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「あら、悪くないわね」 新しい石像奴隷は素晴らしいスタイルの持ち主だった。スラリと伸びる脚、よく手入れされた肌、艶めくブロンドヘアー。顔もよく整っている。まあ顔は石化するとあまり気にならなくなるものだけど。 屋敷の正面に伸びる庭の通路。両幅には向かい合う形で三組の石像奴隷が設置してある。どれも美しい妙齢の女性ばかりで、この辺の貴族ではトップクラスの質に違いない。空けてあった台座に石像奴隷が乗せられる。庭師の指示に従い、彼女は淡々とポーズをとる。静止した一瞬は震えたように見えた。透き通った肌もブロンドの髪も、等しく灰色の石材に変化して、彼女は我が家を彩る新たな石像となった。 私は彼女のもとへ近寄り、よく観察してみた。やはり質がいい。これなら名誉あるわが侯爵家の石像として恥ずかしくないだろう。お茶会が楽しみ。 石像奴隷は数年前から貴族社会の間で流行となっているインテリアだ。ある貴族が気軽にオンオフできる石化魔法を奴隷の首輪に組み込み、奴隷を石像として飾ったのが始まり。大抵の彫刻よりも精緻で迫力があり、何より模様替えが楽だというのが良いところだ。気軽にポーズを変えられるし、わざわざ人手を呼ばずとも、奴隷に命令すれば場所も移せる。魔法の首輪を装着された奴隷たちは主人とその配下の人間に逆らえないからだ。 そうなってくると次は「中身」にも凝りたいというのは当然の欲求だろう。石化させた時より美しく見えるような奴隷を手に入れ飾る。どれだけ綺麗な石像奴隷を飾れるかは、今や貴族同士のマウント合戦の場にもなってきている。その点今日届いた奴隷は最高。お茶会に招いた近隣の貴族令嬢たちは、正門から屋敷まで続く道を彩る石像奴隷たちに、さも興味などありませんといった風で反応をとらなかったが、一瞬の目の動きを私は見逃さなかった。この前届いた美しい奴隷の像は、間違いなく彼女たちを悔しがらせ、敗北を味わわせているに違いなかった。 (うふふ。やはりわが侯爵家が一番ね) 近隣の貴族たちの屋敷に赴いた際、そこの石像奴隷たちも横目で確認させてもらったが、うちのものより劣っているもの、飾り付けのセンスが悪いものばかり。今日のお茶会は今までで最も楽しい時間だった。誰も新しい石像奴隷に正面から言及はしないものの、その存在をしっかりと意識し、敗戦の苦渋を今まさになめているのは明らかだった。勝利の味に酔いしれながら、私たちは当り障りのない会話に時間を費やしたのだった。 だが、それが私の参加する最後のお茶会となった。出先で貴族を狙う野党に襲われた私は、敵の呪術師によって恐ろしい呪いをかけられてしまったのだ。石像の呪い。全身が服や装飾品ごと石化してしまい、通常の石化解呪法が通用しない恐ろしい術。動くことも喋ることもできず、モノのように梱包されて屋敷に帰還した時、私は怒りと屈辱で腸が煮えくり返る思いだった。特に我が家の石像奴隷たちが視界を横切った瞬間。石化した自分が奴隷たちと同じような姿になっているのかと思うと。 (み……見ないで! 見るんじゃないわよ!) 奴隷たちは飾り付けたその日から変わらぬ姿勢と表情で佇んでいるはずが、何故だか私を嘲笑しているように感じる。石像奴隷の流行に伴い、一つの変化があった。それは、「石化しているものは奴隷」というイメージがなんとなく強くなっていることだ。だから尚更、この数日間は地獄だった。侯爵家の令嬢であるこの私が奴隷たちと同じように石の塊になっているだなんて耐えられない。未だかつてない恥辱に身を焦がしつつ、私はにっくき呪術師を罵った。 (くうぅっ……。よ、よくもこんなことを……。許さないわよ!) お抱えの魔法使いに解呪してもらい、数日ぶりで体を動かせたときには安堵した。が、そこまでだった。彼が告げる信じられない言葉に、私は石化してもいないのに固まった。 「その……お嬢様。大変お気の毒ですが……。この呪いは、すぐに解呪することはできません……」 彼は続けた。今回私にかけられた呪いは非常に強力で、一時的な解呪しかできない。私はこれから何十年も石像のままなのだと……。 「う、嘘をおっしゃい! そんな馬鹿なことが……」 私が立ち上がった瞬間、足が動かなくなった。