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「えっと……」 入場ゲートから続く太い通りを抜け、アトラクションが並ぶエリアへとさしかかる。 ここからはどこに立ち寄ってもいいし、早く来たお陰もあって混んでいる様子はない。 ただ、カナタは進みながらも迷っていた。 (どこから行こうか……) 男らしくリードはしたいのだが、こういったテーマパークで遊んだ経験もあまりないがゆえに方針が定まらない。 最初から激しいアトラクションに行くのも微妙だし、好みが分かれるようなものを選びたくはない。ミカが気乗りしないものを選んでしまっては、デートは最悪のスタートを切ることになってしまう。 無難かもしれないけど落ち着いて楽しめて、今後に向けて少しずつテンションを上げていけるような…… 「あ、あそこ空いてるよ」 そんな折にミカが指さしたのは、トリックアートハウスと書かれた看板のある館だった。 玄関と思しき場所のドアが開け放たれたように、内部へ続く入口がぽっかりと開いている。 並んでいる人もいないし、待ち時間もなく入れそうだ。 こういった施設はあまり見ないし、中がどうなっているか興味もある。 「入ってみようか」 最初のアトラクションはここに決まった。 人が多いときは入場待機列ができるだろう無人のスペースをすんなりと進んでいく。 入口にいるスタッフに手の甲のスタンプを見せると、笑顔で進むよう促してくれた。 「中は結構広いね」 「そうだね、色々ありそう」 ここは名前の通り、トリックアートを展示しているようだ。 壁と床に描かれているから絵が飛び出して見えたり、床に穴が空いているように見えたり、実際よりも天井が高く見えたり……。 序盤はどこか見たことのあるような絵や展示物が多かったのだが、進んでいくにつれて徐々に大がかりなものが並びだす。おそらく配置も工夫されているのだろう。 そして同時に、働きかけるのも視覚だけではなくなっていた。 「なんかフラフラする……」 おぼつかない足取りで歩くミカ。 今歩いている通路の壁には模様のように何本もの横線が引かれているのだが、これがどうやら傾いているらしい。 つられて目線も自然と斜めになっていくし、わずかに足元に感じる重力からして床そのものも傾いているのだろう。 身体に感じる重力と視界が合致していない、どこか不安定な感覚。 世界が歪んでいくような感覚を覚えつつも、未知の面白さを感じながら進んでいく。 (ちょっと酔ってきたな……) カナタも流石に、三半規管が限界を迎えつつあるようだ。 楽しくはあるのだが、慣れない刺激に身体の方が追いついていないらしい。 そしておそらく終盤にさしかかったところで、大きな部屋に出た。 壁には『この位置に立ってみよう!』という文字と、立ち位置のための足跡のマークが床に描かれている。 「ここに立てばいいのかな」 「じゃあ私は反対側ね」 分かれて、部屋の中を移動する。 すでに床や天井が傾いているのはわかるが、これで何が起きるのだろうか。 お互いに部屋の両端に立ち、振り返って見つめると—― 「うわっ」 「すっご……」 いつもの倍くらい大きなミカと目が合った。 部屋の床や天井が斜めになっているため、お互いが錯覚で大きく見えたり小さく見えたりする……というトリックアートなのだろう。 しかし、ここまで大きく見えるのは想像以上だ。 錯覚だと分かっていてもすごいし、相手は一緒にいる彼女なのだから余計にリアリティがある。 あまりにも上手くできすぎていて、驚きとともに見上げることしかできない。 そしてミカの方からは、逆に自分が小さく見えているということでもあって……。 「カナタくんかわいい……♪」 今まで見たことのない表情を浮かべて、こちらを見下ろしているミカ。 カナタからすると小さくて可愛いなどと言われるのは男として心外のはずなのだが、それ以上に彼女の表情や経験したことのない身長差にゾクリとくるものがあった。 「さ、先に進もう」 誤魔化すように視線をそらしつつ、出口の方へと向かうカナタ。 少し変な空気になってしまったが、ここを抜ければ戻るだろう。 そう思っていたのだが—― ゴンッ 「きゃっ!」 後ろから響く鈍い音と、ミカの小さな悲鳴。 