継ぎの糸 2 (Pixiv Fanbox)
Published:
2022-05-23 15:50:24
Edited:
2024-01-31 17:06:16
Imported:
2024-02
Content
2切れ糸
慌ただしく出ていった雲居さんに続いて俺もシャワーで汗と精液を洗い落とし、外に出ても恥ずかしくは無い程度に身支度を整えた。
空きっ腹を慰めるため食事を摂らなければならないのだが、生憎「食いで」のある食べ物の在庫が部屋に無かったから買い出しに行くか外食する必要があった。
「さすがに酒のつまみに買った缶詰だけでは話にならないよな」
着替えてマンションを降りて通りに出てみた。
「おお~! マジで移築されてるじゃん! まるで初めっからここに建ってたみたいだな!」
雲居さんが言った通り俺が暮らしているマンションの隣に慰魂堂の建物が建っている。
「――あれ?」
店舗のドアの上に掛かっている看板の文字が微妙に異なっている事に気が付いた。
「慰昆堂? 魂じゃなくて『昆』になってるんだ」
そして、ドアノブには『CLOSED』と書かれた札が下がっていた。
何となくドアを開けてみようとしたけれどビクともしない。そもそも中に雲居さんがいる気配が感じられない。
「商品が届く、って言ってたけど店に届けられるって意味じゃなかったのかな?」
商品の荷物を受け取るだけなら一緒に買い出しか、遅めのランチでも食べに行きませんかと誘おうと思ったけれど、これではどうしようもない。
「雲居さんもスマホを持っていたら予定を組みやすいんだけどなぁ。店には売りモノとして置いてあるのだから雲居さんも持っていて欲しいな」
連絡の取りようが無いから仕方なく俺は近所のスーパーに行く事にした。
こんな昼日中にスーパーに行くなんていつぶりだろう?
今現在の空腹感を慰めるために弁当や総菜をゲット。
夕飯はカレーでも作って雲居さんをお招きしよう、と思い付いてカレー用の食材を買い込む。
久しぶりにちゃんとした自炊だな、なんて思いながら早めに夕飯の支度を開始。
まだ16時になったばかりなのに料理をスタートさせた。
「どんだけ丁寧に調理したって夕飯時よりもかなり手前に完成しちまうな。ま、それはそれで早めにお招きする理由になるからいいけど」
そして、想定通りまだ日の明るい内にカレーは完成しライスも炊き上がってしまった。
「やっぱ早いな。でも、雲居さんが自分で晩飯を食べる前に誘うだけ誘っておかないと。もうお店には戻ってるかな?」
声を掛けるためマンションを下りて『慰昆堂』へ。
「――うん? まだ戻っていないのか。ううむ……」
お店のドアにはまだ『CLOSED』の札があった。
「届けられる商品を受け取るだけ、って感じの言い方だったからすぐに終わるとばかり思っていたけど、結構時間がかかるものなんだなぁ」
宅配便で届く荷物を受け取るだけ、みたいな印象だったけれど実際は違うのかも知れない。
仕入れ価格交渉とかも行っているのだとしたらそれ相応に時間はかかるんだろうな。
また改めて顔を出す事にして一旦部屋に引き返す。
「やっぱ連絡手段は必要だって。雲居さんは必要性を感じていないみたいだけど俺の方がもたないよ」
2時間後、いよいよ夕飯時に差し掛かる時刻。
再びいや、三度俺は『慰昆堂』のドア前に立っていた。
「まだなの? つうか、届けられるってのはお店に、じゃなくて別の場所、って意味だったの?」
夜風に揺れる『CLOSED』の札がカランカランとドアを叩いている。
暗い店内をじーっと覗き込んでも何も見えず、これじゃぁまるで俺が不審者みたいじゃないか、とハッとして背後を見る。
が、誰かが見つめている訳もなくホッと胸を撫で下ろす。
しかし、振り向く動作の途中で視界の端に何かが落ちている事に気付く。
「――ん? こ、これって、雲居さんのマスクじゃん!」
『慰昆堂』のドアから視線を90度、左にスライドさせた先の低いツツジの枝先に引っかかってひらひら揺れる物体は、まさしく雲居さんが「人間」に偽装するために付けている人面マスクだった。
「どうして雲居さんのマスクがこんな所に? 怪人の顔を晒して商品を受け取っているのか? それとも予備のマスクを付けている?
