Home Artists Posts Import Register

Content

「みんな~、今日はプリガーショーに来てくれてありがとー!」 ステージの上から、青葉さんのよく通る声が会場に響き渡った。進行に合わせて舞台袖から悪役ロボットが、そしてプリガーロボットが続々とステージに飛びだしていく。おかしいところはないかなー、ないよねー、無事に動いて。私はエラーやアクションミスが起こらないことを祈りつつ、ハラハラしながらショーの進行を見守った。主役は二体。派手な魔法少女衣装に身を包んだ小柄な少女型ロボット。人間ではまずありえない長さのピンクのポニーテールを振り回しながら、アニメの声優と同じキンキンボイスで喋り倒している。もう一体は青いお姉さん型のロボット。中学生という設定だが、そのモデルのような体型は青葉さんそっくりだ。司会進行はまだ人間がやっているところが多いけど、将来はそれもアクターロボットが成り代わるのだろうか。一人で全部のメンテをやらされるところを想像すると、胃がキリキリしてくる。 「出たわねカタメズキー! 今日こそやっつけてやるんだから!」 子供たちの歓声が大きくなってきたので、ちょっとセリフは聞き取りづらくなってきた。まあシナリオはほとんど暗記状態だからどうでもいいけど。モブ怪人ロボットたちがちゃんと連携崩さずにいるかが今は一番大事。 アクションは滞りなく進行し、メインの悪役ロボットが主役コンビ相手に立ち回りを開始した。私が小さかった頃は着ぐるみでもっとチャチなショーしかなかったのに、今の子供はいいなあ。映画みたいなアクションがスクリーンではなく目の前で、リアルタイムにやっているのを気軽に見られるんだから。それも、どうしても不格好になる昔の着ぐるみとは異なり、アニメキャラの等身と顔を完璧に再現したアクターロボットがいるんだから。自分を誤魔化すことなく、素直に本物、本人だと思って熱中できるんだろうなあ。私は捻くれてたから、着ぐるみは着ぐるみだとわかってて、あまりこういうのにはノれた記憶がない。 主要アクションは全てミスなく終了し、私は大きく息を吐いた。ショーはまだ続くけど、セリフの応酬やダンスパートはミスりようがないからどうでもいい。私は控室に戻り、椅子に座ってボーっと束の間の休息を過ごした。本番はいつもドキドキする。自分が舞台に上がる訳でもないのにね。控室という名前は、役者さんがいた時代からの名残。今は整備室といった方が適当だと思う。生体ロボットのメンテ用の円形台座がデーンと中央に置かれ、そこから伸びた種々のコードがたくさんの機械と繋がっている。持ち運びしやすいよう、基本的にこれ一台だけ。十体近くのロボットを順番に、私一人でみていかないといけない。派手なアクションになればなるほど、緻密な連携が必要になる。一秒にも満たないズレで全てがかみ合わなくなってしまう。責任重大だが、かといって人員が割けられるわけでもない。所詮は地方のヒーローショーでしかないのだ。私が入ったのは半年前。今は大分慣れてきたけど、先輩の代は酷かったらしい。今、司会進行をやっている青葉さんが、なんとロボットのメンテも兼任していたというのだから驚きだ。 しばらくすると重々しい足音とモーター音が部屋の外から聞こえてきた。終わったらしい。私が立ち上がるより先に青葉さんが部屋に入ってきた。 「お疲れ様です」 私が挨拶すると、彼女は屈託のない笑顔で応えた。 「お疲れー。私も手伝うよ」 「いえ、もう私一人でも……」 「いいからいいから」 あっさりと押し負けて、私は青葉さんと一緒にメンテを行うことになった。ショーの司会が終わったばっかりなのに、すごい体力。それにいい人だ。だから、私は彼女を尊敬しつつも、ちょっぴり嫌いだった。 すぐ終わるモブ怪人ロボットを一人入れ、白い円形の台座の上に立たせる。私がパネルをタップすると、台座の上部にある大きなリングが動き出した。上から下まで移動しながら全体をスキャンする。外傷チェック。メイドロボなんかと比べると特別丈夫かつ柔軟に設計されている。とはいえ、激しいアクションを日数おかずにこなす分、どうしても傷はできてしまうし、内部の機械も壊れがち。スキャンリングが再び一番上まで戻るのを待って、首の後ろにある端子にコードを繋ぐ。内部のチェック。 