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目が覚めると、そこにはいつもと同じ風景があった。昨日までと何一つ変わらない、自室。動くものはケイト一機だけ。私は動けない。手足はあの日以来一ミリも動かせず、視線すら固定されてずっと同じポーズで静かにたたずんでいることしかできなかった。 (ああ……) いつまでこんな苦しみが続くんだろう。誰か助けてくれる人は現れないだろうか。 かつて自分のコレクションだったフィギュアたちの隣に立ちながら、私はぼーっとケイトの上半身が横切るのを見ていなければならなかった。 私はAIで自立制御するスーパーフィギュアのコレクターだった。とはいえ好き勝手に動き回られると困るので、普段はポーズをとって所定の場所に立っているよう学習機能で調教し、コレクションルームに並べていた。そしてそれを手伝わせていたのはメイドロボのケイト。それがこんな馬鹿げた事態を引き起こすことになるなんて想像もしなかった。 縮小病という不思議な病気で体が十七センチまで縮んだ私は、帰宅後ケイトにスーパーフィギュアと間違われた。メイドロボには「小さい人間」という存在がわからなかったのだ。彼女はいつものように、「新たなフィギュア」にお決まりの改造を施した。修繕や艶出しに用いる肌色のクリームを私の全身に勝手に塗りたくり、髪を金髪に染めてしまった。樹脂のような質感を持つ、肌色一色の皮膚に生まれ変わった私の姿は、すっかり美少女フィギュアそのものに。しかも、ピンク色の甘ロリ衣装を着せられた挙句、スーパーフィギュア管理用の台座に乗っけられ、私は全てを奪われた。この台座に乗ったフィギュアはポーズをとったまま動かなくなるよう調教してあった。その学習データを移された状態で台座に乗せられた私は、身動きがとれなくなってしまったのだ。かつて自分のコレクションしたフィギュアたちが並べられていたガラス棚に、今度は自分がフィギュアとして加わった。あの時の屈辱と混乱はいかばかりか。それきり、私は金髪甘ロリフィギュアとして、自分のコレクションルームの一角を自らの身でもって彩り続けている。 (んんっ……) 固まってしまっている私の体は、どれだけ動かそうとしても動かせない。動かすという選択肢自体が体に存在しないかのように。単一の樹脂の塊にすり替わってしまったかのような感覚。 年甲斐もなく可愛らしい格好をさせられ、可愛くポージングしてガラス棚にフィギュアたちと共に並べられていると、次第に自分は本当にフィギュアなのではという恐ろしい発想が浮かんでしまうようになった。このままじゃ早晩おかしくなっちゃう。本当にどうにもならないの? 私は一生、自分のコレクションでいなくちゃいけないの? (ケイト! ケイト! 私を台座から外しなさい!) 淡々と家事をこなすメイドロボに私は何度も心中で呼びかけたが、答えてくれるはずもない。焦燥感ばかりが募る中、月日だけが過ぎていった。 今が何月の何日なのかもわからなくなったころ。家に知らない来訪者が姿を見せた。大家さんと……警察? (助けが来たの!?) そう思った私は、必死に脳内で叫んだ。 (ここ! 私はここ! 早く助けて!) だが、どうやら私の思い違いだったらしい。連絡がつかなくなり「行方不明」になった私を捜しているようだ。ケイトは私を指さし、私が私だと述べた。 (やった!) だが、それも束の間。警官と大家さんは「ダメだな」とでも言わんばかりに顔を見合わせ、ため息をついた。 (えっ、えっ、何その反応? 本当よ。私はここに……あ) その時、自分がどういう姿をしていたのかを思い出す。金髪にピンクの甘ロリ衣装。樹脂のような肌で可愛くポーズして固まっている私を。……彼らは私をただのフィギュアだと思ったのだ。 (ち、違いますっ、こんな格好してるけど! 私です! ケイトが私をフィギュアっぽく改造しちゃったんですっ!) しかし一度かかった先入観はどうやら解けることなく、二人は部屋から出ていった。