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 2月。卒業まで残りわずかに迫ったある日のこと。恋春たちが通う小学校の雰囲気が俄に色めき立っていた。

 その日は2月14日。世間はバレンタインで至るところでチョコが飛び交っていた。

 ある者は意中の人に本命チョコを送り、ある者は親しい友人に友チョコを渡し、ある者は社交辞令で義理チョコを配る。

 理由はどうあれ、どのチョコにも人の思いが詰まっている。それは小学生であっても変わらない。


「はい、私からみんなにチョコのプレゼントよ♡」

「わーい、真宮からのチョコだー!」


 その日の放課後、真宮が乱交教室の少年たちにチョコを配っていた。

 女子にチョコを貰えて嬉しくない男子はいない。

 真宮からチョコを受け取り、少年たちは満面の笑みを浮かべていた。


「もしかしてこれ本命か? 本命チョコってやつなのか!?」

「皆同じチョコなのに本命なわけないでしょ。それなら私は何人にも同時に告白したビッチになるじゃない」

「いろんな男とエッチしてるわけだから、どっちにしろビッチじゃないか?」

「うるさいわね。要らないならチョコあげないわよ」


 バレンタインとそれ以外の日では、同じチョコでも意味合いが大きく異なる。

 鈴木たちに渡したのが義理チョコであったとしても、魅咲にとっては大切な親愛の証である。

 年に一度の贈り物を少年たちに喜んでもらえて、魅咲も満足そうに微笑んでいた。

 その姿は乱交中の妖艶な表情とは違い、年相応の少女のように見えた。

 彼女も普通の女の子のように異性へチョコをあげたいのだ。このチョコには魅咲の想いが詰まっていた。ただチョコに込められた想いを少年たちが受け取れるかどうかは、また別の話だった。


