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以前も収録した、巨大なドーム型の競技施設。 コートいっぱいに並べられたセットや設備の数々と、ズラリと横一列に並ぶ屈強な男性たち。 そんな場所に、冬優子、愛依、あさひの3人も立っていた。 「さぁ始まりました、『怪力No1決定戦・第二弾』!! 」 以前も聞いた司会の声が高らかに響く。 彼や参加者たちの周りには何台ものカメラがついており、これらの映像を番組として編集するのだ。 「大好評につきパワーアップしたメンバーで第二弾をお送りします!」 前回のイベントにも参加した冬優子は、雰囲気が少し違うことを感じていた。 どうやら改変された冬優子のスペックに合わせて作られたらしく、用意された設備が明らかに重厚で物々しく、より高重量のマシンやセットが並んでいた。 見るからに堅牢なバーベルなどは、冬優子が用意されたウエイトを限界まで持ち上げたことへの反省ともいえるだろう。 「今回は特別枠として、前回優勝の黛さんの所属するユニット、ストレイライトの皆さんにも参加して頂いてます!」 司会が語りながら参加者の中から冬優子たちを指し示し、カメラも3人を間近で撮影する。 改変の影響とはいえ、ポツンと普通の少女らしい3人がまじっているのはいくらか浮いてみえた。 「黛冬優子選手が連覇を果たすのか、はたまた最強の刺客たちがその座を奪い取るのか!」 前よりもトーンが高く聞こえるのは、これからの行われることへの期待によるものだろうか。 前回の光景を目の当たりにしているため、無理もないことだが。 「さあ、怪力No1決定戦、開会です!」 こうして、筋肉の宴が始まった。 最初は3人とも、前回の冬優子のように通常の体型に戻して挑んでいた。 ゴリゴリの筋肉体型になることに抵抗はないのだが、やはり最初から飛ばしていてはイベントとしても面白くない。 それに、自らの筋肉が肥大していく光景を映像に残せるまたとない機会だ。 後々に自分たちで見返して、その興奮を反芻する……端的にいえばオカズにするためでもあった。 つまり、以前の冬優子のような心理的な抵抗はまったくない。 「ん、待ってる間も撮る感じ?ポーズとかも要る?」 「別にいいっすけど、準備運動してるだけっすよ」 カメラに撮られている間じゅうずっと、嬉々として筋肉を肥大化させていく。 体力のあるアイドル程度だった成績は体型と連動して一気に伸びてゆき、並みいる力自慢やアスリートたちを追い抜いていく。 前半が終わる頃には、ストレイライトの独壇場になった。 筋肉に負荷をかけるたび、さらなる刺激を欲して肥大化していく筋肉。 増していくパワーと、全力を発揮する心地よさに浸りながら、競技に熱中していく。 それらを撮影する側も、徐々に彼女たちの雰囲気に飲まれていった。 体格からして常軌を逸しているのだ。アプリの効果で問題ないとはいえ、やはり目立つのは避けられない。 むしろ「この3人を撮った方が画になる」と早々に複数台のカメラが彼女たちを追い続けていた。 「ひえー」 「やばっ」 「彼女たちだけでいいんじゃないスか?」 一気に伸びていく彼女たちの成績に、他の怪力自慢の選手たちもみな唖然として見つめることしかできない。 敵愾心を燃やすどころではなく、むしろ彼女たちの肉体美に圧倒され、見惚れていた。 「んっ……!」 「はぁぁっ!」 冬優子だけでなく、愛依もあさひも全力で競技に挑み、一回り身体をデカくして戻ってくる。 内側から膨れ上がった筋肉によって体操着がぴっちりと張りつき、身体の輪郭が丸出しになっていく。 街中では肌を見せるのを恥ずかしがっていた愛依だが、今はむしろカメラに向かってモデルのようにポーズを取ってはアピールしている。 