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いつの間にか五分過ぎ、私たちは同時に自由になった。タイマーは信頼できそうだ。 「ふふっ、これで私たち、一緒にステージに立てるね!」 いや、これまでも立ってましたけど……。ひょっとして、青葉さんは本気でプリガーになりたいタイプの人だったんだろうか。こんなバカげた作戦を押し通したのも、プリガーになりたい自分の願望を私にぶつけて……。いや、邪推はやめておこう。今は頭の中繋がってるんだし。 「希望の力と未来の光!夢幻の守護者・プリティーピンク!」 「信じる力と英知の光!夢幻の守護者・プリティーブルー!」 大勢の子供たちその親、そしてそこそこの成人男性たちの前で、私たちは決めポーズをとった。相変わらず、この羞恥プレイには慣れそうにない。が、青葉さんは相当にノリノリだった。 (あはっ、応援ありがとー!) (ええ……) 私も彼女も、プログラム通りに動いているだけなのに、私には青葉さんの動きが、声が、何故か輝いて見えた。プログラムは同じだから、ただのアクターロボットと同一のはずなんだけど。やっぱ本人がノリノリだと、伝わるのだろうか。 (……いや、そんなわけないし……) 私が勝手に引け目を感じているからだ。きっと。多分。 今日から始まったショーには、大きな違いがいくつもあった。スタッフが入れ替わったので、私は控室で固まっている間、それほど理不尽さを感じなくなった。いや、本来は感じるべきなんだろうけど。ただ、嫌な奴のために自分を犠牲にしているというやりきれなさが消えるだけで、案外心持が変わるものなんだなぁ。それに、知らない相手ばかりなことが、かえってコスプレして固められることへの羞恥を軽減してくれた。 また、今回の会場は新型の整備機械があるので、私達がロボットだとバレないのも大きい。首筋にコードを繋がなくとも、スキャンだけで内部も大雑把にではあるが診断できる。 (でも、内部見てるのに人間だってバレないんですね……) (まあ、生体ロボットは大体人間と同じだし、これは簡易的な整備だからね) そう言って笑っていた青葉さんは、今ステージの上で、プログラムの強制作り笑いではなく、本当に笑っているように見える。私が彼女の内心を知っているからだろうか。そしてそんな彼女の前で、嫌がりながらもあざといピンクを演じさせられている自分が、何重にも惨めに思えて恥ずかしい。しかも、可愛らしい言動を取らされる度に、青葉さんが (藤原さん、かわいい~) などとからかってくるので、羞恥も倍増だった。ただ一つ良かったと言える点は、屈辱的に感じる場面が減ったこと。人間なのにロボットに改造されて、一人操られていた先日とは異なり、今は同じ境遇の青葉さんが隣にいる。青い子が純粋なロボットだった時は、それと仲良しコンビ扱いされることで、「お前はロボットと同じ存在なんだよ」と貶められている気分だった。が、青葉さんと同格扱いされると、逆に自分が一段上の存在になったかのようにさえ思えてしまう。 (嬉しいなー、そこまで褒めてもらえると) (べ、べつに褒めてなんか……) 「すっごーい! 流石ブルー!」 (あ、褒めた! 今褒めた!) (いやっ、これはお芝居のセリフで……あーもう!) 舞台終了後、私たちはまた親子連れと撮影会だった。青葉さんと絡むようお願いされると、今までは違う気恥ずかしさが私を襲った。 (芽衣ちゃん、ほらほら、もっと近く!) (あっ、もう、なんでそんなにベタベタしてくるんですか!) (「私」じゃないもーん。体が勝手に動くんだもーん) (……っ) 控室に戻ってしばらく。ちょうど昼休みで人がいなくなったころ、AIが切り替わった。 「ん~!」 青葉さんは背伸びして、その場に座り込んだ。 「いやー、結構……きついね」 「私の初日よりか全然楽そうですけど」 やっぱ普段から真面目にランニングとかしていたんだろうか。青葉さんは私ほどにはダメージを受けずにアクションをこなせていた。ずるい。 「なんか食べに行く?」 「いや、ここから出たらバレちゃいますよ。また私的流用してると勘違いされたり……」 「あー、それもそっかー」 私たちは控室で雑談しながら、次の公演を待った。所定の時間が近づくと、また自動的にAIが切り替わる手筈だ。タイマーの時刻が迫ってきたので、私たちは元いた壁際に移動し、他のロボットたちの列に戻った。 (うぅ……自分でアクターロボの列に加わらないといけないなんて……) 変な場所で待機モードになったらバレるかもしれないから仕方がないとはいえ、自分がアクターロボになったことを認めてしまったかのようで、あまりいい気持ちではない。 すぐに全身がピシリと固まり、私たちは物言わぬ等身大フィギュアに戻された。あとは次の公演を待つばかりだ。 直後、整備の人が入ってきた。他のスタッフも一緒だ。時刻を確認しながら、何やら真剣な顔で話し合っている。 「間に合いますかねえ、今からアップデートして……」 「しょうがないですよ、今からやれっていうんだから。何分あります?」 「十分ぐらいですねえ」 「まあ大丈夫でしょう。ちょっとぐらいなら遅れても」 (ん? ん? 何? アプデって?) (ご、ごめん、私も知らない……) 青葉さんも知らない? じゃあ、今日突然にってこと? スタッフ二人の反応からしても、間違いなさそう。 「おい、乗れ」 「はい」 (えっ? あっ) 整備の人の一声で、私は円形の台座に向かって歩き出した。既にアクターAIに代わっているから、命令に抵抗できない。