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翌日,シュウくんの部屋。私はピンクの髪を持つメイドフィギュアとして鎮座していた。昨日もらった服の中では一番まともな服だ。私はギーマくんのお腹に頭を預けながら,桃子ちゃんとシュウくんのやりとりを観察していた。桃子ちゃんは何か言うとき,必ず体を動かす。手を握り拳にして顎につけるぶりっこポーズ,両手を斜め下に伸ばしてパタパタ,両手を真上に伸ばしてピョンピョン跳ねる,等々,かなり幼児っぽい,あざとい言動をしていることに今更気づいた。それでも痛々しさや違和感がなく,むしろ純粋に可愛いと思えるのは,ひとえにフィギュアの容姿ゆえか。私もあんな風なリアクションをとれたら,もっと可愛がってもらえるのかな……。でも,自分が甘ったるいアニメ声をひねり出しながらぶりっ子ポーズをとっているところを想像すると軽く吐き気がしてくる。絶対無理だ。 シュウくんがトイレに行った時,私は隣に座った桃子ちゃんに思わず質問した。 「ねえねえ,なんであんな……その,媚……じゃなくて,ええと……無邪気にシュウくんと……」 って,何聞いてるの私。そんなの,AIにそうプログラムされてるからに決まってるでしょ。 「あ,そっか~。里奈ちゃんもマスターともっとお話したいんだね! 可愛がってもらいたいんだ!」 「な,なんでそうなるの!」 私は首を勢いよく横に振った。いや,間違ってはいない……けど,人形に胸中を見透かされちゃうなんて,少しプライドが傷つく。 「わかった! 私が教えてあげる!」 桃子ちゃんは勢いよく立ち上がり,飛び立った。少しすると,小さな懐中電灯みたいな玩具を持って戻ってきた。 「それは何?」 「ポーズライトだよ」 「?」 ポーズライトって何? これも人形用の何か? 彼女は私の質問を遮って話を進めた。 「んー,里奈ちゃんはねー,愛想が足りないと思うの! だから,もーっと可愛い服を着て,ニッコリ笑って,可愛いポーズをすればいーと思うの!」 「えっ,んー,でも……私は桃子ちゃんほど……アレじゃないし……もう高校生だし……」 「そんなことないよ! 里奈ちゃんすっごく可愛いもん! もっともーっと可愛くなれるよ!」 言うが早いか,桃子ちゃんは白いドレスを用意して,私に突きつけた。 「ほら! 絶対似合うよ!」 彼女の無邪気な笑顔に押されて,私は思わずオーケーしてしまった。 「決まりー。じゃあ脱いで脱いで」 臆することなく私のメイド服に手をかけてきたので,私は慌てて言った。 「ひ,一人でできるから! 平気!」 桃子ちゃんは残念そうに頬をプクーッと膨らませたが,大人しく引き下がってくれた。危ない危ない。人形に着せ替えられるなんて情けなさ過ぎるもんね。シュウくんも戻ってくる気配がないので,その場でメイド服一式を脱ぎ捨て,純白のドレスに袖を通した。肘まで覆うサテン(風の)手袋はコレまでで一番滑らかで心地よい手触りだった。これ,ずっとつけてたいなぁ……。ヒールのある白い靴を履き,ティアラを載っけて髪を梳かすと,自分でも驚くほど綺麗に見えた。長いピンクの髪が服の白銀によく映える。 「すっごーい! 綺麗だよー! お姫様みたーい!」 「そ……そう?」 人形相手とはいえ,褒められると弱い。特にここ最近は,闘病の間に失っていた承認を全て取り戻そうとしているかのごとく,私の心はシュウくんの賛辞を求めている。これならシュウくんも……。いや,ずっと画面見つめているとやや冷静になってきた。これは女の子が憧れる系の格好な気がする。正統派でとても綺麗だけど,男子ウケは……いや,するよね多分。これならさ。 「ほらほら,ポーズポーズ」 「え……ええ?」 そんな,ポーズとか……言われても……。お淑やかな感じがいいかな。両手でスカートを軽く持ち上げて……。 「こう?」 