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最初に違和感を抱いたのはお迎えの時。つまり最初からということになる。俺が購入した二体目のドール。直に髪が生えている。パーツに分かれていない。関節がない。というのは、まるで普通の人間のように手足が綺麗に繋がっていて、球体関節がないのだ。まるでフィギュアのように見えた。何か注文を間違ったのか、或いはメーカーが不良品を送ってきたのか? でもこの顔の造形は素晴らしく、不良品とは思えない。少女漫画のようにキラキラとした瞳は、意志が宿っているかのように力強い。ふわふわのピンク髪と丸っこい顔は、美しい大人の女性の色気と幼い少女のあどけなさを併せ持つ、正統派の美少女フォルム。 (うーん……?) 指と手足を触ってみると、驚くことにちゃんと曲がった。不良品ではない。新モデル? 関節隠しでこのクオリティ? でも何で髪は固定なんだろう。痛まないのか。髪型も変えられないよなあ。 自分の注文を確認してみる。一体目と同じ、普通のドールを注文したはずなんだがな。俺が注文したはずのドールは、写真ではハッキリと関節がある。だがこの子は、どこにも肌の切れ目がない。新商品というわけでもなさそうだ。サイトのどこを見ても、ドール愛好家のコミュニティを回ってもそういう新モデルの情報はない。 やはり不良品? うーん、でも手足はちゃんと曲がるし、肌もそれに合わせて綺麗に収縮するんだ。最初からこの仕様で作られている。不良品ではない。それとも開発中の試作品が間違って入ってしまったとか? だとしたら連絡して……いや。 俺は二体目の顔をジッと眺めた。綺麗だ。可愛い。くせっ毛でふわふわのピンク色の髪も、今までのドールにはない心地よさがある。しっかりと確認してみると、やはりウィッグじゃない。顔から直に、生えている。見間違いじゃない。このドールは俺の注文したやつじゃない。 俺は悩んだ。商品を間違えたと素直に連絡して取り換えてもらうか、それとも……。 休日を潰して丸一日かけて、俺は決断した。このまま、うちの子にしよう。そうしよう。それがいい。メーカー側が何か言ってきたら、その時対応すればいいさ。金は払ったんだ。 そうと決まれば仕事は早い。真っ白な可愛らしいドレスを着せて、俺はドールコーナーに新しいうちの子を飾り付けた。名前は……なんにしようか。 「よし、リリー……リリーにしよう」 俺は一体目のドール、アリスと新人リリーを向かい合うような形で椅子に座らせた。ドール趣味に目覚めてから一年近く。増えると言っていた先人たちは正しかった……な。金が飛んでいく。 明日からリリーをどう可愛くしていくか、俺は夢想しながら床に就いた。あっでも、パーツ変えられるのか? 関節見えなくて全部覆われてるのに。ウィッグも変更不可だし。だとしたら結構幅が狭くなってしまうな。……ま、可愛いからいっか。 最初の半月程は順調だった。メーカーも何も言ってこないし、俺はリリーを着せ替え、ポーズをつけ、撮影し堪能した。アリスに構う時間がずいぶんと少なくなってしまい申し訳なかったが、リリーは不思議な魅力で俺を捉えて離さない。何だかドールだということを忘れ、本当に生きている人間、娘みたいに思えてきてしまう時があり、俺は俺ののめり込み具合が怖くなった。言い訳をしていいなら、リリーが活気を持っているのが悪い。普通のドールであるアリスとは対照的に、リリーはまるで本当に生きているかのように見えるくらい出来が良いのだ。生気に溢れ、その瞳は懸命に何かを訴えているかのように迫力がある。 リリーを迎えてひと月ほど経つと、異変が生じ始めた。リリーのポーズが変わっている。朝起きた時、会社から帰宅した時、俺の記憶と違うポーズになっている。……気がする。可愛らしいポーズをとらせておいても、保管場所にしまっておいても、手足が動いている。何というか、すごく「楽」な姿勢に変わっているのだ。飾っていた場合はだらしなく手足を下に伸ばして顔は上向くか下向き、「休日ずっとダラダラしてましたぁ」とでも言わんばかりのポーズに変わっている。最初は、関節の維持能力が低いのだろうと思った。覆われていて見えないタイプだし。重力に負けたのだろうと。 だが、箱にしまっていても変わるのはどうしたわけだ? 腕を顔の横に伸ばして……まるで頭でもかいていたかのように。首も横向いてるし。手足をピンと下に伸ばしたまま収納したはずだ。しかし何故だか足を組んだり膝を曲げたりしていることがある。重力や振動で自然とこんな風になるとは……思えない。 俺の思い過ごしか? 自分でとらせたポーズを忘れているだけなのだろうか? ある日、俺は出社前にリリーの写真を撮った。