……どちらにせよこのマスクがこんな所に落ちているなんておかしいよな。まさか、何らかのトラブルに巻き込まれているんじゃないか?」
胸に不安が拡がった。
顎に傷跡のある雲居さんのマスクを握りしめたまま俺は呟いた。
「雲居さん、どこに行っちまったんだ? どこで何をやっているんだよ?」
このまま待ってるなんてできない。
何のヒントも持ってはいないが周辺を探してみよう。もう少し雲居さんについて知っていればアテもあるだろうが、微塵も無いのだから虱潰しにやるしかない。
不安が不安を呼んで心臓がバクバク鳴り始めた。胸騒ぎが「ただの」取り越し苦労で終わるのならそれで良いのだけれど。
店の中にはどうやっても入れそうにない。ならば裏側はどうだろう?
ツツジの植え込みを乗り越え建物の裏へと回る。が、雲居さんの姿は無い。
裏には出入り口が無いから店舗の建物沿いの捜索はぐるりとひと巡りしてあっけなく終了した。
ならばもう少し範囲を広げよう。
マンションと『慰昆堂』に面するバス通りに沿って物陰など人目に付きにくそうなスポットを一つずつ潰しながら見て回る。
だが、それでも一向に雲居さんは見当たらない。
警察に捜索を依頼しようか? しかし、行方不明者の特徴として「蜘蛛の怪人です」なんて言える訳がない。
そのような事を言えば逆に俺の精神状態を怪しまれてしまうだろう。
スマホの時計を見れば捜索開始から2時間が経っていた。
夕飯時はとっくに過ぎもうすぐ21時になろうとしている。
「マジで、どこに行っちまったんだよ雲居さん!」
焦りよりも疲労感が上回り始めた。
――ズビュ!
「んひ!」
唐突に俺のチンポから「糸」が噴き出した。
「くぅ! こ、こんな時にかよ!」
普通の人には見えないし触れる事もできない「糸」が勃起した俺のチンポからシュルルと伸びて、ターゲットとなる相手のチンポに駆けて行く。
伸びる「糸」の先を目で追えば少し離れた歩道に立っている青年に向かっているようだった。
だが、伸びていた「糸」は途中でピタッと止まって目標物を見失ったかのようにうねうねと先端を揺らめかせた。
「ど、どうなってんだ? こんな中途半端な事は今まで一度もないんだが」
街灯の下に佇む青年の姿は俺からは逆光になっててよく見えない。
もしかして雲居さんなのか? だったら伸びた「糸」はちゃんと雲居さんのチンポに繋がる筈なのだが。
いずれにせよもう少しそばに近づいて確認しないと。
「――く、雲居さん?」
「…………」
青年が俺に振り返った。
「うわ!?」
その青年は雲居さんでは無かった。
雲居さんでは無いどころか、一糸まとわぬ全裸の男だった。
最初は全身タイツを着ているように見えたが、それはボディペイントと言うヤツだった。
首から下の全体を白く、そして筋肉のラインに沿って赤い線を引いたようなペイントを顎の下から脚のつま先まで施していた。
そして、驚くべきは股間部分。
あるべき「イチモツ」が見当たらない。パンツで隠れているから、という訳ではない。
パイパンだからか鼠蹊部の血管はちゃんと浮き出て見えているし肉感的にも素肌だと見て取れる。
俺の「糸」が目標を見失って迷った原因はこれだったのか、と判明した。立派なブツが「有り」そうに見えて「無い」のだから。
「ペニスが無い」「全裸でボディペイント」尚且つ見惚れるような「筋肉マッチョ」の大男。
ど変態ぶりが役満で決まっている存在ではないか、と度肝を抜かれながら視線を上げれば髪は伸び放題で肩までかかり、口や顎の無精ひげも伸び放題でボーボーだ。
まるで何年かぶりに人里に下りてこられた遭難者か或いは雪男を思わせるような頭部じゃないか。
ともあれ、この青年? は雲居さんじゃない。とんでもなく奇妙ではあるけど捜索対象ではない。
「……コ、ンバン、ハ」
「ど、どうも、こんばんわ」
話しかけられてしまった。しかもカタコト? 海外の人だったのか?
