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「わぁかわいいー、よろしくねー」 巨大な子供の瞳が私を見下ろす。可愛い姪っ子のはずなのに、私の本能は恐怖するばかりで体を縮みあがらせてくる。固い笑顔で挨拶しながら、私は姉の方を見た。少し離れた位置に立つマンションのように大きな姉。可愛い小動物を見て癒やされている時の表情で娘と妹の挨拶を眺めている。私は不安でいっぱいだった。大丈夫かな、この歳の子に私を……その、任せて。彼女はまだ幼稚園児。それも年中になったばかり。身長30センチ程度の自分では、子供の力にすら抵抗できない。 女性ばかりに発症している奇病、縮小病。私はその病気に罹り、身長が五分の一にまで縮んでしまった。なんとかそこで縮小は止まり、退院することになったのだけど、もはや働き先もなく、こうして姉夫婦のお世話になることになったのだ。 挨拶もそこそこに、姪は私を突然つかみ上げた。 「ひゃっ!?」 まだ幼児なのに大きな手。私はあっという間に身動きがとれなくなり、足は宙に浮き、そのまま勢いよく中空をばく進する羽目になった。頼りない子供の握力だけが命綱の、恐怖のジェットコースター。リビングから子供部屋にたどり着くまで、まるで生きた心地がしなかった。落ちたら、放り出されたら。それに激しく上下するもんで、かなり気分も悪くなる。巨大な子供というのがこれほどまでに恐ろしいとは思わなかった。床に下ろされた私はへなへなとその場に座り込み、注意しようと試みたが、おもちゃ箱を漁る彼女の耳には届かないようだった。小さくなった分、単純に私の声が小さくなっているのか、尊重すべき存在だとも思われていないのか……。意気揚々と目の前に広げられた着せ替え人形の服を見るに、多分後者だろう。まだ小さい子供だからこそ、本能的な態度が大きく出てしまうのかもしれない。大人の私ですら、大声を叱りつける勇気も出ずに、こうして従順に人形遊びにつきあおうとしてしまっているのだから。数倍のスケール差というのは如何ともしがたく、私は自分でも驚くほどに従順になってしまっているし、この子も姉夫婦も私と接する態度はペットの子犬かなんかのような態度だ。 「はい、脱ぎ脱ぎしましょうね~」 私は万歳させられて、病院から支給された真っ白なワンピースを奪われた。私の唯一の服。30センチの成人用の服なんてそこらには売ってないからだ。もう二度とファッションなんか楽しめないのかと絶望したのは身長が一メートルを割った時だったっけ。しかしだからといって、マジックテープで留める粗雑な作りの着せ替え人形の服が嬉しいとはまったく思わない。そこら中チクチクして着心地は最悪。人形の着心地なんかメーカーの人たちは考えたこともないだろう。ゴワゴワしていて「服を着ている」という感覚すらあまりない。服っぽい形の布を巻いているという感じ。そして見た目は……最悪。派手な原色、或いは淡いパステルカラーで構成された装飾過多な衣装は、明らかに成人女性の着るものではなかった。小さくなったからといって、私は若返ったわけじゃない。鏡に映るのは粗雑なアイドル衣装を着たすっぴんの成人女性。周囲の巨人たちにとっては小人なぶん補正がかかるかもしれないが、私の視界に映る私は、昔と変わらぬ等身大。かなり痛々しい。そして恥ずかしい。 姉夫婦は入ってくると、ますます私は惨めになって、顔をなかなか上げられなかった。姉も可愛いーと持て囃すばかりで、姪をとめようとはしない。続けて姪は私に踊るよう言ったが、それは流石に固辞した。 「えーなんでー、踊ってよーねー」 「だ、だめっ、それは無理っ」 冗談じゃない。そこに義兄もいるっていうのに。ていうかこの服、動きづらいし。