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「冗談でしょ? そこまでする必要ある?」 「いや、ロボットと人間は直感的に見分けついちゃうし、動きが結構というか、根っこのとこから違うんだよ、だから……」 彼が発案した突拍子もない潜入作戦に、私は驚いた。メイドロボに扮して屋敷に入るというのだが、それにあたって本当に体をあれこれ改造しろというのだ! 「そんなことして、体がおかしくなったりは……」 「大丈夫。健康面に影響はないから。もしあったら、メイドロボ自体壊れてるでしょ」 生きた細胞を使った生体メイドロボが普及しつつある昨今。金持ちは大体メイドロボを所有し、家事は勿論、人によっては仕事の雑務まで任せることも増えてきている。私立探偵をやっていた私は、ある財界人について探りを入れる依頼を受けて、よく仕事を共にする情報屋のもとに相談に来ていた。当然、ターゲットも自宅に複数のメイドロボを所有している。であれば、メイドロボに化けるというのはいいアイディアかもしれない。しかし、だからといって本当に体を弄りまわす必要があるだろうか? 私が演技をするのではダメなのだろうか? 潜入捜査は何度も経験があるし、ロボットに化けるぐらいできるという自信があった。むしろ普通に人として近づくよりも楽ではないか。 「よし、じゃあここは一旦、本物を見てこよう。それでどうだい?」 「ええ、まあ」 役作りのためには当然だ。いや、まだメイドロボに扮するって決まったわけじゃないけど。 私と情報屋は、メイドロボを販売している専門店に向かった。車内でほかにいいアイディアや役に立ちそうな情報はないか聞いたものの、ターゲットは用心深いらしく、付き合う人間は選んでいるし、接近するにも自宅に招かれるまでになるには時間がかかりすぎる、という話だった。メイドロボなら買い替えやメンテの際に簡単に潜入できるから、機会は多い。 (でもなぁ……) 実際に、メイドロボが使用しているナノマシンを神経系に投入して、メイドロボのAIに体を任せるなんていうのは恐ろしすぎる発想だ。彼女たちの言動をよく観察して演じるんじゃだめ? メイドロボは町中ですれ違う程度だけど、そこまで違和感を抱いた覚えもない。 「実際に動いているところをご覧になられますか? はい……こちらへどうぞ」 ところが、専門店で目の当たりにしたメイドロボたちは、確かに一目で人間じゃないとハッキリわかってしまった。具体的にどこがどう、と言われると困るけど……。ゲームでnpcやbotとプレイヤーを一目で見分けられる感覚に近いかもしれない。行動原理が違うというのかなんというのか……。生きた細胞を主体に使っているだけあり、不気味さを感じさせないほどに人間っぽいけど、それでも纏う雰囲気は明確に異なる。あれは一朝一夕の演技では無理だ。 「わかった?」 情報屋は勝ち誇ったようにそう言った。あーわかった。でも……私がなるの? あれに? 照明を照り返すテカテカとした肌、樹脂のような質感のメイド服。微笑んではいるが意思の宿らない瞳。自分がああいう風になって人に顎で使われているところを想像するとゾッとする。でも……今回の依頼は大きな仕事だし、やり遂げたい。ターゲットに接近して表に出ない情報を調査するには……。なるしかないのだろうか。メイドロボに。 後日、情報屋が私に改造内容を伝えた。まず見た目を整えること。メイドロボの艶々とした肌に近づくよう特殊なコーティングを施す。まあそれはまだいい。問題は体内。メイドロボを動かしている神経系のナノマシンを私の体内に投入する。そして、メイドロボのAIをインストールする……。本当にメイドロボになるってことだ。 「本当に大丈夫なの? そんなことして」 「違法も違法だけど、バレなきゃいいんだよ」 「いや、そっちじゃなくて」 「くどいなあ。同じ原理のナノマシンは、医療にも使われているんだよ」 知ってる。私も私なりに調べた。半身不随を直したってニュースも出てきた。でもそれはあくまで医療用。メイドロボのものは人間に投与することは想定してないはず……。 情報屋は何度目になるかわからない説明を再度繰り返した。メイドロボは基本的には生きた人間と同じ。それで問題なく動いているのだから、安全性に関しては問題ないのだ、と。 「ま、もちろんしばらく様子を見てからだけどね」 情報屋は彼の伝手でメイドロボの修理工場を一晩借りるので、そこで改造を施すと私に告げた。しばらくメイドロボとして振る舞えるか確認して、それから機会を待って本番となる。彼とはこれまでに何度か仕事をこなしている。信頼は一応ある。任せて大丈夫だろうか。しかし不安だ。ロボットになるなんて……。そして何より心配なのは、あとで元に戻せるかという点。コーティングは頑張れば落とせるらしいが、体内のナノマシンはそのままになると聞き私は驚いた。 「大丈夫。システム切っちゃえば実質元通りだから。何も後遺症とか残らないって」 これからずっとメイドロボのナノマシンを全身に取り込んだまま生きていかなくちゃならないってこと? 本当に平気なの? しかし、乗らないわけにはいかない。ターゲットは何か反社会的な活動に手を貸しているらしいことが私の調査で判明しつつある。真実のため、正義のため、私は彼にもっと接近しなければならないのだ。 