ズッシリと重みを増した両足が床をしっかりと踏みしめる。あっという間に足首から膝までがガチガチに固まり動かせなくなっていく。ドレスも裾から灰色のラインが上がってくる。一度この色に染まった箇所は二度と揺れることなく、布の皺や形が永遠に固定されていく。腰も均一な石材と化し、私はもうその場から一歩も動くことができなくなった。全身が硬く冷たい石の塊に置換されていき、すぐに首まで恐ろしい灰色の波が迫る。肩から分かれた石化の波は両腕に襲い掛かる。 「ああっ……」 嘘ではなかった。夢でもない。お抱えの魔法使いが告げた通り。石像の呪いは解けない。一時的に、ほんのわずかな間しか……。両手のつま先と髪の先が哀れな石の切っ先と化すのは同時だった。私は再び動き出すことのない石像となってしまったのだ。 (こんな……こんな馬鹿なこと……この私が石像だなんて……!) どれだけ力を込めても手足は反応しない。いや、力を込めるということそのものができない。今や私の全身は均質な石の塊でしかなく、体を動かすための機構など何一つ存在してはいないのだ。 (う……ああ……) 悔しいのは意識があること。私は身動きもできず、灰色に染め上げられた哀れな姿を周囲に見られる屈辱に耐え続けなければならない。通常、石化すると意識などなくなるそうだが、この石像の呪いはそうではない。意識と五感が常に残り、永遠に苦しまなければならない呪いなのだ。 「ああ……おいたわしやお嬢様……」 お父様やお母さま、お兄様や使用人たちも、誰もが項垂れた。それがまた私を苦しめ、傷つける。侯爵家の令嬢が石化したままなど、あってはならない醜聞。今はまだ私のことは関係者だけに伏せられているものの、これが外に伝わればどうなることか……。私はいい笑い者になるだろう。わざわざ馬鹿にするために近隣の貴族令嬢たちが駆け付けてくるかもしれない。勿論、表面上は見舞いを装って……。いや、ひょっとしたら、件の呪術師を雇ったのは彼女らの誰か……? 動くことも喋ることもできない今、私にできることは考えることだけ。暗い雰囲気に包まれた屋敷の中心で、私は疑心暗鬼に苛まれた。 お客人にバレないよう、私は奥の部屋に移された。窓を閉め切った暗い部屋の中心に私は立ち尽くしたまま、時間だけが過ぎていく。 (私……私は永久にこのままなの……?) 信じられない。どうして私がこんな目に遭わなくてはならないのか。よりにもよって、奴隷たちと同じように石に変えられてしまうなんて……。目線すら動かせない中、ひたすらに長く感じる時間。頭がおかしくなりそうだった。 都に行ったお抱え魔法使いが解呪法を発見するのがもう少し遅ければ私はおかしくなってしまったかもしれない。しかし……その解呪法は、また別のベクトルで私を発狂させんが内容だった。 (う……嘘でしょう。そんな……絶対に嫌です!) この呪いは太陽の光に弱い。よって、日の光に長時間当てていれば解呪は早くなる。そして、その効率をさらに高めるために必要なこと。それは、全身で太陽の光を浴びること……即ち、全裸で野外に立っていろというのだ! 「しかしお嬢様、そうしなければ何十年、いや百年経ってもその呪いは解けないのですよ」 (よくもそんな提案を! 無礼者! この私が……外に、全裸で……!) 貴族令嬢の私がその裸体を野外で晒すなどありえない。絶対に認められるわけがない。それに、全裸で石像になっているだなんて、それではまるで石像奴隷ではないの! しかし私の抵抗むなしく、粛々と準備は進められた。お父様たちも当初は難色を示したものの、これ以外方法がないと悟ると渋々了承してしまった。せめてもの配慮として、当然ではあるけど私が私だという事実は外には伏せて庭に設置される。貴族の娘が石化したまま全裸で飾られるなんて知られれば私だけでなく、家の名誉も傷つく。しかし男の使用人や、場合によっては客人にもこの嫁入り前の裸体を見られてしまう恥辱を、到底私は受け入れることはできない。だが、石化を解いてもらえるのは僅かな時間のみ。どれだけ抗議しようとも受け入れられることはなく、すぐに私は物言わぬ石像に戻され、沈黙させられてしまうのだった。 屋敷から少し離れた庭の一角に、新たに私を設置するための場所が設けられた。