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小さいころ、近所のアクセサリーショップが大好きだった。もったいぶった大人向けのお店ではなく、小さい子でも気軽に入れるような柔和な雰囲気のお店で、中にはとっても可愛いアクセサリーや小物類が所狭しと並べられていた。ほんの僅かに衣類も扱っている。なんか有名な人のデザインした特別な服らしい。小さいからよくわからなかったけど、お姫様みたいに可愛くてキラキラした服で、大きくなったら着てみたいなあなどと思っていた。特に好きだったのはガラスのショーケースに飾られたお人形たち。まるで生きているかのように精緻で、アニメのように可愛い顔をしていた。ポーズや服は頻繁に変わり、どれも素敵で可愛らしく、それが楽しみで通っていた。これらは売り物ではなく単なるお店の飾り、店主の趣味なのだという。私もこんな人形が欲しいなあ、とサンタさんに願った。残念ながら叶えられることはなかったけど。 が、フリフリの可愛い服も、センスの良いキラキラのアクセサリーも、身に着けて良い女とそうでない女に分けられるのだということは、小学生の間になんとなく感じ、中学のころ理解した。そして今、高校では体に覚えさせられている。 「ぷぷっ、くっさ~」 全身を濡らし、雑巾の匂いを与えられながら、私は今日も早くこの一日が終わることを願い続けていた。元々友達もできず暗い学生生活を送っていたものの、高校からはさらにいじめが加わった。垢ぬけない地味な私は地元有力者の娘たちで構成されたグループに目を付けられ、毎日のようにいじめられるようになった。始めはただ悪口を言われてネタにされるだけだったのが、いろいろ命令されるようになり、やがて直接的な加害を受けるようになったのだ。 彼女たちが去った後、私は散らかったトイレの雑巾を片付けながら、どうすれば学校に来なくてよくなるのか、そればかり考え続けていた。何しろ全員が地元の有力者たちなので、先生も学校も動いてはくれない。親も頼りにならなかった。まだ午前中だというのが信じられない。トイレの雑巾の匂いを自らにしみ込ませたまま教室にもどれば、また皆から白眼視されるだろう。いじめに直接加担していないクラスメイトたちにも。全部、私が悪いかのように扱われる。教室に戻りたくないけど、私には逃げ出す勇気すらなかった。いや、最後に残されたちっぽけで矮小な意地かもしれない。あいつらに屈して消えたという実績を積むのがどうしても嫌だった。 教室で罵倒と嘲笑、冷ややかな視線を一身に浴びながら、早く午後になって、そして学校が終わることを祈る。終わってもまた明日が来るのに。 だから、私が治せない奇病に罹ったと知った時も、思わず安堵してしまった。入院? もう学校に行かなくていいの? 合法的……じゃなくて、あいつらと関係ない理由で行かなくてよくなるんだ、助かった――と。 縮小病。今のところ女性だけに見られる不思議な病気で、その名の通り体が縮んでいく病気だ。原因不明で治療法もなし。入院しても、ただ症状が治まるのを待つだけだ。でも私は自分が縮んでいく恐怖など微塵も感じはしなかった。朝起きて学校に行かなくていい。早く過ぎなくてもよい日。私は心から喜び、荒んだ気持ちがゆったりと癒やされていくのを感じた。病院の先生や看護師は虐めてこないし、親切にしてくれる。最高だった。ただ一点、段々彼らが大きく、巨人になっていくという点を除いては……。 長引く入院生活。元々低身長なのにちょっとぐらい体が縮んだところで大して変わらないだろう、と思っていたのも今は昔。いじめの日々から離れ安心も日常となると、そのありがたみは薄れ消えていく。代わりに、普通の人間社会では到底一人で生きられないような存在に変身していくことへの恐怖が実感を伴って襲い掛かってきた。ベッドが、先生が、服が、全てが大きくなっていく。私を一人残して勝手に世界が広がっていく。いじめとは別種の、根源的な疎外への恐怖。私が人間じゃなくなっていく。身長は1メートルを割り、90センチ、60センチ……もう誰も私に合うサイズの服を売ってはくれない。ベッドも家も何もかも、私に使わせることは想定しなくなっていく。あらゆる全てのものは普通の人間に使えるよう設計されており、私はもうすぐその普通の輪から外される。……元々、友達もできなかったし、虐められてるし、最初から私は世界から隔離されていたのかもしれない。でも私と何の関係もない人々、単なる道や家具までもが私を仲間外れにしてくるとは思わなかった。もはや服とも呼べなくなりつつある白い布の中で、私は声を殺して泣いた。なんで? なんで私がこんな目に?  罰を受けるべきはあいつらじゃないの? 神様も先生やクラスメイトたちと同じなんだろうか。お前が悪い、お前が消えればいいんだと――。 最終的に、身長は30センチ足らずまで縮んだところで症状は治まった。まるで人形のようなサイズ。もう二度と、一人で外出することはおろか、スマホを持ち歩くことすら許されない体になってしまったのだ。周りは皆恐ろしい巨人と化して、圧倒的な威圧感を伴いながら私を見下ろしてくる。ただでさえ怯えがちだった私は、震えて縮こまっていることしかできなかった。