GUND CUNNUM ep.4 (Pixiv Fanbox)
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牢を出てすぐに視線を左右に投げかける。
天井も壁も不均一に苔生した・無機質な石壁で構成された通路。
その通路の・今しがた自分が出てきた牢の扉が取り付けられた側の壁には・同じような牢の扉が左右に等間隔で取り付けられていた。
右に二つの扉。左に三つの扉。自分とカル・アファレシアが投獄された扉も含めればこの地下牢には計六つの牢が設えられているわけだ。
同胞が自分たちと同じように囚われていないかを確認しなければと思うと同時・両の脚は駆け出していた。
兵士達の声に聞き耳を立てている間も・カル・アファレシアと話している最中も・他の牢から呻き声や衣擦れの音は聞こえなかった。
しかし安心はできない。同胞が身動き一つとれず・声を上げることすらできない状態で牢内に放り込まれていないとなぜ言い切れる?
まずは右二つの牢。
速足の視界に映る流線上の景色を素早く頭の中で処理する。暗中とはいえこれだけ居れば眼も慣れるものだ。
幸い・投獄された同胞の姿はいずれの牢内にも認められなかった。
二つの牢の先は通路の突き当りで・先に続く道はないようだ。
すぐさま踵を返し・残った左三つの牢の確認に映る。
元々自分が入っていた牢の前を通り過ぎる際・私を心配そうに見つめるカル・アファレシアの顔が眼に飛び込んでくる。
牢を出たかと思えばすぐに駆け出し・かと思えば戻ってきたのだから不安にもなるだろう。
不安にさせてしまったことを申し訳なく思う間にも残る三つの牢内の確認を進める。
どうやら自分たちの入っていた牢以外はもぬけの殻のようだった。
だが同時につい最近までそこに誰かが投獄されていた痕跡も残されていた。
排尿・排便が溜まったベルケット・干し草を無造作にかき集めただけの簡素な寝床・そしてまばらに散った血の跡……
足を動かしながら考える。
ここに入れられていた同族が今アカルビス達の醜悪な宴の中で凄惨な拷問や辱めを受けているのだろうか……
そしてそれを酒の肴に奴等は……!
自らの無力さへの悔恨と下劣なるアカルビス達への憎怒……二つの感情がさながら縄を編むように交互に連なり・それが胸を強く締め付ける。
その痛みに歯噛みしながら前を見やると・通路の先には左に曲がる角があった。
すぐさま壁に肩を寄せ・身を乗り出さぬように気を付けながら眼の端で曲がり角の先の景色を観察する。
それほど長い通路ではない。突き当りに見えるのは見えるのは鉄製の扉のようだ。
……現状把握した地下牢周囲の間取りの関係から・今私の背後から近づけるのはカル・アファレシアだけだ。
つまり少なくとも何者かに不意打ちをされる心配はない。
そう状況を整理すると・あくまで足音を殺しながら鉄製の扉の目前まで素早く移動する。
そっと両の手を扉に当て・続いて頬を寄せるように顔を近づけ耳を澄ませる。
……中から音はしない。誰かが居る気配もない。
今までの偵察任務で得た経験則だが・こういった場所にある部屋は捕虜や囚人達から奪ったものを集めた『保管室』の役割を担っている場合が多い。
するとこの中には奴等が私から奪った装備品も保管されている可能性が高い。
急いで鉄扉の構造を確認し・向こう側から簡単な錠前で施錠されていることを確認する。
先のことを反省し・今度はヴァフの量を絞り……それをさらに鋭く射出するヴァーズを使い・扉越しに錠前だけを破壊した。
重苦しい扉を押し開くと・扉の隙間からわずかに蝋燭の明かりが漏れ出ずる。
牢の中と大して変わらない……ひょっとすると牢の中よりも狭いかもしれない・小さな部屋だった。
壁や天井も他と変わらぬ石造りで・その壁面は蝋燭の火を静かに反射し・橙色の光に石の表面の凹凸の影をわずかに浮かび上がらせている。
部屋の中心に近い場所には簡素な木製の机と椅子が据えられており・机の上の小汚い皿に置かれた食べかけのラトの実が哀し気に黒ずんでいた。
左の壁を見やると・板材と金属で長方形に象られた大きめの宝物箱が四つ並べられている。
どの箱も木材部分は色褪せて欠けており・金属は錆び汚れているところから・作られてからかなり年月は経っている。
……ついでに言うなら扱いも随分と雑なようだ。下劣なアカルビス共らしいなと鼻を鳴らす。
しかしその杜撰さが幸いしてか・一見すると宝物箱は施錠されていないように見える……
一つ息を呑みながら・蓋を慎重に持ち上げる……
すると木材が軋む音を立てながら・宝物箱の蓋は嘘のように簡単に開いてくれた。
(ウェレッシェン!)
