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日が落ちた遊園地の中心に伸びる大通りを、派手なイルミネーションを煌めかせながら進行する集団があった。この遊園地のマスコットキャラクターたちだ。人型タイプはお客さんたちに笑顔を向けて、大ぶりなモーションでアピールしている。動物型は愛らしい表情で、可愛く手や腰を振りながら、パレードを大いに盛り上げていた。 今日も特に異常はなさそうだ。 私は人混みから離れて、スタッフルームに戻った。パレードでキャラクターやマスコットに扮して練り歩く仕事は、昔は全て人間のものだった。しかし、今や半数以上がロボットにとって代わられている。「中の人」が要る仕事は、動物型のマスコットキャラを残すのみ。人型が真っ先に全てロボットに取って代わられて、着ぐるみが最後まで残るだなんて、きっと昔の人は想像していなかっただろう。人型のキャラはメイドロボットをベースに特注の専用機を作るだけで、比較的簡単かつ安価に作れるからだ。しかし動物型のロボットを作ろうとなると、本当にゼロから設計しなければならなくなるし、中のAI……ソフトウェアも人型のモノは使用できない。その上ワンオフ品となれば、値段は相当高くつく。それに、動物型キャラクターは骨格がキャラごとに全く異なるから、遊園地の着ぐるみをごっそりロボ化するとなると、全くえらいことになる。 着ぐるみにメイドロボをぶっこむ試みは行われているが、難航中だ。彼女らは狭い、僅かなのぞき穴から周囲の状況を把握し、的確な演技をとることができないでいる。やっとロボットたちが人間っぽい反応をこなせるようになったところに、「動物の演技をする人間の真似」をさせるのは砂丘に家を建てるようなものだ。 というか、これ以上ロボットが増えたら私の負担が大きくなりすぎる。 コーヒーを飲み終えた頃、大勢の足音が近づいてきた。パレードが終わったらしい。私も作業室に向かった。遊園地で運用されているロボットたちの保守点検。それが私の仕事だ。 作業室の中央に、丸い台座が五個、横一列に並べられている。メイドロボの整備や改修に使う業務用。すでにパレードを終えた十五体のうち五体が上に乗り、基本姿勢で静止していた。残り十体も外で順番を待っている。ついさっきまで華々しいパレードに参加し、大声で派手なパフォーマンスを繰り広げていたのに、今や一言も発さず、時が止まったかのように微動だにしない。最初のころはこのギャップが少し怖かったのを覚えている。今は逆に慈しむ気持ちが大きい。「お疲れ様」って感じ。 私はメンテ用プログラムをスタートさせた。まず今日付けの記憶データを取り出し、次に十五分ほどかけて五体の全身スキャンを行う。全部で十五体、台座は五つ。だからこの作業だけでも最低四十五分。他所と比べると古いシステムだけど、更新させてくれそうな気配はない。 ロボットたちの記憶データを動画変換し、五窓で同時再生する。無論、等速でチェックなんかやるわけない。数倍速で流す。うんうん、問題なしね。問題なんて滅多に起こらない。起きたとしたらその時点で騒ぎになるから、一日の終わりであるこの段階で記憶データから何か問題が発覚するなんてことは基本ない。 スキャン終了。ハードも異常なし。先の五体に洗浄へ進むよう指示して、次の五体を廊下から招き入れる。後は同じ。今日の記憶データをコピー、動画変換、それをぼーっと眺めながらスキャンも進める。そうこうしていると先の五体が洗浄を終え、裸で戻ってきた。服は所定の場所に収めるよう、予め学習させてある。裸と言っても、メイドロボは全員白いレオタードで胴体が覆われているのが普通だ。それは体と癒着していて脱がせられない。だけど、ここで使っているロボたちはキャラクターデザインとの兼ね合いで、上下別れた水着にとどめている個体も多い。へそ出しの衣装も多いからね。 倉庫へ戻るよう指示を出すと、無言でゾロゾロと作業室から姿を消していく。昼間の明るい溌剌とした態度と比べるとえらい違いだ。倉庫には充電用の台座が十五体分設置されていて、用のない時はそこで待機させることになっている。 スキャン終了。異常なし。洗浄へ回し、最後の五体を入れる。その中にリリーとサクラ姫の姿があった。リリーは最新式AIを搭載した次世代アンドロイド。マジシャンを想起させる、水色のレオタード風衣装と、ピンクのフリル、螺旋の意匠を入れた三角帽子、そして明るい金髪が彼女の主な構成要素。ステッキを携えたまま台座に上り、私に話しかけてきた。 「メイさーん。今日はステージ見てくれたー?」 「んー、これから見るよ」 記憶データをコピーしながら、私は適当な返事をした。メイドロボは基本受け身で、能動的に違和感のないコミュニケーションをとれるほどのAIは持ち合わせていない。しかし、この子は最新式だけあって一味違う。ただ風船を配ったり、パレードやショーで決まりきった動きだけしていればよかったりした旧型とは違い、リリーはステージでリアルタイムに臨機応変に司会をこなし、いくつかの演目では主役も務める。用事もないのに話しかけてくるのはこの子が初めてだ。 「んもー、ステージからじゃなくって、ステージを見てよー」 動画変換したリリーのデータ。それは彼女の目から見るショーとパレードの映像だ。ショーの映像が毎日異なるのはこの子だけだ。アドリブも入れるし、たまに観客の応援やヤジを拾うこともある。とはいえ、早く帰りたいから今は見ない。 「また今度ねー。それより動かないでよー」 スキャン中に動かれるとやり直しになるから困る。しかし彼女は下半身をスキャンしている間は喋っても問題ないということを学習してしまい、頭にキンキン響くアニメ声で毎日煩く話しかけてくる。 