「私見とくから次入れていーよー」 「あ……はい」 仕事取られた。私はモブ怪人へ部屋の脇に行くよう指示し、次のモブを入れた。全身タイツみたいなデザインをしているモブ怪人ロボットは非常にメンテが楽な部類。外傷もスキャンだけでほぼ見逃さないし、激しいダメージを受けるようなアクションを担うこともあまりない。多少壊れても、工場に回さずこっちで修理もできる。全身タイツ的なデザインだと気軽に外装を破って内部修理ができる。応急的な手当てでも傷を誤魔化しやすい。誰も気にしないキャラだしね。 控室の奥は三体のモブロボットで埋まった。全員気をつけしたままピクリともしない。まるでマネキンだ。今のとこ修理が必要そうな箇所はなし。だが本番はここからだ。まずはメインの悪役ロボット。今アニメ放映中のシリーズに登場する敵幹部を再現したデザインで、滅茶苦茶ゴテゴテしている。こいつは内部が壊れていたら工場に回すしかないので、非常に厄介。スキャンすると出るわ出るわ、外傷がいっぱい。あちこちに細かい傷が出来ているのが目視でも確認できる。専用のパテで埋めたり、磨いたり、削ったり、色が剥がれていたら塗装しなおしたり、大変だ。一番手ひどく激しいアクションを受けるロボットなので、無傷はまずない。毎回、こいつの整備が一番面倒だ。しかも肩パッドが突き出てたり、刺々しかったり、角とか羽とかついてたりして、スペースを必要以上に占有する。悪役なんて大嫌い。 内部もだいぶ痛んできているようだったが、診断結果を見る限り、まだ数回はこのままいけそう。工場行きはその後か。私はモブたちを外に行かせて場所を作り、生体ロボットの外装を修理するための道具を用意した。上から行く。悪役を座らせて、顔の修理から始めた。角にヒビが入っている。つかわないはずの角だけど、どこかでかすってしまったんだろうか。パテを塗り、整形し、色を塗る。これをあと……。 「14」 青葉さんがこっちを向きながら呟いた。うわー、そんなに。やだなぁ。悪役ってデカいし、顔怖いし、あんまり弄りたくないんだよね。まあ、あの子たちの修理の方がおっかないけど。台座には既に主役の片割れ、青い子が基本姿勢で直立していた。白と青で構成された、フリルとリボン満載のヒラヒラ衣装。花びらを模した横に広がるスカート、体のラインにピタリ沿った胴体部分、ハイヒールのブーツ、腰まで伸びる水色のロングヘア。キラキラと光る水色の瞳。そして体型はモデル並み。圧倒的な存在感で、控室全体が彼女に照らされているかのようだった。普通の人間ならまずないような美しさ。が、少なくともスタイルにかけて青葉さんは負けてない。というか、同じぐらいだ。私が彼女を嫌う理由の一つがこれ。私なんて中学生みたいな低身長で、のっぺりと平たい顔で、モテた試しなんて一度もない。手に職をつけるため理工系に進み、生体ロボットのメンテができる資格もとった。でも、私が必死になってもぎ取ったただ一つの強みも、青葉さんにかかれば数ある長所の一つでしかない。美人で愛想がよくて、美少女ロボットに張り合えるぐらいのスタイルで、性格が良くて、そして理工系! 私は彼女に何一つ敵わない。私が持つ唯一の強みであるメンテ技能も、全てを持つ彼女が当たり前のように持っている。天は二物を与えず? そんなの嘘だ。持ってる人は全てを持っている。青葉さんにはお世話になったし、良い人だと思うし、素直に美人だと思うし、モテるべき人だとも思う。だから、私は彼女を尊敬しつつも、苦手だった。自分の陰があぶり出されるかのように感じて。 悪役ロボットの傷を直し終えたので、再び台座に戻した。スキャンして外傷判定が出なければ合格。 (うし) リングは「傷」を検出しなかった。青い子は青葉さんが見ている。私は最後の一体、ピンクの子を部屋に入れ、台座に立たせた。現行プリティーガーディアンの主人公。白とピンクで彩られた可愛らしい衣装。花びらっぽいスカート、ハイヒールのブーツは青い子と同じ。色だけ違う。腰まで伸びる、重力を無視した形状をしているピンクのポニーテール。胸元の大きなリボン。肘まで覆う白い長手袋は、腕と完璧にフィットしている。まあ、実際癒着しているんだけど。この子たちの衣装は全部そう。服に見えるだけで、服じゃない。体の一部なのだ。 このピンクの子と私は目線が同じ。台座の分、今はこの子の方がちょっと上。