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「えっ……ちょ、嘘でしょ先輩、マジ……? あはははは!」 私は床に座り込み、真っ赤になって後輩の嘲笑に耐えなければならなかった。月夜ちゃんは高校大学の後輩で、かなりのお金持ちだ。事情が事情だけに、一人で病院に特攻する勇気が出ず、強い味方が欲しくなった私は彼女に事情を話したのだ。 「まあまあ……事情は……ププッ、分かりました……ッ。私が訊いてきますね……プッ」 「お願い……します……」 私は耳まで真っ赤に染めて彼女を睨みつけることしかできなかった。 二日後、月夜ちゃんが私の家にやってきた。メーカーの人に対処法を聞いてきたという。 「で、これどうやって脱げばいいの? 体は元に戻る?」 「まあまあ、落ち着いて……せ・ん・ぱ・い」 ミニスカメイドではどうにも言い返せない。うう……惨めだ。 彼女曰く、私の身体の異変はやはりこの服。メイドロボの衣装には自己修復機能があるらしく、私はそれでメイドロボに「修復」されつつあるのだろう、と。 「わ、私どうなるの!? まさかメイドロボになっちゃうの!?」 「んーとねえ……」 メイド服の剥離には専用の溶剤を使えばいい。が、体を元に戻すのはほぼ無理。そんな事態はだれも想定していなかったからだ。それが月夜ちゃんの報告だった。 「あ……」 じゃあ……じゃあ、ここまで変わっちゃった体はそのままなんだ……。私は涙した。こんなコスプレごっこ……やるんじゃなかった。なんでこんな馬鹿なことしちゃったんだろう。誰も責められない分、一層に苦しい。 「あー待って待って。私に提案があるんだけどさ」 「?」 月夜ちゃんはすごい提案をしてきた。身体を元に戻す研究をやらせるよう働きかけてあげるから、その間自分の家でメイドロボを演じてくれないか、と持ち掛けたのだ。 「ウチならあそこと結構付き合いあるしぃ、何とかしてあげられるよぉ」 「えっ……ほ、本当に? 元に戻れるの?」 パァッと目の前が明るくなったような気がした。持つべきものは後輩……だけど問題が一つ。メイドロボをやる……ってことは、この服を脱がない……? それじゃあ、ますますメイドロボ化が進んじゃうんじゃ? 「うん。進みまくるでしょ」 「い、いや。それは絶対」 「じゃー、この話はなしね」 「あっ、そんな……」 「別にいーじゃん。ここまで来たら多少悪化したところで同じでしょ。ちゃんとそこも含めて話通すからさぁー」 「……」 あるようでない選択肢。一生、こんなツヤテカの肌で生きるぐらいなら……。また乳首と女性器が戻ってくるのなら……。私は月夜ちゃんのメイドロボになることを受け入れた。 「あー良かったー。ちょうど今ね、新しいメイドロボ買おうってとこだったんだー、ほら新型出たじゃん?」 「私はメイドロボじゃないんだけど」 「わかってるってばもー。でもありがとねー、これでお小遣い浮いたよー、買ったことにすれば全部自由に使えるじゃん、ヤバくない?」 ああ、そう……。本来メイドロボ代に使う費用が私の代価か。メーカーに無茶な研究を通させる手間賃。 月夜ちゃんを通じて、ケイトに留守の間の応対を指示し、私は彼女の家に移る支度を整えた。 「あ、家の人には本当のこと言わないから、メイドロボとして振舞ってね」 「で、でも……」 「バレたくないでしょ?」 「それは……」 うん。不正入手したメイドロボのコスプレをしていたらロボットになりかけましただなんて恥ずかしすぎる。でもメイドロボ扱いされるのも屈辱。でも……うぅん。 「はいこれ」 月夜ちゃんは髪飾りを私の頭に装着した。メイドロボを演じるならまあ……必要か。 「これも。ちゃんと用意したんだよ」 彼女は透明な紙を取り出し、私に見せた。緑色に光る「10458」の数字が印刷されている。 「なにそれ?」 「製造番号のシール。なかったら変に思われるでしょ、メイドロボなんだから」 私はメイドロボじゃないんだけど。でも仕方がない。短いスカートをたくし上げ、私は太腿を露わにした。 