そればかり考え始めていた。これならいける。調べたところ地方ではまだフルロボットのカフェはないようだ。いける。きっと。

彼女らは生体メイドロボをカフェ用に転用したもののようだ。私は早速、メイドロボを一体個人レンタルして、その性能を確かめてみることにした。体のほとんどは生きた細胞を用いて人間と同じというだけあって、不気味さは感じられない。何でも言うことをきき、己の意志を感じさせない従順さだけが人間と異なる点で、そこだけが少々面食らう点だが……まあ気になるまい。

しかしここまで家事をしっかりこなしてくれるとは知らなかった。始めてくる家、そこで口頭で行われる大雑把な指示でもメイドロボは的確にこなしてくれた。いつの間にかこんなに技術が発展していたんだ。使ったことないから知らなかった。

私は生体メイドロボを使った、新しい魔法少女カフェの構想を練り、計画をまとめた。人件費ゼロ……。それも生体メイドロボのメンテナンスはそれほど費用がかからない。日々の運用に関しても、口頭で言うだけで適宜的確に判断してくれるようだし、話が通じないことも、反抗されることもない……。まるで夢のようじゃない。

何より大きいのは、積もり積もった店の悪評をオールリセットできること。ただ人間の店員を入れ替えるだけではやはり限界がある。「全員ロボットのコンカフェ」としてリニューアルオープンすることで、客層との間に「もう以前までの店とは違います」というコンセンサスを形成することができる。新しもの好きの新規も開拓できるはずだ。

問題はいかにして魔法少女のロールプレイをやらせるか……。専用のAIを作らせる予算は流石にない。自力で何とかするしかない。幸いメイドロボたちには高い学習能力があるらしい。実地で覚えさせればいけるか? んー……。

ものは試しだ。一体だけ購入して試してみよう。よし。

私は接客業務用メイドロボを一体購入し、店に投入することを決めた。しかしいきなり魔法少女をやれと口頭で言っても、それは流石に処理しきれない。生まれたばかりの新人ロボットを導いてくれる教師が必要だ。

色々悩んだ結果、私は「プリティー・ピンク」役の子をロボット教育係に任命した。理由はいろいろあるが……。私が最も信頼関係を構築できている子だからというのが一つ。大学生ということで常識があり、私と会話が成立するまともな子なのだ。無論、他の子とも決して仲が悪いわけではないが……。「これから店員を全員ロボットに入れ替えます」などと言えば反発必至。今いる子は全員クビってことだからだ。その点彼女は都合がいい。彼女は今年度で大学を卒業、つまりここも辞める身だからだ。彼女にとっては辞めた後店員が総とっかえになろうが知ったことではない。

だが、他のメンバーはそうもいかないだろう。だから、教育係の一人を除き、他の子たちには人間だと偽って投入することにした。バレなければいいが……。まあそこは私が頑張ってフォローしていくしかない。ピンクちゃんも手伝ってくれるだろう。時給上乗せするし。衣装は長いスパッツを着せて、太腿の製造番号を隠すようにする。しかし店内住み込みは流石に厳しいから、私の家から出勤させるしかないかな……。まあちょうどいい。私の家の家事もやってもらうか。


そういうわけで、カフェにメイドロボがやってきた。通常の家庭用メイドロボはメイド服が体と一体化していて脱がせないが、接客用ということで着脱式だ。服を脱ぐよう指示すると、純白のレオタードに包まれた肢体が露になる。緑色に光る製造番号が太腿に刻印されている以外は普通の人間と変わりない。コーティングされた肌は綺麗すぎるけど。

このレオタードは脱がせないらしい。ちょっと触れてみたが、完全に体に張り付いていて一分の隙間も生まれない。まあ当然か。

魔法少女の衣装に着替えるよう指示すると、彼女は粛々と独りでに着替えだした。曖昧な口頭指示でちゃんと動いてくれるのはいい。便利な世の中になった。

白とピンクで彩られたフリフリの魔法少女衣装は、メイドロボの綺麗な肌と整った顔によく似合う。注文通りのピンク色の髪と相まって、まるでアニメの世界から抜け出てきたみたいだ。どんなコスプレイヤーも敵わないだろう。店員が全員こうなれば……いける。実際に目にすることで自信が生まれた。ビジュアル面は文句なし。あとはちゃんと設定に乗っ取りながら接客するという高度な仕事をこなすことができるかどうか……。


新たな「研修生」は多少の警戒感と共に受け入れられた。肌が綺麗すぎるのもそうだが、メイドロボは所作が綺麗すぎるのだ。一切の無駄がない手足の動き。止まるときはピタッと止まる。新品で学習ゼロなのも影響しているだろうが、そこが人間を名乗るには不気味で不安を煽るところだった。最初からメイドロボを公言していればそんなもんとして誰も気にしなかっただろうが……。まあメイドロボを持っているような家庭の子はいないし、バレない……と思う。教育係のピンクちゃんに期待するしかない。

ピンクちゃんは人形のように可愛く従順なロボット後輩が中々気に入ったらしく、甲斐甲斐しく世話をした。一度教えればすぐ覚えるし、口答えもしない。なるほど教師としてはこれほどストレスなく快適な教え子もいないだろう。魔法少女ということで童顔にしたのも好感度を上げることに繋がったかもしれない。

初々しく大人しい新人の登場はお客にもウケて、ロボット研修生はひとまず軌道に乗りそうだった。客も積極的に「教育」に参加することも多かった。こういう時はどう受け答えすればいいのか、設定同士の辻褄合わせのコツなど……。だが古参メンバーはあまりにも男ウケがよすぎる新人に神経を尖らせていた。客と店員ならまだしも、対等な人間同士の受け答えはメイドロボにはやはり無理があるようで、更衣室での会話などはかなり調子がずれている。プライベートの話もできないし……。やはり人間としてやらせるのは無理があっただろうか。しかしもう貫き通すしかない。

ピンクちゃんを拝み倒し、私も精一杯フォローをしながら、メイドロボの学習はなんとか進んでいった。三か月もすると立派に魔法少女としての可愛らしく自然な振る舞いを身に着け、客とも周囲のフォローなしでかなりスムーズに受け答えできるようになりつつあった。これならいけそうだ。

さらに一か月経つと、自分から客を軽くからかったりして笑わせることすら可能となり、自らが魔法少女として魔王と戦った時のことをそれらしく語ることが……なんと周囲と連携を取りながら行うこともできつつあった。

(よし!)

私は次のステップにメイドロボを進ませることにした。店員総入れ替えとなれば、メイドロボが演じるのは一つのキャラクターだけではない。他の魔法少女たちも演じられるようにAIを学習させなくては。

クールな青やあざとい黄色のキャラもローテーションで回し、私は彼女にこの店の接客業務全てを学習させた。この学習結果を用いれば、店員全てがメイドロボの魔法少女カフェを実現することが可能となるはずだ。

ピンクちゃん卒業後、いよいよ私の計画は実現の時を迎えた。問題はリニューアルオープンの企画が通るかどうかだったけど……。私がしっかり内容をまとめたのと、既に一台実績があること、業績が上向いていたこと、そして本社時代のコネによって、私はいよいよ新生ロボット魔法少女カフェの手筈を整えることができた。あとちょっとだ。これで派手な成功を収めることができれば、本社凱旋も夢じゃない……。

最後の問題はメイドロボのメンテを行う従業員。優秀な人がいいけど、地方のコンカフェでは……。少し苦労したが、こっちに関しては大学時代の付き合いが役に立った。同じサークルだった朧さん。工学部出身で、ロボットには詳しい。不正改造とやらで職場をクビになったらしく、腕のわりに安い値で来てもらうことができた。彼女のアドバイスも受けながら、メイドロボの維持・整備を行うための施設も設置。かつては人が利用していた更衣室も、今やメイドロボが立ち並ぶための空間と化した。壁に沿って並ぶ白い円形の台座。原型AIを作り上げてくれた一号メイドロボが一人寂しく突っ立っている。こうしてみるとまるで銅像のようだ。人間そっくり……いやそのものの存在が微動だにせず笑顔で固まっているのは中々不気味でインモラルな光景だ。普段からメイドロボを使っていれば見慣れるんだろうか。フリフリの魔法少女衣装を着せているから、ロボットっぽさが無くて不安なのかもしれない……。まあ五体並ぶ時がくれば、逆にディスプレイ感が出て良くなるかも。まあ裏方の景色なんかどうでもいいのだけれど。


全てが順調。と思っていたのも束の間。思わぬ……いや忘れていた落とし穴が私に襲い掛かった。

「レモンが壊れた!? どういうこと!?」

「ええっと、近くで火事が起きて、落葉って人が一体出してと……」

「んなっ……!?」

リニューアルオープン前日。恐ろしい事態になってしまった。私が営業に駆けずり回っている間に、こっそり見に来ていた落葉さんが……ウチのメイドロボを一体、火事の人命救助に駆りだしたというのだ!

確かにメイドロボたちには人命救助義務がある。しかし今回のケースは……別にウチからロボットを出す必要なんかなかったはずだ。きっと落葉さんは私の店のリニューアルにケチをつけるため、たまたま近くで起きた火事を利用したのだろう。断りにくい状況だった。くそ……。

体中が焼け焦げた哀れなレモンちゃんを見下ろしながら、私は途方に暮れた。初日から一体欠ける? ありえない……。よりにもよって人気ポジの黄色担当が。いや、初日だけじゃない。この惨状じゃ修理にはもっと……新品買うべきか。しかし予算が……。

落葉さんは一応謝罪に訪れたが、ずっとへらへらしていて罪の意識など微塵も感じさせない。終いには「店の宣伝にもなったからいいじゃない」などと宣う始末。そして私を店長っぽくなった、良い顔になったなどと軽く煽って帰っていった。最悪だ。どうしよう。オープンは明日なのに……。悪評を全てリセットする最後のチャンス。ここで一体欠けていては「ああやっぱり」って反応になってしまう……。やはりあの店は「そういう店」なんだと……。くそ。クソクソクソ。

泣き出しそうな私を見て、朧さんが言った。

「ねえ、藤原さんって電脳化してたよね?」

「え? ああうん……」

不敵に笑った彼女の顔に、私はブルっと体が震えた。


「えええええ!?」

朧さんの正気とは思えない提案に、私はぶったまげた。私を一時的にメイドロボに改造して、何とか数日乗り切ろう、と言うのだ! つまり……私に派手な黄色のフリフリ衣装を着て、魔法少女として接客しろと……アラサーになる私に……しかもよりにもよって、「あざとい」担当のプリティー・レモンを!