だから私はこの子もほんのちょびっとだけ嫌いだった。自分が中学生以下の身長しかないことを思い知らされるようで。しかも、体型もそっくりなのだ。はぁ。中学生としても小柄設定のキャラと、成人している私が同じなんて、余りにも惨めだ。もっとも、この子はキラキラと輝くピンクの瞳を持った美少女フェイスだから、私とは似ても似つかないけどね。こんな派手な衣装と髪をしていても違和感がないぐらい可愛い。 幸い、外傷はない。この子たちの衣装は特別な素材で作られていて、ゴムみたいな弾力性がある。だから滅多なことで要修理の傷はつかない。ついたら手持ちで直すのは無理だから、工場へ回さないといけない。全く大変なのだ。 私は主人公ズを引き連れて倉庫に移動した。今度は洗浄作業だ。悪役はいいが、この子たちは絶対に汚れていてはいけない。観客全ての視線が集まる主人公であり、キラキラとしたヒーローでなくてはいけないからだ。なにぶん白いから汚れも目立つ。ヒラヒラフリフリの衣装なのでチェック箇所が多く、洗浄は一苦労だった。 「手伝うよー」 青葉さんが追って倉庫にやってきた。もう名目上は司会だけで、メンテからは外れた人なのに、今もこうして手伝ってくれる。その度に感謝の念と自身の不甲斐なさがせめぎ合う。 「藤原さんって、ピンクに似てるよねー」 「似てませんよ」 彼女は褒めてるつもりなのかもしれないけど、私からすると中学生みたいな体型を揶揄されているようにも感じるので、あまり愉快ではない。そんなつもりじゃないのはわかっているけど、モデル体型の彼女に「私ももっと小さくて可愛い体だったらなー」などとうそぶかれると、イラっとする。 夕方ごろ、全てのアクターロボットの整備と洗浄が終わった。充電台の上に全員を並ばせた後電源を落とし、ようやく仕事が終わる。このモールでの公演は明日で最後。頑張ろ……。 「お疲れー。明日もよろしくねー」 「お疲れさまです……」 私はヘトヘトになりながら帰路についた。このモールから家まではだいぶ時間がかかる。明日の公演も午前からある。ほとんど寝られそうにない。はぁ……。もっと楽な仕事になんないかなぁ……。 「だからっ、私言ったじゃないですかあ!」 私は涙声で、それも何年振りかしれない大声で叫んだ。内部が真っ二つに折れたピンクが力なく床に横たわっている。等身大の少女が胴の真ん中からグニャリと曲がる様はグロテスクで悍ましい。衣装が破れず柔軟に沿っているのがより一層の生理的嫌悪感を煽るのに一役買っている。私と青葉さんが昼食に出ている間、スタッフたちがこっそりアクターロボットをよその作業に貸し出していたらしく、そこで知らぬ間に胴体内部に亀裂が入ったのだ。午後のショーを始める前に簡易検査で私はそれを発見して中止を申し出たが、スタッフたちは強行した。何しろこの貸し出しは彼らが個人的な小銭稼ぎとして行ったもので、バレればタダじゃ済まないからだ。何とか公演は乗り切ったものの、舞台が終わった直後ポッキリいってしまい、子供たちとの撮影会は中止せざるをえなかった。 「どーするんですか! 明後日またあるのに!」 男共は情けない表情を浮かべ、互いに顔を見合わせておろおろするばかり。酷い。この子が可哀想。 「とにかく、すぐに報告して代わりの……」 「いやっ、待った待った待った!」 スタッフたちは、勝手にアクターロボットを貸し出して小遣い稼ぎをしていた件だけは絶対秘密にしてくれ、と懇願した。 「それじゃあ、整備担当の私のせいになるじゃないですか! ふざけないでください!」 「じゃっじゃあ俺! 俺がふざけて壊したことにしよう! な? な?」 本社の人までこの始末。 「なあ、藤原さんもちょっと落ち着いてさあ。これがバレたら貸した先方にも迷惑がかかるって、わからない?」 いや、相手も悪いでしょ。あの派手な格好のロボットを借りておいて知らなかったはありえない。 「あ、ちょっと……いい?」 みかねた青葉さんが私を連れ出し、別室で二人きりになった。てっきり私の味方かと思っていた彼女が、今回だけは見逃してあげて欲しいと言い出したので、まったく驚いてしまった。 「みんなねー、そんな悪い人じゃないの。今回はちょっと、魔が差したのかなって。私からもよく言っておくから、ね? 次やったら報告していいから。