「お、素直でよろしい」 月夜ちゃんは透明なシールを台紙から剥がし、私の太腿に綺麗に貼りつけた。いつか見たケイトのやつと全く同じように見える。メイドロボ……私がメイドロボ……。うっ。 「じゃ、行こっか」 「あっ、待って、なにか上から」 「だーめ。メイドロボが上着着てたら変でしょ」 「えっ!? い、いやいやでも、この格好で……外に出るの!?」 「しょーがないじゃん、もー今更何言ってんのさー」 「……ッ」 どうしようもなかった。元に戻るためには。タクシーの中で、私は顔を真っ赤に染めて俯いていた。運転手さんはどう思ってるんだろう。普通にただのメイドロボだと思ってるんだろうか。でもロボットが今の私みたいな反応をするのは変だ。だったら……メイドロボのコスプレをしてタクシー乗る女だと思われるぐらいならいっそ本物のメイドロボだと思われた方がマシ……いやでも……ああぁ……。 本番は朧家についてからだった。月夜ちゃんの家は久しぶりに見るが、相当の豪邸。長い庭をメイド服、それもフリッフリのミニスカで渡らなければならないのは想像以上の羞恥プレイだった。 「ただいまー」 「おかえりなさいませ、月夜お嬢様」 ケイト同様、クラシックなスタイルのメイドロボと、家の人が出迎えた。そのどちらにも劣る格好をしている自分が惨めすぎて、私は演技どころではなかった。俯き、黙りこくってしまう。 「へー、その子が新型ですか?」 「そう! すごいでしょー」 「いや全く。こりゃすごい反応しますねー」 私が顔を赤くして俯いている様子に、家の人は一切不審に思うことなく私をメイドロボだと判断した。私はそのことにショックを受け、顔を上げた。三十前半ぐらいの整った顔立ちの男性。普通だ。普通の出で立ちをしている。私は二十後半でこんな……ミニスカメイド服で、メイドロボを名乗って訪問……のうえ、こっそりと居候か……。 何重にも自分が情けなくって、私はいつしか前かがみになっていた。月夜ちゃんの部屋に着くまで幾人かとすれ違ったものの、誰一人として私を人間だと疑う人はいない。 (いくら同じ服着てるからって……そんなにメイドロボに見えるもの……?) 月夜ちゃんの部屋は子供部屋みたいにファンシーな空間で、院生のものとも思えなかったが、家具は全て高級品なのがわかる。私の家とはまるで違う。ケイトとよく似たメイドロボが部屋の隅で掃除をしている。ウチの家具でここのと同じ価格帯だったのはきっとケイトだけだろう……。そして今は私がメイドロボか……はぁ。 「お疲れー。ほらー、バレなかったでしょ? へーきへーき」 「うん……そうだね」 気のない返事をしつつ、不意に部屋の中の姿見を見た瞬間、私はギョッとした。そこにはメイドロボが映っていたからだ。綺麗すぎるテカりのある肌、樹脂ともゴムともつかぬ質感のメイド服。些細な立ち振る舞いはそのビジュアルの前には全く無力なものだった。ああ……こりゃ「メイドロボ」だわ。自宅の鏡と外の鏡だと印象違うことはよくあったけど……。自分がどれだけ自分に「人間補正」をかけていたかがよくわかる。 「さ、手続きしましょ」 「え? なんの……」 「所有者登録」 「へ?」 月夜ちゃんはメイドロボの充電台を指し、私にそこに乗るよう指示した。私もケイトを買った時、登録をしたけど。私、人間だよ!? 「あのさ、それは多分無理だと思うんだけど、私体がテカテカになっただけでさ、別に頭まで……」 「あ、いけた」 「うそぉ!?」 端末を見せてもらうと、確かに登録できていた。私は月夜ちゃん所有のメイドロボということになってしまった。信じられない。……でも着替えの時体が勝手に動いていたのを思うと……。 じわっと涙が溢れた。自分の体がここまでおかしくなっていただなんて。もう止めたい。脱ぎたい。これ以上「修復」させたくない。 「まあまあ。でもさあ、先輩だって嫌でしょ? 誰か知らない人に勝手に登録されたらさ。私でよかったじゃぁん」 それはそうかもしれないけど。 「じゃ、これからよろしくね。先輩……は変だよね。メイドロボにさ」 「え? あぁ……そう、ね……」 「じゃあ、よろしく。メイちゃん」 イラっとくるが、仕方がないか……。 