仕事という割り切りもあったのかもしれないが、それ以上に筋肉への刺激を求めて前のめりになっていた。 3人とも全力を発揮する快感に、病みつきになっていく。 身体を動かしたくてたまらない。競技の合間の休憩時間が勿体なく思えてくる。 「ふっ、ふっ、ふぅっ……!」 待っていられなかったのか、準備運動と称して数十キロのダンベルを動かしだすあさひ。 残る2人も疼く身体をなだめるように腕を伸ばしたり、屈伸したり、柔軟したり……。 自然な振る舞いの一つ一つでも、それでも主張する全身の筋肉。 それをカメラが至近距離で食い入るように撮影し、待機中すらもテンションが高まっていく。 環境としては満足しているし、いいイベントと言えるだろう。ただ…… (あーもう、さっさと自分の出番にならないの?) 冬優子はすぐにでも力を発揮したいのだが、なかなか出番が回ってこなかった。 一つ一つの競技の準備もあって、思うように進まない。 セットが重く堅牢になったために、スタッフたちが手間取っていたのもある。 前回は終盤まで消極的だったこともあり待ち時間について気にしていなかったのだが、今は待ち遠しくて仕方ない。 行き場のない衝動に、苛立ちにも似た感情がこみ上げてくる。 同じように出番を待っている愛依とあさひは、ユニットのメンバーでありライバルであるのだ。 フルパワーを発揮し続けてハイになっている状況、そして目の前にいるのは競う相手とくれば、冷静さなど持っている余裕はない。 本能が、そして肉体が戦うべき相手として認識していた。 (……ま、どうせふゆが勝つでしょうけど) 冬優子は己の肉体に確固たる自信を持っていたし、バルクもパワーも自分が一番なのは一目瞭然。今回も優勝できると信じて疑わなかった。 しかし、想定外の事態が起きる。 筋肉体型となり、これから圧倒してやろうという矢先のこと。 巨大なトラックをロープで引っ張り、ゴールまでのタイムを競い合う種目。 以前の冬優子がダントツでトップを取っていたものだ。 ピッ! 「んぐぉぉっ!」 開始の電子音とともに、横並びになった選手たちが一斉にスタートした。 冬優子は全力を発揮して、すぐにトラックが動き出す。 これも自分が勝つだろうと思っていた。しかし―― 「デカいだけの筋肉に用はないっす……よォ!」 「なっ!?」 白い肌とグレーの髪が、冬優子よりも身体2つほど前に踊り出た。 もちろん、ロープと繋がったトラックごと動いている。 「おっと、一気に駆け出したのは芹沢あさひだー!」 普段からすばしっこく冬優子を翻弄させるその身体。 あさひの瞬発力とスピードが存分に発揮されたのだ。 横一列の並びから一気に抜け出し、そのままどんどん加速していく。 ぎちっ、ぎゅむっ、ぐぐっ! 小柄ながらも筋肉の詰まった身体、中でも胴体ほどの太さとなった両腿が凄まじい力を生み出していた。 数秒でトップスピードに達し、そのまま維持してトラックを引いていく。 「こんのぉ……っ!」 ムグギュッ! あっさりと抜かれたこと、そして自分の油断に歯噛みしつつ、冬優子も強引なまでのパワーで加速を続けていく。 トラックごと投げ飛ばしそうな勢いと気迫であさひの後を追い、徐々にその距離が詰まっていく。しかし―― 「ゴール! 1着は芹沢あさひ!」 追い抜くには、距離が短すぎた。 ゴールラインの方が先にあさひを迎え入れる。 あと一歩の差まで追い込んだものの、冬優子は2位に終わった。 「っ……、くそっ!」 ドスッ 初めて経験する、筋肉体型になった後での敗北。 あまりの悔しさにグラウンドを拳で叩く。 「……ふぅ」 意識してゆっくりと息を吐きながら、これ以上カメラの前で取り乱さないよう自分に言い聞かせる。 