「借りられるのは一晩だけだ。急いでやろう」 当日。何も知らない従業員が全員工場からいなくなったタイミングを見計らい、私と彼は借りた鍵で裏口から侵入した。油臭い匂いが漂う中、唯一それが薄い一角にメイドロボの整備用機械が並べられていた。中心に円形の台座があり、底からいろんなコードが伸びて周囲のパソコンや機器と繋がっている。 「じゃ、まずは中からだ」 いきなりそこから? 心の準備が……。いや、もたもたはしていられない。私だってプロだ。 「ええ」 情報屋はホースのような管を装置から伸ばし、私に加えるよう言った。ここからナノマシンを飲むのだと。 「それだけ?」 「ああ。あとはナノマシンが自動的に体内で神経系と融合してくから」 ゆ、融合……? もっと他に安心させる言い回しはないわけ? 取り返しのつかなさ感が半端ないんだけど。しかしもたもたしていると時間がなくなる。従業員にバレないようにする後始末の時間も必要なのだ。意を決して私はホースを口にくわえた。もっと奥に入れるよう言われ、私は僅かに震えながら、ホースを喉の奥へ近づける。 怖い。やっぱりやめたい。その思いがピークになった瞬間、情報屋が言った。 「じゃ、いくよ」 頷くしかなかった。今更やめられない。 ホースの温度が下がり、冷たい水のような液体がちょろちょろと喉へ流れ出した。次第に勢いが強くなっていく。 「……っ!」 溺死しそうな気がして、思わずホースを口から取り出そうとしてしまう。すぐに情報屋が力づくでそれを阻止する。 (んんんっ!) 苦しい。息が……。あとで……おぼえて……なさいよ……。 注入が終わった後、私は急ぎホースを口から引き抜き、体が許すまでむせ続けた。流石に工業用だけあって人間にぶち込む時のことなんて考えられていない。そんなものをあんなに飲まされて本当に大丈夫なんだろうか。でも飲んじゃったものは仕方ない。 「さ、急いで急いで」 くそっ、楽しんでるな。だって次は……。 「それじゃ服を脱いで。コーティングするから」 こいつの前で裸にならないといけないなんて最悪だ。くう……。 しかし恥ずかしがってはかえってみっともない。堂々としてりゃいい。仕事なんだから。 私は抵抗も抗議も行わず、言われるがままに服を脱いでいった。一応できる限りの手入れはしてきたつもりだ。毛も全部剃ってきたし……。下も。 最初はニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら私の裸体を観察していた情報屋だが、わりと早く仕事モードに戻った。助かるが、同時に少しイラついた。滅茶苦茶手をかけてきたのに。 「これだとまだメイドロボには足りないから、そこに寝て。コーティングの前にちょっと特殊メイクするから」 まるで私の肌がダメだみたいな。頑張っただけにより一層イラつく。でも彼の言うことはわかる。メイドロボたちは一点の曇りもない美しい肌の持ち主たちだ。私の肌は所詮人間の肌。血管も見えるし、黒子や染みに皺もある。私がマットの上に転がると、彼は肌色のクリームを取り出し、私の肌の「汚い箇所」を一つずつ塗りつぶしていった。 「んじゃ、お次は……」 「そこは自分で」 ただ、乳首と股間だけは断固拒否し、そこだけは自分で塗らしてもらった。少しネットリとする肌色のクリームは私の乳首を肌色の突起に変え、股間のアレコレをすべて塗りつぶし、何もない平坦な局面に変身させた。まるでマネキン人形のようだ。 「じゃ、コーティング始めるから」 クリームが乾くのも待たず、私は透明な円柱状の容器に入るよう促された。 「どうせコーティングしたら落ちなくなるから大丈夫」 彼は時間を気にしながら制御盤を叩いた。容器の扉が開く。ちょうど人間一人が入れる大きさだ。側面に太いチューブが繋がっている。容器内には多数の小さなノズルがある。あそこから吹き付けるのか。 「準備いい?」 「ええ」 扉が閉まり、ゴウゴウとすごい音が鳴る。チューブの中を大量のコーティング剤が走り抜けているのだ。すぐに周囲を取り囲むノズルから、猛烈なシャワーが噴出する。 「んっ」 思わず両腕で顔を隠す。台風に打たれているみたいだ。透明な容器はすぐに吹き付けられたコーティング剤で透過率が下がり、外がぼんやりとした見えなくなった。が、「顔を隠すな」と彼がジェスチャーしているのだけはわかる。痛みすら感じる豪雨の中、顔を正面に晒すことを本能が拒んだが、私は胸を張った。顔面に熾烈な雨が叩きつけられる。その雨は滴り落ちることなく、私の肌に張り付き、瞬く間に占領していく。 (うう……) 薄い膜のようなものが全身を覆いつくしていくのがハッキリと感じ取れる。髪も顔も、両腕も、足も、股間も……。私は必死に耐え続けた。ロボットたちはこれを耐えられるんだろうか? いや、動かないように指示を出しているのかな……。 コーティングが終わり、容器から出られたころにはヘロヘロだった。立っているのもきつい。もうちょっと穏やかにならないものだろうか。まあ、ロボット用の設備だから中の人の快適さなんて微塵も考える必要ないのか……。改めて自分がとんでもないことをやっているのではと不安が増大する。 「よし、成功だ! 鏡見る?」 情報屋が鏡のある壁まで私を案内した。私は全裸のままふらふらとついていき、そこで生まれ変わった私の姿を見た。