雀荘オーナーのスズメハーピー(死に至る病) (Pixiv Fanbox)
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単眼族のユリカは苗字のとおり鬼と縁のある良家の出だった。女として嫁ぐことを求められて、その教育を受けてきた。だけどふと彼女の両親が謀反を起こし本家と絶縁した。
彼女は自分がしたいことをして、したくないことをしないで過ごしてきた。だから強制されることは彼女も嫌うことだった。
「いらっ――ああ、空いてるから早く来い」
家に向かう電車とは反対方向に乗って、タトゥースタジオに入る。言いつけで通うことを強制されていた。客のように金払いがいい訳ではないから扱いも相応だ。
施術室に入ると全裸になる。彫り師に女性を宛がうような気遣いの欠片もない。
彼女に刻まれたのは害虫や毒草だった。下腹部には子宮に絡んで潰す毒グモが浮かぶ。
タトゥーマシンが低い音を立てて彼女の肌を刻む。服で隠せない部位に入れないのはせめてもの情けだった。
ユリカは声を押し殺す。彫っている間は常に刃を突き立てられているような痛みが走る。脇腹のように皮膚が薄いところに、ラインを引く筋彫りだと特に痛んだ。
アカネとは痛み分けだった。タトゥーかピアスのどちらかを引き受ける必要があり、競って勝ったアカネが選んだ。ピアスの穴は放っておけば塞がり、タトゥーの除去は入れるときより大変だと考えれば妥当だった。
ショップに寄る日を喜んでいいのか、忌むべきかユリカは複雑だった。今日はこの後なにもなく帰ることができる。そうでない日は男を取って穢されなければならない。
「背中向けて」
インクの色によっても痛みが変わる。そのうち朱色を入れるのが痛かった。
右腰にはヒガンバナがあった。彫り師の趣味であるクモと、ユリカという名前から連想した絵柄だ。いやに丁寧なシェーディングも彼の趣味だった。
それは完成が近かった。色白のユリカに、黒と赤だけで描いた華はよく映える。彼としても自信作だ。
その日は他に客も訪れず閉店までずっと掘り続けた。最後は生傷からインクが垂れて汚さないようにサランラップを巻いて退店する。
メッセージに気付いたのはその頃だった。ミサからで今すぐ来いとあった。家路と同じだが、駅からは家の方角と正反対に進む。
雀荘は閉まっている。しかし鍵はかけられていなかった。
アカネが先にいた。
「遅いよ」
そうして苦痛を与えられるのは遅れたユリカではなくアカネだ。そうやって心に爪を立てるのがミサは好きだった。
膝立ちのアカネにミサは蹴りを入れる。うめき声が上がる。彼女は鋭く刺す痛みと鈍く残る痛みをよく使い分けた。いまは後者だった。
ミサに命令されてユリカも服を脱ぐ。現れた絵柄にミサは感心した。
「綺麗にしてもらったじゃん」
汚されただけだ。育ちから刺青の類いに良いイメージはない。
「今日呼んだのはね、様子が気になって」
ミサと二人が会ったのは久し振りだった。彼女が懇意にしている知り合いに二人を任せて直接手を下さず毟り取っていた。
ひん剥いた二人でお互いに体を舐めさせる。それをオカズにミサは内股をすり合わせた。
アカネの体には金色の金属が所々貫いている。女性器はそれこそ蹂躙され、いくつも金属の輪がぶら下がる。それらに繋ぎ目やネジ山はなく溶接されたものだ。
お互いを気遣う余裕はない。連日連夜で客を取って、そういった感情は擦れて消えた。
ユリカが劣勢だった。施されたタトゥーに原因がある。腹に差されたインクには徐放マイクロカプセルが含まれ、神経を逆なでする成分が含まれる。同時に色合いも鮮明に変えていき、彼女の残り時間を示した。
嬌声が上がる。絶頂した者にはさせた者から罰が与えられる。スタンガンがアカネに渡った。
彼女がボタンを押すと耳に刺さる空電音が鳴る。それだけでユリカは萎縮する。この場を支配しているミサに対して使おうとは、心が折られたアカネは思わなかった。
電極を当ててボタンを押す。単に激痛というだけでなく、筋肉が不随に動いて損傷を受ける。
だけどミサは不満だった。アカネを蹴る。
「墨入れてるとこに打たないで」
ミサもタトゥーを入れている。だからその部位に傷がつくのは嫌がった。
不満げながらアカネも学んで空いているところに電撃を与える。ユリカは床をのたうち回った。
「さてと。今日二人を呼んだのは他でもない。寛大にも許してやろうと思って」
改まってミサが言う。二人が背負わされた重荷を下ろさせようという。しかし一筋縄には行かない。
「お互いに借金をおっかぶせるか、肩代わりするか選んで。もちろん相談禁止だけど。どっちかがおっかぶせて肩代わりしたらその通りに、お互いにおっかぶせたら五十パーセント借金を増やす。二人とも肩代わりしたら敬意を称して全部取り消してやる」
