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小さい子供の頃、家近くの溝の中から、悪臭漂う、薄汚れたお爺さん人形を拾った。しょんぼりとしたその顔がとても可哀想に思えて、持ち帰って入念に洗い、綺麗にしてあげた。翌日、その人形は独りでに動き出し、自らは神様だと名乗り、優しい心を持った私にご褒美として、一つだけ個人的な願いを叶えてくれるというのだ。当時の私は、ニュースでその活躍が頻繁に報道されていた魔法少女の人形が欲しかった。お母さんには何度もおねだりしていたが、買ってくれなかった。私はそれをもらおうと思った。が、何でももらえるとなると欲が出た。現実で活躍していた魔法少女は、その時代から一人ではなく、色んな分野で色んな魔法少女が活躍していた。贔屓のプリティーピンクのみならず、叶うことなら全ての人形が欲しかった。だから、私は神様にこう願った。 「魔法少女ぜんぶのお人形をください」 と。 その日、神様を名乗った人形は姿を消した。翌日、入れ替わるかのように、うちの庭に一体の人形が落ちていた。当時ニュースによく出ていた、魔法少女プリティーピンクの人形、いやフィギュアだった。 私は当然のように、神様が自分にくれたのだと思いこみ、早速部屋に持ち込んだ。そのフィギュアはお店や広告で見たどんな人形とも違っていた、細部に至るまで作りこまれ、まるで生きているかのように活気に満ち満ちていた。今にも動き出しそう、という表現はその時覚えた。まあ実際に動き出したのだが……。 驚くことに、彼女は自分が正真正銘、本物のプリティーピンク本人だと名乗った。怪人の罠にかかってフィギュアにされてしまったのだと。表情は変わるし、声も出す。が、体は動かせないらしく、決めポーズのまま微動だにしない。顔と声は真剣なのに、ポーズはとても可愛らしいのが滑稽だった。 あの時の私の興奮ぶりといったら。なんせ、憧れの魔法少女本人に会えただけでなく、それが人形になって自分の元にやってくるなんて! 私は寝るのも食べるのも忘れ、彼女と遊びまわった。いや彼女で遊んだ。魔法少女ごっこ、ままごと、着せ替え……はできなかった。コスチュームは体と一体化していてコチンコチンだったから。本人から色んなお話をしてもらうたびに、私は目を輝かせて聞き込んだ。 なんやかんやあって犯人の怪人は退治できたのだが、彼女はフィギュアのまま元に戻れなかった。彼女は家に帰りたがったが、私は彼女を手放すことを拒んだ。友達の誰も、いや世界の誰一人として他に持っている者のない、生きたフィギュア、それも本人。それが今私の机の上で決めポーズのまま佇んでいる。神様が私にくれたのだと思っていたので、私が彼女を所有するのは当然の権利だと考えていた。結局、元に戻る方法が見つかるまで、ということで、私の部屋に居候、いや飾られ続けることに決まった。 幸い、気まずい空気にはならなかった。そうなる前に、次が来たからだ。彼女もまた、当時なかなか名の知られていた魔法少女だった。彼女もまた、フィギュアのように固く縮んだ状態で、私の通学路に転がっていた。敵との闘いで力を使い果たしたらしい。彼女はピンクと違って表情すら動かせず固定され、正真正銘のフィギュアのようであったが、思念で話ができた。同じ境遇の話し相手ができたことで、ピンクもだいぶ落ち着き、私の部屋は空気が華やいだ。毎日、家に帰るのが楽しみだった。憧れの魔法少女たちが、私の部屋で、私の帰りを待っている。毎晩、夜通しお話をして、遊んでもらった。いや私が勝手に遊んだ。当人たちは幼稚園児に年長者として応対していただけで、内心迷惑だったかもしれない。 神様からの贈り物はその二人で終わりではなかった。彼女たちを皮切りにして、私の周りにはどんどん魔法少女たちが辿り着くようになったのだ。過程や原因はさまざまで統一性はなかったが、最終的には必ず「人形」になって私の手に握られることになった。都合のいいことに、全員、メインの敵とは決着をつけたあとなので、身動きのとれない人形に変わり、見知らぬ少女の家に転がり込むことになろうとも、世間的には大してダメージはなかった。