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その後も予定していた仕事は滞りなく終わり、いつも通りに帰宅することができた。 スタッフたちはもちろん、愛依も、そしてトラブルの種になったあさひも事態を認識してすらいない。 つまり、あの突拍子もない出来事を知っているのは冬優子ただ1人 元凶のアプリも恐ろしくはあるが、開かなければ問題ない。 (様子見で問題はない……わよね) 一応、すべてが元通りになった……かのように思えた。 「……え?」 異変は翌日の朝、ベッドから身体を起こしたときに気付いた。 パジャマがきつい。 寝心地がいいようゆったりとしたサイズを着ていたはずなのに、腕を動かそうとするだけで布が引っ張られてしまう。 自分の腕をみると、布ごしに浮き上がる丸みを帯びた輪郭が目に入る。 それは昨日、思い出したくもない肉体となったときの光景と、とてもよく似ていて…… 「うそでしょ!?」 血の気が引いていくのを感じつつも、とにかく確認しようとベットから立ち上がって姿見の前に立つ。 パジャマは見るからにパツパツになっていて、胸回りのボタンは引っ張られていまにも弾けてしまいそうだ。 下半身も、太腿が盛り上がって輪郭がズボンごしに見えている。 あきらかに全身の筋肉が発達した姿。 ……ただ、昨日との違いもあった。 「なんか……小さい?」 冬優子は鏡に映った自分を見つめながら呟く。 昨日の体型……筋肉量を100キロも増やされたあの身体は、服を着ているどころじゃなかったはずだ。 しかし今は、そこまで非常識な肉体ではない。もちろん筋肉質ではあるが、まだ現実にありえるレベルだ。 「なんでこうなってるのよ……」 意味が分からず、しかし心当たりは一つしかない。 緊張しつつもスマホを起動し、二度と使うものかと思っていたあのアプリを開く。 そして「黛冬優子」のステータス欄をみて……驚きに目を見開いた。 「……また筋肉量が増えてる!」 昨日の100キロまではいかないが、元の数値から20キロほど増加していた。 しかし、こうなった理由が分からない。元の体型に戻してから、冬優子はアプリを少しも弄っていない。くわえて誰の手にも触れないよう、念入りに管理していたはずだ。 困惑しながら画面を見つめる冬優子。 その目の前で、筋肉量の数値が1増えた。 ムクッ 「っ!?」 あきらかにひとまわり全身が肥大化し、パジャマがさらに悲鳴をあげる。 やはり、このアプリが元凶だと身体で理解する。 そして、昨日設定したあの数値……常軌を逸した筋肉体型に近づきつつあるのだと察した。 原因は分からないが、こうなったら解決策は1つしかない。 冬優子は増え続ける筋肉量の欄をタップし、元の数値を入力していく。 シュルル…… 「ふぅ」 熱が冷めていくような感覚とともに、冬優子の筋肉が元の形へと縮小していく。 鏡に映るのは、いつも見慣れた冬優子だ。 ただ、心中は全く穏やかでない。 ひとまず落ち着いたことに安堵の息を吐きつつも、終わっていなかった異変に不安そうな表情も滲む。 「どうなってんのよ……」 思わず漏れた呟きに、答えは出そうもなかった。 朝の異変そのものは元の数値を入力することで解決できた冬優子だったが、その後もこの奇妙な現象に頭を悩ませることになった。 平日のため普段通りに専門学校へと向かった彼女。その授業中、静かに席について黒板を見つめていたところ…… (また筋肉が膨らんできた!?) ふたたび、じわじわと筋肉が肥大しはじめたのだ。 体型に合わせて作られている私服は、パジャマよりも鋭敏に冬優子の体型の変化を反映させてしまう。 (こんなタイミングで、どうすればいいのよ……!) みるみるキツくなっていくが、授業中にスマホを開くわけにもいかない。 