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「無駄な時間は貯金して、明日に若さを引き出そう」 たまたまつけっぱなしにしていたテレビから流れたこのキャッチフレーズを、私はスマホでも同時に目にした。最近よくみるなこれ。会社でも始めたって人がいたっけ。 化石処理というのを全身に施して、しばらく石になれるというサービス。元々は食料や希少動物のサンプルを保存するために作られた技術らしくて、鮮度や健康を保ったまま、半永久的に中身を維持することができる、調べたところそう書いてある。事実上、時間が止まったようなものだから、人間を化石すれば、石でいた分だけ寿命や若さを伸ばせる、という話だ。どうにも胡散臭いけど……。動画を見てみると、石化の瞬間が載っていた。台座に上った水着姿の女性。次の瞬間、全身が灰色に染まって動かなくなった。 (うわっ!?) まるで再生が停止したかのようだった。石像のように薄暗く染まった女性は、ピクリともしない。だが動画のバーと再生時間は動いている。静止画ではないのだ。しばらくすると、パッと色が戻り、女性がにこやかに手を振って終わった。まるで現実感のない動画だった。加工したものにしかみえないし、大分怖い。瞬間的に全身が、髪の毛から足先まで石みたいになるんだもん。こんなのよくできるなぁ。 それきり私はこの広告を閉じ、CMを見ても興味を持つこともなくなった。 二十半ばを過ぎると、自宅の鏡は肌の衰えを私に突き付けてくるようになった。ショック。そりゃあ理屈ではそうなるのわかるけど、実際自分がそう……おばさんになっていくという事実を受け入れるのは辛かった。同期の石田さんなんてまだまだ大学生ぐらいに見えるのに……。何か特別な美容法とかあるんだろうか。今度訊いてみよう。 私がわざわざ訊くまでもなく、雑談の中で石田さんの若さの秘訣は他の女性陣が引き出した。 「私ね~、これやってるんですよ~」 彼女のスマホに映っていたのは、石像の写真だった。中学生の時に見た美術資料集の彫刻よりも精緻。今にも動き出しそうで、生気に満ち満ちている。そのあどけない狸顔にはどことなく見覚えがあった。 「えーこれホント石田さんなのー!?」「すごーい!」「キレー!」 (えっ!?) 私はどういうことなのかわからず、しばしの間会話から弾きだされた。これは石像……だよね? 石田さん似の? これがどう美容と繋がるの? みんなは疑問に思うことなくついていけているのがますますわからない。 「私もやろっかなー」「やりなよやりなよー」 石田さんは地図である化粧品メーカーを表示した。 「近くだとここで化石処理やってくれますよー」 ……あっ! 思い出した。一、二年前にあちこちで広告打ってたあれだ。化石処理。えー、じゃあ石田さん、アレやったんだ。だから……暇な時間は石になって潰して……その分、今も若いんだ。 (本当に効果あるんだ……) 彼女の手足を見れば、効果のほどは窺い知れる。若い。同期、同齢のはずなのに。新卒の子みたいにハリがあり、瑞々しい。自宅で見るスッピンの自分を思い出し、私はその差に苛立った。 さらに自宅で動画や体験記を調べていった。特に健康被害とかも出ていないらしい。まあ元々食べ物に使う技術らしいし、その辺は大丈夫なのかな……。しかし、石になるって怖くない? 動画見てもゾッとするし、一ミリも身動きとれないのって苦しくないのかな? しかし、石田さんの若々しさが脳裏に何度も浮かんでは消える。私が今から始めても、別に石田さんとは張り合えない。若返るわけじゃないし……。でも、老化は止まる。止まるっていうか緩くなる。石化していた分だけ……。日々「おばさん」の片鱗をチラ見せするようになった自分の顔を思い出すと、胃がキリキリしてくる。 (……やって、みようかな……) そうだ。嫌ならやめりゃいいんだし。健康には大して害もないみたいだし……。うっ、でも高いなぁ。……あでも、昔よりは安い? 流行ってるのかな。先輩達知ってたしね。んん~。 たっぷり悩んだ後、私はとうとう申し込みフォームの「送信」をタップした。 大手の化粧品メーカーだけあり、一階はまるでお洒落な美容室みたいだった。他にも同年代とみられる女性が多く来ていたものの、幸い同僚や知り合いは見当たらない。 しばらく一階で待たされたあと、狭く長い通路を渡って、無機質な実験棟のような部屋に通された。さっきの玄関とは違い、ここは明らかに「客間」ではない。真っ白な壁と床、機械やコードが丸見えの大がかりな装置、多くのパソコンやモニター、白衣を着た研究員。