可愛いピンクのドレスを着せて、椅子に座らせ、テーブルで優雅にお茶をしているという構図を作って。 その日の夜、俺は確信した。やはり勘違いではない。リリーのポーズが変わっている。だらしなく手足を下に伸ばし、椅子に寄りかかっている。写真とハッキリ違っている。 (いや、でもこれは……重力で) 比較対象にアリスにもやらせてみたが、あまり変わっていなかった。何かがおかしい。リリーは特別に関節の固定力が弱いのだろうか? その可能性はある。違うモデルだから。 でも、収納中に変わるのはなぜ? 重力ではありえない。写真を撮ってみると、何故かその日はあまり変わらなかった。撮らない日は、変わる。 (?) わからん。ひょっとして……留守中に誰かが俺の家に侵入している!? しかし、家に忍び込んでやることがドールのポーズ変更というのもおかしな話だ。嫌がらせにしてももっとやりようがあるだろう。アリスは手付かずだし。 自宅の防犯強化、貴重品の確認等、俺はできることを全てやったつもりだった。それでもリリーは動き出す。何度確認しても彼女はただのドールで、ポーズ変更機能があるロボットとかではない。ありえるとしたら誰かの悪戯なのだが……。その気配はない。 自宅にカメラを設置し、二十四時間撮影するべきだろうか。しかし……そこまで踏み切る勇気がなかった。留守中、就寝中にドールが動いていると思うのでビデオ撮影しますなんて誰かに言ってみれば、即座に頭のおかしい奴だと思われるだろう。その一線を越える胆力は俺にない。 不気味だったが、俺はリリーを可愛がることを止められなかった。可愛いし。ウィッグ・パーツ固定で服の着せ替えしかできないのが難点だが、俺は毎日リリーに可愛い服を着せて飾り付けた。触り心地がいいので髪も撫でる。痛むからダメだろうが……。 購入から二か月。さらなる異変が俺を襲った。リリーの行動範囲が広がった。俺が置いていたのと違う場所にいる。起きるとタオルの上で寝転んでいたり、帰るとパソコンの近くに座り込んでいたりする。そしてパソコンの履歴には、俺じゃない誰かがPCを操作した跡がハッキリと残されていた。 流石に背筋に悪寒が走る。こいつ……「生きている」のか!? まさかその……呪われた人形!? 俺は一体どうすればいいんだ!? その日、俺はリリーを箱にしまった。翌日も、翌々日も、彼女を出さなかった。彼女を迎えてから初めてのことだった。その間、俺は久々にアリスを撮影して楽しんだ。アリスは勝手に動かない。安心できる。ただのドールだ。ただの……。 つまらない。あんなにも楽しかった、綺麗だったアリスが。相手にしてても何の反応もないし、恐ろしい呪いも隠された秘密もない。いや当たり前だ。それが普通……なのに。リアクションが返ってくる、世界で唯一かもしれないドール、リリーによって俺の感覚はすっかり麻痺してしまったようだ。俺はリリーを取り出し、フリフリのアイドル衣装を着せてマイクを持たせた。表情は変わらないのに、何故か酷く怯えて見えた。だが妖しい生気は失われていない。 (よし) 呪いだか何だか知らないが……つきあってやろうじゃないか。面白い。 俺の気合とは対照的に、リリーは急に大人しくなった。元の位置で元ポーズをとっている。いやとろうとしている、という表現が正しい。最初は騙されてしまった。やはり俺の勘違いだったのかと。人が見てない間にドールが勝手に動いているなんて、幼児の妄想だ。だがつぶさに観察していると、細かい差異に気づいてしまった。微妙に立っている位置が違う。手足の開きや角度も写真判定するとちょこちょこズレているのがわかった。酷い時には掲げる手の左右が反転していることも。 (やっぱりか) 気のせいでも妄想でもなかった。リリーは動いている。生きている……? いや、まさかそんな。ドールが生きているだなんて。精巧なロボットがリモートで動いているという可能性も……しかし、触ってみた感じ重々しい機械が詰められているようには到底思えない。アリスと重量も変わらない……。 リリーもどうやら、誤魔化せていないことに気づいたようだ。表情が硬いことが増えた。まるでドキドキして内心冷や汗を流しているかのような……どことなくそんな雰囲気を纏っている。 最後に見た位置とポーズを懸命に再現しようとするリリー。最初から動かなければいいんじゃないかと思うのだが、難しいんだろうか。人間ならジッと動かないでいることはそうだろうが。リリーはドールなんだから簡単なはず……。 ふと、俺は馬鹿げた考えを抱くようになった。リリーは生きている? 意志がある? ……彼女は、人間なんじゃないか? ちょっと自分が怖くなる。