「いーねー!」 ハッ,何してんの私,つい乗せられて……。 「笑って笑ってー!」 「え,あ,……えっと,こんな感じ……?」 勢いに呑まれてはにかんでしまったその瞬間。カチッという乾いた音と共に,フラッシュのような閃光が私を襲った。私の全身――足先から頭の頂点,髪の先っぽまでが一瞬で石のように固まり,以後一ミリも動かせなくなった。 (……っ!? え,え,何? どうしたの!?) 純白のドレスに身を包み,両手でスカートをつまみ上げ,照れ笑いを浮かべた姿のまま,私は時間を止められたかのようにその場に静止していた。 (体が……っ,動かない……っ) 表情筋が一本も残さず全て固まり,表情を変えられない。ずっと笑顔のままで,喋ることもできない。手足も,首も,腰まで,どれだけ力を入れても微動だに……いや違う,「力を入れる」ことが出来ない。神経は生きているっぽいのに,筋肉が全て石のように固くて重い。私の全身から,体を動かす機能が削除されてしまったかのようだった。桃子ちゃんが私の目の前にシュウくんのスマホを立てた。インカメラで私の全身が映っている。ピンクの髪の,白いドレスのお姫様……のフィギュア。それが第一印象。そしてそれは何秒たっても,一ミリも動かず,変わることはなかった。照れ混じりの笑顔も固定されたままだ。両手はスカートをつまんだまま,指一本動かせない。よく見たら体だけじゃない。白いドレスも,布には見えない。その質感は,まるで樹脂の塊みたいだった。つまり――今の私は服と体が一つの物体として成形された,ポーズ固定型のフィギュアだった。髪すらカチカチになって,揺れさえしない。「コレ」がさっきまで生きて動いていたなんて,私でさえ信じられないほどだった。事情を知らない人なら,絶対に純度100%のフィギュアだと思うに違いない。 (も,桃子ちゃん! 私に何をしたの!?) 「きゃー,可愛いー。良かったねー!」 (ぜ,全然良くないよ! ふざけないで! 元に戻して! 動けるようにしてよ!) いくら神経に指令を送っても,徒労に終わった。私の体には,最初から体を動かす機構が存在していなかったんじゃないかと思ってしまうほど,ウンともスンとも言わなかった。 「うえ……」 シュウくんが戻ってきた。私は助けを求めようとしたけど,声も出ない,体も動かないんじゃ,どうしようもなかった。 (助けて! シュウくん! こっち!) 「ん? あれ……こんなフィギュアあったっけ?」 すぐ机の上の異変に気づいた。膝に手を当てて中腰になり,私を見つめた。そう,そうだよ! 早く助けて! 「……おおー,すげー可愛いな! めっちゃいい!」 (……ふぇっ!?) 私は今の自分の姿を思い出した。純白ドレスにティアラと長手袋を装着し,笑顔でお姫様のポーズをとったまま固まっている自分の姿を。 (だ,ダメっ,こっち見ないで! 違う,違うのーっ! これは違うのー! 動けないのーっ) ノリノリでこんなポーズしたまま,動くことも出来ずにその姿勢を維持しないといけないなんて……。恥ずかしくて顔から炎が噴き出るかと思えた。 「こんなフィギュアあったっけ?」 (って,ちょっと……嘘でしょ! 私だよ! わ・た・し!) シュウくんは私が里奈だって分からないみたい。ちょっ……冗談やめてよ! 「あはは,これは里奈ちゃんだよー」 「え」 「ポーズライトで固めたの」 数秒の沈黙の後,シュウくんが素っ頓狂な声を上げ,小さい懐中電灯みたいな道具を桃子ちゃんから慌てて奪い取り,私に向けて照射した。すると,瞬時に私の体が解凍し,動かせるようになった。 「……あ,動ける……。ああ~,よ……良かったぁ~」 私はヘナヘナとその場に崩れ落ち,幼児みたいに泣いてしまった。シュウくんは急いで私にかけより,そっと人差し指で私の頬を撫でた。その指はとても大きくて,硬かったけど,とても優しくて,包容力が溢れ,不安の全てをぬぐい去ってくれるみたいだった。