七不思議を作ろう (Pixiv Fanbox)
Published:
2022-07-21 12:33:23
Imported:
2023-05
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「ねえ、うちの学校の七不思議調査とかやらない?」
部長は突然突拍子もない提案を行った。駄弁り部と言われたのが気に入らなかったらしい。
「うちの中学そんなのありましたっけ?」
私は聞き返した。漫画とかではよく見るけど、実際そんなの聞いたことない。この中学に入って一年半近くだけど、そんな話題出たことない。
「ないよ。だからさ、作ろ。それから調べよ」
「マッチポンプじゃないですか」
在学中に何かオカルト研の手柄というか実績を作りたくなったんだろうか。部長はこの夏休みでこの学校に七不思議を生み出すのだと力説し、私たちは半ば強引に駆り出されることになった。めんどくさ。私は放課後お菓子食べて皆で駄弁るだけでよかったんだけど。
終業式から二日。すっかり人気の引いた校舎内で、私たちは部長に先導されて音楽室に連れてこられた。
「やっぱ定番よね~、音楽室は」
「で、どうするんですか?」
「う~ん、そうねえ……」
モーツァルトの絵が動くのはどうかと一人が提案した。うん、ありそう。しかし部長は「バカ、どうやって動かすのよ」と却下した。
「噂とか流すんじゃないんですか?」
「ダメダメ。それじゃあとで真相究明できないでしょ。本物の七不思議でないと」
作ってる時点で偽者じゃん。と思ったけど言わないことにした。
その後、部長は「誰もいないのにピアノが鳴る」を一つ目の七不思議にすることに決めた。ピアノの陰に隠れて、誰かが通りかかったら音を鳴らせ、と部員の一人に指示して。
「なんでそんなことを……」
「だーめ、やるの! 大丈夫皆でやるから! 交代制ね!」
(えっ……私も……?)
最悪。まさか夜もずっと学校に残ってやらされるんじゃないでしょうね……。部長は親がお金持ちだから我がままを通すんだよね……。
哀れな生贄を一人置き去りにして美術室に移動した私たちは、「石膏像の向きがひとりでに変わる」を実行することになった。クソ暑い真夏の中、重い台座をえっちらおっちら動かしながら、私は心の中で愚痴った。これ絶対誰も気づかないよね……と。
その後もあちこちでくだらない七不思議量産に付き合わされた挙句、私と部長だけが生き残った。職員室と正面玄関に通じる廊下を行き来しながら、最後の七不思議を考えさせられる。
「この辺にあるとバランスいいのよね~」
部長はどうやら校内の特定範囲に固まらないよう、満遍なく七不思議を配置したいらしい。何その無駄な拘り……。各地に残されていった皆は真面目にやっているんだろうか。首尾よく帰ってるんじゃ……。
「んー……」
先生や来客が使う正面玄関。トロフィーやら賞状やら盾やらが飾られている棚の隣に、大きな石像が設置されている。横長の台座の上に、少し間を空けて等身大の女の子の像が二つ。片方はうちの中学の体操服を着た少女、もう片方は水泳帽とスクール水着を身に着けた少女。台座のプレートには「スポーツ少女たち」と題名らしきものが刻まれている。
部長は次第にその石像の前を行ったり来たりするようになった。
「やっぱこれかなあ」
トロフィーの怪談は思いつかなったらしい。職員室で悪戯するのも嫌がったようだ。まあ怒られなくていいけど。でもこの石像、すごい高そうだけど、大丈夫だろうか。部長が変なことしないよう注意しないと。
「よし!」
部長は最後の七不思議のアイディアを閃いたらしい。部長は私の方を向いて言った。
「ここに知らない石像が増える……ってのはどう!?」
どうやって増やすんだよ、内心突っ込みつつ、私はなるべく部長の方向性に沿う突っ込みを選んだ。
「美術室の石膏像と被りません? どっちも銅像みたいなもんでしょ?」
場所をバラけさせるぐらいだから属性も被らないようにした方が部長的にいいだろう、と思っての言葉だったけど、彼女は即座に否定した。
「あっちは動く! こっちは増える! 問題なし!」
あっそう……。はい。
しかし石像を増やすってどうするの? そんなの用意できないでしょ。まさか粘土こねさせる気?
