Home Artists Posts Import Register

Content

「仕事ですか? 私が? 私に?」 症状の進行が落ち着き、退院の目途が立ったころ、マネージャーさんが私に新しいお仕事の話を持ち込んできた。最初は信じられなかった。こんな体でなんの仕事ができるっていうの? でも、詳しい内容を聞くと納得。なるほど、これなら今の私にもできる。いや、今の私だから……。 縮小病。人間の体が縮んでいく恐ろしい奇病。女性にのみ発症することが知られ、今のところ治療法はない。ただ症状がおさまるのを待つだけだ。私もその患者の一人で、最終的に身長30センチまで縮んでしまった。もうこうなると、とても同じ人間だとは思えない。私はみんなからは人形のように見えるし、私からは普通の人たちが巨人に見える。だからこそこんな仕事が来たのだろう。もう役者なんて無理だって思っていたけど……。 十代の頃に演じた女児向けの特撮ドラマ。派手なピンク色のコスチュームを着て悪者と戦う……いわゆる魔法少女もの。そのシリーズがまだ続いているんだけど、新作にレギュラー枠で出て欲しいという内容。 私はすぐに受けることに決めた。役者どころか、これから一生要介護人生だとばかり思っていたので、この話は本当に嬉しかった。でも……不安もある。私はもう二十歳過ぎだけど……またあの衣装を着るの? 大丈夫かな、キツくない? あれ撮ったのは高校生の時だっけ。当時ですら結構恥ずかしかったのに。演じるキャラもどっちかというとアニメっぽい感じだったし。主役の中学生の子に並んで私があの格好を毎週? それ以前に、30センチに縮んだ体で、ちゃんと仕事ができるだろうか? うー……心配だ。色々と。 色々すっ飛ばして、衣装合わせから入った。撮影可能かどうか確かめるってわけ。透明な容器に収められたテカテカとした肌色のクリームは、まるで人を溶かして捏ねたかのように見えて不気味だった。これから私の全身にこれを塗る。衣装合わせというか、もはや改造か造形と言った方がいいかもしれない。服を脱ぎ、私が平たい板の上に横になると、メイク担当の女性が指先につけた肌色のクリームをそっと私の上にのせる。液体とも固体ともつかない、溶けかかったアイスのようなクリーム。ヌメヌメしていてあまり気持ちのいいものではない。 始まった。大きな指がクリームを全身に塗り広めていく。塊だったクリームはすぐに薄く延ばされ、私の全身をコーティングするかのように包み込んでいく。私が指示に従って両腕を横に伸ばすと、体の側面もしっかりとクリームで塗りつぶされる。両腕も脚も、肌色の艶々としたクリームに覆われる。最後は顔も。これは流石に少し気持ち悪かったが、しばらくすると何も塗られていないかのように、空気を肌で感じられるようになった。そんなに薄いのかな。重み厚みは結構感じるんだけど。不思議。 「はーい、背中見せてー」 私は寝返りをうち、後ろ姿を見せた。そこにもクリームの山が載せられ、それが指で薄く広げられていく。いよいよ全身がクリームに包まれる。さっき塗ったばかりなのに、もう私の前面のクリームは一切垂れたりしない。私の体のラインに沿って、皮膚と同化したかのようにピッチリと張り付いている。 やがて全身の施術が終わると、メイクの人は鏡を見せてくれた。そこには一点の曇りもないツルツルの肌を持った小人……いや、フィギュアが映っていた。こ、これが私!? すごい。このクリームの名前は確かフィギュアクリームといったっけ。名前の通りだ。樹脂みたいな質感を放つテカテカとした肌には、染みも皴も黒子もなく、血管も見えない。産毛の一本も、毛根もない。どこを見ても同じ色の、フィギュアのような肌。顔はややデフォルメされた感じになっていて、目が大きい。でも感覚はいつも通りだし、瞬きもできるし、違和感もない。どういう仕組みなんだろう。そして肌の汚れ衰え、そんなものは全てクリームの海に埋没し、代わりに綺麗な肌色一色に染め上げられたおかげか、相当若返って見える。高校……いや中学生でもいけるかも。私がジッと黙っていれば、みんな「美少女フィギュア」だと思うに違いない。自分で言うのもなんだけど。 「ふふっ、綺麗だよねー」 まるで自分に見惚れていたかのように思われたことがちょっと恥ずかしかったけど、あながち間違いでもないので私は言い返さなかった。 「それじゃあ服の準備するねー」 メイクの人の言葉遣いに違和感があったが、いつの間にか敬語を使われていないことに気づく。あれっ? いつから……? なんで? それも、友人や同期相手のため口って感じでもなく、まるで幼い子供を相手にしているかのような口調。私の方が多分年上なのに。いったいどうし……ああ。鏡が視界に映ると、本能が察してしまった。幼くなった顔と綺麗すぎる肌、そして30センチという人形みたいな身長。私は可愛い小動物か何かにしか見えない、思えないのだろう。私も自分が当事者じゃなかったら。お人形みたいなサイズの女性がお人形みたいな見た目していたら、きっと子ども扱いしてしまう。 