元々小さな声は一層小さくなり、聞き取ろうと先生が屈んで巨大な顔を近づけてくるたび、生々しく拡大された人の顔の迫力と気持ち悪さに泣き出しそうだった。 一生このままなのかと思うと、言葉にできないような絶望が胸を締め付ける。でも、同時にどこか喜んでいる自分もいた。退院すれば学校に戻らなくてはならない。でも、30センチだよ? 一人で登校なんて不可能だし、教室を移動するのも危ない。鞄どころか教科書だって持てやしない。だから……これなら、行かなくてもいいよね? またあいつらに……こんな無力な体になった状態であいつらの下に戻りたくないよ。殺されちゃうかもしれない。 だが、ずっと私のいじめを無視してきた学校サイドが、気持ち悪いくらい媚びへつらって私に復学を勧めた。何も心配することはない、学校側が全面的にサポートする……と。全く信じることができない。上っ面な言葉が私の耳を右から左へ抜けていく。彼らの言うサポートとは、送り迎えや教室間の移動の手伝い、宿題の免除など、物理的な「縮んだ人間の生活」を助けることに終始していて、いじめに関しては誰もが笑いながら誤魔化すばかり。結局、流行りの奇病に罹った女生徒が復帰を断念し退学したということなれば体裁が悪いから、それだけは避けたい、ただそれだけだった。 いじめは体裁が悪くないの? わからない。もう巨人どもが何を考えているのか、小人の私にはサッパリ。 でもひょっとしたら、虐めはなくなり……はしないけど、軽くなるかもしれない。悪口言うだけとか……。30センチの人間に暴行とかする? 死んじゃうよ絶対。流石にそんなことになればいくらあいつらが有力者の娘だからってただじゃ済まないはず。あいつらにだって、その程度の理性は残っているかもしれない。先生方の執拗な勧めと、親をガッカリさせたくない気持ちが合わさり、希望的観測が私の脳を支配した。皆同情的かもしれない、死なせるのが怖くて手は出さなくなるかも――。 復学を決意し、教室に運ばれた私を待っていたのは、何も変わらない……いや、落ちるところまで落ちた現実だった。 「ぶふっ……!」 嘲笑の渦が私を中心に発生した。机の上にちょこんと座る私を見て全員が嘲り笑い、写真を撮り、小突き、掴んで持ち上げた。 「ひっ……お、下ろして……」 ただでさえ小さかった私の声は、もう誰にも聞き取れなくなっていた。巨人に片腕だけつままれた状態で振り回されるというありえない恐怖体験を、復帰初日のホームルーム前に早速味わわされた私は、その後も散々に玩具にされた。先生も特に注意することはない。安心しろって言ったのに。教室間の移動も先生が運んでくれるはずだったのに、急に「やはり友達の方がいいだろう」などと言い出し、私は完全にいじめっ子たちに支配されることとなった。 復学した先に待っていた何も変わらない現実。変わったのは私がますます無力で惨めな存在になったということだけ。冷静に考えてみれば当たり前だ。私が縮んだだけで、あいつらには何も起きてはいなかったのだから。何で学校戻っちゃったんだろう。マンションの屋上ぐらい高く感じる位置で巨人に振り回され、放り投げられ、布団みたいな雑巾で叩かれ、水槽に投げ込まれ、裸にひん剥かれ……。もはや二度と反抗も復讐もありえないということが彼女らの嗜虐心を一層エスカレートさせていく。私は本当に何の抵抗もできず、日々なされるがまま玩具にされた。私も抵抗の気力は起きなかった。自分の5,6倍ある巨人たちを前に、本能が屈服してしまう。あいつらにとってはきっと、逆の心理作用が働いているのに違いない。私はもう「人間」じゃないんだ……。 「人間」の学校に通いたい。何で巨人の学校に混じって痛めつけられなければならないんだろう。つい三か月前までは自分と同じ種族だった人たちが、今はもう違う。当たり前のように利用していた椅子、机、筆記具、ドア、教科書。その全てが私を拒絶する。自分が縮んだこと、無力な小人になったこと、もう二度と元の世界に戻ることはできないのだということを嫌というほど実感させられる。そんなことのために私はここに戻ってきたの? ある日、いつもと違う虐めが行われた。絵具で体を汚されるのはあったけど、今回は聞いたこともないクリームが主役だった。フィギュアクリームといって、本来はフィギュアの修復や艶出し、汚れ防止に使うらしい。これを塗れば折れた箇所は自動的に修復されるし、手垢や油も自動で分解して常に綺麗に保ってくれるという代物。これを人間に塗ればどうなるか、科学の実験だと彼女らはぬかした。漫研から持ち出された肌色のクリームは、まるで人間を溶かしてこねたように見えて不気味だった。 抗う気も残っていない私は、言われるがままにクリームを溶かした肌色の湯に浸かった。当然、全裸だ。生傷の絶えない体はずいぶんとみすぼらしい。伸ばしっぱなしのボーボーの髪。毛。手入れどころかお風呂に入るのも一苦労な私に、まともな外見を保つことはほとんど不可能だった。もはや恥ずかしがる気も起きない。メイクも無理だし、お洒落なんて論外。私に合う服はどこにもない。病院から支給された白いワンピースと、学校が用意してくれた制服だけ、それももうこいつらのせいでボロッボロ。 肌色のフィギュアクリームのお湯は、どことなく粘性があり、かつ納豆のように粘々はしなかった。まるで極限まで柔らかい誰かの体に沈み込んでいくような感覚。