「へーきだってばー。ほらほらー」 ステッキを持っていない左手を動かし始めたので、私は強めに注意した。はあ。サクラ姫みたいに大人しくしてくれないかな。 サクラ姫はこの遊園地で最古参のキャラクターで、中央のお城に住んでいるという設定。今もショーやパレードでは目立つ位置にいることが多い。キャストを廃し、ロボ化されたのも一番早い。だから性能も一番低くて、基本決まりきった動きしかできないから、新しいショーには中々お呼びがかからない。んまー、上段や背景で突っ立ってたりはするけど。 スキャンが上半身に進むと、リリーも大人しくなった。それでも、隣に立つ旧式のサクラ姫と比べると、その差は歴然だ。不気味にならないギリギリのラインを見極めた肉感と生気の再現はすごいものがある。サクラ姫だって、当初は人間にしか見えない!って騒がれたらしいけど、もうマネキンにしか見えないもんね。慣れって怖い。 スキャン後、洗浄に向かわせた。サクラ姫を含む旧型三体は、口頭の指示も難しい。私たち人間が直々に洗浄しないといけなかったけど、今はリリーに任せている。……いずれ私の仕事もいらなくなるのかなあ。昔はもっと人がいたけど、もうロボットの点検をするのは私と昼の人の二人しか残っていない。 最後に倉庫の点検を行った。台座に下着姿で並ぶ、微動だにしない美男美女たちの姿は、夜中に見ると結構怖く感じる。リリーもオフにしたので、今はもうただのマネキンと化している。 「お休み」 誰も聞いちゃいないのに、そう呟くのが私の癖になっている。倉庫を出てロック、作業室に戻り、衣装点検。異常なし。 ようやく仕事を終えて園内から出た時、夜の十一時を過ぎていた。あーあ、昼が良かったなあ。イベントがあると深夜帰りになっちゃうし。 口から出る息が白くなっている。寒くなってきた。もうすぐ来襲するハロウィンやクリスマスのことを考えると気が沈む。夜中まで営業時間が伸びる上、ロボットたちの稼働も激化するから、まったく悪夢としか言いようがない。去年は連休中日に衣装が破損しちゃって、てんやわんやだったなあ。今年は何も起きませんように。 クリスマスイブ前日の夜。恐れていたことが起きた。あろうことか、リリーとサクラ姫が二体同時にクラッシュしてしまったのだ。エラーメッセージだと、原因は学習機能。詳細は不明だけど、学習結果がなんかイカれたらしい。記憶データを入念にチェックすると、数日前からその兆候があった。私の血の気は一気にひいた。どうしよう……。これ私の責任に……いやいやいや、二十時間もある動画をチェックなんてできるわけないじゃん! ていうか、昼担当の土田さんだって見過ごしていたのは同じなんだから責任あるはずでしょ!? と言っても、書き入れ時のクリスマスに動かせません、は洒落にならない。謝ってすまされるようなことじゃない……。どうしようどうしようどうしよう。とりあえず直さなくっちゃ。メイドロボの学習結果は解読不能のスパゲッティだから、全部入れ替えないといけない。最初に異変が出たのはいつかな……。 必死に眠気と戦いながら、三時間かけて二体の記憶データを調べ、一週間前なら大丈夫だろうとわかった。復帰にかかる時間はえーと……。やばい。明日の開園には間に合わない。あああまずいよまずいよお。あでも最悪イベントに間に合えばオッケ? 午前三時過ぎ。私はリリーとサクラ姫のボディに亀裂が入っていることに気がついた。泣きっ面に蜂なんてレベルじゃない。必死の再起動はすべて無駄だったわけで……。涙が出てきた。 動画データを見返すと、今日……いや昨日の昼間にリリーがゴーカートと接触、サクラ姫が何かにつまずいて転んでいる。土田さんが処置せずに放置して、その後も夜まで動かし続けたせいで広がったっぽい。 「土田あああぁあああぁぁぁぁ!!」 私は土田さんへの罵詈雑言を叫んだ。もう知らんし。私のせいじゃないし……。 あ、そうだ。スペアのメイドロボあったはず。あっちにデータ移せばいい。 スペアは一体しか用意していなかった。明日……じゃない、今日動かせるのはリリーとサクラ姫のどちらか片方だけということに……。今から調達は無理だ。遊園地用のロボットはただの市販品メイドロボとは違う。通常のメイドロボでは想定していないような激しい動きに耐えるには、人間と遜色ない専用品でしか……人間……そうだ。 ロボットにこだわる必要ないよ。あし……今日はキャストの人に頼めばいーじゃん。女性で……二十台の人……。いや、リリーやサクラ姫の動作を今からコピーできる人なんていない。第一、みんなが出勤してくるのは朝になってからだし……。練習する時間なんてない。 あーダメか。人間にもメイドロボのデータをコピーできればいいのに。 その瞬間、悪魔が囁いた。きっと絶望と深夜テンションが私の頭をおかしくしていたのだろう。 (私……なら、データ移して使える、かも……?) 私は数年前、交通事故で全身不随になりかけた。新たな神経となるナノマシンを注入することで、元通り動ける体になったのだ。聞いたことがある。生体メイドロボは人間とほぼ同じ構造だって……。特に神経系を構成しているナノマシンは、医療用のモノと同じだとか……。 いやでも、まさか人間にメイドロボのデータを移すなんて……。無理だよねできっこないよね。第一私は一体どうなっちゃうんだって話……。 ため息をついてソファに転がった。時計の針の音が冷酷に時を刻む。破滅が迫ってくる。私の首どころか、遊園地の……。 (試して……みる?) 王子をどかし、私が台座に立った。遠隔でパソコンを操作して私に接続……することはできなかった。医療用ナノマシンに許可なくアクセスすることは法律で禁止されています、だってさ。