私は自然に,顔をその指に預けていた。 「だ,大丈夫か? 息とか……出来てた?」 「へ,あ……うん」 シュウくんがホッと一息ついて,指を離した。 「ぁ……」 小さく声が出た。でもシュウくんには聞こえなかったみたい。桃子ちゃんに説教しながら事情を問いただしていた。もっと……撫でて欲しかったなぁ。 ポーズライトとは,カタメホビーのフィギュアを固定するための機械らしい。その光を浴びせると,完全に姿勢を固定することが出来るのだそう。もう一度浴びせると解除される。私の場合は,体に塗ったフィギュアクリームが反応したみたい。説明も無しにいきなりそんなことされたからパニクっちゃった。でも,まさかあそこまでガッチガチにされちゃうなんて……。塗っただけなのに。……飲んじゃったのがいけなかったのかな? また翌日,私はシュウくんの家にお呼ばれした。桃子ちゃんが私の家に飛んできて,運んでくれたのだ。なのでシュウくんはまだ,私が訪ねてきたことを知らない。 「ねえねえ,またフィギュアごっこしない?」 昨日あれだけシュウくんに叱られていたのに,彼女は気にする素振りも見せず,私にそう言った。断るべきなんだろうけど,私に触れてくれたシュウくんの指の優しい感触が忘れられない。固まったら,また私に触れてくれるかな……。私はあえて流された。桃子ちゃんに強要されたという建前があるから,私自身が好き好んでポージングして固まる,なんて変態みたいな誤解はされずに済むだろうし……。いや,変態じゃない。変態じゃないよ私は。シュウくんとスキンシップしたいだけ。 昨日と同じく,私は可愛い服に着替えて,笑顔でポーズをとって固められた。しばらく待っていると,シュウくんが部屋に入ってきて,目を大きく開けて数秒固まった。それから 「おーい,どうやって来たんだよ……」 と愚痴りながら,指先で私の額を軽くコツン,とつついた。私の体は勿論,髪も服もその姿勢を保ったまま,カタカタと前後に揺れた。死ぬほど恥ずかしい。ちょっと考えが甘かった。可愛い格好をしたまま自分の意思では動けないのって,せっかくボケたのに突っ込まれずに流されたみたいないたたまれなさがある。シュウくんはパニックになった昨日とは違って落ち着いていた。健康に支障はないとわかっているからだろうか。興味深げに私のカチコチになった髪を撫で始めた。 (ひゃっ!?) ふーん,とかへぇ,とか言いながら,固まった服をツンツンしたり,脚を撫でたり……。恥ずかしいけど,同時に嬉しかった。シュウくんに触れてもらえたことが。アンタッチャブルな異生物ではなくなったことが。 一頻り堪能すると,ライトで私を解凍した。私は無言で静かに手足を動かし,気をつけした。 「で?」 「……」 「……」 「桃子ちゃんに運んでもらって……」 「で?」 「私が言ったの! またやろうって!」 「あのなあ……」 私は耳まで真っ赤だったと思う。我ながら何やってんだか。……今日は可愛いって言ってくれなかったな。触ってはくれたけど。 「ねえねえ,里奈ちゃんどう? 可愛くコーディネートできたでしょ!」 桃子ちゃんが説教をはねのけながら言った。いたたまれなくなり,私は縮こまってしまった。 「ん? それはまあ,可愛いと思うけど……。でも,もうやんなよ,危ないし。里奈は人形じゃないんだからな」 あっ,言ってくれた……。それに,ちゃんと人間扱いもしてくれた。良かったあ。恥を忍んだ甲斐があった。 「えー,里奈ちゃんもノリノリ……」 「え,お前,なんかそういう……ドM?」 「ち,ちがうもん!」 調子に乗った……わけでは絶対ないけど,それからも私は桃子ちゃんと共謀……じゃない,強要されて仕方なく,ドッキリ番組みたいにフィギュア化して待機,というのを毎日のように仕掛けた。