振り向くと、部屋のドアを潜り抜けようとした彼女が上部の枠に額をぶつけていた。 「大丈夫?」 「うん……ちょっと油断してたかも」 打った箇所をさする彼女を心配しつつも、内心で首をひねるカナタ。 前を歩いていた彼も、もちろん同じドアを通っている。ミカよりも背が高いはずの彼だが、しかし頭上をまったく警戒することなく通ることができたのだ。 むしろ頭2つ分くらい余裕があったはず。 このドアも傾いてたんだろうか? (これトリックアート……だよな?) どこか違和感を覚えつつも、ずっと立ち止まるわけにもいかず先へと進んだ。 他にもいくつか体験型の仕掛けはあったのだが、2人とも酔ったようなクラクラした感覚が強くなってきたのもあって全部は試さずに通り抜けた。 ……しかし、後ろにいるミカの気配がやけに大きく感じる。 少し細めの通路ゆえに自分が前を歩いているのだが、さっきのような仕掛けはないはずだ。 どこか現実感のない空間を進むうち、差し込んでくる外の光が見えてきた。 「そろそろ出口かな」 「楽しかったね~」 少しフラフラはしたが内容は面白かったし、身長差が逆転する部屋のような大がかりな仕掛けなどは、こういったテーマパークでしか味わえない。 最初のアトラクションとしてはかなり良かったんじゃないだろうか。 「ん~~~っ!」 外に出て、別世界のような解放感を味わいつつ、一つ伸びをする。 しっかりと真下にかかる重力と眩しいくらいの太陽の光、わずかに吹く風。 グラグラするような特別な空間は面白かったが、だからこそ地に足がついた安心感が際立つともいえるだろう。 カナタは笑顔で後ろにいる彼女の方を振り向き—― 「……あれ?」 固まった。 珍しいアトラクションで気に入ったのか、ニコニコと上機嫌そうなミカを「見上げる」。 2人とも男女の平均的な身長をしていたはずだし、並んで歩いたら彼女の方が頭一つ以上は背が低かったはずで…… (どうして、ミカの方が背が高いんだ?) 自分の目の高さは、彼女の胸の下あたりにあった。 そして楽しそうに笑みを浮かべつつ、こちらを見下ろしている彼女の顔。 そもそも、視界がさっきまでとおかしい気がする。 通り過ぎていく他の客たち、その中には女子も結構な割合でいるのに、みんな背が高くみえる。 まるで、小学生のときに大人を見ているかのような感覚。 それはつまり—― (ボクが小さくなってる!?) 10センチ……いや20センチは縮んでいるんじゃないだろうか。 信じられない現象に、彼の表情に驚きと焦りの色が浮かぶ。 しかし、それだけでは説明がつかないほどの身長差が2人の間にはあった。 周囲を見渡すと、ミカの身長そのものもおかしい。他の客より頭一つ分は大きいし、頭身も高くモデルのようなプロポーションに変わっている。 彼とは逆に、ミカの身長は伸びていたのだ。 それは、あのトリックアートでお互いを見つめたときと同じような—― 「ちょっと待って、これは流石におかしい……っ!?」 ポゥッ…… 現実離れした異変に混乱しかけたところで、カナトの手の甲に押されたスタンプがふたたび光りを放ちだした。 同時に、グラリと意識が揺れるような衝撃がひときわ強く押し寄せてくる。 バランスを崩したところを、後ろからミカが支えてくれた。 「大丈夫?」 「ごめん、ちょっとクラクラする……トリックアートで酔ったのかな」 ハグのような体制で、柔らかな身体が密着する。身体を包まれているような安心感。 すぐに立ち眩みのような症状は引いていったが、頭の中に靄がかかったようでまだ思考が不安定だ。 「少し休もっか」 「うん……ありがと」 近くにあったベンチに腰かけ、ミカの肩にもたれかかる。 自分よりずっと大きくて、なんだかほっとする。 さっきまで何かを気にしていた気はするけれど、心のどこかに引っかかっていたものはいつの間にか消えていた。 トリックアートハウス:長身化、低身長化、など 外から見たら普通の建物だけど、中に入ればあら不思議。 小さいものが大きく見えたり、大きいモノが小さくなったり……色んなトリックアートが揃ってるよ。 出てくるときには、自分たちのサイズも変わっちゃってるかも……? ちょっと変わった空間を楽しんでね!

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