何しろ手足に指示を出すことそのものが禁じられているから、歩みを遅らせることさえできないのだ。 (な、何するの? 変なことしないでよ? 私人間なんですよっ) 何が何だかわからないうちに、リングが下りて、何かが行われた。 「アプデよし」「よーし」 (ちょっとぉ、私に何したの!?) 胸中で不安が渦巻く。私は何か、アップデートされたらしい。だ、大丈夫だよね? 私人間だけど、影響ないよね? 「次」 「はい」 (わ、私も?) 私と入れ替わりに青葉さんが台座に乗った。私は自分に何をしたのか訊きたかったけど、うめき声一つ出すことができない。壁際で固まりながら、青葉さんがアプデされるのを黙って眺めているしかなかった。 (私たちどうなったの? アプデって?) (さ、さあ……。わからないわ) 怪人ロボットたちも続々と処置されていく。私たちロボットじゃないのに、ロボット用のアプデなんかされて平気だろうか。まあ、今更だけど……。とにかく「わからない」というのは一番怖い。 「時間だ」 公演が始まる頃、私たちは舞台へ行くよう指示され、控室を出た。説明はなにもない。私たち二人を純粋なロボットだと思っているのだから、当然と言えば当然。アプデ内容を機器に向かって説明する人はいない。忘れかけていたロボ扱いの屈辱を、私はこれ以上ない形で味わわされた。 (もぅーっ! 何なのよ!) (ま、まあ落ち着いて芽衣ちゃん。この公演が終わったら、また動けるようになるから、その時調べましょ) (う、うん) 午後最初の公演を終え、控室に戻された私たちは、AIが切り替わり、体が自由になるのを待っていた。けれど、セットしていたはずの時間が過ぎても、一向に体が動かせなかった。 (お、おかしいよ。もう時間過ぎてるよね?) (え、ええ。あの時計が間違ってなければ……) 私達の視界には、幸運にも時計が入っている。昨日セットした時刻はとうに過ぎている。さっきみたいに動けるようにならなきゃおかしい。でも、私たちは笑顔で基本姿勢のまま、マネキンのように硬直したままだ。 (本当にセットしたの?) (し、したわ。藤原さんだって見てたじゃない……) そんなこと言ったって、実際にタイマーが働かないんだから、それしか……あ。ひょっとして……。 (ねえ……さっきのアプデ。もしかして、あれが原因でタイマーが効かなくなってたりして?) (えっ……う、嘘! 困るわ、そんなの!) セットし忘れじゃないとしたら、考えられる原因はそれしかない。だが、私たちは次第に恐怖に駆られ、冷静でいられなくなりつつあった。もしも……もしもそうだったら? 私たちは、二度と動き出すことができないかもしれないのだ。自力で人用OSに戻せない以上、外部の誰かに頼るしかない。しかし、私達が人間であることを知る人はいない。伝えることもできない……。 (ま、まさか私たち、このまま……) (せ、セットし忘れたかもしれないわ。夜まで様子を……みましょう) 青葉さんは柄にもなく、震えた様子でそう言った。でも、本当はもう私も彼女も悟り始めている。きっと、アプデの影響でタイマープログラムは消えてしまったのだと……。 夜の切り替え時刻を待たずして、真相が明らかになった。控室の雑談で、アプデ内容が明らかにされたのだ。アクターロボットの横領、私的流用を防止するため、指定されていない労働には使用できないように、緊急のアップデートが行われたというのだ! (うそっ! じゃあ、私たち、もうショー以外では動けないの!?) これで合点がいった。が、絶対に来てほしくない合点だった。 (ま、待ってください! 取り消して! 元に戻して! 違うんです! 私たち、人間なんですよ!) (アクターロボットじゃないんです! あのままじゃショーが中止になるから、やむを得ず……!) 私たちは必死に叫んだ。何度もスタッフたちに呼びかけた。だが、心の中の叫びはエスパーでもなきゃ届かない。私たちは倉庫に行くよう指示され、一切の抵抗も意思表示も行えないまま、あっさりとその指令に従わされた。 (ま、待って! やめて!) (私たち、本当はロボットじゃないんですよ! お願い、話を……) ピクリとも動かない笑顔を張り付けたまま、私たちは粛々と倉庫へ向かった。駄目。止まらない。止められない……。 人気のない倉庫。他のロボットたちと並んで充電台に立たされた。私にはもう慣れっこになりつつあったが、今日のそれは昨日までとはまるで違う意味合いを持つものだった。 「お疲れー」「お疲れ」 (ちょ……ちょっと! 行かないで! 違うんですっ、私たち……!) 懇願空しく、スタッフたちはあっさりと倉庫から姿を消した。薄暗い倉庫の中で、私たちはパニックに陥った。 (どどど、どうするんですか!? 私たち、元に戻れなくなっちゃいましたよ!?) (おおお落ち着いて。とにかく冷静に……) (これが落ち着いていられますか!? 青葉さんのせいですよっ!? そもそもこんなアホなことしなければ……) (わ、私だって、まさかこんなことになるなんて思わなかったんだもの!) 倉庫の中で、桃青プリガーコンビが笑顔のまま口汚く罵り合いをしているだなんて、一体世界の誰が気づいてくれることだろう。全く大変なことになってしまった。青葉さんは落ち着けっていうけど、落ち着けば落ち着くほど自分たちが馬鹿過ぎて、惨めすぎて発狂しそうになる。誰にも告げず、自分たちをロボットに改造してしまったのは、他ならぬ私たち自身だなんて。悪意を持った誰かの陰謀であればどれほど救いがあったことか。 (やっぱり……やっぱり、こんな馬鹿なお願い、引き受けるんじゃなかった!) 