さ」 「で、でも……」 愛嬌のある美人はズルい。その顔を見ていると許してしまいたくなってくる。私は彼女に押し負けて、今回だけは気づかなかったことにする、ということで手打ちにされた。 (あ~あ) 不正義がまかりとおる。嫌な世の中。正義のヒーローを子供たちに見せる仕事のはずなのに。その実態はコレだもん。帰り道でプリガーの服や玩具を身につけている子供を見かける度に、そのヒーローは偽物だとぶちまけたくなる露悪的な衝動と、プリガーを信じている子供たちに対する申し訳なさとで、胃がギュッと引き締まるのを感じた。 翌日。私は休日。……のはずなのに、昼を回った頃、私は青葉さんに呼び出された。緊急事態、急ぎ修理工場に、とのことらしい。なんだろう。明後日からはスペアでやるんじゃなかったっけ。ひょっとしてそっちも誰かが壊しちゃったとか? しかも呼び出し先はいつもの大きな所ではなく、郊外の比較的小さい工場。初めていく所だ。一体、なんでわざわざ? 明日すぐ駆り出せる在庫がそこしかなかったとか? 返信は全部「後で説明する、急いで」ばっかで、全然説明してくれない。なんか嫌な予感がするよ。 「嫌です! なんで私があんな人たちのために、そんなことしないといけないんですか!?」 待っていた事態は悪いなんてもんじゃなかった。最悪だ。青葉さんによると、地方のショーでもアクターロボットの大きな破損がいくつかあって、スペアは昨日までに全部発送され、もう残っていない。それでも明日ショーを中止しないためには、代替ロボットが必要。驚くべきことに、彼女は私にピンクの代役をやってほしいと言い出したのだ! 「藤原さん、電脳化してるよね? だったら、アクターロボのデータを移すのは不可能じゃないよ」 「知ってますけど……違法ですよ、それ! 捕まりますよ! 昨日の横領より不味いですってそれ!」 冗談じゃない。確かに、生体ロボットの神経システムは、医療用にも使われているナノマシン神経と原理が同じ。でも人間用のそれを医者でもない人が許可なく弄るのは通貨偽造と同等の犯罪行為になる。第一、ロボットに改造されるなんて絶対に嫌だ。しかも、あんなフリフリの格好してステージに立つってことでしょ!? 無理無理無理! 私にはぜーったい無理! 「ねっ、お願い! 藤原さん、ピンクと体型同じだよね? だから壊れた奴の衣装パーツが着られると思うの。だから……」 「し、知らないですよ! 大体、あの人たちが悪いんじゃないですか! なんで私が身を挺してあいつらを助けてやらないといけないんですか!?」 「うんっ、あの人たちは酷いと思うよ……。でもね違うの藤原さん。私が助けたいのは、明日からのショーを待ってる子供たちなの!」 「へぇっ!?」 青葉さんはこの仕事に対する思いと情熱を語りだした。最初はメンテだけの裏方で、ショーそのものにはそこまで関心がなかった。でもショーを見に来る子供たち、その熱い視線とキラキラした笑顔を見ているうちに、もっと子供たちを喜ばせたい、その活気をもっと間近で見ていたいと思うようになって、司会に移った。だから子供たちをガッカリさせることだけはしたくない。だから明日からの数日間だけでも、代役をやってくれないか……と。 「で、でもバレたら……」 人間をロボットに改造するなんて法律的にも倫理的にも重大な犯罪だ。それでも子供たちのためにやりたいという。できれば自分が代役をやりたいけど、流石にピンクとは体型が違い過ぎてできない、頼めるのは貴方だけなの……! と彼女は泣きながら懇願した。 「でっでも……。私、ロボットになるなんて……」 「大丈夫! スペアの手配できたらすぐに元に戻すから! それに、体を機械にするわけじゃないし、ショー用のプログラムを入れるだけだから! 責任も私がとるから!」 生きた細胞を使う生体ロボットの技術は医療用の技術と通じているところも多い。健康に害はない。それは私も知っている。勉強したから。でも……。ロボットとして舞台で見世物になっている自分を想像すると、どうしても怖い。それに、こんなチビで平たい顔の私が、あんな衣装を着て得意気に立ち回るってのも、別の意味で恐ろしい。 「大丈夫。顔はマスクをつけるから。藤原さんだとはバレないから」 「ば、バレるバレないの問題じゃ……」 「ね? お願い。一生のお願い。