この質問には部長も窮して、石像の増やし方はまた後日連絡する、ということになった。あくまで一度決めた七不思議を変えるつもりはないみたい。子供だなぁ……。そしていつの間にか私が石像増やす手伝い係にされているのも怠い。まあ、他の皆はそれぞれ持ち場の七不思議押し付けられて、あと私しか残っていないんだけどさ。
数日後、私は部長から呼び出しを受けて学校に向かった。集合場所である美術室には部員の皆も集められて、オカルト研八人全員が勢ぞろいしていた。
「ピアノどうなった?」
「誰も気にしてねー感じ。廊下に聞こえてるのかもわからんかった」
「ははっ」
七不思議の先行きは暗そうだ。一日、数回ピアノ鳴らしただけじゃね。
その後、最後に現れた部長が「大作戦」の内容を説明した。部員一人に石像に化けて、正面玄関近くの石像に混ざって立ってもらう、と。
「うえ~」
馬鹿にしたような呆れたような歓声が上がる中、部長は得意気に、部屋の隅に置いてあった机(だと思ってた)に被せてあった布を取り払った。灰色の液体……いや粘土? よくわからないヌルヌルした物体が詰まった大きな水槽が姿を現す。絵具のようにも見えるけど、ひょっとしてこれで……。
「これを全身に塗れば石像になるのよ! すごいでしょ!」
うえぇ~、やっぱり、これ塗るの? 全身に? そのうえで、職員室が目と鼻の先にあるあのコーナーに立ってパントマイム? 絶対やだ。
「誰がやるん?」
心底馬鹿に仕切ったような煽りを一人の部員が放った。部長は当然のように私を見つめ、他の皆もつられて私に注目した。
「え?」
「石田さん。よろしく!」
「えーっ! いやいや無理、絶対やだ」
「でもお前この前何もやらなかったじゃん」「そういえば」
「いや私は最後まで部長についていって……」
「つまり、最後の担当ってことじゃねえの?」「うん」
皆は面白がって私に押し付けようとした。自分が担当になるのも嫌だからだろう。
全力で拒否したものの、前回何も担当せずに終わったことが仇となり、私はとうとう灰色のペイントを全身に施される運びとなってしまった。うう……やだなあ。絶対怒られる……。全身灰色のまま先生に冷静に事情を聞かれる自分を想像して、私は憂鬱になった。想像するだけで死にたくなる状況だ……。
さらに部長は追撃を繰り出した。露出の多いピンク色のチア衣装とサンバイザー、ポンポン二つを机上に並べて、これが衣装だと宣言したのだ。つまり……私にこれを……着ろってこと!?
いや、今着てる制服ごと得体の知れないペイントに沈めるなんて流石に御免被る。かといってまさか下着姿というわけにもいかない。だから衣装があるのはまあ……正しいっちゃ正しい判断だけど、なんでチア!? ちなみにウチの中学にチアなんてない。要は部長が趣味で用意したコスプレ衣装だ。私はチアガールのコスプレをしたうえで全身を灰色にボディペイントしたあげく、職員室の前で悪戯ドッキリを仕掛けなければならない、ってこと……。
「むっ無理! 絶対いや!」
私は再度声を張り上げて抗議した。が、男子たちは当然大賛成で、女子陣もニヤニヤしながら「やーこのチア可愛いー」「いいじゃなーい、似合うってきっとー」と頼りにならない。
あえなく、私の鞄とスマホは取り上げられて、私はチアのコスプレをして石像ペイントを施されるという想像もしなかった恥辱を味わう羽目に陥ってしまった……。
「えー、これ、大丈夫なんですか? 肌とか荒れない?」
男子たちを追い出し、下着姿にされた私は、灰色のヌルヌルした液体が蠢く水槽に入るよう促された。ペンキ……には見えない。すごく粘性が高そう。固体と液体の中間体みたいな。
「大丈夫大丈夫。保存用だから」
「ほ……ぞん!?」
「あー、えっとねー……」
部長は謎の液体の説明を始めた。父親の会社の人に頼んで用意してもらった薬剤で、名を化石剤と呼ぶ。元々は食べ物や生物サンプルの保存に使うための技術で、これで生物をコーティングすれば半永久的に中の鮮度を保ったまま……つまり健康状態を維持したまま保存できるらしい。説明を聞く限り、どう考えても人間に使うべき代物ではないように思える。けれど部長は「大丈夫って言ってたよ!」の一点張りで、私の懸念を却下した。
「ほら入った入った」
「はぁ……わかりましたぁ」