あれで……私を捜しに来た人がケイトから真実を告げられたのにダメなら、一体どうしたら私は助かるっていうの!? 絶望の中、私はポンコツメイドロボットを罵った。 さらに日数が経つと、私はこの部屋を退去させられることになった。 (そ、そんな……) 勝手に運び出されていく荷物を、私は変わらない笑顔で見つめていることしかできなかった。や、やめて。私は生きてるの。ここにいるの。お願い。 「これ、どうします?」 「捨て……るのはもったいないんだろうなあ。多分」 大家さんは私のコレクションをネットで売り払いたがった。私はそれを聞きながら腸が煮えくり返る思いだった。私が一生懸命集めたこのスーパーフィギュア・コレクションを売る!? それも、価値のわからなそうなやつらにバラバラに!? 信じられない! そんなこと、絶対許せない! (やめなさい! 私の……私のコレクションよ!) だが、体は頑として動いてくれない。可愛らしくガラス棚を飾り付けていることしか。抗議など不可能だった。 (んあっ……。動いてお願い。ケイト……) 公共モードに移行され、黙って片付けを手伝っている裏切り者が、私はどうしても許せなかった。あなたさえ……あなたが私を……! 「この子、なんでしょうね? 調べても出てこないっす」 (?) 「なんでもいいよ。汚れていないし、誰か買うだろ」 巨大な顔が二つ、じっと私を見つめていた。その時、私は自分の置かれている立場をようやく真に理解した。私は私のコレクションの一体だと思われており、これからフィギュアの一体としてネットオークションで売りさばかれてしまうのだと! (なっ……!?) 全く理解できていなかった。頭では自分の置かれた状況をわかっていても、本当に、心で理解できていなかった。私は……フィギュアだということが! (ち、違う! 違うの! やめて! 私は人間! 私が春香! フィギュアなんかじゃないーっ!) だが、どうにもならない。私はあの日から一切変わらない笑顔で事態の進行を受け入れていることしかできなかった。まずい。冗談じゃない。本当にやばい。このままただのフィギュアとして売られてしまえば、取り返しがつかない。ケイトすらいなくなってしまう今、二度と元に戻れなくなっちゃう……! (んっ……あぁっ、ああ……) 必死に動こうとあがいた。喋ろうと努めた。だが表情筋の一筋も動かない。小さなうめき声すら出せない。私は私が懸命に集めたコレクションが雑に分配されて奪われていく様を、そして自分自身がそのうちの一体として段ボールに収められることを、可愛く着飾ったまま受け入れさせられた。 きっと売る際に使うであろう写真を撮られた私は、周知に悶えた。いい歳してこんなフリッフリのピンクの甘ロリ衣装を着てポーズを決めている姿がネットに晒されるなんて冗談じゃない。泣き叫びたかったが、相も変わらず笑顔のまま。抵抗の意志を示すどころか、意思ある存在であることすら示せない。私は散逸していく自分のコレクションと、ただ一介のフィギュアに変換されてしまう自分の運命に泣き、憤るばかりだった。 順次梱包され消えていく私のコレクションたち。一生懸命、お金も時間もかけて集めたのに。誰に買われたんだろう。せめて、価値のわかる人ならいいな……。自分の所有物なのに、買った相手すら私にはわからない。そして、自分もそのうちの一体として近く売られていく。それがどうしても納得できなかった。こんな馬鹿げた話ってある!? 数日のうちに私の番が来た。手に取られた瞬間、私は最後の呼びかけを行った。が、現実にテレパシーのできる人間などいない。あえなくほかのフィギュアたちと同様、梱包されて箱に詰められた。これでおしまいだ。私は正真正銘、ただのフィギュアになってしまった。だって何も知らない人にフィギュアとして売られて、何も知らない人にフィギュアとして買われたんだもの……。どうしようもない。私は完全に人間社会から消え失せ、新たにフィギュアとして再定義されたのだ。