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一発当てた。副業のつもりで始めた投資が波に乗り、あれよあれよという間に私は生涯年収分を稼ぎ切った。もっといけるんじゃないかという誘惑も頭にありはしたが、私は即座に手を引いて、アーリーリタイアすることにした。仕事も辞めたし投資も止めた。何もしなくても生きていける。 しばらくは自由を謳歌できた。働かなくてもいいって最高。しかし、人間というのは慣れてしまう生き物で、私は日々の家事が段々面倒くさくなってきた。こっちもリタイアできたらいいのに。なんでウン億円も持っている私が風呂掃除なんかやらなきゃならんのか。とはいえ、外注……人を雇うことはしたくなかった。ニート生活にだらけきった私の精神は、煩わしい人間関係の世界に戻ることに耐えられそうにない。気を遣わなくていい家政婦。ひと昔前までならそれはないものねだりというやつだったが、今は違う。私は思い切ってメイドロボを買うことに決めた。それも等身大で質のいい奴。当然、値も張る。死ぬまで働かない、というわけにはいかなくなってしまったが、まあ適当にバイトでもすればいいんじゃないかな。気が向いた時に。 家に届いたメイドロボは美人さんだった。一色で染め上げられた白い肌、整った顔立ち、艶やかな黒髪。安っぽいコスプレ衣装とは比べるべくもない、高級そうな質感のメイド服。だらけきった私の方が、まったく下の存在に見えてくる。名前はデフォルト名の中からケイトを選んだ。被るかもしれないがいいだろう。想像以上の高級感に、私がこの子に名前をつけることに気後れしてしまったのだ。 ケイトはよく働いてくれた。流石高級品。最初はちょっと彼女の服が汚れる度に色々心配になってしまい、「わわ私がやるよ!」と言い出してしまうこともしばしば。本末転倒とはこのことだが、背伸びしてメイドロボを買った人のあるあるらしい。真の金持ちはいくらでも買い替えられるからそんなことで動揺したりはしないのだろう。庶民の成金、それも事業などではなく運で一発当てただけの私は、その辺の覚悟をまるで持ち合わせてはいなかった。 が、人間は慣れだ。次第にケイトが少々汚れたり、どこかに腕をぶつけたりしようが、大して気にならなくなっていった。何しろ高級タイプなので、ある程度は自動で何とかしてくれるからだ。彼女たちの体は実際の人間に近い生体ロボットなのだけど、肌には汚れを分解するナノマシンを含んだコーティングがされている。垢とか油とか、そんなものは全部自動分解するので、生体とはいえいつまでも清潔。また服もただの布じゃない。同じように生体部由来の汚れは分解するし、埃や小さなゴミなんかも撥ねつけるので、手入れもほとんど必要ない。ちなみにメイド服は体と一体化していて脱がせないので、そういう用途には使えない。例え脱がしても「ない」けどね。ネットの解説によれば。 エネルギーは電力。わざわざ食事を与える必要はない。白い円形の台座をセットし、その上に立つよう指示すればオーケー。特に用事のない時間は指示しなくてもそこで黙って待機してくれる。スカートの上で両手を重ねたまま、ケイトは微動だにしない。朗らかな笑顔で真っ直ぐ前を見つめたまま、まるで時が止まったように。生きた人間そっくりの存在が石像のように固まっている様は、等身大ゆえの存在感も手伝い、慣れるまでは中々不気味で、落ち着かないものだった。命令すると、さっきまで止まっていたのが嘘のようにすぐ動き出すのもビビる。でもまあ、それも次第に慣れてきた。最初は人間とそっくりなところに注目していたがゆえの恐怖だったのだろう。彼女の存在が日常に溶け込んでくると、今度は逆に人との差異が目に付く。テカテカと光沢を放つ肌、不自然なまでの清潔さは、やっぱりロボットだ。