プリティーピンクたちは使命を終えて引退したのだろう、という空気だった。 私の部屋は次第に魔法少女たちであふれ出した。机の上では収まりきらないので、本棚に並べたり、一部あまり好きではない子は箱に入れてしまったりした。まあ苦情が出たので、定期的にメンバーをローテさせなければならなかったが。ドールハウスが欲しいなあ、と思ったが、彼女たちが入るようなサイズのものは到底手が届かなかったし、貴重なスペースを圧迫するだけなのでやめた。 次第に、私も彼女たちもこの異常な状況に慣れていった。役目を終えた魔法少女は人形になってウチにくる運命なのだ。何となくそういう認識が暗黙のうちに醸成されていった。「新入り」がくると人形化先輩組が皮肉交じりに歓迎するようになった。「ここにきたってことは、あいつらをやっつけたってことだね」「おめでとう~」殿堂入りぃ~」などと……。真実を知っているのは私だけだった。小学校中学年にもなると、原因は小さい頃のアレだと、流石の私も悟っていた。神様「魔法少女ぜんぶのお人形をください」に願った結果、おそらくこの世界に生きる全ての魔法少女たちは、最終的に私のお人形になる、そういうルールが設定されてしまったのに違いない。大きくなるにつれて、私は後悔と罪悪感で押しつぶされそうになった。彼女たちの多くは中学生、高校生で、自分たちの生活もあった。それがもう奪われたまま、かえっては来ないのだから。今から元に戻ったところで、同級生たちはみんな卒業してしまっている。自分自身が中学生になると、ますます申し訳なくて彼女たちを直視できなくなりつつあった。思春期というやつだった。初期組なんて、本来ならもう二十歳になるはずなのに、体は中学生のまま、ヒラヒラフリフリのまっピンクのコスチュームを着て、可愛らしいポーズや媚びたポーズのまま、身動きもとれずにいる。その心中はいかばかりか。やりたいこと、なりたいものもあったろうに。私は小さい頃に憧れた、「お姉ちゃん」たちを追い越そうとしている。 しかし、自分の神様への願いが原因かもとは、とうとう言えなかった。責められるのが怖かった。一応は友好的に日々を暮らしていただけに。それに、厚かましいことだが、私はやっぱり彼女たちを手放したくなかった。魔法少女たち本人をコレクションしている。この事実のおかげで、同級生たちに、いや世間の全てに対し、私は圧倒的な優越感と万能感を抱けていたからだ。 罪悪感と優越感。思春期の間はその両面の感情に強く揺られた。とりわけ一番辛かったのは、同級生から魔法少女が出たことだ。私が中学生になるまでの十年間も、ずーっと魔法少女の人形化とウチへの転入は続いていたからだ。それこそ数えきれない数、私の部屋だけでは飽き足らず、お母さんの部屋にも陳列させてもらっていた。ニュースでは流れないタイプ、裏で頑張るタイプや周囲の記憶が残らないタイプの魔法少女もなんやかんやで人形化してウチに来続けている。ということは、私のこの同級生も、戦いを終えた後人形になって私のモノになってしまうのだ……。 逃れられないであろう運命を事前に明かすべきか、とても悩んだ。人形化して私のコレクションになれば、流石に文句を言われるだろう……。ここまでの数の魔法少女をコレクトしておいて、予想できなかったというのはありえない。でも既に魔法少女になってしまった以上、何をしても無駄なのでは? 途中で辞めても、そのタイミングで人形になってしまうのでは? リアルでの知り合いではなかった魔法少女たちとは違い、人間として交流してきた友人だからこそ、将来を奪うことの恐ろしさが、より強い実感を伴って私を襲った。散々悩んだ挙句、私は家に彼女を招待し、先輩魔法少女たちと引き合わせた。彼女は感動した。幼い頃の憧れのヒーローたちと出会えたことに興奮し、色んなアドバイスを聞いたり、悩み相談をしたり……。彼女は頻繁に、私の家の魔法少女コレクションを訪ねてくるようになった。必然的に、ますます私とも仲良くなり、彼女の人形化が辛くなった。 が、意外なことに、彼女自身はそこまで悲観はしていないようだった。