スピード勝負だった、短距離だった、はっきりとした要因はいくつかある、 まだ競技はいくつも続くのだ。 油断なく全力を発揮すれば勝てる、そう切り替えていた。 種目が行われていく中で、待っている選手たちの姿も映される。 中でも愛依はビジュアル人気という点では男女ともに高く、グラビア然とした愛依の体型が他の参加者やスタッフたちの視線を集めていた。 選手間での応援も、愛依に向けられたものが多い。 ミステリアスな怪力ギャル……そのプロポーションや存在感は、羨望の的となっていた。 性格や体型の性質上、冬優子、あさひの両名と並んでは苦戦するかに思われたのだが……。 その肉体が競技で発揮される機会がやってくる。 「次の種目は……単純明快な力勝負、綱引きです!」 (よし、これは勝てる!) アナウンスを聞いて、冬優子は内心で快哉をあげた。 筋肉量と、それが生み出すパワーには絶対の自信がある。 全力で綱を引けばいいという単純明快な行動は、今の彼女にとって最適な競技だった。 トーナメント形式で勝ち上がり、準決勝ではあさひとぶつかったが…… 「これなら逃げられないわよ!」 「ぐっ……うわぁっ!?」 一直線に引き合うこの種目では、瞬発力も小回りも意味がない。 あさひもマッチョ体型になったとはいえ、その倍ちかくありそう冬優子の筋肉量の前には絶対的な差があった。 力づくでねじ伏せ、数秒で勝利を決める。 そのままの勢いで臨んだ決勝戦は、反対の山から上がってきた愛依との勝負だった。 パァン! 「うぉぉぉっ!」 開始のピストルが鳴り、冬優子は最初から全力を発揮していた。 油断はない。圧倒的な完勝で、一番のパワーだと参加者や視聴者みんなに見せつけてやる。 そんな覚悟で綱を引いた。 しかし―― 「なんで……動かないっ!?」 全力で引いているのに、ロープは微動だにしない。 まるで壁にでも結び付けられているような手応えで、驚きを隠せない冬優子。 いくら引っ張ろうにも膠着が続く。 「これは……互角!? 黛選手、初めて足が止まっているー!」 実況の声にも驚きが混じる。 握力や腕力、体幹といった面で、冬優子は負けていない。 しかし、綱を引くパワーを受け止めるのはそこではなかった。 力負けして体勢を崩さなければ、最終的には地面と接する足……その踏ん張りに集中する。 どんなに力んでも、足の裏の摩擦が耐えきれなければ意味がないのだ。 床が同じ材質である以上、踏ん張るためにはデカくて重い方が有利……冬優子であろうと抗えない物理法則。 そして愛依には、冬優子の膂力を耐えきるだけの腕力と……体重があった。 「んっ、ぐぅっ……!」 ジッ、ジッ、ズリッ…… 怪力を堪えたまま、体勢を変えずに一歩ずつ足だけをゆっくりと後ろに動かしていく。 わずかではあるがロープと冬優子の身体が前に動いた。 「なんということだ、黛選手が引きずられていくー!」 「このっ……ぐうぅっ!」 実況も信じられないといった様子で声をあげる。 自分が引きずられていくことにショックを受けつつ、必死に抵抗を試みる冬優子。 腕や上半身は決して負けていない。 しかし、愛依の重さと力に耐えきれなかった地面と足の接地面が、ずりずりと前に動いていく。 どれだけ足掻いても、靴底の摩擦まではコントロールしようがなかった。 踏ん張った体勢のまま、ゆっくりと冬優子の身体が引きずられ…… パァンッ! 「よっしゃー!」 愛依の体重が上回った。 ラインを超えて、決着のピストルが再度鳴る。 喜びのあまり、腕を振り上げて快哉をあげる愛依。 「…………」 力勝負で負けた。 悔しがることすらできず、呆然とする冬優子。 こうして、優勝争いは混戦になっていった。 