「むっ無理無理無理! あんた馬鹿!? 何考えてんの!? 絶対無理!」

創造するだけで死にたくなる。確かに衣装は無事だけど。でもだからって……私がこの年齢で、あんな格好してぶりぶりのコスプレ接客!? ありえない。無理、死ぬ。ていうかドン引きでしょ!

「大丈夫、肌コーティングすればまあ、何とか見れるから」

「いや、そういう問題じゃ……ていうかダメでしょ!? 違法じゃないの!?」

そっそうだ。電脳化している人間の体内にあるナノマシンに医療目的以外で資格もない人間がアクセスするのも改造するのも違法だ。それも大変な……。通貨偽造と同じく速攻でお縄だ。ていうか私は大丈夫なの!? 身体がおかしくなって死んだり障害おったりしない!?

「平気平気。前にもやったことあるから」

彼女は突如とんでもない告白も始めた。前にも人間にロボットのAIを載せて遊んだことがあると……。全くクビになるわけだ。私はチラッと横目で黄色い魔法少女衣装を覗いた。リボンとフリル満載の、フリッフリな少女趣味の代物。十代でもだいぶ恥ずかしいだろうデザイン。それを私が……着て、魔法少女を名乗り接客……いや無理。ドン引きだって絶対。二度と表歩けない。

「でも、じゃあレモンちゃん抜きでオープンするの?」

「うっ……」

ダメだ。それも……絶対ダメ。初日からケチをつけたくない……。で、でも……まさかそんな方法は取れない。他に、他に何か……。時間は既に夜の七時を過ぎている。今から代わりのメイドロボを開店までに調達するのは……無理。

朧さんの方に顔を向けると、目を輝かせていた。ううー……。何だか気圧されそう。

「じゃ、試してみるだけどう? どっちにしろレモンちゃんは手の付けようがないし」

「試すって?」

「見た目が気になるんでしょ? 実際にやるかどうかはともかく、そこだけ見てみよ」

彼女はメンテ用のコーティング剤を指さした。なんかノリノリだ。違法な改造行為がとにかく好きなようだ。困った子……。でもまさか、ロボット用のコーティングなんて……。第一、私の肌は歳とストレスでだいぶ……。

「肌、綺麗になるよ。大丈夫」

ん……まあ、よく考えたらロボットたちの肌も生きた細胞でできているから健康面ではコーティングしても大丈夫なのかな……。いや別に本気で魔法少女の代役やりたいわけじゃないけど。……でもそれ以外、現状で取れる手はなし、か……。

まあ、コーティングしてみるだけなら。もう今日やることは残っていないし……。


「じゃ、まずは脱毛ね~」

「えっ!?」

「そりゃそうでしょ。ボーボーじゃコーティングしたってしょうがないでしょ?」

だ、誰がボーボーよ、ちゃんと剃ってるし。確かにめちゃ忙しかったけどそれぐらいキチンとしてる。朧さんは意気揚々と透明なヌルヌルした液体をたっぷり用意した。それを塗ると勝手に脱毛できるらしい。

「えっ、だ、大丈夫なのそれ!?」

「へーきへーき。最近は人間用にも人気だからー。ただでコレ使えるのはこういう仕事の特権ねー」

スマホで調べてみると、確かにそういう用途もあるようだ。じゃあ大丈夫? でも専門の人じゃなくて朧さんにやらせて大丈夫かなあ。髪の毛抜けるとかなったら洒落にならない。

「ああ大丈夫。髪の毛と眉毛とかは抜けないから、ちゃんと判別してくれるから」

私の不安を見透かしたかのような言葉。前にもやったことあるんだろうか。……常習犯っぽいな。前職は違法改造でクビだっけ? さもありなん。

服を脱ぎ、下着まで取り去り、全裸になって朧さんの前に立つ。女同士とはいえ職場で全裸になるのは気恥ずかしい。動かないメイドロボたちもジッと見ているし……。彼女らの曇りなき肌を見ると、自分の汚さが強調されているようで惨めだった。

朧さんが刷毛で透明な脱毛剤を私に塗り始める。ベチャベチャと無造作に、相手のことなど考えてないって感じの無遠慮な塗り方。脚に、腰に、股間に……押し付けるかのように。普段ロボット相手にやっているからだろうか……。まるで私がロボット扱いされているかのように感じて少々不快だった。

「はいじゃ万歳してー」

ああ……なんかみっともないなあ。何やってるんだろ私。脇にもベチャベチャたっぷりと透明な液体が塗りつけられ、私は全身ヌルヌルにされてしまった。顔に塗られる時は流石に緊張し、何度も念押しした。本当に大丈夫か、髪の毛は抜けないのか……。彼女は笑ってへーきへーきと言うだけで、半ば強引に事を進めた。職場で全裸、それも得体の知れない透明な液体を全身に塗っているという変な状況のせいで、私は強く出ることができなかった。

顔面にもたっぷりと塗りつけられた脱毛剤。耳に、後頭部に……だ、大丈夫? 訴える時はどうしよう……。

数分してからシャワーを浴びると、少し硬くなった透明な液体と共にボロッボロ毛が抜け落ちた。思わず真っ赤になるぐらい。足元が黒く染まっていく。い、いや……ちゃんと剃ってたし……あう。

全身の産毛は勿論、腋毛も股間の毛も全て消え去り、私はつんつるてんになってしまった。まるで子供みたい。そして眉毛や髪の毛は一切抜け落ちなかった。ただ脱毛剤だけがボロボロ落ちていく。感心してしまう。こんな便利になっていたのか……。こういう技術が人間よりロボットに率先して使われるの、何だかズルい気がするなあ。

「どうどう? 平気だったでしょ?」

「ま、まあ……ね」

「ツルッツルね~」

「ちょっとやめてよ!」

流石に恥ずかしい。全裸なのは一切変わらないのに、改めて服を脱いだみたいな羞恥心があった。そして朧さんは善は急げとばかり、いよいよ本命のコーティング剤を準備し始めた。これも透明な液体だけど、さっきみたいにベチャベチャはしていない。すごく粘り気はあるみたいだけど……。

脱毛だけして終わり、という流れでもない。私は黙って再び彼女のキャンパスとなった。

自動修復機能を持ったナノマシンコーティング……たしか汗とか垢とかも全部自動で分解するんだっけ。よさそう。脚を包み込む透明な液体の不思議な感触を楽しみながら、私はそんなことを考えていた。塗られたコーティング剤は意志を持っているかのように私の肌に沿って広がっていく。粘り気は全て私と密着するために作用していて、決して滴るようなことはなかった。まるで未知の生物に食べられているかのようにも感じてぞわぞわする。透明な液体は私のツルツルになった股間をも飲み込み、ムラを作ることなく均質に一定の厚みでもって私の股間を封印していく。……これトイレどうするの? それぐらいは融通利くんだろうか。まあスーツってわけじゃないし……ど、どうだろう? 胸も腕も透明な新しい肌に上書きされていく中、私は事前にちゃんと聞いておかなかったことを後悔した。

やがて顔まで含む全てのコーティングが完了した。乾くまでしばらく待たされた後、生まれ変わった自分の姿をスマホで見せられた私は、ビックリしてしまった。本当にメイドロボみたいに見える。光沢のあるテカテカとした肌、美しく生まれ変わった肌……。脱毛しただけなのに。大学生ぐらいのころの、きめ細やかな生気溢れる肌のように見えた。

「自動修復機能あるからねー、明日にはもっと綺麗になってるよ」

へーっすごい……。いや待って? それ私の肌が直接ロボット仕様に改造されているってこと? 思わず背後のメイドロボたちを振り返る。皺も染みもない、画像修正かけたかのような肌……。ただコーティングするだけだって聞いてたのに。肌そのものが「修復」……改造されてしまうなんて聞いてない。不安っていうか、危険でしょ。私は本当に大丈夫なのか何度も朧さんに確認したが、例によってへーきへーきと答えるだけ。

「ま、綺麗になってからコーティング落とせば丸儲けっしょ」

あ、あんたねえ……。そういう問題じゃ……。や、でもこれなら二十前半で通用するかも……。衰え行く自分の容姿をハッキリ自覚できていた分、嬉しく感じてしまう気持ちは確かにあった。改めて自分の手を見つめる。テカテカになっているから、それだけじゃない。コーティングの下で、肌そのものが綺麗になっている。若く見える。いや本当に若返っているんだ。これなら可愛い服も……。チラッとメイドロボたちの衣装に目が惹かれた。……っていやいやいや! まさか……! 流石にあんな格好は無理!


その後、尿意を催しトイレに行った時。大変な事実に気づく。……出せない。股間はバッチリと隙間なくコーティングされていて、もう全ての穴は塞がっていた。血の気が引き、全裸のまま更衣室……じゃなくて整備室に戻ると、朧さんが謎の青いタンクからホースを伸ばしていた。

「トイレ、これだから」

彼女はケラケラ笑い、私はぶん殴りたい衝動を抑えながら、必死に自分を宥めながら事情を聞いた。メイドロボがトイレに行かないのは、体内でナノマシン、表面でコーティングが併せて排泄物を分解しているからだ……と。そのナノマシンをこれから私の胃腸に突っ込むと、そのホースで。

「ふざけないでよ!」

「でもこのままじゃ大変なことになっちゃうよ?」

内股で震える私に、これ以上口論する選択肢は残されていなかった。屈辱に身を焦がしながら、私は無機質なゴムホースを口に咥える。得体の知れない液体が噴射され、私の喉に流れ込む。

「うっ! ……ぐっ、ゴホッ」

生理的な拒否反応を催し思わずホースを口から取り出すと、朧さんがちゃんと飲まないと腸が破裂すると脅し、半ば強引に再度咥えさせられた。溺死しそうなほど苦しい。自分の惨めさも。私は夜の職場で全裸のままホースを口に咥え、体内を進撃するナノマシンたちが効力を発揮するその時まで、尿意と戦い続けなければならなかった。


ようやく体が落ち着いたころ、私は怒鳴った。最初からこのつもりだったのかと……。しかし朧さんは動じない。コーティングするんだから当然じゃん、とバッサリ。しかも、これから一生トイレに行かなくてもいい快適な生活を送れるんだから感謝して欲しい、とも述べた。信じらんない。切羽詰まっていたとはいえ、ロボット用の薬剤をあんなに飲ましておいて。本当に大丈夫? 人間に飲ませて大丈夫なの!? 確かに尿意は引いたけど!