最初はとっとと解除して注意してきたりしたシュウくんも,慣れてきたのか諦めたのか,無視したり,ものすごく執拗に撫で回してきたり,ひっくり返してスカートの中を覗いたり(何にもないけど……下着も,あそこも)して弄ってくるようになった。夕飯のお呼ばれまでずっと解除せずに放置したり,他の人形に混ぜて飾ったり……。動けないのが苦しくないかと言われれば嘘になるし,やっぱり物凄く恥ずかしいけれど,桃子ちゃんに向いていた注意,興味を私に向けさせていることが嬉しくて,何だかちょっぴり誇らしくもあった。 そんな馬鹿を続けていたある日,夏休みも中盤にさしかかる頃。例によってピンクのドレス姿で,スカートを風で大きく膨らませたところを固めてもらった私は,机の上段,アニメキャラのフィギュア(ゲーセンで取れたらしい)が飾ってあるところに置かれていた。外から見てたら区別がつかないだろうな,などと思いながら,私は部屋全体を見渡せるポジショニングに安心していた。シュウくんは私に声をかけず,桃子ちゃんとギーマくんに声をかけ,部屋の中央,私の視界の真ん中で遊び始めた。桃子ちゃんとギーマくんでバーサスドールの練習試合を始めて,新戦術を試していた。それをジッと眺めていると,段々私は空しくなってきた。何やってんだろ私。こんなところでカチンコチンになって,AIどころか関節すらないプライズ品のフィギュアと並べられちゃって……。桃子ちゃんはあんなに楽しそうに……。笑いながら,無駄話をしながら,シュウくんと一緒に……。あれは昔の私だ。人形病になるまでは,あんな風によく一緒にゲームしたりして遊んでたっけ……。私が取り戻したかったのはアレじゃない。なんでこんなところで固まっているの。 (んっ……動いて……) いてもたってもいられなくなった私は,無理だとわかっているのに,体を動かそうと努めた。あの中に加わりたかった。 (んんっ……はあはあ……やっぱダメ……) いくらあがいても,私は動くことも喋ることもできないフィギュアのままだった。 (シュウくん! 桃子ちゃん! 今日はもういいよ。戻して。動けるようにして) 心の中でいくら叫んでも,誰の耳にも届かない。 (ねえ! ポーズ解除して! ねえってば!) その後夕食の時間まで,私はシュウくんと桃子ちゃんのイチャコラを見せつけられる羽目になった。目を閉じることも,視線を逸らすことも,逃げることも,文句を言うこともできずに……。 解除された瞬間,まるでせき止められていた流れが決壊したかのように,涙がボロボロと溢れて止まらなくなった。これにはシュウくんも驚いたみたいで,アタフタしながら「ごめん,悪かった」を繰り返した。胸が苦しい。シュウくんは悪くないのに。私がずっと一人で馬鹿やってただけなのに……。でも泣くのを止められない。ごめん,ごめんね……。 涙が止まった後,進退窮まった私は,クシャクシャの顔で全部ぶちまけた。またシュウくんと一緒に遠慮無しに遊べる関係に戻りたかったこと,桃子ちゃんに嫉妬していたこと……。シュウくんは恐る恐る返事した。 「わかった。……それはわかったけど,下手に触るとほら,怪我させちゃうかもしれねーじゃん。それにさ,ほら,出来るだけ床には置きたくないっていうか……踏んだりしたら笑い事じゃすまねえし……」 うん。わかる。当事者だもん。全部わかってる。でも,それでも,私はシュウくんに腫れ物に触れるかのように扱われるのは嫌。前みたいに無遠慮につつき合いたいよ。エキサイトして遊べる関係に戻りたいの……。 重たい空気の中,ギーマくんが「ぐおー」と大きく咆哮した。大きな足でゲシゲシとスマホを踏みつけ(ギーマくんの体は静電気が発生するらしい……)て,カタメホビーの商品一覧を開いた。そこにあるのは……。 「バーサスコーティング?」 夏休み下旬の始め。バーサスドールの公認大会に,シュウくんが参加していた。私も虫かごに入って応援に来ていた。狙いはベスト4以上の景品,バーサスドール用のカスタムセット。