必死に耐えつつ、周囲にバレないように平静を装う。 結局、授業の合間をぬってアプリの数値を下げることしかできなかった。 「なんなのよ、この気味の悪いアプリは……!」 トイレの個室にこもって忌々しそうに呟く。 このアプリを何度も使うことに抵抗はあったし、できることなら削除したい。 しかし……もしも削除した後にも、冬優子の筋肉が肥大し続けたら? 止める術はこのアプリしかないのだ。 確証が持てない以上、こうしてアプリの数値を弄る他、冬優子にできることはなかった。 それから数日、肥大する筋肉とアプリによって戻す冬優子のいたちごっこが続いた。 どうしても筋肉が発達した状態で人と接触する時間も生まれてしまったが、アイドルらしく振舞うことには慣れていたため、周囲に不審がられることもなく過ごすことができた。 ……とはいえ、完全に隠しきれていたわけでもない。 「視線をもっとこっちに向けてくださーい」 「はい! こう……ですか?」 アイドルとしての活動は立て続けにやってくる。 そして彼女の衣装は、主に腹部が露出するように作られていた。 どうしても身体を見せつける時間がやってくるのだ。 「グラビアはこんな感じになりますね」 「なるほど……っ!?」 写真撮影で自分の腹筋がはっきり割れていることに気付いたときは、流石にショックを受け表情がこわばった。 「いいですね、魅力的な肉体美をしてますよ」 「そ、そうですか? あはは……」 ただアプリの認識改変の効果はずっと続いているらしく、筋肉でいくらか体型が変わっても、周囲が不審に思うこともなかった。 カメラマンの賛辞に、苦笑いを返す冬優子。 生活自体に大きな変化はないまま、どうにか普段通りの日々を送っていた。 ……ただ、それも長くは続かなかった。 契機となったのは、以前からスケジュールに入っていたスポーツ番組への出演。 本来アイドルや芸能人たちがバラエティ的に笑いをとりつつ、運動能力を競う……そんな内容の説明を受けていたはずだ。 しかし…… 「なっ、どうなってんのよこの台本!」 中身を読んで叫ぶ冬優子。その内容はまるっきり変わっていた。 誰かのいたずらかと思いつつ周囲を見渡すものの、同じ台本を読んでいるはずの同僚たちからも予想外の反応が返ってくる。 「説明された通りっすよ。『男女混合・肉体王決定戦』に冬優子ちゃんが出場するっす」 さも当たり前のことかのように説明してくるあさひ。 まるで事前の説明もされていたし、冬優子が出ること自体も当然のことだと言わんばかりの様子だ。 「あたしらは到底できない種目ばっかだし、しっかり応援するから!」 そして、いつもの調子の愛依。 部屋に流れるのは、いつもと変わらない日常の雰囲気だ。その中で1人、冬優子だけが取り乱している。 この静かな異様さは、ここ最近何度も経験してきたものだ。 (これもアプリの改変なの!?) そうとしか思えないのだが、まさか仕事の内容まで変えられてしまうとは。 予想以上の影響に、これからどうするべきか思考がまとまらなくなる。 「大丈夫? もしかして体調悪いん?」 冬優子の浮かない表情をみて、心配そうに声をかける愛依。 認識が改変されていることを除けば、いつもの優しく気の回る彼女だ。 どこか不安そうな顔をみて、冬優子も取り乱したままではいけないと自分に言い聞かせる。 「……大丈夫よ、ちゃんと出場するわ」 片手をあげて愛依を制しながら、アイドルとしての仕事モードに切り替える。 現役アイドルとして、仕事に穴を開けるわけにはいかない。 冬優子は真剣な顔つきで控室を出ていった。 「さあ開幕いたしました、『怪力No1決定戦』!」 番組はドーム内の運動場を借り切っての大規模な収録となっていた。 ズラリと並んだセットも非常に重々しく壮観だ。 実況のアナウンサーも本格的な人材を採用しているようで、大きなタイトルマッチ前のような緊張感に包まれている。 