「とっとにかく! もうたくさん! 今日は帰るから!」

長い全裸タイムを終えて、私は下着を身に着けた。コーティングの上から感じる布の感触は意外と変わりないが、それでもどこか薄く……遠く感じた。人間の下着は不自然で合わないよ、そう下着が言っているような気がした。

(っ……)

だが朧さんはまだ時間があると言って、私の改造を続けることを主張した。

「第一、結局明日の開店はどうするんですか? レモンちゃんなし?」

「っそれは……」

いや……だからって、まさか本当に私が代役になるなんて無理! アラサーがメイドロボに混じって魔法少女のコスプレして、しかも……あざといキャラで接客するなんて、正気の沙汰じゃない。本社に凱旋どころじゃない。

私はそれ以上の改造を拒否し、逃げるようにして店を出た。そして結局、せっかくのリニューアルオープンを一体欠けたまま迎えなければならない現実を実感し、綺麗に改装された店の看板を何度も振り返りながら、帰宅した。あんなに……頑張って、頑張ったのに、不本意な形でオープンか……。そして、そもそもの発端が落葉さんの妨害によるものだったことを思い出し、腸が煮えくり返った。あの女、どこまで私の邪魔をしたら気が済むの? 何も悪いことしてないのに。あいつがただ私に嫉妬しているだけじゃん。……屈したくない。あんな奴の妨害に……。でも……ああ……。


翌日、私はかなり早く店に行った。そこには朧さんが待っていた。

「おはよー。じゃ、やろっか」

「……」

イエスとは決して口にしなかったけど……私は黙って服を脱ぎ、テカテカの光沢を放つ裸体を再び彼女の前に現した。

朧さんは予備のメンテ機材の中から、真っ白な空っぽの胴体……レオタードを取り出した。メイドロボたちの下着だ。うちの子たちにも装着されている。決して脱ぐことができないよう接着されていて、一つの皺、一ミリの隙間もなく彼女らの肌に張り付いている。単体だと布というよりソフビの胴体みたいに見えた。服には見えない。

「そ、それ必要なの? 普通の下着じゃ……」

「乳首もたないよー。メイドロボの衣装、樹脂みたいなところあるし」

「そ、そう……なの?」

もたもたしている時間はない……やるならやらなくっちゃいけ……ない。疑問点は多々あれど、私は大人しく朧さんに従った。

サイズがきつそうではあったが、伸縮性は高いらしく、多少の格闘で何とか手足と頭を通すことができた。突っ張る。そして動きにくい。

「や、やっぱりサイズが……」

「大丈夫。これでピッタリになるから」

彼女は銀色のスプレー缶を持ち出した。これを吹きかければ、よほどじゃない限りジャストフィットしてくれるらしい。本当かな。そして例によって人間に吹き付けていいものなのだろうか……。まあコーティングした上にレオタードも着ているから、吸い込まなければ大丈夫かな?

両腕を高く掲げて万歳の姿勢をとる。朧さんは脇から股間まで、私の胴体全面余すところなく、丹念にスプレーを吹き付けていった。徐々にレオタードが伸縮し、私の肌にピッタリ這うように密着してくるのが感じ取れた。本当にスプレーだけでサイズ調整できるんだ。すごいなぁ。

やがてレオタードは隙間なくピチリと肌に張り付き、どれだけ手足を動かしても皺ができず張り付いたまま、さりとて突っ張りもしない……という不思議な状態に収まった。レオタードを着たというよりは肌を白く染めたって感じかも。

「染めるのはこれからだよー」

朧さんは黄色の液体をバケツに溶かし、棒でかき混ぜた。私は面食らいながら質問した。

「えっと、それは……何?」

「髪。金髪にしなきゃね。レモンちゃんだから」

「……」

予想外……いやレモンちゃんの代役なら当然……だけど、全くそこまで頭が想定しなかったため、私は顔が真っ青になった。え? 嘘でしょ? この歳で髪を金髪……それも、そんなアニメみたいな……フィギュアみたいな鮮やかな黄色に染めて? で……。レモンちゃんの写真を確認する。ツインテ……嘘でしょ? 金髪ツインテ!? この歳で!? それで接客う!?

「やっ……いや、それはっ……!」

「はい、じゃあ頭この中に浸けて~」

テーブルの上に置かれたバケツ。その中はまっ黄色の液体で満たされている。ああ……そんな。嘘だ。そこまで考えてなかった……。やっぱやめときゃ良かった……かも……。でも開店まで時間が……今なら引き返せ

「はいっ!」

逡巡している隙を突き、朧さんが不意に私の頭を引っ掴み、強引にバケツに突っ込んだ。抵抗……は軽く体を揺らすだけで、私は結局そのまま髪と眉毛を黄色に染め上げられてしまった。私の本心は引き受けてしまったらしい。「魔法少女・プリティーレモン」に変身することを……。


乾いた髪はフィギュアのように鮮やかな黄色に染まっていた。こりゃちょっと……金髪ですらないね。ほんとにアニメキャラのコスプレって感じ……。他のメイドロボたちもピンク色水色緑色だけれど、自分もありえない髪色の一角を占めてしまったのかと思うと、流石に自尊心が傷つく。しかも、この色でこれから接客だなんて……。

「んじゃ、これを」

「?」

赤くなりながら振り向くと、髪の毛の一部……ウィッグともゴムともつかない黄色の物体をブラブラと揺らす朧さんがいた。ツインテールはこれをくっつけるのだという。メイドロボの髪型調整用パーツ。あうう……最悪。しかし今更引き返せない。

腰まで伸びる、現実じゃありえない大ボリュームの金髪ツインテ。それを作るのは馬鹿みたいに大きな二つの白いリボン。そしてフリッフリの黄色と白の魔法少女衣装。こんなの子供の頃でも着たことない……。触るとブニブニした感触があり、ゴムみたいだった。質感は布と樹脂の中間みたいに見える。私の……メイドロボたちと同じように光沢を放っている。

黄色いブーツ、白い手袋、派手な魔法少女ドレス。いよいよすべてを装着された私は、完全な魔法少女コスプレイヤーと化してしまった。スマホに映る自分の姿は、耳まで赤く染めるのには十分すぎる代物だった。決心が揺らぎ勇気が萎える。や、やだ……ホントに、本当にこんな格好で……私もうアラサーなのに……。ドン引きでしょ絶対。

「ほら言ったでしょー。可愛いって十分。でもちょっと背が高すぎるかもねー」

「や、やめてよ……」

スカートの裾を握りしめて、震え声で呟く。まともに朧さんの顔を見れない。立っていることさえ辛い。こんな姿人に見られたら生きていけない……でも見せないといけない。そのために人に見せられないような格好をしているのだから……。

ああでも。接客なんてできる気しない。ましてや魔法少女を名乗ってあざとい言動しないといけないんでしょ? 無理……。

「じゃ、これで最後ね」

無骨な機械とコードで構成されたヘルメット。朧さんは私に被るよう言った。これで私の体内のナノマシンにアクセスし、メイドロボ用のAIをインストールするのだと。

「で、でも……本当に大丈夫? そんなことして……犯罪だし」

「ここまで来て何言ってんの。そんな恥ずかしい格好したの全部無駄になっちゃうよ? もうすぐ開店なのに」

「……っ」

まあ……バレなきゃいいかもだけど……。でも私の体は、脳は本当に大丈夫? メイドロボのAIなんて……確かに生体ロボットはほぼ人間みたいなものらしいけど……。

しかしこんな姿ではもう反抗の気力は湧かない。一晩の間に綺麗に「修復」された私の肌は、メイドロボそのもの。それがコーティングを受けてテカテカと光っている。派手な魔法少女の服を着て、黄色く大きなツインテール。店長としての言葉も、友人としての言葉も喉から出てこなかった。その間にサッサと彼女は私の頭にヘルメットを被せ、整備用のパソコンを弄りだした。ああ……本当に、私……これから接客用メイドロボになるんだ。よりにもよって、こんな格好で……。

死ぬほどいたたまれない数分の沈黙の後、突如全身がピリッと震え、次の瞬間に背筋がピシッと伸ばされ、両脚を閉じ、両手をスカートの前に重ねるよう、体が独りでに動いた。それは一瞬の出来事だった。メイドロボが待機状態の時にとる基本姿勢……。私は自分がメイドロボAIに支配された哀れな人形の幽霊となってしまったことを体でわからされた。体が全く動かない。ついさっきまで私のモノだった体は、今やメイドロボAIのモノなのだ。まっすぐ背を伸ばし、笑顔で前方を見つめたまま、視線すら動かせない。表情筋も固定されていて、まるで全身が石にされてしまったかのように硬い。

(あっ……あっ、そんな……待って)

まさかここまでAIが強力に体を乗っ取るとは思ってもいなかった私は焦った。こ、これじゃあ私は……なんの意思表示もできそうにない。

「はい、終わり。どう? 藤原さん」

朧さんはニコニコ笑いながら銅像と化した私に話しかけ、目の前で煽るように手を振り、変な顔を見せた。私は何の反応も示せず、静かに突っ立っていることしかできない。

(んん……っ。ちょっと、やりすぎ、じゃない……?)

声も出ない。指一本動かせない。胸中で不安が増大する。まさか一生このままなんてことはないよね?

「あ、そろそろだね」

もうすぐ開店時間だ。朧さんは私たちメイドロボに指示した。フロアに出て準備しろ、と。

「は~いっ、わかりましたぁっ」

突然自分の体が勝手に動き、あざとくウィンクし、ピースサインを掲げた。自分でも驚くようなキンキンのアニメ声を絞り出しながら。

(ひやぁっ!?)