何だか不安になる。 係の人の説明によると、まずは脱毛処理を施すらしい。 (えっ、聞いてない……) 私は焦った。もっとちゃんと読んどくんだった。とはいえ、今更やっぱやめますとも言いだせないところまで来てしまった。 「わかり……ました」 誘導に従い、私は服を脱いでシャワーを浴びた後、緑色の浴槽に浸かることになった。これで髪の毛と眉毛以外は永久脱毛だとかなんとか……。湯に浸かりながら色々なことが頭を駆け巡った。本当によかったのこれ? 永久脱毛なんて、今まで考えたことなかったのに。大丈夫なのかな。化石処理は健康に害はないって言ってたけど、こっちの処理はどうだかわからない。調べてない。でも大手だし、特にニュースとかなってないからいいのかな……。ていうか、あの値段は脱毛込みだった? だとしたらお得……かなぁ? (ていうか、剃ってくればよかった……) 一番重要なのはそこだ。浴槽を出てドライヤーを当てられる時間は、人生で一、二を争うぐらい恥ずかしかった。全身の毛が足元に落ちていき、見る間に山を作っていく。しかも、熱風が股間を襲った瞬間、私の女性器周りの毛が、一気に吹き飛んでしまったのだ。 「あっ……」 私は驚きと絶望のあまり、まだ化石処理されていないのにその場で固まってしまった。私の股間は子供みたいにツルンツルンになり、もう一本も毛が残っていない。丸見え。勿論周りに男性スタッフはいないけど、私は耳まで真っ赤に染まるのを抑えられなかった。 (やっちゃったやっちゃったやっちゃった) 永久脱毛、全身……。当然、ここもそうなる。頭がそこまで回っていなかったので、途方もない衝撃だった。どうしよう……。永久だから、もう生えないんだよね? 今は彼氏いないけど、今後できて、見られた時とかどうしよう。大丈夫かな……。 一緒に緑色の湯に浸かったのに、髪の毛と眉毛、それから鼻毛とかの体内の毛は一切抜け落ちなかった。便利にできてる。これがもっと流行ったらツルツルもそこまでおかしくなくなるかも。 私は全裸のまま廊下を歩かされた。服を着たいと言っても、次の処理があるので駄目です、の一点張り。せめて目的地がすぐそこならよかったが、階段を上って二階にあるので、とんだ恥辱プレイだった。さっきが人生で一番恥ずかしいと思ったけど、あっさり更新だ。全身の毛が剥がされ、赤ちゃんみたいにされてしまったことが、ますます私の心を弱くした。胸と股間を隠そうとすると、スタッフの人から 「あはは、男の方はいないので大丈夫ですよ」 と嘲るような口調で言ってくるのがまた腹立たしい。客をなんだと思ってんの。 実際よりも相当長く感じた時間も過ぎ去り、辿り着いたのは殺風景な実験室。いよいよ本番。外と内からの化石処理。 脱毛と同じく、浴槽の中に浸かる。今度は灰色の液体で、いかにもって感じの見た目。まるで石が液体になったかのようだった。足を入れると、ひんやりと冷たい感触が肌を粟立たせた。結構粘っこく、体にまとわりついてくる。少しずつ全身をその中に沈めていく。何だかセメントに浸かっているかのようで、いい心地ではなかった。底に腰を下ろし、足を伸ばすと、次第に暖かくなってきた。 「熱くないですかー?」 「あっはい。大丈夫です」 ゆっくりと体を倒す。いよいよ全身が灰色の液体に沈んだ。当然、息は止めている。五秒と言ってた。四……三……二……一……。 起き上がろうとしたが、粘度の高い液体が重く感じて、中々水面に顔を上げられなかった。スタッフの人たちの腕が私を掴み、やっと私はセメントの海から脱することができた。 「……っぷは!」 「はい、ではあちらで乾かしてくださーい」 浴槽から出るのにも、大分力が必要だった。何しろ全身にまとわりついた灰色の液体が糸を引き、浴槽中と繋がっているのだ。床にボタボタと灰色の染みを落としながら、私は指定された台座に向かって歩いた。重い……。灰色の液体は私の全身に貼りつくようにしてまとわりつき、体全てを包み込んでいる。その感触は石そのものだった。ツルツルした石材。でも、固くない。固くない布みたいな石、伸縮する石が、私の手足をコーティングしている。今までにない奇妙な感覚だった。 台座の上でドライヤーを浴びる。やっぱりここは人力らしい。次第に体のスタイルに沿って、綺麗に化石剤が整い始めた。余計な凹凸がなくなり、尾を引く糸も、垂れ下がる塊もとれていく。それに応じて体が軽くなっていく。最終的にはほとんど重みを感じなくなった。普段通りだ。 「見ます?」 鏡の前に案内されると、そこには石像になった私の姿が映っていた。顔、スタイル、まちがいなく私。