「ちょうど小腹が空いてたんだ。早速食べさせてもらうぜ!」

「ちょっと田中くん。綺麗な包装をビリビリ破かないでよ、台無しじゃない!」

「えー、チョコはもう俺のものなんだからいいだろ。それに包み紙なんてどうせ破るんだし」

「ははっ、田中に女心なんて分かるかよ。こいつはきっと本命チョコでも同じことするぞ」

「もう……田中くんの好きにするといいわ」


 魅咲にとって、皆と過ごす時間はかけがえのないものだ。

 だから正直、バレンタインチョコは皆と会う口実に過ぎない。

 それにどのみち、メインディッシュはこの後のエッチなのだから。


「そういえば、七海と相田がいないがどこ行ったんだ?」

「さぁ、2人で遊びにでも行ったんじゃない?」


 バレンタインで皆が盛り上がる中、そこに恋春と相田の姿はなかった。

 彼らについて魅咲は何か知っているようだが、空気を読んで触れないようにしていた。

 この日ばかりは、どこもかしこもいつもと様子が違うようだ。



 ×××



「七海さん、どうしたの? こんなところに呼び出して……」


 一方、件の恋春と相田は校舎裏にいた。

 周囲に人気はなく、彼ら以外には誰もいない。

 恋春に呼ばれたらしい相田少年は、期待の眼差しを彼女に向けていた。


「あの、相田くん。ごめんね、急に呼び出したりして。周りに人がいると恥ずかしいから、こうして校舎裏まで来てもらったの」

「えっ、それって……」


 相田少年だって今日がバレンタインであることは知っている。

 バレンタインの日に女子に呼び出される。そんなもの答えはひとつしかない。


「あの、その、相田くんにチョコを渡したくって……」

「…………っ!!」


 少年の予想した通り、恋春はチョコを取り出した。

 気恥ずかしそうに、それでいて何かを誇示するように、恋春は綺麗に包装されたチョコを相田に差し出した。

 それは明らかに店で普通に売られていたのをそのまま買ってきたチョコではない。

 バレンタインコーナーで売られていたバレンタイン用のチョコであろう。

 生まれて初めて家族以外のバレンタインチョコに遭遇し、相田は心臓がドクンドクンと高鳴るのを聞いた。


「ごめんね、手作りじゃなくって……」

「かっ、構わないよ、それくらい。貰えるのが嬉しいから」


 手作りかどうかなど、些末な問題にすぎない。

 少年からすれば、異性からチョコをもらえたという事実だけで拍手喝采物なのだ。

 相田は胸のドキドキを恋春に悟られないように、冷静を装ってチョコを受け取る。


「こういうの初めてだから、どういうの買えばいいか分からなくて。私、間違ってないよね?」

「僕もこういうの貰うの初めてだけど、とっても嬉しいよ。ありがとう、七海さん」

「良かった……相田くんが喜んでくれて、私も嬉しい」


 相田が喜んでくれるか不安だったのだろう。

 不安から解放された恋春は、今まで以上に可愛く見えた。

 その瞬間、相田の中でせき止めていた枷がどこかへ吹き飛んだ。


「……七海さん。七海さんに言いたいことがあるんだ」


 気づくと、相田は思いの丈を恋春に打ち明けていた。

 どうして今まで秘めていた想いを告白する気になったかは分からない。

 おそらくバレンタインチョコが背中を押したからだろう。

 彼は赤裸々な自分を恋春に見せることにした。


「七海さん……僕実はね、七海さんのことが好きなんだ」

「相田くん……?」


 大胆な告白に恋春は困惑する。

 それは相田の告白が意外だったからではない。

 彼女は相田が言う好きの深度を勘違いしていた。

 少女はまだ恋だの愛だのといった感情を深くは理解していない。

 少年が自分に向ける感情を、友人としての好きだと解釈していたのだ。


「うん、私も相田くんのこと好きだよ」

「ううん、そういうことじゃないんだ。僕の好きはそういう好きじゃなくって、七海さんに恋をしてるんだ」

「恋……?」


 人生経験が少ない恋春でも、少女漫画等で恋愛の存在は知っていた。

 だが自分とはまだ関係のないことだと思っていた。

 それが今、こうして自分の身に降り掛かっている。

 齢12歳の少女には、急すぎる人生の分岐点であった。


「恋……? 相田くんは私に恋をしているの?」

「そうなんだ。前から七海さんのこと気になってて、気がつくと七海さんのことばかり考えてしまうんだ」


 少年は語る。今まで我慢してきた分、土石流の如く感情が溢れ出てくる。

 こうなってしまっては、積もり積もった想いを全部吐き出すしかない。

 少年が内に秘めていた切実な想いを、恋春は正面から受け止めていた。


「乱交教室に入って七海さんとエッチするようになって、益々七海さんのことが好きになっていったんだ。それで今日七海さんからチョコを貰って、告白しようと決心した。卒業したら七海さんと離れ離れになっちゃうから、その前に僕の想いを打ち明けようと思って……」

「…………」


 恋春は相田の告白を黙って聞いていた。

 彼の真摯な想いに、どう反応すればいいか分からなかったからだ。

 下手に口を出して茶化すのは彼に悪い。かと言って、気の利いたことを言えるほど彼女は人生経験が豊富ではなかった。

 恋春が見守る中、少年の告白は続く。


「僕は七海さんのことが好きだ。七海さんは僕のことをどう思っているのかな?」

「どうって……」


 どう答えるのが正解なのだろう。初めて告白された恋春には分からない。

 相田の気持ちに応えるなら、彼のことを好きと言うのが良いのだろう。

 しかしそれは自分の本心に嘘をつくことになる。果たして偽りの感情で応えて良いものなのだろうか。

 それはたぶん、いけない気がする。人生経験が浅い恋春にもそのことは分かる。

 真剣な彼の想いに報いるためにも、恋春も真摯に回答しなければならない。

 だから恋春は、自分の気持ちを正直に答えることにした。


「私のことをそう思ってくれてありがとう。相田くんの気持ちはすごく嬉しいよ……けど、私は相田くんのこと友達として好きなの。……だからその、これからも『友達』として仲良くして欲しい、かな」