しょうがない。こうなってしまった以上は、一刻も早くこの遊びを終わらせてしまうのが最善かな……。私は意を決して灰色の液体に足を浸けた。ニュルっとした気持ちの悪い粘り気が私の脚を歓迎する。私の脚は床の中に吸い込まれるかのように、灰色の化石剤の中に沈んでいく。
腰を下ろすと胸近くまで灰色の液体に浸かった。何だか肌にまとわりつくような感じ……。女子陣に囃し立てられつつ、私は部長の指示に従って息を止め、顔までしっかりと灰色のヌルヌルに沈めた。
ネットリと絡みつくように、灰色の液体は私の体を飲み込んでくる。髪はつけたくなかったけどしょうがない。痛まないという部長の言葉を信じるしかない。肌に沿うようにピッチリとコーティングされていく化石剤。まるで自身が封印されているかのようで少し恐怖を覚える。塗られるというよりか、肌が強化されるような錯覚もある。
髪はベタベタするかと思ったけれど、ちょっと重くなるぐらいで意外とベタつかない。私は水槽から顔を上げ、まだ塗り残し……コーティング残しがあった箇所に手作業で化石剤を塗り広められてから、ようやく水槽から上がることを許された。
(うえー)
床の上に立つと、周囲から歓声が上がった。もっとベチャベチャするかと思ったけど、数滴が落ちるぐらいで意外と「濡れた」感覚はなかった。化石剤は私の体を体型にピタリ沿うような形で覆いつくしてくれたらしい。ムラや凹凸もなく綺麗に仕上がっていることが、少し視線を落としただけでわかる。ただ恥ずかしいのが下着が灰色のペイントの下に消え去ってしまい、まるで全裸かのように見えてしまうこと。股間はマネキンのように平坦で、胸も乳首のような突起はまるで見えない。パンツやブラジャーの上から塗り固めたせいだろう。そして下着のラインは何故か一切見えない。滑らかに私の体と一体化してしまったみたい。
チア衣装を化石剤に浸している間、私はスマホで自分の全身を確認させてもらった。驚くべきことに、それは「石像」にしか見えなかった。本当に質感が石材そのもので、灰色のボディペイントには到底見えない。これでピタッと体を止めて入れば、間近で見ても人間だとはわからないかもしれない。
続けて、見るも無残な灰色、それも石の質感を与えられたチア衣装に袖を通す。綺麗なピンク色だったのに。それも安っぽいペラペラの衣装じゃなかったのに。部長、悪戯には全力だなぁ。
ノースリーブで上下セパレート、ミニスカのチア衣装はかなり恥ずかしかった。それも全身灰色ペイントという異常事態だから尚更。部長の「頭にもなんかつけた方がいいと思って」という言葉と共に、石化したサンバイザーを装着。両手に灰色のポンポンを持たされ、私のコスプレは完成した。
戻ってきた男子たちは女子とは違うタイプの歓声を上げ、私をジロジロと観察して写真を撮った。
「ちょ、やめて、撮らないでダメ! 禁止!」
だが、誰も撮影を止めない。それどころかポージングまで要求される始末。あまりにも常軌を逸した滑稽な姿のせいで、私はあまり強く出ることができなかった。ポーズはとらなかったが、なし崩し的にトンデモコスプレペイント姿を、部員全員のスマホに記録されることを受け入れるしかなかった。
職員室前の廊下へ移動した私たちは、先生がいない時を見計らい、正面玄関近くの石像に近づいた。私は驚いた。水泳少女、体操服少女の石像が、今の自分と同じだったからだ。石でできた体、灰色一色の全身。当たり前と言えば当たり前だけど。何だか私も石像に変わってしまったみたい。
二体の石像の間には微妙な空間があり、私はそこに立たされた。「スポーツ少女たち」の新たなセンターとなった私は、しばらくそこにいて誰かに目撃されろ、と指示を受ける。うー、いやだなあ。第一、本当にこんなことで「石像が増える怪談」の創造に繋がるんだろうか。淡々と「なんですかコレ?」みたいな反応をされて死ぬほど恥ずかしい思いをするだけじゃない?
他の部員たちは改めて担当の怪談を今日も続けるよう部長が指示し、ようやく私の前から人だかりは消えた。あー、恥ずかしかった……。
正面玄関前で石像の台座に一人取り残される。段々いたたまれなくなってきた。皆に醜態をたっぷり観察されるのとは別種の恥ずかしさがある。人に見られたらどうしよう……。こっそり帰っちゃおうか。いやでもこんな格好じゃ流石に帰れない。不審者を通り越して変態だ。
物音。足音が近くから聞こえた。
(ひゃあっ!?)