鏡を見ていると、さっきは気づかなかった変化に気づいた。色々ない。乳首がなくなっている。いや、とれたわけじゃない。痛くないし……。自分の胸をさわると、バストアップしていることに気づく。ちょっと大きくなってる。ちょうど乳首を曲面が覆い隠すぐらいに。私の胸は肌色一色の曲面を描き、部屋の照明を照り返していた。 そして股間。何にもなくなっている。秘所も肛門も、何もかも。そこには最初から何もなかったかのようにツルツルで平坦な世界が広がっている。 (ほ、ほんとに人形みたい……) 「準備できたよー」 メイクの人が戻ってきた。次は衣装だ。私の衣装は衣装ではない。このクリームに似た製品で、そのまま体の上に造形するらしい。今日はそのテストなのだ。 用意された大きな金属製の装置。円柱状の容器に私は入れられた。周りを取り囲む壁には、多くのノズルが設置されている。 「はい、じゃあお目目つむってー」 わざわざそんな言い方しなくっても……。私は大人しく両目を閉じた。 少しすると、装置全体がガタっと揺れた。次の瞬間、四方八方から霧のようなシャワーが発射され、私の全身を襲い、容器全体を埋め尽くした。 (うひゃー) 私の体に吹き付けられた粒子は、そのままクリームの上に貼りつく。きっと白い染みやピンク色の染みがジワジワと私の体表に現れては大きくなっているに違いない。ナノ繊維がどうのこうの言ってたっけ。ナノ繊維は私の全身を覆いながら広がり、設定通りの衣装を形成していく。色、形、硬さまで。 次第に体が重くなっていく。特に頭が。髪の毛の先から何かが伸びて……髪型もこれでやるのか。まあ、その方が見栄えいいもんね、きっと。 心地よい、絹のような感触がクリーム越しに皮膚へ伝わってくる。継ぎ目のない服が一ミリの隙間もなく体に貼りついていくのがハッキリと感じ取れる。まるで全身タイツみたい……。いやそれよりすごい。本当に隙間なく体のラインに沿ってるみたい。まるで皮膚のように。 噴射が終わり、容器から取り出された私は再度鏡を見せられた。驚き。フィギュアだ。生きた魔法少女のフィギュアがそこにあった。それが動いている、私であるということがにわかには信じがたい。腰まで伸びる長いピンクのポニーテール、それを結う大きな白いリボン、ピンクと白で構成された懐かしいデザインの衣装。ハート模様が描かれた手袋、長いブーツ、腰と胸元を彩る大きなリボン。それらが樹脂のような質感と光沢を持って、私の全身に貼りついている。肌とクリーム、衣装、それぞれの間に一分の隙間もない。しかし、手足は問題なく動く。体を伸ばすと衣装もつっぱることなく伸びる。戻ると衣装も戻る。それで皴はできない。混乱さえするような出来だった。どんな姿勢をとっても、最初からそのポーズで成型された樹脂製フィギュアですと言われればきっと信じちゃう。あぁ、そういえばあったなあ、私のフィギュアも。数年前この衣装を着てドラマに出てた時。懐かしいな、という感情とこの歳でこの格好をしなければならないことへの恥ずかしさ。私はスタッフさんたちを褒めながらも、流石にちょっとキツイかも、という態度を隠すことはできなかった。 「平気平気、まだまだいけますって!」「そうだよ自信持って花咲さん!」「すっごい可愛いですよー、お人形さんみたい」 こういう時だけ急に敬語だからいやんなる。 その後、しばらく軽い運動をこなし、撮影は可能だと証明された。私は衣装とクリームを落として帰宅したが、数倍に広く感じる自宅に一人でいると、寂しさと自己嫌悪がどっと押し寄せた。汚いな、と思ってしまう。自分の手、足、顔を見ると。くたびれたノーメイクの成人女性……。ただでさえ縮んだことで碌に手入れもメイクもできないでいるのに。さっきの私は違った。まるでアニメの世界から抜け出てきたみたいに綺麗で、可愛くって……。 (あ、トイレ) おしっこをするだけで今の私には一苦労。やっぱり誰かと一緒に住んで面倒見てもらった方が……。ああ、やだな。この歳で介護人生なんて。体そのものは健康なせいで、感じる理不尽も半端じゃない。ただサイズが違うってだけで、こんなにも生きるのが難しいなんて。 トイレもお風呂も食事もいらなくなればいいのに。でもそんなことは……あ。そういえば今日、スタッフの人たちがなんか説明してた気がする。フィギュアクリームは人体から出る汚れを分解する機能があるから、撮影中は体と一体化した衣装を脱ぐことはできないけど、大丈夫だと。トイレに行く必要がなくなるから、汗も出ないからシャワーもいらないって。 (……) 日常でも、そうなればいいのに。 「きゃあー、可愛いー。子供の頃見てましたー、よろしくお願いしまーす!」 「ありがとう。よろしくね」 まだ子供でしょうがい。リアル中学生の主役と顔合わせした時は流石に辛いものがあった。溌剌とした、生きた若い肌とオーラに気圧される。あらゆる意味で作り物の肌を持ち、二十歳過ぎて派手なピンクの魔法少女衣装を着てこの子と並び、なおかつ同年代を演じるっていうんだから……。