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「あ、あの? 髪このままでいいんですか? ネットとか、まとめたりとかは……」 ひんやりと冷たく硬い、座り心地の悪い椅子。私はそこに腰掛けながら、糊でベトベトになった私の頭に、そのままピンクのウィッグを被せようとした青葉さんを止めた。私が知っている限りでは、アクターロボは頭皮ごと外して取り換えるのが主流だったので、てっきりメットみたいに被るのかと思っていたんだけど……。彼女が手にしているウィッグは頭皮部分がない。本当に髪だけだ。 「あっ、へーきへーき。これ、同化型だから」 「?」 青葉さんによると、これは昨日壊れたピンクから外してきたものではなく、前職の知り合いに頼んでくすねてきた特殊素材らしい。市場に出回る生体ロボにはまだ使われていない新技術。従来から服の癒着に使っていた糊を丹念に吹き付けてから被せれば、元の髪を吸収同化して、交換せずに新しい髪型にセットできる優れものだというのだ。 (へぇ~、そんなのができたんだ) 「じゃ、乾かないうちにくっつけちゃお」 青葉さんが私の頭上に、そっとピンクのウィッグをのっけて、グイっと上から押し付ける。すると、耳周りから頭のてっぺんにかけて、無数のミミズが這うような運動が始まり、全身がガタガタ震え、背筋がゾワゾワしだした。 (気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ!) 大きく目を見開き、椅子から立ち上がり、頭を何度も左右に揺らした。痛烈な不快感と生理的嫌悪感、異常なこそばゆさに、ジッとしていることは不可能だった。 「ほらほら、座って座って」 青葉さんは私を静止しようとしたが、こればかりは無理。身をよじり、手足をくねらせ、気も狂わんばかりに私は踊った。口が開けば大声を上げていただろう。 ようやく落ち着いた頃、青葉さんがスマホで私の髪の様子を見せてくれた。綺麗なピンク色のアニメみたいな髪。恥ずかしい……。私の平たい顔のせいで、ものすごく痛々しい、勘違いコスプレ女感が強い。きっつ……。私は意識を髪に集中させた。本来の黒髪が、ウィッグの下から見えている。ネットでまとめず被せたのだから当然だ。だが、次第にその黒髪はじわじわと姿を消しつつあった。いや、厳密には染色されつつある。ジワジワと、ウィッグと同じ色、同じ質感を持つピンク色の物体に変化していく。これは驚きだ。 数分もすると、私の頭はすっかりピンク色に染まり切ってしまった。前髪は勿論、横も、頭頂部も、長い長いテール部分も、鮮やかなピンク一色。それもただの髪でもない。どことなくフィギュアっぽい質感を持ち、光を反射し光沢を作っている。本当にアニメの世界から抜け出てきたかのような髪だった。 手で触ってみると、感触は普通の髪とそれほど変わらない。ちょっと太いというか、房ごとにくっついてるかな? ちょっと引っ張ると、根本が痛い。すごい。本当に私の頭から生えてるみたいだ。腰まで伸びるテール部分も、感覚はあるのに、重さはほとんど感じない。これなら首も大丈夫そう。 新しい髪をまさぐっていると、手がリボンにあたった。このポニーテールを形作っているのは大きな白いリボンだ。アニメキャラならではのでっかいリボン。現実なら子供でもまずしないサイズ。重力にへたれることなく、しっかりと形状を保ち続けている。 (あれっ、これ……) その時、髪とリボンが癒着し同化していることに気づいた。これ、取れないじゃん! てことは、公演が終わるまで、ずーっとこのリボンを携えていないといけないってこと? あーもうやだぁ、ほんとに恥ずかしいよ……。 「おーっ、すごいすごい。上手くいってよかった」 上機嫌の青葉さんは、私の頭をポンポンと叩き、撫でた。 (子ども扱いしてない?) むう……。そういうの一番嫌なのに。 「終わったら適当にカットして、また黒に染め直せばいいからね」 (はぁ……面倒だなぁ。これじゃ恥ずかしくて美容室なんていけないし、自分でやるか青葉さんに……って、え?) 待って。今なんて? カットして染め直し……なんで? まさか……コレとれないの!? 「~っ!」 事前に言ってくれなかったことに怒りたかったが、口が開かない。私は子供みたいに両腕を上下させることしかできなかった。 「はいはーい、次で終わりだからね」 青葉さんは真面目に取り合ってくれない。あああ……。えっ、これ、本当に同化しちゃったの? 本物の、私の髪の毛になっちゃったの? このテカりのあるピンクの髪が……。元に戻るの? ほんとに大丈夫? リボンも一体化してるのに? えっとそれはカットすれば……。色は……。黒く染め直したらだいじょ……ばない気がする。この硬質感のあるテカりは!? 染め直したらなくなるの!? 残っちゃわない!? ……ていうか、ひょっとして地毛そのものがピンクになってたりしないよね? 根元からまたジワジワとピンク色に……。想像すると恐ろしい。平たい顔のチビ女が黒とピンクのツートンヘアに決めているところを。 (また喋れるようになったら、すぐに確認しなくちゃ……) 「マスク……の前に、顔動かせるようにしないとね」 (よしっ) が、期待していたのとは違っていた。青葉さんは私に、大きな白い円形の台座に乗るよう促した。いくつものコードで周囲の機械と繋がれたこの装置のことはよく知っている。生体ロボット中のナノマシンにアクセスするための機械。いよいよ、私の体にアクターロボットのプログラムをインストールするつもりだ。 自分の中に、ロボット用のプログラムを入れる……。このためにこんな恥ずかしい格好に改造されたのだし、こうなるのはわかっていたけど、身震いする。だって、ロボットにされちゃうなんて……。他人が私の体を操作したりできるようになるってことだよね。変な事されたら……。青葉さんなら大丈夫だろうけど、他の人に……ピンクを壊したあの人たちに知られたら……。 「大丈夫。変な事しないし。