「そうか……」


 もしかしたら、彼には最初から恋春の反応が分かっていたのかもしれない。

 相田は最初こそ残念そうな表情を見せるものの、すぐに切り替え笑顔を浮かべてみせた。


「七海さんの気持ちが聞けて嬉しいよ。……それじゃあ、僕らはこれからも友達ということで」

「うっ、うん。卒業までの残り少ない時間、いっぱいエッチしようね」


 これで良かったのだろうか。恋春は一抹の罪悪感を抱くものの、一度出した言葉は取り消せない。

 彼に悪いことをしたという居心地の悪さから、恋春はその場を後にしようとする。


「相田くん、そろそろ皆のところに戻らない?」

「あぁ……僕はちょっとここにいるから、先に行ってて」

「そう、分かった。それじゃあ私は行くから、相田くんのこと待ってるよ」


 恋春は足早に校舎裏を去っていく。

 彼女の後ろ姿を、相田少年はじっと見つめることしかできなかった。


「はぁ……」


 相田少年は深く嘆息する。

 こうなることは分かっていた。

 しかし告白が失敗に終わるだろうことは分かっていても我慢できなかった。

 このチャンスを逃せば、自分はきっと秘めた感情を抱えたまま卒業していたであろう。

 モヤモヤした感情を胸に抱きながら中学生活を送るくらいなら、いっそのこと勢いのままに告白して玉砕したほうがマシだ。

 彼女に振られると分かっていた。覚悟もしていた。けれど実際に失恋を味わってみると、予想以上に辛いものだ。


「平常心で皆のところに戻れるかな……」


 教室に戻ろうにも中々足が向かずに立ち止まっていると、そこに別の人物が現れた。


「あら、まだここにいたのね」

「……真宮さん」


 相田少年の前に現れたのは魅咲だった。

 彼女は意味深な微笑を浮かべており、まるで全知全能の神のようにそこに立っている。


「その様子だと、恋春ちゃんに振られちゃったようね」

「なんでそのことを……七海さんから聞いたの?」

「いいえ、彼女は告白のことは言わなかったわ。教室に戻ってきた彼女の様子がちょっとおかしかったから、何が起こったのか察しただけよ」

「察したって……真宮さんは七海さんへの僕の気持ちを知ってたのか!?」

「当たり前でしょ。恋春ちゃんに固執する貴方を見ていれば、誰でも察すると思うわよ」


 魅咲には自分の恋心を知られていた。

 その事実を知り相田は赤面する。恋春ならまだしも、他の人にひた隠しにしていた想いが気づかれるとは思っていなかった。

 まるで心の内を覗かれたみたいで恥ずかしい。

 でもなぜ彼女はここへ来たのだろうか?


「どうして真宮さんは僕の様子を見に来たんだ? 振られた僕をからかうためか?」

「そんな酷いことはしないわよ。私はただ失恋して傷心中の貴方を励ましに来ただけよ。貴方は確かに恋春ちゃんに振られちゃったかもしれないけど、この経験が必ず貴方の人生の糧になるわよ」

「真宮さんに僕の何が分かるんだよっ……!」


 無責任な魅咲の物言いに、相田少年は反射的に声を荒げる。

 しかし魅咲は動じない。興奮して荒い息を吐く少年に堂々と近づくと、なんと彼の唇に自分の唇を重ねたのだ。


「ちゅっ……♡」

「んんっ……!?」


 そのキスは失恋で傷心中だった彼の精神をいとも容易く塗り替えた。

 時間にしてみれば、たったの数秒。しかし彼にとっては大きな大きな数秒だった。


「んちゅっ、ちゅぷっ……んはぁっ♡ そういえば、貴方は恋春ちゃんとキスはしてなかったわよね。あんなにたくさんエッチしておきながら、ファーストキスは私が貰ってあげたわよ♡」

「……どうしてこんなことを」

「これからの人生のほうが何倍も長いのに、この世の終わりみたいな表情しているのが気に食わなかっただけよ。私や恋春ちゃんだって、貴方の人生で出会う女性のほんの一握りでしかないわ。だったらいつまでも落ち込んでないで、次の恋に思いを馳せたほうが建設的じゃないかしら?」


 キスは彼女なりの気遣いだったのだろう。

 やり方が大胆すぎるのは魅咲らしい。しかし、それがかえって功を奏した。


「そういえば、相田くんは恋春ちゃんとしかエッチしてなかったわよね。せっかくの機会だし、私が相手をして恋春ちゃんへの未練を断ち切ってあげるわ♡」


 そう言って、魅咲は相田少年の股間に手を伸ばす。

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