覚悟はしてきてたけど、実際目の前にすると折れそう。しかも、私は身長30センチの小人で、本能が即座に屈してしまう。なかなか大変な現場になりそう。でも頑張らなきゃ。せっかくのお仕事だし、それに多分、これで最後だろうから……。 私の設定はこうだ。人形にされてしまった先輩プリガー。敵のボスに人形に変えられてしまったが何とか逃げ延び、主人公をサポートしながら導く立ち位置。アニメだとマスコットがやるような役回りだ。 (マスコットかぁ……) 確かに、今の私はマスコットだ。対等な人間にはなり得ない。だから最初は敬語を使っていた人も、あっという間にペット感覚で接してくるようになる。 「クルミちゃん大丈夫? お水飲む?」 「大丈夫です、ありがとうございます」 下手すりゃ主演の子より子ども扱いかもしれない……。 『お願い、力を貸して! この世界を守って!』 私はいつもより甲高い声で演技した。前作を見直したらそうだったからだ。直視するのは中々恥ずかしかったけど。作中では私の年齢は変わってない設定だし、みんなもそれを望んでいるだろうからキャラ変するわけにはいかない。しかしやっぱり気恥ずかしい。リアル中学生相手に、二十歳超えてこの格好で中学生を演じるのは。しかもこのシーンでは相手は制服姿だから尚更だ。 動作も意識して大袈裟にしなければならない。子供向けだからというのもあるけど、今の私は小さくて、アップじゃないシーンだと動作が見づらいからだ。加えて、マスコットポジとしての要請も加わる。演出からは実際そういう指示が出た。 声を高くして、魔法少女の衣装を着て、フィギュアみたいに肌を染めて。そして上目遣いでオーバーリアクション。やっぱりキツイ。それに本物の小人の撮影なんて皆初めてだから、どうしても注目されるし……。 主演の子が変身後の衣装に着替えて出てくると、幾分か私はホッとした。よかった、これで魔法少女は私一人じゃない……。正直、中学生でも恥ずかしいだろう格好しているという事実には変わりないけど。 撮影の合間も後も、私はかなりみんなから構われた。主演の子もすっかりお姉さん気取りで私の面倒を見ようとしてくる。年もキャリアも私の方が上だとわかっているはずなのに。まあこの格好じゃしょうがない。とてもじゃないけど目上に対する態度を注意する気にはなれない。自分の数倍ある巨人たちを見上げると、本能的に逆らう気も失せてしまう。 撮影が終わった後、衣装を溶かしクリームを落とし……。それに手間がかかる。人体には影響ないって言われても、服をドロドロに溶かす溶液に浸るのも怖いし。そして翌日の撮影ではまたクリームを塗り衣装を吹き付け……。3話目の撮影に入る頃だった。メイクの人が言った。 「ねえクルミちゃん、私思うんだけど、これってしばらくそのままでもいいんじゃない?」 「えっ!?」 あ、とうとう言われた。私もそう思ってた。いちいち溶かしてまた塗っては面倒だし非効率だ。何しろ普通の衣装と違って汚れることも破損することもないわけだから。でも私から言い出したら、まるでこの衣装が気に入っているみたいに思われるんじゃないかと思って中々言い出せなかったことだ。 「え、えー、でも、そしたらオフでもずっとこのまま、ってことですか?」 「いーじゃない、カワイーし」 まあ、オフなんてないも同然だけどさ。30センチじゃ外出なんかできない。スタッフの人に自宅まで送ってもらって、どこにもいかず、なにもせずに朝を迎え、またスタジオまで連れて行ってもらう。その繰り返し。でもだからといって、自宅や車内でもこの格好というのは恥ずかしい。 (あ、でも……) クリームを塗ったままだったら、トイレ行かなくていいのか。お風呂だって……。私は悩んだ末、メイクの人がどうしてもというから、という体裁でそれを受け入れた。のはずなんだけど、撮影が終わると事実は塗り替えられていた。 「クルミちゃん、それ気に入ったの?」「すっかりイチゴちゃんね~」「ま、似合ってるからいいんじゃないの」 「えっ、いや、違……その方が無駄が出ないから……」 私はその場でぴょんぴょん跳ねて、両腕を大きく振って否定した。が、 「はいはい」「可愛いー」「まーまー」 と生暖かい反応。私は衣装に負けないぐらい真っ赤になってしまった。自分の意思だと思われたことに加え、今の私の態度に。やっちゃった。撮影中と同じように、オーバーリアクションを……。これじゃ本当に子供みたいだ。みんなの反応は間違いなくそれのせいもある。 (あーもー……) 役である「イチゴ」の言動が移っちゃってるかも。気をつけないと、ますます子供扱いされちゃう。 周囲に散々冷やかされながら、その日私は魔法少女フィギュアの身体のまま帰宅した。自宅でこの格好でいるとますます非常識感が増して恥ずかしい。誰も見てないのに。 (こ、これほんとに脱げないの?) トイレに関してはクリームだけでもいい。衣装は必須じゃない。私はスカートの裾を軽く引っ張ってみた。ゴムみたいな感触だけど、伸びはしない。