せめてこの家の娘として恥ずかしくないようにという心遣いか、色とりどりの花が植えられた花壇に、立派な植木たち、美しいアーチでそこは派手に飾り付けられた。私がここの中心に飾られる石像でさえなければ、美しい庭園を私は堪能できたろう。 中心に鎮座する灰色の台座。これは石像奴隷たちと同じものだ。それに私が……彼女らと全く同じように、全裸で石化した状態で設置される? 冗談じゃない。一時解呪されると即、私はさめざめと泣いた。お父様たちは優しく私を抱きしめてくれたが、撤回はしなかった。これしか方法がないのだと。 男の使用人は魔法使いを除いて全て下がり、家族とメイドだけになる。もう仕方がない。死んだ方がマシな屈辱だけれども、こうしなければ私は永遠に石像のまま。家の名誉にも傷がつく……。私は観念し、メイドたちに身をゆだねた。テキパキとドレスが脱がされ、下着姿になる。お抱えの魔法使いは男性……。私は真っ赤になりながら俯いた。 (くっ……) そこでまた石像に戻ってしまい、私は下着姿の石像になった。それをまたお抱えの魔法使いに解呪してもらう。彼は私の下着姿になんの反応も示さず、息を切らして膝をつく。私をほんの僅かな間解呪するだけで、相当に魔力も体力も消耗するらしい。これ以上迷惑はかけられない……。いよいよ全裸になった私は、急いで台座に上った。皆が私を見上げている……。全裸で庭の台座に立っているこの私を。また涙が出てきそう。 「お嬢様……。できるだけ日の光を受け止める面積を広げた方が早く呪いを解くことが」 私は魔法使いの言葉に震えた。が、仕方がない。哀れみを誘う惨めなポーズで晒しものになるぐらいなら……。胸と股間から静かに手をどけて、私はとうとう全身を隠すことなく野外に晒した。 両足を少し開き、両腕も斜め下にまっすぐ伸ばす。自らのすべてを野外の台座の上でさらけ出す。皆の視線が突き刺さる。もう早く石化してほしい。耐えられない……。 プルプルと体が震えるころ、両足がピシッと固まった。また石像に戻されてしまう。しかし、今は初めて早く石化しきってほしいと願った。これ以上この体勢を自分の意志で維持するのは難しい。 (早く、早く) 喜んでいいことかはわからない。が、終わってみればすぐだったように思う。私は股間から胸、そのすべてを屋敷の庭先でさらけ出したまま、庭園の中心を彩る石像と化してしまった。 (ああっ……) もう戻れない。やめられない。少なくとも私の意志では……。指一本動かせない。私はまた一時解呪の時が来るまで、庭園の石像としてここに立っていることしかできないのだ。 家族やメイドたちがひとしきり嘆き終わり、全員が屋敷に戻った後。視界に使用人が……下がっていた男の使用人が一人二人と姿を現し始めた。 (なっ……!?) 私の意識があると知っているからだろう、あからさまにジロジロと間近で観察してくるようなことは流石になかったが、それでも横目でチラッと見たり、何の用事もないに決まっているのに何度も往復したり……。私を見に来ているのは明らかだった。 (やっやめなさい! 見ないで! このっ……) だが、私は彼らの不敬を注意することも、股間や乳首を隠すこともできない。髪の毛一本風に揺れることのない石像の身では、ただすべてを受け入れるしかなかった。 使用人たちが私の裸を見飽きるまでしばらくかかった。ようやく誰も気にしなくなった時はホッとしたが、同時に怒りも沸いた。私の裸体よ!? どうしてそんな……素通りができるのよっ。 しかし見られている事実に変わりはない。彼らが見慣れても、私の感じる屈辱が消えることは決してなかった。 しかもまずいことに、新たに作られた美しい庭園は来客の気を引いた。皆一様に刷新された庭園に興味をひかれてやってくる。 「おおう、これはまた美しいお庭ですなあ」 「あ……いや、あれは……」 (ま、待って! こないで! 来るんじゃないわよ!) お父様たちも歯切れの悪い返事をするしかない。仕方なく案内するが、やはり中心に飾られた「美しい石像」の前で立ち止まり、じっくりと鑑賞を試みる。 (いやっ! 見ないで! 早く消えなさい!) 「素晴らしい像ですなあ。これは石像奴隷ですか?」 「い、いやあ、これは彫刻ですよ。はは……」 「なるほど、首輪がありませんな。