冬優子は筋肉の虜になってから、自分の肉体が一番だというプライドが芽生えていた。 あさひも愛依もアプリを用いて同類の身体になったとはいえ、自分の方が筋肉量も多く美しいのだと確固たる自信を持っている。 しかし競技は瞬発力や体重といった他の要素を絡めた勝負も多く、あさひや愛依がそこを突いてくる。 思うように無双できないもどかしさと、この筋肉が負けたという悔しさが渦巻いていた。 (……まだ、終わってないわ) それでも、これはアイドルとしての仕事である。ふゆとしての体裁は保っていた。 どうにか理性を保ちつつ、終盤までやってきたのだが……。 ラストの種目を残した待機時間に、決定的な出来事が起きた。 「冬優子さん相手にも善戦していますね」 司会とカメラが愛依に近づいて、優勝争いのインタビューを始める。 彼女の身体はすでに街中に出たときと同等かそれ以上のバルクだ。 「得意不得意はあるわけだし……でも」 アイドルのときのモードで、淡々と語る愛依。 しかし首から下は汗と湯気を立ち上らせ、筋肉も早く全力を発揮したいとばかりにピクピクと震えている。 すでにかなり興奮状態にあるようで、声音にもわずかにテンションの高さが滲んでいた。 「少しだけでも、勝てたのはよかったかな♪」 チラリと冬優子を見ながら笑みを浮かべて語る。 普段なら絶対にしないだろう言動に、少しばかり身体が熱くなる。 (ちょっと勝ったからって、言うようになったわね……) 決して快くはない。 しかし、苛立ちの主な原因は彼女ではなかった。 「暫定1位のあさひさん、今のところはいかがでしょう?」 「っ……!」 そう、問題はこちらなのだ。 これまでの総合ポイントでは、わずかだがあさひに上を行かれている。 前半の筋肉を肥大させていく過程においても、あさひが地味にポイントを上積みしていたのが響いていた。 さらに競技の攻略法を見つけては、類い希なる身体操作で冬優子の記録を超えていくことが何度かあった。 本気を出してなお、上をいかれている……その事実は屈辱ともいえる。 司会の言葉にすら頭にくる程度には、悔しさともどかしさが募っていた。 「そうっすね、ふだんはこんな思いっきり身体を動かせないし、面白いっすよ」 冬優子の感情など知らないまま、淡々と応じるあさひ。 こちらも真顔で答えてはいるが、白い肌のすぐ下まで筋肉の鎧が張り出し、汗と熱気がすさまじい。 また普段の彼女よりも多弁で、彼女もまた昂ぶっているのが伝わってくる。 「前回覇者の黛さんがすぐそこまで迫っていますが……」 「んー……」 ダラダラと汗を流しながら、しばらく考える様子のあさひ。 こういうとき、ロクなことにならないのは冬優子は経験則で知っていた。 そして、その予感は的中する。 「無駄にデカい図体だけじゃ意味ないっすよ」 ストレートかつ、いつも以上に過激な発言。 そして、極めつけの一言を付け加える。 「あれ、実は脂肪だったりするんすかね」 普通なら絶対に言わないだろうあさひの煽り。 筋肉を得てもアイドルとして振る舞い続けてきた冬優子だったが、ついに堪忍袋の緒が切れた。 「お前らアァァァッ!!!」 溜まりに溜まっていた怒りが爆発する。 のしのしと歩み寄って司会からマイクを奪い取り、プロレスのパフォーマンスのごとく怒鳴る。 「少し勝ったからって調子に乗りやがって!」 怒りで極太の血管を浮き上がらせながら、同じユニットの2人を睨みつける。 「まず愛依!」 メインは後でいい、まずは褐色巨体に向けて声を上げる。 「3位ばっかじゃねぇか! そのバカデカい胸と尻は飾りかぁ!?」 体重を活かした種目で負けることはあっても、筋力勝負ではいまいち成績が伸びていなかった。 