内緒にするから。ていうかバレたら私、即逮捕だしね」 それもそっか。私は幾分気持ちが和らぎ、台座の上に立った。 「よしっ、それじゃ……いくよ」 パシッ、パシッとパネルを叩く音だけが幾度も響いた。その後頭上からリングが下りてきて、私はその輪の中心に閉じ込められた。 「オーケー、動かないで」 あっ、ほ、ほんとに……やるんだ。始めちゃったんだ。また心臓がドキドキしてきた。ロボットに……アクターロボットにされちゃう。人の命令を何でも聞くロボットに……。改めてとんでもないお願いを引き受けてしまったものだと呆れる。 (で、でも……これも、子供たちのため……なんだよね?) 明日のショーを楽しみに待っている子供たちのためなんだ、仕方がないんだ、と私は何度も自分に言い聞かせた。逃げ出したくてたまらない。 (……あっ!) 突如、ビクッと体が震えた。そして、それを合図に体が動かせなくなった。感覚はある。だけど動かせない。手足に指示を送れない。まるで神経から切り離されてしまったかのようだ。自分の体が、まるでどこか遠くの、他人のものであるように感じる。次の瞬間、ピッと姿勢が直された。背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見つめ、両足を少し広げて立ち、両腕を体から少し離して斜め下に伸ばす。ロボットたちの基本姿勢だ。 (や、やだぁ……) 工場でラインに乗っているメイドロボたちがとっていたあの姿勢、あれを今自分が同じプログラムの力でとらされているのかと思うと、やり場のない焦りが生じた。ど、どうしよう。本当にロボットにされちゃったよ私。 「はいっインストール完了っ」 リングが上昇し、私を妨げる物理的な制約はなくなった。が、私はこの場で直立したまま一ミリも動けない。もう私の体は私のモノではなくなってしまった。アクターロボAIの管轄に移されたのだ。 「ちょっとテストするからねー。……そこまで歩いて」 「……っ」 私の口がモゴモゴと動き、「はい」という返事が出かかった。出なかったのは糊で口が開かないからで、そうでなければ私は快活に答えていただろう。私の意志ではない言葉。私の口は、喉は、今や青葉さんの命令通りに動く機械なのだ。 私の足も勝手に動き、彼女が顎で指し示した地点まで歩かされた。到着後、青葉さんの方へ向き直り、再び基本姿勢のまま動けなくなった。微動だに出来ない。指一本、僅かに動かすこともできない。体の感覚は普通にあるのに、ただ動かすということだけが封じられている。恐ろしい事態だ。本能がけたたましく警鐘を鳴らし続けている。私は自分の意志でこの体をコントロールできない。もしも倒れたりしても、私は受け身がとれない。衝撃がダイレクトに私を襲うだろう。何かが私に向かって飛んできても、身構えることすら叶わない。生殺与奪を他人に明け渡すことが、こんなに怖いとは思わなかった。ただ立っているだけで血の気が引いていく。 「大丈夫そうね」 青葉さんがまたパネルを数度叩くと、私は自分の体を取り戻した。ついさっきまで頑なに私の指示を拒んだ手足が、何事もなかったかのように、けろっと私の部下に戻っている。恐る恐る手を動かした。……動く! よ、よかったぁ……。全身を芯まで冷やしていた悪寒が消え、私はこれまでの人生で一度も感じたことのないような、大きな安心感に抱かれた。 (あ~っ。怖かった……ほんとに……) で、でも、明日からずっとさっきの状態なんだよね? 耐えられるかな。ここまできたら嫌でも耐えるしかないんだけど。慣れるものなんだろうか。体がAIに支配される、「私」が切り離されるあの感覚。 「じゃ、これが最後ね。ほんとにお疲れ。これで喋れるようになるからね」 青葉さんはプリティーピンクのマスクを手に取って言った。いかにもアニメっぽい大きなピンクの瞳、ピンクの眉毛。フィギュアみたいに綺麗な肌。精巧な鼻と口。顔だけなのに、発色のよい艶々お肌と力強く輝く瞳が生きた顔であるかのような印象を作り、中々にグロくて不気味。作り物だとわかっていても、リアルに作られた生体ロボットであるアクターロボのマスクは、生きた人間から顔だけ切り出してきたかのように思えてしまう。子供には見せづらい代物だ。 (これが、私の顔になるの……?) 不気味に見えないよう上手くリデザインされてはいるが、普通の人間とは違う、アニメキャラの顔っぽさはまだまだ全開だ。こんな顔してステージに立って……。この格好でプリガーぶるのかぁ……。私が。青葉さんみたいな美人だったり、明るい性格の人ならいいかもしれないけど、私みたいな人間に務まるのか、子供たちが受け入れてくれるのか、嫌な方向にばかり考えてしまう。 マスク交換用のアームにピンクの子の顔をセットし、私は所定の位置に直立させられた。位置がずれないようにと、再びアクターAIに切り替えられてしまい、私はマネキンのように静止していることしかできなかった。とうとうこの時が来てしまった。私の顔がなくなってしまう。あの童顔アニメフェイスの下に封印されてしまうのだ。 アームが私の目の前にマスクを運んだ。裏側は初めて見るかも。全面肌色、それも生体ってだけで生理的にキツイものがあるのに、意志を持っているかのように半分溶けて蠢いているのは鳥肌ものの光景だ。あれを顔に被らないといけないなんて。癒着同化のために必要なのはわかるけど、わかるけどぉ……。 次第にマスクが迫ってきた。どんどん近づいてくる。動けない。視線すら逸らせない。視界全てが暗い肌色の海に占められていく。 (うっ) 遂にマスクが顔に触れた。粘り気のある肌色の物体が私の目を、鼻を、口を余すところなく覆いつくし、溶かすように飲み込んでいく。 「……!」 全身に悪寒が走る気持ち悪さ。でもAIに体を委ねてしまった私は、一切の反応を示すことができない。身悶えたいのに、顔も手足も筋肉の筋一本動かせない。ベチャベチャしたマスクの裏側が私本来の顔全てを奪い、アームがマスクを強く私の顔に押し当てた。 (うう……うっ……) 耐えられないのに耐えるしかない拷問。蠢くマスクの裏側と、ベタベタの糊、私の顔が次第に渾然一体となってうまく判別できなくなっていく。境界線が溶けていく。ただくっついているだけのはずなのに、本当に顔が溶かされているような。私が今感じている生暖かい流体の動き。これが何なのか、何で感じているのかわからない。糊を肌で? マスクで顔を? わからない。全部一緒くたになっていく。 不快感はいつの間にか消えていた。ぐしゃぐしゃにされていた顔の感覚が次第に一本化されていく。マスクの下の封印されたはずの肌が、ひんやりとした空気を感じた。真っ暗な世界に二、三度光がスパークし、視界が真っ白になった。そこから次第にぼやけた輪郭が浮かんできて、外の様子が見えるようになった。 「出来たかな?」 一瞬、遠くから聞こえた青葉さんの声は、すぐ近くから聞こえるようになった。視界も色づき、元通りに。いや、前より明るい。というか、鮮やかだ。 「戻すよー」 指示系統から切り離されていた「私」に体が戻ってきた。指が動く。手が開く。私は恐る恐る自分の顔に手を添えた。プニプニと柔らかい、もちっこい肌の感触を指先から感じる。同時に、サラサラとした手袋の感触を、顔の肌が感じ取っている。……私の肌じゃないのに、違和感なく。 「大丈夫?」 「は、はい」 あっ、声が出た。糊を噴射されてから久々に。でも、違和感があった。声だ。今のはAIではなく私が返事した。でも、私の言葉じゃなかった。 「うんっ、ボイスも動くね。よしっ、これで完成ね!」 アニメみたいなキンキンの高い声。私が出した猫なで声ですらない。根本的に、別人の声だ。アニメのプリティーピンクの声優さんの声。いつもピンクのロボットが舞台で出している声だった。 「えっ……えっ、えーっ!」 思わずでた悲鳴。これもやっぱり私の声じゃない。舞台だけじゃなくって、普段もこの声なの!? 「いーじゃない。すっごく可愛いよ!」 青葉さんはいつになく上機嫌で、子供みたいに瞳を輝かせていた。褒められても嬉しくない。だって、私の声じゃないんだもん。 「あっそうだ、鏡見たいよね。ちょっと待っててね」 鏡に映っていたのは、昨日まで私が整備していたあの子、プリティーピンクそのものだった。白とピンクの二色で彩られた可愛らしい魔法少女衣装、輝くピンクの瞳を持つ美少女フェイス、フィギュアのように美しい肌、大きな白いリボンで結われた腰より長いピンクのポニテ。あの子が鏡の中で驚愕の表情を浮かべている。私が体を動かすと、鏡の中のプリガーも動く。私が表情を変えると、その子も全く同じように表情を変える。 (ほんとに……これが、私……!?) 正直、想像以上だった。「コスプレした藤原芽衣」は一かけらもそこに映っていない。昨日まで全く同じような、プリガーのアクターロボットにしか見えなかった。アニメの世界から抜けて出来たかのような。小柄なあどけない美少女。 「ねーっ、ほら、可愛くできたでしょ。藤原さん、やっぱそっくりだなーって思ってたのー」 私はちょっと照れを感じた。ついさっきまでなら中学生みたいな体型だと揶揄しているのか、とマイナスに受け取っていたかもしれない。今もそう思う気持ちはあるけど、反対に嬉しく思う自分がいる。だって、鏡に映っている「私」は紛れもなく可愛いんだ。そう作ったアニメのキャラクターで、それを現実に落とし込む形で作ったロボットなんだから当然だけど、今その中にいるのは私。そして私はこの美少女とそっくりだと、青葉さんは言う。自分でもちょろいと思うけど、内心嬉しがる自分が生まれたことは、どうにも否定しきれなかった。容姿を褒められたこと、今まであんまりなかったな。可愛いなんて言われたの、いつぶりだろう……。 (って、いやいや。褒められたのは「この子」で、私じゃないよ。顔だって違うんだし!) マスクの顔は私の顔と完全に同期している。私の表情がそのまま美少女フェイスに反映される。でも、私の赤面はマスクの上に滲みださないらしかった。 「もー、別に嬉しくなんてないですよ」 私の口から出た声は相変わらず高いアニメボイス。声も顔も別人なのに、褒められたって……。でも鏡を見ると、可愛い衣装に身を包んだ美少女がいる。何だか気持ちが高揚してくる。駄目。抑えなきゃ……。いい年してこんな格好してるチビ女って事実は変わらないんだから。それに、気に入ったなんて青葉さんに思われるのも癪だ。 「じゃ、ちょっとテストしてみようか」 「え? まだ何かあるんですか?」 「ほら、リハーサル。進行と、アクションの」 「あっ、ああ……」 忘れてた。そうだよ、そのために私はプリガーロボットに改造されたんじゃん。ショーの進行は私が誰よりもよく知ってる。セリフの中身も、アクションの細かいタイミングまで……。私の脳裏に、アニメでしかありえない媚びた仕草、激しいアクションの数々がリフレインした。 (えっ、あ……やるの!? 「私」が……アレを、全部!?) 体がバッキバキだ。倉庫に向かう足取りは軽やかで体調不良など露ほども感じさせないけど、中の私は一歩ごとに全身が痛くて泣き叫びそうだった。普段碌に運動していなかったし、そもそも運動が得意でもなかった私に、ショーのアクションは荷が重すぎた。脇腹痛い。足が棒みたい。腕上がんない。AIが無理やり上げさせるけど……。 「ごめんねー、でも、もうやるしかないし……」 青葉さんはしっかり者だから、私が運動不足のダメ女だって可能性には思い至れなかったらしい。何重にも惨めだ。涙が出そう。でも出ない。私の顔は美少女フェイスの下に埋もれ、自分ですら、もう感覚がアクセスできなくなっているんだから。 倉庫内に佇む円形の充電台。生体ロボットはここに立っておけば生体部の栄養と電力を補給できる。今の私もそう改造されている。 モブ怪人三体、メイン怪人、青い子が並んで各々の充電台の上に直立している。時間を止められているかのように、ピクリとも動かない。迫力のある生気に満ちているのに。そのコントラストが慣れないうちは不気味なものだ。