あとで何でもするから」 「……」 彼女の懇願は、思わず頷いてしまいたくなるオーラがあった。今までもその美貌で色々何とかしてきたんだろうか。いやそれは私の卑屈な邪推で……。さっき聞いた通り、本当にこの仕事が好きで、子供たちに楽しんでもらいたいと思っているんだろうな……。子供、子供たちかぁ……。私はまだ半年だけど、自分の整備したロボットが故障せずに終われるかどうか、それだけが心配で、それしか見てなかった。観客の子供たちになんて注意してなかった。やっぱり青葉さんは偉いなぁ。真面目で、情熱があって……。段々と彼女のお願いが私を揺らがせ始めた。あれだけ熱意をもって仕事にあたってきた彼女がそうするしかないと言っている。確かに中止になったら子供たちは悲しむだろう。でもそのために犯罪まで……。いや万が一でも捕まるのは青葉さんだけか。私は被害者……。そして、そんな風に損得で考えてしまう自分に嫌気がさした。直前に彼女が仕事への思いを語った後だけに。私はそこまで真剣にこの仕事のことを、子供たちのことなんて考えたことなかった。そんな私でも子供たちを笑顔にできるんなら……。やった方がいい、のかな? いやでも……。ロボットに……見世物……あの衣装で……。 「お願いっ!」 「……わっ、わかりましたよ! これ一回! これ一回だけですからね!」 私はまた、彼女に押し負けてしまった。すると青葉さんの顔がパアッと輝き、 「ホント!? 良かったぁ~、ありがと~、すぐ準備しよっ!」 と叫ぶなり私の腕を掴んで工房へ引きずっていった。 (……思わず受けちゃった。平気かな。まあいいや、人助け……子供のため……) 青葉さんの言葉を反芻しながら、私は必死に自分に言い聞かせた。 「はい、じゃ脱いで脱いで」 「えっ……」 「平気平気、今私たちしかいないから」 まさかこんな事態になるとは想定していなかったので、碌に毛の処理をしていない。私も生体ロボット技術者の端くれとして、これから何の施術が必要かは大体予測できる。それだけに恥ずかしかった。 「太腿は出しちゃうからね。最低、そこだけでも脱毛しないと」 「う……」 ズボンを脱ぐと、私のだらしなさが露わになった。美人の青葉さんの前だと、ことさらに自分が怠惰な女であることを強調されるようで辛かった。 とはいえ、太腿だけなんて部分的なものより、全身の方が手っ取り早いので、私は全身、生体ロボット用の脱毛処理を行う羽目になった。 「まあまあ。タダで永久脱毛できると思えば、お得だよ」 「えっ、でも……ここも、もう生えなくなっちゃうんですよね?」 全裸になった私は、自分の股間に視線を落とした。ここだけやらない……というのは無理か。 「ふふっ、いいじゃない。その方が楽よ」 私は自分が幼くみられるのが昔から嫌いだった。だから抵抗がある。しかしマスト箇所が太腿である以上、股間だけやらないのは難しい。 「さ、入って入って」 浴槽のような大きな容器の中に、既にヌルヌルした緑色の液体が満ちている。工場時代はメイドロボットがこの中に浸かっていくのを眺めてたっけ。まさか自分が浸かる羽目になろうとは。 足を入れると、見た目通りのヌルついた感触が気持ち悪く、液体は粘性を持ってまとわりついた。両足入れて、腰を下ろし、寝そべるようにして全身をこの液体に浸す。面倒だからちゃっちゃと終わらせよう。この後も色々あるし……多分。 この緑色の液体は、髪の毛と眉毛は脱毛しないようにできている。私は工場時代にそれを毎日のように見ていた。だから顔を浸けるのはそれほど抵抗がなかった。問題は息だ。 「はいじゃあいくよ。せーの……」 青葉さんの合図に従い、私は上半身を後ろに倒して、頭を浴槽の床につけた。一秒……二秒……三秒……。 「……ハッ!」 必要な時間経った直後、私は合図無しで起き上がった。ふぅ……。 「おー、時間ピッタリ」 工場時代の経験が役に……立ったと言っていいのかな、コレ。 ドライヤーで体を乾かすと、見る見るうちに、足元には黒い塊が積み重なっていった。女同士とはいえ、いやだからこそ恥ずかしい。青葉さんなら絶対ここまでじゃないはずだ……。 「あはは……事前に説明しなかった私も悪いから……」 空しいフォローも効かず、私は顔を真っ赤に染めて、子供みたいにツルンツルンになってしまった股間を見つめた。 次に青葉さんが円柱状の容器を起動した時、私は突っ込んだ。 