艶々としたメイドロボの肌。顔からつま先まで、全身があの日専門店で見たメイドロボそのものだった。肌が異常に綺麗になったからか、若返ってさえ見える。 「さ、次にこれを」 情報屋はクッキーのような固形物を密封されたパウチから取り出した。 「それは?」 「腸内の分解を助けるナノマシン。これを飲めばもうトイレに行く必要なくなるし、電気と光、空気だけで必要なエネルギーがとれるんだ」 確かに、メイドロボとして潜入している間食事やトイレに行くことは許されない。バレる可能性が高すぎる。でも、電気で生きるなんて本当にロボットみたいだ。 「本当ならさっきより苦しいやり方で注入するはずなんだけど、流石に無理だろうってんで頑張って固形物にまとめてきたんだ。用意するの大変だったんだぞ」 「そう……それはどーも」 私は固形物を口に入れ、味のしないへにゃへにゃした固形物をかみ砕いた。まっず。水ないときつい。 「少し休んだら仕上げだ」 ようやくの休みに、私は近くにあった椅子に腰を下ろした。情報屋がジロジロ私の方を見るので何事かと思ったが、すぐに自分が全裸のままであることを思い出した。やっぱり恥ずかしい。工場内に、知り合いの男性がいるまえで全裸のままうろうろしているなんて。屈辱だ。……もう大事なところはすべてクリームとコーティングの下に封印されてしまったとはいえ。 待望の服。メイドロボが下着代わりにしている真っ白なレオタードを装着する。続けて肘まで覆う白い長手袋と、膝上まであるニーハイソックス。体が純白に染まる。全裸よりはマシかもしれないけど、これはこれでかなり恥ずい。肌と同じように艶々としているし、質感はまるで樹脂のようで、布っぽさが薄い。服というよりパーツというか。しかし伸縮性は高く、突っ張ることもなくスムーズに動く。私の体にぴったりと張り付いたまま。 「じゃ、癒着するから」 私は両手を掲げ、万歳のポーズをとった。彼がスプレー缶を丹念に私の体に吹き付ける。ちょっとずつ服の拘束が高まっていく。ただでさえタイツのようにピタリとフィットしていたレオタードや手袋が、一分の隙間もなく肌そのものに張り付き、同化していく。メイドロボの服は基本的に体と一体化していて脱がせないのだが、私もそうなるのだ。 (やだなあ、ずっとこんな格好のままだなんて……) 脱げないメイド服。人とメイドロボを隔てる最大の違いの一つに違いない。自分がロボットにされているかのようで恐ろしい。……いや、本当にされているんだけど。 レオタードはしっかりと肌にはりつき、私の新しい皮膚となった。引っ張っても脱ぐどころか、一切の隙間が生じない。ニーソと手袋にもスプレーが吹き付けられ、いよいよ私は後戻りできなくなった。私の肌がのぞくのは顔と上腕、太腿だけだ。 いよいよ最後の改造。私の頭に基盤むき出しでコードが伸びる、重々しいヘルメットがとりつけられる。メイドロボのAIがインストールされるのだ。 「だ……大丈夫ほんとに? 私の頭おかしくなったりしない?」 「ナノマシンの方だから関係ないって。自前の脳は無関係」 うーん……。実質、自分のうちにもう一つ脳ができてそっちに体を預けるってこと? それがそれで怖いんだけど……どうしようもないか。メイドロボを演じるにあたって一番大事な部分だから。 特に痛みも違和感もなく、ぼーっとしている間にインストールは完了した。 「終わったよ」 「終わったの?」 何も感じない。脳内にもう一人の自分が生まれて……とかもない。なんだか拍子抜けだ。 ヘルメットを外し椅子から立ち上がる。特に何にも……。テカテカとしたレオタードと太腿の方が気になるし違和感やばいかも。 「よしっ、これで今日の工程は終了だ。後片付けして引き上げよう」 機器を使用した痕跡を消し、私たちは夜明けごろに工場から引き揚げた。 「おかえりなさいませ、ご主人様……っ!」 「おおーっ、ふふふっ、いいじゃないか」 翌日、情報屋は自らを所有者にして私のメイドロボAIを起動した。体が勝手に動き、彼の命令を聞いてしまう。彼が玄関から戻ってくれば出迎え、そうでなければ家事を行うか待機。待機中は白い円形の充電台の上に立ち、両手を重ねて動けなくなってしまう。まるでマネキン人形のように。 (うっ……うぅ) 自分の意志ではない力に自分の体を勝手に動かされてしまう悍ましい感覚は、すぐに慣れるものではなかった。しかも私はメイド服を着せられていない。白いレオタード、手袋、ニーソの姿だけでメイドロボとして彼に応対させられている。本来ならスカートがあるであろう空中を指先でつまむ度、死ぬほど恥ずかしくなってくる。こういうのはやるならやるでキッチリ決めていた方がまだましなのだと知った。 そして私の中に、疑念が渦巻く。もしも、もしも彼が裏切ったら? 私は永遠に彼のメイドロボにされてしまうのではないか。だって、自分の意志で体が動かせないのだ。逃げることも抗議することもできない。自分の意志を示すということ、この体の中に私という意思が存在することを証明する術がない。自らの生殺与奪を100%預けてしまう行為。やるんじゃなかった。怖い。恐ろしい。 「本番ではAIの支配率は50%にするから、明日からその状態の訓練もしておこうか」 当然、完全にメイドロボになっていたのでは調査なんてできない。ある程度は自分の意志で動けなければ。 