そして、青い子の隣にある、誰も乗っていない充電台。私が今からそこに立つ。あの子たちの仲間になる……。 (や、やだぁ。ロボットたちと一緒に「充電」されながら待つなんて) とはいえ、こんな派手な格好で通勤ってわけにもいかないか……。恥ずかしすぎて死ぬ。 私は笑顔を浮かべたまま充電台に向かって歩き、その上に立った。向きを変え、正面を……青葉さんの方へ向く。そしてずっと、当たり前のように見てきたロボットの基本姿勢を、私の体が自動的に再現した。両足を少し開き、背筋を真っ直ぐに、笑顔で前を見て、両腕を斜め下に伸ばす。 その瞬間、私の時間は止まってしまった。全身が石になってしまったかのように硬い。 (う、うそお……) さっき見たばかりの、あのロボットたちの列に、今私が加わった。私は人間なのに、全く同じポーズで、同じ充電台にのり、同じように固まり、「充電」されている。 (うー、やっぱり嫌だぁ) 私はロボットじゃない。そう叫んでここから逃げ出したくなった。が、体が動かない。マネキンのように静止している他ない。 「じゃ、明日ね。……筋肉痛、治ってるといいね」 青葉さんは気まずそうにそう言い残し、私に背を向けた。 (……待って! いかないで!) 私の新しいボイスも、機能しない。私は一言も発することができない。彼女は静かに倉庫から出ていった。あとは静寂だけが残り、私は寂しくて泣きだしそうになった。 (ううっ……なんでぇ。なんで私がこんな目に……) 引き受けるんじゃなかった、こんなアホな役目。いくら子供たちのためだからって……。体も痛いし、寂しいし、怖いし……。明日までこの人気のない倉庫で、アクターロボットの一体としてジッと保管されているしかないなんて。 (別にもっと……自由にさせてくれたって……) まあ、痛くて歩けないって言ったのは私だけどさ……。でもどうして、何の落ち度もない私がこんな理不尽な目に……。冷静に考えたらおかしい気がする。壊したあいつらが代わりになるべきでしょ!? しかし、髪先からつま先まで、すっかりプリガーロボットに改造され切ってしまった今の私には、今更やめる権利すらない。誰もいない倉庫の中で、隣の青い子と一緒に明日を待つしかなかった。 目が覚めた時、私は混乱した。私の部屋じゃないし、寝ていた筈なのに直立していたからだ。 (あっ、そうか……。私、アクターロボになって……) だが、今自分が立っているのは、昨日寝た倉庫でもない。ここは……控室だ。話し声が聞こえる。首が動かせず、振り向けない。視線も固定されたままだ。もう本番近いらしい。多分、昨日のリハーサルで体を酷使したのと、普段からあまり寝られていなかったのとで、グッスリ寝てしまったんだろう。でも……。 (「私」が寝てても、動いちゃうんだ……) 自分の体が本当に自分のものでなくなったことの証。やだなぁ、ちょっとでいいから自力でも動けるようにしてくれればいいのに……。 話し声が近づいてきた。視界に同僚たちが入ってくる。こっちを見るなり、ゲラゲラと仲間内で笑い出した。 (なっ、なに!? そんなにおかしい!?) って、おかしいよ。私は自分がどんな格好しているかを思い出し、羞恥で顔が真っ赤に染まるのを感じた。張り付いているプリガーマスクは肌色のままだけど。 (やだーっ、見ないでーっ!) 日頃顔を突き合わせている人たちだけに、プリガーの全力コスプレ姿を晒すのは死ぬほど恥ずかしかった。しかも、アクターロボットの中に混じって身動きもとれなくなっているところを。 「いやよかったなー、間に合って」 そのうちの一人が私に近づき、コンコンと私の頭を叩いた。 (ちょ、ちょっと! 触んないで!) 一昨日ピンクの子を壊しておきながら、悪びれもしない。みんなで私を見ながら雑談に興じている。悔しい。惨めだった。私は凍り付いた笑顔を浮かべたまま、黙って為されるがまま。相変わらず体は動かないし、文句ひとつ漏らせない。 (間に合ってません! 私が体を張って代役してあげてるだけです!) よりにもよってこの人たちのために、私がロボットに改造されたのだという事実、そして彼らが私をモノ扱いしているこの状況がたまらなく悔しい。こんな大恥晒してまで……。 「おっ、そろそろっすね」 「ん。おい、出ろ」 「はいっ」 私、いや私たちはマネキンのように静止していたのが嘘のように突然動き出した。私も、他のロボットたちと同時に明瞭な発声で返事して、動き出した。ようやくこの不快な控室から出られる。同時に、あいつらの命令に従順に従わされたことが一層の屈辱を私に与えた。 (あとで覚えてなさいよ! 絶対告発してやるっ!) ステージ前には既に子供たちが大勢。青葉さんもスタンバっている。彼女は私を見るなりウィンクを飛ばした。頑張ってねとでも言いたげだ。だけど……。 (ううっ、無理です……) 体はあちこちが痛い。筋肉痛。昨日のリハの痛みが引いてない。これで本番? 嘘でしょもう。しかし私はアクターAIに囚われたままなので、青葉さんに一切返事も、声かけもできなかった。 遂にショーが始まった。青葉さんはいつも通り、明るく快活なノリで司会を務めている。いつもならここでこのまま、私は袖から見るだけで終わっていた。 (あっ……) 私は青い子と一緒に、舞台へ向けて歩き出した。止められない。独りでに動く。は、始まっちゃう……。この恥ずかしいコスプレ姿でステージに……。 わっと会場が湧いた。私と青い子はにこやかに手を振りながら、遂に舞台へ上がってしまった。目の前は多くの親子連れでひしめいている。 (わぁーん!) 私は恥ずかしくて恥ずかしくて泣いてしまった。そしてそんな子供じみた自分がますます恥ずかしくって、始まったばかりなのに心が折れそうだった。もっとも、本当に泣くことはもうできない。私は大きなピンクの瞳を見開いたまま、会場に笑顔を振りまいている。あああ、みんなどう思ってるだろう。プリガーショーだと思ったらいきなりコスプレチビ女がアイドル気取りでしゃしゃってきたら……。