その中に,スーパーフィギュアをバーサスドールに改造できる品,バーサスコーティングのスプレーがあるのだ。かなり大きな衝撃でも吸収・分散してくれる性能と,対戦時のダメージ計算機能を持ち,私の全身をそれでコーティングすれば,バーサスドール並の耐久……ウッカリ人間に踏まれてもへっちゃらな体になれる。……と書いてあった。とにかくそれさえあれば,私はまたシュウくんとじゃれ合えるようになるのだ。 桃子ちゃんはギーマくんとの息の合ったコンビネーションで,順調に勝ち進んでいた。次勝てばベスト4……。私はシュウくんの足元に置かれた虫かごの中から観戦していた。低くてあまりよく見えないけど。 「おっ,修介さん。夏デビューなのに,育ってますねえ」 頭上で女性の声が響いた。知らない声……。見知らぬ女の人がシュウくんに話しかけている。シュウくんとのやりとりから察するに,非公認大会で知り合ったみたい。 「あら,その子は……? あはっ,可愛い~。三体目,買ったんですね」 大学生ぐらいの綺麗な女性の顔が,私から見える範囲に現れた。反射的にビクッと体が震えた。家族とシュウくん以外の「巨人」にはやっぱりビビっちゃう。本能的な恐怖が私を支配した。ちょっと手荒に扱われるだけであっけなく私は死んでしまう……。今更だけど,何故シュウくんが私に慎重に接していたのか,よくわかる。私が慣れきってしまって,シュウくんに全幅の信頼を寄せていたから忘れていたんだ。 「いや,これは……その……」 シュウくんはチラチラと私を見ながら返答に困っていた。普通に人形病の人間だって言えば……あ。一瞬で私は耳までピンクに染まった。ずっと家に引きこもって,家族とシュウくんしか相手にしていなかったから忘れてた。今の私はフィギュアクリームを全身に塗った上,髪をビビッドなピンクに染めた,フィギュアそのものの外見をしているという事実を。どどどどうしよう。人間……って説明しても一発では信じてもらえないかもだし,通じても変態扱いされるのは必至。いやクリーム塗っただけならまだ言い訳が立つかもだけど,髪をピンクにしてるのはイタい……。 「ねね,さわっていーい? ……ねえねえ,君,名前は?」 お姉さんは屈んで私を覗き込んだ。まるで幼い子相手みたいな口調だったのに腹が立った。私は人間。高校二年生。子供でもなければ人形でもないよ。……でも,いくら保冷機能搭載だからって,白のロリータなんて着てくるんじゃなかった。死ぬほど恥ずかしい。絶対に人形だと思われているし,人間だって言っても小学生ぐらいだと思われるかも……。二重に恥ずかしいよー。 私が黙りこくっていると,とうとうシュウくんが言った。 「これは,その,……バーサスじゃなくて,ただの……スーパーフィギュアなんで……丈夫じゃないんで,触らないでください」 あ,あー。言っちゃった。人形だって言っちゃったよ。いやいいか。高校生なのにこんな格好するのが趣味だなんて思われるぐらいなら……。もうこの人とは会わないだろうし……。 「あ,そーなんですね」 お姉さんはそれで納得した。それがまた私をカチンとさせた。何さ。そんなに……そこまで人形でも……ないでしょ。 立ち上がって靴しか見えなくなった。二,三言会話したあと,お姉さんはこの場を離れていった。今度はシュウくんが屈んで,小声で私に謝罪した。 「ごめんな,その……恥ずかしいかなって」 「いいよいいよ。説明したら長いし……」 その時,アナウンスが鳴った。いよいよシュウくんの……桃子ちゃんの試合が始まる。 「よっと」 シュウくんが立ち上がり,虫かごを椅子の上に移動してくれた。フィールドが見える。ミニチュアのビルが立ち並ぶ箱庭。向かって右サイドに桃子ちゃんとギーマくんがスタンバイしている。二人はこっちを見て笑いながら手を振った。思わず私も振り返した……けど,シュウくんに向けて振ったのかな。 