クリームは自動でフィギュアの形状を検出して修復してくれるらしいけど、なるほどまとわりつくように私の体に張り付いてくる。サッサと終わらせようと、私は従順になった。屈んで沈み、顔までしっかりとクリームの池につける。柔らかく生暖かい感触がタイツのように全身の肌に張り付き、私を飲み込む。大丈夫かな、コレ。人間に塗っても……それも全身に……。 (まあ、いいか) 地獄のような生活ですっかり荒んだ私は、投げやりに全てを受け入れた。健康を害して死ぬなら死ぬで、別にどってことない。解放されるだけじゃない? 「うはっ、マジやっば、フィギュアじゃん」「ぷふっ……めっちゃ綺麗じゃん、よかったじゃ~ん」「てかもうあんたさ、人形になった方がよくない? そっちのが絶対合ってるって!」 肌色のクリームにコーティングされた私を皆が嘲笑した。いつものことだ。今更傷ついたりしない。皆は笑いながらスマホでこの惨めな姿を映していく。私の全裸写真があいつらの中に収められていくのを、黙って受け入れるほかなかった。まあ厳密には全裸じゃないし……クリーム塗ってるから。 勿論クリームを落としてくれるような配慮はなく、私はそのまま先生に家まで送迎された。珍しくその姿はどうしたと訊かれたので、一応事情説明をしたものの、先生は「おおそうか! 綺麗にしてもらえてよかったな!」で終わらせた。 家で鏡を見た時、私はようやく自分がどんな姿に変えられたかを知れた。先生が何故今日に限って訳を聞こうとしたのかも。そこに映っていたのは、綺麗で可愛らしいフィギュアだった。髪も肌も手入れできずみすぼらしい惨めな女はどこにもいない。樹脂のような質感を持たされた肌は、傷も体毛も失い、肌色一色に染め上げられている。画像修正ソフトで加工したかのような綺麗な肌色。全身が顔からつま先まで、そんな皮膚に覆われている。そして顔は、アニメ調にデフォルメされていて、生きた人の顔とは思えなかった。元々フィギュア用のクリームだからだろうか。あの根暗で地味な私の顔がここまで美化されるなんて。何故だか無性に申し訳なく感じる。 そして髪。こちらもフィギュアのような表現にすり替わっている。つまり、細い毛の集合体ではなく、髪の毛っぽく見えるように形状を加工した一つの樹脂の塊。そういう風に見える。でも髪の毛が固まったような感覚はなかったけどな……。手で触ってみると、不思議なことに変わりなかった。サラリと髪が分かれ、スルスルと手が入り、指が通る。 (変なの……) 鏡ではまるでフィギュアが生きて動いているかのような映像がずっと流されている。見つめていると不気味になってくる。これ本当に私? それ以前に人間? 夜。お風呂で洗い落としてもらおうとお母さんに頼んだけど、どれだけお湯に浸かっても、体をこすっても、クリームは落ちなかった。困ったな。明日もこれで登校したら、きっとみんな大爆笑だろうな……想像するだけで胃が重くなる。それに、困ったことは他にもある。フィギュアボディとなった私の体は、フィギュアにない箇所が「修復」されてしまっているのだ。胸には乳首がない。ちょうど乳首を自然に埋めて覆い隠せる程度に胸がボリュームアップされ、私の胸は突起のない滑らかな曲面に直されてしまっている。そして股間。何もない。全ての穴がクリームに埋められてしまい、マネキンのようにツルツルで平坦になっている。これじゃあトイレに行けないよ。今日はあれからなんかまだ尿意も便意も催してないけど、明日からどうしよう。 (……いや、いいか) 私は諦めた。今更私の腸が爆発したからってどうなの? そうだ、また入院できれば学校から逃げられる。だったらこのままあえてクリームを残しておけば……。私は悪くないもん。塗ったのはあいつらだし。洗っても落ちないんだから。 だけど、フィギュアクリームの弊害はそれだけじゃなかった。翌日から、想像を絶したさらなるいじめが始まったのだ。フィギュアクリームと同じ成分で作られたフィギュアは、配合されたナノマシンによってポーズを変えることができるらしい。私がフィギュアクリームを塗られたことを知ったクラスメイトが、フィギュア用のリモコンを学校に持ってきたのだ。 幾らなんでも、そんなもの効くはずがない。そう思った。だってクリームを塗られただけで、中身は元通りの私なんだから。魔法でフィギュアに変えられたわけじゃない。なのに……。 「うわっ、すげえ!」「えっマジ!? やっば!」「やっぱコイツ、フィギュアなんじゃな~い?」 私は大の字ポーズをとらされながら、あまりの恥辱に身を震わせていた。フィギュア用のリモコンは、何故だか私に有効だった。手足が私の意志とは離れて勝手に動き、リモコン動作中はプルプルと震えることしかできない。私よりリモコンの方が支配力が高いなんて。信じられない。私は……私の体なのに。 当然、あいつらは食いつき、格好の餌食となった。もはや抵抗はおろか、自分の意志で自分の体を制御する権利すら彼女らに奪われ、変なポーズを強制的に取らされては弄られ、撮られ、筆記具相手に変なことをしているかのような姿勢をとらされる。 (うっ……うぅ……っ) 思わず涙が出てくる。自分の手足すら奪われてしまうなんて。どんな酷い目に遭わされても、私の体を動かす権利だけは私のものであって、それは永遠不変のはずだった。