それが心底恐ろしかった。二度と人間に戻れない恐怖。人でなくなってしまったことへの根源的恐怖。悲しみの底が抜けたような絶望に打ちひしがれながら、暗闇の中で私は箱の振動を甘受した。 (んっ……) ずいぶんと久しぶりに感じる光。箱が開いた。梱包が解かれる……。ようやく着いたらしい。きっと一日二日だったろうに、暗闇で箱の中にいる時間は長く長く感じた。 (誰っ、誰なの……) 私を「買った」のは一体どんな人? 変な人じゃなければいいな。それが私の最後の望み。気持ち悪い人だったらきっと……頭がおかしくなっちゃう。 視界に入った大きな顔は、気のよさそうな青年だった。私は心底ほっとした。 (ああ、よかった……) でも、死ぬまでこの人の所有物なのかと思うと安心ばかりもしていられない。なんとかならないんだろうか……。 「ようこそ、えーと……」 「ハルカちゃん、らしいね」 「ようこそハルカ! 歓迎するわ!」 カーペットの上に置かれた私の前に、数体の人間……いや、フィギュアたちがいた。私と同じ目線。スーパーフィギュアだ。 (えっ、えっ、なんで……?) 彼女らが動いて喋ることに驚いた。同時に、スーパーフィギュアはもともとそうだったんだということを思い出し、急に胸が痛んだ。邪魔だからって、動かないように皆を調教したのは私だ……。 「オーケー。起動」 それと同時に、私はその場に崩れ落ちた。 (っ!?) 「あれ?」「あら?」 買った青年とフィギュアたちの困惑を聞きながら、私は体に筋肉が、神経が復活したことを感じ取った。そうだ。自分の体は自分で支え、動かさなければならないんだ。 一体どれだけの間、私は人形になっていたのだろう。立ち上がるのにずいぶんと手間取った。手足を動かし、重力とつり合いをとるのはこんなにも難しいことだったっけ? 「ちゃんと設定したの?」「したよ。したはずだけど……」 ようやく女の子座りができるようになると、周囲の様子を観察する余裕が生まれた。綺麗だけど生活臭のある部屋。メイドロボはいないのだろう、人がふと思い立った時に掃除していそうな部屋だ。この部屋の主人は小さなフィギュアたちと話している。 「あっ、もう大丈夫?」 「……っ」 私は頷いた。声ってどう出すんだっけ? 小さな声で「ん」というのがやっとだった。 「あはは。大人しい子なのね」「いじめんなよ」「失礼ね」 フィギュアたちは所有者である巨人と対等そうなやり取りをしている。なんで? フィギュアなのに……。いや、違う、私が変だったんだ。スーパーフィギュアは本来ああやって生きているように振る舞うのが売りの商品。これが正しい。これが大多数の人のやり方。私は……コレクターだったから。並べるだけだった。百体近くの相手なんてしてられないと。あえてそういう風にやっていた。それが自分にも……。 イキイキと動くスーパーフィギュアたちを見ていると、不意に涙がこぼれた。自分のコレクションに……彼女たちに悪いことをしていたような気がしてくる。普通に、自由にやらせてあげていれば……。私がカチコチに固まってしまうこともなかったのに。 「あれれ? どうしたの?」 「……っめんなさい。ぁたし……」 落ち着くまでしばらくかかり、その間私は子供のようにあやされていた。それがまた情けなくて、情緒を取り戻すのが遅れてしまった。青年は私より若そうだし、年下とお人形にあやされている自分が惨めで。 「わ、私……春香です。よろしくお願いします……」 ようやく心が落ち着いたころ、改めて自己紹介をした。今日からはここでフィギュアとして暮らすのか……。「先輩」たちは綺麗で優しそうだし、持ち主の人も……。私は彼の顔を見上げると急に恥ずかしくなってきた。金髪ピンクの甘ロリフィギュアであることを思い出し、羞恥心が蘇った。 (あ、いや……これは……) ケイトが勝手に着せただけ。私の趣味じゃ……。そんな痛い女じゃありません。と言い訳したかったけど、言葉が出てこない。 (いや……いや、それより) もっと言うべきことがあるでしょう。