私は思わず両手のポンポンで顔の下半分を隠した。無理。得意気にポージングなんてできっこない。死にそう。てか死にたい。騒ぎにだけはなりませんように。
どこかの部活の生徒が廊下を歩いてくる。私の視界に入った瞬間、立ち止まる。こっちを見ている。やばい。バレた!? ……今のうちに「ドッキリ大成功~!」と叫んで走り去った方がダメージが少ないかもしれない。私は息をひそめて、彼が黙って通り過ぎてくれるのを待った。
永遠とも思えるほどに引き延ばされた三十秒。彼は何事もなかったかのように歩みを再開し、そのまま通り過ぎていった。……ッセーフ!? 危ない……ものすごい恥をかくところ……いやかいたけど……「私」だとはバレなかった、と思う。見た目は完全に石像だし。
しかし考えてみれば、この辺は普段の学校生活であまり通らないから、石像が増えてることの違和感はあっても、確信までは持てないかも……しれない。
もう二、三人待ってバレなかったら引き上げよう。勤めは果たしたことにして。そう思いながら、私は追加で三人の往来を見守った。中二人は先生だ。死ぬほどドキドキしたが、やはり怪訝な顔をするだけで、特に騒ぎ立てたりはしない。いちいち「石像増えてませんか?」などと確認する人は今のところゼロ。まあ減ってたら泥棒ってことになるかもだけど、増える分には問題ないのかな……? 皆、そんなにここの石像のことなんて注視していなかったに違いない。私だってそうだし。知らん間に新しい石像が飾られてる、それぐらいで流してくれているのかも。
……だとしたら怪談にはならなくない? うーん、失敗か……。ここまでやっといて。やらされて。それはそれでなんだかなあ……。
いっそのこと動いて見せた方がお化けっぽいかな。そんなことを考えていると、体の異変に気づく。
(……ん?)
身体が動かない。ずっと動かないよう頑張っていたせいでコリコリになっちゃったんだろうか。軽く手足を動かそうとしてみるも、相当の力が必要だった。
(なっ……なに、コレ……!?)
手足が……全身の筋肉が硬くなっていて、全力を尽くさなければ動かせない。それでようやくゆっくりと手足の位置を変えられる程度だった。
(う、嘘……どう、してっ……!)
ヤバい。これは不味い。本能的に危機を察知した私は部長か誰かに助けを求めようと、台座から降りようともがいた。必死に足を動かそうとするものの、左足を台座から浮き上がらせるだけのことに数分を要した。
(んーっ、んーっ!)
ちょっとずつ、少しずつ、左足を宙に上げていく。体の硬度はますます増していき、ドンドン動きづらくなっていく。
(ちょっ……待って、なんで……)
全身全霊を左足に傾けている間に、少々やり過ぎたことに気づく。左足を上げることに必死になりすぎていたのと、筋肉が硬化し直線的な動きしかできなくなりつつあったせいで、左膝を曲げて左足を地面からそのまま持ち上げたような状態になっていた。上げ過ぎだ。床に足を下ろさないと。だけど、台座から降りるために重心を前に傾けることも、左足を下ろすことも、もはや不可能だった。私の腰から下は、もう全く動かなくなってしまったのだ。
(そんな!)
右脚でまっすぐ立ち、左足を上げた状態で時間を止められてしまった下半身。どうしよう。こうなったら声を出して助けを呼ぶしか。
(っ誰かー……!)
ダメだ。声も出ない。顔も次第に強張りつつある。ど、どうしよう……。その時、視界の端、その奥に誰かがいるのがわかった。正面玄関の先、校舎の外で誰かが立っている。制服だから生徒だ。どうやらスマホを見ているみたいで、私には気づかない。
(た……助けて! 体が変なの! 動けなくなって……!)
どうしよう。あの子に気づいてもらうには。声は出せない、脚と腰はもう動かない……。まだ固まりきっていない上半身を使うしかない。私は残る体力をつぎ込み、頑張って両腕を伸ばした。ポンポンを握る指はもう動かない。ポンポンをガッシリと握りしめたまま、私は斜め上に向かって両腕を必死に伸ばした。遠くからでも見えるようアピールするため、大きく動かすしかない。
(気づいて! こっち! ねえ! ねえってば!)
玄関脇の石像が両手を頭上に大きく掲げようとしているところを目撃されれば、流石にわかってくれるだろう。石像ではなく、人間だってことが。しかし彼女はずっとスマホを見つめたままで、一向にこっちに顔を向けない。
(あああっ!)