「力自慢の男女たちがこの地に一斉に集い、頂点を決める戦いに挑みます!」 改変のせいか、紹介されるのは冬優子たちも知っているような現役のアスリートや格闘技、屈強な体格をした男性たちばかり。 そんな中にぽつんと体操服で出場した冬優子が、大の男たちの中に交じって1人立っている。 他参加者と並ぶと、体格の差が凄まじい。まさに大人と子供といった様子だ。 あまりにも場違いなキャスティングだが、周囲がそれを気にする様子はない。 冬優子も改変された光景には慣れてきていたが、懸念していることが別にあった。 (撮影中に体型が変わったらどうすれば……) 参加中はもちろん、それ以外の時間もステージを見つめる形で待機するため、スマホを持ち込む余裕がない。 本番直前に元の体型には戻したものの、いつ筋肉が膨れ上がるかは冬優子自身にもわからないのだ。 (……とにかく、やるしかないわね) 成り行きとはいえ、参加したのだから全力を出すしかない。 開き直って収録に臨むことにした。 「まずは第一ステージ、数々の関門を突破し、クリアできるのか!」 全身を使うアスレチックのような設備がいくつも直列に並んでいる。 懸垂や壁登りなど、そのどれもが筋肉に大きな負担のかかるものばかり。 まずは小手調べというべきか、クリアした者にポイントが与えられる形式らしい。 淡々と進行し、冬優子の番になった。 「ふっ、ふっ、んっ……!」 運動神経は悪い方ではなかったので、スムーズに進んでいく。 とくに個々の種目が体重を支える程度の負荷なため、身長や体格ともに他の男たちよりも小柄な冬優子には有利だった。 ムクッ、ムググッ (改変でみんな気付いてないはず、さっさとクリアした方がいいわね) それでも、いつものように腕の筋肉が大きくなりはじめる。 冬優子は膨らんでいく自分の手元を見つつも、動揺することなく進んでいく。 しかし、冬優子にも誤算があった。 筋肉量が増えれば体重が増すわけで、それを支える手足もより筋肉をつけていく。筋肉増大のスパイラルが生まれていたのだ。 途中から余裕がなくなっていた冬優子は、身体が重くなっていくことを疲労だと思い込んでいた。 加速度的に肥大化していることに気付けないまま進んでいく。 「さあラストの関門、立ちはだかる5枚の壁を打ち破ることができるのか!」 ゴールに続く直線、立ちはだかる壁と相対する。 徐々に重くなっていく何枚もの壁を上に持ち上げ、潜り抜けて次に進んでいく種目だ。 「まずは10キロ、30キロ、50キロ!」 ガッ、ガコッ、ゴスッ! すでに筋肉質な体型となっていた冬優子は順調に壁を持ち上げていく。 しかし、3枚目あたりからリズミカルな動きが鈍りはじめた。 「70キロ……スピードが落ちていくぞ、苦悶の表情が浮かぶ!」 「うぐっ、ああぁっ!」 そもそも、この種目自体があきらかに大柄な男性を想定した内容だ。 壁に密着するように全身で持ち上げた冬優子だったが、まだ1枚残っている。 「ふんっ! うぐぐっ……!」 ラストに立ちはだかる、100キロの壁。 本来の冬優子の体重の倍ちかくある重さだ。壁の溝に指をひっかけ、しゃがみ込んだ体勢から上へと力を込める。 ……しかし、壁が動かない。 しばらく踏ん張るが動く気配がなく、このままギブアップかと思われたそのときーー 「こ……のォ……っ!」 ググッ……ボコッ! 両腕にビキビキと血管が浮き上がり、目に見えて一回り肥大化した。 体操服ごしにも筋肉の隆起が見えはじめ、両脚が太く張りつめていく。 ただのパンプアップとは違い、筋肉そのものが肥大化していく。 「だあぁっ!」 気合とともに壁が頭上まで持ち上がる。 そのまま震える足で前へと進み、壁のあった位置を通り抜ける。 両手を離すと、ガコンと鈍い音を立てて壁が元の位置へと落ちる。 