一番大きな違いは太腿の製造番号。緑色に光るナノマシンの印字は、スカートをめくらない限り見えないけども、彼女が生きた人間ではなく、工場で製造されたロボットであることの何よりの証。一度刻むと二度と除去できないし、変更も不可とある。まあ、顔のパターンは多くないし、メイド服も一体化していて着替えは無理だから、メイドロボ同士の識別にも重要な箇所だ。メンテの時も製造番号から中にアクセスするらしいし。 家事も何もかもケイトに任せるようになった私は、大いに暇を持て余すようになった。段々娯楽に向かう気力も失せてくる。引きこもりにも才能というか、適性が必要らしい。しかしケイトは何週間経っても、いつも毎日同じ調子で家事をやってくれる。いいなあ。私もあんな風にマメになれたらいいのにな。私はメイドロボに奇妙な憧れを抱くようになり、暇を拗らせ、衝動的におかしな欲求を持った。メイドロボの服を着てみたい。あの柔らかくも光沢がある、ブニブニとした不思議な衣装。 とはいえ、ケイトを脱がせることは不可能……となれば、別に調達するしかない。メイドロボの服なんて本来個別で購入できるものではないんだけど、今どきはそういうのもネットで横流ししてる人がいる。私は金にものを言わし、場末の取引サイトでメイドロボ用の服を一式購入することができた。 箱から取り出したメイド服は綺麗だった。ケイトのと同じ手触り。ぱっと見布みたいだけど、触ると樹脂かゴムみたいに厚みがあり、弾力もある。……勢いで買っちゃったけど、これ人が着れるのかな? 私は後ろで黙って様子を伺っているケイトを見た。まあ、人間と同じ体型の彼女たちが着れてるんだから平気か。スカートを両手に持ってグイっと伸ばしてみると、軽々と変形した。伸縮性が高い。うん、大丈夫。この一週間は運動増やしたし。一応。 ただ問題点が一つ。再び、チラリとケイトを眺める。シックなロングスカートの黒いメイド服。派手な装飾はない、落ち着いた格好だ。しかし、今回買ったこれは違う。ミニスカートのフリル付きのドレス。腰のところには大きなリボン。肘まで覆うであろう真っ白な長手袋。そしてニーハイソックス。どれもリボンやフリルの装飾が施されている。これは常識的なメイド服ではない。アニメや漫画でしかお目にかかれないタイプの、フリッフリなコスプレ感あふれるタイプの衣装なのだ。 (う……) 自分が……二十半ばを過ぎた自分がこんな服を着ることにはいささか抵抗があった。ましてやケイトの前で。いかにも人形らしい美人顔で、余計な装飾のないシンプルなメイド服を着ているケイト。それと比べると、この服を着た自分を比べると……きついな。ケイトと同じやつがあればよかったのだけど、横流し品はこれしかなかったのだ。 でもまあ、せっかく買ったんだし……。私は袖を通してみることに決めた。どうせ誰かに見せるわけでもなし。 (……!) 私は絶句した。着た瞬間に、いや着る途中でもうわかった。気持ちいい。今まで身につけたどんな服や下着とも違う、心地よい肌ざわり。思わず下着を脱いで接触面積を増やしたくなってしまうほど。まるで私の肌に貼りつくように、ピタリと体に沿って柔らかくも滑らかな独特の感触を広げてくれる。ニーソと手袋はさらに凄かった。何しろガッツリと私の手足を覆い、隙間なく私の皮膚とくっついていく。このメイド服の尋常じゃない肌ざわりの良さを余すところなく堪能させてくれる。 (~っ!) 私は声にならない叫びをあげた。ロボット用の服なのに、どうしてこんなに着心地いいのだろう。小さい頃、お気に入りのタオルケットにくるまっていた時のような温かい安心感が全身を包み込んでくれる。もう脱ぎたくないくらいだ。 (えへへ……) 調子に乗った私は頭につける飾りにも手を出した。こっちはまあ、別になんてことはなかった。