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理想のキャラクターが現実にいればいいのに。俺は自分の作ったキャラクターの設定を眺めながら思った。きっと誰もが空想することに違いない。しかしこればっかりは「なければ作りゃいい」ってわけにもいかない。理想通りの人間を育てる……そんなことが可能ならこの世に学校なんてものはないはずだ。宿題の答えを書き写しながら俺は考えた。こうして真面目に宿題をやらない俺こそが、まさにそれが不可能であることを証明している存在だなと。仮に一旦は理想通りに育ったとしよう。人の心は変わるものだ。絶対に覆らない主従関係、力関係でもない限りはいつまでもそのままなんてことはありえない。先日いい感じだと思っていた女子に振られた俺がその証拠。はー世の中クソだ。 くだらない妄想で傷心を慰める中、新しい「家族」ができた。従姉のクルミ姉ちゃんがうちにやってくることになったのだ。何でも病気で体が縮んでしまったらしい。最近よくニュースでみる縮小病という病気だ。今のところ女性だけが発症することで知られ、それ以外は何もわかっていない。当然、治療法もない。人によって縮み具合は異なるらしいが、クルミ姉ちゃんは重い方で、約十分の一まで小さくなったというから驚きだ。うちに来た彼女はまるで人形のように見えた。等身そのままで倍率だけが変更されたかのような彼女のシルエットは、いたく見る者を不安にさせる力があった。見てはいけないもの……あまり見たくないもの。話に聞いていた俺でも、一瞬ギョッとしてしまったくらいだ。これが俺たちと同じ人間なんだろうか。いや見た目は健康な人間そのものだ。むしろスタイルはいい。元気に動き、喋る。だからこそ異様に感じられた。 俺と両親、そして彼女はリビングで改めて挨拶した。通っていた大学は中退したらしい。まあ、これじゃあな。どこかで人にうっかり蹴り飛ばされたら耐えられないだろう。日常生活を送る上で必要なもの……例えばお風呂とかトイレとか、ドアの鍵とか……にもアクセス困難だろう。てことは、おそらく一生介護生活か。同情と同時に、めんどくせえな、と思ってしまう自分がいる。大して話したことも……会ったことすら覚えてないような女を、これからずっと家で介護しないといけねえのか? 歳が近いから、というのと安全で空いてる部屋がない、ということで俺の部屋に彼女は住むことになった。七面倒くさいな。おちおち歩いてもいられねえや。 せめて彼女が温和で社交的な人格であればペットみたいなもんとして受け入れられたかもしれないが、中々に強気だった。 「変なことしないでよね」 「しねえよ」 本能が同じ種族だと理解してくれない面すらあるのに、自意識過剰過ぎだろ。距離が近いと、不思議とますます人形ぽく見えてくる。 「あ、あそこいい!」 部屋の隅のクッション……俺を振った女子からの貰い物だが、貴重な思い出の品はあっさりと新参の小人のテリトリーを象徴する物体となった。まあ、大変な病気だろうし、こんな小さいのに怒るのもダサい。というわけで俺は粛々とクルミ姉ちゃんの申し出を受け入れたが、その結果、部屋の半分を奪われてしまった。 「入ってこないでね! 踏んだりしたら殺すから!」 その時死ぬのはおめーだろ、と言いたかったが、俺はぐっとこらえてよき理解者を演じた。親もちゃんと面倒みろってうるさいし。いや、ていうか、大人が面倒見ろよ……。なんで俺なんだ。 その答えは即日明らかになる。下の世話だ。身長17センチの彼女は、一人で人間用のトイレを使うことはできない。彼女が用を足したいと意思表明するたびに、俺はテープを持ってトイレに入る。彼女が使えるようにテープを張り巡らせて足場を作り、階段を設置。外に出る。彼女を手に乗せて連れてくる。