「せ……メイちゃんは、私のこと月夜お嬢様って呼んでね」 「えっ? なんで?」 「いや、バレちゃうでしょ。まあ私は別に構わないけどさぁ。メイちゃんはいいの? 自分がメイドロボのコスプレしてたら脱げなくなった自滅変態アホンダラだってバレちゃうの」 「……そんな言うことないでしょ……」 玄関で出迎えたメイドロボを思い出した。確かに月夜お嬢様って言ってた気がする。で、でも……後輩、特に生意気目なこの子を……お嬢様……。 「あと、敬語で話すこと。いい?」 「……」 「こら~、返事はぁ~?」 「わかり……ました……。月夜お嬢……様」 「プフッ」 屈辱。まさか元に戻れるまで、ずっとこんな恥辱に耐えないといけないの? やっぱやるんじゃなかったよ。いやでもそうしないと一生このままか……。最悪。 その後、とりあえず掃除をやってと頼まれた私は、渋々ながら部屋の掃除を始めた……が、既存のメイドロボが手際よくパッパとこなしていくので、ほとんど手伝えることもなかった。 「こらー、働けー」 「いやでも、もう終わっちゃったし……」 「敬語。……まあメイちゃんニートしてたから働き方忘れちゃってるかあ」 「喧嘩売ってる……んですか?」 「あ。そうだ」 月夜ちゃんが無機質な引き出しから何かを取り出し、充電台に差し込んだ。 「これ上げる。前のメイドロボの学習データね」 「ええっ?」 知ってる。私はケイトが初だったからやったことないけど、以前のメイドロボの記録を入れれば、買い替え前と同じように家事をやってくれるって書いてあったっけ。で、でも……。私はまだ人間……のはずだし、データなんて入る訳……でも所有者登録できちゃったしな……。 恐る恐る台座に立ち、インストール作業を待った。なんか怖いな……。他人の、それもロボットの記憶を入れられるだなんて。 「いけたいけた! オッケー」 「え? ほんとに?」 特に何も感じなかった。何も変わったような気はしないけど。 「んーと、じゃあねえ……。お茶入れてきて」 「かしこまりました、月夜お嬢様」 (えっ!?) 突然体が私のものではなくなり、短いスカートを両手でつまみ上げた。礼をして私の身体はドアに向かって歩き出し、部屋から出ようとしたのだ。 (ま……待って! いや、出たくない!) この部屋から出たらこのフリフリメイド姿をみんなに見られちゃう……嫌だ。しかしもう足も、手も、何一つ私の意志を反映してくれない。抵抗もできないまま廊下に出た私は、迷うことなくどこかへ向かって歩を進める。この家のどこにリビングやキッチンがあるか知らないはずなのに、自動的に足が進み続ける。すぐにキッチンに辿り着き、私の身体は一瞬の躊躇もなくお茶の用意を開始した。どこに何があるのか、私の身体は既に知っているらしい。「私」は知らないのに……。 (う、うそ、そんな) メイドロボのデータに体を操られていることへの屈辱と、正真正銘、メイドロボとして扱われ出したことへの戸惑いで、私は混乱した。しかし私はその混乱を表に出すことさえできない。従順なベテランメイドロボとして手際よく命令をこなしていく。廊下で他のメイドロボとすれ違ったが、やはりロングスカートの落ち着いた服装ばかりで、自分の大きなリボンや派手なフリルが気になって仕方がない。 (ふ……服だけでも変えられないかな……) インナーや手袋はもう脱げないけど、服は脱げるはず……。お茶を運び終えた私は、月夜ちゃんに質問した。 「あの、私のこの服、変えられない? 私だけこんな、その……派手なの、変だよ」 「えー? いーじゃない、可愛くて。わかりやすいし」 「で、でも……」 どちらにせよ、容易に用意できるものじゃない。私の提案はあっさりと却下された。 その弊害はすぐに表れた。朧家の夕食。メイドロボたちが食卓の近くに並んで待機させられるのだが、私もその一人……いや一体となってしまったのだ。何しろ体が勝手に動いてメイドロボたちの列に加わってしまうのだから、どうしようもなかった。タスク処理が始まると、もう私は自分で手足を動かせなくなってしまう。