たちまち顔が真っ赤に染ま……らない。血管すらももはや私の下を離れ、AIに味方している。そしてアニメキャラのような痛々しいリアクションを自分がとったことに混乱し、チグハグな心と体の乖離に酔いそうだった。

私は恥ずかしくなるような女の子走りで他のメイドロボたちと共に整備室から出て、一点の曇りもないニコニコ笑顔を浮かべ、瞳を輝かせながら基本姿勢でフロアに立った。他の魔法少女ロボットたちと同じように。

(あ……あ……そんなちょっと、嘘でしょ……)

自分が完全にメイドロボと同列の存在になってしまっていることへの困惑、そして……いよいよ本当に、この齢でフリフリの魔法少女コスプレをして、大きなツインテールをして、接客をやらされる……この素っ頓狂な姿を晒される、という屈辱への焦り。今すぐこの場から逃げ出したい。しかし体は動かない。

(や、やめ! やっぱなし! こんなのイカれてる!)

脳内の叫びは誰にも……自分の体にさえも届くことはなく、私は一歩も動けないまま、無常にリニューアルオープンの時を迎えてしまった。


「はぁ~いっ、いらっしゃいませぇ~っ」

(いやぁっ、違うっ、やめてぇ!)

地獄の接客が始まった。キンキンのアニメ声で体をわざとらしく揺らしながら、他のメイドロボたちより遥かにあざとい媚びた言動を勝手にとらされる。羞恥心と屈辱で即座に心は限界を迎えた。だが逃げ出すことはおろか、顔を染めることすら許されない。

「えへへっ、どうですかぁ?」

腰を曲げて上目遣いでお客に媚びらされながら、私は心の中で悲鳴を上げた。いやだ。今すぐ消えてしまいたい。ていうかホントすみません。いい歳したアラサーがメイドロボに混じって魔法少女コスプレして、よりにもよってこんなキャラで接客とか本当にすみませぇんー!

喜ぶべきか恥じるべきかわからないけど、お客さんたちは今のところドン引く様子も見せず、受け入れてくれている……かな? いやどーせロボットだからという諦念かもしれない。

(ああー、ち、違います違いますー、これは私じゃないんです、ほんとです、ああああー!)

なにせ自分の体が全力で照れも恥もなく媚びを振り続けているのだから、脳がおかしくなってくる。私が自分の意志でこう振る舞っているかのような錯覚を起こすのだ。脳は体が自分の以外の意志で動かされることなんて想定しないんだから、この誤認識は当然かもしれない。しかし私の精神にとっては死活問題だ。

「わぁーいっ、ありがとぅございまぁーすっ」

(わぁーい、あり……じゃない! 違う! いやぁ!)

喋っているのは私の口。動いているのは私の体。どうしたって侵食してくる。私はプリティー・レモンの脳内侵略をせき止めるのに必死だった。頭がおかしくなりそう。こんなの続けてたら心からぶりっ子に改造されてしまいそう……。

「ぐふっ、これ、いいですか?」

「はぁいっ、ご指名ありがとぅございまぁすっ」

(やっやめて! 撮らないで!)

私はお客とのツーショットを散々撮られてしまった。そ、そんな……こんな姿でいる写真を……もう二度と表で歩ける気がしない。死んでも嫌なのに、私は嬉々としてお客と手を合わせ、ハートマークを作ってしまう。これらの写真は新しい店の様子として拡散されるだろう。……ああ、どうしよう。藤原芽衣だってバレたら……顔が……ううっ。

店内でのダンスショーもやらされ、普段使っていない筋肉たちが突然の酷使に即刻悲鳴を上げる。

(あっ、あっ、いたたた、あっ)

しかしAIは体の痛みなどお構いなしに、学習通りの可愛らしいダンスを披露することを強要してくる。理不尽過ぎる。体の全てを乗っ取っておきながら、痛みだけは私に押し付けるだなんて!

苦痛と恥辱に苛まれながら、私は地獄のような時間が一刻も早く過ぎ去ることを願った。奪われた肉体の奥底から眺めていることしかできない自分には、それしかない。


ようやく閉店時間となってお客が全員帰っても、中々体は自由にならなかった。店内の清掃を引き続きやらされたのだ。いや朧さんは何もしていないんだけど……。メイドロボたちは予め学習させていた仕事をこなしているだけ。それをそのまま搭載された私も、全く同じように同じ作業に従事させられている。

(わ……私はいいでしょ! あとはメイドロボだけにやらせなさいよ!)

脳内で吠えつつ、私は大人しく清掃を続けた。それが終わると他のメイドロボたちと共に整備室へ入り、白い円形の台座に上がった。メイドロボたちの充電台であり、軽い点検を行える装置でもある。他のメイドロボたちも私の左右に立ち並び、基本姿勢をとって固まった。メイドロボたちの列に加えられ、全く同じように動けなくされてしまった自分が心底惨めだった。これじゃ私もメイドロボみたいじゃない!

(もうっ! 早く元に戻して!)

ようやく朧さんが私にヘルメットを被せて、憎きAIの支配を解除してくれた。肉体が私のものになると同時に、耳までピンク色に染まり、膝からその場に崩れ落ち、私は子供みたいに泣き出してしまった。

「よしよし、大変だったね、偉かったねー」

朧さんは面白がるような口調で私を撫でる。二重三重のみっともなさに、私の涙はさらに増した。


「落ち着いた?」

「……」

ようやく涙が止まったものの、私はいい歳してあんな痴態を演じたこと、それを写真や動画に撮られまくってしまったこと、同僚の前で子供みたいに泣いてしまった今のいたたまれない醜態がきつくて何も言えなかった。ああ……もう死にたい。どうしてこんなことに……。

「まあ、お店の評判いいよー。よかったね」

確かに、SNSには可愛らしい魔法少女メイドロボたちの写真、店内の写真があげられていて、好評を博していた。しかしその中には私の……あざとい金髪ツインテ魔法少女「プリティー・レモン」の姿も……。

「ひっ」

思わず悲鳴が漏れる。朧さんは笑いながら「みんな可愛いって! よかったね!」と楽しそうにフォローした。うう……ほ、本当かな。アラサーが痛いコスプレしてただけってバレてない? 本当? 私が可愛いって……それは……。

「まあ、大丈夫だって。肌すっごい綺麗になったから、ちゃんとそれなりに見えるって」

そ、それなり……。

「じゃ、明日からも頑張ってね藤原さん」

「へ? 明日……?」

また虚を突かれた私は戸惑った。いや冷静に考えれば当然のことなんだけど。本物のレモンちゃんの修理は一日で終わらない。つまり……これから結構な期間、私はこの店でメイドロボの一体としてプリティー・レモンを演じ続けなければならない……!?

「え、う、やだ……今日だけじゃ……」

「えでも、スタートの大事な時期に、黄色抜きでやるの? 初日にいたのに急に消えたら、故障ってことになるよね? お店の評判悪くなるよ?」

「うっ……」

それは……確かにそうだけど……でも……無理だよ。限界。体中軋むし……。

「頑張ってね、レモンちゃん」

しかしノーと言うこともできず、なし崩し的に私はプリティー・レモンであり続けることを了承させられた。

「はぁ……」

ため息をつきながら、私は店長としての業務に向かった。ヒラヒラのスカートと長く重たいツインテールを揺らしながら。……もう嫌だ。いつまで続くのこんな……地獄。


夜遅く。朧さんも帰宅し、日中溜めていた店長業務を終えた私は、ずっと着ていた魔法少女衣装を脱いだ。……なんでこんなもの着たまま仕事してたんだろ、私。体にピッタリフィットしていて妙に着心地がよかったせいだろうか。恥ずかしい。

ドレス、ブーツ、手袋までは順調に外せた。なんかくっつきが強くて少し力が必要だったけれど。問題はレオタードだった。脱ごうとしても脱げない。体から一ミリも浮き上がらず、隙間ができない。引っ張れない。どれだけ体をねじっても、皺一つ作らずそれに合わせて伸縮する。まるで皮膚を剥がそうとしているかのように、純白のレオタードはあらゆる試みを拒絶した。

(あ、あれー……? ちょっとコレなに……?)

どうしてここまでくっついてるの? ありえない……。そういえば確か、サイズ調整のために変なスプレーかけたんだっけ?

スマホで朧さんにメッセージを送ったが、返事がない。どうしよう……。幸か不幸か、トイレに行く必要がなくなっているから脱げなくても問題はない……いや問題しかないよ。このままお風呂入るの? ……いやコーティングが常に体を清潔に保ってくれるんだっけ? だからってお風呂入らないなんてありえない。

しかしモタモタしていると家に帰る時間もなくなる。もうだいぶ夜遅い。私はレオタードは観念してツインテール……エクステを取ろうとした。が、これも取れない。白いリボンも外せない。鏡でよく観察してみると、驚くべきことに接合部が溶けている。白いリボンは黄色い髪の毛パーツと融合し、混じり合っている。しかも私の本物の髪もそれに巻き込まれていたのだ。

(ちょ、ちょっとそんな)

引っ張っても髪が痛いだけで、ツインテールが外せない。それどころか、リボンを外すことすら……。これじゃあ、アニメみたいな金髪ツインテールのまま帰らないといけないことに……。最悪。恥なんてもんじゃない。レオタードは服の下に隠せても、この大ボリュームのツインテだけはどうしようもない。タクシー……いや噂が広まるだけでも不味い。メイドロボと偽って人間……それもアラサー店長がコスプレしていたなんてバレれば、もう死ぬしかない。

ハサミで髪ごと切り取ろうかと思った。けど、明日からも私はプリティー・レモンを演じなければならない。予備のツインテパーツはもうないし……。で、でもこのままじゃ帰れない……。

朧さんの返事もない。迷いに迷った結果、私は店に泊まることを余儀なくされた。ソファの上に寝転がりながら、私は散々な目に遭った今日の恥辱を思い出し、最悪の気分で眠りについた。


(ん……?)

目が覚めた時、強烈な違和感と元気に直立する体によって、すぐに意識が明瞭になった。体が動かない。

(んっ、なっ……!?)

