GUND CUNNUM ep.3 (Pixiv Fanbox)
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「妊婦の人は犯されている最中に破水してしまったみたいで……でもそれでもアカルビス達は犯すのをやめなくて……」
「なんと……」
『情報』とはすなわち『画材』だ。与えられた情報が詳細であれば――すなわち画材がより良質で・さらに豊富であればあるほど、
それによって頭の中の画布に描き出される『状況』という題名の絵画の完成度は飛躍的に上昇する。
密偵という職業に身を置く私にとっての・これは職業病とでも呼ぶべきか……私の頭は既に自分で見聞きして集めた情報……
それに加えアファレシアからもたらされた情報という豊富かつ良質な画材を使い・
嫌と言うほどに精密な絵図を細部まで描き出してしまっていた。
自ら描き出したにも関わらず・その出来栄えの醜悪さには怒りの余り・強く歯噛みしてしまう。
「その最中フヴェルの方達はやめるように叫んでいたのですが……アカルビス達に暴行され……」
「リメイナ……辛い話をさせてしまいました……」
これ以上の詮索を酷だと思い・さらに詳細を語ろうとするアファレシアを制止する。
いや実際には醜悪な絵画の完成度をさらに上げたくないという私の無意識な拒絶もあったかもしれない。
全く・自分で詳細を語るように催促しておきながら・情けない……
「謝らないでください……」
すっかり気分を落としてしまったようでアファレシアは肩を落として項垂れながら言う。
そのせいで顔は見えないが・どんなに悲痛な表情をしているかは想像に難くない。
しかし・とはいえ悲嘆に暮れているだけでは状況は何も変わらない。
「まずはここを脱出する必要があります。そのためにはこの手錠を破壊する必要があるのですが……」
これは一人では不可能だったことだ――だが幸いと現在は此処に二人居る。
私の提案を聞くや否や・アファレシアは驚いたように顔を上げて私と眼を合わせた。
その丸く見開いた双眸は暗がりでも宝石のように光を反射し輝いている。
「それなら私にお任せください!フヴェルの方達ほどとは言わないけど・一応ヴァーズが使えますので!」
アファレシアはその大きな胸元に長く細い綺麗な五指を添える仕草で・自分の力を活用するように促す。
自分にも出来ることがあるのが嬉しかったのか・アファレシアは頬を僅かに紅潮させ・ふんふんと小さく鼻を鳴らしている。
「なんと!ウェレッシェン!経験則ではありますが・アカルビス達の使用している手錠は決して純度の高いリーヴでは造られていないはずです!
ある程度のヴァフで動きを攪乱し・リーヴ内のヴァフを飽和状態にできれば解除できると思います」
アファレシアにヴァーズが使えるというのは嬉しい誤算だった。
目の前にこの状況を打破するための道筋がさながら光の枝葉の如く広がるのを確かに感じる。
思わず口早に手錠の機構とその破壊手順を説明してしまったが・
アファレシアは軽く握った両手を大きな胸元に置きながら・口をキュッと結んでコクコクと何度も頷いて私の言葉を一言一句聞き逃さまいとしていた。
……先程もそうだが・主人に従順な仔犬のように可愛らしいその仕草に思わず調子を狂わされてしまいそうになる。
軽く一つ咳払いをして自らを戒め・次の言葉を待つアファレシアに先を説明する。
「ただそれには少々のヴァフが必要です。解除を行った後は少し体が重くなるかもしれません……注意してください。
でも解除さえしてもらえれば私が貴女を守り・この城砦から脱出させて見せます!」
説明を終えた私を見るアファレシアの表情は・まるで屈強で勇猛果敢な勇者の冒険譚を聞かされた少女かのようだった。
その顔と自分が言い放った台詞の気恥ずかしさからふと眼を逸らしてしまう。
「エイン・それでは!」
しかしアファレシアはすぐに私の言ったことを実行に移すため・私との距離を詰め
爪の先まで美しく整った両手を手錠を包み込むように添える。