ドール趣味に入れ込み過ぎて、頭がおかしくなったのかもしれない。ドールが人間だなんてありえない。しかし……俺のPCやタブレットには、時折知らないサイトの閲覧履歴が残っていることがある……。俺が行ったこともない、興味もない地域のニュースサイト。知らん女性向け漫画の感想ブログ。漫画アプリ。男性アイドルのライブ配信……。 俺は自室をビデオ撮影する勇気はまだ持てなかったが、それと同じぐらいヤバい領域に踏み出した。ドールに話しかけたのだ。 「うん。可愛いよな、リリー」 膝を曲げ、目線を合わせて言った。しばらくして俺はあまりの恥ずかしさに悶え苦しむ羽目に。流石にキツイな。 リリーの方はというと、特に変化はない。あったら怖いしヤバいんだが……。正直、少しガッカリしている自分もいる。 だが、翌朝起きてみるとタオルの上に寝転ぶリリーの顔は、心なしかいつもより笑っているように見えた。 それから、俺は徐々にリリーに声をかけるようになった。着せ替えた際は「似合ってる」ポーズをとらせれば「可愛い」、そして指で頭や頬を撫でてやる。変に汚れるからあまりしたくはないのだが。 リリーは日に日に積極性を増した。こりゃ、俺の言葉を理解しているのか。元のポーズをとって誤魔化そうとすることが減り、可愛らしい媚びたポーズと表情で俺の帰宅を待ち構えている日が多くなった。時には俺が着せた服から勝手に着替えている日まで! 間違いなく、リリーは生きている。彼女は何者なんだろうか。超高性能AI? ドールに擬態して生きる小人? それとも……。 ドール相手に独り「かわいいね」と声掛けするようになってしまった俺には、もう恥も外聞もありはしない。俺の知らないリリーの生態を暴きたい衝動を抑えきれなくなった。ビデオカメラを購入。俺は知りたい。俺がいない間にどのようにして行動しているのかをこの目で見て見たい。 とはいえ、彼女の目の前でカメラを設置したら、動いてくれないかもしれない。理由はわからないが、動いているところを俺に見られたくはないようだから。 部屋の模様替えを気取りながら、リリーとアリスを別室に移し、その間にこっそり隠しカメラを仕込む。データは俺のPC……は少し不安だったので、専用のタブレットを新たに用意して、そっちに送らせることにした。当然ロックもかける。かなりの出費だ。人が見ていない間にドールが動いていると思い込み、それを撮影しようと試みる……。人に話したら狂人扱いだろうな。 決行日、俺は仕事中ずっとリリーのことが気になって仕方なかった。体はソワソワ、頭は悶々。リリーは動いているだろうか。だとしたら、隠しカメラはそれを捉えたはずだ。まてよ世界初なんじゃないか? ドールが生きて動いている映像なんて。もしも……ドールに擬態して生きる小人とかだったらどうしよう。歴史的発見かも……。いやカメラに気づいて動かないというのもありうる。が、それは嫌だ。もし映像に撮れてなかったら、俺は……俺の数か月に自信が持てなくなってしまう。俺は気づかないうちに頭がおかしくなっていて、妄想と現実の区別ができなくなっているんじゃないか? 「……くん! 伊藤くん!」 「はいっ!?」 「今日ちょっとおかしいぞ。しっかりしてくれ」 「すみません……」 ああくそ。仕事に身が入らない。早く帰って確認したい。俺が狂人じゃないことを、リリーが生きているのだということを。 家に帰った俺は、リリーに挨拶した。リリーはメイド服に身を包んでちょこんと突っ立っていた。俺が今朝着せたのはチア衣装。動いたということ……ならば! 別室でこっそりと隠していたタブレットのロックを解除し、俺は録画映像を再生した。緊張の一瞬。映像にはリリーが映っている。チア衣装。ポーズも変わっていない。シークバーを進めると……動いた! 俺は慌てて通常再生に戻した。 「ん~っ」 リリーは背伸びして声を上げた。俺も心の中で歓喜の声を上げた。夢じゃなかった。リリーは本当に……生きて動いている。しかも、声も出せるようだ。ああ――。 「おはよう」 心臓が跳ねた。リリーの挨拶に。え? 見てる? 思わず振り返ってしまう。いない。映像の声だ。えでもなんで? カメラに気づいて……? 「おはよう」 知らない声が響いた。いやリリーの声も知らない声ではあるが。リリーではない誰かがリリーに返事したのだ。予想外の進行に俺の頭は機能停止してしまった。 「今日はどうする? また映画?」 「そうね。ペンギンのやつがいいな」 「じゃ、いこいこ」 リリーが棚を降りる。画面から消えた。二つの声は遠ざかり、映像は動かなくなる。俺は再び変化が起こる場所まで飛ばした。 「また着替えるの?」 「うん。アリスちゃんは?」 