支配率を下げると、昨日までの牢獄はなんだったのか、急に自分の体をある程度操れるようになった。体が言うことをきいてくれる。当たり前だと思っていたそれだけのことが心底ありがたい。体験していない彼は笑っているけど、自分でやってみろっての。 しかし、メイドロボAIもなくなったわけではなく、絶賛稼働中である。私が自分で動く間も、メイドロボAIはAIで体を動かそうとする。私はそれに抵抗しつつ、自らの手足を操舵しなければならない。充電台に戻ろうとする足を無理やり前へ進めていく。ちょっと気を抜くと体は回れ右して充電台に戻り、基本姿勢で固まってしまう。そうするとまた基本姿勢を崩すところからだ。常に反抗し続ける手足を強引に操るにはかなりの体力を要する。調査はきつそう……。もうちょっとAIの力を弱められないかと打診したが、これ以上弱くするとふとした拍子に「私」の方が出てしまい、メイドロボじゃないことがバレる可能性が高まるという理由で却下となった。そりゃそうかもだけど……。これで調査、できるかなぁ……。 潜入の機会は思ったより早く訪れた。それだけ早くこの半端な恥ずかしい生活が終わるわけだからありがたいかもしれない。いや、いよいよ完全なメイドロボになるわけだから悪化なのかな……。やってみなくちゃわからない。 情報によると、ターゲットが新しいメイドロボを購入したことが判明。情報屋は首尾よく業者に成り代わり、本物のメイドロボを隠し代わりに私を送り出す手筈だ。そのためにやらなくてはならないこと、それは……。 「えっ、うそ、これを……?」 情報屋が仕事場に搬入してきた本物のメイドロボは、都合よく私と背丈がよく似ている。特筆すべきはアニメキャラのように鮮やかなピンク色の髪。短いポニーテールに結ってある。太腿には緑色に光る1789の文字。これはメイドロボの製造番号だ。ナノマシンによる刻印で、要は入れ墨だ。この番号は一度刻むと番号を形作るナノマシンが皮膚の深いところに根を張るため、二度と除去できない。 私がこの機体に成り代わって潜入するということ、それはつまりこの格好をしなければならないってことだ。 「こ、こういう趣味なんだ……?」 ターゲットは立場ある人だし、もっとクラシックなメイドロボかと思っていたが。ピンク色の髪にリボンやフリル満載のミニスカメイドとは……。 (こ、この格好で……潜入するわけ?) こんな派手な……そろそろ年齢的にもきつい格好での潜入作戦なんて初めてだ。聞いたこともない。はぁ……。でも白レオタードと手袋、ニーソだけの変態装備よりは幾分か格好つくだろうか。たとえピンク髪のミニスカメイドでも。頭と腰に漫画みたいに大きなリボンがついていても。 情報屋はメイドロボ1789号と全く同じ衣装も用意していた。ようやくこの変態的姿から抜け出せる。早速袖を通し、私はミニスカメイドに変身した。腰の大きなリボンが揺れる。これも恥ずかしいなあ……。 専用の染料で髪を染める。彼曰く「絶対落ちないから大丈夫」とのこと。それって、私の髪はずっとピンク色のままってこと? よりにもよってアニメキャラのフィギュアみたいな色が定着しちゃうのか。早くこの仕事を終えて元に戻りたいな。 乾くのを待ってから、私の髪にメイドカチューシャがセットされた。これもアホみたいに大きな白いリボンがくっついており、私は思わず赤面した。鏡に映る自分の姿は隣のメイドロボと瓜二つ。テカテカとした肌と手袋類、樹脂みたいな質感のミニスカメイド服。派手なピンク色の短いポニーテール。確かにこれならバレなさそうだ。今はAIをインストールしておいて正解だったと思える。こんな格好して潜入調査を続けるのは辛い。それもメイド喫茶みたいな場ならまだしも、自宅だもんね……。 「それじゃ、これが仕上げだね」 メイド服とカチューシャに癒着スプレーが吹き付けられる。レオタードとメイド服の隙間が見る間になくなり、ピタリと這うように張り付き、一体化していく。 「よし。次が本当に最後」 人とメイドロボを隔てる最大の違い。それは太腿の製造番号だ。情報屋は緑色の長方形シールを手に持ち、私に足を広げて寝転がるよう指示した。あまり気持ちの良い体勢ではないけど仕方ない。ずれたら台無しだから。 彼が今私の太腿に張り付けた紙。メイドロボの製造番号を偽装するためのタトゥーシール。本当の製造番号は皮膚を切り裂き、そこにナノマシンを植え込むという手法で、一度刻んだら二度と除去できない。だからシールというわけ。 「ま、これもナノマシンの印字だから、中々落ちないんだけどね」 「えっ……」 「平気平気。頑張れば落とせるから」 ふ、不安だ……。製造番号なんて体に刻まれたくないよ。そしたら本当にロボットじゃん。 転写シートをはがすと、そこには緑色に光る製造番号が、クッキリと私の太腿に刻み付けられていた。なんだか恐ろしい。もうこれをみたら、誰も私を人間だとは思わないんだろうな。だから潜入できるんだけどさ……。 いよいよすべての改造を終えた情報屋は梱包の準備を始めた。その間私は鏡を見ながら、今や自分の髪と融合してしまったリボンカチューシャを軽く引っ張ってみたり、短いスカートの裾を揉んでみたり、自らの光る太腿を覗き込んでみたりして、自分の新しい体に複雑な気持ちで接していた。 私のメイドロボAIを情報屋が起動。支配率は50%。