全くズレない、動かない。皴の一つもできやしない。手袋もブーツも一ミリも動かない。皮膚との間に一切の隙間がない。肌と完全に融合しているかのようだ。 (や、やっぱやめときゃよかったかも……) 誰もいない広い自宅の中、一晩ずっと魔法少女コスプレ、それも十代のころの衣装で過ごすのは思ったより辛かった。しかも、翌朝私はこの格好でスタッフさんを出迎えるのだ。 「花咲さん、迎えに来ましたー」 「は、は~い」 魔法少女のコスプレをして自宅の玄関先に立ち、ドアが開いた瞬間、私は耳まで赤く染まるのを防ぐことはできなかった。まるで自らコスプレをして仕事相手を出迎えたかのような気がして。 「クルミちゃんお腹空いてない? お菓子あるよ~」 小さく小さく割られたクッキーの欠片。私はお礼を言って受け取り、それを食べた。まともな格好で人前に出る時間は一秒もなくなったせいか、あっという間に私は職場のペットみたいな位置づけになった。子ども扱いを通り越し、小動物扱い。あまりマジに拒否して現場の空気を悪くするわけにもいかないので、私もある程度それに応じているうち、自分でも気づかないうちに自ら幼児ムーブをしてしまうことが増え、私はその度に内心自己嫌悪に陥った。 (ああもうっ、いい歳して何やってんのっ) そして私の幼い言動に顔をしかめる人もいない。可愛らしい服を着た、樹脂製の小さなお人形さんだからだ。見た目は。元の大きさで私がこの言動をしていたらドン引きだったに違いないのに、誰もが受け入れるどころか、それを私に求めてしまう。私は現場を和ませる可愛らしいペットであることを強いられている。いつの間にかそういう空気が醸成されている。 それを受けてか否か、撮影中の私のキャラも変わってきた。かなりあざとい、媚びたような言動が多くなってきたのだ。アニメキャラみたいなセリフが増え、監督や演出も私にそういう演技を求める。 「今のそこ、もっと可愛らしくできる?」 「はい、わかりました」 役者だから、言われれば応じる。私は身振り手振りで全身を使ってあざとく動き、媚びた声で演技する。人形みたいな見た目とサイズ、そしてマスコットポジというシナリオ上の役割故に、どんどん「イチゴ」はあざといキャラ付けに転じていった。実写だからアニメ程現実離れした言動は少なかったシリーズで、主演の子は今もそうなんだけど、その中で私一人がアニメみたいなキャラをしなければならないのはかなり恥ずかしかった。それも、主要キャストでは年上の方なのに。 「お疲れイチゴちゃん。お水飲む?」 「うんっ、ありがとっ」 私専用の小さな容器から水を飲んだ時、演技のノリで返事してしまったことに気づき、一人羞恥に暮れる。 (もう……またやっちゃった) しかしそんな痛い言動をしても眉をしかめる者はなく、それどころかニコニコと私の頭を指先で撫でる始末。撮影の外でも、私はみんなから見た目通りの存在であることを期待されている。このままじゃいけない。癖になると後々まずい。でも今更衣装を溶かしてもらうわけにもいかないし、元の成人女性の見た目で今の媚び言動をやってしまうことが怖くて、私は「現場の子猫」から抜け出す勇気が出なかった。それに私自身、このペット扱いが心底嫌かっていうと、正直そうでもなく……。あー駄目だ。ズルズル深みにはまっていっちゃう。 でも、でもまあ、これが多分役者人生最後のお仕事なんだし、このドラマの間ぐらいは……。 「お疲れ様です」「お疲れ様でしたー」 スタジオから人が去っていく。私は近くの人に挨拶したあとは、ボーっとその様子を眺めていた。いつも担当の人が私をスタジオから自宅まで送ってくれる。30センチ、それにこの格好じゃ到底自力で帰ることなんかできっこない。 だが、スタジオから人が去り、照明が全て消えても私はセットの中に取り残されていた。 (あれ?) もうスタジオには誰もいない。人気がない。物音もしない。 「あ、あの? ちょっと、すいませーん!」 私はいつもの人の名を呼んだ。が、答えはなく、誰もこない。 (えっ、嘘? そんな、どうしよう……) 受け身になり過ぎていた。いつもは何も言わずとも彼が車まで持ち運んで、そのまま送り届けてくれたのに。それが当然になっていたから、私は馬鹿みたいにボーっとセットの中に座り込んだまま動かなかった。いったいどうしたんだろう。忘れて帰っちゃったの? こんなのは初めてだ。どうしよう……。 静まり返ったスタジオの中で、時間だけが過ぎていく。あまりの寂しさに私は震えた。このままだと、ここに一晩止まる羽目に。自力で帰る……のは無理だ。お金もないし、そもそも30センチじゃ……。それに、このドラマの関係者以外には姿を見られたくなかった。何しろ全身フィギュアみたいな肌に塗って、魔法少女のコスプレなんて……。癖になってきたあざとい言動も初対面だとドン引きだろう。 (はぁ……) 成す術なく、私はドールハウスのベッドに転がった。ここでこのまま寝るしかなさそう。 スタジオのセットは魔法少女の拠点で、その一角に大きなドールハウスが設置されている。