フルパワーを出し切れていないのを察していたし、愛依に抱いていたもどかしさが感情とともに噴き出していた。 「そして……あさひィ!」 メインのあさひに向けて声を張り上げる。 「ちょこまか動き回って自分の方が上とかよく言えたなぁ!」 厄介ではあるし、暫定1位なのは事実だ。 しかし―― 「だったら力負けしてんじゃねぇぞ!」 バルクもパワーも、あきらかにこっちの方が上だ。 実際、競技によっては怪力を発揮する系の成績は愛依にも負けていた。 そんな相手に己の筋肉を煽られた怒りが、全身を熱く滾らせていく。 「最後ではっきりさせてやるよォ!」 宣戦布告とも取れる煽り返しに、2人とも真剣な顔つきになる。 緊迫した空気の中で、最後の種目が始まった。 内容は前回と同じ、シンプルな重量挙げだった。 増していく重量を、限界まで持ち上げる……怪力を示すにはもってこいだろう。 他の選手が続々と限界を迎えていく中、軽々と上げ続けるストレイライトの面々。 「残るは3人、優勝の行方がこの結果で決まります!」 3人になってからは、一斉に持ち上げる形式となった。 煽り合いもあって会話もなく、ただ静かに競技に集中していた。 「うがあぁぁっ!」 徐々に大きくなっていくバーベルを頭上まで持ち上げ、静止させる。 重量が全身にかかるたび、筋肉がカァッと熱くなる。 (もっと……もっと筋肉をォ!) 冬優子は全力でバーベルを持ち上げながら、言葉なんて歯牙にもかけないほどの、圧倒的な筋肉を心から渇望していた。 ボゴンッ 応えるように、全身がさらに肥大化した。 今までで一番のバルク。 体操着が破けだし、競技の邪魔だとばかりに破り捨てられる。 内側に水着を着けてはいたが、今の彼女ならは裸でも続けていただろう。 「ぐっ……もうダメッ!」 まず、愛依がダウンした。 慣れない動きに身体が追いつかなかった感は否めない。 乳房がまっすぐ持ち上げるにあたって邪魔だったのもあるかもしれない。 「ふんっ!」 あさひはいつになく本気のようで、白い肌がさらにデカく膨らみ、小柄な印象を吹き飛ばすほどに筋肉が膨れ上がる。 全身をフルに使いながら跳ねるようにバーベルを頭上まで持ち上げる。 「ぐぅ……あぁっ!」 「ふんっ、おらぁぁっ!」 冬優子とのデッドヒート。 互いに筋肉を肥大させながら、前回の冬優子の記録を塗り替え、さらに勝負が続いていく。 常軌を逸した競争に、実況すらも言葉を忘れてその行く末を見守る。 ……しかし両者の間には絶対的な筋肉量の差があり、生み出せるパワーには限界があった。 「ぐっ……あぁっ!」 ガコンッ! あさひがついにバーベルの重さに屈した。重々しい音とともに、白い筋肉ボディがへたり込む。 残るは冬優子1人。 「まだ、ウエイト追加ァ!」 しかし、ここで終わらせるつもりは毛頭なかった。 まだ直前の種目までについたポイント差がある。 そして怒りと衝動に任せた筋肉は、底なしに力を渇望していた。 「ふん……ぐおおっ!」 ググッ、ボコォ! 渇望に応えるように、今までの筋肉量を凌駕する肉体へと仕上がっていく。 筋肉がすべてを覆い尽くし、さらにデカく膨れ上がっていく。 「もっと……もっと筋肉をォ……!」 筋繊維が、血管が浮き上がり、ボコボコと個々の筋肉がさらに質量を増す。 鎧を通り越して、着ぐるみのようにも見えてくる。 しかし肉感も、気迫も、そのインパクトも生身のそれなのだ。 「こ、これ以上はバーベルを着けられないということで、最後になります!」 困惑した司会の声とともに、最終試技だとアナウンスされる。 前回の彼女が残した成績の倍……本来なら重機でも使わなければ持ち上げることなどあり得ない重量。 しかし、もう躊躇はなかった。 「ふんっ!」 