ロングスカートのシックなメイドたちの中に、たった一人だけミニスカ衣装で並ばせられるのは屈辱的だった。メイドロボの仲間にされてしまっただけでも惨めなのに、その中でも私は一層おかしな格好をさせられているのだから。 そして一家の話題はやはり私に。 「ほー、あれが新型」「そう。可愛いでしょ」「そうか? なんか普通って感じ」「ていうかあれはないだろ」「あれって?」「服。もっと普通のあっただろ」 (う……ぅ……) 私はスカートの前に両手を重ねる基本姿勢のまま、恥辱に耐え続けねばならなかった。もしも人間だってバレたら……。メイドロボのコスプレしてるだけの人間だとわかったら……。死ねる。 「私はあれがいーの」 他のメイドロボたちと同時に体が動き出した。食器を下げるものと、キッチンへ向かうものとにわかれる。私は後者だった。私の身体はデザートを運ぶ準備を始める。初めてのはずなのに、タイミングも何もかも熟知している。メイドロボのデータに支配されている今の自分が心底惨めでならなかった。この家の人たちは何しろ月夜ちゃん以外全員が私をメイドロボだと認識しているのだから。 「ん」 「かしこまりました」 月夜ちゃんの兄にそう言われただけで、私は紅茶の二杯目を注がなければならなかった。悔しい。月夜ちゃんだけじゃなく、他の人にまで顎で使われるなんて。しかも、私は抵抗することも文句を言うこともできないのだ。 用事が済むと、私は再びメイドロボの列に加わり、彫像のように固まってしまった。動けない。動きたくとも動けない。夕食が終わるまではずっとここで待機らしい。 (や、やだ……。これからずっと……元に戻れるまでずっとこうなの?) 目の前で楽しく談笑している月夜ちゃんたち。見ていたくなかった。その輪に加われず、代わりにメイドロボの列に入れられてしまったこの立場の違いが強調されているようで。でも目を逸らすことさえ叶わず、私は笑顔で次の命令を待ち続けることしかできなかった。 「いやー、上手くいったねぇ~」 「いってないよ……。私死ぬほど恥ずかしかったんだからね」 「敬語」 「いいでしょ、二人の時くらい」 「普段から慣らしておかないと、ぽろっとボロがでちゃうかもしんないでしょー」 「別に……命令されてる時は勝手に動くし、私は体動かせないし」 「けーご」 「はいはい、わかりましたっ」 「あっ、明日朝から研究室行くから。お休み~」 「お休み……なさいませ」 「ふっふーん」 月夜ちゃんがベッドにもぐりこんで消灯した時、私は尋ねた。 「あのっ、私はどこ……で……!?」 身体が立ち上がり、勝手に部屋の外に出た。ドアの両脇に白い円形の台座が設置されている。その片方にはメイドロボが一体突っ立っている。私は反対側の台座に立たされた。 (えっ、あっ、あっ、そんな) 私はスカートの前に両手を重ね、微笑んだまま硬直してしまった。動けない。どうやら、部屋の外で待っているのが月夜ちゃんのメイドロボのしきたりらしい。こ……このまま!? 私、廊下で立ったまま寝ないといけないの!? 抗議しようにも、口が動かない。どうにもならなかった。私は彫刻のように廊下に飾られたまま、今日の長い一日を思い出しては顔から火を噴き、明日からの生活を思っては鬱屈しながら、眠りに落ちるのを待った。 翌日。目が覚めると既に月夜ちゃんはいない。既に朝の9時半。私は掃除をしていた。 (えっと……あれ?) 私が眠っていても、体はメイドロボとして働き続けたんだろうか。どうもそうらしい。 (はぁ……私ってなんなんだろ) これじゃあ、本当にロボットだよ。ため息をつきたいが、それすら許してくれない。 月夜ちゃんの用事だけじゃなく、家全体の家事も手伝わされる。他の人たちは容赦なく私をメイドロボ扱いしてくるので、その度に怒りと恥辱でクラクラする。私の身体は勝手に命令をこなしていくので、誰も人間だとは疑わない。それが悔しくもあり、ホッとするものでもあった。 (は、早く……早く月夜ちゃん帰ってきてぇ) 私が自由になれるのは彼女と二人きりの時だけ。私はてっきり、命令がなければ自由なのかと思っていた。