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(誰か! 誰かお願い、助けて!) その声が聞こえたのは、フリマ会場をうろついていた時。真に迫った叫びに驚き周囲を見回す。けど、誰も騒いでいる様子はなく、至って普通だった。近くで事故が起こったわけではなさそう。空耳か聞き違いだと思い、その場を立ち去ろうとすると再び聞こえた。 (私は人間です、人形じゃありません!) 「はぁ?」 思わず声を漏らすと、近くの人は私に怪訝そうな表情を向ける。さっきから訳の分からないことを叫んでる女には目もくれず、私一人がおかしいかのように。 (あーもう、何なのさっきから!) 謎の声はますます焦った声を張り上げる。 (買わないで、あぁっ、誰かぁ!) 誰も気にしていない。私だけ? 私だけに聞こえるの? 耳をまさぐってもイヤホンをつけたまま忘れているってわけでもない。いったいこれは……。 ふと、ある人形……いやフィギュアが目に入った。何かのアニメキャラ……それも魔法少女っぽい、ピンク色の可愛らしい衣装に、金髪のツインテールをなびかせた造形。 再度謎の声が響いた時、私はわかってしまった。音源は「彼女」だと。そしてこれはどうやら、私の脳内に直接響いているらしいと。 私は屈んで、そのフィギュアをジッと見つめた。樹脂製のフィギュア……なのだが、不思議とすごい迫力がある。まるで生きているかのようなオーラがある。 (誰か、お願いです、助けて……) 私がそのフィギュアを小突いてみると、「彼女」は(ひゃっ)と声を漏らした。私は出店してる人に断りを入れ、彼女を手に取り耳に近づけてみた。 (……? あっ! あのっ、もしかして、聞こえてます!?) 私は耳から彼女を離して頷いた。やっぱり、このフィギュアが……。しかしどうして。こんな不思議な体験初めてだ。 (お、お願いです、助けてください、私人間なんです、人形じゃないんですっ) 泣きそうな声だけど、さっきよりは少し落ち着いている。助かるかもと思っているらしい。 「このフィギュア何なんです?」 出店しているお兄さんに尋ねると、何故か彼は自分が売っているフィギュアについてよく覚えてないらしかった。でも自分が売っている、自分の持ち物で間違いないと。それだけは断言した。 (魔法ですっ、悪魔の呪いで、そういうことにされちゃったんです!) 私は必死に命乞いをするこのフィギュアに興味が湧いた。最初は不気味だったけど、私だけに聞こえるなんてなんかワクワクするかも。この子を買えば漫画の主人公のような体験が始まるのかもしれない……。 (あとで全部説明しますっ、買って! 買ってください! 後で必ずお返しします! 元に戻ったら!) 生きたフィギュアを手に入れた私は上機嫌で帰宅した。他にこんなフィギュア持ってる人いる? 絶対私だけだよ。すごいかも。すごい。 適当にだらけながら話を聞いていると、大体の事情が見えてきた。なんでもこの子は元人間で、悪い奴らと戦っていたが、負けてフィギュアにされてしまったらしい。現実に魔法少女がいたなんて驚き。面白そうな人生でいいなあ。私と違って。 「んーでも、私知らないよ? 魔法とか。元に戻す方法とかさあ」 (は、はい……。それはわかってます……。でも、どうかお願いします。私を助けてください……) 君らみたいな存在がこの世にあるってことも今日知ったのに、助けなんかできないし。どうしようもなくない? その日の夜、私は彼女を買ったことを後悔した。なにせ脳内に直接ああだこうだと指示や自分語りが届くのだ。耳を抑えても一切音量が下がらない。泣きわめいたりウンウン唸ったり、恥ずかしい呪文っぽいものを何度も叫んだり、迷惑千万だった。なんで私に聞こえるんだろう。波長が合ったとか何とか言ってるけど、んなもんいらなかったよ。 クーリングオフ……ってわけにもいかないか。フリマだし。しかしどうしよう、滅茶苦茶処分に困る。流石にゴミとして捨てるのは気が引ける。ていうかそれしたら殺人なる? 流石に捕まることはないだろうけど、後味が最悪だなぁ。かといって他の人に押し付けても結末は同じか。