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ボディビル大会当日。 人が入りつつある会場、これから観衆の視線の集まるであろうステージの裏手では、参加予定の選手たちが待機していた。ボディビル用のビキニの水着に着替えたり、オイルを塗ったり、パンプアップしたりとステージに立つための準備をしている時間帯である。 その中でも優勝候補と見込まれている女子選手がいた。日本ではマイナーな協議とはいえ国内ではトップクラスの筋肉量と肉体美を誇る彼女は、 トレーニングも十分にこなした、全身の仕上がりもいい。他の参加者たちの身体も視界に入ったが、ひいき目抜きにしても自分の肉体美には届かない。 優勝できる、そう確信していた。 ズン……ズシ…… ふと、床から地響きのような振動がわずかに伝わってきた。 徐々に大きくなっていくそれは、何かが近づいてきていることを示している。 後方の廊下からやってくる気配に振り向き――固まった。 一瞬、男性ボディビルダーがやって来たのかと思った。褐色に染まった肌はボディビル選手の特徴だ。 同じ女性だと理解するまでに時間が掛かった。 紫のビキニに包まれる2つの巨大な乳がユサユサと揺れている……のだが、その奥で浮き上がる大胸筋。廊下の半分以上を筋肉で占めている両肩。ボコボコに盛り上がった腹筋と圧縮されたように括れた腰。大腿筋は肥大化しすぎて、歩く姿勢はがに股気味だ。 その場にいた誰しもが、驚きながら拓海を凝視していた。廊下を通り過ぎるまで時間にして十数秒のことだったが、彼女もあまりの衝撃に固まってしまった。 大会直前だということすら頭から抜け落ち、ただ茫然と逆三角形に広がった背中を眺めていた。 選手たちがステージに入場し、歓声に沸く観客。少なくともボディビルに造詣のある人たちであり、参加者の身内などは応援も兼ねて声をあげているのだ。 しかし今回は、それが一瞬で静まり返ることになる。 周りを遥かに凌ぐ肉体をもった拓海を目にして言葉を失っていたのだった。 異様な空気に包まれるが、拓海自身はとくに緊張するでもなく、規定のポーズをアナウンスの指示に合わせて淡々と取っていく。 両腕を軽く開きながら胸を張るリラックスポーズ。 横一列に並んだ選手の中でも拓海は群を抜いた存在なのだが、会場中の注目を浴びるのはアイドルのステージで慣れていることだった。 ダブルバイセップス。 ゆっくりと腕を上げ、二の腕をこれでもかと肥大化させながら顔の横に並べる。筋肉のアピールとしては広く知られた姿勢だが、圧巻の一言に尽きた。 左右対称だけでなく、逆三角形の上半身に匹敵するボリュームで下半身の筋肉が主張している。まるで砂時計のようなシルエットだ。 ポーズごとに見せつける筋肉は異なるのだが、その中でもサイドチェストは圧巻だった。 身体を斜めにすることでバルクと厚みを強調し、腰をひねりながら会場に向けて胸を張る。 本来であれば両腕を前で組みながらポージングするのだが、体幹の厚みと腕の太さゆえに組まない形となっていた。 大胸筋がせり出し、両胸と二の腕が同等のボリュームをもって並んでいる。 ボコボコと岩が並ぶかのような太腿は、片方だけでも大人の胴体より太いだろう。 凄まじいバルクと絞り込みが生んだ肉体美があった 正面を向いたものばかりではなく、背中を見せるポーズも存在する。 バックラッドスプレッドはその1つで、背筋を限界まで大きく見せつけるものだ。 いったん収縮させてから、翼をのように左右に広げていく。 肩甲骨を埋め尽くす筋肉が波のようにうねり、背骨が走る中心のみが深い谷間となって背筋の厚みを証明していた。 ラストを飾るのはモストマスキュラー。 歯をむき出しにして笑みを浮かべつつ、全身に力を込める。 