い、いや大丈夫。バレない。見た目は……プリガーのロボットそのままなんだから……。 私が羞恥心で混乱している間も、私の体は独りでに動き続け、段取り通りショーをこなしていく。私は青い子と顔を見合わせ、変身シーンに入った。勿論、本当に変身できるわけじゃなく、ポーズを真似するだけだ。 二人で手をつないだり、クルクル回ったりしたのち、私は両手でハートマークを作り叫んだ。 「希望の力と未来の光!夢幻の守護者・プリティーピンク!」 (あああーっ、やめてーっ!) 子供たちの歓声と共に、フラッシュがたかれた。よく見たら、会場の後ろの方に、ゴツいカメラを構えた成人男性がたくさんいる。撮ってる。私を……。子供たちの前で、ステージで、コスプレして決めポーズとっちゃった私を……。 (いやーっ、違うんです、代役なんです! 人間ですぅっ! ……撮らないでー!) 私の必死の叫びは、誰にも聞こえることなく、代わりに 「ねえっ青子ちゃん、今日はなんだか応援がいっぱいだねっ」 などと小芝居のセリフが出るばかりだった。勿論、遠くからでもわかるような、大袈裟、大ぶりのあざとい仕草を添えながら。衆人環視の中、キンキンのアニメ声であざとく振舞い続ける自分が恥ずかしすぎて、今すぐにでも消え去りたい気分だった。しかしそれはできない相談だ。私はプログラム通りに動き続けることしか許されないのだから。青い子と必要以上にベタベタしながら仲良く振舞うのもキツかった。 (わた、私人間なんだからね! あなたとは違うんだから!) 誰に向けて何を言っているのかもわからない言い訳を、私は青い子が視界に大きく映り込むたびにしなければならなかった。私とこの子は仲良しコンビ、みたいに扱われる度、自分がロボットと同列の存在に貶められていくように感じてしまう。 問題は極限の恥辱プレイだけではない。筋肉痛もだ。リハなんてやんなきゃよかった。でもぶっつけ本番でミスして怪我とかしても大変……いやもうこの状況、この体自体が大けがだよ! 「出たわねカタメズキー! 今日こそやっつけてやるんだから!」 舞台袖から幾度も聞いたセリフを、ステージの上で自分が発している。こんな日がくるなんて夢にも思わなかった。そして始まるアクションパート。ここからが本番というか、地獄だ……。もうこの時点で体が悲鳴を上げているのに。痛いのに、健康な状態であるかのように動かされ続けるこの辛さ。次第にAIが憎くなってきた。体を動かしているのはアクターAIなのに、体の痛みを引き受けるのは私だ。理不尽すぎるよ。 「はっ! たぁーっ!」 (あいっぎゃあああ! 痛い! 脇腹っ! がっ!) 「やああーっ!」 (ん足いぃっ!) 目まぐるしく世界が上下左右に激しく動く。頭に血の気が昇ったり、三半規管がやられたり……。苦痛のあまり、次第に何もかもが他人事のように感じてくる始末。遊園地のアトラクションにでも乗っているかのように思えてきた。が、アクションの溜め、小休止の度に、鋭い痛みと吐き気がぶり返し、否応なく現実に引き戻される。私自身がアトラクションなのだと……。もはや羞恥を感じる余裕すらない。ただひたすらに、早く終わってくれと願うばかり。 息も絶え絶えになったころ、私はアクションが終わったらしいことを悟った。可愛らしい仕草でセリフをしゃべりながら子供たちに視線を注ぎ、手を振っている。中の私とこの体は疲労困憊で崩れ落ちてもおかしくないのに、そんなことはおくびにも出さないよう、アクターAIは私にプリガーを笑顔で演じ続けさせる。私はもう自分の視界を、まるで映画館のスクリーンのように他人事感覚で眺めていた。もう何がどうなっているかわからない。体も痛いし頭も痛い。とにかく終わって。休みたい。 大きな拍手が沸き起こり、私と青い子は手をつなぎ、連れ立ってステージから降りた。 (おっ……終わった……の?) 大きく息を吐きたい。が、その程度の自由すらない。私は舞台袖で思わず、青い子に (いやー、お疲れ様……) と心の中で呼びかけてしまった。でも青い子は笑顔のまま、全く疲れてなんかいませんよ、とでも言いたげな涼しい顔だ。 (いや……この子ロボットじゃん。何考えてんの私……) 痛みと疲弊でおかしくなっている。まあいい、これでとにかく終わった。あとは……。 (痛っ! 何!? まだ何かあんの!?) 体が勝手に動き出し、控室とは違う方へ……。ステージから少し離れたスペースに向かって歩き出した。 (ああ……) 思い出した。そうか、それがあったよね……。撮影会。 「プリガーだー」「わー」「がんばってー」 「応援ありがとうっ、これからも頑張るねっ」 (くうぅ……) 私は何十人という親子連れ相手に、媚びたアイドル接客みたいな受け答えを延々とやらされ続けた。本物のプリガーに会えたと目を輝かせている子供たちは可愛いけど、その分申し訳なくなってくる。 (ご、ごめんね……偽物で……) いやどっちにしろロボットだからなぁ……。その考えはおかしいかも……。 写真を撮られる度に、私の羞恥心が際限なく煽られる。人前でこんな格好して、媚びた言動で受け答えするだけでもキツイのに、その姿で写真を撮られるなんて……。この恥辱が永遠に残されてしまうのだ。知り合いとかに見られたら……。いや、バレっこない。大丈夫。「私」じゃないもん……。 「あっあのっ、いいですか……ひひっ」 「はいっ、どうぞっ」 (うえ……) 成人男性を相手すると、ほんとにアイドルでもやらされているかのような気がして、自己嫌悪してしまう。何やってんだろ私。その上、そいつ相手にハートマークを作らされたりすると、こんな奴の言うことを自動的にきかされてしまう自分が本当に惨めだった。 「あのっ、青子と絡んでもらえませんか」 (はぁっ? な、なに絡むって) 「オッケー! 青子ちゃ~ん!」 私は青い子と腕を組んでいる様子を写真に撮られた。その後も、必要以上に至近距離でベタベタさせられて気持ち悪い。なんで私がこんなことを……。人前でこの格好しているだけでも嫌だってのに、こんな媚び媚びの絡みまでやってみせないといけないなんて……。 