思わず小声で悦びの声を上げる。
宝物箱の中身はまさに大当たりだった。
そこには私の装備やフヴェルの仲間達の装備品が無造作に入れられていたのだ。
「これはフヴェルのクラッハヴェインの装備品だ……これはフィッジの物……これは私の……!」
あぁ良かった……!お父様から賜った大事な短剣も・それ以外の装備も全て!無事にここにある!
いつも密偵としての任務に赴く前の準備をする時と同じように馴染みの手順で装備を手早く身に着けていく。
左腰には片手剣を。
後腰には有事の際に役立つ様々な道具を詰め込んだ腰袋二個と大事な父の短剣。
右腰には投擲武器としての短剣を四本。
一通り装備をし終えると・安心感から吐息が漏れた。
今のカル・アファレシアのようにほとんど裸と変わらない格好と違い・私はちゃんと服は着ているが・
戦時下にこれ等の装備を身に着けずにいるのは・私にとっては裸とそう変わりはしないのだ……
ここにある全てを持っていくことはできないが・せめて他にも活用できそうなものはないかと他の宝物箱を調べる。どれも大体は武器や装備品の類が入っていた。
とりあえずカル・アファレシアが羽織えるものと最低限身を守れそうなものを用意するべきか……
とはいってもカル・アファレシアの振る舞いを観察するに白兵戦の心得があるような方には見えなかった。
素人に武器を持たせても逆に危険ではないだろうか?
しかし短剣があれば最低限敵に対して牽制くらいはできるかもしれない……
少し考えて・宝物箱の中からカル・アファレシアにも扱えそうな軽い短剣・羽織れそうなハールと万が一のためにフキラとタッカシアが入っている腰袋を持って行くことにした。
ハールの大きさを確かめるためにおもむろに広げてみる……
この大きさでカル・アファレシアの身体……特にあの大きな胸をちゃんと覆えるか少し不安だ……
もし敵兵との戦闘になった時にハールからはみ出してしまったら……
その様子を想像して何故か自分が厭らしい気持ちになっていることに驚き・首を振ってその考えを振り払う。
……とにかくカル・アファレシアを連れて脱出するのに必要なものは揃った。
一旦カル・アファレシアの元に戻ろうと考えていた時だった。
部屋の何処からか『声』らしきものが聴こえてきた。
「……のか?」
何だ?何なんだ?一体どこから聴こえてきたのかと思い・部屋を注意深く観察する。
するとほとんど同じに見える石壁の一部に・何度も人の手が触れた後のような……ほんの僅かだが・不自然な汚れがあることに気が付いた。
指摘されなければ誰も気付かないが・言われてしまえば確かにあると判る……そんな錯覚のような汚れだ。
なるほど仕掛け扉か……
城砦内には持ち主しか知らないような隠し通路や扉の類がそこかしこに設えられていることが珍しくない。
緊急時の脱出用・要人を匿う秘密部屋・籠城の為の水源へと繋がる通路・決して人には知られない密会所……
その目的が何であれ・利用する者にとってその『恩恵』を数えれば枚挙に暇がない。
此処もそんな場所の一つと言うわけだ。
先程の声の主がこの中に……?
すぐにカル・アファレシアの元へ戻るべきか・この声の主の正体を確かめるか迷いが生じた。
すると仕掛け扉の向こうの声はさらに言葉を続けた。
「……してくれ……も…………わない……」
◇to be continued…