全身がピンと伸ばされ、私はスカートの前で両手を重ね、背筋を伸ばして動けなくなった。動こうと思えば動けるが、相当に力を込めなければならない。 「大丈夫そうだね」 大丈夫って言っていいのかな。これを。 「よし。箱に入って待機」 「はい」 口からひとりでに言葉が飛び出した。ここ数日の訓練でわかっていることだけど、口ばっかりはどんなに頑張っても私の意志では動かせなかった。強い力を込めやすい手足と違い、喉やら表情やらはAIのパワーに負けてしまうのだ。私はもう潜入調査を終えるまで、自分の意志で声を出すことはおろか、表情を変えることすらできないのだ。そう思うと怖くなってくる。 体が勝手に動き、本来1789号が入っていた箱に私が入り込む。基本姿勢をとって固まる。外から情報屋が未開封の新品に見えるよう加工し梱包する。真っ暗だ。 (あ……うぅ……) 急に心細くなってきた。本当に……本当にうまくやれるんだろうか。もしもバレたら? この体で逃げおおせる気はしない。捕まればいい物笑いの種だ。或いはそのまま完全なメイドロボにされてしまい一生そのままとか……。経験にない常識外れな潜入なだけあり、嫌な予想ばかり膨らんでしまう。でも、仕事でここまで怯えたこと今まであっただろうか? 体が自分の意志を離れているのがきっと最大の原因だろう。自分の精神、肉体の中の中という決して侵されるはずのない領域を見知らぬ外部勢力に半分乗っ取られている状態なのだ。恐怖を抑えられないのも無理はない。だから決して私がプロとして意識が低いとかそういう話ではない、きっと……。 宙に浮く感覚。箱が搬出される。私はこのまま、新品のメイドロボとしてターゲット宅に送られる。それまでの数時間……いや十数時間、この暗闇の中で身動きもせず棒になっていなければならないのだ。商品として売られる……私が。本当にロボットか。食事やトイレはどうしよう。ふっとそんな考えが頭に浮かんでは(いや、もうその必要はないんだから、大丈夫……)と自分に言い聞かせる。そしてこれを通じてああ、自分はちゃんと人間なんだと実感できて、少し安心できた。 トラックの振動が止まり、横のまま宙を移動する浮遊感が去り、直立してから少し。私はようやくターゲット宅に届けられたのだと悟り、ほっとした。やっと暗闇から抜け出せる。 丁寧に梱包が解かれ、目の前が明るくなった。人間のままだったら思わず目を細めていたかもしれない。が、AIに支配されている私の顔は一切怯むことなく直視を続けた。そのせいで目が焼けるかと思ってしまったけど。 配達員と使用人……奥にターゲットが見える。少し遠くから満足そうに私を眺めている。よし。使用人が 「こい」 と短くつぶやき、それに私の体は私より先に反応した。 「はい」 使用人の後をついて歩きながら、私はこの屋敷の観察をしようと思ったが、目を動かすことができず、視界に入るのは使用人の背中ばかりだった。 整備室には複数の充電台があり、大半は空いていたが2台だけ待機姿勢のメイドロボがいた。片方は私のように可愛らしい派手なデザインだけど、もう片方はクラシックな落ち着いたデザインのメイドロボだった。 (あ、あっちがよかったぁ) と私はそのメイドロボを羨みながら空白の台に立たされる。使用人はメイドロボのデータ管理をする端末を私の太腿、製造番号の箇所にあてた。一応このタトゥーシールは本物同様に機能してくれるらしいから、バレないはず……。 「よし、仕事に入れ」 「はい」 私の体はやはり勝手に動き出し、台座から降りると整備室を出て一人で歩き出した。変な気分だ。まだどこに何があるかわからないのに、何をすればいいか何も言われてないにも関わらず、私の体はどこに何があり、何をすべきか熟知しているようだった。さっきのはデータ移行……。前に使っていたメイドロボか、あるいは「同僚」の学習記録を私にコピーしたのだろう。 用具入れの前に立った私の体は、そこから掃除用具を取り出した。迷いのない動きで、どこに何があるのかバッチリ把握しているのは明白。そのまま廊下の掃除を開始した。勝手に掃除する体。「私」はまだ何にもわかっていないのに、AIは全て理解している。どうでもいいこと、むしろありがたいことのはずなのに、なんだか無性に悔しく、焦りが生じた。私よりメイドロボAIの方が私の体を上手く使っているかのように感じて。 掃除の最中、他のメイドロボと合流すると、やはりスムーズに連携しながら掃除を進めだした。複数のメイドロボたちに混じって掃除をさせられていると、屈辱感が募る。まるで本当にメイドロボの仲間入りを果たしてしまったかのように思えてしまう。 (わ……私は違うんだからね。あんたたちとは……) 脳内で不思議な対抗心を滾らせ、私は心中ほかのメイドロボたちに牽制した。 私は夕飯の支度には参加せず、整備室に戻ることもなく、おそらくはターゲットの書斎に向かった。チャンス。探るまたとない好機。部屋の中には充電台が3台あり、すでに2台が埋まっている。私と同じように可愛らしくデザインされた金髪ツインテの子、水色の長い髪を持つ子。私はその端っこにある空いた台座の上にたち、待機姿勢をとり固まった。 (ははーん……) 私みたいな恥ずかしい格好のメイドロボはおそらく……。パーソナルな、私用のメイドロボなのだろう。大人しい服装のメイドロボたちは今頃夕食の準備か、来客の応対手伝いでもしているに違いない。