ただ突っ立っているだけでもチクチクザラザラして、体が傷だらけになってしまいそう。下着が欲しくなる。それすら贅沢な望みだというのだろうか。ただ小さくなっただけで……。私が何したっていうの。 姪から解放されてもなお、苦労と絶望の連続が私を襲う。まずトイレ。30センチの私が常人用の家庭トイレを使うのは相当の困難を伴った。端っこにたち、慎重に慎重に……位置と姿勢を探る。落っこちてしまいそうだ。想像するだけで泣きそう。トイレに全身落ちる心配なんて生まれて初めて。しかし安全マージンをとれば便座におしっこが……。姉夫婦にこぼしたおしっこの処理をお願いする想像をすると、これもまた胸を締め付けられる。嫌だ。それに今回は小さい方だからまだ何とかなるけど、大きい方は……どうしよう。まさか姉に持ってもらいながら空中で……うう、嫌だ。この歳で要介護なんて。意識もハッキリ、体だって動くのに。ただサイズが違うってだけなのに……。生理現象を満たすためのトイレが私を阻む。私はもう「人間」じゃないんだろうか。 お風呂もお風呂で、お湯につかるだけ。姉のシャンプー類は縮んだ私には刺激が強いからと使わせてもらえない。湯船は到底足がつかない深さだし、そもそも登れない。シャワーですら自力じゃ使えない。姉は「一緒にお風呂なんていつぶりかしらね~」などと楽しそうだったが、いいシャンプーやボディソープをこれ見よがしに使う巨大な姉を見上げながら、風呂桶にちょこんと座っている自分があまりに惨めだった。ファッションどころか、肌の手入れですら遠い異世界の出来事となりつつある。そしてその異世界が目の前にあるのに、私もそっち側に存在だったのに、もうこの境界線を乗り越えることはできないのだ。一生、こんな惨めな生活を送らなければならないのだろうか。元気な姉夫婦、育っていく姪っ子を前にしながら。それも家事すらこなせない、まるっきりのお荷物として。 タオルのベッドの上に寝転びながら、私は退院後最初の一日を終えた。明日も明後日も、こうして終わっていくんだろうか。姪に人形として遊ばれ、姉の介護を受け、私は仕事も家事もできずに居候……。彼氏も作れない、結婚もできない。最悪……。 絶望に胸を締め付けられながら、私は眠りに落ちた。夢の中で、私は縮んでいなかった。 鬱屈とした数日の後に、姉が一応の解決策を見つけてきた。フィギュアクリームという肌色のクリームを全身に塗りこめば、トイレに行かなくてもよくなるというのだ。なんならお風呂に入らなくても清潔だとか。本当だろうか。 そのクリームは本来フィギュアに塗るためのものらしいと聞き、人間に塗って大丈夫なのか不安になったけど、ネットで調べさせてもらうと意外と先駆者が見つかった。満更嘘でもなさそう。でも全身にフィギュアクリームを塗った縮小病の人たちは、皆一様に樹脂のような質感の体に変貌していた。アニメキャラを模したフィギュアが生きて動いているようにしか見えず、フェイク動画ではと疑ってしまう。光の加減によってはテカテカのCGモデルのようにも見える。全身が均質な肌色一色に染まり、作り物のように見える。本来はフィギュアに塗ることで折れた箇所を修復したり艶を出したりするために使うクリームらしい。そしてその中には手垢や油といった汚れを分解するナノマシンが配合されているため、縮んだ人間なら汚れの分解が間に合ってしまうのだとか。 「これ、本当に大丈夫?」 よくわかんないけど、塗料を全身に塗るようなもの、ってことでしょ? それも敏感な部分に厚く塗りこめるなんて、不安でしょうがない。 「平気へいき! 私に任せて!」 圧倒的な巨人の圧は私の本能に訴えかけ、反抗の気力を見る間に削いでいく。お荷物ニートであることの負い目も相まって、私はあっけなく姉の提案に乗ることとなった。