だが実際は、家事や命令が途切れると、私は月夜ちゃんの部屋の前で彫刻のように固められてしまう。このルーチンは先代の間に完成しているらしく、それをぶち込まれた私に逃れる術はなかった。 (う……うぅ……動けないよぉ……) まさかここまで自由がないとは思わなかった。 (だ……誰も見てないんだから……自由にしてもいいじゃない……) 私の隣で、同じポーズで同じように固まっているメイドロボ。こうしてメイドロボと同列にされていることが何より耐えがたい。 (私は人間……なのにぃ……) 声にならない文句を心の中で呟きながら、私は廊下を彩り続けた。 メイドロボとして朧家で過ごしているうちに、また変化があった。ある日家の人が私を指して言ったのだ。 「どしたそれ?」 (えっ、何、バレた!?) 内心慌てふためくも、静かに佇んでいることしかできない。近くにいた月夜ちゃんが言った。 「ああそれ。金髪の方が似合うと思って」 「ふーん」 (えっきんぱ……何!?) その日の夜、私は姿見を見て気づいた。髪がプリンに……逆プリンになっている。髪飾りを中心に、黄色く染まっているのだ。 「月夜お嬢様、これは一体……」 「あっ、それもね、修復だよ修復ー」 「はぁ!?」 「その服だと金髪の方が映えるかなって」 「そ、そんな勝手に……」 私は髪飾りを取ろうと頭に手を伸ばした。だが既に髪飾りは髪の毛と一体化してしまい、外せなかった。 「や、やだぁ、そんな。とってください~」 「そんな半端なとこでやめるより、全部染め切っちゃった方がいいでしょ。みっともないよ」 「で、ですが……あぅ」 相談もせずに人の髪を勝手に染めるなんて酷いよ。私はあなたのメイドロボじゃないんだからね。今はそうなってるけど。 でも半端なツートンよりかは完全に染めた方が格好がつく。私は泣く泣く髪の「修復」を受け入れた。日に日に金髪の域が広がり、二週間もすると私の頭は綺麗な黄色に染まった。その上、明らかに髪も伸びている。いつの間にか肩まで。 金髪のミニスカメイド……。知り合いに見られたらどんな反応されちゃうか……。いつになったら元に戻れるんだろう。ちゃんと研究進んでるんだろうか。 メイドロボと過ごす内に、私の身体はますます悪化していった。いつの間にか充電できる体になっていることに気づいた時には、髪が背中まで伸びていて、大きな白いリボンでポニーテールに結われる羽目になったし、いつの間にか二人きりの「自由時間」でさえ、敬語でしか喋れなくなっている。 「あの、月夜お嬢様」 「ん? なーに?」 「私、その……昨日気づいたのですが、敬語でしか話せなくなっているようなのです」 「えっ? ああそう。なーんだ」 (な、何よ、その素っ気ない反応は……) まるで「なんで今更そんな当たり前のことを?」とでも言いたげだ。 「こ、困ります……。私、本当にメイドロボになってしまいます」 「ぷっ、あははは!」 ジョークと受け止められてしまったらしい。まあもう二か月だし……。でも本気で困る。いつまで待たなきゃいけないの? 「あの、元に戻す研究は……」 「まだかかるから、もうちょっと待っててね~」 「はい……」 私の毛髪量が尋常ではなくなり、大きな白いリボンでアニメキャラみたいな長いツインテールにされてしまったころ。私はとうとう自分の意思で体を動かせなくなってしまった。受け答えは体が自動的に……メイドロボのAIがやってしまう。素っ気ない受け答えしかできないので、徐々に月夜ちゃんも私に話しかけることがなくなり、「自由時間」は自然消滅してしまった。私は金髪ツインテ、ミニスカメイドというとんでもなく恥ずかしい姿で、部屋の入口を飾っている。こなすべきタスクがなければ、私はここでマネキンのように突っ立っていることしかできない。 (うう……いやぁ……誰かなんとかしてぇ……) 月夜ちゃんすら私に気さくに話しかけてくれなくなったことで、私はこの家の中で正真正銘のメイドロボと化してしまった。人間として接してくれる人はもはや誰もいない。自分から声をかけることも、動き出すこともできないので、今更止めるとも言いだせない。