今やその最後の砦をあっけなく侵され、私は自らの内側までをもあいつらに献上してしまったのだ。直接危害を加えられているわけではないのに、史上最も屈辱的ないじめだった。どれだけ必死に手足を動かそうとしても、どうにもならない。 「うわっ、コイツ泣いてる」「ちょ~、んな顔すんなし。まるであたしら虐めてるみてえじゃ~ん」「あははっ」 その時、突如顔面の筋肉が強張った。次の瞬間、独りでに口角が上がり、私の涙は強制停止した。 (……っ!?) 表情。あのリモコンは、表情までをも操れるらしい。必死に抵抗も空しく、私は内心とは裏腹にまぶしい笑顔を作らされた。口まで支配されてしまっているので、声すら上手く出せない。 「ん……んーっ、んーっ!」 そのうめき声も、巨人たちの耳に届くことはなく、私は惨めな人型のラジコンとして皆の玩具であり続けた。 リモコンが効くなら、他の道具も効くんじゃないか。それは至極当然の発想で、成り行きだろう。私にとっては最悪だけど。新たにポーズライトという、安っぽいプラスチック製の懐中電灯みたいな玩具が、虐め用具に加わった。フィギュアを固定し、ポーズを維持するためのライトらしい。私は恐怖した。だが、30センチ足らずの身長で恐ろしい巨人たちから逃げる術はない。 「効くかな~」「効くっしょ~」「早く早く~」 リモコンで両脚をピタリと閉じられた私は、もはや早く台風が過ぎ去ることを祈ることしかできない。 「ほいっ」 カチッと音と共に、ライトが私の全身を貫く。その瞬間、ピシッと全身が硬化し、私は身動きできなくなってしまった。 (っ!?) 想像以上だった。私はパニックに陥った。リモコンの時みたいに手足がプルプル震える程度にしか動かせなくなるのだと……そう思っていた。だが違った。私の手足は最初から骨も筋肉も存在しなかったのような素振りで、均一な樹脂の塊に変化してしまったのではないかと思うほどだった。筋肉の一筋も動かせない。まるで時間を止められたかのように、つま先から指先まで、表情すらも固定され、まるで石像のように一ミリも動くことなくその場に静止していることしかできない。 (そ……そんな) これじゃ、本当に何もできない。無力とかいうレベルじゃない。私の体が完全にただの棒にされてしまっている。 「すげー」「カッチカチじゃん」「おーい。生きてますぅー?」 軽く小突かれただけで、私は後ろに倒れた。細胞の一つ一つまで凝固した私の体は、無意識の受け身をとることさえも許されず、全ての衝撃がダイレクトに響いた。 (痛い!) 悲鳴すら上げれない。私はジッと虚空の一点を見つめたまま、静かなフィギュアと化していることしかできない。髪の毛一本動かない。本当にフィギュアか彫刻の髪のように、固められた瞬間の形を維持したまま、私を床から支えている。 いつものごとく撮られ、振り回され、投げられ、軽く踏まれ……。一切の抵抗ができないまま、私はあらゆる苦痛を直接いただく羽目になった。筋肉の無意識な受け身というものがどれほど重要で大事だったのか。こいつらは何もわかっていないだろう。 (う……あぁ……) いつも以上の痛みと屈辱に耐えながら、私は涙を流すことすらできない自分に心の中で涙した。抵抗の意志さえ示せない。いや、意志というものを表すあらゆる手段がない。私は私の体の支配権を全て奪われてしまった。ただただ為されるがまま、人形のように黙って固まっているだけ。こんな酷いことがこの世にあるだろうか。私はこの時を持っていよいよ人間ではなくなってしまった。フィギュア用の玩具に操られ、固められ、動くこともできない人形。これまでのいじめを固めた上で再度受ける日々が始まり、私の心はどうにかなりそうだった。指一本動かす権利すらないなんて。あいつらには安い玩具用のライトでいとも簡単に私を物言わぬ人形に変えてしまうことができる。いやあいつらだけじゃない。誰もが。皆が。あのライトさえあれば。 いじめられていない僅かな時でさえ、関係ないクラスメイトから悪戯で固められることも増えてきた。突如予想していないタイミングで体が瞬時に固まり動けなくなるので、相当焦る。それでも皆は笑って喜ぶだけなのだ。 ポーズライトの問題点は、もう一度浴びせないと硬化が解けないという点。つまり……もしもそのまま放置されれば、私は……永久に動くことができないのだ。死ぬまで動くことも喋ることもできない体で放置されたら……。ゾッとする。私は簡単に残りの人生を全て奪われてしまう最弱の存在と化したのだ。固められている間は常にその恐ろしい想像と戦わなければならない。もしもこのまま解除してもらえなかったら……。何しろ自力では微動だにできないし、時間が経過しても解除されることはないらしい。一生、このまま……誰かが助けてくれない限り。でも望み薄だろう。これまでにいじめも誰も助けてくれなかったんだから。善意ある第三者が通りかかったとして、動かない私はただのフィギュアにしか見えないだろう。 (最悪……) このクリームさえなければ。ここまで酷いことにはならなかったのに。でも落とし方がわからないし、あいつらも勝手にクリームを落とすなと注意してくるので、私にはフィギュアクリームを洗い落とす選択肢はなかった。ただ一つ良かったことがあるとすれば、汚れの分解機能がよく作用したこと。あれ以来、一度もトイレに行っていない。