……最も、本当は嫌なのかと言われれば違う。動画や写真に出てきたクリーム人間たちは、皆とても綺麗だった。アニメの世界から抜け出てきたかのように。荒れた肌にすっぴんで人形用のアイドル衣装を着せられた自分の姿を思うと、彼女たちに対して憧れを抱いてしまうところもある。もしも本当に自分がフィギュアみたいに綺麗になるのなら……あの派手な痛い衣装も似合うようになるかも……? いや別に着たいわけじゃないけど。ただ痛々しさが軽減されるだけでも気が楽になるよ。 肌色のクリームをお湯に溶かし、少し粘り気のある肌色の湯船が出来上がった。その光景はまるで人間を溶かしてしまったかのようで不気味でもある。 「ほらほら、入って入って」 観念してクリームの海に私は足を踏み入れる。そこからゆっくりと腰を落とし、胸まで肌色の湯につけた。粘性のあるお湯が全身にまとわりついてくる。奇妙な感覚だった。波も立たないのにお湯が動いている。次第に肌全体にくっついてくる何かを感じるようになった。フィギュアクリームが私の全身に沿ってコーティングするかのようにまとわりつき、這いまわる。クリームは自動的にフィギュアの形状を検出すると書いてあったけど、どうやら私の体を修復すべきフィギュアと判断したらしい。肌色のお湯は私の体をゆっくりと包み込むようにまとわりつき、つま先から胸まで余すところなく、ピタリと張り付いてくる。 「ほら顔も顔も」 姉の言葉に従い、私は顔も……髪までドップリと肌色のお湯の中に浸した。顔面に張り付いてくるような感触。肌にそって隙間なくピッチリと、何かが……這いまわる。髪の毛も段々重くなり、ついにすべてが浮力を失いお湯の中に沈んだ。動画で見た人たちの髪はひとつの塊みたいになっていたっけ。一本一本髪が分かれているのではなく、切れ込みをいれて形状で表現するフィギュアや彫刻のような髪に。 お湯から上がると、姉が仕上げと称して私の胸と股間に指でさらなるクリームを追加した。テカテカと輝く肌色のクリームは私の肌と融合し、継ぎ目なく乳首を覆い隠していく。私は胸が膨らんでいることに気づいた。クリームは私の乳首を消してしまうことに決めたようだ。人形に乳首はないからだろうか。ちょうど私の乳首が埋まる程度に胸が増量され、私の胸はツルツルとした曲面に仕上げられた。乳首のような突起はない、滑らかな曲面に。 股間も同じような現象が起こった。股間の穴という穴が埋められてしまい、まるでマネキンのようにのっぺりとして平坦な、ツルツルの何もない股間が誕生した。私の体には、もはや隠すべきものもない、見事な全年齢ボディになってしまったのだ。 (ほ、本当に大丈夫?) ウンチもおしっこも……。全部埋まっちゃったけど、大丈夫だろうか。その答えは鏡が教えてくれた。姪の持つお人形たちよりもツルツルとした均質な肌を持つ、生まれ変わった私の姿。動画でみた彼女たちと同じ……いや生の迫力はそれ以上だった。私が動くと、鏡の中のフィギュアも動く。顔もデフォルメされたような印象になっている。私の手や腕には皺も染みも産毛もない。血管すらも見えはしない。樹脂のような質感を放つ新たな肌が、私の全てを覆いつくしている。このクリームの効果が本物であると、鏡に映る「美少女フィギュア」は誰よりも雄弁に物語っていた。 「んもークルミ可愛いー、綺麗ー」 姉は興奮して写真をパシャパシャ撮り始め、私は真っ赤になってそれを拒まなければならなかった。クリームでコーティングされた偽者の肌とはいえ、感覚的には全裸を撮られているのと変わりない。たとえ、乳首もあそこもない全年齢裸体だったとしても。 その日のおままごとは、いつもよりは乗り気でつきあえた。姪はフィギュアのように変貌した私に驚き、喜んだ。いつも以上に積極的に着せ替えを行い、私を玩具に使った。