バーをがっしりと掴み、太腿がボコボコと盛り上がり、背筋が甲羅のように厚みを増してうねる。 まず、鈍い金属音とともにバーベルが浮いた。 あまりの重量に、鋼鉄製のバーが目に見えて曲がる。 そして胸の上に乗せて弾みをつけ―― 「グオォォォッ!」 咆哮とともに一気に腕を伸ばし、頭上まで持ち上がった。 バランスを崩すことなく、どっしりとした肉体はそこで静止する。 限界に近く、ブルブルと震える腕や太腿。 しかし冬優子は勝ち誇るように、あさひや愛依に見せつけるように降ろさない。 「ふんっ!」 ドゴォッ!!! そして勝ち誇るように前方へと放り出した。 落下したバーベルは跳ねることなく、堅牢に作られていたはずの床面にめり込んだ。 「はーっ、はーっ……!」 限界まで筋肉が怒張し、血管が浮き上がる。 身体の各部位の境目が分からなくなるほどに肥大化した筋肉。 パンプアップしたその肉体は、この世のものとは思えないほどに圧巻だった。 「せ……成功ー!黛選手、前人未踏の大記録です!」 我に返ったように、司会が最終試技の終わりを告げる。 これで結果がすべて出揃った。 今までのポイントに、最後に冬優子の成績が加えられる。 つまり、競技における最大ポイントが加算され―― 「黛冬優子、二連覇達成ー!!!」 「っしゃあああっ!」 結果だけ見れば、2位以下に圧倒的な差をつけての優勝。 冬優子は雄叫びを上げながら、肥大化して曲がりきらない二の腕でガッツポーズをとる。 着ていた体操服は筋肉体型に対応できる伸縮性と余裕を持たせていたはずなのだが、想定されていたサイズをはるかに超えた筋肉へと仕上がったために千切れ飛び、全身が露わになっていた。 内側に着込んでいた伸縮性のある水着も、あまりの巨体さゆえにマイクロビキニ同然の格好だ。 大胸筋に軽く食い込み、今にも紐が千切れてしまいそうな状態。 しかし、冬優子はもう隠すつもりもなかった。 堂々と胸を張り、デカすぎる筋肉を揺らしながらカメラの前を歩く。 周囲もまた彼女の恰好を気にしておらず、圧倒的な肉体にただ息を飲んで見つめている。 会場の全員が、これだけの力を発揮する肉体をできる限り目に焼き付けようと凝視する。 冬優子は会場をその身ひとつで支配していた。 「それでは、優勝者の黛冬優子さんはステージへ!」 堂々と勝ち誇るようにステージへと上がる冬優子。 肥大化しすぎた両腿は内側が干渉するためにガニ股で、背筋と二の腕がぶつかり合うために二の腕を半開きにした怒り肩で、のしのしと進んでいく。 身体を隠せているとは到底いえないビキニのままだが、冬優子には恥じる必要などとっくになかった。 「ふゆの筋肉、しっかり見なさい」 前回のように隠したり恥じらったりはしない。 ステージ上で、あのときよりもデカく美しくなった身体を見せつける。 「ほら、カメラはもっと映しなさいよ!」 笑みを浮かべながら、楽しそうにポージングを繰り返す。 カメラに向かって見せつけていく自らの各部位。 顔よりもデカい肩と二の腕、そして横に深い陰影を刻みながらせり上がった大胸筋。 背中はダブルバイセップスで鬼の顔のような凹凸を浮き上がらせたかと思えば、左右に広げてデカさを見せつける。 尻も筋肉が詰まってボリュームがありつつも見るからに固く、樽のような太腿はカメラマンの胴よりも太さがある。 どこを見ても筋肉しか映らない。 「ふんっ、ふっ……おらっ!」 冬優子もこれが王者の肉体だと、見た者の脳裏に刻みつけるようにカメラに見せつける。 なお、渡された優勝トロフィーは立派なサイズだったのだが、二の腕よりも細くて小さく見えてしまった。 そして番組も最後の盛り上がりになるわけだが……ここは冬優子だけでは終わらなかった。 