他に聞こえる人探す? うーん、しかし30センチもあるフィギュアを持って人混みをさまようのは私の社会的地位が危うくなる行動だ。 元に戻す方法……知らんし、調べようもない。魔法で検索したって、フィクションの話しか出てこないし。彼女から聞きかじったワードを入れても何も出ない。SNSにちょっと目撃報告っぽいのがあるだけ。 (フィニート! 元に戻れ! フィニート!) うっせえ……。物語の主人公になれるかも、なんてアホみたいなこと考えるんじゃなかった。安眠妨害だ。クソうぜえ……。 耳にタコが繁殖した三日目、私は何となく彼女にボールペンを向けて「フィニート」と唱えた。すると何故か効果があったらしく、彼女は動き出した。といってもそれだけ。本当の声は出さないし、魔法も使えないらしかった。無能すぎ。 (わーっ! ありがとうございます落葉さん!) 「そう。よかったね」 いい歳してお人形に魔法の呪文を唱えさせられたこっちの身にもなってみろっての。一人暮らしだったからよかったものの……。 しかしここまでくれば、もう誰かに押し付けていんじゃない? 私の理性がそう囁く。声が聞こえなくても、こうしてウロウロと動き回っている姿を見れば、彼女が生きていることに疑問の余地はない。それならゴミとして捨てたりはしないでしょ。 早速私は会社のオタクくんを呼び出し、彼女を見せた。が、何故か彼女は突如ピクリとも動かなくなり、オタクくんの手の中でいいように弄ばれていた。 (あっ、か、体が……動かな……ひゃあ! どこ見てるんですかぁ!) 「これは……なんのキャラなのですか?」 「いや、知らんし」 オタクくんは自分の知らない魔法少女フィギュアに困惑していた。しつつも、スカートの中はしっかり覗いた。 他にも数人で試した結果、彼女は私以外の人前では元通り動けなくなってしまうらしいことが判明。横流し作戦は頓挫した。 (うえー最悪) ずっとこいつの面倒みないといけないわけ? アニメみたいなキンキン声で脳内に直接話しかけてくる、なにもできない居候の? 30センチの小人に家事をさせるわけにもいかないし、音量を下げられない、ミュートにもできない状態で延々と色々話しかけてくる。お風呂入っていても、トイレにいても、彼女の声は同じ声量で響く。ノイローゼになりそうだった。あーはいはい、元に戻りたいのも、悪魔さんとやらがいる限り平和が訪れないのもわかったから、まずは私の平和を返してくれないかなあ。 半月ほど経ったが、彼女は家事をするでもなく、出ていくこともなく、ずっと私の家でさめざめと悲劇のヒロインを気取り続けるだけだった。(私、一生このままなんでしょうか……)とか(こうしてる間にも悪魔たちが……)とか、うるさい。おちおち考え事もできやしない。少し静かにしてほしいと言っても、彼女は考えること全てが私に繋がってしまうらしく、どうしようもないらしい。ホントかよ。(すみません……私に魔法が使えれば……)うるせえ。正直、私は彼女に協力する気はない。だって元に戻す方法とか調べようがないし、専門家である彼女が負けてフィギュアにされちゃったんなら悪魔さんとの闘いに私の出る幕とかないし。警察にでも行って欲しい。 ていうか、この子を助けたってだけでも悪魔とやらの攻撃目標になるかも、私。それは御免被る。しかしどう始末をつけたらいいのか、この生き人形は……。 解決策はある日、仕事先の男性からもたらされた。彼がプレゼンの前に香水のようなものを自らの顔に噴射しているのを見た私は、それが何かを尋ねた。なんでも自己暗示水といって、これをかけてから同じ言葉を3回唱えれば、暗示を刷り込みちょっと行動に影響を与えることができるらしい。彼はそれで緊張をほぐしていたのだ。まあ、実感できるような効果はなくて、気休め程度らしいけど。 けど、うちの小さな居候なら、実感できる程度の効果がでるかもしれない。私は早速暗示水を取り寄せて、それを彼女に試してもらうことにした。 が、最初は断られた。私は騒音対策として「考えない」暗示をかけてほしかったのに、万一それが成功しちゃったら本当に人形になってしまいます、とか何とか言って固辞する。