それを嬉しいとは思わないけど、昨日までとは打って変わって派手な衣装、現実ではまず着れないような可愛い衣装もそこそこまあ……いけなくもない感じに着こなせたので、私も気分がよくなった。相変わらず着心地は最悪だけど。踊ったりプリガーごっこにつきあったりは流石に無理だけど、軽くポーズぐらいはとってあげた。クリームは私の全身を綺麗に包んでいるのに、どれだけ体を動かしても突っ張ったりどこかが欠けたり、変に盛り上がったりすることもなく、スムーズに体の動きに合わせてくれる。これもナノマシンとやらの力なのだろうか。調子に乗っていつもよりかわい子ぶってしまい、夜にタオルの中で悶えてしまったこと以外は、フィギュアクリームは完璧に動作してくれた。 その日以来、私はトイレに行かなくなった。感覚すらもないままに、クリームは私の体から出る汚れを全て綺麗に分解してくれるらしい。お風呂に入らないのは気持ち悪かったので最初は入れてもらっていたけど、それも段々頻度が低くなっていった。トイレにもいかずお風呂にも入らないだなんて生活は非人間的にもほどがあるのに、不思議と私は人としての尊厳を取り戻しつつあった。下の世話を人に委ねなくていいというのがこれほどまでに快適だとは知らなかった。当たり前のことが当たり前にできるということのなんと幸せなことだろう。そしてその当たり前を当然の権利のように享受し、それを自覚すらしていない姉夫婦、そして姪のことを妬ましく思う日もある。生活が楽になったから、見た目がよくなったからと言って、結局私が元の大きさに戻ったわけじゃない。一生小人のまま、それもフィギュアみたいな姿で生きていかなければならないだなんて、私が一体何をしたというんだろう? 姪の遊び相手を務めながら、私は小人としての日々を過ごしていった。クリームで顔の細かな特徴が埋没し、均質な肌でデフォルメされたかのような顔に上書きされたことで、私の印象は相当若返って見えた。中学生ぐらいに見えるかも。文字通り「美少女フィギュア」と言って過言じゃない。そのせいか、姪は勿論姉夫婦からの扱いも日に日に成人女性に対するそれではなくなっていった。以前も子犬扱いは酷かったけど、最近はすっかり幼児扱いも増えてきた。幼児言葉で呼びかけてきたり、頭を撫でてきたり、ほんのちょっとしたことで可愛いとかよくできました~と褒めてきたり。姪ですら私に対してはそういう態度を取ってくるので、私はすっかり大人としての尊厳を失いつつあった。トイレが大丈夫なだけでは、やっぱり「大人の人間」として認めてもらえないらしい。小さい、生物としてのスケールが違うというその一点は、他の全てに増して影響力が大きいらしい。いよいよ周囲の圧力に負けて、私の方も半ば当てつけ気味に幼児みたいなぶりっ子言動をとって見せることも増えてきた。しかし誰もそれをネタだとすら認識せず、本気で可愛いと言ってくるので、私だけがダメージを受けて赤くなる、そんなことの繰り返しだった。 姪の誕生日、人形用のいろんな玩具が増えたことで、私の立場はますます苦しいものになった。 「見て見てクルミちゃん。これなーんだ?」 「ライト?」 ピンク色のプラスチックでできた安っぽい懐中電灯のような玩具。姪が私に向けてそのスイッチを入れた瞬間、信じられないことが起きた。 「……っ!?」 瞬時に全身が硬化し、私は指一本動かせなくなってしまったのだ。 (な……何!? 体が……動かないっ!?) つま先から指先まで、すべてがまるで一塊の石材に変換されてしまったかのようだった。筋肉の筋一本たりとも動かせない。いや、動かすという意思を伝達することすら封じられている。私の体は最初からこのポーズで成形されたフィギュアかのようだ。