でも、その色は灰色だった。髪の毛はまるで彫刻のような質感で、いい具合に一つの塊のように見える。全身を覆いつくす灰色に濃淡はなく、どこも均一にコーティングされているようだった。 (おお……) こうして見ていると、動いているのが不思議なくらいだ。ちょっと動きを止めると、本当に石像にしか見えない。質感もすごく石っぽいし。 しばらくすると色が抜けて、普通に戻ると説明を受けながら、私は最後に大きなペットボトルを手渡された。二リットルはあるだろうか。 「では、体内の化石処理を行います。これを全部飲めば、あとはナノマシンが適宜必要な処置を体内で行ってくれます」 へぇ……。便利ね。痛い思いして口内にコード入れるとかじゃなくてよかった。 飲料は透き通るように薄い灰色で、かなり不味そう。というか生理的に飲みたくなくなる色合いだ。雨上がりの泥水を思い出す。しかし、飲まない選択肢はもうない。私は遠慮がちに口をつけた。味はない。水だこれ。 二リットルを飲み干すのは思ったより大変で、私は休み休み、三十分ほどかけてそれを飲み終えた。 「……うぇ」 「はい、これで全て終わりです~。よく頑張りましたね~」 何その誉め方。ここは小児科なの? 服を着た後、運用のレクチャーがあり、それが終わると本当に解散だった。はぁ……メッチャ疲れた。でもこれで……私は年をとらなくなる。いやとるんだけど、スピードを遅らせられる。 二日後、自宅に機材が届いた。物々しい灰色の台座。本当に石像の台みたいだ。 説明書によると、この台に乗れば、体の化石剤が反応して石化するらしい。時間は設定した分だけ。時間を設定しなければ乗っても石化しない。 時間設定を調べてみた。最初の五分までは一分刻み。そのあとは一時間まで五分刻み。残りは一時間刻みで設定できるみたい。最大は二十四時間。つけっぱなしはできないみたいだ。そりゃそうだよね。無期限が設定できたら、一人暮らしの人はそれっきり元に戻れなくなっちゃうもんね。……想像したらゾッとした。やっぱ止めといた方がよかったかな。いや、そうはならない。最大二十四時間なんだから。 一分に設定し、私は台座の上に立った。五秒後、全身が瞬時に固まり、私は身動きできなくなった。 (んぁっ……) 私は石になった。文字通り、そう表現するしかない。人型の固い檻に閉じ込められるのとは訳が違う。全身そのものがガチガチに固まって、一ミリも動けない。筋肉が、神経が反応しない。私がいくら動こうとしてみても、私の手足はうんともすんとも言わない。全身が一つの石の塊に置き換わってしまったかのようだった。今、私の体内には体を動かす機能が存在しないのだ。ただ均一な石材であるだけ。そうとしか思えないほどの、想像を遥かに超える拘束っぷりだった。 (う、わ……どうしよう) ゾクゾクしてくる。動けない、動くという行動そのものを根源から禁じられることがこれほどに恐ろしいなんて。しかし石化した私の体は、心臓が鳴ることも、鳥肌が立つことも、冷や汗が流れ出ることもなく、時間が止まったかのように全てが動かない。処理された時の自分の姿を思い出す。あの見た目でここまで動かないんじゃ、本当に石像にしか見えないだろうな。もし……もしもこのまま解除されなかったら、私は動くことも喋ることもできないまま、石像としてどこかに飾られたりするんだろうか? 何だか自分がとんでもないことをしでかしてしまったかのように思えてきて、後悔が募った。 突然、全身が柔らかくなった。私は再び体内の存在を感じていた。心臓が動いている。血が巡っている。手足が動く――。 台座から降りると、タイマーが停止していた。そっか、一分経ったから解除……一分!? ものすごく長く感じたんだけど、一分しか経ってないの!? 私はため息をついた。キャッチフレーズの通り、若さを保ちたいのであれば、その分石になっていなければならないんだけど……。キツイなあ。目に見える効果を出すためには、これで数時間とか頑張らないといけないわけでしょ? (ちょっとずつ、慣らしていくしかないのかな) 一度超えたハードルは低く感じるものだ。私は思ったより早く、石でいることに慣れ始めた。時間を伸ばし、落ち着いてみると、それほど苦痛の時間でもないことがわかってきた。石化している間、私の体は全ての状態が保存されている。お腹が減ることも、熱っぽくなることも、お腹が痛くなることもない。心臓の鼓動も血管の脈動も存在しない、静かで安定した全身。生物としての縛りから解放されるこの感覚は、結構癖になってくる。私は仕事から帰ると、さっさと必要な家事だけ済まして、すぐに石化するようになった。