元に戻す研究の進捗を知りたいけど、それもできない。八方塞がりだ。 (まさかこのまま……本当にメイドロボになっちゃうなんてこと……ないよね……?) 月夜ちゃんが私のことを忘れているんじゃないか。そんな恐ろしい懸念を捨てきれない。 いつものようにドアの脇で廊下の置物となっていた時、家の人が通りかかった。 「おい、明日メンテだからな」 「かしこまりました」 私はスカートの裾を持ってお辞儀し、それだけ言うとまた基本姿勢に戻り、彫刻と化してしまった。メンテ……ああ。そういえば、隣の子が今日いないような。 (えっでも、メンテ? 私……人間なんだけど!?) あの人は私が人間だと知らない、か。月夜ちゃんに確認しないと。 「お茶出してー」 「かしこまりました、月夜お嬢様」 (待って! 話を……) だが、大きな障害が一つ。私からコミュニケーションをとれないという点だ。明日のメンテについて、月夜ちゃんの方から……何か……。 「ん」 「はい」 月夜ちゃんが顎をクイッとドアの方に向けると、私はお茶とお菓子の片づけを始めた。何も言ってくれないの? ちょっと、困るんだけど。どうなってるの? 後片付けを終えた私は部屋に戻らず、ドアの脇で固まった。ど、どうしよう。私のメンテって……。大丈夫なの? 月夜ちゃん知らないんじゃないの!? その可能性が高い。ど、どうなるんだろう。ロボットのメンテって……体をバラされたり……ひえーっ、嫌だ。死んじゃう。 (ちょ、ちょっと、何とかしてよ、ねえ) だが、誰一人として私のピンチに気づいてくれる人などいない。月夜ちゃんはそれっきり、私を呼びださなかった。 翌日、私は独りでに動き出し、屋敷を出た。 (いやあ! 外に出るのはいやぁ!) フリッフリなのが幸い(?)したのか、この家の人たちは私を買い物とかに出すことはしなかった。これが初の外出。久しぶりの外出は、全くもって歓迎すべき事態ではなかった。こんな恥ずかしい格好で往来を歩かされるなんて、死んでもイヤ、誰か止めて。 アニメみたいにすごいボリュームの金髪ツインテ。そしてリボンとフリル満載のミニスカメイド。こんなコスプレで歩いているところを知り合いに見られたり、誰かにネットに上げられたりしたら……お終いだ。目を瞑りたい。顔を伏せたい。だが、私の身体は決してそれを許してくれない。背筋をピンと伸ばし、堂々と前を向いて歩かされ続けた。それもニッコリとした笑顔を浮かべさせられて。 人々の視線が刃のように刺さる。誰もが一度はチラッと目を動かして私を見る。その度に私は雄叫びを上げて走り去りたくなる衝動に駆られるが、体は言うことをきかない。 (違います違います、私藤原芽衣じゃありません、メイドロボです、そう思って……くださいぃ……) 私は今、あれほどなりたくなかったメイドロボになることを祈っている。最悪さいあくサイアク……。お願い、誰も気づかないで……! 工場にはほかにも無数のメイドロボがやってきていた。中には私並みに派手な髪型、衣装の子もいて、そういう意味では少し安堵した。よかった。私は「普通」だ。……すれ違った人みんなそう思ってくれているといいなぁ……。 屋敷のように廊下に並び、順番を待つ。ああ……でもどうなるんだろう。このままバラバラにされて死んだりしないよね。そしたら月夜ちゃんのせいだ。化けて出てやる。 「次!」 「はい」 怒ったような厳つい声が響き、私は扉をくぐった。油のにおいが漂う整備室。作業着を着た男たちが何人もいる。大がかりな機械の中央に立たされた私は、 「番号」 「はい」 という簡単なやりとりで、あっけなく座り込んではスカートをたくし上げ、股を開いて見知らぬ男たちに股間を見せつけなければならなかった。 (やめてぇ! 馬鹿ぁ! 変態! 何させるのよぉ!) 私は人間なんです、メイドロボじゃないんですっ! その叫びが声になることはなく、私は凍り付いた笑顔でM字開脚を披露し続けた。 作業着の男性は何かの機械を私の太腿にあてた。ああ……製造番号か。中のシステムにアクセスする場所でもあるんだっけ? (……って、ヤバい! バレる! ……いや良いの?) 私の番号は偽物。