ほんの数秒前まえまで自分の体が動いていたということが信じられなくなるぐらいの衝撃的な体験だった。ピクリとも動けない。視線すら固定され、ジッと同じ場所を見つめたまま、私は時間を止められていた。髪の毛ですら、振動に揺れることなくカチカチに固まってしまっている。 「これねー、ポーズライトってゆーの!」 姪曰く、これは人形のポーズを固定する効果をもったライトらしい。う、嘘。どうしてそれが私に効くの!? 私は人間なのに! もう一度ポーズライトを浴びると、瞬時に体が解凍された。私の体に筋肉が、骨が戻ってきた。何事もなかったかのように。 「あ……」 私は思わず縮みあがり、後ずさりした。さっきの恐ろしい感覚が忘れられない。あんな安っぽい玩具の手で、私の自由全てが封じられてしまうなんて。で、でもこんなのおかしいよ。どうして私が人形と同じように固まってしまうの? 続けて、彼女はまたしてもプラスチック製の安っぽいリモコンを取り出した。それが私に向けられると、私の手足が突然勝手に動き出す。 「ひゃあっ!?」 こ、今度は何? やめて。私は姪の大好きなアニメキャラの決めポーズをとらされた。現実ではまずお目にかかれないようなぶりっ子ポーズ。必死に抵抗しようとしたけど、手足はプルプルと震えるばかりで、リモコンによる操作に抗うには根本的に筋力が足りなかった。 続けて顔の筋肉までもが私の支配下から奪われ、ひとりでに満面の笑顔を作らされた。 (やめてぇ) 唸ることすらできぬまま、私は可愛らしいぶりぶりのポーズと表情を強要され、再度ポーズライトを浴び、そのまま固められてしまった。 (うそぉ! やだ! やめてよこんなの!) 冗談じゃない。こんなポーズしてるとこ誰かに見られたら……。そこに姉が入ってくる。 「どう? プレゼント」 「うん、ママありがとー」 (お、お姉ちゃん、助けてっ) 必死に心の中で助けを求めたが、姉は全身全霊でポーズをとったまま固まっている私に大した興味を持っていないようだった。妹が一ミリも動かないままカチコチに固まっているのに、おかしいとは思わないわけ? 姪は他の人形を使って一生懸命新しい玩具の説明を姉にし続けた。人形たちがポーズをとっては固められていく。私と同じように。私は焦った。だって正真正銘の人形たちと、私の反応が全く同じなのだから。私という存在はもはや人間界のものでなく、人形の世界の仲間入りを果たしたのだと言われているように感じて。 「あらーすごいわねー」 す、すごくないっ。いやすごすぎる。人間にまで効果があるだなんて! ……いや、ひょっとして……。このクリームが!? そうだ、原因はそれしか考えられない。でも、全身は芯から固まっている。ようにしか思えない。表面を覆っているだけのクリームがどうして私の筋肉を消し去り、単一な樹脂の塊みたいに変換してしまえるんだろう? (んっ、んー、ああっ) 必死に動こうとしたがダメだ。体が全く動かせない。もしかして、姪がポーズライトを浴びせない限り、私はどれだけの時が経とうとも二度と動き出すことができないんだろうか? 徐々に焦燥感が募る。そんな……まさか一生このままなんてことは。 ようやくポーズライトが照射され、私は体の自由を取り戻した。しかし今や私の体の支配権は私の脳ではなくあの玩具たちにある。その事実がどうしても受け入れられなかった。 私は姉に向かって訴えた。あのポーズライトを私に浴びせるのをやめさせてほしい、と。 「あら、ほんと?」 しかし逆に姉の好奇心を刺激するだけに終わってしまったらしく、今度は姉の手によって私は物言わぬ本物のフィギュアに変えられてしまった。 (ちょっとぉ!) 「へー、すごいじゃなーい」「でしょー」 (やっやめてよー! 元に戻してー!) 微動だにしなくなった妹の心配など微塵もせず、私にも効果を発揮するライトとリモコンに姉は感心するばかり。