あらん限りの力を使った冬優子は、全身の筋肉に支配されたようにフラフラと赤いゴールゾーンへと足を進めた。 「クリアー!」 「っ!?」 実況の叫びで我に返る。 「はぁっ、はぁっ……やった……!」 歓喜に声を震わせる冬優子。 自然ととっていたガッツポーズが、女子とは思えない太さになっていたことには、ステージを降りてから気がついた。 そこからは長丁場だった。 いくつもの種目が行われ、それぞれで参加者たちが競い合っていく。 数十キロの重りを手を離さずに運ぶ距離を競い合ったり、樽をより高く投げ飛ばしたり、シンプルな綱引きのトーナメントだったり……。 (これ以上はまずいわね……) 最初は自分の肉体をみて加減していた冬優子だったが、目立たないように動いていられたのも、前半の数種目までだった。 参加する以上、運動は避けられない。1種目ごとに使った筋肉は急激に発達し、体型をゴツゴツに歪めていく。 待っている間にも筋肉は発達し続け、ついには周囲の参加者と遜色ない体格に達していた。 「さぁ次は、パワーとスピードの限界に挑んでいただきます!」 自体が大きく動いたのは、巨大なトラックを引っ張りゴールまでのタイムを競い合う種目。 番組上の画も考えてか、2人同時にスタートするらしい。スピードスケートの要領だ。 冬優子が位置につき、ロープを握る。 ビーッ! 「さぁスタートしました!」 「ふんっ……!」 足に力をこめると、ググッ……と身体が前方に動いていく。 慣性に乗ったトラックをさらに加速させるように踏ん張り、よりスピードを乗せていく。 そこまで力を入れずに進んだつもりだったのだが…… 「ゴール! ……すごい、最短記録です!」 「……え?」 実況に言われてコースを振り返る冬優子。 同時にスタートしたはずの男性選手は、まだ半分にも達していなかった。 彼女は自覚しないまま、参加者たちでトップの成績を叩き出していたのだ。 「暫定トップの記録を30秒以上塗り替えました、すさまじい記録ですね!」 「そ、そうですね、夢中でやってたら何か……あはは……」 その太腿はパンパンに張りつめ、筋肉の形が見えるほどに太くなっていた。 このあたりから、冬優子は自らの筋肉を制御できなくなっていく。 「はーっ、ふーっ……!」 種目をこなすたび全身に広がる、筋肉をフルに使った快感。 100キロの壁を持ち上げたときに感じた、筋肉に脳髄まで支配されているような感覚。 身体がそれを求めて、自然と全力を出してしまう。 本能的な衝動の前に、理性は機能しなかった。 まるでハンドルを持ったらスピード狂と化すかのように、種目になった途端に全力を出してしまう。 ムクッ、ムキッ、ボコッ! 力を出せば出すほど、応えるようにみるみる肥大化していく肉体。 しばらくは種目を終えた直後に後悔していたのだが、それすらも薄れていった。 (なんか……気持ちいい……!) 身体中を満たしていくのは、経験したことがない心地よさ。 他者を、それも力自慢の男たちを圧倒する征服感。 次第に調整するという当初の目的は思考から消え去り、いかに全力を発揮して快感に浸るかを中心に思考が及んでいく。 「ポイントの伸びやばくね?」 「女のアイドルに負けんのかよ……」 周囲の空気が、冬優子をみる目が変わっていく。 賑やかしのアイドルから、競争相手として、そして勝てない存在として認識が移り変わる。 それに合わせて、みるみる肥大化していく肉体。 ついには身長、そして体重すらも他の参加者を上回っていた。 あきらかにすべてのステータスが上回った状態での後半戦。 序盤の加減していた際のポイント差がみるみる埋まっていく。 そして、最後の種目がやってきた。 「さぁこの熾烈な争いもクライマックス、ラストは思う存分に怪力を発揮していただきましょう!」 