「イチゴ」はそこに住んでいるという設定なのだ。そこのベッドが実際に柔らかく、ベッドとして使えるのは大助かり。硬く冷たいプラスチックの上で寝ないといけないんだったらヤバかった。 (でも……落ち着かないなぁ) まさかセットの中のセットに一泊することになるとは思わなかった。次からちゃんと、自分で言わなくちゃ。ペット扱いに慣れ過ぎた。 落ち着かない寒い一夜を過ごした後、朝になって私はスタッフに発見された。が、当初はどうも自分の意思で泊ったと思われていたらしく、写真を撮られたり撫でられたり、中々状況を理解させるのにてこずった。どうやら昨日はいつもの人が休んでいたらしい。 「いいなー。本当にここ住めるの羨ましいー」 主演の子はすっかり、私を小動物として見ている。いいわけないでしょ。そんなこと言うなら代わってよ。 「そうだ。ほんとにここに住んでもいいんじゃない?」 「へ?」 「そうですね、この体で行き来するのも大変でしょうし……」 あれよあれよという間に、私をセットに住まわせるという話が進んでいく。流石に抗議したが、実際家に帰って何をするのかと問われると困ってしまう。今の私には家でやること、やれることなんてない。トイレもお風呂も不要な体だ。 担当の人も過労で倒れたと聞くと、私はただでさえ縮んで小さくなった声がますます小さくなった。大物役者でもあるまいに、いつの間にか送迎されて当然だと思っていた自分が恥ずかしくなってくる。とりあえず担当の人が戻ってくるまで、ということで半ば強引に私はセット中のドールハウスに寝泊まりすることが決められてしまった。誰も代わって送迎する気はないらしい。かといって私も自分から「誰か送迎しろ」と言い出すのは気が引けて、なし崩し的にこの提案を飲まされてしまった。 スタジオに一人取り残される度に、寂しくて泣きだしたくなってくる。これじゃまるでセットの小道具だ。私はいよいよペットですらなくなったのか。 担当の人が戻ってきても、そのやつれた顔を見ると、私は送迎の復活を言い出すことができなかった。ドラマの設定で住んでいることになっているドールハウス。私はズルズルと本当にその住人になってしまったのだ。 一年後。お人形魔法少女・イチゴちゃんは結構人気が出たらしく、私の続投が決まった。現場に見学にくる女の子がいると、まあ真っ先に飛びつかれるのは私だった。よく売れたらしい私そっくりのフィギュアも見せてもらった。正直怖かったけど。自分そのものが売られてるみたいで。 とはいえ、私一人が翌年もマスコットってわけではない。他の魔法少女も人形化したという設定で登場することになり、私はそのうちの一人、という位置づけになる。シナリオ上はメインどころではなくなるのだ。役者として残念がる自分と、もうあざとく媚びなければならない機会が少なくなるのを喜ぶ自分とで半々だった。まあこの体でお仕事できるんだから喜ぶべきなんだろう。 他の子はどうするんだろう。同じように縮小病で小さくなった人を集めて、声は本来の人に頼むのかな。そう思っていた私はちょっと期待を裏切られた気分だった。小道具の人に見せてもらったのは、正真正銘のお人形たちだったからだ。同じ病気の人たちがいれば、色々悩みも分かち合えるだろうし、何よりペットじゃなくて年相応の人間ポジに戻れるのではないかと思っていたので残念だった。 「ちょっと見ててよ」 小道具の人はそういうと、椅子に座ってパソコンを操作した。すると魔法少女フィギュアたちが動き出し、セリフを紡いだ。 「わー、すごいですねー」 流石に私……生きた人間の演技と比べると不自然だけど、人形にされた魔法少女という設定と見た目のおかげで、だいぶ不気味さは抑えられている。……普通の人からしてみれば多分。今の私には彼女たちは同じスケール、同系統の衣装、肌の質感を持ったそっくりさんたち。すごく不気味に思える。これからまた1年、この子たちと一緒に並んで芝居するのかと思うとちょっと怖い。 案の定、セットの棚にこの子たちがズラリと並び、私もその仲間として加わり待機していると、まるで自分も作り物の人形になったかのように感じられ、居心地が悪かった。自分の手や足を見ると、樹脂みたいな質感と光沢は完全に隣の彼女たちと同じなのだ。 (うーっ、やだなぁ……) 『えーっ、ホントですかぁ?』 リハーサルで監督から指示が飛んだ。私に演技をもう少し抑えて欲しい、と。私はちょっと戸惑った。いつもの……つまり前作撮影のノリそのままに、あざとくオーバーリアクションな演技をやったことで、他の人形たちから浮いてしまったのだ。人形たちはパソコンに入力されたセリフを決まった動きで唱えるだけ。その中で私だけが活き活きと派手に動くわけにはいかない。理屈はわかるけど、私は内心不満だった。私をあざといぶりっ子に育てちゃったのはあなた達じゃない。急に普通の反応しないでよ。死ぬほどいたたまれない。 その後私は人形たちに合わせて演技を修正したが、それでも流石にちょっと浮いている感じは否めなかった。