「えー今回、トップ3がストレイライトの皆さんということで、特別にステージまでどうぞ!」 司会によってステージ袖で眺めていたあさひと愛依が呼び出される。 番組の間ずっと圧巻だった3人。 同ユニットという意味でも、揃った画を撮りたいというスタッフ側の意向だろう。 「え……うち?」 「こういうのもあるんすね」 突然の呼び出しに困惑しつつも、自らの肉体をアピールできることへの期待が勝っていた。 そのままステージへと上がらせられる2人。 彼女たちも体操着は完全に脱ぎ捨てており、ビキニのみだ。 こちらも相当な筋肉ダルマと化した2人が冬優子の左右に並び立つ。 冬優子も優勝したことで先ほどまでの怒りは消え去り、2人の身体を見つめている。 勝負が終わればノーサイド、むしろ予想以上にデカく仕上がった肉体に嬉しさすら感じていた。 「はぁっ!」 「っ……!」 アイドルとしてのステージのように、3人で身体を見せつけていく。 あさひも愛依も優勝できなかった悔しさもあるが、ラストの結果をみれば異論はない。 そして、すでに視られていることへの興奮が上回っていた。 この番組が放送されれば、さらに沢山の人々の目に映るだろう。 それは完全に筋肉に見入られた彼女たちにとって、極上の快楽だった。 己の筋肉をアピールすることに全力を尽くそうと切り替え、3人で思い思いのパフォーマンスを繰り出していく。 「ふんっ、やぁっ!」 あさひは競技を経てバルクを増し、体格も太く厚い印象となっていた。 絞り込みは相変わらずで、一つ一つの筋肉の形が白い肌の下でくっきりと浮き上がっている。 筋肉の逞しさ、しなやかさが凝縮された肉体。 「これが、うちの全力……!」 愛依はバルクもありつつ、女性的な柔らかさも上乗せされている。 褐色の肉体は胸も尻も凄まじいボリュームだが、バランスは崩れることなく完成度の高いプロポーションを描いている。 これも、体型を構成する筋肉が発達しているからこそだろう。 (……物足りない) ただのステージだけじゃ収まりがつかない冬優子。 まだまだ力を発揮したいし、怪力番組なんだからそれを見せつけてなんぼだろう。 冬優子はおもむろにステージを降り、2人に示す。 「あれ、使うわよ」 イベントで使ったセットを指し示す冬優子。 それが意図することはすぐに伝わった。 「壊しちゃっていいんすか?」 「改変でみんな喜ぶんだから、やっちゃえばいいのよ」 あさひの純粋な疑問に対し、平然と応じる冬優子。 番組での高揚が残っているのか、すぐに受け入れる。 愛依はすでに公園で経験しているため、笑みを浮かべてパフォーマンスの道具を探していた。 「ん~、じゃあ、わたしはコレっすね」 あさひが手に取ったのは、バーベルにつけるウエイト、鉄の円盤だ。 50キロを指先で摘まむように軽々と持ち上げ、ハンドルを持つように両手で掴み―― 「よっと」 メコッ! 二つに折り曲げた。腕や背中の筋肉が収縮し、動いている様子が肌のすぐ下で見えている。 さらにひしゃげた円盤を放り投げ、会場の反対側まで飛んでいく。 「あ、これなんかよさそうっすね」 さらに何かを見つけたあさひは唐突に走りだす。 高く樽を投擲する競技、その壁に使われた鉄板へと駆け寄って―― 「とおぉぉぅ!」 ドゴオォッ!!! あさひらしい、どこか気の抜けた声でキックを繰り出した。 掛け声とは裏腹な鈍く潰れるような破壊音が響き、セットの大壁に穴が開く。 あまりに突然の行動にカメラが捉えきれなかったのは、あまり周囲を気にしない彼女らしいともいえた。 「じゃあ、うちは~」 愛依は褐色の肉体を揺らしながら設備を物色し、先ほどまで持ち上げていたバーベルを手に取った。 ウエイトはついておらず、鋼鉄の棒だけである。 