潜入としては大当たり。多分来客に見られて無駄な恥をかかなくて済みそう。 (……で、でもやっぱり、普通のメイドの方がよかったかも……) 隣に並ぶアニメキャラみたいな2体のメイドロボと同列に並べられている今、私は自分が好きでこんな格好をして、この子たちの仲間入りをしたわけじゃないことに言い訳しなくてはならなかった。 ずっとマネキン人形のように部屋を飾り続けること数時間。仕事を終えたらしいターゲットは、私たちに指示を出した。 「あれ、やってくれ」 「「はい」」 私たち三人は一斉に台座から降りると、突如はちきれんばかりの笑顔を作り、甲高いアニメ声で 「「ドール・メモリアル、いきまーす!」」 と叫び、片手を高く掲げた。 (へぇっ!? な、なに!?) 私の体は私の困惑など意に介さず、その場でアイドルのように踊りながら、アニメ声で知らない歌を歌いだした。 (うええぇぇっ!?) どうやら、これが……ターゲットの趣味らしい。アニメみたいに可愛くデザインしたメイドロボに「ライブ」をやらせることが……。 (あっ、ちょっ、待って、やだっ、恥ずかし……) ノリノリでミニスカをヒラヒラと振りながら舞い踊ってしまう自分に羞恥心はすぐにマックス状態となった。いい歳して髪をピンクに染めてアニメキャラ気取りでアイドルごっこなんて、とてもじゃないけどすぐには受け入れられない。第三者がみたら、いや誰が見ても、今の私はノリノリでアイドルごっこをやっているメイドコスプレ女ってことに……。 最後にポーズを決め、私たちはターゲットに微笑みかけた。彼は鼻の下を伸ばしながら満足気だったが、私は屈辱と羞恥心でどうにかなりそうだった。知らないおっさんのために、どうして私がこんなことを……。しかもライブ終了後も、私は可愛くポーズを決めたまま動けず、ターゲットは私たちをそのまま部屋のオブジェとして運用した。 (まっ待って。待機姿勢に戻して……) 願いむなしく、ターゲットは深夜に部屋から姿を消した。消灯された暗い部屋の中で、いつまでもライブ終了直後のまま時間が止まった私たちだけが後に残される。 (くっそー……) 好き勝手操ってくれちゃって。私は手足に力を込めて、動き出した。きっともう床に就いたころだろう。調査するなら今のうち。しかしやはり全身が突っ張る。元の可愛らしいポージングに戻ろうと、体は一秒も緩むことなく私の体を操作し続ける。 (~~っ!) 必死にAIに抗いながら、私は書斎の調査を行った。ちょっと気を緩めると台座の上でポーズしてしまう。そこからポーズを崩して降りるのがまた大変。 (ま……毎日は調査するの無理かもね……) 遠い部屋の調査とかどうしよう。たどり着けるんだろうか。やっぱり支配率もう少し落とした方が……。でももうここにメイドロボとしてやってきたしまった以上、そこの調整はできない。ターゲットの慰安用アイドルごっこメイドロボとして、私たちは三人ユニットの一人に組み込まれてしまったのだ。 (逆……逆に考えて。恥ずかしいけど、これはチャンス……なんだから……) 「えへっ、ご主人様、だーいすきっ」 (うえええっ) たまの休みの日などは最悪だった。私は、いや私たち三人は、アニメボイスをひねり出しながらあざとくターゲットに媚びるのだ。決して自分でやっている行為ではない、AIがデータ通りに実行しているだけだと頭ではわかっていても、喋っているのも私、腰をくねくねさせているのも私の体。私が本当にご主人様のためにやっているのだと錯覚させられる瞬間が一度や二度ではない。それもそのはず、人間の脳は自分以外の意志がここまでの精度で体を操ることなど想定の範囲外だろう。私が私の意志でやっているのだと脳は誤認してしまうし、全身の神経もいかにもそう思わせてくる。 (ち、ちが……私、こんな痛い馬鹿な女じゃないっ) 必死に脳内で戦わなければ、気づけば受け入れてしまいそう。潜入前にはわからなかった誤算。 (うー……) 救いは、そういう日は少ないってことくらいか。ごしゅ……ターゲットは忙しい身なので、寝る前にちょろっとが基本だ。一日中媚び続ける日は少ない。それでもかなり恥ずかしいし、私という存在そのものが完全にこの男に屈服させられたかのようで気持ちが悪い。 (早く調査を……) 夜に体に逆らいながらこの男の調査をしている間だけは、この男の所有物ではない。調査はいつの間にか私が私であることを証明するための重要な時間となっていた。しかしその間も体は彼のメイドロボに戻ろうと常に圧力をかけてくる。これで支配率半々だなんて信じられない。ほとんどメイドロボAIのものとしか。 遠くの部屋へ遠征に行くときなどは相当に体力を使うので、日を空けなければならないことも。しかし、一日中完全なメイドロボでいると、たとえようもない喪失感と被征服感に襲われる。まるで自分がこの男のための媚び媚びメイドロボになったことを受け入れてしまったかのように感じてしまう。「仲間」の2体と同じ存在として肩を並べるのが怖い。取り込まれてしまいそう。 屋敷中が寝静まった夜、私はぎこちなく体を動かしながら仲間のスカートをめくり、製造番号を覗いた。本物の製造番号が緑色に光る。シールではなく、実際に彼女らの太腿にしっかりと刻み付けられているのだ。 (ふんだ……。