AI人形と空気を合わせるのは思ったよりも難しい。 2話分の撮影が終わったあと、ある提案があった。私も他の人形と同じやり方で動いてみてもらってはどうかという内容。なんと、私の全身をコーティングしているフィギュアクリームには、人形用のAIをインストールする機能があるらしいのだ。 「それって、でも……私の演技は駄目ってことですか?」 役者としてはショックな提案だった。 「いや、そういうわけじゃないんだよ。逆に一人上手くて浮いてるっていうか……」 それは自分でもわかってる。これでも頑張ってAIっぽく、決められたモーションっぽい動きと抑えた喋りに寄せていたのに。 しかし、我儘を通して作品のクオリティを下げるのも役者としては好かない。それに私のセリフや出番は前作よりかなり減っている。人形化された魔法少女たちの内の一人でしかないからだ。もはやメインでもないのに撮影をグダらせても……。 一度試してみてから、ということで私は次の話でAIに演技を明け渡すことになった。 『うんっ、いい感じだねっ』 私のたった一つのセリフは、私の意志ではない何かが勝手に口から発してみせた。手足も独りでに動き、CGアニメみたいなモーションであまり人間っぽくない動作だった。でも、今の現場ではそれが求められているのだ。 「よかったよ、今の。今の感じでいこう」 「はい……」 今のは私の演技じゃない。AIの、パソコンからの指示。私はプライドをいたく傷つけられた。これじゃあ私がここにいる意味なんてないんじゃないの。私も最初から人形にしとけば……。 好評だった「私の演技」は次からも継続されることになり、私は撮影中、AIのプログラムに体を明け渡すことになってしまった。 しかしAIの問題は私のプライドを折るだけでなく、色々と困った問題を引き寄せた。 「お疲れ様でーす」「はいお疲れでーす」 (んっ!?) 撮影終了後、突如私は気をつけの姿勢をとり、全身が動かなくなってしまった。 (え……あ、な、何……?) 手足が全く動かせない。声も出せない。僅かに体を揺らすことすらできず、私は時間を止められたかのように静止していることしかできなかった。目の前を多数の人影が行き交うが、誰も私の異変に気付いてくれない。 (あっ、た、助けて……体が……。どうして、何なのこれ……?) 小道具係の人が撮影用のAIフィギュアたちを片付けようと目の前に迫ってきた時、私はようやく理解した。いつも見ていたあの光景を。撮影終了後、パソコンからの指示で固まったAIフィギュアたち。私もその指示を受ける身体になってしまっているのだ。 (そ、そんなーっ) 幸い小道具の人が気づいて解除してくれたからいいものの、この問題はこれから毎日続くことは明らかだった。いちいち私だけ除外する指示を出すためにシステム改修するより、一括硬化させたあとで個別解除したほうが楽だからだ。 (や、やだぁ、これじゃ本当に人形みたい) 指示がなければ何一つできない魔法少女フィギュアたちと混ぜこちゃに扱われることは他の何よりも屈辱的な体験だった。 しかも、AI導入の弊害はそれだけにとどまらない。私は本読みや読み合わせに呼ばれなくなった。全部AIがやるからだ。他のお人形たちが台本を読まないのと同じ理由で、私にももう台本は回ってこなくなった。私は台本なしで、自分でも知らないセリフを知らない時に言わされる。 わかってる。無駄な手間だから削られるのは。でも私の気持ちが納得しない。悔しい。そして寂しい。自然と私は共演者はもちろん監督さんはじめスタッフの皆と交友することが少なくなり、いつの間にか私は小道具の人としか会話することがなくなっていた。名実ともに撮影用AIフィギュアだ。 「まあ、しょうがないですよ」 「う~、でも~」 唯一の話し相手である彼に、私はよく愚痴った。その際、よくあざとい話し方をしてしまうのが恥ずかしく、私は恥をかきっぱなしだった。すっかり癖になっている。意識して直していかないと。 撮影の半分が終わる頃、担当の人が交代した。いつもの小道具の人は別のドラマに移ることになり、私は初めて会う人と引継ぎの挨拶をすることになった。新しい人は声が小さく覇気のない人で、ちょっと不安だった。 「今日からこいつが君の担当で……」「よろしくお願いします」 そして、私の管轄が「小道具」になっているらしいことをその時初めて悟った。まあ、もう長いこと他のスタッフや共演者の人たちと会話してないし、運用上そっちの方がいいのかもしれないけどさぁ……。 顔合わせが終わるとすぐ、二人はパソコンを動かしながらAIフィギュアの動かし方と保管方法について話し始め、私は蚊帳の外になった。はぁ……。新しい人、口数少なそう。残りの撮影、神経参っちゃうな……。 その日の撮影。私は他のフィギュアたちと共に所定の場所に運ばれた。そして新担当がパソコンの前に座った瞬間、全身が撮影中の待機姿勢をとり、動かなくなった。 (んっ……!?) セリフの無い間、AIフィギュアは所定の姿勢で待機していることが多い。