にも関わらず、特に健康に異変は生じていない。どうも、汚れの分解機能が排泄物を自動処理してしまっているらしい。これは大助かりだった。この体でトイレに行って用を済ませるのは、大変なことだったからだ。 ついでに、お風呂にも入らなくてよくなった。いつでも私の体は清潔に保たれている。見た目がみすぼらしくなくなったのは良いこと……だと思いたいけど、返って逆効果かもしれない。私へのいじめがエスカレートしている背景には、生々しさのないフィギュア容姿になってしまったこともきっと影響しているだろうから……。 そしてフィギュアに見えるという事実が、新たないじめを生んだ。「フィギュアチャレンジ」彼女らはそう呼んだ。 数体のフィギュアが並べられた漫研の棚に私を置いて、どれぐらい人間だとバレずにいられるか、という内容だった。馬鹿馬鹿しい……。でも、その間手を出されないならかえって助かるかもしれない。どのみち拒否権なんてない。 漫研の部室に運び込まれた私は、棚に飾ってあるフィギュアの間に置かれた。どれも私たちと同じスケール、等身だ。私はショックを受けた。自分の肌が、顔が、思った以上に彼女ら……フィギュアたちにそっくりだったからだ。樹脂の質感、艶々テカテカの肌、アニメ調の顔、彫刻みたいな髪……同じだ。全てが。自分が人間よりフィギュアに近い存在になってしまっていることを、頭ではなく目でわからされ、改めて衝撃だった。 私の衝撃などいざ知らず、突如気をつけの姿勢をとらされ、次の瞬間手足が動き出した。リモコンで露骨なぶりっ子ポーズをとらされた私は、続けて笑顔を作らされ、ポーズライトでそのまま固められてしまった。 「ぷぷっ」「きっつ~」 変な姿勢をとらされるのも屈辱的だけど、似合わないとわかっていてこういうポーズをとらされるのも心底恥ずかしい。散々嘲笑と弄りを受けた後、彼女らは私に再度ポーズライトを浴びせることなく部室を去っていった。 (……ちょっ!? そんな!) か、固めたまま放置? これじゃあ……動けない。帰れないよ。どうしよう……。静かな部室の中、指一本動かすことも、うめき声を出すことさえできず、時間だけが過ぎていく。フィギュアの中に混じって。 もし、漫研の人たちが私に気づかなかったら……どうなるんだろう。このまま誰にも気づかれず、漫研のフィギュアとして一生を過ごすことになるんだろうか。嫌。そんなの。 やがて部室に人が入ってきた。ぽつぽつと散発的に人が入ってくる。知らない顔……下級生だ。目ざとく私に気づき、部員に尋ねる。 「これ誰の?」「さあ?」 ああ。やっぱり本物のフィギュアだと思われてる。そりゃそうだよね。生きた人間だなんて誰も思わない……私でさえ。 しかし、同じ三年生である部員が入ってくると、すぐに私に気づいた。知らんフィギュアではなく、虐められている同級生だと。知っている人にこのぶりっ子ポーズを見られるのはかなりの恥辱だった。出来ればポーズを変えたい。もう少し体裁の良い格好に……。でも体が動かない。頑として固まったまま、一ミリたりとも動かせない。最初からこのポーズで成形された石膏像のように。 彼女はこのフィギュアは虐められている縮小病の同クラの子だと説明し、またいじめっ子たちはこの辺の有力者の家の子だから、関わらない方がいいと冷徹に警告した。最後に「可哀相だけど」と一言免罪符を添えて。 (ああ、やっぱり) 普段から助けてくれないんだ、当然そうなる。わかっていても、私をフィギュアのままとどめておこうってわけ。 やがて時間が過ぎ、部員たちが帰る段になっても、私はぶりっ子ポーズのまま放置されていた。私は焦った。あいつらも助けに来ない。先生も探しに来ない……。 (わ、私……このままなの?) とうとう、部室から誰もいなくなり、鍵がかけられる。私は自身の体の鍵を解くことができないまま、新たな漫研フィギュアと化したままだった。帰れない……そんな。もし漫研の人たちがこのまま私を無視するなら……フィギュアチャレンジは永続する。そしたら……ひょっとしたら私は、一生このまま……。 (い……いやだ、やだぁ……) 必死に体を動かそうともがく。でもできない。体に力を入れるという行為自体が封じられている。手足を動かすための機構が存在していないかのような感覚。手足が芯まで固まり、石像のようにこの場に佇んでいることしかできない。 (う……う……) 声すら漏らせないまま、私は一夜を漫研の棚の中、ぶりっ子ポーズで過ごさなければならなかった。 翌日。目が覚めると少し混乱した。動かない体、寝ていたはずなのに立ってポージングしている私、知らない壁……。ああ。フィギュアにされちゃったんだっけ。 私の欠席はどうなっているだろう。気にしてないか。誰も。元々この学校に……いや、世界に居場所なんてなかったんだ。 その日の放課後、ポーズライトが棚を襲った。他のフィギュアのポーズを変えたかったみたいだけど、私にも当たった。突如体が解凍され、私はその場に崩れ落ちた。 「うぉっ」 ライトの持ち主は知らない男子……下級生だった。昨日はいなかった子だ。部室は彼だけで誰もいない。私のことは聞いていなかったのだろうか。かなり驚いている。 「えっと……あのう?」 少し後ろに下がりながら、彼は私に話しかけてきた。学校であいつら以外に話しかけられることは久しぶり。