用意されたのは、重量挙げで使われるバーベル。 それも、ジムでも普通は見ないレベルの重さだ。 さらに周りには追加用のウエイトも積み上げられている。 「クリアするたびにウエイトが加算されていきます。まさに重力の無間地獄!」 徐々に重く設定されていくバーベルを持ち上げていく。 シンプルだが、それゆえに限界まで追い込まれていく種目だ。 「現在トップはこの男! 身長2メートル3センチ、体重195キロ、まさに重戦車!」 「フウゥゥゥンッ!!!」 確か、海外のパワーリフターだっただろうか。 ヘビー級と形容するしかないその肉体は、みるからに屈強で威圧感がある。 アピールではあるのだろうが、何度もカメラマンに向かって吠えたり腕を曲げて身体を見せつけている。 筋肉の上に脂肪をまとった大男だ。 「追い上げているのは、トップ争いに紅一点、黛冬優子!」 次に、バーベルを見つめながら準備している冬優子にカメラが向けられる。 撮影は慣れているし、頭の中は肉体をどう使うかで一杯のため全く気にしていない。 「身長1メートル85センチ、体重137キロ!」 アプリの改変のお陰で、体型が変わっても番組は自然と進行していく。 皮下脂肪の少ない冬優子の身体は、大男のそれよりもいくらか小さく見える。 しかし、その体操服の内側に詰まっているものはすべて筋肉なのだ。 目の前に設置されていくバーベルを眺めながら、全身に力が満ちて行くのを感じていた。 そして、最初の試技が始まった。 「ふんっ……うあぁっ!」 バーベルの前に立った冬優子は、その鉄棒の部分であるシャフトを掴み、真上に引き上げる。 身体中の力を、瞬発的に発揮する……今の彼女にとって、最も欲していた運動だ。 1回目をあっさりと成功させ、全身の筋肉を歓喜に震わせながら、さらなるウエイトへと挑んでいく。 そこからは、あっという間だった。 ギチッ、ビキキッ、ググッ! 片脚だけでも100キロはゆうに超える負荷を与えられた太腿はみるみる太さを増してゆき、歩行がガニ股になっていく。 バーベルを掴む両腕も、それを引き上げる背筋も、番組が始まった頃の面影が一切残っていない。 太さも筋肉量も、男性のボディビルダー……それもバルク勝負の海外ビルダーをも凌ぐだろう。 つまり、今の人類で彼女に勝てる肉体の持ち主はいない。 そんな肉体になったにもかかわらず、冬優子は自らの筋肥大を嫌がらなかった。 これ以上人間離れした身体になりたくなければ、競技をやめればいい。 何か理由をつけて止めることも、故意に失敗することもできたはずだ。 「あと10キロ追加!」 しかし、ひたすら重くなっていくウエイトに挑み続ける。 冬優子はもう、全身から伝わってくる快感の虜になっていた。 「クリアー! まだまだ戦いは続きます!」 目の前に自分の力を出せるだけのバーベルがある……それだけしか頭になかった。 大の男が数人がかりでウエイトを設定し、準備できたらすぐさま挑戦して持ち上げる。 全身の筋肉に限界が訪れるのを愉しむように負荷をかけ、応えるように肉体がさらに肥大化する。 そんな調子の冬優子に、他参加者たちが追いつけるはずもない。 1人……また1人と脱落してゆく。 「あぁっとここで脱落ー!」 ついにはトップを走っていた大男も持ち上げきれずにバーベルを手から取り落とす。 残るは冬優子のみ。 ポイント差があるため、現時点よりもさらに数十キロのウエイトを上乗せすれば逆転できるという状況。 普通なら無茶な話なのだが……今の冬優子にとって、それは取るに足らない数字だった。 「また上がったー! 黛冬優子、止まらないーっ!」 体操着がパツパツに引き伸ばされ、わずかに化学繊維が切れる音もしている。 それでも肉体がバーべルを求めていた。 ついには重量上げの選手でも到達できないような領域へと踏み込んでいく。 