私は両足をピタリ閉じ、スカートの前に両手を重ね、まっすぐ前を見つめていた。その姿勢のまま体が硬直していて揺れることすらできない。昨日私はソファで寝て……店に泊まって……ああっそうだ! レオタード! あと髪が……。

目の前を朧さんが通り過ぎる。声をかけようとしたものの、うめき声一つ漏らせない。寝ている間にまたメイドロボAIを起動されてしまったらしい。どうして勝手に……。そしていつの間にか自分が魔法少女衣装をバッチリ着込んでいることにも気づく。メイドロボたちの列に、彼女たちと全く同じような衣装を着て、同じように並べられ、そして……体が勝手に歩き出し、整備室からホールへ移動する。昨日と同じようにメイドロボたちと並び、可愛らしく微笑まされる。私の表情筋はそのまま時を固定され、笑顔を崩すことはできなくなった。

(も……もう開店時間なの?)

そんなに長く寝ていたなんて。そして私が起きていなくてもAIは私の体をお構いなしに操れるんだ。なんだかゾッとする。

すぐに二日目が始まり、お客が次々と入ってくる。私は昨日と同じようにあざとくオーバーリアクションをとりながらアニメ声で出迎えた。

(や、やだっ、もう……)

しかし、今や私に私の体の支配権はない。独りでに動き続ける自分の体を、映画か何かでも見ているかのように目の奥から眺めているしかなかった。


昼頃。死ぬほど恥ずかしいのには変わりないけど、ちょっとだけ冷静に店の様子を観察することができるようになってきた。

「ありがとうございましたぁっ、また来てくださいねぇ~っ」

……キンキン声でぴょんぴょん跳ねながら客を見送るのはやっぱりキツイけど……。新しく入ってくる客たちにも見られてるし。

しかし、お客が途切れない……。私の新生魔法少女カフェ、それも地方初のオールロボットカフェは、ひとまず成功の軌道に乗ったとみてもいいかもしれない。ピンクちゃんもブルーも、皆お客たちに可愛い可愛いと褒められている。

「レモンちゃん可愛い~」

「えへへっ、ありがとうございまぁすっ」

……そして、私も……。触れるのやめて欲しいけど。空気になりたいよぉ……。


夜にようやく、この日初めて自分の意志で体を動かせるようになった。ソファにぐったり横たわり、朧さんが帰宅するのを生返事で見送る。……しばらく経ってから、レオタードとエクステが取れない問題について尋ねることを忘れたことを思い出し、ガックリ落ち込む。鏡を見ると、ツインテとリボンはますます私の髪と融合を進めて、繋がり……えっちょっと待って、これ……ええ?

単なるパーツなんだと思っていたツインテール。私の髪と……繋がっている。毛が。毛として!そしてその上から白いリボンがクルリと巻かれ、髪の毛にしみ込むように白い布……いや「染み」が接合部を覆い隠している。

(どうなってるの~っ)

引っ張っても私の髪、本物の髪が痛いだけ……。どうしようもない。これじゃあ今日も帰れない……。魔法少女衣装を脱いでレオタード姿になる。やはりこれも脱げない。……そういえばメイドロボたちって……。

私は「同僚」たちに服を脱ぐよう指示した。粛々と従う皆。私と同じ真っ白なレオタードが露になる。私は少しショックを受けた。だって……ロボットたちが私と全く同じ下着を身に着け、私はそれを脱げない……ロボット用の下着を。それを理屈ではなく現実の光景として映し出されたのがショックだったのだ。私も本当にメイドロボになっちゃったみたいじゃない……。肌も同じように光沢があり、髪型も本当の人間じゃありえない大ボリュームの金髪ツインテだし……。

彼女たちと私の唯一の違いは、太腿の製造番号だろう。彼女らには緑色に光る数字が刻印されていて、これは絶対に除去できない。刺青にナノマシンを植え付けるようなものなのだ。私は自分がメイドロボじゃないことを目で確認することができて少し落ち着いた。

(よかったぁ)

両手でツインテを揉みながらにっこり笑った瞬間、これが「プリティー・レモン」の所作であることに気づき、戦慄した。い、今は「私」なのに……。日中ずっとAIに支配され、強制され続けた言動に私の体が慣れてきてしまっている。それもそのはず、脳も筋肉も自分以外の意志で動かされることなんて考えてもいない。あの媚び媚びの言動は全て私自身のものとして体の奥底に刻み込まれてゆくのだ。

(や、やだぁ)

日常生活でうっかりあんな言動が飛び出てしまったら、と考えると気が遠くなりそう。と、とにかく今は仕事……日中溜めている本当の仕事を片付けないと。

パソコンの前に座りしばらく作業していると、寒くなってきた。自分がレオタードだけであることを思い出し、服を着ようとロッカーに赴く。が、そこには私の服がなかった。

(あ、あれ?)

記憶をたぐる。自分の服ってどうしたっけ? 今日はずっと魔法少女だった。一昨日……朝に改造を受ける時脱いで……あっ、それっきりだ。じゃあ朧さんが片付けたのか。うー、どこだろ……寒いよぉ。

探しても見つからなかったので、私はレオタード姿で業務を続けたが、肌寒さと心細さに我慢できず、とうとう魔法少女衣装を装着した。自らの意志で、この服に……。そして静かな店内で私一人だけ派手な魔法少女コスプレイヤーでいることも気恥ずかしくなったので、メイドロボたちに元通り「制服」を着るよう指示した。これで私は一人じゃない。……いや一人だよ。この子たちメイドロボなんだから。

釈然としない思いを抱えながら、私は二日続けて店に寝泊まりした。


三日目も起きたときにはセッティングされていた。ああ、またか。また魔法少女ごっこを。いい歳して皆の前で。諦めの境地にも似た思いを抱えながら、私は体に刻まれていくレモンムーブと必死に抗った。私の口が動いて発しているんだから、あざといセリフはやはり自分がそう言っているような感覚になってしまう。ボケッとしていると人格改造されてしまいそうだ。

夜にようやくレオタードと髪の毛について朧さんに尋ねたところ、思ってもいない返事がかえってきた。

「ん? 脱げないよーそれ。知ってるでしょ? メイドロボのレオタードは……」

「は? ……いやいやいや、それメイドロボの話でしょ? 私は……」

「うん、だから同じように癒着させたから」

「?」

癒着って……あのスプレー? え? サイズ合わせじゃなかった……の!?

あまりにも常識外れなこと過ぎて、飲み込むのに時間がかかった。そして完全に理解した時、私は怒鳴った。

「冗談じゃないわ! なんてことしてくれたの! こ、これ……一生脱げないの!?」

「まーまー抑えて抑えて。専用の薬剤使えば一応剥がすことはできるから」

「だからってやっていいことと悪いことがあるでしょ! もし……」

「あーもう! しょうがないでしょ! はいっ」

朧さんがパッとヘルメットを私に被せた。瞬間、体が硬直してしまう。

(あっ、そんな! 卑怯よ!)

「……はいよっと」

彼女がしばらくパソコンを弄ったあと、私は動けるようになった。急いでヘルメットを脱ぎ、再度怒鳴る。

「もうっ、レモンに何するのぉっ」(ちょっと! 私に何をしたの!)

数秒の沈黙ののち、私は真っ赤になってプルプル震えた。え? 今のは……いやでも、体は動くよ!? 私が自分の意志で。メイドロボAIは今動いてない……はず。

「い、今のはなんなのぉっ?」

私は両手で軽い握りこぶしを作って顎近くに当てながらキンキンの高い声を張り上げた。そして耳まで赤く染まる。間違いなく私は自分の意志で体を動かし、声を発した。でも……これじゃあまるでレモンだ。

「あは、上手くいったー。これで落ち着いて話せるね」

「な、何がよぉっ、元に戻してぇっ」

わざとらしいオーバーな動きをつけながら私は抗議したが、こんな状態では真剣に怒ることなどできようはずもない。次第にトーンダウンし、黙って朧さんを言うことを聞き入れることしかできなくなった。AIの支配率を調整し、「オフ」の状態でもレモン言動に自動変換されるようにしたのだという。

「……やだぁっ」

一言発するたびに……いや、何か動作をするたびにアニメキャラみたいなリアクションを全身で演じてしまう。こ、これじゃあ私……誰とも会えないよ。恥ずかしすぎて……。

朧さんは続けた。レオタードの癒着はむしろ安全のために必要だったと。私は自分のみっともなさと戦うのに必死で詳しい内容は頭に入ってこなかったが、納得……していないけどしたことにするしかない。どんな抗議をしてもあざといぶりっ子演技に変換されるんじゃ取り合ってもらえない。……で、でもまさかこんなことまで可能だなんて……。私は朧さんが恐ろしくなった。AI関係なく、逆らいたくない、事を荒立てたくない……そんな気持ちが強くなっていく。

「あっ……じゃ、じゃあ、レモンのこの髪はぁ?」

私は大きなツインテを軽く引っ張った。ややブニブニした弾力があって触り心地がいい。だからって気に入るとかは絶対ないけど。彼女曰く、これも本体の髪と時間経過で融合する仕様だそうだ。つ、つまり……この馬鹿みたいに大きなツインテールは、もうすぐ私の本当の髪型になってしまうんだ。そ、そんなぁ……。これじゃあ事情を知らない誰かが見たら、懸命に滅茶苦茶髪を伸ばしてまでこのコスプレを真剣にやっている……そんな風に誤解されることに。店内の私の写真、出回ってると思うけど大丈夫かな。肌は修正されているとはいえ、顔はそのままなのに……。

「まあまあ、大丈夫。藤原さんそっくりのメイドロボってことにしかならないから」

それは……そうかもしれないけど。本社時代の同期に「これ藤原さんに似てるね」などと写真を突き付けられるところを想像すると、ズタズタの自尊心が完全に崩れ去ってしまいそうだ。

「……ま、店長の藤原さんが自分に似せたメイドロボをレモンに採用したってことにはなるかもだけど」

(……う、うわー!)