ポーズ状態を解かれると今度はリモコンで恥ずかしいポーズをとらされる始末。懸命に抗議するが、笑顔でノリノリでポージングしながら嫌がるセリフを発しても、それは何らの迫力を持たなかった。それどころか照れ隠しとすら思われたようだ。 「もー、そんなこと言ってー、ノリノリじゃーん」 「だからっ、これはお姉ちゃんがリモコンで……っ」 再びポーズライトが発され、私は笑顔で媚び媚びのポーズをとったフィギュアと化してしまった。指一本動かせない。うめき声すら出せない。 (ううーっ!) 私は笑顔を崩すこともできず、静かに可愛らしいフィギュアとして次なる弄りを待つしかなかった。 その日から生活は一変。つきあってあげていたお人形遊びは、拒否権のない「つきあわされる」ものへと変わり、私は強制的に可愛いポーズや恥ずかしいポーズをとらされては、その痴態を固められて保存されてしまう屈辱的なものになった。せめてもの抵抗としてポーズは自分でとると言っても聞き入れられず、リモコンで操られるばかり。本当に自分の意志で動けなくなってしまうのだと姉夫婦に訴えても、ピンとこないらしく、真剣には取り合ってもらえなかった。皆わからないんだ。縄で縛られるのとはわけが違うんだって。 姉が撮った写真をみると、真剣に聞いてもらえない理由が私自身何となく理解できてしまうので、ますます私は困ったことになった。全力のポージングで、満面の笑顔や元気いっぱいのウィンクをしている、フィギュアのような肌を持つ自分の写真。ノリノリにしか見えない。それがリモコンで強制しているものだと頭ではわかっていても、小さな私がノリノリにしか見えない状態だと、そっちに引っ張られてしまうらしい。 それに、安っぽいプラスチックの玩具が人間に対して生死に関わるような効力を発揮するのだという事実も、姉夫婦がピンとこない原因の一つかもしれない。私が遊び相手として姪に構ってあげている……どことなくそんな風に思っているところもあるのだろう。 姪にとっては、クルミちゃん=人形だという印象をますます強める結果となった。当然だろう。人形用の玩具が人形と全く同じように効力を発揮するのだから。見た目もフィギュアの質感で、サイズもお人形となればそれはもう……。とうとう姪は一線を乗り越え、人形用の染料で私の髪の毛を染め上げてしまった。……綺麗なピンク色に。 「かわいいー」 「や、やだー、元に戻してっ」 私は泣きたい気持ちを必死にこらえながら姪に懇願した。冗談じゃない、この歳でこんな鮮やかなピンク色に髪を染めるだなんて。これじゃあ本当にアニメのキャラみたい。今の私をみて、縮んだ人間だと思う人は誰もいないだろう。 だが私の願いは聞き届けられず、腰に大きなリボンのついたピンク色のドレスを着せられ、髪にはこれまた現実ではありえないサイズの白いリボンを装着される。例によってリモコンで可愛らしいポーズを、心からの笑顔を強制され、そのままあっけなく固められてしまった。 (ああっ、そんな) いくら見た目が美少女フィギュアだとしても、人前でこんな格好したくない。ましてや親族、ましてや幼児の前で。 「ママーみてー」 姪は石像のように固まった私を掴み上げ、姉に見せに行った。 (や、やめてー) 心の中で叫んでも、私は媚びたポーズを変えることはおろか、可愛らしい笑顔を崩すこともできない。どう見てもノリノリにしか見えないどピンクフィギュアと化した私を姉は絶賛し、私は羞恥の中で一人悶え苦しむ羽目になった。 固まっている間、私は動くことも喋ることもできない。それがますます私の立場を「人形」に近づけていくし、私と会話せずに一日を終えることを「自然」なことにしてしまう。気ばかり焦るが、可愛く固められている私は無力なお人形にすぎない。