この時揺れると叱られる。彼女が用を足した後再びトイレに入り、階段を奥へ戻し、あるんだかないんだかわからないほど小さなウンコかしっこを流す。テープを回収。便座を拭いてテープの粘着を取る。よく手を洗って彼女を二階の自室へ届ける。この一連の動作が俺の役目となったのだ。 洗面器に湯を張り、小さな石鹸の切れ端を準備するだけでいい風呂はまだましな方。彼女は用事があれば何かと俺を呼び出しこき使った。当然の権利とでも言わんばかりだ。 ハムスターなんかが使うような小さなトイレでもいいんじゃねーかと思ったが、結局それを片すのは俺の役目かと思うと提案はできない。第一、俺の部屋でウンコとかしてほしくない。ペットならまだしも同じ人間に。 親はなんだかんだと理由をつけて、介護に関わろうとはしなかった。なんで引き取ったんだ。いや身寄りがうちだけとは聞いたけど、どっか施設に入れとけばよかったんじゃねえの? 俺はクルミ姉ちゃんに隠れて、縮小病患者の引き取り施設について調べた。うーん、やっぱ親戚がいるうちは無理なのか。第一、高校生である俺の一存ではどうしようも。権利は親にある。介護してねーくせに。 だが、有用な情報は得られた。ある施設では、特に小さな患者……まさにうちの姉ちゃん並みに小さいやつには、フィギュアクリームというものを塗って管理しているらしい。元々はフィギュアに塗るためのクリームで、修理や艶出しに用いるらしい。折れた箇所欠けた箇所にそれを塗っておくと、元通り修復されるらしい。加えて、触れたとき生じる汚れを分解する機能もあるとか。これを非常に縮んだ人の全身に塗ると、汚れや排泄物の分解が間に合うのでトイレや風呂にいく必要がなくなるのだそうだ。いいことを知れた。これをクルミ姉ちゃんの全身に塗り付ければ、俺はもう下の世話をしなくていい。風呂にすら入れなくてよくなる、か。しかし問題はどうやってこれを塗るか。説得……は難しいだろうか。信じないかもしれないし。それに直接肌に塗るってことは、作業中は裸になって身をゆだねてもらう必要もある。あの自意識過剰女がそれに同意するかどうか……。無理やりやれなくもないが、後で親と揉めたくもない。さて……。 一計を案じた俺は、フィギュアクリームを縮小病患者に使用した記事にあと一タップでいける状態でタブレットをベッドに放置して高校に行った。日中暇してるし、きっと見るだろう。「自分で得た情報」だと思わせれば抵抗が減るはず。あわよくば、向こうから提案をさせたいが、どうだろうか。 家に帰るとタブレットの表示画面は違うものになっていた。隠れて履歴を確認すると、あった。昼前にあの記事を確認したようだ。その後ワード検索してもいる。よし。しかし問題はあいつがどう受け止めたか。耳寄りなお得情報か、ただの笑い話か……。心なしか、その日のクルミ姉ちゃんは少しソワソワして見えた。何か言いたいことがあるが、こっちからは言い出しにくい……って感じだ。 その日、顎でトイレ指令を受けた俺は、いつも通り世話をした。その際 「姉ちゃんもトイレぐらい一人でどうにかなんねえ?」 と言ってみると、「はあ? なんで私の姿見てそれ言えるの?」といつもの罵倒を受けたのち、 「まあ……どうしてもっていうんなら、方法もなくはないみたいだけど?」 と言い出した。 (よっしゃ!) 俺は心の中でガッツポーズを決めた。 「絶対見ないでね!」 「はいはい」 洗面器に張ったお湯にフィギュアクリームを溶かし、本人を浴室に連れていく。あとは自分でやると言い出したので、俺はそれに従った。クリームに配合されているナノマシンは、フィギュアの形状を自動的に判定して綺麗に張り付くように広がってくれるらしい、とネットで読んだ。それが本当なら一人でも大丈夫だろう。でももし化け物みたいになってたらウケるな。