大体は今の私みたいに、後ろに両手を回して少し見上げる感じに……。そのまま動けない。新担当がパソコンから一括で指示を出したようだ。 (まっ、まだ撮影は……) 彼は椅子に座ったまま、スマホを弄っている。撮影開始までこのままにさせるつもりらしい。駄目だ。体も動かないし、声も出せない。 (あとで、きつく言ってやらなくちゃ) さっき会って話したのに、私を個別に扱わないといけないという発想が出てこないらしい。ちゃんと引継ぎしてよー。 撮影の間、私はずっと固められていた。セリフを言う時だけ体が動き、セリフを言う。終わるとまた待機姿勢。カメラが回っていない間も待機姿勢が解かれず、私は文字通りお人形と化し、セットを彩ることしか許されなかった。今まではこんなことなかったのに。私は初めて、自分がこういう場面で自由だったのは、前任の人が好意というか、常識的に対応してくれていたからなのだということに気づいた。所定のタイミングでセリフとモーションを入れ、あとは常時待機モーション。新担当の人はおそらくマニュアル通り、指示通りの仕事をやっている。それだけを。 (ちょっと、ああー! もー!) 目の前にいる役者やスタッフに声をかけることすらできず、私はAIフィギュアの一体として、パソコンから送られてくる一括の指示に従い続けるしかなかった。 その日の撮影が終わった後、私は動けるようになったらすぐ注意しようと意気込んでいた。いつもなら一括で気をつけになった後、私だけその指示を解かれる。が、いくら待てども体が自由にならない。気をつけをして真正面を向いたまま、皆が去っていく様子を眺めているしかない。 (ちょっと、いい加減にして! 早く解いて!) 彼が目の前にやってきた時は期待したものの、それはすぐに砕かれた。あろうことか、彼は私を他のAIフィギュアたちと同じ箱の中にしまい込んだのだ! (はっ!? ちょっと、あんた馬鹿!?) 箱は閉められ、鍵がかけられた。待機姿勢の指示で全身がカチカチに硬化している今の私には、反論はおろか、抗議の意思を持っていることすら表明できない。ただなされるがままに、静かに成り行きを受け入れることしかできない。 やがて音も光もなくなり、スタジオは静まり返った。 (ちょ……ちょっと、嘘でしょ) 信じられない。まさかこんなことになるなんて……。他の人形たちとまとめて固められた挙句、そのまま同じ場所に片付けられるだなんて。 ピクリとも動かない体で、私は箱の中に突っ立ったまま狂気の一夜を過ごさなければならなかった。 翌朝、ようやく箱から取り出された時、私は心の中でアホな新担当を罵った。 (私は人間なのよ! 知ってるはずでしょ! こんな扱いしたらダメってわかるでしょ! 普通!) が、セットに配置された私たちは、昨日と同じように撮影用待機姿勢をとらされ、自由は与えられなかった。 (あっ、うっ……そんな!) 視界の端に彼が見える。パソコンの前でつまんなそうにスマホを弄っている。こっちに気づかない。 (ううっ、こ、この……!) 他のスタッフに相談しようにも、体が動かないんじゃしょうがない。唯一の自由は撮影中、セリフを与えられる僅かな間……。その気になればAIに逆らって私が体を動かすことはできるんだけど、それをすると撮影が台無しに……。役者としてそれをする勇気は出なかった。そしてたった一言のセリフが終わると即、全身が完全にAIに支配され、一切の反抗を封じられてしまう。 (ああ……) さっき言えばよかった。私だけ別個に対応するように。目の前で撮影が続く中、私は笑顔でセットの背景と化したままだった。 結局撮影が終わるまで自由はなく、夜になると再び私は他の人形と共に片付けられてしまった。 (馬鹿っ、やめなさい! 怒るわよ!) でも、私には何もすることができない。ただ黙ってお人形の一員になっていることしかできないのだ。 (ううっ……) どれだけ手足を動かそうとしても、ピクリともしない。全身が石のように固まり、筋肉の筋一つ動かない。何しろ髪の毛までカチンコチンなのだ。今、誰かが私を見てもフィギュアだとしか思わないだろう。 それからは地獄だった。一切自由のきく時間が与えられず、私は事実上、撮影用AIフィギュアの一体として扱われ続ける日々。撮影のための仕事はキッチリこなしている分、誰も彼に注意してくれない。いや、私という存在が苦境に陥っていることにすら、誰一人気づかない。そりゃそうだ。前任の人の時から、もう小道具以外の人とは会話もしていないんだから。誰も私を気にかけない。 セリフを言う時、私は自分のピンチを伝えたくなる衝動に駆られるが、役者としての最後のプライドがそれを一瞬阻み、そしてその一瞬の間に短いセリフは終わってしまい、チャンスは失われる。その繰り返しだった。もはやワンオブゼムとなった私にはセリフのない回も多く、そうなるともはや完全にセット中の小道具となっているしかない。 新担当の人を恨まずにはいられない。彼は別に私に嫌がらせをしているわけでもなんでもない。