「ふんっ……ぬおぉっ!!!」 全身をさらに膨れ上がらせ、血管をビキビキに浮き上がらせながら、それらを持ち上げていく冬優子。 300キロ……400キロ……人類の限界とされる500キロへと至ろうとしたところで、番組側が用意していたウエイトの限界がきた。 「うがあぁぁぁっ!!!」 バーベルの棒があきらかにU字に曲がるほどの重さを、持ち上げる。 限界まで張りつめた太腿には蔦が這うように血管が浮き上がり、筋肉が皮膚を引き伸ばしながら巨岩のようにせり出している。 二の腕から前腕にかけても血管と筋繊維が入り組むように盛り上がって、顔よりもデカい二の腕が左右に並ぶ。 胸に大きくつけられた名札は大胸筋によって引き延ばされ、伸縮性のない布で作られていたがゆえに所々が破けてしまっている。 顔よりも太くなった首にも筋がバキバキに浮き上がり、顔も全力のために苦悶とも歓喜ともとれない表情に歪んでいる。 そして……数秒間の静止で、審判の白い旗が上がった。 「総合優勝は……黛冬優子ー!!!」 気がつけば、冬優子はダントツの優勝を飾っていた。 「はぁっ、はっ、はっ……」 分厚い胸板を激しく上下させながら、自分の身体を見下ろす。 大胸筋と二の腕がぶつかって、腕を動かしにくい。 脚も立っているだけなのに内腿がぶつかっているし、全身がずっしりと重く少し身じろぎするだけでどこかの筋肉がブルブルと揺れる。 まるで着ぐるみでも着ているような気分だ。 しかし彼女の肉体であることは疑いようがなく、汗と熱気が混じり合った湯気が、その肉体から目に見えて立ち上っている。 辺りを見回すと、自分を見つめている他の参加者たちがいた。最初はすさまじく屈強にみえていた彼らの身体が、いまではとても弱弱しく思えてくる。 「さぁ、優勝した黛さんはこちらにどうぞ」 「ふーっ……ふーっ……❤」 ステージ上に立った冬優子だが、その瞳はどこか空中を見つめていて、焦点が定まっていなかった。 熱に浮かされたように思考がまとまらない。 人間の限界ラインの怪力を発揮してなお、全身の筋肉がもっと力を発揮したいと叫んでいる。 (これで終わりなわけ?) まだまだ筋肉を使いたい。 さらに追い込んで、もっとデカくなりたい。 アイドルとしてスタッフたちの進行を邪魔してはいけないと、わずかに残った理性がその場に留まらせる。 じっとしているのには耐えられなかった。 「ふんぬぅ!」 身体の欲求のままに全身に力を込め、筋肉を収縮させる。 パンプアップした肉体に追い打ちをかけるように血液が駆け巡り、白かった肌がみるみる紅潮していく。 ムグギュッ……ギチッ…… ひとまわり身体がデカく、分厚く筋肉が盛り上がる。 そしてーー バリバリィッ! かなりの伸縮性と強度があるはずの体操服が限界を迎え、一気に破け散る。 そして白い殻を破るように、筋肉の鎧に覆われた身体が露わになった。 「え……きゃぁっ!?」 熱気のこもった肌が外気に触れ、ヒートアップしていた思考が冷めていく。 丸出しになった身体を見下ろして、頭の片隅に追いやられていた理性が急激に復活した。 数拍おくれて、胸と股間ををかばうように両腕で隠す。 ただ太い身体は隠しきれるはずもなく、胸は片腕でかばってもその半分以上がはみ出していた。 むしろ筋肉で盛り上がった腕や、両腕の間でたわむ大胸筋、身体をひねったことで目立つ広背筋が際立っている。 ……しかし、カメラが止まる様子はない。 「圧倒的な肉体美を披露して頂いたところで、番組はお別れとなります。ありがとうございましたー!」 改変が追いついたのか、静寂を破るようにアナウンサーが番組を締めくくる。 その場にいた全員が、冬優子の肉体美に見入っていた。

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