そりゃそうか。 「ど……どうかなケイト?」 高揚冷め切らぬまま、私はケイトに尋ねた。ケイトはいつもと変わらない口調で 「サイズが合っています」 とだけ答えた。ああそう……。まあファッションチェックとかできるわけないか。所詮はロボットだ。 それはさておき、なんだかドキドキする。自分にコスプレ好きの気があるとは思わなかった。ハマっちゃいそう。私のハイテンションは鏡をのぞくまで続いた。 ノーメイクの成人女性。……がフリッフリのメイド服に身を包んでいる様は、結構ガツンときた。何やってんだろ私……。いやメイクすれば十分みれるという思いと、いい歳してこんな服着てはしゃいでいることへのみっともなさがせめぎ合う。隣にケイトがいる分、余計に私のいたらなさが強調されているようで、中々キツイ。 でも……着心地は本物だ。私の心がしぼんでも、この素晴らしい肌ざわりは変わらない。私の理性は「ケイトのようなシックなメイド服の方が痛々しくなくてよかった」と思うのだけど、肉体は歓喜の声を上げ続けている。こっちのフリフリミニスカ衣装でよかったと。肌と接する面積が段違いだからだ。主に手袋とニーソのおかげで。ずっと着ていたい。脱ぎたくない――。 (まあ、どうせ……誰も見てないし……?) 私はその日ずっとメイド服を着て過ごした。お風呂から出てパジャマに着替えた時、私は大きく落胆した。ただの布だ。いやそんなの当たり前なんだけど、落差がすごい。あの全身を優しく包み込んでくれる心地よさとは比べ物にならない。 (また着ようかな?) いやでも、お風呂から上がったばかりだし、同じ服着るのは不潔……いや。ケイトはずっとそうじゃん。あっそうそう、ずっと綺麗になる仕組みなんだっけ。 誘惑に耐えきれなくなった私は、髪飾りを除く一式全部を再び装着した。 (あぁ……これよこれ) 心地いい。温泉が布になっているみたいだ。いい夢みれそう。私はだらしなくニヤけながら、ベッドに転がった。仰向けになると腰の大きなリボンが潰れるのが難点か。でもそれ以上に全身気持ちいいので、それは些細な問題に感じられた。 (あ~、すごっ……) 決めた。明日からこれで寝よう。 コスプレに目覚めた(?)私は他にもいろいろ買ってみたが、安っぽいペラペラの衣装に、あまり興奮はできなかった。やっぱあのメイド服じゃないと。甲斐甲斐しく働くケイトを見ていると、あれだけいい服着てればそりゃ一生懸命働けるよねー、と思う。同じ素材で人間の服も作ってくれればいいのに。 いつの間にか、私はしょっちゅうメイド服を着て過ごすようになった。何しろ洗濯しなくてもずっと清潔なもんだから、いつまでも続けて着ていられる。流石にこの格好で外出はできないけど、室内の普段着は八割がたコレになってしまった。だって本当に着心地いいんだもん。しかし肌ざわりの良さは不変だが、人間は慣れてしまう。私はもっと心地よくなれないか、肌との接触面積を増やせないかを四六時中考えるようになった。 このメイド服、伸縮性が高いおかげか、体にぴったりと張り付いてくれるのだ。着ている間はまるで皮膚みたいで、隙間がほとんどできない。特に手袋とニーソは。しかし肝心の服本体が今一つ私の肌とくっつききってくれない。下着だ。下着を脱いで直接着たい誘惑に何度も駆られたが、それは流石に踏み切れなかった。高いお金を出して買った非正規のメイドロボ用衣装だ。汚したくない。替えもない。 メイドロボの下着ってどうなってるんだろう? 今まで気にしたことがなかった。直接着てるんだろうか? メイドロボには乳首も女性器もないもんね。直接着てもそこまで不潔にならないのかも。 調べてみると、今のメイドロボはレオタードのようなインナーを体に装着しているらしいことがわかった。当然、単品で売りになど出ていない。人間の着るものじゃないからだ。