そうこうしているうちに両腕もギンギンに固まってしまい、私は二度と両腕を下ろすことができなくなってしまった。さ、最悪……。そして、私は自分が本当にチアガールみたいなポージングをしてしまっていることに気づいた。全くそんな意図はなかったんだけど……。左足を上げ、両腕を斜め上に伸ばしてポンポンを掲げる私は、チアガールの石像そのものと化していた。
(や、やだぁー)
まるでノリノリでチアのコスプレしているみたいじゃん……。羞恥心で顔が紅潮する。化石剤でコーティングされているからわからないだろうけど……そうだ、顔! まだ顔は動くよ! 声は出ないけど!
ちょうど彼女がこっちを向いて歩いてきたので、私はラストチャンスとばかり、表情筋にかつてないほどの力を注いだ。口角を上げ、目を見開き、とにかく出来るだけ大きく動かす。
……が、石像の表情がゆっくりと変化していることなど彼女はまるで気がつかなかったらしく、目の前を素通りして足音は私から遠ざかっていった。
(うっ……そんな)
で、でも……まだ先生とかが通りかかるかも。表情を動かし続けるものの、誰も視界を横切らない。数分もしないうちに表情筋も動かせないほど硬くなり、私の顔は全力の笑顔を浮かべたまま固定されてしまった。
(……!)
あろうことか、私は笑顔でポーズをとるチアガールの石像に変えられてしまったのだ。そんなつもりは一切なかったのに……。のたうち回りたくなる羞恥心と身動きできなくなった恐怖とで私はパニックに陥った。どうしよう、どうすればいいの。何が起こったの……。
部長が様子を見に来てくれれば。そういえば部長、保存用って言ってたっけ? これ。ああそうだ、思い出した。食べ物を半永久的に保存するための……って、まさか私……!
(『保存』されちゃったのぉ!?)
なんてことだろう。聞いてないよこんなの。説明しといてよ……。動けなくなるなんて。部長は知らなかったのか、説明するまでもないと思っていたのか……。単に忘れていたというか、頭から消えていただけかな……。
と、とにかく化石剤としては正常な現象なんだとするなら、そこまで焦ることはないかもしれない。そのうち部長が助けてくれるはず。
そうして幾ばくかの安心を求めつつ、私は「スポーツ少女たち」の中央を彩るチアガールの石像として道行く先生や生徒たちに鑑賞され続けた。中にはようやく「こんなのありましたっけ?」という先生もいたが、「さあ……? 新しいの入ったんじゃないですか?」と軽く流されていた。ずっと風景に溶け込んでいた廊下の石像が今更増えようが、大した関心事ではないらしい。
(ち、違います、私石像じゃありません。部長に騙されて……)
頭の中で何を喋っても、それが外に漏れることはありえない。私は黙ってコスプレポージングしながら廊下を飾り立てていることしかできなかった。
夜。先生方が帰り始める時間になっても、私は石像と化したまま放置されていた。おかしい。いくらなんでも長すぎるよ。部長は、皆はどうしたの? ……まさか私を置いて帰ったんじゃ。部長に関してはありえる……。でも他の皆は? 誰か一人くらい、からかいに来たっておかしくないよね……?
石材のような見た目で、ピクリとも動けない私は全てを私以外に委ねることしかできない。私の決定権はもう私にないのだ。先生方が皆帰ってしまっても、私は一人で暗い学校の中でポーズを取り続けていた。
(う、うそぉ、やだぁ、怖いよぉ、誰か、お願い助けてぇ!)
凍り付いた笑顔のまま、暗闇の中私は一人泣いた。まさかこんなことになるなんて……。元に戻ったらただじゃおかないんだから。絶対先生に親に言いつけてやる……。
翌日。目が覚めた時は混乱した。片足で直立したまま、一ミリも動かない体。あまりにも奇妙な目覚めだった。結局、一晩中放置されていたらしい。
先生方が学校に来ても、生徒が通りかかっても、誰も私に気づかない。いや、存在には気づいている。「知らない石像が増えている」ことには。
「こんなのあったっけ?」「……なかったよな?」「新しくしたんじゃない?」
だが、人間が……石田香が化けていることには誰も気づかない。うん、夢にも思わないだろうな。まさかオカルト研の部員が石像に化けてそのまま動けなくなっちゃっただなんて。
時間が過ぎ、昼になり、また新しい夜が来る。私はチアっぽいポーズをとってしまった昨日あの時から、微動だにしないまま何も変わらない苦しい時間を過ごした。おかしい。いくらなんでも。どうして誰も助けに来ないの? 様子すら見に来ない……。部長はちゃらんぽらんな人だけど、流石にそんなあくどい行為はしない人だった。何かあったんだろうか……? オカルト研の皆は?