私は一週間前の自分が下した人生最悪の決断を、心の底から後悔し、泣き叫んだ。 だが、話はこれで終わりじゃない。私たちが人知れずプリガーロボットになってしまったことを誰もしらないまま、ショーは続いていく。青葉さんと仲良しイチャイチャコンビを昨日と変わらず演じさせられる。気まずくってしょうがないが、観客の誰一人としてそんなことには気づかない。 (だ、誰か! 助けてください! 私たち人間なんですっ! 事故でアクターロボットになっちゃったんですよぉー!) 「みんなぁ、これからも応援よろしくね~っ!」 歓声が上がった。誰も私達の正体に気づいてくれない。毎日私たちの体をさすって傷を確認する整備担当の人でさえ、中の人が存在することに気づかない。 ステージに上がり声援を受ける度に、自分たちがますます人間から遠ざかり、ロボットとしての地位を確固たるものにしていくように感じられ、ショーが恐ろしくてたまらない。だが、私たちはそれを表に僅かも出すことができず、いつも笑顔で可愛らしく振舞うことしかできずにいた。 (夏が終われば、本格的な整備があるわ! それまでの我慢だから!) それが青葉さんの口癖だった。夏休みが終わり、ショーの日程がもっと過疎になれば、きっと誰かが気づく。だって、私達には首筋のコネクターも、製造番号もないんだから……。 ただひたすらに、ステージ上であざとく魔法少女を演じさせられ続ける地獄のような日々が過ぎ、ようやく私たち二人は大きな工場に送られることになった。スタッフたちは怪人ロボットの製造番号を確認し、書類をチェックしている。 (ああっ、やっと……) (うん、これで……) スタッフが私の目前まで迫り、屈んで視界から消えた。次の瞬間、太腿をさする彼の手の感触が伝わり、私は悔しいのと早く気づいてほしいのとで、思考がかき乱された。 (あっ、こら、そんなとこ触んないでよ! あっいや、もう何でもいいから早く気づいて!) 爪を立ててカリカリと掻いてくるので、ますますくすぐったくてたまらない。でも私は笑顔で硬直したまま微動だに出来ない。 「んー?」「どした?」「この子、製造番号ついてませんよ」「はぁ? あのな、太腿出てるアクターはシール貼ってんだよ、知らねえの?」「いや、だからソレないんですって」「馬鹿、貸してみ、ほらここ……に……」「ね? ないでしょ?」「……? っかしーなー……」 死ぬほど恥ずかしい目に遭わされたが、ようやく念願叶い、私に製造番号がないことを知ってもらえた。これで助かる。続けて青葉さんも太腿を散々撫で繰り回された挙句、製造番号がないことが認められた。 (くーっ! あいつら覚えてなさいよ!) 流石の青葉さんも、今のは大分堪えたらしい。冷静に考えたら悪いのは私たちな気がするけど……。まあいっか。とにかく、これでようやく助かる。人間だと気づいてもらえるはず。 だが、流石にずっと使ってきたプリガーのアクターロボットが実は人間でした、なんて発想は早々浮かんでこないらしく、工場送りに決まった。まあ仕方がない。そこの検査で見つけてもらえるはずだ。 トラックから降ろされた私たちは、一列になって大きな工場の中へ向かって歩き出した。列をなしているのは全てがプリガーだ。私と全く同じ背丈、顔、髪、衣装を身につけた、同型ロボットたち。私は自分がその列の一員であることに忸怩たる思いを抱えた。 (だからっ、私は違うんだってば!) これまでは、ある種特別な存在だった。私と青葉さん以外のロボットは敵役で、ステージの主役は私たち。それが今や、大勢いる同じ製品の内の一つでしかなくなっている。全員プリガーだ。自分という存在がますます薄くなっていくようで、早くこの列から脱したかった。すれ違う人誰もが私をロボットだと思っている。表情からハッキリ読み取れる。誰も魔法少女の行進に大した注意を払わない。日常風景だとでも言いたげだ。 (うう……) でも、それもあと少し。あと少しの辛抱だ。製造番号がないことがわかり、ちゃんとした検査を受ければ……必ず。 案の定、列の中から私だけが呼び出された。 「で、どれ? 番号ないやつって」「ちょっと待ってくださいね」 工場の作業員が私たちに近づき、一体ずつ太腿に貼られた肌色のシールを剥がし始めた。きっと緑色に光る製造番号が輝いていることだろう。早く、早く私も。 「あ、こいつっすね」「おう。お前、こっちこい」 「はい」 このアニメボイスとも早くおさらばしたい。恥ずかしいし。もう自分の声を忘れてしまいそう。私の体は独りでに歩き、指示された場所へ向かってプリガー軍団から離れていく。さよなら、みんな。私、実はあなたたちの仲間じゃなかったの。ゴメンね。 少々狭い作業場には、先に青葉さんが来ていた。が、てっきり検査を受けて、そんでもって人間だと発覚するのだとばかり思っていた私は、信じられない光景を目の当たりにすることになった。 (あ、青葉さん!? どうしたの、その格好!?) (ああっ、芽衣ちゃん!? ダメっ、逃げてっ!) (えっ、ええっ!?) に、逃げろったって、私まだ動けないんだよ、ロボットのままなんだよ。一体何が……。 複数のアームに支えられ、青葉さんは大胆なM字開脚を晒していた。股間と太腿が丸見えだ。幸い、股間は白いレオタードで覆われていて見えないけど、あまりにも酷い扱いだ。 (何があったの!?) (こ、こいつら、私に番号を……あっ、あっ、駄目っ、来ないで、来ないでー! やめてー!) 青葉さんが絶叫した。作業着を着た男が一人、恐ろしい物を持って彼女に近づいている。細く白い煙が立ち上る、熱されたコテのような機械。私はアレを知っている。