「え? それ要るんですか?」 「そのままの肌だとバレるかもしれないでしょ。テカりがなくちゃ」 この装置で行うのはアンチエイジング処理。生体ロボットの細胞が老化するのを防ぐ。同時に特殊な素材でコーティングして、垢や汗を分解し、自動的に清潔に保つためのナノマシンを表面上に塗りつけるのも同時に行う。このコーティングが肌を作り物みたいに光らせるのだ。人間とロボットたちの見た目の違いの一つ。 「いやっ、でも……」 この処理をすると、マネキンかフィギュアみたいにテカテカ、ツルツルした質感を生み出してしまう。そんな姿で人前に、それもステージに立つなんて。さっきは勢いでオーケーしちゃったけど、いざそれが現実になりつつあると実感すると、急に怖気づいてきた。 「コーティングは後で除去するから大丈夫」 このコーティングは溶かすことができる。それは知ってる。でも完全にじゃないんだよね。生体部分にダメージを与えないで除去しようとすると、薄く溶けた状態で皮膚に染み込んでしまうんじゃなかったっけ。実際にわざわざ除去しないといけない状況なんてあまり発生しないから、実際に見たことはないけど……。そう習った気がする。青葉さんはその事知ってるのかな? 「ま、美容だと思って」 しかし、今更止めるとも言いだしづらい。脱毛しちゃったし……。私は観念して、透明な円柱状の容器に入った。蓋が閉まると、桃色の液体が中を満たしていく。プールの水のような生ぬるい水温が足先から伝わってくる。 「お、溺れないですよねぇ……?」 工場で散々見た光景だが、人が入ることなんて想定していないはず。でもメイドロボたちは生体部分が死なずに処理を終えているんだから大丈夫……だよね。私の声は容器の外には届かないらしく、青葉さんはニコニコしながら、「頑張ってー」とでも言いたげな仕草をしながら私を見つめていた。 あっという間に胸元までが桃色の液体で満ち、私はその中に没しようとしていた。全裸のまま透明な容器に入って、ロボット用のコーティングをされようとしている自分がとんでもない変態のように思えてきて、再び顔が熱くなった。まさか、自分が「あっち側」にいく日が来るなんて。工場のラインの中で、コーティング処理されていくメイドロボ素体たちを思い出し、自分もロボット素体になってしまったかのような気さえして、ますますこの状況の変態性が増して感じる。 遂に容器内全てが桃色の液体で満ち、私は顔も髪もその中に浸かった。最初は息を止めていたものの、とうとう我慢できなくなって口を開いた。同時に、勢いよく液体が私の体内に流れ込み、私の喉を気管を押し広げながら体内までを侵犯していく。延々と水をがぶ飲みし続けているような不快感、本能的、反射的な吐き気がおさまらない。が、不思議と息苦しさはなかった。次第に意識が朦朧とし始め、私は手足に力が入らなくなった。 (あ……あぅ……) 体がゆっくりと宙に浮き、私は円柱状の容器の中で上下しながら、体内全てが失礼な液体でパンパンに膨れ上がるのを待ち続ける他なかった。 「……さん! 藤原さん! 大丈夫!?」 「……っ!?」 気がつくと私は硬いマットの上に転がっていた。徐々に視界がハッキリしてきて、薄汚い天井と青葉さんの顔がわかるようになった。 「……はぃ……」 小声で返事すると、青葉さんがホッと一息ついて脇に座り込んだ。 「あーよかった。私、てっきり大丈夫なのかと思ってて……」 ロボット用の処理装置をそのまま人間に使って大丈夫なわけないでしょ……。と言いたかったけど、さっきの脱毛は割と平気だったからしょうがないか……。実験も確認もせず応じた私も私だし。 次は腸内に、排泄物を処理するナノマシンを入れる。さっきの奴も分解機能はあるけど、あれはあくまで表面用なので処理速度が足りない。専用のやつが必要なのだ。 「いーなー、トイレいかなくてよくなるなんて」 じゃあ青葉さんもすれば? と言いたいけど、事を荒立てたくないので黙っていた。これの問題点は、除去できないってこと。さっきのコーティングは専用の除去剤があるが、こっちにはない。何故なら、する必要性が全くないからだ。私はもう一生、ウンチもおしっこもしなくていい、いやできない体になる。……いや、それはいいことかな? でも、生き物じゃなくなるみたいでやだなぁ。 