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トレーニングはほぼ毎日続いたが、まともに動かせない腕に追い打ちをかけるわけではない。 次は足、胸……と日ごとに別の位置を鍛えるメニューになっていた。筋肉を肥大化させるには休息も重要で、数日間は回復に充てているのだ。 もちろんどのトレーニングも筋肉を限界まで追い込むため、ジムに拓海の気迫のこもった声が響いたのは言うまでもない。 ただ苦しいだけなら、拓海も続かなかっただろう。しかしそれだけ追い込めば効果もハッキリと表れてくる。 トレーニング開始から3日ほど経ち、風呂に入ろうとしたところでふと気がついた。 「アタシの腕、太くなってねぇか?」 わずかではあるが、見慣れているはずの自分の腕のボリュームが変わっている。 太ったような肉の付き方ではない。とくに二の腕は脂肪とは違う質感でカーブを描いていた。 腕を曲げて力瘤を作ってみると、収縮した筋肉の形が肌の下に浮かび上がる。力を込め続けながら反対の指で触ると、跳ね返されてしまうほどに固い。 トレーニングによって筋肥大が起きていたのだ。 「すげぇ……!」 特攻隊長として活動してた頃も、アイドルで全力を出したときも、こんな逞しい腕にはならなかった。 しかも1回のトレーニングで目に見えるほどに筋肉が成長したのだ。感嘆の声が自然と口から漏れる。 その夜、拓海はスマホで真奈美に連絡を取った。 「木場さん、明日から全力でトレーニング組んでくれ!」 この日から、拓海の心は急速にボディビルに染まっていくことになる。 ひとつ重要なことなのだが、トレーニングだけでは筋肉は大きくならない。常に自らを限界まで追い込み続け、かつ折れない心がなければ筋肉は肥大化しない。 身体の素質だけではなく、精神力も重要なのだ。 くわえて食事も欠かせない、人間は筋肉を分解し他に回すシステムも有している。それ以上に筋肉を合成しなければ肥大化はしないのだ。 筋肉を合成するために必要な材料はすべて食事から得る、つまり筋肉を維持しさらに増やしていくには、栄養を考えつつ多量の食事が必要なのだ。それだけのタンパク質などを体内に取り込む必要があるのだ。 拓海はそれらを充分すぎるほど達成していた。 「ふっ。ふぅ……ふんっ……!」 ダンベルを慣れた手つきで動かし続ける拓海。その腕はまだ女性らしい印象を与えているものの、筋肉で緩やかなカーブを描いている。 肩幅も少し広く、見た目もガッシリとしてきた。 衣装がキツくなってきたため測定したところ、バストが3桁の大台にのっていた。 元から豊かな乳の膨らみではなく、その土台である胸板と背中の厚みによるものだ。 全身の筋肉をくまなく鍛えるため、自分の弱かったところも見えてくる。 とくに背筋は意識して鍛えなければ発達しにくい場所であり、音をあげそうになったほどだ。 しかし、その分だけ分厚い背中へと変わっていく。鏡に正面を向いて軽く両脇を開くと、胸の左右から背筋がはみ出すようになっていた。 傍からみれば過酷な日々に映るのだが、拓海本人が乗り気……という度合いを超え、これ以上ないほどにのめり込んでいた。 トレーニングをした分だけ、結果が自分に返ってくる。 自分の身体がより強く、美しく完成されていく。 何より筋肉を思いっきり追い込んだ後の感覚が心地いいのだ。 誰に咎められるわけでもなく、己の全力をぶつけることができる。 ヤンキーとして暴れ回ってた頃よりも、ずっと身体が満ち足りていた。 木場さんによる的確なトレーニングと管理のもと、拓海の身体は……筋肉は、急激なスピードで肥大化していった。 一ヶ月後 「ふっ、ぐぅ……あぁっ!」 叫びに近い気合いとともに持ち上げているのは、片方だけで百キロを超すダンベル。 ダンベルベンチプレス。 腕と大胸筋に負荷をかける種目であり、すでに拓海の豊満なバストの土台はこれでもかとパンプアップしていた。 