彼は言われた仕事を言われた通りにやっているだけ。それはわかっている。前任の人が引継ぎの際特に言わなかったのも、常識的に考えてちゃんと対応するだろうと思っていたからだろう。私が人間の役者であるということは彼も知っているはずだし、ていうか挨拶もした。ただ、彼には自分で考えて仕事するという発想がないのだ。 (くうっ……。どっちがAIよっ……) 無気力な小道具係が視界に入る度、私は心の中で彼を呪った。身動きがとれない、そのものが許されないということがどれだけ苦しいかわかる!? でも、彼は無表情なまま、私を助けようとはしない。それが私には心底腹立たしく、イライラせずにはいられなかった。 (みんな、よくあんな人が担当で我慢できるよね?) 思わず周囲のAIフィギュアに心の中で話しかけてしまうほどに。 結局、担当交代後、二度と私に自由な時間が訪れることなく、全話の撮影が終了した。これでやっと解放される。そう思ったのに、私は他のフィギュアたちとまとめて固められたまま放置されていた。最終話の撮影が終わった時、一括で待機姿勢にされ箱に詰められ、以後ずっとそのままだ。 (ちょ……ちょっとふざけないでよ、助けてぇ! 誰か! お願い!) 薄暗い倉庫の中で、どれだけの時間が過ぎたのかもわからない。信じられない。なんでこんな酷いことができるの? 私が人間だって知ってるはずなのに。いやまさか……それが原因? 私がAIの待機指示を受けている間自力で動けなくなってしまうことを知らない? だとしたら……不味い。誰も助けに来ないまま、私は永遠に使い終わった小道具として倉庫に眠らされるってこと? (うう……いや。そんな……そんなこと) 必死に体に指示を出そうと頑張ったが、髪の毛一本揺れることもなく、全身が硬化したまま時だけが空しく過ぎていく。気ばかり焦るが、どうにもならない。誰かが倉庫に入ってきて、私たちの眠る箱を持ち上げた時、私は心の中で歓喜の声を上げた。それが助けではないことも知らずに。 私達が搬入されたのはピンク色の主張が激しい、可愛らしい店舗。すぐプリガーストアだとわかった。このドラマの関連グッズを売っているお店。その一角を占める透明なショーケースの中に、撮影で使われたAIフィギュアたちが次、次と収められていく。 (えっ、あっ、ちょ、待って。違う。私は小道具じゃ……) 私を箱から取り出した作業着の人は知らない顔。撮影スタッフとは何の関係もない人だ。まずい。このままごちゃ混ぜにされて展示されたら……。心の中で懸命に叫んでも、その声が彼に届くことはなく、私はショーケースの中に入れられてしまった。 (あっ、ああ) 目の前の透明な壁に、私の姿が映る。大きな瞳とピンクの髪、派手な魔法少女衣装。店内の照明に照り返す樹脂のような肌。その全てが隣のAIフィギュアとそっくりだ。 突然体が動いた。私の意志を無視して、勝手に懐かしい姿勢をとっていく。変身完了時の決めポーズ。表情も独りでに変わり、笑顔を作らされた。それが私の最後だった。全身が足先から指先まで石のように硬化し、完全に固められてしまったのだ。 (あっ、あぁ!) 全てのフィギュアがケース内に収まり、それぞれポージングが終わると、ケースは閉じられ、鍵をかけられた。私はこの店を飾る展示品にされてしまったのだ。 (待ってください、違います、手違い……違うんです、待って!) 作業着の人たちが帰っていく。あとに残るのはお店の人だけ。当然、私が生きていることなんて知らない。発想すらしない……。 (だ、出して。ここから出して。私は違うの。人形じゃないの。生きているのよ、人間なのよーっ!) 私の叫びは誰にも届くことなく、自分がただのお人形になってしまったことに絶望する日々が幕を開けた。そしてその幕が閉じる日は来ない。 「おっ、これあれでしょ、実際に撮影に使ったやつ」 「そうそう、すごいよなー、最近は全部AIで……」 「ぐふふ、にわかは知らんのですな、イチゴちゃんだけは本人が演じてたんですぞ」 「へー、そうなんだ。ん? じゃ、これは?」 「つまり、この中でイチゴちゃんだけが展示用の品で、実際に撮影に使われたものではないってことですぞ」 「あーなるほど、イチゴちゃん以外が本物なんだ」 「そういうことですな、ちなみにそのレモンちゃんの髪の傷は23話の撮影で……」

Comments

ぐだぐださん

毎度思うけどクリームに塗った対象を人形と信じ混ませる呪いでもかかってるのかってくらいほぼ毎回他人に忘れ去られますなぁw それも楽しいとこですけどねw

opq

コメントありがとうございます。やっぱり忘れられる展開が好きなので。

Anonymous

仕事上の要請で人形らしく振る舞っているうちに、仕事上の薄い付き合いでしかない人まみに人形と取り違えられて、最終的に人形と同様の存在になってしまう、こういうシチュめっちゃいいですね。興奮しました

opq

感想ありがとうございます。そう言っていただけると書いた甲斐がありますね。