でも、知ってしまったその日から、私はそれが欲しくてたまらなくなった。ネットの情報が真ならば、隙間なく体にピッタリと張り付くようにフィットしているらしい。もしもメイド服一式と同じ着心地ならば……。手袋とニーソが手足にもたらす、あの滑らかな温もりが胴体全体に……。想像するだけでソワソワしてくる。 とはいえ、コネも何もない一般人が、そんなものを手に入れることができるだろうか。私はアングラなところまで含め、各種オークションサイトや取引サイトを巡回するようになった。メイドロボット用のレオタード。それも私にピッタリなサイズ……はないか。メイドロボはみんなとても理想的な体型をしている。それに合わせたものしかない。伸縮性に優れているから、気持ち小さめなやつを買えばフィットはするだろうけど……。 私はケイトを見た。初めて起動した時から何も変わらない美人。スタイルもいい。クラシックなメイド服のおかげで、一見しただけではわからないけど。ゆるんだお腹を強調するようにフィットするレオタード姿の自分と、それを後ろから眺めるケイト。想像すると苛立つものがあった。 メイドロボに負けるのは癪だ。私は緩み切った体を鍛え治すことに決めた。 いい感じに体が締まってきたころ、アングラなオークションサイトでメイドロボ用のレオタードを見つけた。当然、非売品の横流し。幸い目立つライバルもおらず、私は簡単にそれを競り落とすことができた。ワクワクする。早く届かないかな。 (おお……) メイドロボの下着として使われるレオタードは、真っ白で艶々とした光沢を放っていた。一点の曇りもなく照明を反射している。触るとやはり樹脂かゴムみたいな質感で、単独でも形を保っている。マネキンの胴体部分みたい。 下着を脱いで、私は白いレオタードを手に取った。どこにも切れ目がなく、縫合の跡もない。着心地はどうだろう。ちょっと小さいけど入るかな。グイっと引っ張るとゴムのようによく伸びた。お、これならいけそう。キツイけど無理やり……。 「入ったー!」 自然と声が出た。ダイエットしといてよかった。まさにジャストフィット。私の身体のラインにピッチリと沿って、隙間なく張り付いている。腰を捻ったり体を前後に曲げてみたりしても、まるで皮膚と一体化したかのように、隙間をあけることもつっぱるようなこともなく、綺麗に体に貼りつき続ける。すごい。 そして肝心の着心地。想像通りだった。メイド服のあの心地よい肌ざわりが私の首元から股間まで、全身を余すところなく包み込み、絶え間なく私を優しく撫でてくれる。癖になりそう。脱ぎたくない。敏感なとこ含め肌と直接貼りついてくれているので、あの滑らかで気持ちの良い肌ざわりを余すところなく堪能できる。ケイトってばこんないいインナー使ってたんだ。ずるくない? そりゃずっと家事もできるよねぇ。 私は手袋とニーソ、メイド服、そして久々に髪飾りもセットし、完全なメイドロボのコスプレを完成させた。 「どうケイト? お揃いお揃い」 「サイズが合っています」 ……まあいいか。しかしちょっと冷静になってきたかも。恥ずかしい。だってケイトはシックなロングスカートなのに、私はリボンとフリル満載なんだもん。もうちょっと落ち着いたのないかな。でもロングスカートにしても肌と接さないから意味ないか……。いやニーソはニーソで下に履き続ければ……。 などと思っても、じゃあロングスカートを買おうか、とは中々ならず、私は純白のレオタ型インナーとミニスカメイド服を日がな一日着続けた。メイドロボの衣装なんてなかなか見つからないし、肌と接さないやつを買ってもな、という体の本音が私を踏み切らせなかった。高いしね。 そんなわけで、私は普段着に、寝る時に、メイドロボ用のメイド服を着るようになっていった。外出時は流石に着替えるけど。