だよねえー。 とにかくリリーだけでも形にすべく、スペアの調整に必要な道具を取りに行った時。もう使っていない、古い機器が目に留まった。 (サクラ姫時代のやつなら、まだ規制なかったりして……) って何考えてんだ私。そんなに自分に移したいの。……まーでも、ちょっと、ダメ元で……。 ところがその結果、驚くべきことが起こった。私自身のナノマシンにアクセスできてしまったのだ。 (マジ……!?) しかもメイドロボのデータをそのまま移せるみたいだ。 私を使えば……両方何とか動かせる……? でもその場合、私はどっちになればいいんだろう? サクラ姫? それとも、リリー? ―――――――――――――――――――――― サクラ姫編 (サクラ姫だよね。動きも少ないし……) スペアにリリーのデータを移す作業を開始した後、私は台座の上に立ち、自分にサクラ姫のデータを移し始めた。するとその瞬間、体が硬直して動かせなくなってしまった。 (えっ!? あっ、何!?) 左右に並ぶロボットたちと同じく気をつけの姿勢をとらされ、手足はピクリとも動かせない。顔の筋肉も私の制御を離れて、勝手に薄い笑顔を作らされた挙句、そのまま固定されてしまった。 (あっ、まま、待って……!) 体が自分のものではなくなってしまった恐怖。私はパニックに陥った。一分も経たないうちに、怒涛のように後悔がおしよせてきた。メイドロボのAIに自分の身体を明け渡すなんて、なんでそんな恐ろしい、バカなことを実行に移しちゃったの、私は……!? 徹夜とミスの恐怖で頭がおかしくなっていたんだ。 しかし、どんなに悔やんでももう遅い。動くことも、喋ることもできないまま、私はロボットたちと混じって静止していることしかできないのだから。 でも……でも、朝になったら、土田さんが来てくれるはず……。 書きかけの報告がパソコンに表示されたままのはずだ。何があったのか、わかるはず。それまでの辛抱だ。 ただジッと目の前を見つめているだけの時間。徹夜したせいもあり、私は睡魔に抗うことができなかった。 目が覚めた時、私は見知らぬ広い空間に立っていて、衆目に晒されていた。 (んっ……ここは……?) 体が動かせない。私は確か……。 そっそうだ! 私、自分にサクラ姫のデータを……作業室にいたはずなのに……? 老若男女の人々が、「きれーい」「かわいいー」「こっち向いてー」などと口々に叫んでいる。それが私に向けられたものだと気づくのに、数分を要した。 ももも、もしかして……私、本当に「サクラ姫」として運用されてるの!? 私の腕が勝手に動き、お淑やかに手を振り、表情筋がにこやかな笑みを形作った。 (ちょっ……ま、待って……やめて……!) 違う! 私違うの! サクラ姫じゃないの! ていうか、見ればわかるでしょ!? お客さんたちは次々に私と近くにいる王子ロボットの写真を撮影していた。 いつもと違う場所に立ち、見慣れない角度で見ていたから気がつかなかった。ここは知っている場所だ。中央のお城……。サクラ姫の常設場所じゃないの。 徐々に状況がはっきりとしてきた。私は雪のように真っ白な手袋と、桜色のドレスを身に着けていた。サクラ姫の衣装に違いない。土田さんがセットアップしたのだ。お客さんたちが何も言わないところを見ると、おそらく顔もサクラ姫になるようメイクしたのだろう。 (えっ、ちょっと待って。だとしたら私、寝てる間に着せ替えられ……?) 心の中で、顔が真っ赤に染まった。う、ウソでしょ! 信じらんない! セクハラだよ! いや犯罪じゃないの!? しかし私の胸中は何一つ表面化することはなかった。サクラ姫のAIが私の身体を完全に支配していて、どんなに恥ずかしくっても顔が紅潮することもなければ、震わせることさえできない。 遊園地のお姫様として、黙ってニコニコと微笑んでいることしかできなかった。 (ううっ……ああぁ……) 昼を過ぎても、まったく慣れることはなく、羞恥心と屈辱は募る一方だった。 大体、私はこんな、お姫様なんて柄じゃないのに……っ。作業着姿で機械油にまみれながら体を動かすのが私だった。ファンタジックでメルヘンなお城の中、一人ドレスを着てお澄まししているなんて、絶対に私のキャラじゃないっ……。耐えられない。今すぐ逃げ出したい。単純に恥ずかしいばかりでなく、こんな地味でもさい女がお姫様ヅラして得意気にしているという事実が、まるでみんなを騙しているかのように思えてならなかった。 何度も手足に力を入れようとしたけど、暖簾に腕押しだった。神経に指令を出せない。 お上品にニコッと笑うたび、恥ずかしさといたたまれなさで死にたくなってくる。加えてお客さんたちの称賛が、ますます私を煽り立てる。 本当に大丈夫なの? バレてないの? 私を指さして笑ってるんじゃなく? 鏡が見たい。切実にそう願った。ちゃんとメイクできてるのかな。晒し者なんて嫌だよ……。 三時になると、鐘の音が鳴った。 (あっ……) 私は嫌なことを思い出した。何度も記憶データで見た光景。サクラ姫と王子様のキス。 人がかなり集まってきた。や、やだ、そんな。こんなに大勢見てる前で、もしかして私は……。 クルリと横を向き、私の身体は歩き出した。王子ロボットもまっすぐこっちに向かってくる。 (あぁっ、ダメ! やめて! お願いストップ!) 王子とゼロ距離になった。背高いなぁ。普段整備してるのに、なぜかそう感じた。 (ああっそれどころじゃない! 逃げ……) ダメ。やっぱり動けない。声も出せない。逆に、私はウットリとした表情とキラキラした目つきを強制され、王子ロボットを見上げた。 カシャカシャと撮影する音、若い子の黄色い声などが左耳から聞こえてくる。