「ついでに私もやっちゃおっ」 ただ、この処理に関しては青葉さんもやると言い出した手前、嫌だとも言いだしづらくなった。……それにまあ、衣装は癒着して体と一体化させるんだから、やっとかないと後で絶対困るしね。 (癒着? ……あ) 忘れていた。あの衣装は……あのヒラヒラフリフリのリボンまみれの衣装と、長いながーいピンクのポニーテールは……剥がれないよう、体にくっつけちゃうんだった! 「それじゃあ、お尻出して」 「えっ、あ、あの、あの服……」 肛門にブスリと突き刺されたホースの痛みで、私の思考はぶっ飛んだ。 互いにお尻を抑えながらも、最後の処理が始まった。キラキラしたピンクの瞳が透ける、美少女マスク。生きた仮面のようで不気味だった。昨日折れた子の顔を剥がして持ってきたものだ。アクターロボットはマスク部分が交換可能になっている。使う時は癒着・一体化させるから、交換は結構な手間だけど。 そして、衣装も。白とピンクの二色で構成された魔法少女衣装。小学生でも自分が着るのは拒否するだろうという服。これを全身に着こむ。それも、脱げないように一体化されるだなんて! 私が衣装を手に取り、観察している間に、青葉さんは工場の修理ラインを動かしていた。 「下着つけるよー」 「……」 私は相変わらず全裸のまま。二人だけとはいえ、工場の中を長時間全裸でいるのは相当に恥ずかしかった。モデル体型の青葉さんが相手だと尚更、貧相な子供体型が惨めだ。 メイドロボたちは人間のような下着はつけない。代わりに、真っ白なレオタードっぽい服を下に装着する。私は促されるがままにラインに乗り、周囲のアームが動くのを静かに待った。ドキドキしてきた。私、本当にアクターロボに、あの子の代わりになるんだ……。心臓の高鳴りが止まらない。怖い。やっぱ止めたい。 (い、今からでも……) そう思った瞬間、青葉さんの「いくよー」との声が響き、私は最後のチャンスを逸した。ラインが動き出し、私は前方にある機械の中に向かってゆっくりと送り出された。トンネルのような機械の内側には無数のノズルが設置されている。私は誰に言われずとも、手足を広げて大の字の姿勢をとって目を瞑った。工場で見た……。 透明な糊が四方八方から噴射され、私の全身をベタベタと覆っていく。冷たいし気持ち悪い……。早く終わって……。 ラインが進み、機械から出ると、今度はロボットアームが左右に待ち構えている。分割されたレオタードを側面から装着するのだ。この時メイドロボは電気信号で両腕を真っ直ぐに上に伸ばす。私はメイドロボじゃないから、自分でやらないといけない。そうしないと腕にくっついてやり直しだ。既に癒着用の糊は私の全身を覆いつくしている。やり直しは大変な手間だし、やりたくない。私は素直に両腕を頭上に掲げた。アームが微調整しながら私の側面につき、半分に分かれた真っ白なレオタードが私の体に左右から装着された。 (ああ……) やっちゃった。これでもうこの服は……脱げない。特殊な溶剤を用いない限り。ラインで嫌というほど見てきたあの服を、まさか自分が着ることになろうとは。悔しいのは私の体型にピッタリなこと。「小柄な中学生」設定のアクターロボ用の下着が。直後、頭上に新たな機械が出現し、前後から私の体の中心線に向かってレーザーのような直線の光を照射した。首元から股間まで、二本のレーザーが私の体を、いやレオタードを融合させていく。さっきまで左右に分割されていたレオタードは、まるで最初からそうだったかのように、継ぎ目なく綺麗にくっついた。アームたちが引っ込むと、細長い電灯のようなものをつけた次のアームが現れ、私の体を360度から照らした。白いレオタードがギュッと私の体に貼りつき、隙間が失せていく。まるで新しい皮膚であるかのように、私の体のラインに沿って寸分の狂いなく張り付き、一体化してしまった。もう脱げない。私の胴体は真っ白に染め上げられてしまったのだ。 「はい、じゃこっから手動でいくよ」 青葉さんがアームたちにセットさせておいたプリガー衣装。あれも……体にくっついちゃう。逃げ出したくなってきた。でももう遅い。レオタード癒着しちゃったし、糊まみれだし……。 「はーい、万歳してー」 子供じゃないんだから……。でも糊で口が開かない。言う通り万歳すると、上から衣装のドレス部分が下りてきた。