そんなことを思いながら俺は彼女の「うわっ」とか「ひゃぁ~」という驚きに満ちた悲鳴をドア越しに聞いていた。 想定よりかなり長い時間が経った後、ようやく俺は浴室に入ることを許された。そこには白いワンピースを羽織ったフィギュアがポツンと突っ立っていた。クリームを塗った人がどうなるか、それは画像見て知っている。けど実際目の当たりにすると中々衝撃的な変身だった。樹脂のような質感を持つ肌色一色に染め上げられた肌。一切の汚れがなく、艶々とした光沢がある。毛穴も血管も見えず、黒子もない。クリームで覆われた顔は若返って見える。俺と同い年ぐらい。高校生という設定の美少女フィギュアだと言われれば信じるだろう。いや言われなくてもそう思う。顔はクリームで肌が均質になり、特徴がスポイルされたせいか、デフォルメが効いている。アニメのキャラみてーだ。 「な、何? 変?」 クルミ姉ちゃんがたじろいだ時、さらに驚かされた。フィギュアが動いた。生きてる。美少女フィギュアが喋ってる……。いや頭ではそうじゃないとわかっているが、中々実感が追い付かん。彼女が顔をそむけると、髪も動いた。髪はフィギュアの髪のように一つの塊と化し、それに切れ込みが入っている。ぱっと見、髪の毛はクリームで固まってしまったように見えるが、普通の髪のように動くようだ。不思議だな。仕組みどうなってんだ? その日の夜、寝静まったクルミ姉ちゃんに俺は接近した。トイレ行かなくていい……とはいうが、実際どうなってんのか気になった。漏らしてもすぐ分解されるから平気、とかだと困る。 白いワンピースの裾を持ち上げ、静かに股間を覗き込む。そこには何もなかった。彼女の股間はマネキンのようにツルツルで、のっぺりとした曲面になっている。なんの穴も残されていない。体内で分解されてくれるのか。ありがたい。やったぜ。これで俺はもう面倒な介護をしなくてよくなる!? 翌日。俺は一回も彼女をトイレに連れて行かなかった。どうやら本当らしい。尿意すら本人に感じさせないのだろうか? フィギュア用のクリームなのに、よくできてんな。 その日から、俺の物理的な負担はもとより、精神的な負担も相当に軽減された。生々しいすっぴんの小人女ではなくなったからだ。生きた美少女フィギュアのような容姿を手に入れたクルミ姉ちゃんは、生理的な嫌悪感を発生させない。本人も満更ではないらしく、いつにもまして馴れ馴れしくなった。俺から「かわいい」「綺麗になった」みたいな言葉を引き出そうとしてきたり、これ見よがしに目の前に出てきて遊んでほしそうにアピールしてきたり……。 しかし、すべての問題が解決したかと思ったのも束の間。クルミ姉ちゃんの面倒くさいムーブが次第にうざったくなってきた。邪険に扱うと機嫌を損ねるので厄介。「この私を可愛がらないなんてありえない」とでも言いたげな態度が鼻につく。美少女フィギュアの容姿は過剰な自信を与えてしまったらしい。どうにかならんものか。 「なあにそれ?」 「ん? これ? 自己暗示水だけど」 ある日のことだった。緊張を防止して狙う女子とうまく話すために使った香水に、クルミ姉ちゃんは食いついてきた。説明する時間もなかったし、面倒だったので俺はそのままでかけたが、帰ってくるとネットで調べたらしく、大層俺を馬鹿にしてきた。 「効果なしって書いてるよ?」「ただのプラシーボだってプラシーボ。あ、プラシーボわかる? 思・い・込・み」 (うぜえ……) いいだろ別に。自信つけるぐらいよ……。大丈夫だって思えるきっかけになればいいんだよきっかけになれば。 自己暗示水は最近流行ってる香水……のようなものだ。シュッと顔面に吹きかけてから、同じ言葉を3回繰り返す。「緊張しない、緊張しない、緊張しない」という風に。効果のほどは……確かにまあ、よくわからん。特に何も感じない。実際、今日は噛み噛みだったし……。