それも私のいじめに関係ない人に。 永久にフィギュアのままなんじゃないかという恐怖と緊張からの解放も相まって、私は声を上げて泣き出してしまった。下級生の前でみっともない。みっともないとわかっていても、止められなかった。オロオロする彼に対して申し訳なくて、さらに悲しかった。 落ち着いたころ、簡単に事情を説明した。下級生に自分がいじめられていることを話すのはこの上なく惨めだったけど、もう体裁もクソもない。彼は簡単には私の話を上級生から受けていたらしく、割とすんなり話を理解してくれた。 「大変ですねー……。なんか力になれたらいいんですけど……」 「いいよ。君もいじめられちゃうよ」 「え? 何ですか?」 ただでさえ小さい声が縮んだことでますます小さい。私はかなり意識して大声を出さなければならなかったが、日ごろ出していないような声量の調整がうまくできず、だいぶたどたどしいコミュニケーションとなった。 「あの……本当にいいんですか?」 「いいよ。別に」 彼が帰る頃、私は元通り私を固めるよう言った。私を解放して逃がしたってなれば、彼もいじめに巻き込まれるかもしれない。そうなればあまりにも申し訳なさすぎる。それに、またあいつらに直接弄ばれる日々に戻るだけ。それよりはここで誰にも加害されずにフィギュアやってた方がマシ。少なくとも彼がいる限り、一生フィギュアってことはなくなったろうし……。 渋ったが、彼は結局ポーズライトを手に取った。そして私に 「あの……ポーズは変わってていいんですか?」 と問いかけた。 「ふぇっ!?」 予想外の問いに頭が真っ白になった。そこまで考えてなかった……けど、そうだ、彼の言う通り。ポーズが変わっていたら誰かが私がフィギュアじゃないことに気づいたことになる。チャレンジ失敗だ。元通り固めて、何事もなかったかのように見せなければならない。つまり……私は今度は自らの意志で、ぶりっ子ポーズをとらなければならないってこと……。 「あ……うん、そう、だね……」 真っ赤になりながらも、私はぶりっ子ポーズをとった。男子……それも下級生の前でこんな……。リモコンで強要されてるわけでもないのに。彼を直視できない。私は背を向けて壁に向かってポージングすることにした。 「いいですか?」 「うん……」 ポーズライトが浴びせられ、私は再びぶりっ子フィギュアとして固められた。手も足も動かない。彼が私をそっと手に取り、クルリと向きを変えて、元通り部室が見える向きに戻す。固められていなければ顔が真っ赤になっていたかもしれない。気まずい空気の中、彼は何度も謝りながら部室を去っていった。まるで彼にもいじめに加担させてしまったかのようで、心底申し訳なかった。次いで、私みたいな地味ブスがこんなポーズを披露してしまったことも……。 三日ほど静かなフィギュア生活が続いたのち、再び彼が一人で私のポーズ状態を解いた。彼は驚くべき提案をもちかけた。こっそり帰らないか、と。 「えっ……でも、私……ここでフィギュアになってないと……」 「んなの無視しりゃいいじゃないですか。従うことないですよ。それに……」 彼は鞄から大きな箱を取り出し、テーブルの上に置いた。中から現れたのはフィギュアだった。私と同じ30センチ弱……同じような制服、ぶりっ子ポーズ……これ、私!? 再び顔が紅潮する。 「あの……これ……?」 「身代わりですよ。家の余ってたのを改造してきたんです」 彼の計画はこうだった。このフィギュアを代わりにここに置いておけば当面はバレっこない。そしてその間、ひっそりと家で休息をとればいい、と。 「でも……バレたら」 「へーきへーき、俺がやったなんて証拠ないですから」 それはそうだけど。でも私は……ズルをしたって名目で酷い目に遭わされるだろうな。 「じゃあ、もう学校来なくてもよくないです?」 「ん……でも、親が……」 平日なのに家でゴロゴロしていたら、間違いなく両親経由でバレてしまう。うちの親はいじめについて何ら力になってくれない。不登校も許さない。 「うーん……」 彼はひとしきり悩んだのち、言った。 「じゃあ、ウチ来ます?」 「えっ。でも、ご迷惑じゃ」 「トイレもお風呂もいらないんですよね? そんならバレませんって別に。親がいる間はフィギュアのフリしてれば」 そりゃそうかもしれないけど。……っていうか結局フィギュアのフリするの? それだったら何も変わらな……いやここでフィギュアになってるよりはだいぶ変わる? 「でも」 その時、ポーズライトが照射された。瞬間的に全身が硬化し、ピクリとも動けなくなる。 (ちょっと!?) 彼は身代わりフィギュアが入っていた箱に私を入れた。そ、そんな勝手に……結構強引な子らしい。 箱が閉じられ、さらに鞄にしまわれる。カチコチに固まった私は一言も発せない。何もかも彼に委ねるしかなかった。不安と安心が同時に湧き出てくる。これで学校に来なくてよくなる。それも彼が勝手にやったことだから私のせいじゃない……。だからあいつらに屈服して消えたことにはならない、よね? でもあいつらが怒ったらどういう目に遭わされるか……いやでもこのまま隠れられれば大丈夫? 先がどうなるかわからないけど、学校から離れるのと同時に、安堵の比重が大きくなっていく。ああ。もういいんだ。来なくても……。 