「冬優子ちゃんがやってたみたいにぃ……」 思い出すのは、建物を破壊したときのワンシーン。 コンクリートの柱を鉄筋ごと折ったあの光景。 「ふんっ!」 冬優子やあさひに比べれば皮下脂肪のついた肉体。 筋肉がそれを押しやるようにボコボコと盛り上がる。 しかし、曲げるわけではない。そのぐらいなら容易にできてしまうだろう。 愛依はバーの両端を持ったまま、まるでエキスパンダーの扱うかのように「引っ張った」。 大胸筋が乳房を押し上げ、腕が膨れ上がり、表情がこわばる。 腕の動きに合わせてわずかに曲がりつつそれ以上の引張力を受け―― 「んっ……あぁっ!」 バゴンッ! そのまま引きちぎった。 鋼鉄が破断する銃声のような破裂音が辺りに響く。 「あ~、これ、トレーニングにいいかも♪」 とてつもない怪力を見せつけながら、本人はあっけらかんとして楽しそうだ。 その表情や振る舞いは、いつものギャルらしい彼女ともいえた。 「……これならちょうどよさそうね」 そして冬優子はというと、ロープを使って引っ張った、あのトラックのもとへと歩み寄っていた。 「んっ……デカすぎてバランス取りにくいわね」 しゃがむだけで太ももが一気に膨れ上がり、大木の幹のような腹まわりと干渉してやりにくそうだ。 体勢を細かく整えつつ、両脚をガニ股気味に広げながら、がっしりと車体を掴む。 そして、全身がボコボコと膨れ上がった。 「こっ……のォォッ!」 競技で引っ張ることのみを想定したそれは、重量にすれば相当なもので……ラストの競技で持ち上げたバーベルよりもはるかに重いだろう。 限界が近いのか、すでに顔には余裕がなく、身体が小刻みに震えだす。 ギシッ…… 重々しい音を立てて、4つの車輪が空中に浮く。 そのまま車体の掴んだ部分を握り潰しながら全身をフルに使って腕を上げていく。 「んむぐぅ!!!」 そして、完全に頭上まで持ち上がった。 トラックを持ち上げる人間という特撮じみた画に唖然とする参加者たちだが、それだけでは終わらない。 さらに持ち上げたまま、二の腕に血管が浮き上がる。 別方向に力を入れている様子。 ほどなくしてトラックから、ミシミシと軋む音がする。 「オラアァァァッ!!!」 バギャアァッ!!! 車台ごとへし折った。 あまりの光景に絶句するしかないスタッフや他の参加者たち。 さらに配管を握り潰し、荷台の部分を圧壊させ……どんどん圧縮していく。 紅潮した肌とうごめく筋肉は、まさに鬼神でも見ているかのようだ。 「オラぁっ!」 ゴシャアァ! あっという間にスクラップを形成し、丸い金属塊となったそれを投げ飛ばす。 地面にめり込んだそれは、他の人間には絶対に動かせないだろう。 「ふんぬうぅぅっ!!!」 そして勢いのままに、カメラに向かって最強の肉体を誇示する冬優子。 モストマスキュラ―をすると、今のパフォーマンスによって肥大化を重ねた肉体がさらにデカく強調された。 顔だけは変わっていないが、力んだまま目を剥きながら歯を食いしばった表情は野獣のそれ。 まさにメスゴリラの極致といえるだろう。 (この身体……最っ高♡) 恍惚としつつ、獰猛な笑みを浮かべる冬優子。 これでもかと肥大した肉体のフルパワーを発揮できた心地よさ、そして自らの姿が映像として見られるという快感が全身を包み込み、熱い充実感で満たしている。 誰もが魅了される、圧巻のパフォーマンスだった。 「今回の大会はこれでお別れになります、彼女たちの筋肉を拝む日まで、さようなら~!」 思い出したように、司会が終わりの挨拶をマイクに乗せる。 冬優子の肉体を映しながら、最高潮の熱気の中で番組は終わりを迎えた。

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