いや失礼、見落としていましたよ。何しろあまりにも出来が良いもので……」 何の関係もない男性たちに裸体をさらし、あまつさえジロジロと嘗め回すように観察される恥辱に、私の心は壊れてしまいそうだった。しかし、おそらくは呪いのせいでそれすら許されない。物理的にも精神的にも逃げられない状況で、石像奴隷ですらない単なる彫刻扱いされることに怒りも収まらない。この私が……侯爵家の令嬢であるこの私が石像奴隷以下!? ありえない。絶対に許してなるものですか。覚えておきなさいよ……! しかし、心の中で何を考えていようとも、今の私にはそれを表にだすことができない。ただすべてを受け入れ、客人たちを楽しませる鑑賞物としてこの庭を飾り立てていることしか。これから何年もこんな責め苦が続くわけ? いや……こんなの無理よ、耐えられない。 逃げ出したい。しかし体が動かない。体の芯まで石の塊になっているこの体では、何一つ。 そんなことが続いていると、お父様たちも胸を痛めたらしく、私の設置場所を移動すると言い出した。私はホッとした。人目につかない場所に移動するのかと思ったからだ。だが、実際の内容は私の想像をはるかに超えて恐ろしいものだった。 「正面玄関……前……ですか……?」 一時解呪された私は、相手の言葉を繰り返した。彼らの言ったことがわからなかった。わかりたくなかった。ありえなかった。 正門と屋敷の玄関を繋ぐアプローチ。その両脇に向かい合う形で飾られている計六体の石像奴隷たち。そのうちの一つに私を混ぜるというのだ。理由は目立たなくなるから……。目立つ庭の中央に飾ったのは間違いだった、あれでは見てくれと言っているようなもの、辛かったろう、だが両脇の石像奴隷は一体一体に注目されることはない、そこなら恥を感じることなく日光を浴びることができるだろう……と説明するお父様と魔法使いに、私は口から泡を出しながら猛抗議した。冗談じゃない。この私が石像奴隷と一緒に並べられる? そんなことになれば、私だけでなくこの家の名誉だって……! しかし、石化すれば顔の判別はつきにくいし、誰もまさかおまえ自身が石像奴隷の列に混じってるなんて思わないから大丈夫、これはお前のためでもあるんだ、と繰り返し、私の訴えは却下された。喋っている間にまた石化してしまい、そのすきに私は空の台座に運ばれた。 (そ……そんな、嘘でしょ……?) ありえない。私が……こいつらと並ぶ? 裸で、同じように石化して……こんな暴挙、許されるはずがない……。しかし、改めて一時解呪された私には、ポーズをとるように指示が飛ぶだけだった。この家の、侯爵家の令嬢である私が全裸で台座の上に、それも本来奴隷たちがのる台座に立たされている。裸でなければ取り乱して錯乱していたかもしれない。一糸まとわぬこの姿は、私から抵抗の意志を容赦なく剥ぎ取っていく。しかも依然と異なり、男性の使用人たちも平然とこの場にいるのだ。私の裸から目をそらすものは勿論、鼻の下を伸ばす者もない。まるで新しい石像奴隷を設置する時のような、冷たい無反応。無言の圧に負けた私は、静かに股間から手を離し、とるべき姿勢をとった。両腕を斜め下に伸ばし、両足を少し開く。泣きながら胸を張り、少しでも惨めさが軽減されるよう、必死に表情も整えた。が、実際自分がどんな顔をしているのかわからない。わかりたくもない。 すぐに石化が始まる。両足から徐々に、全身が固定されていく。チラリと両隣の奴隷たちを盗み見た。ここに飾られたきり、ピクリとも動かない彼女たち。石像奴隷に挟まれて石化する私は、完全に石像奴隷のようにここに馴染んでしまうだろう。それが目的だからそれでお父様たちには成功なのだろうが、私には……。 少し視線を落とし、眼前の道がハッキリと視界に収まる角度で、ちょうど顔が石に戻された。すぐに髪と手も後を追い、私は灰色の石像と化してしまった。石像奴隷たちに挟まれて……。 翌日から、私はたいして来客の注意をひかなくなった。正門と玄関を繋ぐアプローチゆえ、以前とは比べ物にならないほどの人が行き交う。恥ずかしくて惨めで、死んでしまうかと思った。この家の令嬢が石像奴隷に身を落としたなどと誤解を招けば酷いことになるのでは。そうも思った。だが、誰も格別の注意を払わない。