彼の部屋で解凍された私は、そこでタオルに寝転び一夜を過ごした。翌日は休日。その時私は初めて彼の家がどこかを知った。 「え? ここって……」 間違いない。子供のころ足しげく通っていたあの……アクセサリーショップ!? こ伊藤くん、ここの……店の子だったの!? 久しぶりに見るキラキラの世界は、以前にもましてまぶしく見えた。私は日陰者の中の日陰者になってしまったからだろうか……。何となく自分がこの店には似合わない、場違いな存在のような気がして引け目を感じ、足が遠のいたのは小学校高学年の頃だっただろうか……。 「あれ? ウチ知ってるんですか? お客さん?」 「いや……買ったことはないけど……」 「ふーん。似合いそうですけどねえ」 (い、いや……私なんかに似合うわけないじゃん……) からかってるの? 社交辞令? せっかくだから、と彼は私を抱きかかえて開店前の店の中を回って見せてくれた。綺麗なアクセ、可愛い服、全てがあの頃のまま……ところどころ変わってはいるけど。何より今の私の目を引いたのはガラスケースの中に収められた人形たち。とっても綺麗な顔で、可愛らしい服を着て、自信たっぷりにポージングしている。いいなあ。でももう人形遊びする年齢じゃない。それどころか私が人形……はぁ。 身代わりの人形はこれの失敗作をこっそり頂戴したものらしい。道理ですぐに、あんな出来のいいフィギュアを用意できたわけだ。 親にバレると面倒だから、と私は彼の部屋でこっそり過ごした。いや飼われたと言った方が適切かもしれない。何もしないでゴロゴロして、彼からあやされるだけの日々。まるで子猫か何かのように接してくる彼に、私はドギマギしていつも変なリアクションを返してしまう。こんなに優しく可愛がられたの生まれて初めてかもしれない。 「ほら、これとかどうですか? 絶対似合いますって!」 「いっいや無理! 無理無理無理!」 人形用……それもお店に飾るあの人形たちようの、フリフリの衣装を彼は私に勧めてきた。冗談じゃない。こんな服、着られない。私みたいないじめられ地味女じゃなく、綺麗で可愛い、ショーケースの人形たちのような子じゃないと、こんな服合わないよ。私なんかが着たら痛々しくて見てらんない……。 最初は拒否していたものの、業を煮やした彼はリモコンで私を操り、強制的にドレスを着せた。 (あー! ちょっと!) やだ。恥ずかしい。こういうのを着ていい女と、そうでない女がいる。私は後者なのに。 「ほら、どうですか? 似合ってるでしょ?」 軽くメイクを施され、髪も整えられたのち、私は鏡を見せられた。一瞬震えたが、その必要はなかった。鏡に映っているのは分不相応なドレスを着ちゃってる痛々しい女は映っていなかった。可愛らしい顔とドレスがよくマッチした、綺麗なお人形がそこにいた。 「いやー、これ着せたいなって思ってたんですよ」 彼は、店の人形たちの整備は今は自分がやっているのだと明かした。服や小物の用意まで……。驚き。あの綺麗な人形たちを伊藤くんが。私を助けたのも、人形職人ゆえに「人形」である私が気になったからなのかな? (じゃあ、「私」を助けてくれたんじゃないんだ?) という、自分でもよくわからない苛立ちを覚えた。でも、それ以外はとても幸せな時間が続いた。いじめはないし、世界は私を疎外しない。伊藤くんの手で着飾られた私は、自分で言うのもなんだけど、人生で最も輝いて見えた。私にこんな服が着られたんだ。嘘みたい。 伊藤くんの両親が部屋に入ってきた時、咄嗟に人形のフリをするのもちょっとした暮らしのアクセントとして機能した。何だか楽しかった。あいつらに固められて人形扱いされるのはあんなに辛かったのに。 やがてヒートアップしていき、私は髪を金髪に染められたり、ピンクに染められたりするようにもなった。高校生にもなってピンク髪なんて……これじゃまるっきりアニメキャラのフィギュアみたい。その上でピンクと白のアイドル衣装を着せられると、耳までピンクに染まってしまった。リモコンでノリノリのポーズをとらされるし、そのまま固められちゃうし……。 写真も撮られた。……冷静に考えると、伊藤くんとあいつらのやっていることは同じような気がしないでもないけど、不快感はなかった。正直言うと、心地よくさえある。もしかしたらリモコンがなくても、私はそのうち自分で可愛い媚び媚びのポージングをしだすようになってしまうかもしれない。 「どうですか? そろそろ、店の方に出てみません?」 ある日、伊藤くんの提案に私はビックリ仰天。私をあのショーケースの中にいれようと言い出したのだ! 「無理無理無理! それだけは無理!」 伊藤くんと二人だけでファッションショーしてるならまだギリギリ耐えられるけど、不特定多数の人たちの前でこんな格好絶対無理! お店の評判だって落ちちゃう! あそこは最高の人形たちが並ぶべき場所で……。 といくら抗議の意思表示をしても、リモコンとポーズライトには逆らえない。私は全身ピンクのアイドルフィギュアに作り替えられ、笑顔で全力ポージングした状態で固定され、ある日とうとうお店のショーケースに並べられる羽目になった。 (あうぅ……お、お邪魔します……) 心の中で隣の人形たちに挨拶する。す、すみません、私みたいなやつが汚してしまって……。子供の頃ずっと眺めていたあのショーケース。