首にラグビーボールを2つつけたような像帽筋、ボコボコに隆起した肩と二の腕、爆乳と大胸筋の深い谷間…… 全身をひと回り肥大化させながら、獰猛な笑みで会場中の視線を奪っていた。 規定ポーズを終え、上位数名がフリーポーズを行う。 当然のように拓海は残っており、観客も既に拓海の登場を心待ちにしていた。 そして会場に響いたのは『炎の華』……アイドル向井拓海としての持ち歌だ。 「いくぞお前らァ!」 マイクは無いが、拓海はアイドルのステージを彷彿とさせる煽りで勢いのままステージに立った。 全身の筋肉を収縮させながら躍り、ところどころで静止してポージングも加えていく。 皮膚のすぐ内側でギチギチとうごめく数々の筋肉。 パンプアップ、規定ポーズと収縮させ続けた肉体は汗が流れ落ち、オイルの光沢にくわえてキラキラと輝いていた。 ここがライブ会場であるかのように空気を完全に拓海色に染め上げ、観衆を己の肉体で魅了していく。 全てが拓海と、その筋肉のためにある……夢のような空間がそこにあった。 熱気も高まっていきクライマックス、右こぶしを突き上げながらポーズを取る。 音楽がやみ、数瞬おくれて地鳴りのような歓声が拓海を包みこんだ。 「ありがとなー!」 やりきった笑顔で、手を振りながらステージを降りていく拓海。二の腕の筋肉が脱力したためかブルンブルンと大きく震えていた。 結果は言わずもがな……圧勝だった。 万雷の拍手の中で、トロフィーを掲げながら満足そうな笑みを浮かべる拓海。 こうして大会と拓海に舞い込んだ企画は、ひとまず幕を閉じた。 ……しかし、これで終わるはずもない。 拓海の優勝は、ボディビル界隈のみならず世間一般へも衝撃を与えた。 最初にニュースが出た際にはイロモノ扱いに近い反応も多く「一介のアイドルが短期間で仕上がるなんておかしい」という言説さえも出回った。 拓海自身は元ヤンキーという経歴もあって、まったく気に留めていなかったのだが……テレビで放映された瞬間、流れは一変することになる。 番組の企画としてこの肉体美に至るまでの過程がすべて収録されていたため、何もやましいことはないと証明されたのだ。そして誰しもが、拓海の肉体美を前にイロモノ扱いする余裕もなくただ圧倒されるばかりだった。 その後は一気に影響が拡大していった。 一本の企画程度に考えていた事務所にも方針を改める必要性が出るほどに。 国内ではメジャーとはいえない界隈だが、ボディビルアイドル向井拓海のスポンサーにつきたいと申し出る企業が現れたのだ。 中でも特にプロテインメーカーが熱視線を送っていた。 海外のボディビルではプロテインメーカーやスポーツメーカーがスポンサーにつくことは一般的なのだが、日本ではまだ浸透していない。この優勝をきっかけに、拓海をボディビルアイドルとして売り出し広く認知させようとしたのだ。 拓海自身も「プロテインやトレーニング費用を全額負担する」という申し出に快諾した。 拓海のポージング写真を付けたプロテインやウェアが一気に売れ、ポージングが8割を占める写真集も増刷を繰り返した。 その肉体美が知れ渡ると同時に筋肉がつくのは悪いことではない……むしろ素晴らしい肉体美に至れるのでは。 そんな考えが広まり、ボディビルまでもが発展していった。 大きな変化をもたらした拓海だったが……彼女自身はひたすら己の筋肉を磨くことしか頭になかった。 ボディビル企画が終わってからも、己の筋肉を、肉体美をさらに磨くためにジムに入り浸る。 トレーニングで汗を流しつつ、更に大きく肥大化させた筋肉を触り……満足そうに笑みを浮かべるのだった。 真奈美のトレーニング指導や拓海の体質を研究した一ノ瀬志希の「合法なサプリメント」の開発により、筋肉アイドルが台頭し更なる筋肉ブームへと繋がっていくのだが……それは少し後の話である。 (了)

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