「絶対とるからね~」 桃子ちゃんが数センチ上昇しながら叫んだ。私に言ったんだ。私のために,頑張ってくれてるんだ……。シュウくんを,私の立ち位置を取られたかのような気がして,ずっとやっかんでたけど,桃子ちゃんは……いい子だ。自分が情けない。人形よりも心が狭いだなんて,嫌になっちゃう。 「が……頑張れー!」 私は久々に大きな声を出した。ギャラリーの視線がいくらか私に向いた。人形……控えだと思われてるんだろうな。でもいいや。何て思われたって。私のために頑張ってくれてる友達を応援しないなんて,それこそ人間じゃないよ。 桃子ちゃんとギーマくんのチームは見事試合に勝ち,ベスト4に入った。……次の準決勝でコテンパンにされちゃったけど,私は心から嬉しかったし,全力で二人の健闘を称えた。 バーサスコーティングを施された私は,想像以上に丈夫になった。机から平気で飛び降りられるし,ギーマくんに殴られても……何なら,シュウくんにどつかれても平気だった。痛みも小さい。最初は探り探りで,互いに注意,加減しあう関係が続いたけれど,夏休み終盤には,人形病にかかるより前みたいに,互いに憎まれ口をたたき合ったり,指で弾いたり,くすぐったりできる,気の置けない関係に戻ることが出来た。多少無茶しても平気になった分,行動範囲も一気に広がった。私はこれまでの空白を取り戻すかのような勢いで,シュウくんと一緒に色んなところに遊びに行った。桃子ちゃんやギーマくんも一緒に。バーサスドールをペットみたいに連れている人も増えてきたので,私達はそれほど人目も引かなかった。 水族館の暗い通路の中。私はシュウくんの肩に乗っていた。以前なら絶対に有り得なかったことだ。最近はやりの人造生物コーナーで,可愛らしい人魚の舞を見ていると,気分が高揚してきた。何だかデートしてるみたい。 「ねえシュウくん」 「ん?」 「綺麗だね」 「ああ,そうだな」 その後,髪をピンクにしたままコーティングしてしまったので,元に戻せなくなってしまったことと,その状態で登校したせいで死ぬほどからかわれることになった二学期の始業式は,また別の話。

Comments

sengen

確かこの作品の後にiドールが公開されたので、バトル仕様版もしくはプロトタイプ的なものかなと私は捉えていて、興味深い設定でした。 バーサスドールも高度なAIを持っていますが、まだまだ人間の悩みや不安など複雑な思考には対応できずにずれているところもまた楽しめる要素の一つでもありました。 この話でギーマ君は一見トラブルメーカー的な存在ですが、意図的なのか偶然か里奈のドール化を進行させてしまい結局は悩みを解消していくのが面白かったです。喋れないことも相まってコミカルでもありどこか憎めない印象に残ったキャラでした。里奈も最初は怖がってたけど慣れてくると、寂しさ故か他の2人よりも気さくな感じとなり、ギーマ君が居ることで大分和らいだのではないかなと思います。 桃子に対しても人形の一貫した純粋さや可愛さにやきもちを抱いていたのが、最後には心から応援するに至るまで改心していたのも嬉しく思いました。 改めて再度読んでみると新しい発見があったり、終わり方が今後の展開とか人造生物など他作品の設定も気になったり、これからの作品も更に楽しみになります。

opq

感想ありがとうございます。これからも頑張って新作を書いていくつもりなので、よろしくお願いします。

Gator

主人公が人形に嫉妬するというところが特に印象的でした。 戦闘用のぬいぐるみになって人前でぬいぐるみに出るのも見てみたいし、登校して恥をかくのも見てみたいです! 昆虫箱に持って移動するという設定や登場人物同士の感情描写が絶妙で没入して一気に読みました。 ありがとうございます。(Translated)

opq

コメントありがとうございます。とても励みになります。