じっと俺を見下ろしているようだけど前髪で隠れていて目は見えない。
「ア゛ア゛ア゛、オ、ナカ……」
「はい? お、おなか?」
声は随分と若い。中学生くらいな少年声だった。
「ア゛ア゛、オナカ、スイタ……、タベタイ、タベタイィィィ!」
「は、え? お腹が空いたって事?」
青年がコクリと肯いた、かと思うと俺の手を握った。
「へ? いや、あの、食事だったら他の人をあたって欲しいんですけど。今、俺は取り込み中で金も持ってないし」
青年が首を左右に振った。
「チガウ、オマエ、タベル、イマスグ」
「俺? 俺を食う?」
青年が大きく肯いた。
――マズいぞ。こいつはマズい。かなりヤバい奴じゃねぇか。言ってるコトが普通じゃねぇ。
発言も、その内容もまともじゃない。元より格好からしてそうだ。ペイントしてるとは言え全裸でこんな時間にうろついていること自体がおかしい。
それに、こんな雄臭い体格なのにチンポはどこへやったんだ? のっぺりとしていてまるで最初から存在していないみたいだなんて。
こんな異常者に関わっている場合じゃない。早くこいつから離れて雲居さんを探さなくては。
「食べるのは普通のメシにしてもらいたいですね。それじゃぁ俺は……」
握った手をぐっと引き戻した青年が俺を抱きしめた。
「ちょ! ちょっと! 何なんだよお前は! 俺はいま忙しいんだっての!」
それに、萎えていないから俺の勃起がモロにバレちまう。シャツの内側で隠せていたモノが感触で分かっちまうだろうが。
「ダメ。ボク、オマエ、タベル。ニガサナイ」
「はぁぁ!? 何言ってんだよ! 俺は食いもんじゃねぇっての!」
――ズブゥ
「うぶぅっ!?」
押しつけられた俺の頭が青年の胸に沈んだ。
真っ先に口が埋まったから悲鳴も上げられない。
そのまま青年は俺をグッと引き寄せカラダの中にズブズブと取り込んでいく。
(どうなっているんだ!? コイツのカラダに沈んで、いや、体内に吸収されているのか!?)
「ア゛ア゛、ア゛ッ、イイィ、オイ、シイィ」
青年が俺の腰を持ち上げ自身の方へと手繰り寄せる。
すると、底なし沼に落ち込んで行くかのように俺の下半身もズブズブと青年の中に沈んで行き、あっという間に俺の全身が青年の中に飲み込まれてしまった。
この時点で俺の意識はふっと消え、視界には真っ暗な闇だけが拡がった。
◇
『遼……ん、……さ、ん……。……平さん、起きて……、遼平さん! 起きて下さい!』
「ふえっ!?」
知っている声が耳元で聞こえた。
「ああ、良かった~。目を覚まさないんじゃないかと心配しました」
「く、雲居さん?」
「はい」
俺の恋人になってくれた蜘蛛怪人が蜘蛛の顔でニコッと微笑んだ。
「遼平さんまでこちらにいらっしゃるとは思いもしませんでしたが、こうなってしまっては仕方ありませんね」
「う、うん?」
瞼をゴシゴシ擦ってから俺は周囲を見渡した。
「うを!? なんだここは!」
夜の路上かと思いきや、ところどころに光る玉が浮かんだ宇宙空間のような世界ではないか! その空中にて絨毯のように浮かぶ蜘蛛の巣の上に俺も雲居さんも乗っかっていた。
しかもお互い素っ裸の全裸ときた。
「ここですか? ここはあのホムンクルスの体内にあるインナースペース(体内宇宙)です」
「ホムンクルスって!?」
雲居さんがうなずいた。
「ええ。今回私が入荷予定だった商品なのです。まさか運び屋さんが最初からホムンクルスに取り込まれていたとは気付かず、私まで取り込まれてしまって御覧の有り様です」
「もしかして、相当ヤバイ状態なんですか? 俺たち」
「その通りです。ご理解が早くて助かります。でも、遼平さんてこの状況でもパニックにならないんですね? 意外です」
「それは……、雲居さんのお陰です。有り得ない事も有り得る、とこれまでの経験で身に沁みてますからね」
「あはは、それはそれは――、さて、笑い事じゃないポイントは二つ。一つ目は、このまま脱出できないでいるとホムンクルスに魂まで消化されて消滅してしまう事。
もう一つは、ホムンクルスによって全人類が滅びてしまう事」
「どっちも最悪だ。しかし、ホムンクルス一体だけで人類が滅びるものなんですか?」
「ええ。間違いなく滅びますね。このホムンクルスは人間を食べモノだと認識している上に、食べれば食べる程自己強化を行うのです。
起動してすでに運び屋さんを取り込んでしまってますので外部からは止める手段が有りません。
通常兵器はもちろんですが、細菌兵器も毒ガスも、核爆弾を食らわせても傷一つ付かないでしょう。だから、何の対策も無いまま起動させてはダメな存在なのです」