私のは違うんだからね……) わけのわからない対抗心の元、私は自分がロボットでないことを懸命に言い聞かせた。 (もう、十分かなー……) 一か月ほどのうちに、私は十分すぎる量の調査を終えた。あとは結果をまとめて依頼主に渡せば仕事は終わり。問題は脱出がいつになるか……。メンテナンス、または新品との入れ替えがあった際には情報屋が元の、本物のメイドロボと私を入れ替え、潜入調査は終了。そういう計画だが、私自身が新品である以上、事実上チャンスはメンテだけだろう。それまで私はターゲットが所有する恥ずかしいデザインのメイドロボとして、ご奉仕を続けなければならない。 待ちに待った定期メンテの日。ほか二人が屋敷を出ていくのに、私は一人書斎をかわいいポーズのまま飾り続けた。 (えっ、あ、あれ? どうして?) しかし、自分の意志でついていくわけにもいかないだろう。一体どうして……まさか人間だってバレた!? 肌を封印するコーティング処理がなければ、嫌な汗をかいていたかもしれない。しかし今の私の体から、汗は一滴も流れ落ちることはない。マネキン人形のように、常に綺麗に、清潔に保たれ続けるのだ。 (いや、落ち着け……) 私を買って一か月ぐらい。……まだ新品だからか。うっ、じゃあ最低でもあと一か月は無意味な奴隷生活を送らなければだめってこと!? (や、やだぁ……) ただのメイドロボ暮らしならまだマシだった。あいつのために萌え声で媚び言動をしたり、アイドルみたいに歌い踊ったりするのは精神的にきついものがある。体が迷いなく勝手に動いてしまうため、やはり自分でやっているかのような錯覚を私の脳は感じてしまう。それがたまらなく嫌だった。今しているこのポーズだって、誰もいない書斎で一人取り続けているのがどれほど馬鹿らしく、無力感を募らせるか。すっかりあの男に支配されてしまっている証拠なのだ。 (や……やっぱり、しれっとついていけばよかったかなぁ……) 変な動きをしても、それこそ故障のせいだと思わせられれば、ていよくここを抜けられたはずだ。私は数分前の自分の判断を呪った。 拷問みたいな一か月を余分に過ごした後、ようやく私の体はメンテに出発した。どっと押し寄せる解放感と疲労感。が、屋敷の玄関を出た瞬間に、まずい状況に気づいた。 (ま、待って私……外に出るの? この姿で!?) もう遅い。屋敷のほかのメイドロボたちに並んで、私は人通りの多い往来を堂々と歩かされた。周囲の視線が突き刺さる。 (み、見ないで……お願い……) ピンクの髪に装飾満載のミニスカメイド服。太腿に光る製造番号。こんな惨めな姿を衆目の前に晒すなんて、耐えられない。しかし変な動きをすればますます注目を集めてしまう。私はAIに全てを任せているほかなかった。 前後のメイドロボたちが落ち着いた格好な分、ますます私のコスプレ感が強まる。メイドロボより恥ずかしいメイドになっていることに、私の羞恥心はひどく疼く。知り合いに……知り合いに見られていませんように。いや、見られても気づかれてはいないはず。ただのメイドロボだと思って……お願い。 ようやく工場の敷地に入り、道行く人々からの視線はなくなった。が、今度は私を正真正銘メイドロボだと思っている工場の人々の無礼すぎる扱いに耐えなければならず、私は内心苛立った。 「あっちだ」「いけ」「こい」 とぶっきらぼうに命令されれば、私は素直に返事して粛々と従う。彼らは私をただのロボットだと信じて疑っていない。バレたら大変なことになるから、それはそれでいいはずだけど、私の自尊心はいたく傷ついた。 (わ、私は人間なんですからね!) 作業員に化けた情報屋の顔を見つけると、私は二か月ぶりに心から安堵できた。彼は首尾よく私一人だけを別室に連れ出した。そこには本物の1789号が待っていた。私そっくり。いや、私が彼女に変装してるんだ。「私」はあんな姿じゃない。 データを移された1789号はひとりでに歩き出し、部屋から出ていった。後はお任せだ。情報屋は私のAIを切り、コートを差し出した。数秒の沈黙の後、 (……あっ、「私」が動かないといけないんだ) 私はそれを受け取った。 「それでは作戦成功を祝して乾杯!」 情報屋のアジトで、彼は一人で酒をあおり、一人で見せつけるかのように美味しそうな食事をほおばった。 「ん? どしたの? 食べないの?」 「いや、私はまだ……」 AIを切られただけで、体はメイドロボのままだ。食事はほとんど受け付けない。 「あっそーだっけね。悪い悪い」 「……早く元に戻してよ」 「これ食べ終わったらね」 「……」 食事がすみ、報告書をまとめたあと、彼が切り出した。 「実はさ、別件で依頼があってね……」 「は、はぁ!? 絶対いやよ! お断り! いいから体を元に戻して!」 彼は続けて、ロボットメイド喫茶に潜入してくれないかと言ってきた。そこの情報を高値で欲している人がいると。つまり、まだメイドロボのままでいろってことだ。しかもメイド喫茶ってことは、恥ずかしい姿で恥ずかしい接客をしなければならない。知り合いとかがきたら一巻の終わりだ。 「大丈夫。皆君のことはただのメイドロボだと思うから」 「……それが嫌なのっ! 私はにんげ……」 突然、全身が気を付けして固まり、次の瞬間には両手が短いスカートの裾を持ち、頭を下げた。 「はい」 (え、ええっ!? ちょっと!?) こいつ、またメイドロボのAIを再起動しやがった。