カチコチの小さな先輩たちから「あはは、クルミちゃんもいずれここに来るのかな~」なんて言われても、顔を赤らめて「えへへっ、そうなったら光栄ですね」などと返す。私は内心驚いた。人形になるんだよ? 私の所有物になるんだよ? 怖くないのかな。 後日、それとなく本人に訊いてみた。返ってきた答えは、「つっちーなら、そんなに……」だった。悪人や知らないおっさんならともかく、私だとわかっているなら、怖くない。大事にしてね。そういう返答だった。彼女と親密になったおかげで、抵抗が和らいでいたらしい。これは私にとって大きな救いだった。 ちょうど一年ぐらい経ったころ、彼女は例によってフィギュア化し、流れ星のようにウチに降ってきた。他の魔法少女も、同じ敵にまとめてフィギュアにされてしまったらしい。私は彼女を連れ、半年ほどかけて町内を回り、魔法少女たちを回収する任務にあたった。自分も魔法少女の仲間になったかのように感じて、なかなか楽しいひと時だった。 過程はどうあれ、魔法少女の家族たちは、最終的には必ず私に娘を保管させることに同意する。これもいつもの流れだった。神様がそういう風に世界を設定しているのだろう。クルミちゃんも無事私の人形となり、部屋に飾ることになった。彼女はなるべく近く、或いは目立つところに置くようにした。彼女だけは、お母さんの部屋や物置に回したくはなかった。が、贔屓しすぎると他の魔法少女たちから苦情が出るので、最低限はそういうところにも回さざるを得なかったけど。 彼女は大きな変革をもたらした。彼女が知り合いの魔法少女にも広めてしまったらしく、他の現役魔法少女たちもしばしば私の家を訪れるようになった。各々憧れの先輩と話をして、アドバイスを受け、感激しながら帰っていく。……そして、いつの日かこのコレクションの中に加わることを夢見るようだった。最初は冗談だと思ったが、どうやら本気の子が多く、私は大変なショックを受けた。ここまで魔法少女が、それもビッグネーム全てが一堂に揃っていると、その中に加わることには逆に名誉感が生まれてくる……。私には想像もできない展開だった。 私が高校生になる頃には、新人魔法少女の「殿堂詣で」が慣例化してきて、私の罪悪感は萎み始めた。ひょっとして、そこまで悪いことでもなかったんじゃないかな。みんな先輩方からアドバイスを受けたり、経験を聞いたりして喜んでるし、役に立ってるし……。そして、現役の間でそういう雰囲気が出来上がってくると、人形でいる先輩魔法少女たちの間にも、意識の変化が芽生えた。当たり前だけど、いつまでもこっぱずかしいコスチュームでポージングを決めたまま、指一本動けないことを苦しんだり、恥ずかしがったりしている魔法少女も多かった。が、後輩たちの尊敬の眼差し、特に「私もいつかここに加わりたいです」なんて言葉を聞くと、どうやら次第に運命の受け取り方が百八十度転回するらしく、誇り始めるようになったのだ。 「あなたも頑張れば、いずれはここの人形に加わることもできるかもれないわね」てな具合だ。しまいにはとうとう、自ら自分をフィギュア化して私の家にやってくる魔法少女すら現れた。可逆タイプの出現は全くもってありがたいことだ。たまに元に戻ってもらって、宿題や家事を手伝ってもらったり、魔法少女たちの並べ替え、清掃を任せたりできるのだ。わりかし進んでやってくれるので、私の負担は大分軽くなった。大体、三桁に達する数の同居人の面倒を一人でキッチリみろっていうのが無茶だったんだ。十五~二十センチ前後で指一本動かないとしてもだ。ほとんどの子は意思疎通は可能な状態だから、うるさいのなんの。 罪悪感の薄まり、管理代行者の獲得、そのおかげで私はうって変わって明るい気持ちで高校ライフを満喫できた。部活の先輩が魔法少女をやっていると知った時は、「ああ、この綺麗な先輩が私のコレクションになるんだなぁ」としみじみできるほどだった。 魔法少女の中にはいいところのお嬢様もいる。中学生のころから建設が始まっていた、魔法少女保管用の建物がようやく完成し、私は可逆タイプの子に手伝ってもらいつつ、ほとんど全員をそっちに移してしまった。明るいパステルカラーの内装で整えられた広い部屋。