まさか自分が人形になってその中に加えられる日がこようなんて、誰が思うだろうか。 開店すると、やはりキラキラのいかにもな美人やかわいい子たちで店が充満していく。私を見ていく。眺めていく。そのたびにここから消えてしまいたい、逃げ出したいという衝動に駆られ、思わず手足を動かそうとしてしまう。でも手足はしっかりと固められたまま動かない。ノリノリの笑顔も崩せない。目を逸らすことすらできないまま、私はかつての憧れの舞台でアイドルフィギュアを演じ続けさせられた。 (み、見ないで見ないで、あーっすみません! 私が! 私なんかがこんな、ああーっ!) わけのわからない謝罪を心の中で繰り出しながら、私は身動きのとれない体の中、羞恥心でおかしくなりそうだった。 「もー、いやっ! すっごい恥ずかしかった!」 その日の夜、そう言って拗ねたが、伊藤くんは明日からも私を飾るつもりのようだった。何でそんなことにこだわるのか訊くと、 「だって先輩すっごい可愛いんですもん。見せたくなっちゃいません?」 などと照れもなく言い放ち、私は再び顔をピンクに染める羽目になった。 いろんな服か髪型、アクセを試しながら、私はお店のショーケースを彩る日々を送った。リモコンとライトがある限り、ここから逃れることはできない。そのうち観念してしまい、私はこのお店のお人形となることを受け入れた。相変わらず死ぬほど恥ずかしいけど。 私が他に人形たちに劣っていないか、陰のオーラを振りまき店のムードを汚していないかいつも不安になってしまう。伊藤くんは可愛いって言ってくれるけど……それは親の欲目的な……。 「可愛いー!」「あら~、綺麗ね~」 ある時、親子連れが私の目の前を通りがかり、そう言った。ほ……ホント? 場違いじゃない? 昔の私のように、この子に私は輝いて見えているのだろうか。だったらいいな。でも私なんかで……。 時折、ケース越しに聞こえてくる客の会話。たまに私が賞賛されていることが次第に聞こえるようになってきた。照れくさくって恥ずかしい。でもよかった。このお店に迷惑かけてないみたいで。でも信じられない。私にこういう服が着れて、こんなポーズしててもドン引かれないなんて。 けど、時折不安にもなる。こんなところで人形になっていていいんだろうか。もうずいぶんと学校に行っていない。このままでいいのかな。でも……恥ずかしいけど嘲笑はされないし、たまに褒めてもらえるし、学校でいじめられていた時よりはよっぽどマシ。勝手に体を操られてフィギュアとして飾られてるのは同じなのにね。 そういえば、私の逃げたことは本当にバレてないんだろうか。伊藤くんに尋ねると、とっても面白い近況が聞けた。 「大丈夫、バレてないよ。たまに持ち出されてるけど」 あいつらはすっかり身代わりフィギュアに騙されているのだそうだ。しかも、そのフィギュアを私だと思い込んだまま、たまに「いじめて」いるらしい。思わず笑ってしまった。あんなに恐ろしかった彼女たちも、今や人形と人間と思い込んでいじめているお間抜けグループと化しているだなんて。 その話から数日後。髪を鮮やかなピンク色に染められて、魔法少女衣装で飾られていた時のこと。来た。お店に奴らが。全員で談笑しながら店内を闊歩している。フィギュアクリームで封じられていなければ、嫌な汗がたくさん流れていたかもしれない。忘れかけていた恐怖で動悸が早まる。でも私は逃げ出すことも目を逸らすこともできないまま、ノリノリで魔法少女のコスプレをして彼女らを出迎えるしかなかった。 (う……や、やだ……) 漫研から学校から逃げ出したうえ、生意気にも身分をわきまえずこんな格好してることが知られたら……ど、どうしよう。体は……ダメ。動かない。伊藤くんもいないし……。 「あー見てこれ」 (ば、バレた!?) 一人が私を指さし近づいてくる。周りもついてくる。私は笑顔で彼女らを迎えることしかできなかった。 「可愛い~」 (へっ!?) 「マジー、すっげ綺麗ー」「撮っちゃお~」 彼女らは朗らかな笑顔を浮かべながら、私と周囲の人形たちを称賛した。綺麗だ、可愛い、センスがいい、私も欲しい……。 すっかり毒気を抜かれた私は呆然としながら魔法少女のフィギュアを演じ続けた。やがて彼女たちが去ると、緊張の糸が切れて、ドッと疲れた。どうじに安堵した。よかった。バレなかった。 そしてアクセサリーを数点購入して店を去っていく彼女たちの背中を見送りながら、ちょっとした優越感のようなものも感じた。あんなに日ごろ私をブスブス言っていたのに可愛いだって! (フフッ) きっとあいつらは思いもよらないことだろう。お洒落なお店に飾られていた可愛いフィギュアが、自分がいじめていた根暗女だったなんて。あいつらにさえ決して着れないようなフリフリのドレスだって、今の私なら着れちゃうんだよ。あの中の誰も、この人形たちと並んで遜色ない存在になんて絶対なれやしない。 またお店に来ないかな。私は一転してそんなことを思うようになった。その時はもっと可愛い服を着て、あいつらに最高に可愛いって思わせてやりたいな!

Comments

Anonymous

とても素敵な物語で、自分の幸せはいじめっ子たちへの最高の反撃です:)

opq

感想ありがとうございます。気に入っていただけたようで嬉しいです。