単なる香水にそれっぽい文句をつけただけのものだと言われれば、まあそんなもん感はある。だが、クルミ姉ちゃんに馬鹿にされるのは癪に障った。 「じゃ、やってみ? ん? 効果あったら土下座な」 「え~? じゃあ、効果なかったらそっちが土下座すんの?」 うっ……。それは嫌だ。 「じゃあ、なんか1回言うこときくで。土下座しろとか以外で。外出とか」 「よっしじゃあ、新しい服ちょうだいね」 服か……それなら……服!? 姉ちゃんの服って……特別に作らないと無理だぞ。着せ替え人形の服は着てくれないし。着心地最悪とかなんとか言って。下手に普通の服買うより高くつきそう……いや小さいから安い? わかんね。 まあいいや、適当にごまかして有耶無耶にしちゃえば。 「あーわかったよ」 俺は自己暗示水のノズルを姉ちゃんに向けた。奴は自信満々だ。不敵な笑みで新しい服の想像を広げているようだった。 「じゃあ、えっと……」 暗示の内容はどうする? 別になんでもいいが……。いや、暗示にかかったかどうかどう判定するんだ? わかりやすいのがいいな。万が一勝った時に備えて。 「で? 同じ言葉3回言えばいいんだっけ?」 「そう。……じゃ、敬語で話す、でどう?」 「フフッ、何それ。まあなんでもいーけど」 咄嗟に思いついた暗示は敬語。特に深い意味もなかったのだが、これが運命を変えた。暗示水を噴射すると、彼女はむせた。いけね。十分の一の姉ちゃんには過多だった。 「げほっ、ちょ、あんたね~!」 「ごめんって。それよりほら」 「あ? ああ……敬語ね、いいけど」 彼女は両手を腰に当て、自信満々に唱えた。 「敬語で話す、敬語で話す、敬語で話す……」 薄いピンク色の霧が晴れた時、クルミ姉ちゃんはにこやかに勝利を宣言した。 「はい、私の勝ちですね! ……んっ!?」 一瞬、気まずい沈黙が流れた。彼女は両手で口を覆ったあと、ゆっくり喋りだした。 「いやっ、違います、今のは……うそっ!?」 パニックに陥る小人を見下ろしながら、俺は静かに衝撃を受けていた。マジか。マジで? 姉ちゃんはどうやら、本当に暗示にかかってしまったらしい。しかもこの反応から察するに、本人は普通に喋ろうとしているつもりでも、勝手に敬語になってしまう……て感じか。 (面白いじゃん) 慌てふためき「も、元に戻してくださいー!」と叫ぶクルミ姉ちゃんを見ながら、俺は胸のすく思いだった。 まーそのうち治るよ、ということで当初は軽く見ていたものの、夕飯時になっても彼女は敬語で親に訴えた。俺は当然、別に強要したわけじゃないこと、そもそもそんな強力じゃないことを力説し、窮地を脱した。介護を任せっきりにしていた負い目もあったか、俺は不問となった。クルミ姉ちゃんはずいぶんと不満げだったが。 驚いたのは、翌日になっても敬語が治らなかったこと。こんな強力なはずはない……。この香水が実際効果ないってのは本当だし、ネットでも概ねそんな評価だ。プラシーボ以上の効果は得られない……と。理由はなんだろう。量が多すぎたんだろうか。十分の一サイズの姉ちゃんには、普通の人間一人分の噴射は強すぎたのかもしれない。 「ちょ、ちょっと、これいつまで続くんですかー!?」 今までとは打って変わってしおらしい彼女の姿を見ているとゾクゾクする。話し方ひとつでここまで印象が変わるんだな。今まで散々目下扱いしてこき使っていた相手にいついかなる時も敬語で話さなければならない状況は、彼女の態度を改めさせるには十分すぎる威力があったようだ。いつものように強気な命令やウザがらみはなくなった。いやひょっとしたら本人はそのつもりなのかもしれない。 「あのっ、リビングへ運んでくれませんか?」「それ、読ませてくだ……さい」 が、俺には「懇願」にしか聞こえなかった。ずいぶんとかわいく感じる。