ギチギチと鎖骨の下で筋を浮き上がらせながら、乳が4つあるかのように大胸筋が収縮していく。 「ラス……トォッ!!!」 ゴトトッ! 限界まで追い詰められた上半身にこれ以上持つ余裕はなく、脱力した両手からダンベルが落とされる。 特注の強靭な床で、重々しい響きをたてた。 「私の倍以上に大きくなったな」 拓海の様子を眺めつつ、満足そうに微笑む真奈美。 何かあったときのサポートとして付いてはいるのだが、綺麗なフォームでトレーニングを続ける拓海を前に、ほとんど出番はなかった。 既にかなりの筋肉量となっているが、ボディビルはこれで完成ではない。筋肉を強調するのために特殊なダイエット……絞り込みを行うのだ。 大会までに今もっている筋肉をできる限り増やしつつ、脂肪は減らしていかねばならない。 「脚もやっとくか」 全身を絞り込むにあたって特定の部位のみのトレーニングでは物足りなくなってきたらしく、ここ最近の拓海は複数の筋肉を追い込むようになっていた。 立っている高さよりも少し低めに置かれたバーベルの下を、中腰になってくぐる。そのままバーベルを担ぐように肩から首の後ろにかけてあてがい、両手でしっかりと握りしめる。 「ふんぬぅ……あぁっ!」 裂帛の気合いとともに、立ち上がった。 象帽筋や三角筋にバーベルが沈み込んでいく。 数百キロの重量に抗いながら両脚が伸びていき、バーベルが完全に持ち上がった。 そしてラックから離れるように数歩後ろへと移動する。 「ふぅぅ……!」 大きく息を吐きながら、ゆっくりと両脚を曲げていく。 脚以外の部位で負荷を支えないよう背中を腰を伸ばしつつ、太腿が床と水平になるまで深く屈んでいった。 「がぁぁぁっ!」 下げきったところで折り返し、気合いとともに立ち上がっていく。今の拓海でも立っているだけでギリギリの重量を、大腿筋に押し付けていく。 樽のように膨らんだ両脚が伸びきったところで、ふたたび屈む。 スクワット。 動作だけなら誰もがやったことのあるトレーニングだが、ボディビルとなると話は変わる。自分の体重では足りない負荷を、バーベルを担いで足していくのだ。 「ふぅ……んぐっ!」 両太腿が焼けつくような感覚に顔をしかめつつ、バーベルを上下させ続ける。 フォームは崩さない。筋肉に負荷を掛けることが目的であり、かつ傷ついた筋繊維をより太く回復力させることがボディビルへ必須の道なのだ。 発達した血管がビキビキと浮かび上がり、汗が全身から流れ落ち、熱くなった肌が湯気が立ち上る。 胸、背中、下半身……全身がパンプアップした姿は、ある種の神々しさすら感じられた。 (すさまじいな……) 今までみたことのない肉体美に、真奈美は興奮を隠しきれなかった。 ボディビルの世界について知識のある彼女でさえ、この急速な成長速度は聞いたことがない。 完成していく肉体美を前にして、感動にうち震えていた。 拓海はというと、真奈美の様子を見やる余裕はない。 すでに追い込まれた両脚はプルプルと震え、今にも崩れ落ちてしまいそう。 「ラス……トォ!」 ガシャアン! 渾身の力でバーべルを挙げきり、重い足を擦るように動かしてバーベルをラックに戻す。荒々しい音を立てつつ鉄棒がたわみ、数百キロあるウエイトがバネのように揺れる。 拓海はそのまま床に仰向けに倒れ込んだ。 「はぁっ……はぁ……やったぜ……!」 はち切れそうにパンプアップした太腿に触れながら、満足そうな表情で天井を見つめる。 追い込まれた筋肉たちは回復する過程で、より太く強くなっていく。そう考えるだけで全身の疲労感すら愛おしく思えた。 「大会が楽しみだな」 「……ああ」 拓海は上体を起こしつつ真奈美からプロテイン入りのドリンクを受け取り、一気に飲み干したのだった。

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