数瞬後・青白い光が手錠を覆い・その粒子がいくつもの小さな光の帯を成しながら・手錠に嵌め込まれた球状の小さなリーヴに吸収されていく。
「……うゅ」
こんな時に思うべきことではないのだが……アファレシアの身体からすごく良い香りが漂ってくる。
彼女が此処に捕らわれてからどれほど経っているかは判らないし・どのような仕打ちを受けたのかも知らない……
だけれどヴァフの波に乗って漂ってくる香りは花のように甘く・鼻腔内から頭の中をくすぐり・脳が痺れる感覚を覚える。
それに……仕方がないとはいえ彼女との距離は物凄く近く・今にも触れてしまいそうな肌からは微かに温度を感じる。
当のアファレシアの表情は先程とは打って変わって真剣そのもので――美しい金色の前髪の隙間から見える額には汗の雫すら浮かべていた。
その眼差しは・私が先程話した彼女の身体へかかる負担のことなど全く意に介していないようだった。
その健気なまでの愛らしさは……漂う香りと相まって私の心を絡めとり・彼女から視線を切ることを許さなかった。
いや・正しく――私は彼女に見惚れていた。
その間にもリーヴはアファレシアのヴァフを勢い良く吸収していっていた。
それほど時間も経たない内に・その吸収速度は緩やかになり・鈍く明滅する光がリーヴの内部で空転するヴァフが飽和状態になっていることを示していた。
間もなくリーヴに亀裂が走り――そのままヴァフを吸収しなくなった。
軽く息を切らしながら・リーヴの破片が手錠の嵌め込み穴から零れ落ちるのを見て――
アファレシアは笑顔で私に向き直る。
「やった!やりました!」
「ウェレッシェン!ティアイエ!ではこのまま後は私が……」
自分でヴァーズが使えるようになれば後は簡単だ。
浮つきかけた意識をすぐに切り替え・手錠と手首に流れる力の流れを想像し――ヴァーズを発動する。
「フッ」
下腹部から突き抜けるように小さく息を吐き……そして一気に・勢い良く両の手を外に広げる!
「わぁ!」
その動きを戒めるはず手錠は嘘のように簡単に砕け・しっかりと広がる両腕の感覚が
解放されたことを強く実感させた。
思いの外・勢い良く腕を広げたのでアファレシアは少し驚き小さく声を上げながら飛び退いた。
「ウェレッシェン!あっぅ・ラース……」
驚かせてしまったことをすぐに謝罪する。
それにしても……全くいちいちと可愛らしい仕草や表情で動く方だ。
飛び退いた振動で揺れる大きな胸にも思わず眼を奪われてしまう。
「いえ・いいんです。でもやりましたね!」
「カル・アファレシア!貴方のおかげです!ティアイエ!」
ともあれようやく両手が自由になった!
後は装備さえ取り戻せれば二人で逃げ出すこともできそうだ。
アファレシアも嬉しそうに胸元で両の手を軽く握って身体を上下に揺らしている。
「へへ・私頑張りました。でも無事に手枷を破壊できてよかったです!フンス」
多少なりともヴァーズを使った負担が身体にかかっているだろうに……
小動物のように可愛らしく鼻を鳴らして喜ぶその様子は私の保護欲を否応なしに掻き立てさせる。
思わず頭をいっぱい撫でてたくさん頑張ったことを褒めてあげたい気持ちになるが・高貴な身分の方にすることではないし・
今はそんなことをしている場合でもないのだ。
「ウェレッシェン・ヴァーズ!ティアイエ・カル・アファレシア。御身体は重くないですか?」
アファレシアの身体がどの程度動くかによって・この後の脱出の道筋を定めなくてはならない。
そのための体調確認だったのだが……質問を聞いて眼を丸くしたアファレシアは小さな顎に人差し指を当てながらしばらく考えるように宙を眺めた後――
おもむろにに立ち上がり・足元を見ながらいきなりその場でピョンピョンと飛び跳ね始めた。
本人は軽く飛び跳ねて身体がどれほど動くか確認しているだけなのだろうが……それに合わせて大きな両胸が激しく上下に揺れ・
乳首につけられたティップルは小さく金属音を連続させている。