お願い、やめて、見ないでいいの。 ややもすると、私の身体は王子と情感的に手をつなぎ、静かに目を閉じ、キスをさせられた。 (んーっ!) 衆人環視の中、ロボットとキスさせられるなんて。最悪最悪さいあく……。すぐにでも唇を離したいのに、ロマンチックなBGMが終わるまで、私と王子ロボットはたっぷりと見世物小屋の囚人を演じさせられた。何よりも悔しいのは、まるで私が王子ロボットに恋しているかのような演技をさせられていること! ようやく唇同士が離れても、私と王子は両手をつないで離さず、夢見心地な表情で見つめあい続けた。確かにイケメンではあるよ。でもただのロボットだ。中は女性型と同じ白いレオタード着てるのよコイツ。チンコもないし。そんな奴にどうして私がこんな熱視線を向けなくちゃいけないっての。 第一、王子ロボット側もお相手が別人にすり替わっても気づかない……いや、気にしないんだし。最低じゃん。 決められた動きをこなすだけのロボットにそんなことを言ってもしょうがないってわかっていても、私は王子ロボットを扱き下ろさずにはいられなかった。 最後は仲良く片手をつなぎ、空いた手を振り、お客さんたちに笑いかけた。 旧型のロボットとラブラブカップルでいることを強制されるだなんて、こんな酷いことってある!? 日が落ちると、パレードに参加させられた。イルミネーションで余すところなく彩られた馬車風の乗り物に乗って、園内を行進するのだ。勿論隣に座るのは王子ロボット。 クリスマスシーズンだけあり、人の数は尋常じゃない。歓声が途切れることなく鳴り響き、私は我慢の限界だった。 キラッキラの馬車に乗り、ニコニコ手を振ってお客さんたちに笑いかけ、たまに王子とイチャつく動作などを強要されて……。私は晒し首だった。体の権利が私にあれば、全身を真っ赤にさせて泣き叫びながら逃走していたに違いない。 私をここまで不安にさせる最大の要因は、やっぱり自分の姿がわからないことが大きい。鏡はまだ見れない。自分がアイドルでも目指せそうな美人であれば、開き直ってプリンセス体験を謳歌することもできたかもしれないけど。 最後は大きなステージでショーに参加。旧型なので振り付けは比較的負担が少ないもの……とはいえ、普段人間がまったく使わないような筋肉を酷使させられながら、ダンスや歌(生歌でないので助かった)を披露せねばならないのは相当にキツかった。ただ見ていればいいのだから楽なもんじゃないか。頭の片隅にはそんな思いもあったけど、それは打ち砕かれた。 日付が変わるとき、やっと閉園になる。この時期は遅くまで営業するのだ。 私は全身バキバキでクタクタなのにも関わらず、それをまったく周囲に悟らせないよう、優雅にふるまい続けられる。私の体力はもう限界だった。 (でも……でも……もう終わり……) 閉園しても、私の自由はまだ帰ってこない。作業室前の廊下に、他のロボットたちと一緒に並ばされた。何で並ばないといけないの。私は人間なのに。ロボットと一緒にされたらたまったもんじゃない。 (つ、土田さーん! 土田さーん! 私です! 先に入れてください!) けど、声が出ないんじゃどうにもならない。早く私の番にならないかな。五体ずつ十五分だから……。ていうか、私の前に八体いるんじゃん。てことは、私は最終組? 納得がいかない。普通、真っ先に私じゃないの。 ようやっと作業室に入る順番が来たけど、中には誰もいなかった。 (土田さん? あれ?) まっさか……。いつも通りの時間に帰った……なんてことは……。 予感は的中だった。リリーがパソコンの前に突っ立っている。まさか、あの子が操作してるの!? (リリー! 私! 私だよ! 土田さんから何か聞いてないの!?) 私はプログラム通りに黙って台座に上り、気をつけした。スキャンが始まる。 (意味ないって! 私人間なんだから!) 案の定、十五分後にブーブーと音が鳴った。リリーはしばらく真顔で静止していた。そりゃそうだよ。エラー時の対応なんてできるわけない。 ていうか、土田さん本当に帰っちゃったの……。いくらなんでもあんまりだ。 他のロボットたちが全員洗浄を終え、倉庫へ戻される中、私は一人だけ放置されていた。 早く元に戻りたい。リリーでもいいから何とかして。 「ちはーっす」 突然、見慣れない作業着の男性二人が入ってきた。だ、誰? スタッフにいたっけ……? 「あ、これですね」 「はい。明日の朝までに、大至急です」 思い出した。ロボット工場の作業着。リリーとのやり取りを聞く限り、土田さんが頼んでいたみたい。元に戻してくれるの……? 男性が私についてくるよう命令すると、私の身体は「はい」と答えた。ちょっ、そんなロボット扱いしなくっても……。 「おい、服」 「あ、そうですね。脱げ」 (えっ!?) 私の身体は自動的に服を脱ぎだした。 (ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください! ふざけるのはやめてください! 訴えますよ!) 心の中でいくら叫んでも現実に空気が振動することはなかった。命令に抗うこともできないまま、私は見知らぬ男二人に、全裸を披露させられた。 (ううぅっ、ああぁっ、ああああっ!!) 私は必死に股間や乳房だけでも隠そうともがいたが、やはり手足は動かせない。いや、ダメ。見ないで、見ないでってば! 心中で涙しながら、私は二人を呪った。最低最悪の屑ども。抵抗できないからって、こんな……。 「下着ねーじゃん、どなってんの」「毛ぇ生えてますね、コーティングごと剥がれた感じっすかね」 (……ふぇっ!?) 予想外の反応に私は混乱した。何? この人たちは何を言っているの……? 「まいいや。時間ねーし、いくぞ。