「私はいいって」 ? ?? ??? 「もー大丈夫だって。捨てられたりしないよ。アリスちゃんも可愛いって言ってもらえるよ」 「今更いいわよ。ずっとドールだったのに」 「うそ。ヤキモチ焼いてるくせに」 画面に横から誰かが入ってきた。アリスだ。アリスが生きて、動き、喋り……怒っている。信じられない。アリスは……リリーが生きているのは察していた。でも……アリスまで!? 白と水色のエプロンドレスに流れるような金髪ウィッグ。可愛らしい顔。間違いなく……アリス。何がどうなっているんだ。この世界は……すべてのドールは生きているとでもいうのか?! やがてリリーはメイド服に着替えて、可愛いポーズの練習をしだした。たまにアリスに感想を尋ね、アリスが返事をする。俺は頭が真っ白なまま、気づけば再生を終えていた。 部屋に戻ると、リリーは腰を下ろして足を伸ばしていた。アリスは動いていない。さっきとまるで同じ姿勢を維持している。嘘だ。信じられない。アリスは動いて……ええ? その日はなかなか寝付けなかった。一体どういうことなんだろう。リリーは結局……生きたドール? アリスは? アリスは普通に球体関節があるのに……んん? そこはどうでもよかったのか。キツネにつままれたような気分だが、わかることはただ一つだけ。アリスは寂しがっていた。俺がリリーばっかり構うから。考えてみれば確かに。リリーを迎えてからずっとそっちが中心だし、アリスに向かって「可愛い」なんて声をかけたことはなかった。いやでも、本当にただのドールだと思ってたんだからしょうがないじゃないか。 朝。俺はアリスに挨拶するか、可愛いと言ってやるべきか悩んだ。いつも言わないのにいきなり態度を急変させれば、昨日カメラを仕掛けていたことがバレるかもしれない。うーん。 俺はリリーとアリスを同時にお茶会させることで、解決を図った。両方同時に似合ってる、可愛いと声をかけたのだ。これなら流れとしては不自然じゃないだろう。 その日のカメラは面白かった。昨日よりは幾分冷静に見れたし、嬉しがるアリスとそれをからかうリリーのやり取りは、とても可愛らしくて癒やされるものだった。 それから、ドールたちの隠し撮り動画は俺の密かな楽しみになっていった。 「ねえ、リリーはこのままでいいの?」 「んー?」 「人間に戻りたくないのかってこと」 「え? そりゃ……戻りたいよ、うん」 「うそ。ずっと伊藤さんのお人形でいたいって思ってるくせに」 「ふぇっ!? そそそそんなことないし!」 「まあ、私もそうだからわかるわ。働かなくていいし、ずっと可愛い服着てお世話されてればいいもんね」 「あー、うーん、でも……あーでもやっぱりあのメーカー告発しないとダメなんじゃないの?」 「あなたなら話も聞いてもらえるんじゃない? 生きてるってバレてるし」 「無理だよー。動けないんだもん。それに何か書こうとしても体が止まるし」 次第に二人の正体も見えてきた。方法はわからないがあのドールメーカーは人間をドールに変えて売りさばいていたらしい。どうりで出来が良すぎるわけだ。そして人に見られている間は動けないらしい。正体を隠していたわけではなかったのか。 アリスは「生きている」とバレれば呪いの人形か何かだと思われて捨てられることを恐れ、懸命にドールを演じ続けていたようだ。知らず知らずのうちに辛い思いをさせていたことに胸が痛む。そして完璧なドールを演じていた手前、リリーのように振る舞うことができなくなってしまい、ジェラシーを感じているようだ。俺が何とかしてやらないとなぁ。 とはいえ、隠し撮りで二人の正体を知ったことは内緒にしようと思っている。覗き見みたいで体裁が悪いし、何より二人の自然なやり取りが日々の楽しみになっていたからだ。 今後はアリスにも徐々に声かけしていこう。それでアリスも俺に対してドール演技を取りやめ、生きていることを明かすようなムーブを取り出したら、その時は……。 (フフッ) やがて来るアリスの「デレ」を想像し、俺は胸躍らせた。可愛いだろうなあ。それまで我慢だ。ドールたちの内緒話は、まだまだ当分終わらない。

Comments

いちだ

これはよいですね。こっそり見られていることに気が付いたら動かなくなっちゃうとか。

Anonymous

バッドエンドじゃない人形化は嬉しい

opq

感想ありがとうございます。その場合アリスが恥ずかしがると思います。

opq

コメントありがとうございます。こういうのもいいですよね。

Anonymous

視点転換後の素晴らしい物語!お互いが理解し合って信頼しあってよかった:)

opq

お褒めの言葉ありがとうございます。楽しんでいただけたなら良かったです。