人にも見せないしネットに上げたりもしない。メイド服を着て過ごすのは私の密やかな楽しみとなった。問題があるとすれば、トイレに行くのがちょっと億劫かな。でも最近はなんかトイレ行く頻度下がってきたし、気にするほどでもないか。 メイドロボの服を普段着にして過ごすうちに、色々な変化があった。一つ目は、着脱が困難になっていくこと。 「ケイトー、脱がしてー」 「はい」 ケイトが私に近づき、指先をつまみ、静かに指と手袋の隙間を探す。数分かかってようやくとっかかりをみつけ、手袋を脱ぐことができた。 「ひゃー、きっつー」 普通の服より遥かに密着するのは最初からだけど、段々その度合いがきつくなってきた。理由はわからない。縮んだ? うーん、洗濯してないんだけどな。自動で常に清潔だから。やっぱ人間が着てるせいで何か不具合が出てるんだろうか。 メイド服本体はそれほどでもないけど、身体とピッチリ張り付くレオタード、手袋、ニーソが中々大変だった。脱ごうにも隙間が全くできない。まるで皮膚と融合したかのように張り付いちゃう。それでも圧倒的な肌ざわりの良さに、着ないという選択はとれなかった。私一人だともう着脱できないんだけど、ケイトの力があればなんとかできるし。私はお風呂に入る前、上がった後で、ケイトを呼んで服を着せてもらうことが日課になった。 (やれやれ……子供みたい) かなり手間取って鬱陶しいので、私はとうとう外出時にもメイド服を脱がないようになった。もちろん、上から何か羽織るけど。冬でよかった。腰の大きなリボンを始めとして、かなり装飾が派手なので、コートを着てもちょっと浮き出たりして大変だった。私がコートの下にメイドロボの服を着ているなんて、道行く人たちは想像もしないだろう。外に出る度、背徳感にドキドキする。変な趣味に目覚めそうで怖いので、私は再度引きこもりがちになり、用事はケイトに頼むようになった。 二つ目は、それでもなお身体がいい感じになったまま、ずっとそれを維持できていること。ケイトの手前、あまりスタイルを崩さないよう運動できているからかと思っていたけど、何だか変な感じだった。本当に全く変化しない。良くも悪くも、少しも。良いことだと思いつつ、どこかしっくりこないモノを抱え、私は頻繁に鏡を見るようになった。 (あれ?) ある日ふと気づいた。綺麗だ。顔が。すごく……瑞々しいというか、健康的というか……若い。大学生ぐらいの頃の私に見えた。ノーメイクなのに。運動で顔も引き締まってきたのだろうか? いやこれはそんなじゃない。艶々としていて、まるでケイトみたい。綺麗になるのは嬉しいはずなのに、不思議と私の心は不安でいっぱいだった。何か良くないことが起こっていそうな気がする。何故か本能的に喜べなかった。 化粧品が良かったのかな? でも特に変えてないんだけどな……。とモヤモヤしながらお風呂に入る時、さらなる気づきがあった。綺麗になっている。肌が。顔だけじゃない。手も足も、全身が。染みも皴も見当たらない。黒子すらいくつか消えているのには驚いた。 (えっ……えっ、なに、これは?) 若い肌……でもないような。テカテカしていて、浴室の照明を反射……反射!? 私は目を見開いて両腕を見つめた。歪んだ自分の顔と天井が映っている。信じられない。こんなことって……。ひょっとして、メイドロボの服をあまり長いこと着続けたせいで、なんかの成分が肌にうつった……とか。ピッチリ隙間なく張り付いてたもんね……。ありえる。ていうか、それしか心当たりない。肌が光沢を持つ病気なんてないだろうし。 シャワーで流せるだろうか。だが、私の肌は一向にそのテカりを崩さない。ていうか……なんか、水弾いてない!? (いや、まさか、そんな……) 気のせいだろう。湯気だか反射だかでよく見えないだけだ。流石にありえない……。 (でも……しばらく自粛したほうがいいかもね) 私はメイドロボのコスプレをしばらく止めることに決めた。それで治らなかったら……病院? メイドロボの会社? いやいや、ちょっと事情が恥ずかしすぎるというか、表に出せなさすぎる……。タワシでこすろうか。明日ケイトに買ってきてもらおう。……痛くなさそうなやつ。 私がそう思ってお風呂から上がった時。ケイトが寄ってきた。私は両腕をスッと前に突き出した。 (……えっ!? わ、私何を……!?) いつもの癖で、手袋をはめてもらう時の姿勢をとってしまったらしい。今日はもういい。そう思って腕を下ろそうとしても、何故か腕が動かせなかった。 (あ……ちょ、なんで……?) 両腕を突き出して突っ立っている間に、ケイトが真っ白な手袋を私の腕にはめだした。 「待ってケイト! ストップ!」 「はい」 が、ケイトは手袋の装着を止めようとはしない。了承の返事はするのに、止めないのだ。 「いいんだってばケイト! 普通のパジャマ持ってきて!」 「はい」 はいってわかってないじゃん! ケイトは何故か命令を聞かない。こんなことは初めてだ。ひょっとして壊れた? 自分の腕も何故か言うことをきかない。それどころか、全身が私の思うように動かせないことに気づいた。プルプルと震えることしかできない。 (あっ……ちょっ、なんで……!?) この場から去ることもできず、私は無抵抗のまま純白の手袋で肘まで覆われてしまった。 (ああん……) 今日からはコスプレ止めようと思ったのに。すると体が勝手に動き、今度はニーソを履くときの体勢を取り出した。 (あっ、ちょっと、馬鹿、嘘でしょ、どうなってるの) 自分の体なのに独りでに、違う意志で動き続ける。ケイトも昨日までと同様の動きを取り続け、私はニーソで脚を白く染められてしまった。 (まさか……) ケイトはレオタードを手に取った。そのまさかだ。 「止めなさいケイト! 命令よ!」 「はい」 やはりケイトは止めない。私の身体も言うことをきかない。私は成す術なく胴体を真っ白に塗られてしまい、最後に万歳させられ、メイド服も装着させられてしまった。 (もうっ、なんなの!?) そこでようやく体が自由になった。急いで脱ごうとするも、指が入る隙間はない。肌にピタリと張り付き、私の力では脱げない状態だ。 「ケイト、脱がせなさい」 「はい」 「……」 沈黙が流れた。私の指示に返事はするのに、何故かケイトは実行には移してくれない。 「ちょっちょっと何? 壊れた?」 「私のシステムメンテナンスをお望みですか?」 「そうじゃなくて」 ダメだ。埒があかない。どうしよう。一旦製造元に連絡を……って、それより服だよ服。この服脱がなきゃ。 ケイトを引き取ってもらってメンテナンス……ってことになれば、この家に人がくる。この格好で応対は無理。あっ、コート着れば……家の中でコートは変か。上着……腰のデカリボン隠せそうな上着……。 翌日、私は何とか自分の恥ずかしすぎる格好を誤魔化しながら、ケイトを引き取ってもらった。さあこれからが大変だ。何とかこの服を脱がないと。ケイトが戻ってくるまでは私が一人で買い物も家事もしないといけないんだから。 「んっ……」 どれだけ引っ張っても駄目。というか、引っ張るためのとっかかりがない。皮膚とまるで一体化していて、服だけ掴めるところがない。どうしよう。ケイトをメンテ送りにしたのは早まったかも……。いやいや、メイドロボが所有者の命令聞かないのは一大事だよ。メンテでいいんだ。 その後もハサミとかピンセットとかいろいろ持ち出して脱ごうと格闘したが、どうにもならなかった。ネットで調べても……対処法なんて出てこない。当然か。そもそも人間が着ることが色んな意味でありえない服なんだから。……私が変なコスプレにハマっちゃったから。 (はーっ……) まあいいか。食べ物は持つだろうから、別に困らないし。来客の予定もない。あっでもお風呂は……清潔に保ってくれるはずだから、いいか。気持ち悪いけど。後は……。 (あっ……トイレ) 私は焦った。トイレ。トイレの時どうしよう。レオタ脱げなかったら……ずらせもしないし……どうしよう。まさかこの年でおもらし……それも着替えもできずそのまま……。 (……あれ? でも……) 今まではどうしてたんだっけ。トイレの時は。ケイトに脱がしてもらってたっけ? えっと……いつのことだったかな。ああそう、先月……ん? (私……トイレ……に、行って……ない……?) 今月に行ってからトイレに行った記憶がない。いやでも……そんな馬鹿な。 私はトイレを覗いてみた。妙に新鮮というか……使用感がない。ケイトが掃除しているから綺麗ってだけじゃない。このトイレの芳香剤の匂い……久しく嗅いでない。 (え……うそ? そんなの……ありえる?) 半月もトイレに行ってない? それで人間大丈夫なの? 私は特に病気もなく生きて……肌は変になってるけど……体調は別に……。私の記憶違いかな? だが、その日とうとう、私はトイレに行かなかった。尿意も便意も……催さなかった。 お風呂はメイド服だけを脱ぎ、手袋、レオタ、ニーソは装着したまま入らざるをえない。変な感じ。肌が見えるのは顔を除くと肩から肘近くのわずかな上腕、あとは太腿だけ。そこはメイド服と接していないはずなのに、同じように艶々とした光沢を放っていた。 「ただいま帰りました、芽衣様」 「おかえりケイト~!」 三日後、ようやくケイトが帰ってきた。結果は……異常なし? ほんと? 「とにかく、これ脱がして!」 「はい」 また沈黙。ケイトは返事だけで、行動に移してくれない。 「もー、どうなってるの? どうして……故障じゃないならなんなの!?」 私は年甲斐もなく地団駄を踏んで怒りを露わにせずにはいられなかった。 だが、その日お風呂に入ろうとした時、何も言わずともケイトが近寄ってきた。 「えっ……脱がしてくれるの?」 「はい」 今度は本当だった。私の身体は勝手に両腕を伸ばし、ケイトは指先をまさぐり始めた。よ、良かった……。結局何がどうなったのかわからなかったけど。 (って、良くないよ! 私もおかしいんじゃん!) 三日も間が空いたせいで忘れてしまっていた。私の身体も、お風呂の前後だけ勝手に動き出しちゃうんだっけ。一体どうなっているの? どれだけ力をこめても、手足が言うことをきかない。間抜けなポーズで突っ立っていることしかできない。心当たりがあるとすれば……ここ三か月ずっと、お風呂の前後でこうしてケイトに脱ぐのを手伝わせていたことだけど……。だからって、身体が勝手にそうなるのはおかしい。ルーチンを学習したメイドロボじゃあるまいし……。 (……って、あれ……まさか……ひょっとして……いや……) 三日前の自分の姿……。テカテカになった自分の肌。今、目の前に立っているケイトの肌と……質感が……似てる。いや、同じ……? (え……まさか、私……メイドロボに……なって……いや……) 全身に寒気が走った。ありえない。そんなこと……。確かにメイドロボのコスプレをしてずっと過ごしていたけど、だからって人間が気づかないうちにロボット化するなんて……。で、でも……もしも本当にそうだったら……全部説明できちゃう……? ケイトが言うことを聞かないのは……私をメイドロボと認識し始めているから……? (う……嘘よ。そんなこと……ありえない……ありえ……) ありえないと言えば、今こうして体が言うことを聞かないのが一番ありえない。もし……もしも私が生体ロボットになりかけているとしたら、考えられる原因は一つ。この服……。 「実行不可能な命令です」 「へっ!?」 