おい」 私は促されるままに男性二人の後ろをついて歩かされた。 (なっ何するんですか! やめてください、ちょっとお願い、ホントにっ!) すぐに外に出た。人気のない深夜の遊園地を、私は全裸で行進させられたのだ。 (ひいいぃいっ! やめてー! なんでもするからやめて! 誰か見たらどうす……ああああ) 誰か見たらきっと助けてくれるはず。いやでもそしたらこれを見られるってことで……ああもう! 体が……体さえ動かせれば……。逃げることも、歩みを遅らせることすらままならない。黙って男二人について歩くだけだった。 声にならない悲鳴を上げながら、私は駐車場まで全裸で連れまわされ、あげくトラックの荷台に乗せられた。中にはメイドロボ用の台座が複数設置されている。そのうちの一つに上がると、気をつけの姿勢で固められてしまった。 すぐ扉が閉められ、トラックが発進した。 (何……何なの。一体何がどうなっているの。私、どうなっちゃうの……?) メイドロボの修理工場。中に入るまで、やっぱり全裸で歩かされた。駐車場から工場内まで……。しかも数人に目撃されてしまい、私の心は壊れてしまいそうだった。 トラックの中で薄々わかってきたことが現実であることに、気がつきたくなかった。 どうやら、壊れたサクラ姫の修理依頼を土田さんが出していたらしい。そして私は今……サクラ姫だと思われているようだ。 (違うっ、違うんです! 壊れた本物が、ちゃんといるんです! 私は代役です! ……人間なんです!) 台座の上で再度スキャンされると、案の定ブーブー鳴った。これで気づくだろう……と思いきや、 「あれーなんすかこれ。滅茶苦茶ですよ。こんなん初めて見た」「しゃーねー。全部一からやっぞ。『朝まで、大至急』だからな」「っす」 そのまま、私の修理にとりかかってしまったのだ! 最初に、体中をくまなく洗浄された。股間もあけっぴろげにされ、念入りに洗浄された。その間、うめき声一つもらすことも許されなかった。これだけでも死にたくなるほど辛いのに、勝手に全身脱毛されて、コーティング処理をされ、テカテカの体にされた挙句、顔がサクラ姫になるような厚い特殊メイクを施された。これじゃ家族が見たって気がつかない。しかも、その特殊メイクは私の顔と癒着、同化させられて、二度ととれなくされてしまったのだ! メイドロボの胴体部分を覆う、白いレオタードも同様に装着、同化させられた。あっという間に、私の身体は文句なしのメイドロボに作り変えられてゆく。 (お願いですっ! やめてください! 手違いなんです! 私じゃないのーっ!!) 全てのエラーは「時間が押してる」で無視され、とうとう私は、本物のサクラ姫として完全に改造されてしまった。 再び駐車場へ向かう最中、私はレオタード姿で歩かされた。全裸より露出はないのに、比較にならないぐらい悔しくって気持ちが沈んだ。絶望だった。髪と眉毛以外の体毛が永久的に消滅し、テカテカとした肌と、白いメイドロボ用レオタードで構成された私の新しい姿は、誰が見てもロボットだと思うに違いない。ここに来るまでは人間だったのに。 いや、本当に人間だったのかな。人の命令に逆らえず、プログラム通りに動いているという点では今と変わらな……。 いや! さっきも今も私は人間だよ! 何考えてんの私! 気をしっかりもたなきゃ! 土田さんが……気がつくはずだもん……。 遊園地に戻ると、ようやく土田さんと会えた。しかし……彼女は私がサクラ姫じゃないと気がつかなかった。 「よっしゃ、間に合った。ほら早く着て」 「はい」 口が勝手に答えた。違うっ、私が言いたいのは……。 (助けてください! 私ですよ! 藤原です! あなたが間違えたんですー!) あまりに理不尽なことの連続に、ドレスを着ながら私は苛立った。どうして、どうしてわからないの!? 顔みりゃわかるで……顔……あっ……。 着替え終わって廊下を歩く途中、ほんの数秒だけど、私は鏡で自分の顔を見ることができた。そこに映っていたのは私の、藤原芽衣の顔ではなかった。凛とした上品なロボットお姫様。サクラ姫の顔だった。 お城で昨日と同じように、私は澄ました雰囲気で微笑んでいた。今や完全なロボットになってしまった体は、心なしか昨日より動きが滑らかだった。そして、私の意志どころか、私という人間の残滓が何一つ残されていなかった。顔は完全にサクラ姫のものにされ、体の支配権も彼女のAIが握っている。「私」は……? 一体どこへ行ってしまったの? どうすればいいの? 必死にお客さんたちに念を送った。届くはずもないのに。 (誰か……誰か助けてください、私サクラ姫じゃないんです、スタッフなんです、人間なんです!) 昼間になると筋肉痛に襲われ、ますます状況は悪化した。それでも、私は痛みに耐えていることを表面に出すことはまったくできない。何事もなく、平和に、夢の世界で暮らすお姫様を演じ続けるのだ。 夜のショーは体が千切れ飛んで死ぬんじゃないかと覚悟したほどった。筋肉痛をガン無視して、その原因となった激しい動きをそっくりそのまま再現させられるのだから。 「サクラ姫」が妬ましかった。体の支配権を独占しているくせに、痛みは全て私が引き受けなければならないなんて、あんまりにもズルい。卑怯だ。理不尽だ……。 お勤めを終え、作業室でスキャンされた時、激痛に悶えつつ、私は仄かな希望を抱いた。エラーが出るよ、きっと出る……。今日は土田さんが残っている。私だってわかるよ。 「ん、エラーなし。ふー」 (えっ……) 最後の希望がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。何で……? どうして……? 私人間だよ? エラーが出るはずだよ。