そんな卑怯な……。 反論しようにも、口は全く動かせない。メイドロボの支配領域だ。ならばと手足を動かし彼に詰め寄ろうとしたが、 (……あ、あれ……?) おかしい。手足が動かせない。どんなに力を込めても……いや、込めれない。手足に指令が出せていない。 (……ま、まさかコイツ) AIの支配率を上げやがった。ひょっとしたら100%まで……。そしたら今の私には何も抵抗の手段がない。自分の意志を見せることすら叶わない。 「いやあ、よかったよかった。きみならそう言ってくれると思ってた」 (ふ、ふざけないで! AIではいって言わせただけのくせに!) 「じゃ、万歳してくれるかな」 「はいっ」 (ちょ、ちょっとぉ!) 私は瞬時に両手を高く掲げた。憎き情報屋のあらゆる指示に、私は笑顔で従わされ続けた。 金髪ツインテールのメイドに改造され、新たな製造番号も与えられた私はメイド喫茶に搬入された。ここの「同僚」たちも皆、開店前には白い円形の充電台に立ち、太腿からは緑色の光がのぞく。みんなメイドロボらしい。 (くう……この、動けっ、私はメイドロボじゃない!) あの男はとんでもないミスを犯していた。私はAIの支配率が高いままで、自分の体に意思を反映する余地がない。それどころか、ここの何を調べればよいのかさえ教えられていない。 (こ、これじゃ……本当に何にもできないわよ、ただのメイドロボに……) 開店直前にホールへ出た私は、入口にほかのメイドロボと並んで立たされた。もう店の前には数人の客がいる。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら私たちを見つめている。 (や、やめなさい! 見世物じゃないわ!) しかし開店と同時に客が入ってくると、私は媚びた萌えボイスとあざといポージングで彼らを迎えた。 「おかえりなさいませ、ご主人様っ」 (ああっ、うぅっ) その後も私はアニメでしかみないような仕草としゃべり方で、恥ずかしい接客を演じさせられた。どんなに嫌だと思っていても、体が勝手にそれを実行し続ける。脳が自分でやっていることだと誤認をおこし、私はたかぶる羞恥心に頭がどうにかなりそうだった。 (誰か……助けて) 誰かひとりでもいい、私が人間だと気づいてはくれないだろうか。いや、太腿に刻まれた製造番号がある限り、それはありえない。それにテカテカと光沢を放つ肌、樹脂のようなメイド服。トイレも休憩もなしに働き続けるこの体。誰もが私をメイドロボだと判断するだろう。 それに、仮に人間だとわかってもらえたところで……。メイドロボに混じってノリノリでロボごっこをしている痛いコスプレおばさんだと思われてしまうだけ……。そんなの絶対に嫌だ。それに人間をメイドロボに改造するなんてのは違法もいいとこ、私自身が捕まるだけ……。 夜になると倉庫の充電台の上に立ち、マネキン人形のように直立していることしかできなかった。立ち並ぶほかのメイドロボたちと全く同じ姿勢、同じ服装、同じ肌、同じ凍り付いた笑顔で虚空を見つめ続ける。 (馬鹿じゃないの、あの男……私をどうするつもりなのっ) これじゃ潜入調査もクソもない。一体どうすれば……。 (い、いや……まさか) これこそがあの情報屋の狙いだったとしたら……。私は売られてしまったのだろうか。メイドロボとして。永遠にここで一介のメイドロボとして死ぬまで恥辱の労働をし続けなければならないのだろうか。 (そんな……) 必死に手足を動かそうとしても、やはりだめだ。ピクリともしない。私の体はメイドロボAIのものになってしまったままだ。 メイド喫茶を構成する備品の一つになってしまった私は、脱出の糸口もつかめないまま屈辱に身を捧げるだけの日々を過ごした。その中で、客が妙に身なりのいい人間ばかりなことに気づく。 (な、なんかおかしいわ……ここ……) そして、同僚たちが全員顔も体型もバラバラなことにも。 薄暗い倉庫の中、恐ろしい考えが頭に浮かび、私は恐怖と絶望で生きた心地がしなくなった。ひょっとして、ここは「元人間のメイドロボ」のメイド喫茶なのではないか? 私以外のメイドロボたちも、全員、人間を改造したものなのでは? (い、いや……まさか、そんな恐ろしいことが……) だとしたら……だとしたら情報屋の行動にも筋が通ってしまう。わざわざ私をただのメイドロボとして売ったり捨てたりするメリットも必要もない。それに潜入調査なのに目的も説明せず、AIの支配率を上げたまま送り込むのもあまりにあからさまなミスではないか。 ここが、人間を改造したメイドロボを集めた闇メイド喫茶なのだとしら。私をこの状態でここに送った……いや、売ったのは説明できる。きっと高値がついたことだろう……。ひょっとして、最初から全部このために……。 (うっ……。あ、あの男……!) 煮えたぎる怒りと重く胸に広がる絶望を抱えたまま、私は笑顔で接客を行う。短いスカートから除く製造番号を見せつけるかのように腰を振りながら。

Comments

いちだ

やっぱりメイドロボはいいですね。工場で機械的に改造されるのではなく、手作業で一つ一つメイドロボにされていくのも味があります。癒着スプレーのシーンは萌えました。

opq

感想ありがとうございます。やっぱり脱げなくなるのはいいですよね。