三日も過ぎると、次第に楽観論は捨てざるを得なくなった。このままじゃ、本当に石像になってしまう。何とかしなくちゃ。でも全く動けない……。うめき声すら出ないよ。瞬きはおろか、視線を動かすことも許されていない。私には……どうすることも、やっぱりできない。
(う……う……誰か……先生……)
先生が視界を横切るたびに心の中で助けを求めるものの、テレパシー能力を持つ人は誰もいないようだった。私は孤独と恐怖に苛まれながら、絶望の夏休みを過ごすことを余儀なくされたのだった。
二学期が来た。信じられない。私……どうなっちゃうの? まさか本当に、このままチアガールの石像として一生を過ごさないといけないの? そんな、そんな馬鹿な事って……。
部長とオカルト研の皆を呪っていた時、私は信じられない話を聞いた。職員室のドアが開きっぱなしで、そこから話が聞こえてきたのだ。
「……無事だといいんですけどね……」
話題の主は私……いや、部長を含むオカルト研の皆だった。全員があの日……私を石像にしたあの日を境に、行方知れずになっているというのだ!
(嘘でしょ!?)
一体……一体なにがあったの? 誘拐? 事故? それとも……。
(七不思議……)
まさか七不思議のための壮大な前振り……って、流石にやり過ぎだ、ありえない。本当に皆いなくなっちゃったの? 一体どこに……?
美術室。化石剤を塗った美術室に行きたい。何か手掛かりが……いやスマホ。でも連絡がつくならもう見つかってるか……。思ったより大ごとになってるみたいだし……。
でも、私は身動きできない。笑顔でポンポンを掲げたまま、何事もなかったかのように「スポーツ少女たち」の中心に突っ立っていることしか。
(皆……一体どこ行っちゃったの? 早く帰ってきて。私を助けてぇ!)
もし……もしも考えられる可能性があるとすれば……全員、私のようになっている、とか? いやでも化石剤を塗られたのは私だけ……。七不思議をリアリティあるものにするために、部長が他の皆にも何かやったんだろうか。それが全て悪い方向に作用して……。いや、それじゃあ仕掛け人の部長が行方不明なのは変だ。
わからない。何も……。この体さえ動けば。七不思議を作ろうとしていたんですって先生や警察の人に伝えられれば、もしかしたら……。
けれど、何日経っても何週間経過しても、私の体はあの日硬化したまま二度と動き出すことはなかった。スクール水着の少女像、体操服姿の少女像に挟まれたチアガールの少女像として、私は「スポーツ少女たち」のセンターを笑顔で務め続けることしかできなかった。
「ねえ知ってる? この学校の七不思議」
「知ってる知ってる! えーと、まずはすすり泣くピアノ、でしょ?」
「そう! 男の子の泣き声が聞こえるってやつ! 次は……」
「生徒そっくりの人体模型!」
「正解! それって、昔この学校にいたけど行方不明になった子とそっくりなんだって!」
「やだ~、こわ~い」
「次は次は?」
「えーと……あれだね! 動く石膏像! それから……」
「これは入ってないのかい?」
「あー先生。これって?」
「この石像」
「……? これは違うと思いますよ。動くのは美術室のやつ」
「あー、そうなんだ。これも結構不思議なんだけどねえ」
「えー、何々? 気になるー」
「たまに変わるんだよ。石像の……中身が」
「えー! 何それ何それー!」
「先生が昔ここの生徒だったころは、これ違う服装だったんだよね。ブルマって言って……」
「服が変わるだけ?」
「いや、体操服の女の子っていうのは同じなんだけど、体操服が新しくなって、顔も体型もポーズも変わったんだよね。誰も大して気にしてなかったけど」
「ふーん。でもそれって新しくしただけなんじゃないですか?」
「うーん。特にそういう話なかったと思うんだけどね。あとこのチアの像。これも昔はなかったんだよね」
「バージョンアップする石像かー。じゃ、これが八つ目の七不思議ですね!」
「それ七不思議ちゃうやん!」
「あー確かにー。ウケる」
「さあさあ、帰った帰った。もう遅いぞ」
「ねえ先生、今度さっきの話よく聞かせてくださいよ、今私たち七不思議特集っていうのやってて……」