よく通る道に飾られた六体もある石像に、いちいち近寄ってくる者もない。喜ぶべきか、悲しむべきか、お父様たちの考えはうまくいったのだ。 だが、よくお茶会をしていた令嬢たちが目の前を通り過ぎたときは、流石に心を揺さぶられた。今、間違いなくチラリとこっちを見た。この身が石でなければ、どっと嫌な汗が噴出していたかもしれない。 (ち、違う、違うのよっ、私は……私じゃない。ただの石像奴隷よ……っ) まさかバレなかったろう。そう思いたいけど。彼女らに自分のあまりにも惨めな窮状を知られることだけはプライドが許さない。でも……でも、ただの石像奴隷だと思われるのも、それはそれで屈辱が過ぎる。 (うぅっ……わ、私は奴隷などではないわ……っ) だが、私にはどうすることもできない。彼女が石像奴隷に混じって飾られている私を見て何を思ったのか、知る手段もない。帰りの馬車はカーテンで窓が閉ざされており、彼女の内心を垣間見ることは叶わなかった。 一体、いつまで石像でいなければならないのだろう。ここまでの恥を忍んで浴び続けている日光は、本当に私を助けてくれるのだろうか? 過ぎた日数もわからなくなったころ、庭師が辞めた。石像奴隷の管理は庭師がするのが普通だ。時たま石化した私にも声をかけてくれていたっけ。彼が庭の植物と石像奴隷、そして私に別れの言葉を告げる中、私は取り残される不安と寂しさで胸がいっぱいになった。私も言葉を返したいが、それすらできないなんて……。もう老齢だったから仕方がないのだろうけど。そういえば最初に私が飾られたところも彼が手を尽くしてくれたのよね。自分のことで頭がいっぱいで、お礼も言えていなかった。 (さようなら……) 送りの馬車が眼前を通過していくところを、私はただ黙って静かに見守ることしかできず、忸怩たる思いだった。 代わりにやってきた新しい庭師は若い男性で、私は不安だった。ずいぶんと若輩者に見えるけれど、腕の方は確かなのかしら。この家の名誉を損ねるようなことがあれば……。 しかし、視線も場所も固定されたまま一歩も動けない私には、彼の仕事ぶりはよくわからなかった。とりあえずアプローチがおかしくはなっていないようだけど。 (まあいいわ。どうせ今の私には……関係のないことよ) 誰にも顧みられることのない存在になり果ててからどれだけの時間がたっただろう。わからない。石像奴隷と同じ場所に石像として飾られている私に、もう本当に誰も注目しなくなった。奴隷の入れ替わりもないし……。 その日は突然に訪れた。よく晴れた月夜、突然私の石化が解けたのだ。 「ーっ……」 予期していない解呪に反応が追い付かず、私はその場に崩れ落ちた。手足が動かせない。どうやって動かすんだっけ……。もぞもぞと不格好に、無様なもがきを見せながら、私は台座から降りた。近くには誰もいない。誰が解呪したんだろう……。そっと両手を見ると、そこには血管の通った暖かい人の手があった。石から掘り出した石材ではない。 (ひょっとして……) 呪いが解けたんだろうか? もうそんなに年数が経った? いや、流石にそこまでは……。ひょっとしたら、魔法使いの見立てが間違っていたのかもしれない。バレれば末代までの恥になるであろう恥辱に耐え忍んだ成果が報われたのだ。予想よりずっと早く、石像の呪いが解けたのだ。そうに違いない。だって、本当に誰もいないんだもの。自発的に解けた……呪いが完全に解けたに違いないわ! そうだ。誰か……呼ばないと。立つと、生まれたての小鹿のように足が震える。自力で立っているのはこんなにも難しいことだったかしら。 運よく、誰かが通りがかった。それは若い庭師だった。私は彼を呼び止めた。 「ああよかった。屋敷から人を呼んでくれないかしら?」 彼はキョトンと呆けた顔で私を見ていた。急に羞恥心が蘇った私は股間と胸を隠しながらその場にしゃがみこんだ。 「み、見るんじゃないわよ。早く人を……」 彼は私の腕を強く掴んだ。私はびっくりして固まり、二の句が継げない。 「おい。なんで元に戻った? 台座に戻れ」 「は……?」 彼が言っていることの意味がわからなかった。 「なんで命令を……ああ」 彼の手が私の首をつかんだ。 「ひっ」 彼の態度は、明らかに貴族相手のものではない。