私は呆気にとられてしまい・ただ口を開けてその様を眺めていた……無防備と言うかなんというか・ある意味恐ろしい女性だ……
「問題なさそうです!」
何度も飛び跳ねて問題なく身体が動くことを確認すると・殊に自分が行動の妨げにならないことを
主張するようにアファレシアは眩しい笑顔を私に向けてきた。
「も・問題なさそうならよかった!それでは少し離れていてください。ヴァーズで扉を破壊します!」
顔から感じる熱が・自分が頬を紅潮させていたことを気付かせる。
真っ直ぐに私を見つめるアファレシアに顔を見られぬように・牢の扉へと無理矢理意識を向けさせる。
……アファレシアから聞いた話を総括するには・アカルビス達は現在(恐らくは下劣極まりない)宴か何かを開いていて
見張りは居ないか・居たとしても常時よりは遥かに手薄だろう。
牢の扉を破壊したところでアカルビス達には気付かれない公算が高い。
ここは景気良く破壊させてもらうとしよう。
先の行動を計画するとすぐに集中力が戻ってきた。
立ち上がり・自由になった両の手を握りヴァフを収束させる。
流れる血液のように両手にヴァフが通うのを確認し・呟く。
「ウィル……」
そして一歩ずつ歩き出し――牢の扉へと近付く。
束ねたヴァフを今度は両の手で象った小さな『球状の窯』の中で一つに練り込む。窯の中で渦のような流れを形成し……
その流れの中で段階的にヴァフを重ね合わせる。さほどの時間も掛からずヴァフは一つになり――それを『発射口』となる右手に装填するように纏う。
左の拳は手の甲を下向きに胸部の横に添える。
ヴァフを纏う右の手の平を前に差し出し・五指の第二関節より先を緩やかに曲げ・獣の爪のような形を作り出す。
ゆっくりと息を吐き出しながら右掌の中に・集中していたヴァフで練り上げられた青白く輝く『球』を顕出させる。
掌にちょうど収まる大きさの『球』だが・丁寧に練り上げたヴァフはその大きさ以上の力強さを周囲に音も無く鳴動させていた。
「はぁ……クワエリア……」
アファレシアは少し離れたところからその様子をまるで洗練された美しい職人技を見るかのように眺めていた。
私は決して卓越したヴァーズの技術を持つわけではないが・その評価に俄かに胸の内がくすぐったい気持ちになる。
とにかくこれで牢の扉を破るには十分なヴァフが溜まった。
指の隙間から溢れ出る美しい光を見つめる眼を閉じ……呼気と共に前方に撃ち放つ!
「フッ!」
瞬閃・重い鉄で出来た格子状の扉は光球を受けると同時・その形状を中心部から大きくひしゃげさせながら吹き飛び・
大きな音を立てながら直線状の壁面にめり込んだ。
「ひゃぁっ!……イデル!」
アファレシアはその音と衝撃に反射的に身を護るように頭を腕で覆っていた。
……想定していたより少し威力が強かったような?
どうやら両手が自由になったことやアファレシアに技を高評価されたことによる気分の昂ぶりがヴァーズに多少ならざる影響を無意識に与えてしまっていたらしい。
己の精神の未熟さに少しばかり呆れを覚え・小さく溜息を吐く。
「少しやりすぎたか……でもこれで……カル・アファレシア!少し牢内でお待ちを。周囲がどのような状況になっているか見てきます」
へたり込むようにしていたアファレシアはその言葉を聞くと・
四つん這いになりながらこちらを見て小さく何度も頷くと
「エイン!でも……すぐに戻ってきてくださいね……」
少し寂しそうな顔で眼を潤ませながらそう言ってきた。
……本当にこの方は無意識でやっているのだろうか。思わず彼女の元に走っていき抱きしめて安心させてあげようとした自分がいたことに驚きを隠せない。
こんなに愛くるしい方をほんの一間でも此処に置いていくのは心苦しいが・今は無事に城砦から脱出することが肝要だ。
「エイン!すぐ戻ってきます!」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切り・ようやく私は牢の外へと駆け出していった。
◇To be continued……