なるべく長く石化時間をとった方が若さを保てるし、節約にもなる。石化中、体の時間は事実上止まっているから、必要な食事を減らせる。連動して電気水道ガス代も節約できる。しかも石化したまま眠ることが可能であることを発見すると、私は一日八時間近く石像になっていることさえできた。 ただボーっとしているだけで、無駄にしていた時間を有意義に貯蓄できる。体そのものがデフォルトで持っている苦痛から全て逃れられるため、身動きできない辛さは大して気にならなくなっていった。よくよく思ってみれば、仕事帰りなんてゴロゴロしたり、テレビやスマホをボーっと眺めたりしているだけだったから、石化するのと大して変わりない。いや年を取らなくなる分、石化していた方が遥かに得だ。 とはいえ、石化中は暇なのも事実。一人暮らしだし、写真を撮っているわけですらなかったが、私は自然とポージングして遊ぶようになった。グラビアっぽくしてみたり、有名な彫刻を真似てみたり、あざとくしてみたり。 出勤するたびに考えることは、早く家に帰って石になりたいなぁ、ということばかり。仕事に費やしている時間も石化に回せば、私はずーっと長く若さを保っていられる。無駄な時間は貯金していきたい。そもそも、仕事って必要かな。石化していれば何も食べなくていいんだし……。大してお金もいらないよね……? 半年後、天職を見つけた私は、会社を辞めた。転職先は美術館。驚くことに、石像として勤務する人を募集していたのだ。当然、化石処理して。ただ黙って静止しているだけでお金がもらえて、その上働けば働くほど若さも保てるなんて、こんな美味い話があるだろうか。 私のほかにも数人が採用され、私たちは毎日、美術館の一角をこの身で彩ることが務めになった。毎日形を変える石像、という企画で、そこそこのリピーターができた。私はちょっとしたアイドル気分を楽しんだ。私の体を見るために、多くの人が通い詰めては称賛を言葉で態度で送ってくれる。最初は見世物みたいで恥ずかしかったけど、やっているうちに気にならなくなってきた。私は美術品なのだ。天才たちが生涯をかけて彫り上げたどんな作品も、私達ほど精巧ではないし、生気も纏えない。 毎日、色んな衣装、色んなポーズで固まった。同じように化石処理された衣装は、体と一緒に石化する。世界一のチアガールの石像、それが今日の私だった。 (あっ、あの人また来てる) 石化中、やれることはお客を眺めることだけなので、自然と常連客には詳しくなる。誰がどの石像を推しているのか、もう全部わかっている。私のファンが来てくれると嬉しくなって、何か反応してあげたくなってしまうけど、私はカチンコチンの石像になっているので、そういうわけにもいかない。 ある日、懐かしい人が視界に入り込んだ。 (……石田さん!?) 間違いない。前職で同僚だった、あの石田さん。一緒にいるのは……男の人だ。よく見るとベビーカーを押している。 (結婚、したんだ?) アイドル気取りで昂っていた私の心に、何か冷たい風が吹き込まれてきた。私は……。彼氏もいないな。そういえば。ずっとここで石像として飾られて、帰っても石化してて……。 石田家は私の目の前で止まった。一年ぶりに見る彼女の姿は、もはや瑞々しい大学生ではなく、落ち着いた雰囲気の……母親、って感じだった。もう石化してないのかな? それとも結婚と出産を経て、感じが変わっただけ? 「おっ、こりゃすごいな」 夫が私を褒めた。私の中に生まれた僅かばかりの嫉妬心は、すぐに満足した。 (私の方が綺麗だって!) でも石田さんは柔和な笑みで、 「ほんとう、よくできてるね」 と返した。それは純粋な賛辞で、そこに一切負の感情は感じられなかった。 (……) 私はチア衣装に身を包み、両手にポンポンを掲げたまま動けない。急に年甲斐もなく人前でこんな格好を晒している自分が、とんでもなく恥ずかしく思えてならなかった。それでも私は、活発な笑みとこのポーズを変えることはできない。この場から逃げることも、自分が誰であるかを告げることもできず、彼女の視線を受け止めなければならなかった。 (……で、でも……。石田さんが石化するのを止めたなら、いずれ私の方が若くなるんだから……っ) 石田家が去った後、私は石の台座の上で、悶々とした思いを逡巡させていた。

Comments

Anonymous

時には止まってしまいたいと思うこともあります。でも、みんな前進しています。 たぶん停止は石像だけの特権です。

opq

コメントありがとうございます。人間と石像の違いですね。