ステージよりはマシとはいえ、体の痛みも引かない中、私はまだまだ並ぶ行列に向かって心の中で苦情を言った。 「お疲れ~! いやホントにお疲れ~! ありがとう! 子供たち、とっても喜んでたよ!」 控室で青葉さんのメンテを眺めながら、私はソファに突っ伏していた。ようやくAIから体を返してもらえたにも関わらず、全く動けない。筋肉痛で立ち上がれない。普通ならぶっ倒れてる状態なのを、AIが勝手に動かし続けていたんだから、それがなくなれば当然、こうなる……。 「立てる?」 「無理……」 突然、体がビクッと震えて、また言うことを聞かなくなった。独りでに動き出すと、筋肉痛に鞭打って立ち上がり、整備用の台座に向かって歩き出した。 「ごめんねー、ちょっとだけ我慢してね」 (あうぅ……) これまで何度もロボットたちを顎で指示して乗せてきたこの台座に、自分が命令されて乗る側になろうとは。上からリングが下りてきて、私は全身をスキャンされた。 (うぅ……嫌な感じ……) 「うん……うんうん……」 私は痛みに耐えながら、青葉さんの診断を待った。怪我とかしてたらどうしよう。不安が胸を渦巻く。……今まで私がみてきたロボットたちもこんな心境だったんだろうか? 考えたことなかったけど。 (いや、ロボットに心とかないし……) 「外傷なし。オッケー」 本来なら、首筋のコネクターにコードを繋いで内部の診断をするんだけど、生憎私の首にそんなものはない。人間だから。 「ありがとねー、それじゃあ、ソファで休んでて」 「はい」 相も変わらずのアニメ声で返事すると、私は命令通りソファに戻った。私が座ったのを見計らって、青葉さんはAIを停止させた。同時に私は崩れ落ち、またソファにうつ伏せになった。デカいポニテのせいで、仰向けに寝るのは難しいのだ。 「次までまだ三十分ぐらいあるから、しっかり休憩してね」 「ふぁい……え? 今なんて?」 「ん? だから、次まで三十分……」 私は絶望した。そうだ……一日で三・四回はある……んだった……。あの公開羞恥プレイを、この激しい筋肉痛であのアクションをもう一度、いや二回……。 「あっ、あれ……。私説明……わかってたよね?」 わかってない……わかってないよ青葉さん……。人間用のアクション構成じゃないってことが……。 その日全ての公演が終了し、瀕死になった私は、皮肉にもAIに頼らなければ動くことができなかった。他の人たちにチョッカイ出されたらいやだろうと、青葉さんは早急に私を倉庫送りにした。まだ人がいるモール内をプリガーの姿で移動するのはステージよりも恥ずかしかったかもしれない。体の痛みも尋常じゃないし。 私を元気づけようとしたのか、青葉さんは今日撮った子供たちの写真を私に見せて、熱っぽく語った。藤原さんのおかげで子供たちが悲しむことなく終えることができた、ありがとう、と。私は心の中で「あ、はい、そうですね、良かったですね」と冷めた反応しか返せなかった。どう考えても釣り合ってないよ、こんなの。見ず知らずの子供のために……。何より、結果的にロボットを横領して壊した同僚たちを助けてしまっていることが悔しい。ロボットに身を落としてまで。 青葉さんは、きつく注意してあるし、もうスペアが残っていないことは彼らも知っているはずだから、私が変な仕事に駆り出されることはないだろう、と言うけど。まあ確かに、私が代役している間は多分ないよね。まあ、ほとぼりが冷めたらまたやるだろうけど。 「じゃあ、また明日ね。今日はしっかり休んでね」 うへー。まだあるの……。あと二日だっけ。青葉さんが出ていく。誰もいない倉庫の充電台に立ち、本物のロボットと混じっていると、自分が本当にロボットになってしまったような気がして怖い。できればベッドで人間らしく寝たい。しかし、AIが稼働中なため、私は青葉さんに意見が言えない。もっと早く言えばよかった。立っているのも辛いのに。 青葉さんは昨日と同じように、私を充電台の上に基本姿勢で立たせたまま倉庫から出ていった。う……また朝までこれか……。 早くこの馬鹿げた代役が終わらないかな。自分の体を自分で動かせる、そんな当たり前のことがどれほど大切なことであったのか、身に染みて思い知らされる。 一周回って痛みが気にならなくなったのか、それとも単に体が慣れたのか、最終日である三日目には、それほど肉体的苦痛を感じなくなった。だがショーの中身を落ち着いて認識できるようになってしまったことで、精神的な苦痛はかえって増すばかり。 「幸せがいっぱいね~っ」 鼻にかかるキンキン声であざとく、大袈裟な仕草をとりながら子供っぽく振舞わされる度に、内面の顔が赤く染まり、いたたまれなくなって目を逸らしたくなる。が、逸らすことはできない。視線すらAIが事前に決められたショーのプログラム通りに動かすものなのであり、決して私の意志が突発的に動かしていいものではないのだ。 ましてや、私は小さい時からずっと自分の子供っぽい体型が嫌いだった。同級生はもちろん、年下にまで当然のように舐められた態度、見下した言動を受けるのが常だった。それが今、プリガーの脱げないコスプレをさせられ、ノリノリにしか見えない形で中学生を演じさせられているんだから、たまったものじゃない。勿論、これは舞台なんだから遠くからでも話がわかるように大袈裟な手ぶりをしなければならないことぐらい、頭ではわかっている。プリガー役なんだからフリフリの魔法少女衣装も着なければならない。でも、どうしても私はこの醜態を受け入れることはできずにいた。 (ほんとは違うんです、私、こんな……痛い子じゃ……) 役者ならこんなことに疑問を抱くこともなく演じられたかもしれない。でも私は役者じゃないし、青葉さんみたいに崇高な志を持ってこの仕事に就いたわけでも何でもない。しかも、無理やり、強制的にあざとい魔法少女を多くの人の前でやらされ続けるんだから、仕事で「やっている」んだと割り切ることも難しかった。 (ああもうっ、何で私がこんな……もう!) 