筋肉の開花(2) (Pixiv Fanbox)
Published:
2021-01-15 12:04:54
Imported:
2023-05
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「晶葉たちがマシンを用意してくれてよ、アタシらが使っても壊れない特別製だぜ」
周りに並ぶ機械やダンベルを示す拓海。
これらを使えば、様々な筋肉に負荷を掛けることができるらしい。
「マコトはやったことねぇのか? トレーニング」
「あまり……剣を振るのが鍛錬だったからな」
見回り、ゴミ拾い、戦闘……マコトにとっては自警団での活動そのものが日々の運動のすべてだった。だからこそ、今の身体を持て余しているわけなのだが。
ジムを知らないマコトは、わざわざ筋肉を鍛えるためだけの器具というのは見たことがなかったのだ。
「マコトもやってみろよ。アタシが使ってる重さでいいよな」
「ああ……」
拓海に促されて、バーベルを手に取るマコト。
左右についた重りはかなりの大きさで、拓海のためにオーダーされたものだとわかる。
持ち上げてみると、この身体になってから初めてズッシリとした重さを感じた。
「そのまま腕の力だけで動かすんだ」
「こうか……?」
言われるままバーベルを上下させていく。変化はすぐにやってきた。
二の腕を中心に筋肉が動いている感覚があって、ドンドン熱を帯びてくる。
「ふっ、ふぅっ……フンッ!」
呼吸のリズムに合わせて10回ほど往復させたところで、床にゴトリと降ろす。
重さから解放された両腕は、筋肉を動かした心地よい疲労感で包まれていた。
「すごいなこれ!」
「だろ?」
ここで身体を動かせば、全身をフルに動かせる。
周りにあるトレーニング機器が宝の山のように思えてきた。目をキラキラさせて拓海に尋ねる。
「ここのマシン、色々使ってみたいんだけど、どうすればいいんだ?」
「アタシは教えるの上手くねえからな……木場さんに聞くのが良いだろ」
示された先には黙々とバタフライマシンを動かしている女性の背中があった。
動きに一切の乱れがなく、回数を重ねても姿勢がブレない。ここをかなり使っているのだろう。
「木場さん、ちょっといいか?」
「ああ、問題ないよ」
彼女はそう答えるとトレーニングを中断して、マコト達と向き直る。
木場真奈美、このトレーニングルームの管理者にして、拓海の同僚のアイドルだ。
「……!」
その全身をみて、マコトは息をのむ。
身体のサイズでいえば、拓海やマコトの方が大きい。しかし均整のとれた肢体は余分な脂肪を感じさせず、筋肉の山がひしめき合い、深い谷も作り上げている。先ほどまで鍛えていた胸は、豊満なバストを押し上げる大胸筋の存在が見て取れるほどだ。
肉体美を体現したようなその身体は、初対面のマコトでも一目で只者ではないことを理解できた。
「こいつにも筋トレを教えてやってくれよ」
「ああ、時々来る客人の……」
「マコトです、初めまして」
いくらか緊張を抱きながら頭を下げる。本能レベルで自然と敬語になっていた。
「なるほど……これは鍛えがいはありそうだ」
マコトの全身をみて、ニヤリと笑みを浮かべる木場さん。拓海に指導した身としては、その巨体は逸材と言う他ない。
「マコトくんといったね、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
かくして、木場さんの個人レクチャーが始まった。
案内されたのは「スクワット」と書かれたゾーンの前。肩の高さに巨大なウエイトのつけられたバーベルがラックに置かれている。
「最初はフォームの確認をしながらやっていこうか」
バーベルを肩に担いで持ち上げると、立っているだけでも両足にかなりの負担が掛かる。
そこからさらに、ゆっくりと両脚を曲げていく。
90度曲げたところで動きを止め、ゆっくりと戻していく。
「うぐっ、これは……!」
予想以上の厳しさに、マコトの表情が歪む。巨体にくわえてバーベルの重さがすべて両足に掛かっているのだ。大ざっぱに見積もっても、軽く1トンはいくだろう。
ぶっとくなった太ももが、さらに肥大してギチギチと悲鳴をあげる。
初めて感じる、この身体の限界。
「どうした、もう終わりかい?」
動きが鈍くなったのをみて、挑発気味に声をかける木場さん。拓海に似た気質を感じたからこその言葉だったのだが、これでマコトの闘志に火が付いた。
こんな所でナメられたくない。これは遊びじゃなく戦いなんだと、本能がリミッターを解除する。
「こっ……のぉ!」
歯を食いしばってバーベルを持ち上げていく。限界にみえた太ももが、さらに大きく膨らんだ。
これには木場さんも驚きを隠せない。
(これは……期待以上だ)
マコトは予想をはるかに超える回数をこなし、ガコッ! と音を立てて担いだバーベルを戻した。
太ももがパンパンに膨れあがっている。詰まっているのは疲労感と、痛みと……感じたことのない気持ち良さ。筋肉が歓喜の声をあげている。
「では、次の種目もいってみようか」
「はいっ!」
マシンの使い方を教わりつつ、初心者とは思えない重量をこなしていくマコト。
本人はあずかり知らない事だが、拓海が初めてトレーニングしたときよりも一段階上の重量を扱っていた。
広大なトレーニング室を回りながら、大胸筋、上腕二頭筋、三頭筋、三角筋、腹筋、背筋、大腿筋……全身の筋肉一つ一つに負荷を掛けていく。
もっと身体を動かしたい。筋肉を鍛えたい……!
その一心で、ひたすらトレーニングを続けた。
「はっ、はぁっ……♡」
2時間ほど経って、恍惚とした表情で床に横たわるマコトがいた。
これまでの鬱憤を晴らすかのように全身の筋肉を鍛え上げ、トレーニング前よりも身体がひと回り大きくなっている。
全身からジワジワと染みるような運動直後の熱と筋肉痛が心地いい。肌の上でキラキラと輝く汗が、筋肉を谷間をつたって流れ落ちていく。
「今日はこのぐらいにしておこう」
「ありがとう……ございましたっ!」
その顔には、最初に抱いていたトレーニングに対する戸惑いは一切見られない。
荒い息を吐きながら、嬉しそうに身体を眺めている。
マコトもまた、筋肉を鍛える快感に魅せられたのだ。
「……ああ、そうだ」
そんな様子をみて木場さんも満足げだったのだが、立ち去ろうとしてふと何かを思いついたように拓海に近づく。
「ノンビリしていると、彼女に追い越されてしまうかもしれないよ?」
「あ……?」
表情を変える拓海の横をすり抜けて、トレーニング室を去っていく木場さん。
残された拓海は、床に横たわっているマコトを見る。トレーニング前よりも明らかに大きくなった身体は、拓海とのバルクの差を一気に詰めていた。
(……そういう意味か)
拓海はトレーニングを始めてから亜季よりもハッキリとでデカくなり、事務所の中では一番という自信があった。
ただ、自分はマコトのようにここまで追い込んでいただろうか?
もしかしたら、このペースでいけば……。
(負けてらんねぇな)
拓海の心の中で、ギアがひとつ上がった。