最悪。本人がコスプレしてるのよりはマシかもだけど、結局ほとんど同じことじゃないのぉ……。

「で、それなんだけど」

「?」

これ見よがしにあざとく泣いている私に、朧さんが確認した。修理中のレモンちゃんの顔とスタイルを変更させていいか、と。つまり……私そっくりに。

「ど、どぉしてぇっ!?」

「だって、急にレモンの中身変わっちゃったらお客さん戸惑うかもじゃん?」

「それはぁ……」

た、確かに……考えてなかったけど。私がレモンとしてデビューしてしまった以上は、そう……するしかない……かも……。

「じゃ、それで店長よろしくー」

「ふぇえっ!?」

メイドロボの容姿変更を先方に伝える……それは私の仕事、か……。ゆっくりと顔を揺らし、にこやかにあざとくタイピングしながら、私はとんでもない羞恥プレイをやらされた。自分の顔写真やらなんやらを添付し、「プリティー・レモン」担当メイドロボを私そっくりにして欲しいというお願いを書くという……。


容姿の変更を盛り込んだせいで、レモンの修復は遅れた。つまり、私はますます長い間プリティー・レモンを続けなければならない。自分で言うのもなんだけど、どっちかというとエリート寄りの自負があった私には、アラサーでフリフリの服を着てメイドロボより激しくあざとい接客を続ける日々はまったく拷問に等しかった。プライドも羞恥心も限界をとうに過ぎている。でも体は朝が来るたびに自動的に魔法少女と化し、嫌でも媚びた言動を振りまく一日を強要される。ある時からいちいち調整するのが面倒だと言う朧さんの手にとって、私の体は「自動化」されてしまった。開店が近づくと自動的にAIのスイッチが入り、私は朧さんの介入なしで勝手にメイドロボと化してしまうのだ。そして店が閉じ清掃が終わるとようやく自由になる……自由ではあるが自由ではない。「フリー」の時間は自分の意志で動けるけれど、表面的な言動はレモン化されてしまうのだ。あざとく高い声で喋るオーバーリアクション。常に、いついかなる時でもそれを強制されてしまう。当然、朧さんには再三元に戻すよう言ってはいるけど、レモン化した言動ではどうしても真剣さを欠いてしまうし、私自身いたたまれなくなって話すことを続けられない。

そして今や完全に私の髪と一体化した大きなツインテール。これはどうしたって隠せないので、私はもうずっと店に寝泊まりしている。最悪。まさかこんなことになるなんて……。

早くレモンが来て欲しい。本物のレモンが。そうすれば解放される。それだけに縋って苦しい日々を過ごしている最中、とうとう恐れていた事態が起きた。落葉さんが店にやってきたのだ。

「いらっしゃいませぇ~っ、魔法少女・プリティー・レモンでぇすっ、お席にご案内しまぁすっ」

(なっ!? うそっ!? ま、待って! やめて! 見ないで! ダメ! ああーっ!)

心の中で悲鳴を上げるが、私は媚び媚びの笑顔で彼女を席に案内しなければならなかった。腰をフリフリ、リボンが揺れる。だっだめ、お願いやめて。よりによってこの人の前でこんな……いやぁっ!

「……ぶふ」

嘲笑が漏れた。私はドキリとした。心臓がバクバク鳴って止まらない。ば、バレた!? 私だってことが……でででも、それは……メイドロボだと思うはず。綺麗すぎるテカテカの修正肌、キンキンのアニメボイス、そしてこの言動……。藤原芽衣が、店長がメイドロボに混じってコスプレを楽しむなんてやるわけがないって常識でわかるはず。いややってるんだけど……やってないっ!

願わくは他の子と仲良くして欲しいと願ったが、彼女は私を指名する。私はあざとい言動で魔王をやっつけた時の思い出話を彼女に語らされた。惨め過ぎて死にそうだった。

料理を運び、ツーショットを撮られ、ダンスまでしっかりと見物される。人生史上最悪の日を更新する羽目になった。

(ううーっ、嫌だあ、見ないで、撮らないでぇ! 早く帰ってぇ! 私じゃないの! 私じゃないのーっ!)


その日の夜、落葉さんは店に再度訪ねてきた。今度はお客じゃなく、様子を見に来た関係者として。……なにも関係ないくせに。私は「フリー」だったが、格好も格好で、言動もレモン化させられている。バレる。嫌だ。落葉さんにだけは……。私は急いで円形の台座の上に立ち、メイドロボの基本姿勢をとった。メイドロボだと思ってお願い。

「あれ? 藤原さんいないの?」

「ん~」

朧さんはチラリとこっちを見てから言った。

「さっき帰りましたよー」

よ、よかった。流石にバラさない。まあ犯罪だしね……。

「そうなんだー、残念ー」

落葉さんは私に近づいてきた。だ、ダメ。見ないで。私は顔が真っ赤に染まるのを必死にこらえた。こういう時には皮肉にもレモン化していることが役立つ。

「そっくりだね」

「……ぷふ、そうですね」

落葉さんの一言を朧さんは愉快気に肯定した。ちょ、ちょっとやめて。バレたらどうするの! 私は必死にメイドロボに成り切った。ダメ……動いちゃ。反応したらダメ。

「製造番号」

(ふぇっ!?)

「見ーせて」

せっせせせ製造番号!? やっぱりバレてる!? 私はパニックになった。でもダメ、動揺を外に出しちゃ、い、今はとにかくメイドロボとして振る舞わないと。私はロボット、メイドロボ……!

そっとボリューミーなスカートをたくし上げ、太腿を露にした。反応が遅れたけど、大丈夫? バレてない? ていうか私製造番号なんてないよ!? いいやでも大丈夫。黄色いスパッツで太腿は見えない……。

「んー?」

落葉さんは私の太腿を覆うスパッツを指でつついた。……や、ヤバい。バレる。バレちゃうよお。製造番号がないことが。人間だってわかっちゃう。どうしようどうしよう。

「その子、製造番号ないんですよ」

「え? どうして?」

朧さんが助け舟を出した。私は心臓をバクンバクンいわしつつも、ちょっとだけ気持ちが落ち着いた。

「製造元の不手際でー。今代わりの子作ってもらってます」

「ふーん……」

おそらく、焼けたレモンの代わりに急遽不良品を調達してきた……そんな風に落葉さんの中では繋がったはずだ。お願いだからそれで納得して。帰って。

落葉さんが探るような目つきで顔を近づけてきた。ひっ……。私は懸命に無表情を装った。

(私……はメイド、ロボ……よ……)

最後に私のツインテールを軽く揉んでから、彼女はようやくついに引き下がった。た……助かったぁ。落葉さんは店が繁盛していることを悔しそうに称えてから、私によろしくと言って去っていった。彼女が消えて、タクシーがゆく音がしてもなお、私はスカートをたくし上げたポーズのまま動けなかった。どこかでまだ見られているんじゃないかという恐怖で気が気じゃなかった。

「もーいいよー」

朧さんの一言で、ようやく私はスカートの裾を離し、人間に戻ることができた。

「あ……あぅ~」

「よしよし、怖かったねーぇ」

私を慰めてから朧さんは言った。

「やっぱり要るねえ、製造番号」

「……へっ?」


翌日の夜。朧さんはまたとんでもないことを言い出した。私の太腿に番号を刻むと言うのだ。

「い、いらないよぉ、レモン、ロボットじゃないもんっ」

「でも、私いない時にまたあの人来るかもしれないよ? あの人じゃなくても、メイドロボに番号ないのわかったら面倒なことになっちゃうよ?」

「で、でもぉ……」

メイドロボの製造番号って二度と消せないんでしょ? 刺青みたいなもので……ていうか、不正規の番号なんて余計に面倒なことに……。

「それがね、いいアイディアがあるのー」

朧さんは一枚の台紙を取り出した。これは彼女が昔作った、製造番号タトゥーシール。な、なんでそんなものを……。学生時代、悪戯に使ったらしいそれは、メイドロボの製造番号とそっくり同じように光るタトゥーシール。これを貼って製造番号を模したタトゥーを入れておけば、万一の時も大丈夫とのこと。そしてその番号は、近日送られてくる本物のレモンちゃんと同じものを用意した、とのこと。

(な、なるほど……?)

それなら確かに、上手くいくかも。でも、もうすぐレモンちゃんが来るのにそこまでする必要ある? でもまた落葉さんが来たら……。

どのみち、体を実質朧さんに支配されている私に選択権はなかった。メイドロボモードにされて、私は彼女に命令に従わされた。一言の文句も言わず、スパッツを脱ぎ去り、久しぶりに肌色の太腿を晒す。

「シールだし、コーティングの上からだからへーきへーき。時間経てば落ちるからっさ」

「……」

身体が動かず、声も出せない。私はどうすることもできず、太腿に怪しげなシールを貼られ、メイドロボの製造番号を印字されることを大人しく受け入れることしかできない。

数分経つと、体を返してもらえた。急いで自分の太腿を確認すると、そこには緑色に光る「7913」の数字が。

(あ……あぁ)

わ、私……これで本当にメイドロボになっちゃった。少なくとも見る人誰もがそう判断する……。同僚たちの太腿も確認させてもらうと、まったく同じ位置に同じように光る数字が刻印されていた。同じだ……私と……私も……。

「よかったねー、レモンちゃん」

「うんっ、ありがとう、月夜ちゃんっ」

で、でも……ここまでやる必要あった? どうせスパッツで見えやしないのに……。悶々とした思いを抱えながら、私は今日も店のソファで一夜を明かした。


それから数日。待望のレモンちゃんがようやく店にやってきた。顔を見て驚く。私だった。いや、そういう注文をしたから当然なんだけど……。今後も「私」がレモンを継続するのかと思うと憂鬱になる。もうやだぁ……。

メイドロボAIを解除され、魔法少女衣装を脱ぎ、久々に私は身軽になった。といっても重たいツインテールは健在だけど。

「じゃ、これ切ってよ」

「えー、可愛いのに」

「バカ!」

本当のレモンは私の脱いだ魔法少女衣装を着て、髪も同じ型の白いリボンで結い、ツインテールとなった。そこにはさっきまでの私がいた。もしももう一着服があったら……見分けつかないだろうな。そして、立派な魔法少女となったレモンちゃんを見ていると、言いようのない敗北感と屈辱に襲われた。私は白いレオタードに、製造番号丸出し。彼女はちゃんと立派な衣装を着てるのに。同じ顔同じスタイルなので、余計だった。

しかし本当にきつかったこの一か月。……一か月? そんなにも私は……。早くレオタードも脱ぎたいし髪型も常識的にしたい。けど朧さんはここでは無理だと言って、彼女の家に来るよう言われた。

「な、なんでよぉ、ここでやったらいいじゃないっ」

「あ、今のレモンっぽい」

「……っ」

真っ赤になって思わず自らのツインテールを握る。そしてこれがレモンの癖であるので、また朧さんにからかわれた。くそぉ。すっかり移っちゃった。早く直さないと。

久々に普通の服を着て、私は朧さんの車に乗った。髪型は金髪ツインテのままだ。ああもう。切っちゃえば早くない?