ただのシールだ。読み取れるわけがない。こんな恥ずかしい姿で人間だとバレたくないという思い、バレて助けて欲しいという思いが交錯する。私がどっちを望んでいるのか、自分でもわからない。 「……よし」 (……えっ!?) 「おい」 「はい」 苛立つようなぶっきらぼうな声を聞いた瞬間、私は姿勢を正して立ち上がった。 「10458番、問題なし!」「なし!」「なーし!」 「おう帰れ」 「はい」 何が何やらわからぬままに、私は反対側の廊下へ歩き出した。 (え……何、どうしたの?) 廊下には私の前のメイドロボがいた。彼女が通った道を私もなぞるようにして歩く。そのうち工場の外に出て、私たちはそのまま敷地外へ出ていく。 (えっ、終わったの? あれだけ?) ああよかった。とりあえず死なずに済んだ。……でもどうしてバレなかったんだろう? ただのシールなのに。ていうか、「修復」されたとはいえ、私の身体は普通のメイドロボとかなり違うはずなんだけど。 再び往来をコスプレで歩かされる恥辱に耐えながら、私は考えた。月夜ちゃんがとっくに手を回してくれていたんだろうか。10458番は無視せよ、と。でも私が人間だったって知っていたなら……工場の人たちのあの態度はおかしいような。流石にもう少し丁重に……。別枠だよね普通……。だとしたらやっぱ、知らなかったんだろうか。だとしたら、なんで「問題なし」? 屋敷に戻った私は、再び部屋の前で固まった。スカートの前で両手を重ね、ニッコリ笑って待機。用事があるまではこのままだ。 夜に月夜ちゃんが帰ってきたが、私にとくに挨拶もなければ、様子を伺うこともなく、スッと部屋に入っていった。 (えっ、ちょっと……ええ?) 彼女が話を通してくれていたのなら……メンテどうだった? とか声かけてくれてもいいのに。やっぱり知らないの? 私が今日メンテに行かされたって……。いや知ってるけどどうでもいいことなのか、どっちだろう。 ああもう。もどかしい。本人に訊きたいけど、体が動かない。何で自分の体なのに自分で動かしちゃいけないんだろう。いくらメイドロボとして修復されたからって……。 その時、恐ろしい可能性が頭に浮かび、背筋が冷えた。月夜ちゃんが話通してなかったとしたら。そしてなぜ問題なしになったのか。 (私の製造番号……。ひょっとして、まさか……) あれ、本当にただのシールだったんだろうか。まさかいつの間にか、本物に「修復」されていたんじゃあ? この重い金髪も、彼女のくっつけた髪飾りが「修復」したものだし……。 (ちょっと待ってよ、だったら私……) メイドロボの製造番号は……一度刻んだら二度と消せないって聞いたことある。もし……もしも、これがただのシールじゃなかったら、私は……。 (んっ……んんっ……) 久々に私はもがいた。太腿を見たい。触って確認したい。シールなのかどうか――。 (はぁ……) だが、私にそれを確かめることはできないらしい。やっぱり、体は動かない。全身、カチカチでピクリともしない。何か命令があるまではこのままで、命令があってもそれをこなすだけで、自由にはならない……。 (月夜ちゃんっ……。どうなの。どうなっているの……私はいつ元に戻れるの? 本当に研究進んでるの?) 憂鬱とした思いを抱えながら、私はそれを表にだすことができず、昨日までと変わらない笑顔で廊下を彩り続けた。

Comments

Anonymous

過去の話とは違った展開ですね。憧れのためにメイドにコスプレしましたが、この距離がなくなったら本当に悪夢だ。メイド服をコートの下に隠しておくのは素晴らしいアイデアです。 主人公が学校や仕事に行かなければならないなら、メイドを制服の下に隠さなければならないともっと面白いwww同級生と主従の二重生活とか、かわいい

opq

いつも感想をありがとうございます。今作も気に入っていただけたなら嬉しいですね。

Gator

久しぶりのメイドロボットですね! いつもよく読んでいます。 ありがとうございます。

opq

いつも読んでくださり本当にありがとうございます。今後も頑張ります。