その証拠と言わんばかりに、とうとう私は「片付け」られることとなった。 ある日の夜、寝る前にお片付けをするよう言われた姪は、他のお人形たちと同じように私もつかみ、おもちゃ箱の中にそっと置いたのだ。 (えっ!?) 突然の出来事に、私は何が起きたのかわからなかった。ここは……おもちゃ箱、だよね? いや待って。私は違うよ。人形じゃないんだから。ポーズを解いて、タオルのところに連れてって。 しかし、ポーズライトで固められている私は一言も抗議の声を発することができず、おもちゃ箱から脱することもできない。ただ二人のやり取りを黙って聞いていることしかできない。……ピンクの髪で可愛らしく笑い、アイドルみたいなポーズをとりながら。 だが、姉は中々私に対して言及しない。それどころか、よくできましたーと姪を褒め、そのまま部屋から出て行ってしまった。 (ちょ、ちょっと待ってよ。私は!? ねえ!? ここから出して! ポーズを解いてよ!) だが、ポーズライトの呪縛は強く、私は可愛く固まったまま微振動することすらできず、部屋が暗くなり、姪が寝静まるのを黙って受け入れることしかできなかった。 (そ、そんなー! 嘘でしょ!?) 信じられない。まさかお人形としておもちゃ箱に片付けられてしまうなんて。しかも、姉も姪もそれに気づかない。いや、気にしない。そういえば姉と最後に話したのはいつだったっけ? 最近はいつも姪が私を固めたまま幼稚園に行くし、遊びが終われば固めちゃうし……。 (んんっ……) 久しぶりに、私はポーズライトに抵抗を試みた。しかし無駄だった。やはり私は間接一つ動かせない。石化したかのようにカチンコチンに全身が硬化している。動けない。 (そ……そんなぁ) 私はおもちゃ箱の中に立ち尽くしたまま、屈辱的な夜を受け入れるほかなかった。 朝目覚めても、私はおもちゃ箱の中だ。姪は幼稚園に行ってしまったらしい。 (あ……あぁっ) 姉が掃除機をかけに来ても、私を助けてはくれない。気にする素振りすら見せず、部屋を出ていってしまう。 (ま、待ってお姉ちゃん! 助けて! 私、固められたままなの!) 脳内でいくら叫んでも、姉妹だからと思いが通じるわけもなく、姉は私をほっといて子供部屋を後にした。おもちゃ箱の中の人形が動かないことなど当たり前だと言わんばかりだ。 (そ、そんなぁ、私……このまま待つしかないの?) 姪が帰ってきて私で遊び始めるまで、ポーズは解けない。それまでの間、私はいかなる意思表示を行うこともできない。ただおもちゃ箱の中で一人虚空に媚び続けているしかないのだ。 午後。ようやく帰ってきた姪にポーズを解かれた私は、リモコンで操られながらも早口で拒否の意志を示した。私は人間なんだから、片付けないでほしい、と。 「えー、片付けちゃだめなのー?」 「あ、当たり前でしょ! もうしないでね! ねっ」 笑顔で可愛く人差し指をほっぺたに当てながら叫んだ言葉にどれほど本気度がこもるかわからないけど……とにかく、私は姪に片付けないよう理解させることができたと感じ、ほっとした。それはそれとして人形遊びはしっかりやらされたけど。 だが、夜には姉から呼び出しがかかった。 「もうクルミ。片付けしないでいいって言ったのはほんとなの?」 「? うん」 姉は何か責めているというか、呆れている風だったが、私はしばらく彼女の真意がつかめず困惑した。え、私なにか変なこといった? 私を片付けないで、って当たり前だよね? 私、人間なんだもん。 だが、姪は私の言葉を曲解……いや、都合よく書き換えていたようだ。彼女は片付けしたくない、何故なら玩具たち……私がそう言っているからと主張したのだ。 「えー? 私、そんなこと言ってないよ。ただ私を固めたまま片付けないで、って……」 「相手は子供なんだからわかるでしょー。