行動自体は同じなのに。言葉に引っ張られるように、態度まで大人しく映る。 最初の数日はぶーぶーずっと敬語で文句を垂れていたが、次第にそれも収まっていった。いっても無駄だということを悟り、諦めたか開き直ったか。 一週間してもクルミ姉ちゃんは敬語で話し続けた。俺の方も次第に慣れて、それを特別な口調だとも思わなくなってきた。いや、小人の方が遜るのはむしろ当然、自然ではないか。あんなデカい態度とっていた今までがおかしいんだ。ちょっとは反省しろ。 悪魔的な閃きが走ったのはさらに数日経ってから。前に作った創作キャラの設定をスマホから永遠に消去しようとした時だった。 (これ、なんかクルミ姉ちゃんに似てるな) 敬語で話すピンク髪のメイドキャラ。名前はミルク。偶然にも名前が逆さ。そして敬語。二つの類似点がひっかかり、俺はクルミ姉ちゃんとミルクをつなげてしまった。こんな子が実際にいたら。ミルクはいないが、クルミ姉ちゃんはいる。いや……「作れる」のでは? 脳裏によぎったのは自己暗示水のこと。すっかり敬語が板についた姉ちゃん。相当に長期間暗示が続いている。ひょっとしたら、能動的に「暗示を解く」ことをしない限り永遠にそのままなんじゃないか、とも思えるほど。あの暗示を何度もかけて、俺の理想通りのキャラクターに限りなく近づけることが……可能なら? 俺の脳内妄想にしか存在しなかったはずの理想のキャラと、その生きたフィギュアと暮らす日々……。すごい。 しかし、問題がある。暗示はあくまで自己暗示……。俺から好き勝手にってわけにはいかない。あくまで姉ちゃん自身が3回唱える必要がある。流石に設定を見せてこの通りになってくれって言うわけにもいかねーよな。 友達からボードゲームを借りてきた俺は、姉ちゃんに勝負を持ち掛けた。娯楽に飢えていたであろうクルミ姉ちゃんはさっそく乗っかった。ゲーム開始してから頃合いを見計らい、俺は罰ゲームありにしないかと提案。俺が負けたら、俺もしばらく敬語で話す。もし姉ちゃんが負けたら、暗示を一つ追加。 「いいですよぉ? あなたも私とおんなじようにしてあげますからっ」 向こうが有利な局面で切り出したこともあってか、あっさりと了承。暗示一つ追加は結構なリスクではないかと思うのだが……。とにかく俺にやり返したいという気持ちの方が大きいのか。最近は敬語問題を蒸し返さなくなっているが、実は相当にフラストレーションが溜まっているのかもしれない。 だがしかし。俺はこのゲームの攻略法を調査済みなのだ。というか、勝てるゲームをチョイスしてきたのだ。 結果は俺の勝ち。僅差の勝利を演出したため、ハメられたことに気付かなかったようだ。「嘘です! 嘘です! もう1回しましょう! もう1回してください!」と叫ぶばかり。 「ダメダメ。はい、じゃ罰ゲーム」 俺は暗示水の香水を目の前にデンと置いた。彼女もようやく罰ゲームの重さに気づいたらしく、抗議を始めた。 「ちょ、ちょっと待ってください。それはなしでお願いします」 「んー? 約束したじゃん。破んの? 逃げんのぉ~?」 「……なんの暗示」 「んー、そうだなぁ……。パッと出てこないな。やっぱいーや」 姉ちゃんはホッと安堵した。だがこの罰ゲームは後日実行するつもりだ。その前に踏むべき段階がある。 「服!? ほんとですか!?」 バイト代を手痛く消費したが「ミルク」を現実に召喚できるかもしれない、という思いが俺の背中を押した。当然、メイド服。人形用ではなく、縮小病の人が着る服としてしっかり作ってもらった。 スタンダードなロングのメイド服が箱から姿を現した瞬間、姉ちゃんは明らかにテンションが落ちていた。ま、もっと普通の服を期待していたのだろう。すぐに不満も口にしたが、取り上げようとすると拒んだ。いい加減、病院で支給された白ワンピだけでは限界だったんだろう。