朧さんの自宅。マンションの4階。駐車場からドアをくぐるまで、誰かにこの金髪ツインテを見られないかドキドキした。幸い誰にも見られなかったけど……。

朧さんに食事を振る舞われ、ひっさびさのお風呂に入り、柔らかい布団に横になると、私はあっさり眠りに落ちた。だいぶ疲れていたんだろう。緊張の糸も切れたのか、私は昼過ぎまで目を覚まさなかった。起きたときには朧さんはおらず、書置きが残されていた。しばらくはゆっくり休んでいいよ、と……。でも店長業務は? 休むわけにも……。いや。権利があるよ。そうじゃない? 一か月もあんな痴態を演じて店のために働き詰めだったんだもの。朧さんの言う通り、しばらく休暇を取ったって罰はあたらないよ。うん。

しかしツインテールとレオタードの件は? 私が寝たから放置? このままじゃ帰れないし……。まあいいか。朧さんが帰ってくるまで休んでいよう。そう思って横になった時、後ろに誰かが立っていた。驚いて振り返る。朧さんは独り暮らしのはず。誰もいないはずなのに。

そこに立っていたのは黒髪のメイド……ロボだった。ああびっくりした。私は再び横になった。その時メイドロボがいった。

「それは人間用の服です。制服を着用してください」

「?」

「それは人間用の服です。制服を着用してください」

え、何? 私に言ってる? 周囲に他の人物もロボもない。

壊れてるのかな。違法改造の実験台かもしれない。無視していると、段々声が大きくなってきた。それも私の耳元で怒鳴りだす。私だ。私に言っている。

「うるさいってば! 大体制服ってなに! 静かにしなさい!」

メイドロボはタンスを指さした。そしてまた同じ注意を述べる。何で言うこと聞かないんだろう。持ち主でなくとも人間の命令はきくはずなのに。やっぱ壊れてるか、変な改造されているのか。

「あーもー、わかったってば!」

根負けしてタンスに向かう。指定された引き出しを開けると、そこからはテカテカとした樹脂のような質感を持つメイド服の一式が出てきた。私は全てを理解した。この子、私をメイドロボだと思ってるんだ!

「私は人間なのっ、ほら……ぁ」

なんの疑問も抱かず、私はズボンを脱いで自分の太腿を見せつけた。そしてそこに鮮やかに光る緑色の番号があることを思い出し、いたたまれない空気に一人頬を染めた。

「それは人間用の服です。制服を着用してください」

「……へい」

仕方がない。肌もコーティングしたままだし、髪型もこれだし……。メイドロボと口論なんかしたってしょうがない。いい加減近所迷惑だし、黙らせよう。別に誰に見られているわけでもないし、朧さんも事情を説明すれば勝手に着たことを怒らないはず。

私はタンスの中のメイド衣装一式を取り出した。そして渋々ではあるが……袖を通した。そしてすぐに後悔した。もっとまともな、普通のメイド服もきっとあったはず。一番手前にあったのを何気なしに手に取ったが、それはフリル満載のミニスカメイド服だったのだ。私は他人の家で勝手にミニスカ金髪ツインテメイドに扮するという変態になってしまった。しかも真っ白なニーハイソックス、肘まで覆う長い白手袋、リボンカチューシャまで身につけて。全部つけないとメイドロボがまた怒鳴りだすので、仕方なかった。外すと飛んでくるし。

(もーっ、せっかく人間に戻れたのに……)

腰のアホみたいに大きなリボンを触りながら、私は真っ赤になってメイドロボを睨みつけた。服さえ着るとメイドロボは何も言わなくなったので、私はメイドに扮したまま奇妙な休日を過ごす羽目になった。

(ああ……朧さん、早く帰ってこないかなぁ)

唯一よかった(?)ところは、着心地と肌触りが滅茶苦茶いいってとこ。このメイド服も手袋もニーソも、優しく柔和に体を包み込む感触がとても気持ち良い。大きな力によって全身を保護されているかのような、例えようのない安心感があった。


帰ってきた朧さんは私の姿を見てひとしきり笑った後、コスプレ好きになったのかとからかった。

「そんなわけないでしょ!」

とにかく、これで脱げる、ミニスカメイド服も、レオタードも。そう思って手袋を外そうと手をかけた時。

(……あ、あれ?)

掴めない。手袋が……肌にしっかりと這うように張り付いていて、いつの間にか皺一つなくなっている。引っ張ることすら叶わない。その様子を見て朧さんは言った。それは髪のパーツと同じく、時間経過で癒着同化していくから脱げないよ、と……。

「うっ……うそ~っ!?」

私の絶叫が響き、朧さんに怒られた。で、でも何で私が怒られないといけないの! これは朧さん……そこのポンコツロボットのせいで……。

「知らないよ。藤原さんが勝手に着たんでしょー」

彼女は明らかに面白がっている。私は惨め過ぎる成り行きに顔を歪めた。ああもうっ、次から次へと!

「とにかく、何とかして! まさか一生脱げないなんてことないでしょうね!?」

「あはは、まあ落ち着いて落ち着いて」

彼女曰く、レオタード同様専用の溶剤で剥がすことはできると。しかし、そのためには一旦完全に癒着するところまでいかないとダメらしい。つまり……。

「……数日はこのままってこと?」

さ、最悪……。ミニスカメイドのまま過ごすだなんて……。この歳で……。みっともないとかいう話じゃない。ご丁寧に手袋やニーソまでつけちゃってもう……私は……。頭のリボンカチューシャも例によって髪と融合しつつあり、外すことはできなかった。通りで普通の服とは比べ物にならないぐらい着心地いいはずだよ。まさか癒着して融合しているからだったなんて。

大きな白いリボンで髪を結った腰まで伸びる黄色いツインテール。そして製造番号が見えてしまうほどのフリフリミニスカメイド服。そして番号から下部分を純白に染める白ニーソ。こりゃもう完全にコスプレ状態。普通のメイド服ならまだマシだった。これじゃあ家にも帰れない。朧さんの家に数日お邪魔しているしかない。はぁ……。


しかし数日過ごすうちに私は仕事の方が気にかかり始めた。お店はどうなっているだろう。私抜きでちゃんと回せているだろうか。店長業務は……。

「あ、それ? レモンちゃんがやってくれてるよ?」

「へ?」

そこに返ってきた信じられない返事。なんとレモンちゃんは接客が終わった後、店長業務をこなしているというのだ。ただのメイドロボなのに!

「ど、どうして!?」

「藤原さんの学習データを移したんだけど……いつの間にか学習してたみたいね、すごいじゃん。楽出来るよこれから」

じょ、冗談じゃない。それじゃ私は……私はどうなるの。店長は私。レモンは単なる接客用メイドロボだ。というか本当に仕事できてるの? それっぽくキーボード叩いてるだけじゃなく?

いてもたってもいられなくなった私は、至急店へ連れていくよう朧さんに頼んだ。


翌朝、約束通り車に乗せて連れて行ってもらえることになったが……。朧さんは私に上着を貸してくれなかった。つまり、ミニスカメイドのまま4階から駐車場までついてこいというのだ!

「ど、どうして……」

「だってその髪無理でしょー。メイドロボにコートだけ着せるのもおかしいし」

つまり、服は隠せても大ボリュームの金髪ツインテは隠せない。だったらいっそのことメイドロボとして振る舞った方が自然で注目されないと。私は断固反対したけど、出勤時間が迫る。服が脱げるようになってからの方が……いや、ロボットが勝手に仕事を進めて、どこにどんな迷惑をかけているかもしれない。責任は店長である私のものになる……。

不承不承ではあるが、私はこのまま外へ出ることを認めた。朝の通勤時間だけあり、かなりの人とすれ違う。私は真っ赤になって俯き、まともに正面を見ることができなかった。緑色に光る製造番号が丸見えの短いスカート。すれ違う人たちは皆これを見て私をメイドロボだと思うだろうか。思ってもらわないと困るけど、簡単にそう思われるのも嫌だった。私は人間なのにっ。


ずいぶんと久しぶりに感じるカフェ。急いでレモンがやったという仕事内容を確認する。驚くべきことに、ほとんどミスがない。嘘……本当に彼女が!? 朧さんじゃなくて!?

この目で見るまで信じられない。私は休憩室で横になり、レモンが「店長」に変身する夜まで待機した。仕事をすべきなのだが……レモンの様子をみたい。だから手をつけなかった。

客が消え、清掃を終え、ロボットたちが整備室へ戻ってくる。次々と円形の台座に収まっていく中、レモンだけが列から外れ、店長室に向かい、そして、本当に……業務を始めてしまった! 私は目を見開いてその様子を黙って眺めていることしかできなかった。それも、ちゃんとできている。うそ……。

「よかったじゃん、明日から楽出来るよ」

「あ……いや、その……でも」

「じゃ、お先ー」

呆然としている間に朧さんは帰ってしまった。そして私は、まだ服を脱がせてもらえていないこと、こんな格好じゃ帰れないことに気づき、また店内に寝泊まりすることになった。

(最悪……)

いつになったら我が家でベッドに転がれるんだか……。もうやることもないし、寝るしかないのだが、ゆっくりとソファに横たわることなどできなかった。レモンが仕事をしているからだ。本来は私の……。それをほっぽって寝ることはできない。だってそしたら私は……一体なんなの。明日から何すればいいの?

「ねえ、レモン。もういいから、あとは私が……」

「整備室で待機してください」

「?」

「整備室で待機してください」

「はぁ?」

何だか既視感のあるやり取り。まさか、ひょっとして……私をメイドロボだと思ってる!?