もっとわかりやすく言わなくっちゃー」 わ、わかりやすくって。あれ以上どういえば。 「とにかく、謝ってきなさい。ちゃんと片付けてほしい、って」 「お姉ちゃんが言ってよ。お姉ちゃんの子でしょ」 「玩具代表のクルミじゃないとだめでしょ。ほらほら」 お、玩具代表!? それってどういうこと!? 私人間なんですけど!? だが巨人につまみあげられた私は抵抗できず、子供部屋に連行された。 「えーっとね、あの……お片付けはちゃんとしなくっちゃ駄目だよ」 背後に立つ巨人、姉の圧を背中に頭上に受けながら、私は姪に向かって訂正した。 「えーでも片付けないでって言ったじゃん」 「あ、うん、それは私は片付けないでいいって意味で、他の絵本や玩具は」 「ほらー、片付けてほしくないって」 「こらっ」 姉が私を小突く。私はため息をつきながら続けた。 「……えーとね、その……『玩具たちは』皆片付けてほしいって思ってるよ」 「えー?」 「ほら、クルミちゃんもこう言ってるじゃない。お片付けしなさい」 「……はーい」 姪は渋々ながらも絵本を棚に戻し始めた。やれやれ、これで終わったかと思ったその時。ピカッと何かが光り、私は一ミリも動けなくなってしまった。 (……っ!? どうしてっ) 姪が私にポーズライトを浴びせたのだ。そして他のお人形たちと一緒に私を掴み、おもちゃ箱にそっとしまい込んでいく。 (違うって! だから私はダメなの! 玩具だけを片付けてって言ったのに!) だが抗うどころか何らの意志を示す手段もない。私はあっけなくおもちゃ箱の住人とされ、そのまま固まっていることを余儀なくされた。 姉は目の前で妹が人形としておもちゃ箱に入れられてしまったのに、注意すらせず、逆に姪を褒める始末。 (ううっ……そんな、酷いよぉ……) 芯からカチカチに固められることの恐怖と、玩具扱いされることへの屈辱。そのどちらも経験していないから、深刻に考えていないのかもしれない。私は姉に対して悪口の二つ三つ飛ばしてやりたかったが、それすら叶わない。部屋の明かりが落ち、私は再びおもちゃ箱の中で身動きの取れないまま一夜を明かすことを余儀なくされた。 (待ってぇ……私、私は人形じゃないよぉ。玩具代表にしないで……) その後も私のお片付けは続けられた。姪に片付けの習慣をつけさせるためと言って、姉は私の抗議を聞き入れなかった。そのうち私も疲れ果てて僅かな自由の時間に叫ぶことをやめてしまい、私という存在はすっかりおもちゃ箱に片付けられる存在……人形と化してしまった。他の人形たちと一緒に並んで動くこともできない。これじゃあ本当に私はただのお人形だ。 月日が経つと、姪は大人ぶってお人形遊びをしなくなった。それはつまり、私のポーズ状態を解かないということを意味している。 (お願いよ、私で遊んで。もうずっと動けないままなの) おもちゃ箱の中から懸命に訴えかけるが、姪はすっかりタブレットに夢中だ。動かないお人形のことなど眼中にない。 (や、やだぁあ、まさか……私、一生このまま動けないなんてことは) 最後に動けたのはいつだろう……。私はプリガーの衣装で可愛く固まったまま、おもちゃ箱を彩る背景と化していた。動くことも喋ることも許されない。周囲の人形たちと同じように。もうすっかり私という存在が、意志を持った人間がこのおもちゃ箱にいたことが忘れられているとしか思えない。 (お願い、もういいでしょ。お姉ちゃん、誰か、誰か助けてー! このまま人形になるなんて嫌ー!) 姪が私で遊んでくれることを願いながら、私は今日もおもちゃ箱の中で変わらない笑顔を浮かべ続けた。

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