使ったことがある――。 本来ありえないはずなのに、たまにどこかから出現する、製造番号を持たないメイドロボ。それらに新たに製造番号を付与するための機械だ。私も以前、番号抜けのメイドロボの太腿にあてたことがある。焼き印してるみたいで気分はよくなかったっけ……。 (お願いっ、ちゃんと調べて! 私は人間なの! アクターロボットじゃないのーっ!) 動くことも喋ることもできない私には、ただ黙って見ていることしかできなかった。青葉さんが絶叫しながら、太腿に生涯消えない焼き印を刻み込まれる姿を。ジューっと激しい音と煙を出しながら、男は青葉さんの太腿、その内側にコテを当てた。 (やめて! なんでそんなことをするの!) 私はその男をぶん殴ってやりたかったが、相変わらず笑顔で固まっていることしかできない。あああ……。駄目、そんな……。青葉さんの綺麗な脚に、二度と消せない傷が刻まれていく。生体ロボットの製造番号はナノマシンを打ち込む刺青だ。個体識別は勿論、体内のナノマシンとの高精度なアクセスを行うための出入り口。失くしてはいけない重要な機関であるため、神経系と接続させることで、除去することを不可能としている。一度これを打ち込まれてしまえば、もう二度と取り消せない。この先青葉さんが助かることがあったとしても、この製造番号だけは絶対に消せない。太腿に番号を抱えたまま生きていくことになる。それがどれだけ残酷な仕打ちであることか。しかも中のナノマシンと容易にアクセスできる窓口だから、例え人間に戻れても、その手の人にかかればまた簡単に体を操られてしまう。真面な生活には決して戻れない。 (あああっ、熱っ、ぎゃああー!) 青葉さんの絶望的な叫びが私の脳内にだけ聞こえてくる。ど、どうしてこんなことに……。こんな仕打ちを受けなければいけないような悪い事、何一つしていないはずなのに。ただ、子供たちのためにショーを中止させたくないって……。 (あっ……ぁ) コテが彼女の太腿から離れた。ああ……。うそ。そこには、緑色に光り輝く「121A」の文字がくっきりと鮮やかに刻み込まれていた。永遠に消せない刺青。青葉さんはこれで、正真正銘のアクターロボットにされてしまった。 「よし、さっきの列に戻れ」 「はい」 青葉さんの体は、快活な返事をして立ち上がり、内心で痛みにうめき、二度と助からなくなってしまったことを嘆き悲しみつつ、私の前を歩き去った。 (あ、青葉さん……) 返事はなかった。青葉さんがドンドン離れていき、次第にその声は聞こえなくなった。 「よし、次!」 (えっ、やだ、私も!?) 「はいっ」 あざとい口調で答えつつ、私の体は勝手に動き出した。 (ま、待って! 検査して! 真面目に検査して! 私は人間! ロボットじゃないの! 番号抜けじゃないのよ!) 歩みを止めるどころか、緩めることすらできない。全力で男の元へ近づき、さっきまで青葉さんが体を預けていたアームに、私もまったく同じようにして背中を預け始めた。 (だ、だめ! お願い! 誰か、誰か助けて!) その番号を打たれてしまったら、私も本当にロボットだったことになっちゃう! 取り返しがつかなくなっちゃう! 私は笑顔で大きく両脚を開き、大胆なM字開脚を披露した。見知らぬ男性の目の前で。 (いやっ、止めて、見ないで! この変態! 馬鹿! 私は人間なんだってばー!) 男がコテを手に取った。近づいてくる。ジュウジュウと熱した音を立てながら、私の方へ。 (やめなさい、やめて、お願い、それだけは! 消せないのよ!? わかってるの!? 自分が何を……) 抵抗空しく、いや抵抗の意志表示すらままならず、太腿の内側にコテが当てられた。 (ひいいぃぃーっ! あつっ! 熱いぃぃ! 痛い!) 切っ先の鋭いナイフで切り刻まれているような痛みが走り、私は青葉さんのように絶叫した。 (痛いっ! 熱いっ! やめて! 止めてぇぇ!) 私の太腿は残酷に焼かれながら切り刻まれ、その傷跡にナノマシンが打ち込まれていく。だめ、お願い……。消せない、消せないんだってば。ロボットになっちゃう。私、本当にロボットになっちゃうぅー! 痛みのあまり、泣き叫びながらのたうち回ることを私の脳が全力で求めている。が、私は笑顔でM字開脚したまま、黙って静止していることしかできない。このギャップがますます私を苦しめた。 頭が真っ白になって、一瞬記憶が飛んだ。気づいた時には、太腿にズキズキと鋭く刺さる痛みがあるだけで、男は私から離れていた。 (終わった、の……?) 拷問が終わったことへの安堵と、自分が正真正銘のロボット、工場産の製品だったことにされてしまったことへの絶望が同時に私を襲った。アームから立ち上がる際に、チラリと自分の太腿が見えた。緑色に輝く「122A」の文字。私はもう、物理的にも社会的にも、完全に人間ではなくなってしまった。一体どこの誰が、今の私を見て、「実は人間かもしれない」などと素っ頓狂な推測をしてくれるのだろう? 激しい痛みに晒されながらも、私は立ち上がらされた。そして、あろうことか、まともな検査をせず、私に取り返しのつかない焼き印をいれてしまったこの男に対し、体が勝手に腰を曲げ、 「ありがとうございます」 と礼を言わされたのだ! (いやっ! なんでこんな奴に! こいつのせいで、こいつのせいで私は……青葉さんは……!) マスクが無ければ涙が溢れて止まらなかっただろう。私は作業場から退出し、元のプリガー列の中に向かって歩いた。ズラリ並んだプリティーピンクたち。全て太腿には緑色の製造番号が光っている。さっきまで私にはなかったもの。