「私は……」

人間よ、店長の藤原芽衣よと言おうとしたけど、言葉に詰まった。だって私はミニスカメイドで、太腿には製造番号がある。そして今日、何の仕事もしていない。日中魔法少女として接客し、今店長業務をこなしているのは目の前のメイドロボ……レモンだ。

帰るべき家を失ったかのような、喪失感。足元がぐらつくような錯覚を感じる。え……私は? 私は何? い、いや何も悩むことなんてない。昼の間に店長業務をこなせばいいんだ。それだけ……。でも私がやる意味ある? 目の前のレモンを眺める。私と同じ顔があった。魔法少女のコスプレをした藤原芽衣が仕事をしている。先週までは私がそこにいて、同じように仕事していた。でもその席はもう……。

フラフラとソファに向かい、私は上手く言葉にできない根源的不安と、胸にぽっかりあいた喪失感を抱きながら失意の眠りについた。


翌朝。早く目が覚めた。まだ朧さんは来ていない……。そろそろ服が脱げると思うけど。整備室ではレモンが白い台座の上で基本姿勢をとって固まっている。その光景を見て安堵すると共にゾッとした。私だ。私が固まっている。まるでマネキンのように……。自分そっくりのメイドロボがメイドロボになっているのは何とも不気味で気持ち悪い光景だった。今からでも顔を変えてもらおうかな。

しばらくすると、連絡が来た。朧さんからだ。今日は休む、と。そんなぁ。いい加減にメイド服脱ぎたいのに。でもしょうがないか……。

時間になると、魔法少女たちが一斉に動き出し、ホールの方へ消えていく。白い円形の台座は空っぽになった。私はただぼーっと見ているだけで、勝手に営業が始まり、滞りなく進み始めた。

(えっ……と。どうしよう)

何もやることがない。不安がまた胸中で増大する。私はここで……何してるんだろ。いや、仕事はある。レモンに取られる前に私が……。

その時、台座の上に何か落ちていることに気づいた。ガム……だろうか。誰かの足にくっついていたのかな。客が捨てたのを踏んづけたのか。マナーのなってない客もいたものだ。

こういうのは人間じゃないとまだまだね、と思いながら私は台座の上に登って、ガムをとるべく屈んだ……が、その瞬間。全身がビリっと震えて動けなくなった。

(っ!?)

ピンと背筋が伸び、回れ右して台座中央に直立させられる。こ、これは……まさかメイドロボのAIが復活!? 一体どうして?

け、けど朧さんは今日いない。一体だれが、どうして……。

「アップデートを開始します。……っ!?」

スカートの上で両手を重ねた瞬間、機械的なメッセージが私の口から飛び出し、それっきり全身が硬化し、指一本動かせなくなってしまった。あっぷでー……ま、まさか!?

凡その推測はできる。朧さんは私の体内のナノマシンから、メイドロボAIを削除していなかったのだ。おそらくは単にオフにしていただけで……。それで特に問題なかったのかもしれないが、それが恐ろしい致命傷となった。彼女の……世界の誰一人あずかり知らぬうちに、私はメイドロボに再改造されてしまったのだ。

(やめて!)

脳内で叫んでも、誰にも届かない。数分のち、体がようやく自由になったけど……もはやさっきまでの私ではなかった。急いで台座から離れようと走り出した瞬間、あざとい女の子走りに変換された。

(……ああっ!)

AIを削除していなかったということは、おそらく学習結果も……。

「やだぁっ、レモン、また……体がぁっ」

キンキンのアニメボイス。私は言動をレモン化されてしまった。AI完全復活だ。

(そ、そんな……)

でも、一応は自分の意志で動かせるのが救いか。急いで朧さんに連絡を取ろうとしたが、そこにブルーが入ってきた。そしてガムのついた台座に上がろうとしたので、思わず注意した。

「ガム落ちてますよぉっ」

「確認しました。処理をお願いします」

「はぁーいっ!」

ピースサインを掲げてブルーに答える。本能的に私は悟った。やってしまった、と。やばい、今すぐ逃げないと、耳をふさがないと――。

でもそれは叶わず、私の体は勝手に動き、さっき遂行できなかったガムの処分を始めた。私はこの一連の動きに一切抵抗することができず、流されるがままだった。

「アップデートを開始します」

ブルーは綺麗になった台座の上に立ち、そう告げて動かなくなった。今しかない。この店から逃げないと。いやダメ。きっと今の私は他人の命令を――。

「何をしているのですか?」

グリーン。つい先ほどアップデートの時刻となったのだろう、次々入ってくる。私は胸の前で両手を重ねて可愛らしく答えた。

「台座の掃除をしていましたっ」

「わかりました。引き続きお願いします」

「はぁーいっ!」(いやっダメー!)

本能的恐怖の予感は的中。私の体はいそいそとバックヤードの掃除を開始した。止められない。手が、脚が、勝手に動いちゃう。ううっ、まずい。わ、私……メイドロボのメイドロボになっちゃった!

信じられないような屈辱体験だった。私はこの店の店長。彼女たちはその所有物。その物の発する言葉に、私の体は一切抗うことができずに従わされてしまうのだ。メイドロボに命令されるだなんて……。信じられない、信じたくない。

(ま、待ってぇ、やめてよぉ、こんなのありえないーっ)

しかし私はニコニコ笑顔で可愛らしく、誰もいないのに媚びを振りまきながら整備室や店長室の掃除をいそいそと行わされる羽目となった。

夜。今まではメイドロボたちがやっていたホールの掃除に参加させられた。自分の部下というか所有物であったロボットたちの命令に強制的に従わされるなんて、こんな悔しいことはない。これじゃあ私はこの店で最下層の存在じゃない。人間なのに……店長なのにっ!

そして清掃が済むと整備室へ向かう。魔法少女ロボたちの最後尾について歩かされる。メイドロボたちは自分の台座に上がった待機状態になるが、私だけ部屋の隅に立たされ、何もない床の上で両足を閉じ、スカートの前で両手を重ねる。そのまま固められてしまった。

(うそぉ!)

まさか台座にすら上がらせてもらえないなんて。私の分はないからしょうがないといえばしょうがないけど……いやそんなわけない! 私は人間なんだからっ!

でも、いくら力を込めても手足は微動だにしない。私は凍り付いた笑顔の下でうめきながら、レモンが店長業務をこなして戻ってくるのを静かに待っていることしかできなかった。


翌日。朧さんが来た。これで元に戻れるといいけど。しかし私には不吉な予感があった。朧さんの知らないところで私のAIはスイッチが入れられた。ひょっとしたら、もしかしたら、彼女は気づかないかもしれない……。

「おはよう藤原さん」

「おはようございまぁす、月夜ちゃん!」

私はあざといポーズで朝の挨拶をさせられた。彼女は一瞬面食らったような顔をしたが、「あははは」と笑ってそのままメイドロボたちのチェックを開始した。

「待ってよぉ。違うのぉ。レモン、またメイドロボになっちゃったのぉっ」

言えた。……が、誰がどう聞いてもふざけているとしか思えない言い方。彼女も私がからかっているのだと受け取ったらしく、私のAIを止めようとはしなかった。

(そ、そんな。見ればわかるでしょっ、私がこんな言動する人間じゃないって!)

気がつかないなんて余りにも鈍すぎないか。理不尽だ。日中まではずっとそう思いながら、私は部屋の掃除をさせられた。店長業務はレモンに投げて、新しい仕事をやりだしたのだと解釈したのか、朧さんはニコニコして私をこき使う。私は甲高いアニメ声を発しながら、ぶりっ子ポーズでそれに従わされる。悔しい。惨めだ。どうして気がつかないの。

しかし、チラッと見えたホールの様子が、その理由を雄弁に物語っていた。「私」が……私と同じ顔をしたレモンが魔法少女としてあざといキャラを演じているあの光景。朧さんはあれを毎日眺めていたんだ。だったら……何となく、無意識のうちに私が、藤原芽衣がああいうキャラなんだという感覚が育っていたとしても……不思議ではないかもしれない。私自身、レモンの言動が素で乗り移ってしまったり、侵食があった。だとすれば朧さんにも……。

朧さんも頭ではそうじゃないって理解しているかもだけど、一か月も私のあの痴態を見続けてきたのだ。「いつもの日常」が戻ってきた……ように感じてしまったかもしれない。

(うっ、そ、それでも……うーっ)

掃除や雑務をこなしながら、私は待った。朧さんが気づいてくれる時を、日を、週を、そして月を……。いつの間にか私はすっかりこの店の雑用担当メイドロボとしてのポジションを固めてしまった。朧さんはおろか、メイドロボたちにすら顎で使われてしまうのだ。閉店後の清掃はいつの間にか私一人の仕事となり、メイドロボたちはそれを手伝わず整備室へ引っ込んでしまう。ボリューミーな衣装を着たまま清掃するのは不都合だ。汚れてもいけないし。それはわかる。で、でも……だからといって……。もう完全に、私は彼女たちよりも「下」にされてしまったみたいで、泣きたくなるほど辛い。

「月夜ちゃんっ、メイのお掃除終わったよっ」

「あらご苦労さん」

そして私もレモンも同じレモンではややこしいと、私には新たに「メイ」という名が与えられた。私の下の名前だけど、この歳で一人称が名前というのは言わされるたびにクルものがある。

そして用事がない時は部屋の隅でマネキンと化してしまう。体が動かない。最近は自分の意志で動ける場面もめっきり減ってしまった。最初の頃は動けたのに……。私は徐々に立派なメイドロボとして変わりつつある。そして、メイドロボとしても台座を与えられない下等な扱いを受けていることが死ぬほど悔しい。レモンが店長業務をこなしている間、彼女の台座を「借りる」だけ。

動かない私を見ても朧さんはもはや不自然だとも思わない。すっかり日常の風景になってしまった。本当に彼女は、私が自分の意志でこうなっていると信じているんだろうか? それとももう興味もなくってどうでもいいのか……。ミニスカメイドを脱がしてもくれない。きっと私が気にいったと思っているのだろう。無理もない。何か月も雑用メイドロボとして笑顔で働いてしまっているのだから。

店を立て直し本社に凱旋する……かつて抱いていた夢は、遥か叶わぬ夢想になってしまった。今や私は人間に戻ることすらできず、メイドロボとして生きた実績を積み重ねるだけの日々。

朧さんがたまに引き抜きとか転職とかの話をしてくるたびに、内心恐怖で震える。彼女がこのまま職場を去ってしまったら、一巻の終わりだ。私は永久に、メイドロボのメイドロボとして、この店の片隅で、大きなリボンを揺らしながら生きていくことしかできなくなってしまう……。

その前に彼女が気づいてくれることを願いつつ、私は媚びたリアクションを交えながら、今日も可愛く清掃業務に精を出した。台座すら与えられない、雑用金髪ツインテールのミニスカメイドロボ店長として。

Comments

No comments found for this post.