何をしているの私は。自由になったんだから。人間だって伝えなきゃ。 「あ、あのっ! 私、スーパーフィギュアなんです! ……!?」 私は慌てた。確かに人間だって叫んだはず。そのつもりだった。 「あーうん、わかってるわかってる」「うちは結構自由な感じだから。『定位置』はあるけど……。あ、あそこね」 指さされた先にはミニチュアのベッドがあった。うちとはえらい違いだ。いや! そんなことより! 「あのっ、だから、私はスーパーフィギュア……で……名前は春香……」 おかしいよ。どうして? 自分は人間だって言おうとすると、ひとりでにスーパーフィギュアに変換されちゃう。苗字も名乗れない。下の名前だけだ。 (そ、そんなぁ) しかし、同じスーパーフィギュア所有者として、すぐに察しはついた。スーパーフィギュアのAIをインストールされたからだ。所有者もきっと更新されている。私はこの青年のいうことをよく聞かなければならない。 (や、やだぁ~) 私はフリフリのスカートを弄りながら、真っ赤になって俯いた。この家の新たなスーパーフィギュア「内気なハルカちゃん」は所定のベッドを与えられ、温かく迎え入れられてしまった。 新生活は、思ったほど悪くなかった。特に酷いこともされないし、やるべきこともない。同じ背丈、同じ質感の体を持つ「仲間」たちと遊んで暮らす日々。ただ一つ不満があるとすれば、自分が人間だと言えないところ。あくまでただのスーパーフィギュアだと思われている。が、だからこそのペットのような可愛がりを、私はすっかり受け入れてしまった。この先、実は年上の成人女性ですなんて明かせばドン引きかも……。次第に私は出自を伝える努力すらしなくなった。だって、仮に伝えたところで……何か変わるわけでもきっとない。元の大きさに戻れるわけでもないしね。今の生活で不都合ないし。いやある。このまま永遠にフィギュアじゃだめだ。それはわかってる。でも、可愛いお人形たちと、その仲間として楽しく暮らす生活を手放す勇気がなかなかでなかった。 (そもそもっ……うぅ~、私もこうやって暮らしていればぁ~) 持ち主さんを見て思うのはそればかり。コレクターとして、最高の状態で最高の姿で「保存・管理」してやりたい。その一心で私はフィギュアたちから自由を奪い続けていた。もしも彼女らを自由にさせていたら? 私は私が認めた最高のフィギュアたち百体に囲まれて、かつ社会的にも人間のままで、今のこの楽しい暮らしを享受できていたのではないか? それは甘すぎる妄想だろうか。でも……。夜寝る前はいつも、後悔と懺悔が生むif妄想に耽溺してしまう。皆元気でやってるだろうか? フィギュアに元気なんていうのも変だけど。 「おはよう、ハルカちゃん」 「おはよう……ございます」 でも、これで……こっちの方がよかったかも? 彼と話すたび、彼が大きな指で私を撫でてくれるたび、私の顔はだらしなくにやけてしまう。あっという間に、私は新しいご主人様に心を許してしまった。このまま彼のペットでいたい。ずーっと可愛がられていたい。女の本能が悪魔の囁きを続ける。理性はすっかり連戦連敗だった。私が人間だと伝えないといけない、フィギュアのままじゃダメだと理性は言うも、私はすっかり幼児のごとく彼に甘えるばかりだった。 (もうっ、しょうがないじゃない。……だって、だって私は……彼のコレクションなんだからっ)

Comments

Anonymous

懐かしい物語の続き,過去のすべてをなくしましたが、今は別の生活ができます。いつか本当の気持ちを「ご主人様」に伝えられたらいいですね。

opq

コメントありがとうございます。そうなるといいですね。

rollingcomputer

最後に自分のコレクションを生き物みたいと思って気の毒に思うのがいいポイントです。人形暮らしが避けられなかったら優しいご主人様と仲間がいる方がいいですね。

opq

感想ありがとうございます。戻れないならその方がいいでしょうね。