そんな、ウソでしょ。本当に私……完全に、ロボットになっちゃったの……? 私の身体はまったくよどむことなく、スムーズに洗浄に向かった。 クリスマスシーズンが終わり、年末になっても、私はお城でお姫様を演じ続けた。土田さんも他のスタッフも、誰一人私がロボットになってしまっていることに気づいてくれない。私は体を動かせなくって喋れない。誰かに助けてもらわないと元に戻れないのに……。 年越しを暗く冷たい倉庫の中で迎えることになるだなんて、一体誰が予想できただろう。人気のない、シーンと静まり返った倉庫。左右にはロボットが私と寸分違わぬ姿勢で静止している。私が彼ら彼女らと同じ存在になってしまったのだということが、いまだに信じられない。いや、信じたくないことだった。 年が明けても、それから数日経っても、一週間経っても、一か月経っても、私はその間、ずっと毎日毎日同じように、サクラ姫として運用され続けた。 いつになったら元に戻れるの? もしかして……私は一生、このお城から出られないの? いつ終わるとも知れない苦しみに耐えさせられながら、私はお客さんたちに笑顔を振りまき、王子と毎日キスをした。物語なら、王子が呪いを解いてくれるのに。この王子は、キスすればするほど、私の呪いを強固にしているように思えてならなかった。 「わー、綺麗。いいなー」 「あーあ。アタシもあーなりたいな」 「えー、そんな願望あったんだ?」 「だってさー、毎日ドレス着て王子とイチャつくだけでいいんっしょ? ちょー楽じゃん。羨ましー」 「アハハ。確かにそうかも」 「次何乗るー?」 「私シーマリンアドベンチャー行きたいなー」 「よっしゃ決まり。行こ行こ」 「うんっ! ……じゃーね、サクラ姫さーん」 ―――――――――――――――――――――― リリー編 (リリーだよね。スペアじゃ古いから動きに対応できないかもだし……) そうなれば、まずはサクラ姫のデータをスペアに移して……と。スタート。うーん、朝までかかるかな。 私は台座に上がって、リリーのデータが自分にコピーされるように手配し、遠隔でスタートした。するとその瞬間、体が気をつけの姿勢をとって固まり、身動きできなくなってしまった。 (なっ何!? 何が起こったの?) 動こうとしたけど、手足共に指一本動かせない。助けを呼ぼうとした瞬間、顔面も私の支配下ではなくなり、無理やり微笑まされ、手足動揺動かせなくなった。これじゃ声が出せない。 (やだうそっ、何なのコレ) 私の身体は私のものではなくなり、リリーAIに権限が譲渡されてしまったのだ。自分の身体が自分のものではなくなったという事実。これまでに経験したことのないような本能的恐怖だった。 やるんじゃなかった。 私の身体は一度半身不随になっていて、それをナノマシンで補っていたんだから、ナノマシンの中身を入れ替えたら動けなくなっちゃうのは当然じゃないの。なんでこんなことも予期できなかったんだろう。 取り返しのつかないミスをしてしまったことへの焦り。徹夜による集中力の低下。まともな思考ができなくなっていた。 全ては後の祭りだ。私は左右に立ち並ぶロボットたちと同じ姿勢をとらされ、静かに固まっていることしかできない。どうしよう。こんなバカみたいなピンチに陥っちゃうなんて……。 あ、そうだ。朝になれば土田さんが来るはずだ。 二体の故障に関する報告はパソコンに書きかけのやつが映っているはずだから、きっと気づいてくれるはず。 その後、視線すら動かせない私は、徹夜の披露もあり、あっという間に眠りに落ちた。 (あれ……?) 気がつくと、私は自分の太腿をこすっていた。体が独りでに動いている。 寝起きで頭が働かず、しばらくは状況を飲み込めなかった。なに……何で私、こんなことしてんの……? ていうか、止められないし……。 「あっ、起きた?」 (っ!) 私の口が、私の意志とは無関係に、何者かの意志で言葉を発した。一瞬で目が覚めた。ゾッとするような恐怖だった。 (だっ……誰!? 私、どうなってるの!?) 「私」は声を発する権利がないらしく、喋ることができなかった。 「あたしだよー。リリー」 (えっ、リリー!?) そうだ。思い出した。昨日、私は自分の体にリリーのデータを移したんだ。 (ま、待って、ちょっと、やめて!) 「もー。時間ないんだってばー」 時間……あっそうだ、結局どうなったの!? ていうか……私は、いやリリーはさっきから何を……。 幾分か落ち着きを取り戻した私は、自分が全裸であることと、何かヌメッとした液体を自分に塗りつけていることに気がついた。 (きゃあーっ。なんで私裸なの!? ちょっ、服着て服! 誰か来たら……ていうか今何時?) クイッと首が動き、時計が視界に入った。朝七時……。開園まであと二時間ちょっと。 「脱毛終わったから、コーティング剤塗ってるとこー」 またしても口が勝手に動いて答えた。 (ここ、コーティング!? ていうか、脱毛って!?) その時、私の太腿がテカテカとした光沢を放っているのに気がついた。これは……ロボットの肌みたい。 もも、もしかして、生体ロボット用のコーティング剤を塗ってるの!? 私の体に!? (すぐやめて! 何でこんなことするの!) 「えー、しっかり処理しないとステージやパレードで見えちゃうよー」 ステージ? パレード? 一体何を言って……。 サーっと血の気が引いた。そうだ、そうじゃん、私の中にいるリリーが「リリー」として動くってことは、「私」があのこっぱずかしい衣装を着て、ステージに立つってことじゃん! (な、なしなしなし! 中止! 中止だってば! 無理! 絶対無理ーっ!) 「へーきへーき。