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「みんなー、今日は私のライブに来てくれてありがとー!」 小百合はステージの上で観客相手に叫んだ。小さくなっている分声は小さい。続けて女児向けアイドルアニメの曲を踊りながら歌いだす。いや踊りと言っても到底ダンスと呼べるようなものではなく、適当にステップしたりグルグル回ったりしているだけだ。まあ狭いからな、玩具だし。 しかし数秒もすると俺はいたたまれなくなって叫び返した。 「なんで俺の部屋でやるんだよ!?」 「だって自分の家で一人でやってたら恥ずかしいし!」 「俺の前でやるのも恥ずかしいだろ!」 「今は人形だからいーの!」 小百合はピョンピョン跳ねながら答えた。顔は真っ赤に染まっている。やっぱはずいんじゃねえか! 聞いてるこっちも我慢できなくなるぐらいなのに、ったく。高校生にもなってアイドルごっこはねえだろ、しかも人前で。と言いたかったが、30センチ足らずのフィギュアになっている小百合は派手なアイドル衣装がよく似合っているように見えてしまう。樹脂のような質感を持つ肌、アニメキャラのようにデフォルメされた顔、一塊になったカラフルな髪パーツ。小さいということは可愛いということなのだと古文の時間で聞いたような気がするが、実際その通りに思える。悔しいから絶対本人には言わないが。人間の時にあんな衣装を着てアイドルごっこしていたら間違いなくそっ閉じ案件だが、小さなフィギュアになっている今の小百合なら何となく許せる感がギリギリ感じられる。 ピンク色を主体にしたプラスチック製のステージは、本来小さい女の子向けの玩具だ。それに俺と小百合が紙と段ボールで色々改造したもの。それをステージにしてあいつは遊んでいる。人形になって遊ぶのはいつものことだが、今日はまた一段とキツイ。自分の家自分の部屋でやってほしいが……人形化するには俺がいないといけないからな……。 俺は昔から不思議な力を持っていた。人間を人形に変える力だ。手を触れて能力を発動すれば、相手の人間は30センチ足らずの人形に変身する。見た目はアニメっぽいフィギュアに変換され、中々可愛らしい姿になることが多い。着ていた服、つけていたアクセサリーもフィギュアの服装のような質感と色合いを持った状態で縮む。髪の毛も彫刻やフィギュアのように、塊にそれっぽい形状をつけて表現した風になるのだが、触ってみると普通の髪のようにサラリと指が通る。どういう物理が起こっているのか俺もわからないが、まあとにかくフィギュアみたいな人形に変わるのだ。小百合は俺の家の隣に住んでいる幼馴染で、俺の力を遊びに利用することが多い。特に用事がなくとも俺の家に入り浸り、人形化したままダラダラ過ごすことも。俺の部屋の一角にはピンクのプラスチックでできた小さなクローゼットがあり、そこにはあいつの小さな着替えがたくさん詰まっている。俺の部屋はあいつに一部を占領されているのだ。今回ステージでさらにそれが拡張された。 小百合は歌うのはやめたがステージの上でくるくる回ったりマイクの玩具をもってポーズをとったりして遊んでいる。高校生になってすることかよ、と思うが、人形のしていることだと思うと許せてしまう感じは正直ある。本人も以前言ってたが。 小百合の「ライブ」を見ている観客はぬいぐるみがほとんど。他には着せ替え人形、キーホルダー、貯金箱、消しゴム、紙相撲の力士等々。やれやれだ。 こっぱずかしいアイドルごっこから気をそらしながら宿題をやり終えた俺は、一時間が経過していたことに気づく。そろそろ元に戻すか。俺の人形化はちょっとした制約があり、約一時間経たないと元に戻せない。まあ厳密に一時間きっかりというわけではなく、40分でいける時もあれば、70分要する時もある。体感、体の調子がいい時ほど早く戻せる気がする。逆に体調がすぐれない時は時間がかかる。 踊りつかれてぬいぐるみに寄りかかり、ウトウトしている小百合に近づき、俺は人差し指を頭の上に添えた。力を発動すると小百合の全身が白く輝き、そのシルエットが見る間に巨大化していく。すぐに等身大の人間サイズに膨れ上がり、白い光が消えて小百合が姿を現した。数秒間俺と顔を合わせた後、あいつは真っ赤になって叫んだ。 「なんで今戻したの! 着替えてないのにー!」 小百合は両腕を交差させて自分の体を抱くようにして背を向けた。