加えて、青い子との度を超えたイチャイチャも精神を削りにくる。何で私が派手なフリフリ衣装を着たロボットとベタベタしないといけないのか。人前で絡まされるごとに自分が青い子と同列対等の存在であることが強調されるようで……つまり、自分という存在がアクターロボットに書き換えられていくようで決まりが悪かった。 (わ、私人間なのに、プリガーでもないのにぃ) しかし、私の心の声は誰にも届かない。視界に入る人全てが、何ら疑うことなく私をプリガーだと、或いはそれを演じるアクターロボットだと信じている。それがたまらなく悔しい。視線は私に向いているのに、誰も「私」は見ていない。みんな可愛いって言ってくれるけど、その称賛も私のものじゃない……。 (もういや! こんなこと、二度とやらないっ!) 羞恥に耐え忍びながら、ついに全ての公演が終わった。明日はお休みだ。早く代わりのロボットが来るといいけど。本当にもう勘弁だよ……。 青葉さんの検診を受けた後、私は控室でマネキンのように立ち尽くしていた。今晩はこのモールから搬出されるので、あの寂しい倉庫にはもういかない。今私だけ別の場所に運び出すわけにはいかないので、今日の夜か明日、機を伺って青葉さんが私を連れ出す手筈になっている。 控室では同僚たちが雑談に花を咲かせている。私は静かにそれを聞いていることしかできない。数日前まで私がいた空間を、ロボットとして外部から眺めていることしかできないのがたまらなく惨めだった。同僚たちの前でプリガーの全力コスプレを晒しているだけでも恥ずかしいのに、ロボット扱いされて身動きもとれずに飾られるなんて、最低最悪の拷問タイムだ。顔を伏せたいし目を閉じたい。でもそれすらできない。 「……でさ、今日はあっちも搬出あんのよ」「おっ、やんの?」「おう。もうつけてきた。藤原もいねーしな」 (……えっ) こ、この人たちまるで反省していない! 一週間も経ってないのに、もうアクターロボットで小遣い稼ぎしようとしてる! 全員がこっちに顔を向け、ニヤニヤしながら近づいてきた。私は嫌な予感がして、冷や汗が流れ……ないけど、そんな気分だった。 (えっ、ちょ、ちょっと待ってよ。まさか、私も!?) 冗談じゃない。規定にない運用なんてされたらどうなるかわかったものじゃない。前にピンクをやってたロボットが痛々しく折れ曲がっていた姿は、まだ鮮明に思い出せる。私は思わず自分が真っ二つに折れるところを連想してしまい、全身に悪寒が走った。 (やだやだっ、やりたくないっ、私ロボットじゃないの! 藤原です! 人間なんです!) あ、青葉さん、青葉さんはどこ!? 体が動かない。まだアクターAIのままだ。何か命令されたら、きっと抵抗できずに言う通りに従わされてしまう。な、何とかしなくちゃ……。気ばかり焦るが、体は一ミリも動かせないまま。私は助けを求めることも、嫌がる素振りを見せることすらできずに、笑顔で同僚たちを見つめていることしかできない。 (だ、誰か……!) 「あーでもピンクはヤバないすか。この前壊しちゃったし……」「そういやそうだなァ、もースペアないって?」「言ってた」「ん」 「ピンク以外、ついてこい」 「「はい」」 石像のように固まっていたロボットたちが一斉に動き出した。本社の人の後をついて、ゾロゾロと控室から出ていく。私は一人だけ動き出すことなく、その場に残された。 (あっ……よ、よかった……助かったぁ……) 私は心の中で、安堵のため息をついた。生きた心地しなかったよ。いや行けば絶対壊れるというわけでもないんだけど、そんな死に方だけは絶対嫌だ。何も知らない人たちにロボットだと思われたまま単純労働に駆り出され、事故ってお陀仏なんて。 控室は文字通り、私一人になった。私の隣には、仲間のロボットたちさえいない。いや仲間じゃないけど! とにかく、こんな恐怖は二度と味わいたくないよ。みんなにも、私が私だって教えていれば、当然こんなことはしなくなるはずだけど、そうしたらまた別の酷い何かをされるに決まってる。口答えしてきたチビ女が、どんな命令でも聞かせられるロボットになっていると知れば。 うん。やっぱり、青葉さんだけの秘密で正解だ。あいつらに私の正体が知られれば、一体何をされるかわかったもんじゃない。第一、死ぬほど恥ずかしいし……。 だが、事態はさらに悪化した。今度は青い子が盛大にクラッシュし、使い物にならなくなってしまったのだ。私はそれをトラックの荷台で知った。 「ええええ!? ほんとに!?」 青葉さんは腕を組んで大きく息を吐いた。もう言葉もない、って雰囲気だ。ロボットたちが戻ってこないまま、私だけトラックに積まれたから何か変だなとは思ったけど。あいつら……。 「代わりはあるんですか?」 「それが……」 青葉さんは力なく首を振った。アクターロボの私的流用はあちこちでやっており、他にも壊したところがあったのだとか。 「どいつもこいつも……」 「それでね藤原さん、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」 三日前に来たばかりの工場が、妙に懐かしく感じられる。この三日間がどれほど自分にとって長かったのかがよくわかる。 「それじゃあ、いきますよー」 「オッケー、初めて」 この間とは逆に、今度は私が青葉さんをプリガーに改造することになった。正直、驚き。体型が合ってたら自分でやった、とは言っていたけど、なんだかんだいって自分ではやらないんでしょ! って思っていたのが恥ずかしい。本気だったんだ。 しかし、プリガーがプリガーを作るのもシュールだなぁ。そう、私はまだプリティーピンクのままなのだ。余所でやらかしたところがまとめて壊してしまったらしく、在庫はそっち優先となった。まだしばらく、私もアクターロボの代役を続けないと、ショーは中止になってしまう。言い出しっぺである青葉さんが自らロボットになってまでショーを取り止めたくないと乗り出した手前、私も降りづらくなった。