落ち着いたメイド服にしたのも功を奏したかもしれない。ぶつくさいいながらも、彼女はメイド服に着替えた。 縮んでから切っていない髪は肩より伸びている。樹脂のような肌とデフォルメチックな顔、ジャストフィットのメイド服。なかなかに可愛らしい小人メイドの誕生だった。可愛い、似合ってるとほめると、口では文句を言うが、内心満更でもなさそうなのが見て取れた。 「ご主人様って言ってみて」 「嫌です。調子乗らないでください」 「なんだよー、せっかく服作ってやったのに。結構高ついたぞ」 「……」 姉ちゃんは渋々、1回だけだと念押しして俺に従った。 「ありがとうございます、ご主人……様」 「おーっ」 「も、もういいませんからね!」 クルミ姉ちゃんは真っ赤になって顔をそむけた。いけそう。 翌日、俺は事故を装い白ワンピを引き裂いた。これで姉ちゃんの切れる服はメイド服一着のみ。彼女は怒ったが、もう破れてしまったものはどうしようもない。裸で過ごすわけにもいかないだろう。以後、クルミ姉ちゃんはメイド服が普段着、標準装備となった。 人間というものはおかれた立場や扱われ方に強く影響されると聞いたことがある。俺はメイド服を着せただけで、メイドとして振る舞えとは一言も言わなかったのだが、姉ちゃんは自然とメイドっぽいムーブが増えてきた。たまーにふざけて俺をご主人様と呼んだり、小さなものをとってきてくれたり、軽い命令に従ってくれたり……。面白い。いつの間にか力関係は逆転していた。今や俺が命令を出す側なのだ。24時間ずっとメイド服を着て、しかも敬語で話すことを強要され続けているうちに、自然と意識が引っ張られているのか。本人は軽いごっこ遊びかおふざけのつもりかもしれないが、俺には順調に「ミルク」化が進んでいるようにしか見えなかった。 罰ゲームを課すのは、今だ。 再度ボードゲームを行う。俺の勝ち。ゲーム終了後、俺は切り出した。 「そういやさ、あれってまだ有効?」 「なんでしょうか?」 「罰ゲーム」 「ええっ!?」 俺はずっと温めていた暗示の内容を告げた。俺の事をご主人様と呼ぶ。 「え~。まぁ……でも、それぐらいでしたら……」 それぐらいなら! 俺は吹き出しそうだった。あんなに嫌がっていたのに。ひと月以上過ぎた今でも敬語強要が続いているということは、ご主人様呼びもずっと続くってことだぞ、いいのか? やはり、メイド服を着せ続けるのは正解だった。時々自発的に「ご主人様」って言ってたもんな。だいぶ抵抗が薄れてきている。 心変わりしないうちにと、俺は暗示水を準備し、噴射した。わずかな躊躇いのあと、彼女は不可逆の呪文を3回唱えた。自らの意志で。 霧が晴れたあと、彼女は照れながら言った。 「満足ですか、ご主人様?」 ずっとメイド服を着せていたおかげか、二人称の変化は親にも自然に受け入れられた。やったぜ。敬語で話し、俺をご主人様と呼び、メイド服しか着ない……。あとは勝手にどんどんメイド化が進行していくだろう。しかし「ミルク」に作り替えるにはまだ足りない。 「おー似合ってる。可愛いじゃん」 「えーっ、でも……ちょ、ちょっと……」 フィギュア用の塗料……フィギュアクリームの会社の製品で、俺は彼女の髪を鮮やかなピンク色に染めた。たまにはお洒落したいだろ? という名目で、まず茶髪、金髪、そしてピンク。 「あっ、すまん。黒ないわ」 「え~っ!」 俺は黒塗料がないと言い張り、ピンクのまま捨て置いた。流石に恥ずかしいと抗議されたが、褒め殺しと「命令」でその場をごまかした。すっかりメイド気取りの彼女は 「はぁ……わかりました、ご主人様」 とため息をつきながら言って、抗議を取りやめた。俺の言うこと聞く必要なんかないのにな。完全に自らの言動に染まってしまっている。 またバイト代が溜まったころ、いよいよ本命メイド服を発注。