さっきまで着ていたアイドル衣装も同時に人間の衣服化して、今の彼女は「アイドル衣装を着た高校生」になっていまっている。こうなると痛々しさや面白さの方が勝つ。俺は存分に小百合をからかった。流石に人間の時にこんな格好を、それも同い年のクラスメイトの前で見せるのは恥ずかしいらしい。このタイミングでの弄りは最近なんだか楽しくなってきた。 「あーもー! 元に戻して!」 「戻したろ」 「人形に! 戻して!」 仕方なく俺は小百合の頭に手を乗せ、再発動した。真っ白な光に包まれた小百合のシルエットは見る間に縮んでゆき、デフォルメされたアニメキャラのようになった小百合が床に座り込んだ状態で現れた。小さくなったのと、フィギュアみたいな見た目になったことで、派手なフリフリ衣装も幾分違和感がなくなった。小百合は「ふんだ」と小さく呟き、小さな専用クローゼットの方へ歩いて行った。まあ今着替えても人間に戻せるのはまた一時間後なんだが。 「ねえ、今日泊っていい?」 「はぁ? すぐ隣だろ」 「いーじゃん、最近してないし」 そりゃ小学生の時はよくしてたけど、もう高校生だぞ俺たちは。いいのか? と言いたいが、言い出せなかった。まあフィギュア状態なら別にどうってことないか……。連休だしな。 俺の部屋の隅っこ、ファンシーで可愛らしい小物やミニチュア家具が占めるエリア。中学までは連休や金曜の夜、あいつが人形化したまま寝泊まりすることがちょくちょくあった。小学生のころは俺のベッドで一緒に転がることもあったが、中学からは流石に離れて寝ている。高校生の男女が同じ部屋で寝るのはどうなんだと思いつつも、小百合も双方の家族も特に何も言わずあっさりオーケーするので、人形パワーの強さを改めて再確認する。人間なら許されないことでも小さなお人形なら許されてしまう、そういう力学があるらしい。 白とピンクの水玉模様のパジャマ……多分小学生時代に人形化したままそれっきりの服に袖を通し、小百合はタオルベッドの上にダイブした。フィギュア用のベッドは用意していないので、畳んだタオルの上に寝ることになる。何だか懐かしく感じる光景だった。確かに久々だもんな、こっち泊るの。 掛け布団もタオルだが、こっちは薄手のきめ細やかなタオルだ。セッティングは俺が行う。行わされる。当然のように無言でそれを待っている小百合に少々イラっとするが、笑顔で楽しそうに就寝を待つあいつの姿は子犬のように可愛く見えてしまう。まあ顔もデフォルメされてるしな……。人間状態で同じ態度とられたら一発入れてやりたくなるが。 布団をかけてやると、俺は周囲にぬいぐるみを配す作業に移った。狭く感じる俺の部屋も、30センチ足らずに縮んだ身からすると、酷く開放的で広すぎる空間に感じてしまうらしい。寂しくて泣いてしまったのは小学生のころだったか……。それ以来は近くにぬいぐるみを置いてやるのが習慣になっている。小さなお人形の周りにぬいぐるみを置いていると、まるで男子高校生たる自分がままごとをしているかのような錯覚を起こし、いたく羞恥心が疼く。ニコニコとそれを待っている小百合の顔を見るとお前は赤ちゃんかと突っ込みたくなってくる。全く。 主なぬいぐるみを配置し終えたら、空いたスペースにもっと小さな仲間を配置してやる。キーホルダー、消しゴム、指人形等々。やれやれ、付き合う俺も俺だな……。この消しゴムも小学生時代のやつだが、いつの間にか小百合の人形世界のモブに加わっている。多分床に落としたせいだろう。覚えてない。 「おやすみー」 「おやすみ」 部屋の明かりを落とし、俺が布団に潜るとしばし静かな時間が流れた。それから小百合が小さな声で他愛のない話を始め、それに適当に受け答えしている間に、俺の意識は次第に夢の中に落ちていった。それは何故だか心地よい眠りだった。 目覚ましのない起床はいいものだ。休日の朝サイコー。だらしなく体を掻きながら大きな欠伸をした瞬間、今朝は一人じゃないことを思い出し、俺は少し気恥ずかしい思いをすることになった。小百合はもう起きていて、タオルの上にぺたんと座り込みながらこっちを見てニヤニヤと腹の立つ笑顔を浮かべている。くそ。宿題もしてねえくせに。 人間に戻してやると、水玉パジャマのまま巨大化した小百合が目の前に現れた。あいつはちょっと頬を染めて顔をそらし、照れ笑いしながらそそくさと部屋を出ていった。