演るのは『あたし』だから」 (見られるのは『私』なんだよー! あんな恥ずかしい格好で舞台に立つとか絶対無理! ね、お願い!) まるで実感の湧かない、奇妙な感覚。自分の思考と自分の体が、別の存在として会話するなんて……。 「えー、あたしのデザイン、可愛いのにー」 (『私』は可愛くないのー!) 常に日陰を生きる存在だった地味女である自分が、人気者を気取り派手なコスプレをして歌い踊る様は、どんなに滑稽で痛々しい光景だろう。撮影してネットに上げる人も大勢いるだろうし……。知り合いに見られたら……。 「できた!」 私の体はスッと立ち上がった。両手が目の前に現れる。シミ一つ、体毛一本も見当たらない、とても綺麗な肌が、照明を反射している。 (こ、これ私の手!?) 「頑張ったでしょ!」 視線が胸に、胴体に、足に、順番に移動していった。普段のずぼらな自分とは打って変わり、画像加工でも施したかのような綺麗な肌になっていた。おしむらくはテカテカとした光沢があること。これのせいで、作り物……ロボット感が半端ない。 「顔見にこ!」 (え!? 顔って?) 私の体は全裸のまま、作業室を飛び出した。 (ええ~っ!? ちょっと、ダメ! 戻って! あああ~っ!) 私は心の中で絶叫した。幸い、今は誰もいないみたいだけど、スタッフの人がいたらどうするのってか絶対いるでしょああああダメダメダメ止めてぇーっ! ルンルン顔で廊下を全裸スキップする私。とてもじゃないけど現実だとは認めたくなかった。自分の体なのに、映画みたいにただ見ていることしかできないなんて。お願いだから下着だけでも着てよぉ……。 幸運にも、誰ともエンカウントすることなく倉庫にたどり着いた。が、中には土田さんが待っていた。 案の定、ギョッとして、 「あんた、服は?」 と尋ねた。 「はい?」 リリーはキョトンとしている。ちょ、あんた……人の体だってわかってるの!? 「ちゃんと着なさいよ、流石に藤原さんが可哀想でしょ。まー、寝てるからいっか」 「あ、起きましたよー」 土田さんは哀れみの視線を私に向け、それ以上何も言わなかった。……わかってるなら何とかしてよー! 「顔はー?」 「もうちょい」 土田さんは壊れたリリーの体からマスク部分を外し、調整していた。……私にはめるの? 本当に、私リリーになっちゃうの? ていうか、土田さんの責任もあるのに……土田さんやってよ……。なんで私が……。 マスクがはまり、同期されると、本物の顔のように動くようになった。適度なデフォルメの利いたリリーの顔が、私の新しい顔として鏡に映っている。リリーはニッコリ笑ったり、怒る表情を作ったりして動作確認をしている。なんだか現実味がなかった。私の面影がもうどこにもないせいだ。ほんとに映画でも見てるみたい……。 でも、再び全身が動き出すと、すぐ現実に引き戻された。やっぱり、私は私だった。これから、ステージに立って、演技を……あうぅ……。 リリーのコスチュームを着ると、胸以外は大体うまくはまった。 「ちょっと胸詰めないとだねー」 (余計なお世話よ。あんたがデカすぎるんでしょ) その後ウィッグをつけ、帽子をかぶり、ステッキを握ると、私は完全にリリー化した。流れるような金髪、マジシャン風のレオタード衣装、水色のブーツ、三角帽、アームカバー……。アニメの世界から抜け出てきたような、溌剌とした印象を受ける。 (えっ、これ……私!?) 理系喪女の自分がベースだなんて、とても信じられなかった。 「だから言ったでしょー、可愛いって」 リリーは私の体を操り、悪戯っぽく笑い、可愛らしいポージングを決めた。 自画自賛してるみたいで痛いから、やめて……。 「十五分前か。いやー、間に合うもんねー」 土田さんのヘラヘラとした態度が、私を苛立たせる。 「いこ! メイちゃん!」 リリー……私の体は元気にスキップしながら、ステージへ向かって走り出した。 (ま、待って! こんな格好で外出るの!?) 「出ないと出られないでしょー」 朝日が私たちを眩しく照らした。同時に、冬の冷たい空気が、露出した私の肩や太腿から熱を急速に奪い始めた。 (ひぃっ、さむっ!) 「大変だねー」 信じられないぐらいに寒い。鳥肌が……立たない!? コーティングの影響で、私の体はささやかな体温調節も行えず、ただ一方的に冷やされるのみだった。 だれよ、こんな恥ずかしい上にクソ寒々しいデザインにしたのは! 私は顔も名前も知らないデザイナーを恨んだ。そして、リリーも。何が恨めしいかって、「寒さ」はなぜか私が担当させられているらしいことだよ。体を動かす権利っていう一番大事なとこは持って行っているくせに、それで生じる面倒は「私」に押し付けてる! しかも普段運動していないから、走るだけでかなりシンドイ。明らかに体が息切れし、節々も悲鳴を上げつつあるのに、リリーはお構いなしに走り続けた。何も苦痛を感じていないの? 「私」はこんなにも辛いのに……。 開園。そして、ショーの一発目。私は拒否することも抵抗することもできず、舞台の上に立った。大勢の人たちの視線が刺さる。羞恥心が一瞬で限界を迎える。 太腿を大胆に露出するハイレグレオタード。これだけでも死にたくなるほど恥ずかしいのに、雪が降ってもおかしくない気温の中、こんな格好をしているという事実が、私の変態っぷりを強調しているようで、泣き叫びたくなる衝動が止まらない。 「はーいみんなー、こんにちはー!」 過剰なブリブリ演技と、甘ったるい猫なで声でリリーが挨拶した。あああああいやだってばやめてよそんなの! いっちばん嫌いなやつ! 「リリーのマジックショー、はーじまーるよー!」 ステージだから、大げさな動きをしないといけないのはわかる。