私と彼女たちが違う存在であることを示していた唯一にして最大の違い。それがもう、ない。私も製造番号を携え、今度こそ彼女たちの仲間入りを果たす羽目になってしまった。 (あ……あ……) その列に同じポーズで加わった時、全てが終わった気がした。もう区別がつかない。誰にも、永遠に。 秋の新たなショー用プログラムが入れられた私たちプリガーロボットは、それぞれヒーローショーを行う場所へ向けて、トラックで運送された。 (青葉さん……青葉さんはどうしただろう……) 彼女もまた、私と同じように製造番号を打たれてしまった。青のプリガーロボットの一体として、彼女も配属されるはず。全ての希望を失った私に最後に残された救い、それは青葉さんとなら意思疎通ができること。愚痴ろう。そしていっぱい泣こう。 それすら、甘えた夢想でしかなかったことに気づいたのは、倉庫に搬入された時。新しい怪人ロボットと共に、青葉さんを見つけた。 (ああっ、青葉さん! 大変……なことに……なっちゃって……) だが、青葉さんは何も答えてくれなかった。隣同士の充電台に立たされた私は、何度も必死に話しかけた。 (どうしたんですか? ……ショックなのはわかりますけど、もうどうしようも……ないですし……。でも、私たちはこうして話せるから、まだ……) 返事はない。この距離なら通信できるはず……。 (……青葉さん?) 長い静寂の後、私は悟った。青葉さんじゃない。同型の、本物のロボットなんだ。私たちは別々のステージに配属されてしまったんだ……。 ショーの内容が変わっても、結局やらされることは変わらない。私は青葉さんとそっくりな別ロボとカップルを組まされ、キンキンのアニメ声であざとい仕草をとりながら、激しいアクションで会場を沸かせた。意思のない人形と組まされたことで、否応なく、もはや自分もただのアクターロボットの一体に過ぎないのだという事実を意識せざるを得ず、純粋な恥辱と共に、ジワジワと心を蝕む屈辱に耐え忍ばなければならなかった。 (うう……そんな。私、永遠にこのままなの? これからずーっと、アクターロボとしてプリガーをやらされ続けるの?) 無駄だと知りつつ、何度か脱出を試みた。結果は予想通り。いやプログラム通り。私に自分の体を動かすことは不可能だった。指一本、筋肉一筋も動かせない。声も出せない。小さな嗚咽一つ捻り出せない。ショーで恥ずかしい言動を観客たちに晒すことだけが、私に許された唯一の行動。みんなが私をロボットだと思っている。ショーに出る度、私がロボットであることを世界が観測し、記録が積み重なっていく。 控室でスタッフの人たちを眺めていると、運命の理不尽さに憤らずにはいられない。私も……私もそっち側の人間だったのに。 (誰か……。誰か、お願い……) 半年が過ぎた。その間、誰一人として、プリティーピンクに中の人がいることに気がついてくれる人はいなかった。クリスマスシーズンが終わると、私は誰もいない倉庫の中に送られ、自分と同じ姿をした大量のプリガーたちと一緒に並べられた。永遠にも思えるほど長い年末年始。今が何日の何時なのかもわからない。周りは、視界に映るのは、派手な魔法少女フィギュアたちだけ。気が狂いそうだった。紐で縛られているわけでも、牢屋に囚われているわけでもないのに。ここから逃げ出すことができない。嫌がっているという意志を示すことすら叶わず、笑顔でジッと待ち続けるだけ。誰かが倉庫から出してくれる日を。 それからしばらく経ち、私は仲間たちと共に懐かしい工場に送られた。もうこの番組は終わるはず……。つまり、ショーもない。私は一体どうなるんだろう。 ふいに、恐ろしい未来のイメージが脳裏をよぎった。廃棄されて死んでしまう私。 (うっ……!) 久々に私は強く感情を揺さぶられ、意識が明瞭になった。ならざるを得なかった。ありえる。その可能性は十分に……。どうして今まで気づかなかったんだろう。いや、気づいたところでどうしようもないけれど……。気づいてしまったら精神がもたないから、無意識のうちに見て見ぬふりをしていたのかもしれない。 (た、助けて、死にたくない……。このままロボットとして死ぬなんて……) 作業員が私を含む数体を選び出した。私は彼のあとをついて、プリガー軍団から離れた。一体どこへ連れていくの。まさか本当に廃棄されるんじゃ……。 着いた先には、いくつもの大型機械が並んでいた。全てが円柱状の透明な容器を持っている。私にコーティングをした機械とよく似ている。私たちは全員、その容器の中に入るよう指示された。 「はい」 いつものアニメ声で明るく返事をして、私の体は勝手に容器の中へ入っていく。やはり抵抗はできない。ただ命令を聞くだけだ。 密閉された容器の中に、何か生ぬるい液体が流れ込んでくる。コーティングじゃない。何だろう。何があったっけ……。メイドロボ製造工場で働いていたあの日々が、遠い遠い昔のことのように感じる。 容器全てが液体に満たされ、私は全身をその中に浸された。息苦しくはない。変化があるとすれば肌。何だかすごいヒリヒリする。 (うっ……か、かゆい……) 次第にそれは猛烈な痒みに変わり、私は全身を掻きむしりたくてたまらなくなった。半狂乱になりながら、何度も手を動かそうと試みたが、私の指示だけは頑として拒み続けた。手足の感覚と激しい痒みだけはしっかりと「私」に伝えてくるのに。 (い、ひひ、ひーっ、や、やめて、無理、死んじゃう) 液体が排出されても、なかなか痒みはおさまらない。容器の外に出されても、私は目の前の男が全身を掻いてくれることを神様に願うことで頭が一杯だった。 (あんっ、あっ、お願いっ、掻いてっ、自分じゃ、ひっ、無理なのぉ) 願い空しく作業員の男は私から離れ、二つ隣のプリガーの方へ行き、何か作業を始めた。 (あん待って、こっち、こっちからぁ! 私からぁ!) 何を行っているのかわからないし内容もどうでもよかった。今はとにかくこの途方もない痒みから逃れたい一心で、それ意外何も考えられなかった。 たっぷり焦らされた後、ようやく私の番が来た。男は私の右腕を掴むと、グイグイと長手袋を引っ張り始めた。 (っ、あっ、あーっ!) ベリベリと音を立てながら手袋が剥がれていく。容器で浴びたのは癒着を剥がすための溶剤だったらしい。私にとっては天の助けだった。脱げるようになったとはいえ、半年近く肌にピッタリと張り付いていた服を剥がすのだ。強い粘着で皮膚が引っ張られる。それが限界に達した面から剥がれていく。たまらなく心地よかった。 (あっ、んっ、そこっ、そう! 早く! 全部剥がして! 掻いて!) 数か月ぶりに露わになった私の腕。布ではなくて皮膚に覆われた腕。ちょっと赤くヒリついている。痒いところを掻いてくれたことへの快感と共に、狭い檻から解き放たれるかのような開放感があった。 次々と服を脱がされていく。ブーツが外され、久々に私の両足が床に触れた。ドレスは雑に切断され、私はようやく派手なフリフリ衣装にさよならできた。後に残ったのは真っ白なレオタードだけ。どうやらこれは脱がさないようで、私はレオタード姿のまま、基本姿勢で停止させられた。残念なような、ホッとしたような……。できればお腹も掻いてほしかったけど、これを脱がされたら乳首や秘所が丸見えになっちゃう。見も知らぬ男に全裸を晒すことになったら本当に耐えられない。しかも、私は今、何でも命令を聞いてしまう体。悲惨な末路が待っているかもしれない。 (あ、でも、全裸を見てもらえば、人間だって気づいてもらえたかも……?) いや……無理か。私は自らの太腿で今も煌々と輝く「122A」の文字を見て意気消沈した。ああ……。それより痒いよ。まだちょっと痒みが残っていて、動きだしくてたまらない。身悶えたい。 男は最後に私の髪に手をかけ、大きなハサミでザクっと髪を切断した。デカいリボンの手前、ポニーテール部分をざっくりと。私はピンクの短髪と白いレオタードだけを持った、少女型フィギュアに姿を変えたのだ。 (……少女って年でもないけど) ここんとこずっと、モデル体型の相棒と組まされ、中学生を演じさせられていたせいで、大分感覚が麻痺してしまっている。気をしっかりもたなくちゃ……。私が私だと知っているのはもう私だけなんだから……。 やがて全てのプリガーが同じように、レオタード姿にされたらしい。一体ずつスプレーの噴射を受け、白いレオタードは再び胴体と癒着した。 (ど、どうなるんだろう……私たち) 男の指示で、私たちは一列になって歩き出した。レオタード姿で工場内を歩かされる様は、これまでとは異なるタイプの羞恥心を煽った。 (や、やだー、見ないで……) しかし、私が願うまでもなく、すれ違う人々は私たちに関心を払っていないらしかった。安心しつつも、同時に腹立たしい。子供じゃない。ロボットでもないもん。成人女性がこんな格好で廊下を歩いていたら、普通もっとこう……。 しかし、半裸で工場内を闊歩する少女の一隊に、そういう興味を向けてくれる人は結局現れなかった。自分がすっかり人間の理から外されてしまったかのようで、これは相当堪えた。 生体ロボットの製造ライン……のように見える。私たちは一体ずつ、そこに乗せられた。ラインが動き出し、作業が始まる。とりあえず廃棄は免れたとみていいかな。でもどうするんだろう。 応えはすぐに出た。私より前に並んでいるアクターロボットたちに、新しい衣装が着せられていくのが見えたからだ。 (うぇっ……ま、また!? 私も、またプリガーのショーをやらされるの!?) きっと来月から始まる新しいプリガーのキャラクターなのに違いない。今回はピンクではなく黄色のキャラらしく、白と黄色で構成されたドレスにブーツ、派手な腕輪が装着されていくのが見える。 私も全身に糊を噴射された後、まずは腕輪がくっつけられた。そして次はブーツ。ここでちょっとした問題が発生。 (あいって、痛い痛いいたーい!) ロボットアームたちがよってたかって私の両足を左右に引っ張り、股関節がいかれてしまうのではないかと思う激痛と共に、水平に両脚を開かされたのだ。 (あっぎぎぎぎ) それでも、半年にわたるアクション・ショーをこなしたおかげか、引きちぎれることも骨折することもなく、何とかブーツ装着を耐えきった。偉い、私の股関節。よく頑張った……よ……。 最後にドレスを着せられて、やはり皴一つでない形で胴体に癒着される。最後に、頭上から下りてきたアームが黄色いウィッグを私にかぶせて、同化させた。目の端にかかっていたピンクの毛先が、鮮やかな黄色に変わっていく。青葉さんがもってきた新型ウィッグが今年から導入されたのだ。こうして私は、あっという間に黄色い新プリガーに生まれ変わった。 (鏡が見たいなぁ) 青葉さんは見せてくれたっけ。彼女は今どうしているんだろう。私と同じように、どこかで生まれ変わっているんだろうか。それとも……。 「う~っ、ミカン、怖いよぉ~」「平気よミカン、みんなで力を合わせましょう!」「うんっ!」 (やだーっ、なんなのよこのキャラー!) お披露目ショーにアクターロボとして駆り出された私は、名前も知らない黄色いプリガーを演じさせられた。が、この子はなんとも怖がりでロリロリでぶりっ子の、去年の数段上をいくあざとい枠キャラクターであった。 (も、もっと普通に、マシにしてぇ~!) 去年のピンクですら、あざとい仕草に幻滅させられていたというのに、ことあるごとに上目遣い、怖がりアピール、ぶりっ子仕草全開と来ては、恥ずかしすぎてここで憤死してしまうのではないかというレベル。仲間のピンクと青い子も、私と同じぐらい小柄なデザインなせいで、ますます私一人異常なぶりっ子ぶりが強調される。 しかもこの醜態を多くの観客たちの前でやらされるんだから、全くたまったものじゃない。中には行き過ぎたぶりっ子アピールに冷めた視線を送る女児さえ散見され、私は自分のせいでもないのに、申し訳なさで一杯だった。 (ごごご、ごめんねっ、私だって、できればもっと普通がいいと思うよ! でも体がっ) 「えへっ、みんなすごうぉ~い!」 両手を軽く握りしめて顎の先に当て、そのままピョンピョン跳ねる。こ、これを一年……やらされないといけないっていうの? (ヤダーっ! 交代、交代よーっ! 別のキャラクターに変えてーっ!) 去年と同様、私の叫び声を聞き届ける人は、会場のどこにもいなかった。 どこの誰とも知らない人のキンキンボイスで、アニメでもちょっと引くぐらいの過剰なぶりっ子魔法少女を演じ続けて一年。私がアクターロボットに身を落としてからもう一年半が経過したことになる。流石にもう、ここから助かる可能性は限りなくゼロだろう。かといって、今年あてがわれたキャラが酷かったのもあり、開き直ってショーを楽しむこともできず、ひたすらに心を病み続けるだけの一年だった。 (来年はもう少しましなキャラだといいなあ) と素朴に思った時、いつの間にかアクターロボットとしての運命を受け入れていた自分に驚いてしまった。そんなのでいいはずがない。人間に戻るのが一番。でも戻れなかったら……? 壊れて死ぬまで、延々とショーでプリガーを演じさせられるの? そんな人生……やだ。 (はいはい、どうせまた別のプリガーでショーをやらされるんだ。知ってるもん) そんな風に投げやりな態度をとることで、ダメージを減らそうとしていた自分。現実はそんな私の稚拙な防御をいともあっさりと打ち砕いた。 次のプリガーは全員、等身が高く、私とは比べ物にならないモデル体型ばかりだったのだ。私はそれを年末のショーで知った。通り道に貼ってあったポスター……。絶対に、私のお着替えでは対応できそうにない。私は焦った。 (ど、どうなるの私!? あれって、絶対無理だよね!?) ショーの間も、倉庫で待機している時も、考えるのは今後の去就。私に決定権も一厘の裁量権もない以上、いくら考えたって関係ないのに。 (いや……死ぬのはいや……廃棄だけは……) 廃棄以外には何があるだろう? 倉庫で一年間埃を被ることになるのか? それとも何か別のところに貸し出されるんだろうか? 年末年始を過ごす倉庫の中で、私は必死に神に祈った。 最後のメンテを終えた後、私は新しい衣装に着替えることなく、着の身着のままで見たことのない店に搬入された。そこら中ピンクだらけの空間。どこかのプリガーストアだ。店の奥には、等身大のプリガーフィギュアたちが立ち並んでいる。 (あっ……「私」だ) 手前の方には、一昨年私が演じたプリティーピンクが、可愛らしくも凛々しいポーズで飾られていた。その隣に、三つの空台座が並んでいる。自分が何のためにここに来たのか、私は悟った。この等身大フィギュアたちは、ただのフィギュアじゃない。私と一緒に運び込まれたピンク、青のプリガーと共に、私たち三人組は誰も乗ってない台座に向けて歩き出した。私はピンクの隣に立って、両手でダブルピースを作り、それを自分の顔にあてるポーズをとらされた。ミカンの決めポーズ。 (やっ、そんなぁ) 私はそのまま固まってしまい、二度と動き出せなかった。私はプリガーストアを彩るための、等身大プリガーフィギュアにされてしまったのだ。 (うっ、うぅ……) 何とかポーズを崩せないかもがいたが、どうにもならない。私は嘆いた。どうせ……どうせ、プリガーの等身大フィギュアになるのなら、「デビュー作」のピンクがよかった。あっちはもう少し真面で、かっこいいポーズなのに……。 (ど、どうしてミカンで固定なのっ、前のピンクが良かったよーっ) よりにもよって、この強烈なあざといキャラクターで永遠に役を固定されてしまったことが、たまらなく悔しく、惨めだった。私はこれからずっと、この店の奥でこうして、希代のぶりっ子・プリティーミカンとして人々の視線に耐え続けなければならないのだ。 その日から始まった新しい仕事は、楽ではあったが、非常に退屈だった。だって、ずっと飾られているだけなんだから。店を訪れた女児が「ミカンだー」などと言って指さされる度に、恥ずかしくて目を逸らしたくなる。ピンクなら……胸を張れた、かも……しれないのに。 (青葉さんは……どうしてるのかなあ) 今年は等身が高いから、ひょっとしたら、どこかでショーをやっているかもしれない。子供たちを笑顔にしているのかもしれない。 (……) ショーに出て、子供たちを楽しませる……。その大義名分すら奪われ、一ミリも動かないフィギュアにまで落ちぶれた自分。あんなに嫌だったショーに出たいと思う日が来るなんて。このままお店の背景の中に溶けていくよりかは、よっぽど人間らしい日々だったかもしれない……。でも、私にはどうすることもできない。だって今の私は動くことも喋ることもできない、ミカンの等身大フィギュアにされてしまったんだから……。 段々と存在感を失いながら、ストアの背景に同化していく日々。私はそれを、ただ静かに受け入れることしかできなかった。