ミルクの衣装だ。ピンクをふんだんに使ったコスプレっぽい衣装。以外にも抵抗なく受け取られ、喜ばれた。姉ちゃんの歳で着るのは本来アレな格好だと思うが、もうすっかり麻痺している。ずっと引きこもりだもんな。 「どうですか、ご主人様?」 ピンク色の髪を翻し、「ミルク」が体を一回転させた時、俺は感動で打ち震えた。ミルクだ……ミルクがいる。 「ああ……最高」 「えへへっ」 クルミ姉ちゃんも、一体いつの間にこんなぶりっ子になってしまったのやら。心なしか声も高くなっている気がする。 最後の書き換えが残っている。名前だ。俺は彼女のスマホにある新作ゲームを入れさせ、登録時に名前をふざけて「ミルク」にさせた。 「あーっ、ちょっともう」 「悪い悪い」 「むー」 幼児みたいに頬っぺたを膨らませるクルミ姉ちゃん。二十歳超えた女のやることかよ。まあいいや、姉ちゃんはこれから「ミルク」になるんだから。 俺も同じゲームをはじめ、対戦や協力プレイを行う。その際、ふざけて「ミルクちゃん」と呼びからかう。それを幾度か繰り返す。 同じころ、敬語の暗示が解けだした。結局三、四か月ほどかかったわけか……効力やばいな。 「姉ちゃん、敬語切れてきてない?」 「あー、そういえばそう……ですね」 驚くべきことに、今度は間違いなく自分の意志で敬語を使いだした。人間、変わるもんだな。 「もっかい、やっとこっか」 暗示水を準備すると、彼女は「そうですね」と受け入れた。まるで当然のように。 「敬語で話す、敬語で話す、敬語で話す……」 あんなに嫌がっていた暗示、解けるのを待っていたはずの暗示を、姉ちゃんはあっさりと再度自分にかけてしまった。 「ついでに他のもやっとくか」 「はい、そうですね」 彼女はご主人様呼びも自主的に強化した。俺は指さして笑いたいのをこらえながら、最後の指示を出した。ピンクの霧が消えないうちに。 「そうだ、サブ垢のフレンド登録したいんだけど、名前なんだっけ?」 「ミルクですよ、ミルク。なんで忘れるんですか」 「悪い悪い。えーっと……どれ? アバターで覚えてるからさ」 「だから! ミルクって名前のやつです!」 「アバターピンクのやつだっけ? どれ?」 「名前がミルクのやつです!」 霧が晴れた。さて、今のは有効だったかどうだったか……。 「ところでさ、姉ちゃん、自分の名前言える?」 「はい?」 「自分の本名」 「ご主人様、馬鹿にしてるんですか?」 「いやいや」 「ミルクですよ。決まってるじゃない……です……か……」 しばしの沈黙のあと、「ミルク」は「騙しましたね~!」と叫びながら暴れたが、ピンクのメイドフィギュアの暴動など痛くもかゆくもない。 花咲クルミは消滅し、生きたメイド人形ミルクがここに誕生したのだ。一度かかった暗示は三四か月ほど続く。その間にまた心変わりして、きっと「ミルク」を受け入れるだろう。この調子なら。 現実のものとなってくれた俺のキャラ「ミルク」を可愛がりながら、俺はさらなる欲望を空想し楽しんだ。ほかのキャラも「顕現」させてみてえなあ。大学生になったら、一人暮らしになったら。ほかの縮小病患者を引き取ってみてもいいかもしれない……。

Comments

ぐだぐださん

(本人の内心的にはどうかわからんが)わりとしあわせそうでなによりです(にちゃぁw)

opq

コメントありがとうございます。気に入っていただけたなら嬉しいです。

Anonymous

私はあなたの作品が大好きです、それは私にたくさんのインスピレーションを与えます、私が読んだあなたの物語のそれぞれは私を興奮させ、熱意で私を満たします、あなたは私のお気に入りの作家です この話の続編を作ってくれませんか?

opq

嬉しいコメントをありがとうございます。ネタが浮かんだら続編も書くかもしれません。