本音を言うと、恥ずかしいし怖いし、これ以上はやりたくない。けどそんなことを言える空気でもなかった。 「あいつらは平気よ。処分されると思うから、次のショーはもっと真面目な人たちが来てくれると思う」 青葉さんは派手な魔法少女衣装を癒着されながらも、特に気にしていない風に話し続けた。すごいなー、恥ずかしくないのかな。水色と白のフリフリ衣装。自分が自分でなくなるのに……。まあ元々司会務めてて、ショーを盛り上げたいって人だったから、あまり抵抗ないのかも。 素体である青葉さんがやる気十分なのと、二回目でお互い勝手がわかっていることもあり、作業はスムーズに進んだ。私としてはぶっちゃけ、もうちょっと嫌がったり恥ずかしがったりしてほしかったかも。留飲を下げられたのに。 プリガー化した青葉さんは、ものすごく綺麗だった。スラリと長い脚、引き締まったボディ、小顔。本当にアニメの世界から訪れたかのような存在感だった。 「うわーっ、青葉さん、すっごい綺麗……」 「ふふ、ありがと」 声ももう彼女のものではない。アニメで青い子を演じている声優さんのボイス。大人のお姉さんって感じの清涼感ある響き。いいなあ。私なんて幼さ全開のキンキンボイスなのに。腰より長くのびる水色のロングヘアーさえ決まって見える。 「それじゃあ、タイマーのテストをしよっか」 「あ、はい」 二人ともアクターAIに切り替わってしまうと、とんでもないことになる。自力では動けなくなってしまい、誰かが助けてくれない限り永遠にそのままだ。本当にロボットになってしまうということ。かといって重い犯罪なので、安易に事情を話して協力者を増やすってわけにもいかない。それを解決するのがタイマー式の切り替えシステムだ。 次のショーの日程は既にわかっているから、公演が終わる頃を見計らって、所定の時刻にアクターAIから通常のヒト用OSに切り替わるようにしておくのだ。 「それじゃ行くよー」 私の体が瞬時に人形みたいな基本姿勢をとり、そのまま固まってしまった。アクターAIが作動したのだ。タイマーが上手く働けば、五分後に青葉さんの操作なしで元に戻れるはず。 実験は大成功。五分経過と同時に、私は自由を取り戻した。両手を握り、開き、動かせることを実感。問題なさそう。 「じゃ、次は私ね」 続けて青葉さんも成功。銅像のように静止している彼女の姿は見ごたえがあった。何しろ元々モデル体型の彼女が派手なコスチュームで美しく着飾っているのだから。でも見た目は今まで隣にいた青い子と同じはずなのに、何でだろう。やっぱ生きた人間だから……。って、そしたらなんで私は……。 「……成功ね」 青葉さんはその場でピョンピョン跳ねて自由を取り戻したことを確かめていた。大人っぽい彼女の可愛らしい振舞いのギャップに、私はドキンとした。モテたろうなあ、青葉さん。 「じゃあ、最後に……」 「ぅ……でも」 「ん……。確かに怖いけど、コレやらないとどうしようもないでしょう?」 「……」 世にも恐ろしい実験。私たちは二人ともタイマーをかけて、AIに身を委ねる。もしも失敗したら……。私たちがこの修理工場でプリガーロボットになっていることを知る人は、いない。ひょっとしたら、私たちは永遠にロボットのまま、人間に戻れないかもしれなくなるのだ。 (まあ……いくらなんでも、それはないだろうけど……) いくら生体ロボットが人間に瓜二つで、私たちが見た目をそっちに寄せているといえど、二者には明確な違いがある。首筋のコネクターの有無、そして太腿の製造番号。この製造番号はナノマシンを使った刺青のようなもので、一度刻めば絶対に取り消せない仕様になっている。アクターロボットは運用の都合上、上からシールを貼って隠すことが多いが、それでも必ず番号は刻み込まれている。無論、私達にはない。誰かがこの工場に来て私たちを発見、よく調べれば人間だということはわかるのだ。 (とはいえ、やっぱり、怖いかも……) タイマーが動かなければ、お互いに相手の硬化を解除できなくなる。誰かが助けてくれるまで、私たちはこの恥ずかしい姿でマネキンのように固まっているしかなくなる。一体どんなニュースになるか……。二度と表を歩けなくなりそう。 「それじゃ、いい? いくよ?」 「う、うん……」 それでも、この試練を乗り越えなければショーはできない。私たちはお互いに、相手のアクターAIを起動した。 ガシャンと音を立て、私たちが持っていたタブレットが床に落ちた。私たちは着せ替え人形のようなポーズを瞬時にとらされ、互いに見つめ合ったまま動けなくなった。 (あ……。や、やっちゃった……) ドキドキする。破滅の恐怖がスパイスとなり、今まで以上に私を焦らせた。 (な……何やってんの私……。こんなことして……馬鹿みたい……) 流されに流されてここまで来ちゃったけど、そもそも私にはここまでする義理も責任もないのに。馬鹿みたい。 (でも、子供たちのあの顔、見たでしょ? とっても嬉しそうだったじゃない!) 脳内に青葉さんの声、いや青い子の声優さんの声が響いた。アクターAIになっている間、互いに暇をつぶすため、そして不安を和らげるために、近距離なら通信できるようにしたのだ。 (青葉さんはそれでよくっても、私は正直……) (まあ、まあ、いいじゃない。それに今の藤原さん、とってもキュートで可愛いんだもん! ずっと見ていたくなっちゃう!) な、なに急に。ていうかこの見た目は私じゃなくてプリガーのだし、褒められても……。 (あ、青葉さんこそ、すっごい綺麗じゃないですか。似合ってますよ、それ) (ほんと? ふふっ、ありがと) あーもう。私ばっかりマイナス思考で、嫌になっちゃう。気恥ずかしくって、青葉さんから視線を逸らしたい。が、私たちは互いに相手の顔を正面から見つめたまま静止していることしか許されていない。 (あーもう、早く終わってよー。五分もいらなかったでしょ。一分でもさ……)

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