Comments

Anonymous

改造の過程もショーの過程も、主人公の可愛い感じがします。本当に素晴らしいストーリーです。 二人で苦境に直面するのはいいですが、もう会えなくて本当に残念……QAQ

Anonymous

刻印→倉庫→ストアに陳列の流れが良くてめっちゃ興奮しました! 青葉ちゃんが途中から全く登場しなくなるの、悲壮感がリアルでいいですね。

Anonymous

お疲れ様でした。本当に素晴らしい作品です。

opq

感想ありがとうございます。気に入っていただけたようで、こちらも嬉しく思います。

opq

コメントありがとうございます。楽しんでいただけたようで何よりです。お店行きはいいですよね。

Gator

総合ギフトセットのような方でした。 機械化を提案した青葉さんも一緒に機械化できるという点が特に印象深かったです。 読みながらどのようにタイマーを故障させるか悩んだのですが、自然にアップデートを進める部分で感心しました。 製造番号を烙印を押された時、青葉さんが逃げろと叫ぶ部分がリアルで、没入して読みやすかったです。 黄色いロボットに改造された時、足を広げる部分がすごくよかったです。 やはり製造工程はいいですね。 いい小説ありがとうございます。 応援しています。(Translated)

opq

熱心な感想ありがとうございます。お気に召したようで何よりです。今後もご期待に添えるよう頑張りたいと思います。