部屋というよりは倉庫か。こんなピンクの倉庫もそうそう無いと思うけど。その中にずらっと透明な棚を並べ、地震で倒れないよう固定し、一人一人をその中に収めていく。同じチームは一箇所にまとめて。仲良しは出来る限り近くに。探し出しやすいよう、キチンと目録も作りつつ、何段もある棚を埋めていく。整理と目録の作成は、クラスメイトの男子が手伝ってくれた。将来は経営者を目指しているとか何とか言って、こういうのが得意そうだったのでお願いした。 クルミちゃんを始め、私と特に仲良しの子だけを自分の部屋に残し、遂に全ての魔法少女が我が家から姿を消した。静かだった。自分の家がこんなにも広いのだと、私は十数年ぶりに思い出すことができた。ああ、よかった。本当によかった。これで普通の子も家に招いたりできるんだ。 最初に招いたのは手伝ってくれた男子。彼氏になってからは逆に招けなくなったけど。 倉庫内の管理は可逆タイプの子に任せ、私はかなり身軽になった。圧倒的な生気と物量で威圧感を放つ彼女らが目の前から消えてくれたことで、前にもまして私の罪悪感は雲散霧消していった。いいじゃない。みんな楽しそうにやっているんだから。経験伝達が行われるようになったことで現役魔法少女たちのレベルも上がってるみたいだし、お人形たちも名誉欲、承認欲求をイイ感じに満たせているようだし……。 大学生になると、私と彼氏は一大プロジェクトを立ち上げようとしていた。魔法少女ミュージアムだ。せっかく、あれほどの代えがたい、希少性の高い資産を持っているのだから、活用していくべきだ、という彼氏の意見に促され、私は魔法少女たちの活躍を記録する博物館を作ることに決めたのだ。 予算はお人形たちのコネから簡単に集まった。娘たちの頑張りが忘れ去られていくだけなんて辛いもんね。大学を卒業して少しすると、遂にミュージアムが完成した。中には歴代魔法少女たちの紹介、その活躍を煌びやかに解説する展示がメイン。そしてグッズも作った。既に人形化して表舞台から長らく姿を消していた過去の魔法少女のグッズは勿論、まだ私の人形になっていない現役魔法少女の分まで。子供も大人も楽しめる、それがこのミュージアムだ。そして何といっても最大の目玉は、本物の魔法少女たちを展示しているコーナー。フィギュア化した彼女たちは全盛期の容姿をそのまま維持している。もう二十半ばになるはずの子たちも、中学生のころのままの顔で、あの頃のコスチュームを身にまとったまま、可愛らしく決めポーズしている。 本人たちは意外にも「見世物になるなんて嫌だ」とごねたが、私は強行した。どうせ彼女たちは手も足も動かせないんだから。それに、永遠に倉庫で腐っているより絶対いいって。 オープンした魔法少女ミュージアムは大盛況。連日、多くのお客が詰めかけ、土産物は飛ぶように売れた。何より、本人の展示というのが強いインパクトを持ち、すぐリピーターも出来た。昔憧れた彼女たちが、当時のままの姿で出迎えてくれるのだから、感動しないわけがない。まあ、飾られている本人たちは、順調に大人になった同級生たちに少なからずショックを受けているみたいだけど、まあどうしようもないし、些細なことだろう。いつまでも若く可愛いままいられて、連日チヤホヤされるんだから、羨ましいくらいだ。 現役魔法少女や、魔法少女志望の子もよく訪れた。知る人ぞ知る隠れ家だった我が家と違い、ハッキリと前面に「魔法少女の殿堂」を打ち出したおかげで、前にもまして「いつかミュージアムに加わりたい」という憧れは増している。今後私の人形になる子は、家族との折衝もずいぶんスムーズに運ぶようになるだろう。 出先で魔法少女を見かけると、私は嬉しくなる。あの可愛らしい女の子が、遅くとも来年の今頃には小さな人形になって私の元にやってくる。私のコレクションは元手なしで、どんどんその価値を増していく。あの子を入荷した時は特設展示を組まないといけないだろう。どんな風にしようかな。華麗に飛び回る彼女を眺めながら、私は来年の展示内容について思いをはせる。

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