囚人のジレンマと似ていた。二人は目を合わせる。肩代わりで協調したら解放され、転嫁して同調したら今より酷くなり、決別したならどちらかが二度と戻れない底に落とされる。
そこからの発話は一切許されなかった。ユリカが口を動かそうとしただけで、ミサはアカネを蹴った。
ミサはそれなりに時間を取った。迷いふためく者を見て彼女は愉悦に浸る。
「決まったな。せーの」
永遠に待てるはずもなく、ミサが音頭を取る。
「おっかぶせる」
いくらかフライングしてアカネが言う。もう神経が伝達した筋運動は止まらなかった。
「肩、代わり……」
結果は決別だった。協調は得られなかった。アカネの借金が全てユリカに降りかかる。
大笑いが部屋に響いた。二人のあずかり知らないところで借用書が書き換わることになる。
「おめでとう。明日の朝にはもう全部終わってるから、今日までよろしく」
まだ解放された訳ではなく、今日だけ著しく不器用なミサに代わってアカネがユリカに手を出す。
「元はといえばアカネからなのに、最低だね」
ミサは彼女を嘲った。だけど解放された今となっては彼女も心地よく受け入れていた。
「別に、コレが勝手に関わってきただけだし」
二人が愉快でたまらないうちに、一人は地獄だった。
ユリカの中枢神経回路は短絡したようで、全く動かなかった。
「ああまでして助けたかったご親友は助かったな。もう少し喜べよ」
反応がなかった。
「アカネ、起こしてあげて」
ビンタが飛ぶ。それなりの威力だった。半開きだった口のせいで舌を噛んで、血が垂れた。
「ちょっと、床汚さないでよ」
ミサはユリカの頭を踏みつける。床にキスをさせて、掃除するように言う。汚れるだけだ。
「雑巾としても役立たずね」
一本鞭がアカネに渡り、背中の白い柔肌に打つよう指示される。初めだから恐る恐る振るう。
それでも先端は音速に近付く。たった一発で背中が裂けて肉が露出した。激痛でのたうち回る彼女をミサは踏んで押さえた。
血が流れる加害はアカネにも一線としてあった。それをあっけなく超えてしまった。硬直しているとミサが催促する。
「上手じゃない。ほら、もっと」
ここでは道徳が失われた。アカネは存分に腕を振るう。そのせいでユリカの背中上部はかき混ぜられた。血が垂れて、ヒガンバナの赤色と一緒になり彩る。
ユリカの反応は悪かった。尿を垂れ流して気絶している。アカネの役目は終わりだった。この場から退出して解放される。
ミサは悠長に待って朝までユリカをそのままにした。しかし目を覚まさなかったから脚の爪で傷口を抉って神経を活性化させる。
「おはよ。掃除して帰ってね」
あらゆる体液が乾いてこびり付いている。ミサが気にしたのは床だけだ。
雑巾が与えられるほどの身分はない。だから代わりに着てきた服で汚れを取る。下着ならまだ隠せると、それが自分に秘所に当たるとは考えもしていない。
清掃を終えるとユリカはミサの前で跪いた。倍増した負債額を告げられても、もう彼女は何も感じられなかった。アカネのピアスの分も降りかかるが、無関心だった。
それをミサは不愉快に感じた。
「妹のことはゆめゆめ忘れるなよ。テメエが潰れたら代わりになるんだ。カエデっていったよな。今年進学か」
いくらかユリカの心が戻る。痛みばかりで良いことはない。
「……はい」
「返事はしゃっきりしろよ」
蹴りが入る。太ももを狙って、歩く度に痛みで思い出させようとする。今はあまり効果的ではない。度を超えた痛覚を緩和しようと、脳内麻薬が全身に乗っている。
「はい」
「気にくわない」
爪を立てて裂創に発展させる。ただ、ここでもミサは刺青が入っている部分には傷を付けないよう手を出さなかった。
「なあ、今すぐ妹を堕としたっていいんだ。分かってるんだろうな」
「はい」
ユリカは蹴り飛ばされ、床に這う。妹について肯定も否定もしなかったミサに、彼女はすがりつく。
「お願いです。カエデには何もしないでください」
「頼める立場になったのか? いつからだ」
鈍い蹴りを繰り返す。外出血と内出血がそろい踏みとなった。毒々しい刺青が入る腹を殴打されるとマイクロカプセルが一斉に破裂して、こんなときにも彼女を発情させる。痛みと快感がゆるやかに結びついていく。
幸いなのは時間制限があることだった。鷹丸が来る時間までにユリカは解放される。
ユリカの出勤時刻すれすれで、自宅には戻らず無意識に駅のプラットホームに立った。
乱れたスーツと放たれる異臭に通勤ラッシュの乗客らは距離を置く。自分のことで精一杯で、通報しようとする者はいない。好奇の目を寄せるばかりだ。
列車接近のチャイムが鳴る。電車がやってくる。
彼女のつま先は白線に乗っている。ふと体から力が抜けて、前のめりに揺れた。