でも、自分がそれを大勢の人の前でやっていることはどうしても受け入れがたいことだった。変な汗がでそう。ヤバい。きつい。 リリーはたまに「失敗」をやる。勿論台本通りの動きだ。そのたびに、頭コッツンコとか、舌を出してテヘペロとかをマジにやらされるので、私はもう生まれてきたことを後悔しそうになるほどの恥辱にもがき苦しんだ。 お客さんが笑ってくれたり、楽しんでくれていたりするのが唯一の救いだった。滑ってたらマジで正気を保てなかったかもしれない。 (ああああもう終わって終わって早く早く早く) ただひたすらに、それだけを願いながら、私はドジっ子マジシャンを演じ続けた。 終われば終わればで、お客さんたちと握手して、一緒に写真を撮って……というのが始まり、私は気が気じゃなかった。「私」だってバレたりしない? ほんとに大丈夫? こんな格好しているところを至近距離で観察されるのは、ステージに勝るとも劣らない恥ずかしさだった。子供は遠慮なくベタベタ触ってくるし……。 中年男性がひっそりとローアングルを狙っているのに気づいちゃったりすると、猛烈な嫌悪感を催した。 (り、リリー、ちょっと、あそこ……) 「ありがとうございまーす! また来てくださーい!」 リリーは特に気にしないようだった。もういいでしょー、早く終わってよー! これを日が落ちるまで繰り返し、夜にはパレードに参加。雪が舞う中、肩と太腿を大胆に露出したまま、最前列でステッキをクルクル振り回しながら行進するのは、まったく拷問としか言いようがなかった。媚びたポーズで笑顔を振りまかされ、その瞬間を数えきれない人に撮られて、気が気じゃなかった。SNSで私のキャピっとしたコスプレ写真が出回っているのかと思うと、もう二度と表を歩けないような気さえした。 全てが終わると、ようやく暖房の効いた作業室に入ることができ、私は拷問から解放された。全身クタクタだし、明日は間違いなく筋肉痛だ。ていうか風邪ひくって……。 「じゃー、後よろしくねー」 私の口がそう告げると、急に私の体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。 「いったぁー!」 痛みにうめきながらヨロヨロと立ち上がり、体が返ってきたことに気づいた。動く。動かせる。あぁっ……良かった……。 同時に、羞恥心がぶり返してきた。ああもうダメ。早く着替えないと……ていうか、私の服どこ? (リリー? リリー?) 答えは返ってこない。向こうだけ私の心の声を聞けるって、なんかズルくない? 廊下へ出ると、共演者たちが無言で並んでいた。あっ、そうだ、点検しないと。 リリーを除いた十四体の点検を終え、ようやく私は今日の仕事を終えた。……そういえば土田さんはどうしたんだろう。いつも通りの時間に帰ったのかな。こんなことがあったのに? 少しソファで横になった後、自分にアクセスしてリリーのデータを消そうとすると、体が動かなくなった。 「ダメだよー! まだ明日も明後日もあるんだからー!」 (えっ……えええぇぇー!?) リリーはマスクとウィッグをとることさえ許してくれず、結局金髪リリーフェイスのまま、私は家に帰ることになった。誰かに見られたらどうしよう……最悪だ。 家でお風呂に入ると、テカテカの自分の体が今更ながら気になった。衣装と童顔フェイス、ぶりっ子仕草も相当だったけど、こっちも中々恥ずかしい。メイドロボじゃないんだから……。 こすっても湯につかっても落ちず、私はこの肌を受け入れざるをえなかった。 翌日早朝には自分で自分をつねるというやり方でリリーにたたき起こされ、無理やり出社させられた。私は午後からなのに……本当は……。 激しい筋肉痛の中、昨日とまったく同じようにリリーを演じさせられ、私は地獄の苦痛に耐えさせられた。もはや羞恥などどうでもいいぐらい、ひたすらに筋肉痛との闘いだった。 日中は「私」に発言権がないから、リリー本体の修理はどうなっているのか、土田さんに尋ねることもできなかったし、リリーも尋ねてくれなかった。 その後も私は延々とリリーを演じさせられ、結局、リリーの修理が終わったのは年が明けてからだった。 リリーのデータを移し、ついに、ようやく私は自分の体を取り戻した。 「はぁ~っ」 深いため息をつき、私は安堵した。終わった……終わったんだ……。 私は二時間ほど待って、リリーの再起動を見届けた。ピョコリと起き上がったリリーが、心底楽しそうな顔で 「ありがとねー。楽しかったよー。またやろーねー」 などと言ってきたので、私は久々に顔を真っ赤に染めて 「やりません!」 と叫べた。 すっかり根付いてしまった長い金髪ウィッグ、癒着したリリーフェイス、テカテカの肌がそのまんまになっていることに私が気づいたのは、その日家に帰ってお風呂に入った時だった。 「もうヤダー!」

Comments

Anonymous

両方どれもすきです!最近コンビニで支払いようになりましたので、支援できました!

opq

ご支援ありがとうございます。期待に添えられるよう頑張ります。

Anonymous

めっちゃよかったです! バッドエンドが好きなので、とくにサクラ姫の話が好きでした。 外からやってきた作業員にロボットと思われてぶっきらぼうに命令されるところなんかはすごく興奮しました。

opq

気に入って頂けてなによりです。やっぱり、ぞんざいな扱いをされるのはいいですよね。

いちだ

楽しませていただきました。 メイドロボ以外のロボもなかなかいいですね。 私はハッピーエンドもバッドエンドも好きなので 2パターンとも 気に入りました。

opq

コメントありがとうございます。バッドエンドは好きな方と嫌いな方がいるので毎回悩みます。