くしゃくしゃの髪はいつもより一層クシャクシャだったが、不思議と汚らしくは感じなかった。人間の時ももうちょい身だしなみに気を遣えばいいのに。そうすればもっと……。いや、人間の時に平気でフリフリの服着るようになられても困るな。……なんで俺が困るんだ? 一旦小百合が家に帰った後、スマホにメッセージが届いた。小百合ではなく、栢森さんの方だ。彼女は長身のスラっとした体型の持ち主で、小百合とは正反対の容姿を持った美人だ。可愛い服よりも綺麗なかっこいい服の方が絶対に似合うだろうが、可愛い服も着てみたいと言って、俺に人形化を頼んでくることがあった。今日遊びに行ってもいいか、というメッセージ。思いがけず可愛い服をもらったので、人形になって着てみたい、と。別に一人で家で着ればいいんじゃないかと思うが、まあ小百合がいい歳してアイドルごっこするのと同じようなもんなのかもしれない。栢森さんにとっては可愛い服を着ることがそれに相当するのだろう。 昼過ぎに彼女を出迎える。一見すると男っぽい格好だがモデルのような体型とマッチしてスマートに見える。これがこれから可愛らしいフィギュアになろうっていうんだからわからんもんだ。 俺の部屋に通し、俺は部屋を出る。着替えてから人形化する……のだが、俺は小百合のステージとお泊りセットが出しっぱなしだったことに気づき、なぜか冷や汗をかいた。いやなんで冷や汗かかなくちゃならないんだ俺が。どうでもいいだろ。小百合が俺の人形化能力で遊んでることは彼女も知っているんだから俺がままごと趣味を持っていると誤解されることはない……はず。 フリルとリボン満載の可愛さ全振りドレスの栢森さんは、瞬時に顔を赤くして視線を下に向けた。綺麗だった。思わずつばを飲み込む。急いで頭に手を置き、人形化する。するとお姫様のように美しいフィギュアが俺の部屋の床に姿を現した。 「ど……どう、かな?」 「あー、いや……綺麗、かな、すげー」 着ている服も体型も同じなのに、アニメ調の顔と樹脂みたいな質感を手に入れただけで、だいぶ印象が変わって見える。しかし子供っぽい小百合とは全く異なり、人形化しても栢森さんは「綺麗」としか言いようがない仕上がりだった。同じフリフリなのに美しく見える。勿論可愛くもあるけど。 「ところであれ、明庭さんの?」 空気がほぐれてきたところで、彼女が尋ねた。ステージだ。目立つしそりゃあ気になるよなぁ……。 「そうなんだよ、あいつがアイドルごっこしたいって」 「あ、やっぱり?」 栢森さんはクスクス笑った。おい小百合、馬鹿にされてるぞ。と思った瞬間、栢森さんはドレスの裾を持ち上げながらステージの方へ歩き出した。 「私もいいかな?」 「えっ」 別に断る理由もないのでそのまま受け入れてしまったが、意外だ。女子みんなやりたがるのか? 小百合が昨日着ていたアイドル衣装。栢森さんが着ると小百合とは違い、何だか締まって見えた。サイズの違いからか、ややミニスカ化して見える。それがまた衣装が決まって見えることを助けている。幼児のごっこ遊び風だった昨日と異なり、何だかマジのアイドルライブ感すら漂う。着る人が違うだけでこうも変わるのか。……が、着てステージの上に立って回って見せただけで、流石に歌いだすことはなかった。今度カラオケ行こうね、と言って彼女はそそくさとステージ裏に隠れ、元のドレスに着替えだした。 残念だなぁ、見たかったなぁ、と思う自分に衝撃を受けつつ、俺は割と正直に彼女を称えた。よく似合っていた、アイドルみたいだった、と。昨日は聞いてるだけでマジ恥ずかしくていたたまれなかったのに。不思議だ。 晩、入れ違いになった小百合はなんで呼ばなかったのかと怒り、ふてくされた。そしてステージを使われた(立っただけなんだが)ことを知るとますます不機嫌になった。補填(?)を要求された俺は、今度三人でカラオケいかないと栢森さんを誘うことを半ば強要される羽目に。あーもう、なんで俺がこんな……。 「ステージ持ってこステージ」 「いやっ……マジで勘弁してくれ……」 「あっそうだ、私ら人形化していけば安く」 「いや、ダメだろそれは」 いつもと大して変わらない時間が過ぎていく連休中日。それは楽しさと億劫さが同居する不思議な時間で、心落ち着く日常だった。

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