私が恐ろしい可能性に悩んでいる間、ずっと手袋を外そうとしていたケイトが、私の指先から手を離した。手袋は……脱げてない。私の両腕は真っ白に染まったままだ。 「ちょっ……どういう……!?」 身体が勝手に動き出し、今度はニーソを脱がせる姿勢をとった。動けない。 ケイトは私の皮膚からニーソを剥がそうと十数分格闘した後引き下がり、 「実行不可能な命令です」 と冷たく告げた。 「脱げないの!? 嘘ッ!? ケイトでも!?」 私は驚いた。ケイトの、ロボットの力なら脱がせると思っていたのに。この三日間、ずっと着続けていたせい? じゃ、じゃあ……どうなるの私!? 病院とかメーカーとか行って相談しないといけないわけ!? メイドロボのコスプレしてたら脱げなくなりました、って!? い……嫌だ。恥ずかしすぎる。そんなの無理。 次はレオタード。これも脱げなかったら大変なことに……。トイレとか……。行ってないけど……。 十分ほどかかったが、これは何とか脱ぐことができた。 「あぁっ……よ、よかったぁ……ありがとケイト!」 脱ぐと同時に体が動かせるようになったので、私はすぐ浴室に入り、自分の胴体を確認した。三日ぶりの見る私の身体は、とんでもない変化を迎えていた。 「ひっ……!?」 ない。乳首がない。私の胸は、まるでマネキンのように肌色の曲面を描いている。艶やかな光沢を放つその胸に、違う色の突起はなかった。最初からそんなものは存在していなかったかのように、滑らかでなんの痕跡もない。 ヨロヨロとその場に座り込み、恐る恐る股間も確認した。ない。なんにもない。一本の毛も映えていないツルツルの平坦な曲面がそこにある。指先を股間に沿って這わすと、やはり何もない。私の女性器が、肛門が、何一つ。 (うそ……) トイレに行く気が起こらなかった理由が、コレなの……? そもそも私の身体には、もうそんな機能が存在していなかったのだ。 (ありえない、ありえない、ありえない……) 嘘だ。夢に決まってる。こんなことって。曇った鏡を拭くと、そこにはメイドロボのような均質な肌を持つ、マネキンのような人間が映っていた。肌は肌色一色。一点の曇りもない。そして今気づいたが、体毛もなくなっている。股間だけじゃなく、全身から。髪の毛を除いて。 絶望しながらお風呂から上がると、再び体が私のものではなくなった。 (あっ……うそ) ケイトが迫る。白いレオタードを持って。 「ば……馬鹿止めなさい、着せないで、もういいの、駄目、私、ロボットになっちゃう、脱げなくなっちゃうからぁー!」 私の叫びも空しく、私の胴体は再び真っ白に染め上げられた。当然、自力では脱げない。 最後にメイド服も着せられ、私はすっかりメイドロボにされてしまった。この肌と格好、誰もが私をメイドロボだと思うだろう。今まではそういうコスプレだった。そのつもりだった。それがいつの間にか、身体をコスプレに侵略されていただなんて、誰が想像できたろう。 (ど……どうしよう。誰に……どこに……) 病院かメーカーか……。行かなければならないはずだけど、行きたくない。メイドロボのコスプレをしていたら脱げなくなって、身体がロボット化してしまいました、だなんて。間抜けすぎる、馬鹿過ぎる、恥ずかしすぎる……。一生の笑い者だ。そもそもこの服の入手自体がグレーゾーンだから、メーカーに相談するのもちょっと……どうしよう。

Comments

いちだ

堪能いたしました。工場とかで改造されるのでもなく、服を着ただけでだんだんメイドロボになっていくところがいいですね。とくに手袋とレオタードとニーソックスで入浴するところと、レオタードを脱いだら股間がツルツルだったところが萌えました。

opq

感想ありがとうございます。こういう変化もいいですよね。楽しんでいただけたようで何よりです。