もー、それが成功してほしいから頼んでるのに。別にいいじゃない、死ぬわけじゃないんだし。そもそも効果がどれぐらいでるかもわかんないし。 「ちょっとだけ! ちょっと試してみるだけ! ていうか、効果は30分ぐらいらしいから」 (ていうか、私喋れないんだから、どっちにしても無理じゃないですか?) そういやそうだ。私にはガンガン聞こえてくるからすっかり忘れてた。あー、お金損した。喋らなくてもいいバージョンとかないの? 同じ会社の製品を調べると、もっとよさそうなやつがあった。こっちは他人に催眠をかけるやつ。ペットの躾に使うらしい。人間や大型動物には効果ないって書いてるけど、この子小さいから大丈夫っしょ。 学習した私は、今度はお金を損しないよう人から借りた。私って頭いい。彼女を呼んで、私は霧状の催眠水を吹き付けた。 (ひゃっ。なんですかこれ。わた……し……わた……) 段々視線が定まらなくなり、呆けた顔で彼女は静かになった。よかった、効いたみたい。この間に3回言えばいいのね。 「いーい? あなたは……考えない。考えられない。考えられない。考え……」 数分後、ビクッと彼女が震えた。目を覚ましたらしい。 「起きた? どう? どんな感じ?」 (……えっと……) 声量はいつもと同じだけど、非常に心細そうな、芯のない声に聞こえた。言葉一つ一つに間がある。 (さっきの……) 「あー、そうね、除菌よ除菌」 (ああ……。ありがとう……ござい、ます……?) 一回じゃダメだったかな。でも以前よりは大分マシになった。その後しばらく様子を見ると、本人はしきりに首を傾げたり可愛らしく頭を抱えたりして困惑していた。途切れ途切れに言葉が聞こえてくる。自分に何か異変が生じたことは認識できているみたいだけど、あまり深く考えることができないでいるみたい。まだまだうるさいけど、昨日までに比べればだいぶマシになった。これならいけそう。 一日一回と書いてあるので、私はそれに従い、毎日彼女に催眠水をかけ、「考える」ことを放棄させていった。一週間も躾けると、とうとう我が家に静寂が帰ってきた。あのうるさかったお人形はすっかりお淑やかになり、私は気持ちよく一人でリラックスができるようになった。 (……?) 彼女は時折私の近くにやってきて、困ったような表情で私を見上げる。文句出ないってサイコー。ハッキリと言語化できるような思考ができなくなってしまったからか、彼女の言動は以前までとはうって変わって幼く見える。表情や大袈裟なボディーランゲージで、ストレートな感情表現をしてくるようになった。楽しい、嬉しい、寂しい、まるで猫みたい。 騒音が収まると、私も変わった。彼女がとっても可愛く見えてきたのだ。猫用の玩具を買ってきたりなんかして与えると、彼女は困惑しながらそれを使う。それを褒めれば、次第に笑顔でその玩具を遊ぶようになる。 「やだもー、すっかり可愛くなっちゃって。最初からこうだったらよかったのにー」 頭を撫でてあげると、嬉しそうに「鳴く」。 (~っ) 声にならない鳴き声が時折私の脳内に届く。それがたまらなく可愛くて、私はこの子を誰かに押し付けようなんて考えはもう全く浮かばなくなった。 「ふふっ、よかったぁー。あなたはねー、もうずーっとうちの子よー」 (~っ!?) 「いい子でちゅねー」 そうして、生きた可愛いフィギュアとの同居生活が、ようやく本当の意味で始まってくれたのだ。 (~っ!) 時々、何か言いたげな目で私に寄ってくるけど、何も言ってこないので適当に可愛がって寝床に戻してあげる。あの催眠水、ここまで効果がでるならもっといろんなことを教えてあげられそう。例えばそうねえ、ずっとニコニコ笑顔でいるようにとか。家の中が華やかになりそう。そうだ、もっとストレートに可愛く振舞うようにさせるとか。お着替えできたらよかったのにな~。オタクくんに頼んで服だけ削ってもらおうか? 楽しい夢想に耽りながら、私は一人穏やかに床についた。今日もしっかり寝られそう。

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