彼はお雇いの庭師に過ぎないに関わらず、侯爵家の令嬢、それも自分が使えている家の娘にこのような……。何かおかしい。誰か……誰かいないの? 「お父様……」 首から手が離れた瞬間、逃げようとしたが腕の方は離してくれなかった。 「逃げんじゃねえよ、クソっ」 彼は片手で鞄をまさぐり、中から首輪を取り出した。 「それは……」 言うが早いか、彼はその首輪を手際よく私に装着した。まだ事態を飲み込めていなかった私は、怯えて彼を見つめていることしかできなかった。 「立て」 「はい」 突如、体が勝手に立ち上がった。 (えっ、なっ、何……?) しかも、体が動かない。プルプルとその場で震えていることしかできない。体は……まだ人間のままだ。石化もしていないのに……。 「ああ、よかった。こんな高そうな奴隷逃がしたら俺の首がいくつあっても足りねえや。なあ?」 「……っ」 ようやく。すべてが手遅れになった時にようやく、何が起きていたのか悟れた。彼は私の事を知らない……。そうだ。まだ雇って日の浅い外部の男性に私の秘密を明かすはずがなかった。彼は私のことを石像奴隷だと思っているのだ! 「はー、予備の買い付けいったところでよかったぜ。誰か壊したな……ったく」 「まっ待ちなさい。私は」 「黙れ」 「……っ!」 そんな。声が出ない……。これは奴隷の首輪だ。信じられない。貴族令嬢の私に奴隷の首輪をつけるなど……自分が何をやったか理解できているの!? それこそ貴方の命なんかじゃ償いきれないのよ! そう叫びたかったが、口はむなしくパクパクするだけで、うめき声一つ漏らすことができない。 「持ち場に戻れ」 「はい」 (やっやめなさい! 私は違うの! この家の……お父様を! 誰でもいいからここに呼びなさい! このふざけた首輪を外して!) 私の体は私の意志から離れ、ひとりでに動き続ける。元の台座に上がり、前を向く。 「元のポーズをとれ」 「はい」 (待って!) まずい、このままじゃ私は……。本当に奴隷に。それも、身動き一つとれないインテリアに……石像奴隷にされてしまう。逃げなきゃ。助けを呼ばなきゃ。でも体が動かない。大事な部分を無礼な男から隠すことすらできず、私はついさっきまで延々と取り続けていたポーズをとらされた。両足を少し開き、両腕を斜め下へ伸ばす。 (んっ……くうっ……!) ダメだ。抵抗できない。声も出ない……。誰か、誰か助けて。助けなさい! 彼は首輪に手を触れ、組み込まれている石化呪文を発動させた。足元と手の先から石化が始まった。 (ダメ。お願いやめて。せっかく、せっかく呪いが解けたのに。また石像に……それも、正真正銘の石像奴隷になっちゃうなんて、絶対に……) そこで私の意識は途切れた。 「はー……」 「どうかなさいましたか、ご主人様?」 「いや……」 「ん? ああ……お嬢様のことでしたらご心配なさらず。こうして日の光を浴びせていれば、いつかきっと呪いは解けることでしょう」 「うむ……その日が一日でも長く来るよう祈っておるよ」

Comments

Gator

本当に面白く読みました。 主にopqさんだけの『生きたロボット小説』が好きなんですけど、今度の小説もそれだけ没頭して読みました。 貴族の令嬢が、下級奴隷のような境遇に置かれているという部分が刺激的です。 見た目そのものが変わらないので、石像奴隷になった主人公に気づけるという点が面白いです。 主人公をもうちょっといじめる話も想像して見ました。 貴族たちの宴で注目された主人公がおもちゃになり、ネックレスで石化と解除を繰り返しながら完璧に石像奴隷を演じなければならない状況だとか。 知人や婚約者の家に貸し出されるとか。 呪いが解けてからも時々裸の石像を延期しなければならない状況など。 いろんなことを考えさせる立派な小説でした。 余談ですが、執筆したのが古い小説の中から一部の作品を選んで、ピクシブに一部や短編作を公開するのもどうかと思います。 僕のようにピクシブでopqさんを 知ることになるかもしれません。 いいマーケティングになるのではないでしょうか。 毎月良い小説を楽しく読んでいます. 心から応援します。 ありがとうございます。(Translate)

opq

感想ありがとうございます。より辱めを受ける、そんな展開もあるかもしれませんね。