「まさしく無敵なんですね。じゃぁ、なんでそんなモノに運び屋さん、って人は飲み込まれたんでしょう?」
「意図せず起動してしてしまったのか、或いは故意に起動させたのかは分かりません。すでに運び屋さんの姿はインナースペースのどこにも見当たりませんでした。きっと魂まで完全にホムンクルスに消化され吸収されてしまったのでしょう」
「……俺や雲居さんもこのままホムンクルスの餌食になっちまうんですか?」
「じっとしていたらもちろん私たちも運び屋さんとと同じ末路を迎えます。なので、少なくとも遼平さんだけでも脱出していただかないと」
「雲居さんのお陰で俺だけ脱出できても、ホムンクルスに全人類が食われちまったら結局は同じじゃないですか……」
「それは大丈夫です。すでに手を打ってあります。ここに――」
雲居さんは手の平を開いて握っていた紅い宝石を俺に見せた。
「これは、このホムンクルスに幾つかあるコアの一つ。人間を捕食する事で自己強化を行う『プログラム(賢者の石)』です。
この石をホムンクルスの外に運び出せば人間を食べる行為はストップできます。だから遼平さんにはこの『プログラム(賢者の石)』を持ったままホムンクルスの中から出てもらわねばなりません」
「なるほど。じゃぁ、後は脱出するだけ、と」
「そうなんです。『プログラム(賢者の石)』を取り外せたまでは良かったんですが、私の力でもホムンクルスの体内から脱出するのは不可能みたいで……」
「幾つかコアがあるって事は、他にもコアがあるんですよね? だったらコアを全部外してみたら――」
雲居さんは首を横に振った。
「他のコアを外すとホムンクルスの肉体が自壊してしまいそうなので無理でした。もしそれを外したらホムンクルスは元より取り込まれた人間も一緒に崩壊して消滅してしまいます」
「俺たちまで巻き添えをくらっちまう訳か。じゃぁ、そっちの線で脱出を試みるのは無理だな」
とは言え、じっとしていても運び屋みたいに雲居さんも俺もこのまま消化されホムンクルスの滋養になってしまうだけだ。
「これだけは言っておきますが、俺だけ、俺一人だけ脱出するなんてお断りします。雲居さんと一緒でないと俺は嫌ですから」
「遼平さん……」
とは言え、どうすれば脱出できるのだろう?
それにあとどれくらい時間的な猶予はあるのだろう?
「……あ。そうだ、これ」
俺はずっと持っていたマスクを雲居さんに渡した。
「おや。わざわざ拾って持って来て下さったんですね。ありがとうございます。じゃぁ――」
マスクを着けた雲居さん。柔和で穏やかな青年の顔で俺に微笑む。
「ふぅ、やはり人間の顔でないと落ち着きませんね。かりそめとは言え遼平さんと同じ種族になれていると思うとより一層嬉しいですし」
そう言うと雲居さんは俺にキスを求めて来た。
うん、可愛い人だな。
俺も唇を寄せてキスを交わした。
状況が状況でなきゃこのままセックスしたいけれど我慢だ俺。セックス中に消化が進んで消えちまっては元も子もない。
「私はともかく、遼平さんはごく普通の人間ですから消化され消滅に到るまでの時間はそれほど長くはありません。
長くない理由は魂の構造がホムンクルスに近いからなんです。なので、もって半日、いえ、体感では数時間でしょうか」
「急がないとダメですね」
「ええ。しかもですね、この中と外界は時間の流れが違います。ここは時間の流れが遅いんです。昔話の竜宮城みたいに」
「となると、体感で一時間だと感じてても外に出たら何時間も経過してるんですね?」
「そうなのです。私の感覚ではお昼過ぎにホムンクルスに取り込まれてまだ30分程度の感覚ですけど、実際は違うでしょう?」
「30分!? 外はもう21時を過ぎましたよ。って事は、うわ! この中では時間の速さが20分のイチ?」
「そうなんですね。となると外は20倍の速さで時間が経過しているのでしょう」
「じゃぁ、脱出したら俺、爺さんになってる?」
「そんなに長くここに居たら完全に消化吸収されてお爺さんになる事すらかないません」
「うう、どっちみち急いで出るしかないんですね」
肯いた雲居さんが眉尻を下げて悲しい顔を俺に向けた。
「一刻も早く脱出したいんですが、先ほども言いました通りその方法が全く分からず私も困っているのです。どこが出口なのかも見当が付きません。せめて目印なり目標ポイントなりを見つけられれば対処方法は見えてくるんですが……」
全人類を食い尽くしてしまう『プログラム(賢者の石)』を外すことには成功したのに、と雲居さんが悔しそうにつぶやいた。
外すことが出来てもホムンクルスの体内に存在している限り機能してしまうのだそうだ。