スルッと腕を通過し、私の胴体を派手な衣装が飲み込んでいく。胸元には大きなリボンが、スカートは横に広がる花びら。これから数日間、ずっとこのコスプレが脱げないだなんて。やっぱりやだよー。 しかし、アームと青葉さんは作業を止めない。位置が定まった瞬間、アームがギュッと私の体を押し付けた。ドレスが体に密着し、くっついていく。大まかな密着が終わるとアームが引っ込み、またさっきの光が照射された。皴一つ浮かばないよう、細かく丁寧にドレスが体にしっかりと張り付いていく。白いレオタードと同化していく。あっという間に、私は派手な魔法少女ドレスの肉体を持った女にされてしまった。 「前ならえー」 青葉さんが楽しんでいる。くそお。なんで私なの。青葉さんが中止したくないんだから、青葉さんがやればいいのにぃ。でもこの格好は青葉さんはキツイか……。例えサイズが合ってても。 (いやっ、私もキツイけど!) 私が前へ伸ばした両腕に、アームが手袋をはめていく。肘まで覆う白い長手袋。勿論、これも可愛らしい装飾がついている。位置が上手く決まれば、またアームが腕を手袋の上からギュッと掴み、続けて例の光が手袋を新たな皮膚に変えていく。私の両腕は光沢を放つ真っ白な皮膚に覆われ、絶対とれないリボンを持つ可愛らしい腕に書き換えられた。手袋は手のひら、指の先まで皴なく這うようにして張り付いていく。私の爪は布のようなゴムのような物体に覆いつくされ、指先と手袋の僅かな隙間も埋まってしまった。爪なんて最初からなかったかのような、滑らかで丸っこい指先。少し曲げてみると、なんらつっぱることなく、違和感なしに動かせる。ホントに皮膚みたい。 そしてブーツだ。メイドロボの場合は宙づりにして両足を真横に広げるのだが……。私の股関節はそんなに柔らかくない。大惨事になってしまう。ここだけは完全手動でやるしかない。 「左足上げてー」 私は頭上のアームを真っ白な手で掴んで倒れないようにしながら、左足を真横に向かって伸ばした。つもりなんだけど、流石に水平まで上げるのは無理だった。 「もうちょっとあがらない?」 (いや……これで限界……) 足をプルプルさせながら、私は青葉さんがアームの位置調節を終えるのを必死に待たなければならなかった。あーもう、キッツ……。位置確定後、ブーツが私の左足にはめ込まれ、これまでと同じように密着、同化された。 「はいじゃあ右足ー」 今度は真新しい左足で立ち、右足を横に伸ばす。ヒールのせいでバランスがとりづらく、さらに体力を消耗した。ピンクの子はこんなヒールで戦闘しないといけないのかと思うと、アニメキャラだとわかっていても同情……っていや! 私本当にやるんじゃん! (えっ、ちょっと嘘でしょ、これであのアクションやんの……!?) 昨日まで袖から覗いていたあのステージ。あれを私が……このヒールで。 (ていうか、体……持つかな……) 普段、碌に運動なんてしていない。あんな激しい動きをして大丈夫だろうか。私は不安に駆られた。どうして事前にそこまで頭が回らなかったんだろう。体を動かすのはプログラム……とはいえ、実際に動くのは私なわけで……。 「はいっ、お疲れ様ー!」 私は右足をライン上に戻し、両足で立てるようになった。ふぅ、キツかった。しかし……。白とピンクの派手なブーツも、私の足と完全に一体化してしまって、もう脱げないのだ。足先とブーツの僅かな隙間も、ブーツを構成しているのと同じ、布みたいなゴムみたいな特殊素材が間を埋めて、最初からこういう足先をしていたかのように同化している。不思議な感触だった。 「さっ、お次は髪ね!」 あっ、まだあるんだ……。現実では絶対ありえない形でなびく、あのピンクの極長ポニーテールがついに……。重そう。首が持つかな。 まだ口が糊で開かないので、私はジェスチャーで首の心配を伝えた。 「あっ、平気よ、最近のアクターロボはね……ほら」 青葉さんが運んできたピンクの髪パーツを持たせてもらうと、驚くほどに軽かった。ほとんど重さを感じない。馬鹿みたいに大きい白いリボンだけはそれなりに重いけど。髪の重量はほとんどない。 「じゃあ、これはあっちでね」 私は一旦ラインから降りて、彼女について別の作業場所へ向かった。

Comments

No comments found for this post.