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『本にしたい内容 オープニング』の続編です。 ここから本編が始まっていきます。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 夜の帳が降りきって、黒々とした空の中を星が静かに瞬いている。 しかし、そんな宵闇を星ごと追い払うかのように、桃色がかった光がここ一帯を満たしていた。 周囲と隔てられた区画にズラリと並んでいるのは、あきらかに一般向けに造られたものではない派手な外観の建物や看板の数々。 窓からはピンクや紫の光が漏れており、街の灯りも同様にぼんやりと淡く道を照らしている。 耳を澄ますとかすかに聞こえてくるのは、甘い嬌声や性欲まみれの吐息。 息を吸い込むたびに感じる甘い匂いは、嗅いでいるだけで身体がほのかに火照ってしまいそうになる。 通りを歩く人影も何かを求めるように足早に歩いていたり、愉しむように周囲をうろついている。 静かな興奮をに満ちた、浮ついた雰囲気。 街全体に、淫靡な空気が溢れんばかりに満ちている。 どうみても、性的なことを目的とした歓楽街。 ただ一方で、いわゆる『夜の街』にしては治安が悪そうな様子はどこにもない。 派手で華美な装飾は施されているが、どこか整然とした印象のある街並みは、むしろ清潔感さえあった。 くわえてよく見てみると、本来ならば大量にいるはずの男性客が見たらないのだ。 ネオン調の灯りにぼんやりと浮かぶシルエットのほとんどが、滑らかで女性的な輪郭を描いている。 しかし彼女たちが娼婦として誰かを呼び止めている様子はなく、それぞれが目当ての相手を探して建物の中へと吸い込まれていく。 その動きは、彼女たちが娼婦ではなく客であることを示していた。 性に特化していながらも、どこか異質な街の光景。 歓楽街の入口にある噴水広場では、これから街に繰り出さんとする人影がたむろしていた。 通りよりも明るくライトアップされた広場は、彼女たち艶やかなプロポーションだけでなく……人外の象徴である角や翼、尻尾までもが浮き上がっている。 身に着けているものも、人間であれば痴女と呼ばれるであろう際どい露出のものばかり。 しかし彼女たちは、それが当たり前だと言わんばかりに悠々と振舞っていた。 待ち合わせなのか立ち止まっている者や、淫魔同士で雑談している者、ベンチに腰掛けて休憩していたり……ただ総じて、通りの先に立ち並ぶ娼館街へと繰り出すのが目的なのは変わらない。 期待と性欲に満ちた広場に、噴水の水音が静かに響いている。 ……そんな空間に、みるからに場違いな容姿と態度の青年が混じっていた。 まだこのエリアに入ってきたばかりだと言わんばかりに所在なさげで、キョロキョロと辺りを見回して誰かを探している。 本来ならば娼館街では当たり前なはずの男性客という存在が、ここでは非常に浮いてしまっていた。 「はーい、こっちですよ~」 おろおろと戸惑っている彼へ、声を掛けながら手を振る女性。 身に着けているのはツアーガイドが着ているような制服で、露出が少ないゆえに逆に周囲から目立っている。 どうやら彼が探していたのは彼女だったようで、小走りで駆け寄っていく。格好からして青年の案内係なのだろう。 距離が近づくにつれてはっきりと視認できる彼女の美貌と、深みのある青い肌。 紫色のショートヘアをかきわけるように生えた左右一対の角や、背中ごしにみえる闇色の翼……彼女もまた、どこからどうみてもサキュバスだ。 「はぐれないようにして下さいね、性的に食べられちゃいますから」 最後は冗談なのだろうが、彼はブルリと身体を震わせた。 周囲を気にしつつ、どこか落ち着かなそうにそわそわとしている。 ただ、同じ人外の存在である彼女に対しては恐怖している様子はなく、むしろこの街で唯一の頼りだと言わんばかりに見つめていた。 「それでは、案内をはじめますね~」 淫魔の方はのんびりとバスガイドのようなトーンで話しつつ、街の地区の中央に向かって伸びる大通りへと足を向ける。 青年を連れて歩きながら、彼女はこの街について解説をはじめた。 「ここは退魔師の本部にして対淫魔の総本山、かつては『人類の最後の砦』と呼ばれていた街です」 淫魔に対抗するため、人類側の重要な戦力として存在していた少年退魔師たち。 彼らの本拠地たる基地と居住区だった場所が、今2人が歩いているこの街だという。 実際、最初から娼館街として造られたにしては違和感のある部分も多い。 敵の侵入を防ぐように外周にそびえ立つ壁や、整然とした道路と建物、華美な装飾の奥に重厚感のある娼館の構造など……すべて退魔師たちの拠点だったとすれば納得がいく。 少なくとも、快楽主義ともいえる淫魔が設計してもこうはならないだろう。 ただ高潔だったはずの街並みはその名残を感じられるものの、ほとんどが淫猥な印象へと塗り潰されていた。 「淫魔と人間の対立は、しかし〇〇年に淫魔と人間の歴史的な和睦が成立……双方が危害を加えないことで合意しました」 人類からすれば恐怖からの解放であり、今では知らない人はいないくらいに有名だ。 しかし……サキュバスや退魔師たちがその後どうなったのかについては、ほとんど知られていない。 「歴史的な出来事……なのですが、すべてが上手くいった訳ではありません」 次第にトーンを落としていく案内係。 それは人々が得た平和の裏で起きていた、闇の部分だった。 「和睦によって、退魔師たちの存在意義も消滅しました。倒すべき相手がいなったために、それまで活躍していた彼らは仕事を失い、路頭に迷いかねない事態に直面したわけです」 対淫魔に特化した少年退魔師たちは、戦う相手がいなければ価値がない。 混乱などを考慮してしばらくは組織が維持されたとしても、規模の大幅な縮小は免れないだろう。 「戦闘面の能力はトップクラスですが、それだけに全力を賭けてきた彼らです。他の能力・経験はからきし……」 淫魔を倒す、人々を守るために尽力してきた少年退魔師たちにとって、他の道を選ぶというのは相当に難しいはずだ。 自分のすべてを賭けてきた仕事が突然なくなったら……想像するだけでもゾッとする。 「似たような問題は淫魔たちにもありました。人間を誰彼構わず襲うことが出来なくなってしまったわけですね。しかし体質上、サキュバスは生きるために精を得る必要があります。溜まりに溜まった性欲を発散する場も必要です」 食事を摂らずに済む生き物はいない。 しかし搾精を許してしまうと、人間の方が無事では済まない。 淫魔にとっての食事そのものが、人間にとっての脅威になってしまうのだ。 これだけを聞くと、和睦そのものが無理な話のようにも思えてくる。 「双方に残る問題、しかもどちらかが相手に危害を及ぼせば、この平和も崩れ去ってしまう……。ですが、和睦にはこの事も想定済みでした。これらの問題を一手に解決する名案がありました」 興が乗ってきたのか彼女の口調は明るく楽しげなものへと変わっていく。 街全体を両手で示しながら、これが答えだとばかりに高らかに語る。 「退魔師を構成していた若い少年たちが、サキュバスに精を提供し、性欲処理を担当する……もちろん、双方の合意のもとに、です♪」 すらすらと流れるような説明を区切り、彼女は街を背にして歓迎の言葉を唱えた。 「ようこそ、元退魔師たちの娼館街『ラディール』へ」

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